- 著者
-
松田 睦彦
- 出版者
- 国立歴史民俗博物館
- 雑誌
- 国立歴史民俗博物館研究報告 = Bulletin of the National Museum of Japanese History (ISSN:02867400)
- 巻号頁・発行日
- vol.183, pp.187-207, 2014-03-31
小稿は山から石を切り出す採石業に従事する石屋が祀る山の神について,その祭祀の実態を明らかにすることを目的とする。しかし,この目的を達するためには,生業と信仰の関係に注目した研究を取り巻く3 つの問題点を克服しなければならない。すなわち,取りあげられる生業が限定的であること,祭祀の形態についての報告が多くその実態が明らかでないこと,そして,特定の職と職能神との固定的な関係性を前提としていることである。小稿では,この3 つの問題点をふまえたうえで,瀬戸内海地域で活動してきた石屋の山の神祭祀を具体的に検討した。その結果,祭神については特定の神仏と結びつかない例のほか,大山祇神社の大山祇命や石鎚山の石鎚大神といった近隣の社寺の祭神などを祀ることが明らかとなった。また,祭日については正月・5 月・9 月の7 日または9 日という例が多いが,これは近畿から中国,四国に広がる7 日または9 日を山の神の祭日とする考え方と,九州地方を中心に広がる正月・5 月・9月を山の神の祭りを行なう日とする考え方が融合したものである可能性を指摘した。さらに,祭場については山中の特定の場所に簡易に祀るものから神社として祀るものまで多様であり,祈願内容については不慮の事故の防止や良質の石材の産出などが挙げられた。ただ,こうした祭祀の様相は,祭祀の実態を示すものではない。そこで,山の神祭りを行なってきた当事者の語りに注目し,それを同じく石屋の祀る神であるフイゴ神の祭祀についての語りと比較した。すると,これまで石屋の祭祀の中心をなすと考えられてきた山の神に対する信仰が,必ずしも熱心だとは言い難いものであることが明らかになった。こうした結論は,3 つの問題点の3 番目に挙げた特定の職と職能神との固定的な関係を前提とした研究のはらむ危険性を示すものでもある。