著者
橋本 裕之
出版者
日本文化人類学会
雑誌
民族學研究 (ISSN:00215023)
巻号頁・発行日
vol.62, no.4, pp.537-562, 1998-03
被引用文献数
2

近年, 人文科学および社会科学の諸領域において文化の政治性や歴史性に対する関心が急速に高まった結果として, 博物館についても展示を巨大な言説の空間に見立てた上でテクストとしての展示, もしくは表象としての展示に埋めこまれたイデオロギー的な意味を解読した成果が数多く見られる。だが, 展示をとりあげることによって表象の政治学を展開する試みは, 理論的にも実践的にも限界を内在しているように思われる。そこで決定的に欠落している要素は, 来館者が構築する意味に対する視座であろう。展示がどう読めるものであったとしても, 来館者が展示された物をどう解釈しているのかという問題は, 必ずしも十分に検討されていないといわざるを得ないのである。本稿は以上の視座に依拠しながら, 博物館において現実に生起している出来事, つまり来館者のパフォーマンスを視野に収めることによって, 博物館における物を介したコミュニケーションの構造について検討するものであり, 同時に展示のエスノグラフィーのための諸前提を提出しておきたい。実際は欧米で急成長しているミュージアム・スタディーズの成果を批判的に継承しつつも, 私が国立歴史民俗博物館に勤務している間に知ることができた内外の若干のデータを演劇のメタファーによって理解するという方法を採用する。じじつ博物館は演劇における屈折したコミュニケーションにきわめて近似した構造を持っており, そもそも物を介したインターラクティヴ・ミスコミュニケーションに根ざした物質文化の劇場として存在しているということができる。こうした事態を理解することは民族学・文化人類学における博物館の場所を再考するためにも有益であると思われる。
著者
橋本 裕之
出版者
日本情報経営学会
雑誌
日本情報経営学会誌 (ISSN:18822614)
巻号頁・発行日
vol.35, no.4, pp.11-17, 2015

Boosted by its user-centric approach in development and hands-on management by Kazuki Morishita, CEO of the company, GungHo has been realizing the cyclical innovation which ultimately leads to the production of the super-hit title "Puzzle and Dragons" and the redefinition of the gaming industry being in the transformation by the emergence of smart devices. While the industry is moving toward mercantilism, the spirit of pursuing originality and strong commitment to prioritize the creation over the trend of the market together with the limitations in development guide the company into a unique position to advocate pure amusement for all the stakeholders.
著者
橋本 裕之
出版者
三彩社
雑誌
三彩
巻号頁・発行日
no.523, pp.p77-79, 1991-04
著者
橋本 裕之
出版者
日本文化人類学会
雑誌
民族學研究 (ISSN:24240508)
巻号頁・発行日
vol.62, no.4, pp.537-562, 1998 (Released:2018-03-27)

近年, 人文科学および社会科学の諸領域において文化の政治性や歴史性に対する関心が急速に高まった結果として, 博物館についても展示を巨大な言説の空間に見立てた上でテクストとしての展示, もしくは表象としての展示に埋めこまれたイデオロギー的な意味を解読した成果が数多く見られる。だが, 展示をとりあげることによって表象の政治学を展開する試みは, 理論的にも実践的にも限界を内在しているように思われる。そこで決定的に欠落している要素は, 来館者が構築する意味に対する視座であろう。展示がどう読めるものであったとしても, 来館者が展示された物をどう解釈しているのかという問題は, 必ずしも十分に検討されていないといわざるを得ないのである。本稿は以上の視座に依拠しながら, 博物館において現実に生起している出来事, つまり来館者のパフォーマンスを視野に収めることによって, 博物館における物を介したコミュニケーションの構造について検討するものであり, 同時に展示のエスノグラフィーのための諸前提を提出しておきたい。実際は欧米で急成長しているミュージアム・スタディーズの成果を批判的に継承しつつも, 私が国立歴史民俗博物館に勤務している間に知ることができた内外の若干のデータを演劇のメタファーによって理解するという方法を採用する。じじつ博物館は演劇における屈折したコミュニケーションにきわめて近似した構造を持っており, そもそも物を介したインターラクティヴ・ミスコミュニケーションに根ざした物質文化の劇場として存在しているということができる。こうした事態を理解することは民族学・文化人類学における博物館の場所を再考するためにも有益であると思われる。
著者
橋本 裕之
出版者
国立歴史民俗博物館
雑誌
国立歴史民俗博物館研究報告 (ISSN:02867400)
巻号頁・発行日
no.80, pp.363-380, 1999-03

本稿は後世の人々が古墳をいかなるものとして解釈してきたのかという関心に立脚しながら,装飾古墳にまつわる各種の伝承をとりあげることによって,装飾古墳における民俗的想像力の性質に接近するものである。そもそも古墳は築造年代をすぎても,その存在理由を更新しながら生き続けるものであると考えられる。古墳は多くのばあい,今日でも地域社会における多種多様な信仰の対象として存在しているのである。といっても,こうした位相に対する関心は考古学の領域にとって,あくまでも周辺的かつ副次的なものであった。だが,後世の人々が付与した意味,つまり土着の解釈学を無知蒙昧な妄信にすぎないとして,その存在理由を否定してしまうことはできない。それは古墳にまつわる民俗的想像力の性質に接近する手がかりを隠しており,古墳の民俗学とでもいうべき未発の課題にかかわっている。とりわけ特異な図文や彩色を持つ装飾古墳は,その存在が古くから知られているばあい,民俗的想像力を触発するきわめて有力かつ魅力的な媒体であったらしい。本稿はそのような過程の実際をしのばせる事例として,虎塚古墳・船玉古墳・王塚古墳・重定古墳・珍敷塚古墳・石人山古墳・長岩横穴墓群(108号横穴墓)・チブサン古墳などにまつわる各種の伝承をとりあげ,民俗的想像力における装飾古墳の場所を定位する。こうした事例は考古学における主要な関心に比較して,あまりにも末梢的なものとして映るかもしれないが,現代社会における装飾古墳の場所を再考して,装飾古墳の築造年代以降をも射程に収めた文化財保護の理念と実践を構想するための恰好の手がかりを提供している。地域社会における装飾古墳の受容史を前提した装飾古墳の民俗学は,そのような試みを実現するためにも必要不可欠であると思われるのである。How did people perceive and interpret the earlier Kofun Period burial mounds? In order to get an idea of how folk imagination worked concerning decorated tombs, I discuss several oral traditions related to the decorated tombs. Since the burial mounds are visible above the ground unlike most other archaeological sites, which are buried underground, they have managed to maintain and renew their raison d'etre over the centuries. Indeed, several Kofun Period burial mounds are still objects of local worship. In particular, decorated tombs with unusual signs and pictorial representations sometimes in color seem to have served as a means for people to stimulate and develop their imagination.In this paper, I discuss various oral traditions related to the Torazuka, Funatama, Ōtsuka, Shigesada, Mezurashizuka, Sekijinyama, Nagaiwa No. 108, and Chibusan tombs. I focus on the kind of places these tombs have occupied in people's imagination and mind.This kind of study has been considered marginal in Japanese archaeology, but it is in fact highly relevant to archaeological heritage management. It gives us a clue to understanding how and why archaeological sites such as decorated tombs have been protected. It also helps us put these archaeological sites into the context of contemporary society.
著者
橋本 裕之
出版者
国立歴史民俗博物館
雑誌
国立歴史民俗博物館研究報告 = Bulletin of the National Museum of Japanese History (ISSN:02867400)
巻号頁・発行日
vol.33, pp.263-286, 1991-03-30

Once there were two Narazaka Slopes. There are two passes passing through Narayama Mountain (though it is only small hill) that extends from the east to the west on the frontier between the Province of Yamato and that of Yamashiro, one on the western ridge is called Utahime Pass and another on the east, Hannya Pass; they are both important roads connecting Yamato with Yamashiro. In this paper, I wish to pay attention to Narazaka Slope on the Hannya Pass.After passing the period when Heiankyo was the capital, in the Middle Ages when the center of Nara moved to the east, and even in the present time, the image of Narazaka Slope seems to be always spun from the bundle of the collective memory twining about this region. Such Narazaka seems to offer a very effective clue for someone who seek for circumstances of how the new memories about the scene are being born. This paper has a character of, so to speak, a preliminary study for the matters mentioned above.Thus, the interest of this paper is directed first to elucidate the character of the border given to Narazaka. While we continue to try to grasp the meaning of various messages about a peculiar “scene” called Narazaka, it is certain that the external image buried in Narazaka as the border will gradually surface to our eyes.However, the memory about the scene is not single. This paper seeks for the circumstances about the generation of various memories traveling through Narazaka in history from the antiquity to the contemporary period, by being led by the clue that gave us a strong impression, out of various memories that must have been accumulated in Narazaka, of its being as the border.Perspective that obtained in this paper wakes up our interest in the performing arts in wider sense of the word, played once around the Narazaka. The separate article entitled “Salvation as the performing art” will be elaborated for discussing such a subject.
著者
橋本 裕之
出版者
国立歴史民俗博物館
雑誌
国立歴史民俗博物館研究報告 = Bulletin of the National Museum of Japanese History (ISSN:02867400)
巻号頁・発行日
vol.80, pp.363-380, 1999-03-31

本稿は後世の人々が古墳をいかなるものとして解釈してきたのかという関心に立脚しながら,装飾古墳にまつわる各種の伝承をとりあげることによって,装飾古墳における民俗的想像力の性質に接近するものである。そもそも古墳は築造年代をすぎても,その存在理由を更新しながら生き続けるものであると考えられる。古墳は多くのばあい,今日でも地域社会における多種多様な信仰の対象として存在しているのである。といっても,こうした位相に対する関心は考古学の領域にとって,あくまでも周辺的かつ副次的なものであった。だが,後世の人々が付与した意味,つまり土着の解釈学を無知蒙昧な妄信にすぎないとして,その存在理由を否定してしまうことはできない。それは古墳にまつわる民俗的想像力の性質に接近する手がかりを隠しており,古墳の民俗学とでもいうべき未発の課題にかかわっている。とりわけ特異な図文や彩色を持つ装飾古墳は,その存在が古くから知られているばあい,民俗的想像力を触発するきわめて有力かつ魅力的な媒体であったらしい。本稿はそのような過程の実際をしのばせる事例として,虎塚古墳・船玉古墳・王塚古墳・重定古墳・珍敷塚古墳・石人山古墳・長岩横穴墓群(108号横穴墓)・チブサン古墳などにまつわる各種の伝承をとりあげ,民俗的想像力における装飾古墳の場所を定位する。こうした事例は考古学における主要な関心に比較して,あまりにも末梢的なものとして映るかもしれないが,現代社会における装飾古墳の場所を再考して,装飾古墳の築造年代以降をも射程に収めた文化財保護の理念と実践を構想するための恰好の手がかりを提供している。地域社会における装飾古墳の受容史を前提した装飾古墳の民俗学は,そのような試みを実現するためにも必要不可欠であると思われるのである。
著者
山本 真鳥 棚橋 訓 豊田 由貴夫 船曳 健夫 安井 眞奈美 橋本 裕之
出版者
法政大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
1999

・研究実施計画は、平成11年度については、若干の変更の後に、ほぼ予定通りに遂行された。平成12年度は、日程調整を行い、調査の足りない部分を補いながら全体の計画が遂行された。・芸術祭の事前に各国を訪れることによって、準備状況を観察し、また異なるジャンルの芸術の全体的な存在様式を観察することができた。・ポリネシアでは、「伝統」芸術の様態が観光と深く関わる部分がある一方、人々にとってそれらはアイデンティティに関わるものとして、社会生活のなかでも大きな意味をもつ。しかし、それぞれの社会で細部の事情は異なる。・パプアニューギニアでは、もともときわめて多様なエスニック文化が存在するなかで、それら伝統文化を織り交ぜながら、新しいアイデンティティのよりどころとなる「伝統の創造」が生じている。ダンスのみならず、多様な芸術の分野でも、ニューギニアらしさを出しながら、しかも特定の部族に直結しない芸術の創造が好まれる。・ミクロネシアは、芸術祭では後発のパフォーマーであり、ダンスの演技が観光と必ずしも結びついていない。その意味で、伝統的なダンスとは何か、伝統的な芸術とは何か、それらを芸術祭でいかに見せるかを、現在追究している段階である。・各国の芸術祭のリプリゼンテーション、つまり送り込む代表団をどのように選定するか、それら代表団がいかなる演技を見せるか、ということは、それぞれの国の国内事情や文化状況、国家としての様態などとさまざまな絡まり方をしていることが解釈できる。それらを明らかにするのは、個別社会の事情に通じた研究である。既に明らかになったことは、研究成果報告書のなかで論じている。・さらに芸術祭を主催すること自体が、それぞれの国の国内事情や文化状況と深く関わっている。それらが、個々の芸術祭のあり方を規定する大きな要因である。ニューカレドニアの第8回芸術祭に関していえば、フランスからの独立の可能性の生じてきている今、カナク文化をニューカレドニアのアイデンティティの正面に据えることは、先住民であるカナクにとって大きな意味を持っていた。
著者
橋本 裕之
出版者
日本オーラル・ヒストリー学会
雑誌
日本オーラル・ヒストリー研究 (ISSN:18823033)
巻号頁・発行日
no.4, pp.19-33, 2008-10-11

The absolute confidence in the effective use of orality is the essence of the fieldwork in human sciences and social sciences. In other words, the questions and answers in the fieldwork constructs the major part. However, this seems to reflect the limits of orality also in the current conditions of fieldwork. I have in the past implemented a fieldwork in Ohashi of Matsudo city in Chiba prefecture about the dance of three lions (shishi) and experienced a very strange happening with the horns that adorn the head of the lion. With this report on the episode, I have been led to examine and provide the limits of the effective use of orality. I can present the key to the innovation of a cognitive model of the fieldwork that has been acknowledged as being dependent on orality. Actually the potential model is not dependent on the unnatural cognitive expansion based on the conversational dialogue model. What I mean is that not only the knowledge as in "knowing that," the knowledge as in "knowing how" is also considered as important. And finally, I provide the necessity of understanding the discourses presented by those who are involved in the context of the rehearsal process.
著者
橋本 裕之 寺井 賢一 田村 忠司 木場 政生 中間 保利
出版者
一般社団法人電子情報通信学会
雑誌
電子情報通信学会技術研究報告. EA, 応用音響
巻号頁・発行日
vol.94, no.464, pp.21-28, 1995-01-27
被引用文献数
2

航空機、列事等のオーディオサービスは、従来、ヘッドホン、イヤホン再生が主であるがシートのヘッドレストの両側にスピーカを埋め込んだニアホンタイプも一部試みられている。今回適応フィルタを応用したディジタル信号処理技術により、隣接席のスピーカの音漏れとエンジン、モータなどの騒音を自席のスピーカによる制御音で低減するアクティブ騒音制御システムを搭載したシートオーディオシステムを開発した。これによって、従乗の音響的な手法では困難であった100〜500Hzの低周波領域に対して、隣接席の音漏れを制御するアクティブクロストークコントロール(ACC)において20dB以上の効果を得た。ここではさらに、一般のアクティブ騒音制御システムにおいて、誤差検出マイクから離れた位置のノイズ低減を可能とするアルゴリズムについて提案する。
著者
菅野 卓治 橋本 裕之 大谷 登蔵
出版者
東北大学
雑誌
東北大學選鑛製錬研究所彙報 (ISSN:0040876X)
巻号頁・発行日
vol.34, no.1, pp.53-57, 1978-09-16

The ion-exchange properties of cesium and strontium into zeolite from sodium salt solution has been studied in zeolite A, zeolite X, zeolite Y, mordenite and clinoptilolite. The distribution of cesium into mordenite from about 1〜2 M sodium chloride and sodium hydroxide solutions is considerably larger than that into zeolite A. The distribution coefficient for 2 M solution of sodium salts was about 300. Therefore, the seperation of cesium from sodium salt solution is possible by using mordenite. The distribution of strontium into zeolites from 1〜2 M solutions of sodium chloride and sodium nitrate were in the order of zeolite A>zeolite X>zeolite Y≃mordenite. The distribution coefficient of 230 was obtained for 1 M solutions of sodium salts. The anion in solutions had no effect on the distribution of cesium and strontium into zeolite from sodium salt solution.
著者
福田 アジオ 周 正良 朱 秋楓 白 庚勝 巴莫曲布む 劉 鉄梁 周 星 陶 立ふぁん 張 紫晨 橋本 裕之 福原 敏男 小熊 誠 曽 士才 矢放 昭文 佐野 賢治 小林 忠雄 岩井 宏實 CHAN Rohen PAMO Ropumu 巴莫 曲布女莫 陶 立〓
出版者
国立歴史民俗博物館
雑誌
国際学術研究
巻号頁・発行日
1989

平成計年〜3年度にわたり中国江南地方において実施した本調査研究は当初の計画どおりすべて実施され、予定した研究目的に達することができた。江蘇省常熟市近郊の農村地帯、特に白茆郷を対象とした揚子江下流域のクリ-クに広がる中国でも典型的な稲作農村の民俗社会の実態とその伝承を記録化することができ、また浙江省の金華市および蘭渓市や麗水市における稲作の民俗社会を調査することが出来た。特に浙江省では中国少数民族の一つであるシェ族の村、山根村の民俗事象に触れることができ、多大な成果を得ることが出来た。2年度は前年度の調査実績を踏まえ、調査地を浙江省に絞り、特に蘭渓市殿山郷姚村、麗水市山根村、同堰頭村の3か所を重点的に調査した。ここでは研究分担者は各自の調査項目に従って、内容に踏み込み伝承事例や現状に関するデ-タを相当量収集することができた。また、この年度には中国側研究分担者8名を日本に招聘し、農村民俗の比較のために日中合同の農村調査を、千葉県佐倉市および沖縄県読谷村の村落を調査地に選び実施した。特に沖縄本島では琉球時代に中国文化が入り込み、民俗事象のなかにもその残存形態が見られることなどが確認され、多大な成果をあげることが出来た。3年度は報告書作成年度にあたり、前年度に決めた執筆要項にもとずき各自が原稿作成したが、内容等が不備がありまた事実確認の必要性が生じたことを踏まえ、研究代表者1名と分担者3名が派遣もしくは任意に参加し、補充調査を実施した。対象地域は前年度と同じく蘭渓市殿山郷姚村、麗水市山根村の2か村である。ここでは正確な村地図の作成をはじめ文書資料の確認など、補充すべき内容の項目について、それを充たすことが出来た。さらに、年度内報告書の作成をめざし報告書原稿を早急に集め、中国側研究分担者の代表である北京師範大学の張紫晨教授を日本に招聘し、綿密な編集打合せを行った。以上の調査経過を踏まえ、その成果を取りまとめた結果、次のような点が明らかとなった。(1)村落社会関係に関する調査結果として、中国の革命以前の村落の状況と解放後の変容過程に関して、個人の家レベルないし旧村落社会および村政府の仕組みや制度の実態について、また村が経営する郷鎮企業の現状についても記録し、同じく家族組織とそれを象徴する祖先崇拝、基制について等が記録された。特に基制については沖縄の基形態がこの地方のものと類似していること、そして沖縄には中国南方民俗の特徴である風水思想と干支重視の傾向があり、豚肉と先祖祭祀が結びついていることなどから、中国東南沿海地方の文化との共通性を見出し、日中比較研究として多大な成果をあげることが出来た。(2)人生儀礼および他界観といった分野では、誕生儀礼に関して樟樹信仰が注目され、これは樹木に木霊を認め、地ー天を考える南方的要素と樹木を依り代と見立て、天ー地への拝天的な北方的要素が融合した形と見られる。また成人儀礼ではシェ族に伝わる学師儀礼の実態や伝承が詳細に記録され、さらに貴州省のヤオ族との比較を含めた研究成果がまとめられた。特に中国古代の成人式の原始的機能が検出され、また先祖祭祀との関わりや道教的要素の浸透など貴重なデ-タが集積された。その他、中国民俗の色彩表徴の事例などの記録も出来た。(3)民間信仰および農耕儀礼として、年中行事による季節観念と農業生産との関係、農耕社会における祭祀の心理的要因や農耕に関する歌謡によって表出された季節的意味などに焦点をあて、ここではさらに日本の沖縄との比較を含めて分析された。さらに建築儀礼に関しても詳細に報告され、沖縄の石敢当を対象に中国との比較研究もまとめられた。(4)口承文芸および民俗芸能については稲作起源神話の伝承例を初めとし、江南地方の方言分布とその特徴ならびに文化的影響の問題について、さらに金華市と沖縄の闘牛行事の比較研究などに多大な成果を得ることが出来た。(これらは報告書として刊行予定)