著者
高岩 義信
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.72, no.8, pp.588-592, 2017-08-05 (Released:2018-07-25)
参考文献数
16
被引用文献数
1

変わりゆく物理学研究の諸相―日本物理学会設立70年の機会に日本における物理学研究の転換点をふりかえる― (歴史の小径)『研究の民主化』とは何だったのか
著者
中村 修二
出版者
一般社団法人日本物理学会
雑誌
日本物理學會誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.52, no.12, pp.924-925, 1997-12-05
著者
平岡 裕章 西浦 廉政
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.72, no.9, pp.632-640, 2017-09-05 (Released:2018-07-25)
参考文献数
41
被引用文献数
3

位相的データ解析と呼ばれるデータ解析の概念が近年注目を集めている.そこでは「データの形」に着目したデータ構造の新たな記述子が開発されており,その中でもパーシステントホモロジーは諸科学・産業界に現れるデータ駆動型の多くの問題へ適用されはじめている.その応用範囲は材料科学,脳科学,生命科学,社会科学,金融など多岐にわたり,方法論としての強力さと普遍性がうかがえる.このパーシステントホモロジーであるが,名前からも想像がつくように,ホモロジーと呼ばれる古典的な数学概念のある種の拡張として定式化される.まずホモロジーとは端的に述べると,入力データ(空間点配置,画像,図形等)の穴の数を計測する道具である.これにより入力データに対して穴に着目した大雑把な特徴づけを与えることができる.このような穴に着目したデータ解析のアイディアは,今世紀に始まった計算ホモロジープロジェクト(計算機を使ったホモロジーの高速計算アルゴリズム開発)の推進と共に,徐々に重要視されはじめることになる.しかしながらホモロジーでは穴の大きさや形について扱うことができず,実際の応用では情報を落としすぎている状況が多々あった.このような難点に対して,パーシステントホモロジーでは入力データを解像度付きのマルチスケール解析ができるように拡張されており,これにより穴の形や大きさなどの定量的な性質を調べることが可能になった.本稿ではホモロジーやパーシステントホモロジーについて予備知識をあまり仮定せずに解説を試みる.まず初めに,入力データのトポロジー情報をうまく反映した解像度付き単体複体モデルであるCěch複体を紹介する.その後に,幾つかの具体的な計算例と共にホモロジーについての解説を与える.その際,単体複体の包含関係から定まるホモロジー間の線形写像についても紹介し,そこで扱う例はパーシステントホモロジーへの自然な橋渡しになっている.パーシステントホモロジーの定義には幾つかの方法があるが,ここではホモロジーとそれらの間の線形写像を一列に並べた代数的対象(正確にはAn型クイーバーの表現)として導入している.パーシステント図などの基本的な概念の紹介の後に,発展的話題として時間発展問題への拡張についても,簡単にではあるが解説を加えた.以上の数学的な話題に続けて,後半ではホモロジーやパーシステントホモロジーの材料科学への応用について幾つかの研究事例を紹介する.ここで扱う題材はシリカガラスおよびブロック共重合体の構造解析である.まずシリカガラスについては,パーシステントホモロジーやそれらに対する統計・逆問題的手法を用いることで,ガラス状態の原子配置構造の新たな特徴づけを与える試みを紹介する.一方ブロック共重合体については,ホモロジーを用いた複雑形態の分類についてまず議論をし,さらにそれらの時間発展を追うことで,遷移的なモルフォロジーの特徴づけや粗視化過程のスケール則などを導く.パーシステントホモロジーを用いて,一見ランダムに見える系に潜む秩序を抽出する様子が本稿を通じて伝われば幸いである.
著者
橋本 幸士
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.74, no.6, pp.352-353, 2019-06-05 (Released:2019-10-25)
参考文献数
8

特別企画「平成の飛跡」 Part 2. 物理学の新展開ホログラフィー原理――素粒子分野から拡がる双対性
著者
佐野 雅己 玉井 敬一
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.73, no.7, pp.463-468, 2018-07-05 (Released:2019-03-12)
参考文献数
16

層流がいつ,どのようにして乱流に遷移するのかは,多くの物理学者を悩ませてきた難問である.この難問に対して最近,統計物理学から新たなメスが入れられている.パイプ流やクエット流などのシア流では,層流状態が線形安定でありながら,有限の擾乱により理論よりも遥かに低いレイノルズ数で乱流化し,時空間欠的な乱れが出現する.この層流乱流転移が有向パーコレーションと呼ばれる臨界現象である可能性が指摘され,実験やシミュレーションが盛んに行われている.本稿ではその概要について解説する.
著者
松枝 宏明
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.65, no.6, pp.409-416, 2010
参考文献数
55

近年,密度行列繰り込み群(Density Matrix Renormalization Group,DMRG)から派生した数値計算法が急速に発展しつつある.この背景には「エンタングルメント」など量子情報理論からもたらされた視点が大きな役割を果たしている.これに伴い,量子系の実時間発展や二次元量子系などが効率的に取り扱われるようになってきており,固体物理学最前線の諸問題に対しブレークスルーをもたらすと注目を集めている.本稿ではこれらの現状について報告したい.
著者
西野 友年 日永田 泰啓 奥西 巧一
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.55, no.10, pp.763-771, 2000-10-05 (Released:2008-04-14)
参考文献数
22
被引用文献数
4

多粒子系の基底状態や素励起を観察したければ,理論武装するのも一法ですが,ともかく系のハミルトニアンを計算機で対角化して,まずは物理現象を目前で観察するのも賢明な選択肢です.しかし相手は天文学的な自由度を持っ問題だけに,数値的対角化を適用できる系のサイズには強い制限があります.約10年前のこと,S. R. Whiteはこの制限をアッと驚く密度行列の使用法により取り払いました.密度行列を介して出現頻度の低い状態を無視することによって,系の物理的性質を高い精度で保ちつつ数値計算で取り扱うべき自由度を劇的に減らして見せたのです.この方法は密度行列繰り込み群と呼ばれ,多粒子系の数値実験的解析に活躍しています.
著者
西道 啓博
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.77, no.10, pp.656-665, 2022-10-05 (Released:2022-10-05)
参考文献数
37

宇宙開闢後わずか38万年後の姿を捉えた,宇宙マイクロ波背景放射(Cosmic Microwave Background, CMB)は,観測可能な最大スケールにおける宇宙の姿を明らかにした.全天のあらゆる方向から届く,灼熱のビッグバン宇宙の黒体輻射の名残りは,到来方向に依存してO(10-5)の微小な温度の違い(揺らぎ)を示しており,その詳細な分析がΛCDMモデルと呼ばれる現代の標準宇宙モデルの確立に決定的な役割を果たした.ところが,最近になってCMBと近傍宇宙の観測との矛盾が取り沙汰されている.ハッブルテンションと呼ばれるこの問題は,ΛCDMモデルの綻びを示しているかもしれない.CMB期から遥かな時を経て,微小な種揺らぎは重力により増幅され,やがて形作られる星,銀河,銀河団といった階層的な宇宙の大規模構造.宇宙初期の姿を2次元天球面上のスナップショットとして写し出したCMBに対して,大規模構造は非線形進化を経て作られた複雑なネットワーク状の3次元パターンであり,潜在的により多くの情報を有している.時間的にも距離スケール的にもCMBとは相補的な大規模構造は,ΛCDMモデルの妥当性をより厳密に検証する可能性を秘めている.大規模構造の観測データから宇宙モデルやそこに内包される宇宙論パラメータを導くには,理論予言と観測データの比較に基づく統計推論が必要となる.様々なモデルとパラメータの組み合わせの中で,観測を最もよく再現するものは何かという問題である.これを高精度に行うには精巧な理論予言が必要となる.宇宙の構造形成シミュレーションは,計算コストの高さから長らく統計推論への応用が叶わなかった.近年飛躍的に進展したデータ科学的方法論は,文字通り天文学的に大容量のデータを用いて人類が実証可能な最大スケールの現象を解き明かそうという宇宙論においても有用である.上記の問題は,いわゆる「シミュレーションに基づく推論」の範疇にあり,宇宙論,物理学だけに留まらず気象科学,生態学,疫学,分子動力学,工学,経済学などの諸分野に共通する大きなテーマとなっている.シミュレーションに基づく宇宙論を可能とすべく,我々は大規模シミュレーションデータベースの構築と,エミュレータの開発を目的とした「ダーククエスト計画」を2015年より推進している.2018年には初期のデータベースに基づく,ソフトウェア「ダークエミュレータ」の完成を見た.その後,模擬観測データを用いた種々のテストをクリアした後,このほどすばる望遠鏡が世界最高精度で測定した重力レンズ効果,およびスローン・デジタル・スカイ・サーベイが提供する現存する最大の銀河の3次元地図へと応用し,遂に宇宙論的帰結を導くことに成功した.計算コストの大きなシミュレータをエミュレータに置き換えることが,シミュレーションに基づく推論の具体的な実装例として機能することを実証した.今後ますます増える観測データと,先鋭化するデータ科学の方法論の応用は,宇宙論の景色を大きく変えるかもしれない.すばるが,日本が,世界の宇宙論をリードするには,このような新しい手法が導き出した帰結を,どれだけ説得力を持った形で世に提示できるかが1つの鍵になるであろう.今後の展開からますます目が離せない.
著者
竹田 晃人
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.69, no.8, pp.522-530, 2014-08-05 (Released:2019-08-22)
被引用文献数
1

近年,情報科学の分野では情報の疎性を利用した情報処理技術が盛んに研究されている.それは圧縮センシングと呼ばれる手法が10年程前に考案され,情報科学の諸分野に大きいインパクトを与え,現代社会で重要視されているデータ科学の分野,具体的には医療画像技術や天体観測等で今後大きな役割を果たすことが期待されているからである.この圧縮センシングの理論は近年の研究で物理学的解析手法と関係することが分かってきた.そこで本稿では特にランダム行列理論との関連性の観点から圧縮センシングを紹介する.圧縮センシングとは信号(又はデータ)に内在する疎性を利用し非常に少数の観測から高次元信号を復元可能とする手法である.その問題設定は極めて簡潔な数式で表現され,一言では「線型連立方程式を条件不足の下で如何に解くか」である.具体的には方程式の未知変数の数を原信号次元,方程式の本数を信号観測回数と考え,「観測回数<原信号次元」と仮定した上で原信号を復元する問題を考える.しかしこの設定のみでは当然解は不定で,問題は不良設定問題となる.そこでこの問題を適切に定義する為に,原信号が「疎」即ち零成分を多く持つ(疎な解)と仮定し,そのような解の求解を目標とする.従ってこの問題では疎な解を効率良く求めることが重要だが,その為に考案されたのがl_1ノルム最小化に基づく求解法である.この求解法は線型計画問題として表現されるため,線型計画アルゴリズムを用いれば原信号に相当する疎な解を実用上問題無い計算量で得ることが出来る.ところでこの問題では原信号を復元する際に必要となる観測数が少ないほど応用上有利となるが,信号を完全復元するために必要な観測回数=連立方程式の本数の下限を理論的に評価する方法が幾つか考案された.まず「制限等長性」の概念を用いた評価法があり,l_1ノルム最小化で疎な解の求解が成功する十分条件はこの制限等長性を用い表現出来る.この概念とランダム行列理論(正確には最大最小固有値に関する確率不等式)を組み合わせることにより,信号完全復元の為の観測数に関する条件が得られる.それとは別に幾何学を用いた評価法がある.この解析法はl_1ノルム最小化が線型計画問題として表現出来ることに着目し,問題を高次元の線型な幾何学の問題に焼き直して,幾何学的解釈,より正確には射影の理論から観測数条件を求めようとするものである.これらとは独立に統計力学に基づく評価法も考案された.これはl_1ノルム最小化を統計力学の問題,具体的にはスピングラス模型の基底状態探索問題に置き直した上で,観測数条件を相図上の相転移線から求める方法である.これは驚くべきことに幾何学による結果と全く同じ結果を導く.さらにこの解析に自由確率論に基づくランダム行列理論の解析法を応用することで観測数条件のuniversalityを議論することが出来る.以上のように圧縮センシングとランダム行列理論は様々な解析手法を通じ密接に関係しているのである.
著者
小松 輝久 中川 尚子
出版者
一般社団法人日本物理学会
雑誌
日本物理學會誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.63, no.9, pp.694-697, 2008-09-05
参考文献数
14

熱流や外場によって駆動された非平衡定常状態における系の微視的状態の定常分布について,最近,我々が得た結果を紹介する.得られた表式は,平衡系におけるボルツマン因子の非平衡定常状態への拡張と見ることができる.線形応答領域をはみ出した非平衡度の2次まで正しく評価した結果は,過剰エントロピー生成の軌道群平均によって表現される.この表式では,従来取扱いが難しかった定常流の効果,すなわち時間無限大で発散する定常的なエントロピー生成の寄与は相殺し,エントロピー生成の過剰分が基本的な役割を演じる.我々は,この分布表現の発見を切り口として,非平衡物理学に新しい展開ができるのではないかと期待している.
著者
藤井 賢一 大苗 敦
出版者
一般社団法人日本物理学会
雑誌
日本物理學會誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.57, no.4, pp.239-246, 2002-04-05
被引用文献数
2

基礎物理定数が1999年末に十数年ぶりに大幅改訂され公表された.実験と理論の進歩により多くの基礎物理定数が高精度化された.得られたデータの比較・検討から,我々は自然現象を理解するための手段として頼りにしているモデルの妥当性を検証することができる.最近では,より高精度化された基礎物理定数が,質量の単位キログラムの再定義を実現するための鍵として注目されている.本稿ではミクロな世界とマクロな世界を結びつけるアボガドロ定数と,ミクロな世界を記述するプランク定数の測定方法について紹介し,これらの定数を使ったキログラム再定義の実現可能性について述べる.
著者
黒川 信重
出版者
一般社団法人日本物理学会
雑誌
日本物理學會誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.43, no.12, pp.951-953, 1988-12-05

素粒子の弦理論の一つの特徴は, 数論の様々な性質が深く使われている点にある. 数論の大きなテーマは保型形式とゼータ関数である. ここでは弦理論で使われてきた数論の結果を保型形式を中心として概観し(§1), 弦理論から得られるゼータ関数の値に関する結果に触れる(§2). さらに, p進弦理論(Volovich)や類体論の非可換版も視野に含む一般の体上の弦理論(Wittcn)に言及する(§3). 数論を弦理論に応用することは自然であるが, 現在は既に弦理論を用いて数論を研究する段階に来ていると思われる.
著者
林 博貴 八木 太
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.77, no.12, pp.796-804, 2022-12-05 (Released:2022-12-05)
参考文献数
27

我々は通常,空間3次元と時間1次元からなる4次元時空に住んでいると考えている.しかし,素粒子をより根源的な理論から統一的に扱おうとする試みの中で,我々の住む世界が実は極小サイズの余剰次元を含む5次元以上の時空である可能性が指摘されている.実際,素粒子理論を記述する枠組みである場の理論は,高次元時空についても古くから盛んに研究されている.ところが,高次元の場の理論は,典型的には高エネルギーにおいて相互作用が強くなるために量子補正の理解が困難であり,未だにわからないことも多い.例えば,あるラグランジアンによって指定された高次元場の理論が,すべてのエネルギースケールで予言能力を持つような問題のない理論かどうか自体がすでに非自明である.超対称性を持つ場の理論においては,摂動計算による量子補正の形が厳しく制限されるため,この問題に関してある程度信頼できる議論が可能になる.1996年頃のSeibergらによる研究では,有効結合定数の計算に基づき,各々の5次元超対称ゲージ理論について,前述の意味での問題のない理論であるかどうかの分類が行われた.高次元場の理論の研究においては,超弦理論を用いたアプローチもまた,長年にわたり重要な役割を果たしてきた.例えば,Dブレーンを用いて,超対称ゲージ理論を構成する手法がある.特に,5ブレーンウェブと呼ばれるものを用いることにより,多くの5次元超対称ゲージ理論が構成され,その分類や性質が議論されてきた.場の理論的手法と超弦理論的手法は超対称ゲージ理論の研究において相補的な役割を果たすため,ともに必要不可欠な存在である.ところが,両者には5次元超対称ゲージ理論の分類に関して一部食い違いがあり,それは長い間謎のままであった.近年,場の理論的手法と超弦理論的手法の双方のさらなる発展に伴い,この謎を解決する形で分類の理解が進んでいる.まず,場の理論的手法においては,クーロン的真空を正しく同定する方法が提唱され,その結果,問題のない理論が新たに存在する可能性があることが指摘された.また,超弦理論的手法では,5ブレーンウェブに関する理解の発展などに伴い,様々な5次元超対称ゲージ理論が,実際に超弦理論を用いて新たに実現できるようになってきた.その結果,当時の食い違いが解消されるとともに,初期の分類では問題があるとされていた多くの5次元超対称ゲージ理論が実は問題のない理論であることが明らかになってきた.また,それと深く関連する形で,6次元場の理論の分類の研究も進んでいる.5次元超対称ゲージ理論の研究においては,その分類だけでなく,様々な量子的性質が研究されている.例えば,5ブレーンウェブを用いた構成を応用することにより,超対称性の一部を保つ状態の数え上げや,空間の一方向が周期的になっている場合の有効結合定数の計算,ゲージ結合定数が発散するときのヒッグス的真空の解析などが行われている.その結果,摂動論では捉えきれなかった効果が定量的な形で明らかにされつつある.高次元場の理論は,古くからの研究テーマでありながら今なお新しい進展が続いており,今後のさらなる発展が期待される.
著者
川村 光
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.72, no.7, pp.492-502, 2017-07-05 (Released:2018-07-01)
参考文献数
54

ここ10数年,「スピン液体」あるいは「量子スピン液体」という言葉がよく話題に上る.スピン系を舞台に出現する「液体的な」状態というイメージである.実のところ,そもそもの状態の定義が必ずしも明確にされてきた訳でもないのだが,理論的に期待される磁性体の新たな状態として,実験的にも長く探し求められてきた.強い磁気的相互作用を持ちながら,スピングラス的な磁気凍結現象も含めて極低温まで何の磁気秩序化も示さない,磁性体の低温量子状態という辺りが,大方のイメージであろう.その意味で,スピン系が作る「液体状態」である.言葉の対応上は,高温での無秩序状態―常磁性状態―が「スピン気体状態」,低温で通常形成される強磁性や反強磁性等の磁気秩序状態が「スピン固体状態」というアナロジーになろうか.もちろん,強いスピン間相互作用を持つ磁性体は,通常は低温で強磁性,反強磁性等の何らかの磁気秩序を形成するので,液体的な低温量子状態が本当に可能かどうかは,そう自明なことではない.量子スピン液体状態を実現するには,強い量子効果とともに,磁気秩序を不安定化する,いわゆる「フラストレーション」効果―競合の効果―が重要と広く考えられている.スピン液体状態を作る磁性体の物質探査は現在も続けられているが,ここ10年くらいの間に,有力な候補物質が次々と報告され,多くの実験的情報が集積されている.目下,これらの実験データの解釈を巡って,自然界で現実にも実現しているらしい「スピン液体」(「量子スピン液体」)状態とはどのような状態なのかに関して,色々議論がなされており,大変興味深い状況にある.筆者らのグループは,これら自然界で実現している「量子スピン液体」状態(のおそらく大部分のもの)に関しては,実は,系に内在している「乱れ」ないしは「不均一性」―ランダムネス―がフラストレーションと並んで本質的に重要な役割を果たしているのではないかという説を提唱してきた.その際,「ランダムネス」の概念を通常より広く捉え,適当な条件下で系に自発的に生成される不均一性も含めて考えることで,より統一的な視点が得られる.元々がクリーンな系であっても,多自由度間のカップリング等を通して不均一性が自発的に生成され,重要な役割を果たす場合がある.スピン液体に関するこれまでのほとんどの理論においては,量子スピン液体性は乱れのないピュアな規則系の属性とされ,乱れや不均一性の役割は重要ではないとされてきた.しかし,近年次々と見出されてきた量子スピン液体物質は,それが外因的のものであれ,自己生成された内因性のものであれ,系に乱れや不均一性を顕著に持つ傾向がある.乱れや非均一性がクリーンな系の興味深い物理を“汚染する”余計者なのでは決してなく,興味深い新奇な物理現象を生み出す重要なプレイヤーであることを強調したい.
著者
後藤 雄二 Ralf Seidl 中川 格
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.77, no.10, pp.675-684, 2022-10-05 (Released:2022-10-05)
参考文献数
33

陽子は高エネルギーにおいて量子色力学(QCD)に基づきクォークとグルーオンから構成されると理解されているが,陽子のスピン量子数1/ 2をその構成要素から説明することは長年の課題である.陽子のもう一つの量子数である電荷+1は3つの価クォーク電荷の総和でうまく説明できるため,陽子のスピンも同様に価クォークのスピンが担うと思われた.実際に高エネルギー偏極レプトン散乱実験でクォーク・スピンの寄与を測定してみたところ,現在までにその寄与はせいぜい30%程度であることが判明している.これは「陽子スピンのパズル(謎)」と呼ばれ,高エネルギーQCD分野における未解決問題の一つである.では残りの70%はどこから来ているのだろうか? ここで浮上してきたのが,グルーオンのスピンである.陽子はクォークとグルーオンで構成されているから,クォーク・スピンで説明がつかない分はグルーオン・スピンの寄与で補われるのだろうと予想された.クォーク・スピンの寄与の特定に華々しい実績を残してきた高エネルギー偏極レプトン散乱実験だが,レプトンが散乱される際に交換される仮想光子は,陽子内のグルーオンと直接相互作用をしないため既存のレプトン散乱実験ではグルーオンに対する感度は余り高くない.そこで米国ブルックヘブン国立研究所(BNL)では,世界で唯一の高エネルギー偏極陽子–陽子衝突型加速器を用いてグルーオン・スピンの寄与の測定に挑んだ.2001年から10年以上に及ぶ実験で,ようやくグルーオン・スピンの寄与はゼロではなく,おおよそクォーク・スピンの寄与ぐらいである証拠を掴んだ.まだその精度は十分と言えるほど高くないが,クォークとグルーオンのスピンの寄与を足し合わせても,陽子のスピン全てを説明することはできない可能性が出てきた.陽子の構成要素はクォークとグルーオン以外にないのだから,それらのスピンの寄与を足し合わせて陽子スピンにならなければおかしいのではないか? 何か見落としはないか?クォークとグルーオンは陽子という閉じられた空間内で運動をしているので,それらの軌道角運動量も陽子スピンに寄与できる.つまり陽子スピンには,クォークとグルーオンのスピンの寄与とそれらの軌道角運動量の和で与えられる「スピン和則」が成り立つ.軌道角運動量の測定を目的とした実験も既に多く存在するが,測定した観測量と軌道角運動量を関連付けるのは一筋縄ではいかないため,現時点では軌道角運動量の寄与はあまりよくわかっていない.しかし近年実験手法もより洗練され,理論の発展も著しく,軌道角運動量を特定する土台が急速に整備されつつある.陽子スピン1/ 2を構成要素から説明する研究は,陽子スピンに寄与しうるそれぞれの成分を一つ一つ高精度で測定し,最終的にスピン和則が満たされることを確かめるのがゴールである.そのためにはクォークとグルーオンのスピン,及び軌道角運動量の寄与をそれぞれ精密に測定しなければならない.スピンパズルは偏極陽子–陽子衝突実験で解決まであと一歩のところまで追い詰めた.この追求のバトンは,2030年頃にBNLで実験開始が予定されている世界初の電子–イオン衝突型加速器に引き継がれる.