著者
平野 聖 石村 眞一
出版者
日本デザイン学会
雑誌
デザイン学研究 (ISSN:09108173)
巻号頁・発行日
vol.54, no.3, pp.55-64, 2007-09-30
被引用文献数
2

本論では,扇風機のデザインの歴史を研究することを通じ,我が国家庭電化製品のデザイン開発における特徴を解明する一助としたい。明治,大正時代の史料を調査することにより,以下のことが判明した。明治時代には,先進国から我が国へ輸入された製品が,扇風機を普及させる中心的役割を果たした。欧米では,天井扇の需要が大いにあったが,我が国においてはほとんどなく,卓上扇風機を中心に開発が進められた。我が国における職人の能力は高度であった為,欧米から導入された技術を受容できる余地があった。当初は町工場も扇風機を製造していたが,やがて財閥系の大企業が製造を独占するようになる。大正時代に入ると多くの大企業が扇風機製造に進出し,各社の宣伝活動が盛んになった。大正時代前半には,扇風機のデザインにおける基本的な4つの要素が出揃った。すなわち,黒色,4枚羽根,ガード,首振り機能である。扇風機は高価であったので,大半の人々は扇風機の貸付制度を利用していた。その結果,扇風機はステイタスシンボルとして機能した。
著者
加藤 志織
出版者
美学会
雑誌
美學 (ISSN:05200962)
巻号頁・発行日
vol.60, no.1, pp.98-111, 2009-06-30

Pietro Aretino non si limito a svolgere un ruolo di importanza nella letteratura e nella politica del Rinascimento, ma fu anche un fine intenditore dell'arte a lui contemporanea. A tale riguardo, essendosi trasferito a Venezia, e noto il suo sodalizio con Tiziano. Questo autore eclettico, attraverso la propria corrispondenza, presento Tiziano a principi e re, cosa che fece non solo con l'illustre pittore veneziano, mettendo in contatto vari artisti con diverse corti. Simili transazioni commerciali erano effettuate tramite la corrispondenza di Aretino. Queste lettere vennero riordinate dall'au-tore stesso per poi essere pubblicate sotto forma di raccolte epistolari. I contenuti di tali lettere pero non si limitavano al solo ambito commerciale, in quanto vi si possono trovare elementi di teoria della pittura, di poetica unitamente a ekphrasis e a panegirici. Questo saggio tratta delle strategie diplomatiche di Aretino in questo ambito sulla base degli elementi che emergono dalle raccolte epistolari rimasteci.
著者
秋山 一文 斉藤 淳
出版者
獨協医科大学
雑誌
Dokkyo journal of medical sciences (ISSN:03855023)
巻号頁・発行日
vol.33, no.3, pp.207-212, 2006-10-25
被引用文献数
1

脳には視床下部-下垂体-副腎皮質系(hypothalamiic-pituitary-adrenocortical axis, HPA系)とノルアドレナリン系というストレス反応を担う2つの系が存在する.急性のストレス反応を終焉させるためにHPA系全体に負のフィードバックが作動する.しかしストレス反応は長期化すればいわば「両刃の刃」としての性質をもつようになる.その引き金になるのがストレスの反復による海馬神経細胞への障害で,これにはbrain derived neurotrophic factor(BDNF)の減少が関与しているかもしれない.またストレスの反復によって脳内ノルアドレナリンの放出は感作される.精神障害は何らかの意味でストレスの影響を被るが,特にストレス反応を担うHPAの制御の障害が示唆される精神障害としてうつ病.外傷後ストレス障害(posttraumatic stress disorder, PTSD),摂食障害を取り上げた.いずれも遺伝的要因を含む脆弱性を有する個人に何らかのストレス負荷が加わり発症するという図式に共通点がある.しかしデキサメサゾン抑制試験で評価したHPAの制御障害の方向性はうつ病では非抑制,PTSDでは過剰抑制と相反している.MRIによるうつ病の画像研究では海馬の萎縮を認めた報告が多い.これがいつから始まるかという問題はストレスによる海馬神経細胞への障害の時間的経過という点で興味深いが更に今後の検討が必要と考えられる.近年,児童虐待が社会問題化しているが,被虐待児が後年になってうつ病,あるいはPTSDなど深刻な精神障害を高率に発症することが見いだされている.このようにストレスと精神障害との関係は大きな広がりを見せつつある.
著者
風間 伸次郎
出版者
国立国語研究所
雑誌
国立国語研究所論集 (ISSN:2186134X)
巻号頁・発行日
vol.9, pp.51-80, 2015-07

日本語は動詞の人称変化を持たず,格助詞によって文法関係を示すので,書きことばをみる限りでは,典型的な従属部標示型(Dependent marking)の言語にみえる。しかし話しことばにおける実際を観察すると,主語や目的語が出現する文は少なく,たとえ現れても無助詞であることが多い。他方,述語にはやりもらいの動詞や受身,テクルなどの「逆行」表示があり,モダリティの諸形式や感情述語など主語の人称に制約のあるものも多い。したがって主語の人称が述語の方でわかるようになっている場合も多く存在する。つまり話しことばの日本語はむしろ主要部標示型(Head marking)の言語としての性質を持っているといえるかもしれない。本稿では,まず上記の仮説に関連する先行研究を集め,話しことばでハやガなど従属部標示の要素がどのような条件でどの程度機能しているのか,他方上記のような主要部標示的な要素にどのようなものがどれぐらいあるのか,を整理する。次に話しことばにおける実際の状況がどのようであるのかを知るために,1つの映画のシナリオ全体を手作業により徹底的に分析して,日本語の話しことばがどの程度主要部標示型の言語としての性質を持っているのかを検証する。
著者
小松 浩
出版者
立命館大学
雑誌
立命館法學 (ISSN:04831330)
巻号頁・発行日
vol.2012, no.1, pp.1-19, 2012
著者
染原 睦美
出版者
日経BP社
雑誌
日経パソコン (ISSN:02879506)
巻号頁・発行日
no.548, pp.74-85, 2008-02-25

「Macintosh? 知ってるけど、使ったことはない」──。実は今、そんな"食わず嫌い"のWindowsユーザーを取り込むだけの素地を、Macが整えつつあるのをご存じだろうか。百聞は一見にしかず、ぜひ「Mac体験ツアー」を存分に楽しんでほしい。(染原 睦美) 超薄型モバイルノート「MacBook Air」(32ページ参照)。
著者
小谷野 敦
出版者
国際日本文化研究センター
雑誌
日本研究 (ISSN:09150900)
巻号頁・発行日
vol.38, pp.297-313, 2008-09

田山花袋の『蒲団』については、さまざまに評されているが、中には、伝記的事実を知らず、ただ作品のみを読んで感想を述べるものが少なくなく、また伝記的研究も十分に知られていないのが実情である。本稿では啓蒙的意味をこめ、ここ十数年の間に明らかにされた手紙類を含めて、その成立経緯を改めて纏め、「横山芳子」のモデルである岡田美知代と花袋の関係を纏めなおし、花袋がどの程度美知代に「恋」していたのかを査定するものである。 「蒲団」は、作家の竹中時雄が、女弟子だった横山芳子への恋慕と情欲を告白する内容だが、芳子のモデルは実際に花袋の弟子だった岡田美知代である。発表以後、これがどの程度事実なのか、論争が続いてきた。戦後、平野謙は、「蒲団」発表後も、岡田家と花袋の間で手紙のやりとりがなされていることから、虚構だったとし、半ば定説となっていた。しかし、館林市の田山花袋記念館が一九九三年に刊行した、花袋研究の第一人者である小林一郎の編纂になる『「蒲団」をめぐる書簡集』により、新たな事実が明らかになった。美知代が弟子入りしてほどなく、花袋は日露戦争の従軍記者として出征しているが、この事実は「蒲団」では省かれている。だが、その際美知代から花袋に送った手紙には、恋文めいたものがあった。妻の目に触れるものであるから、花袋は冷静な返事をしていたが、花袋が帰国した後、美知代は一時帰省し、神戸で英語教師をしていた兄の実麿の許にあって、神戸教会の催しで、キリスト教徒の永代静雄と出会い、恋に落ちる。そして神戸を発って東京へ帰るのに三日かかり、途次に静雄と会っていたのではないかと疑われ、美知代が肉体関係を告白したために親元へ帰されるところで「蒲団」は終わっている。 しかし手紙を見ると、永代と知り合ってから、花袋宛の熱っぽい手紙がなくなり、花袋はもとはさほどに思っていなかった美知代に急に恋着を感じ始めたことが、その後の花袋の美知代宛の手紙に恋を歌った詩がいくつかあることから分かる。つまり真相は、美知代からの恋文があったために花袋もその気になったところへ、永代という恋人ができたため美知代の働きかけがなくなって花袋が煩悶し始めたというものであると分かり、「蒲団」は決して虚構ではなかったのである。 美知代は花袋との縁が切れてからは、繰り返し「蒲団」における、主として「田中」つまり永代の描き方に不満を述べているが、晩年には、永代との関西での同衾はなかったと主張している。しかし三日の遅延はうまく説明できておらず、説得力はない。
著者
近藤 尚子 田中 直人 中村 弥生 関口 光子
出版者
文化学園大学・文化学園大学短期大学部
雑誌
文化学園大学・文化学園大学短期大学部紀要 (ISSN:24325848)
巻号頁・発行日
no.52, pp.111-115, 2021-03-31

本資料紹介では、本学所蔵のピエール・カルダン関連資料群について扱う。文化ファッション研究機構では、学内機関で所蔵されているが、リソースとして整理・公開されていない服飾関連資料の調査・デジタルアーカイブ化を進めてきた。そのなかで、2023年に創立100周年を迎える本学には、国内外のデザイナーに関して、実物服飾資料やその研究成果のみならず、交流記録も残されていることが判明した。文化服装学院の名誉教授であるピエール・カルダン氏は、1958〜2010年の間に計10回も来校しファッションショーも開催した、本学と特に関係の深いデザイナーの 1 人である。そのため、所蔵している資料は実物服飾資料、紙資料、画像、映像と多種多様であり、現時点で確認された資料数は1,055件にも上る。またこれら資料の多様性は、これまで資料所蔵機関として認知されていた教育部門、附属機関に加え、事務部門とも連携し調査を行えた結果でもある。このような部門を超えた連携は、研究の多様化や分野を超えた共同研究が進むなかで重要な意義を持つものであると考え、ファッション分野におけるオーソドックスな研究対象である実物服飾資料のみならず、その他の資料情報も併せて紹介する。
著者
田切 美智雄 森本 麻希 望月 涼子 横須賀 歩 DUNKLEY Daniel J. 足立 達朗
出版者
Tokyo Geographical Society
雑誌
地學雜誌 (ISSN:0022135X)
巻号頁・発行日
vol.119, no.2, pp.245-256, 2010-04-25
参考文献数
29
被引用文献数
8 20

Hitachi metamorphic rocks located in the southern part of the Abukuma Mountains, Northeast Japan, distinctively contain meta-volcanic rocks and meta/sheared granitoids. The igneous ages of meta-granite and meta-porphyry from the Hitachi metamorphic rocks were determined by the SHRIMP zircon method. In this paper, we describe occurrence, petrography, and petrochemical characteristics of these studied rocks. Meta-porphyry, with an igneous age of 506 Ma, intrudes into the meta-volcanic rocks of the Akazawa Formation of the Hitachi metamorphic rocks and has a micrographic texture and a spherulitic texture of an igneous origin. Previous studies have already reported an igneous age of 491 Ma for meta/sheared granitoids using the SHRIMP zircon method. Cambrian meta/sheared granitoid samples occur widely as a granitic body in the northeastern part of the Hitachi metamorphic rocks. (A) Meta-granite of the same age (498 Ma) as the sample used for the above dating is found as boulders in meta-conglomerates. The meta-conglomerate, which is found in the Daioin Formation of the Hitachi metamorphic rocks, lies unconformably on a Cambrian meta-granite body. Both meta-volcanic rocks and meta/sheared granitoids have chemical characteristics commonly associated with island arc volcanism. As such, the Akazawa Formation is likely to have originated in the Cambrian era, although we have no SHRIMP age for meta-volcanic rocks of the Akazawa Formation.