著者
川田 学
出版者
一般社団法人日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.22, no.2, pp.157-167, 2011-06-20

乳児期における他者理解のひとつの形式とされる同一化(identification)について検討するため,擬似酸味反応(virtual acid responses)と呼ばれる現象について実験的に検討した。擬似酸味反応とは,例えば他者が梅干を食べようとしているところを見るだけで,(他者が酸っぱそうな顔をしていないのに)自分が酸っぱそうな顔になってしまうといった現象で,久保田(1981)によって6か月児の一事例が報告されていた。本研究には,43名の乳児(生後5か月〜14か月の乳児をyounger群[5〜9か月]22名,older群[9〜14か月]21名に分割)が実験に参加した。材料にレモンを用い,事前にレモンを食する経験をした乳児(Le群)とそうでない群(N-Le群)に分け,両群に対して実験者が真顔のままレモンを食する場面を呈示した。最終的に9個の行動カテゴリを抽出した。主要な結果として,(1)Le群>N-Le群でより多くの行動カテゴリの生起が見られること,(2)顔をしかめたり,口唇の動きが活発になるなどの典型的な擬似酸味反応はLe-younger群で多く見られるが,Le-older群では手のばしや発声のような外作用系の活動が多いこと,(3)他者が真顔のままレモンを食す場面を呈示されたLe群と,他者がいかにも酸っぱそうな表情でレモンを食す場面を呈示されたN-Le群では,反応が変わらないかむしろLe群においてより活発であった。以上の結果に基づき,生後1年目後半の乳児の意図理解や三項関係の発達と関連づけて議論した。
著者
奥村 優子 池田 彩夏 小林 哲生 松田 昌史 板倉 昭二
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.27, no.3, pp.201-211, 2016

<p>評判は,人間社会における利他行動の促進や社会秩序の維持に重要な役割を果たしている。評判を戦略的に獲得するために成人は"評判操作",つまり,他者に見られていることに敏感となり,他者の自分に対する印象や査定を操作する行動をとることが示されている。一方で,就学前の子どもにおいて,幼児が場面に応じてどのように評判操作をするのかは不明な点が多い。そこで本研究では,幼児の評判操作に関して2つの検証を行った。1点目は,5歳児が他者に観察されている場合に良い評判を得るように,また悪い評判を付与されないように評判操作をするかどうかであった。2点目は,5歳児が目のイラストのような他者を想起させる些細な刺激によって評判操作をするかどうかであった。研究1では,幼児が自分のシールを第三者に提供することで良い評判を得ようとするかを検討した結果,観察者,目の刺激,観察者なしの3条件で分配行動に有意な違いはみられなかった。研究2では,幼児が第三者のシールを取る行動を控えることにより悪い評判を持たれないようにするかを検討した結果,観察者条件では観察者なし条件に比べて奪取行動が減少した。一方,目の刺激条件と観察者なし条件とでは,行動に違いはみられなかった。これらの結果から,5歳児は悪い評判を持たれることに対して敏感であり,実在の他者から見られている際に戦略的に評判操作を行うことが示された。</p>
著者
平山 順子 柏木 恵子
出版者
一般社団法人日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.15, no.1, pp.89-100, 2004-04-20
被引用文献数
1

本稿は、核家族世帯の中年期夫婦277組を対象に,夫婦間コミュニケーション態度をもとに夫婦のコミュニケーション・パターンの特徴を明らかにし,その様態が夫・妻それぞれの心理状態とどう関係しているか,またコミュニケーション・パターンの差をもたらしている要因を夫婦の経済生活及び結婚観との関連で検討した。主な結果は次のとおりである。(1)対象夫婦は,双方がポジティブな態度でコミュニケーションをしている「共感親和群」(36.5%),平均的で中立的なコミュニケーションをしている「平均中立群」(35.7%)、双方がネガティブな態度でコミュニケーションしている「威圧回避群」(27.8%)の3群に分類された。(2)共感親和群及び威圧回避群では,妻は夫に比べて夫婦関係満足度が低く,離婚思念度が高いことが明らかにされた。特に威庄回避群では夫と妻との得点差が他の2群に比べて大きかった。(3)夫婦の経済生活はコミュニケーション・パターンの違いと関連しており,片働き夫婦では平均中立群が多いこと,一方、妻の年収100万円以上の共働き夫婦では共感親和群が多いことが見出された。(4)夫婦のコミュニケーション.パターンと結婚観との関連を検討した結果,共感親和群の夫は平均中立群・威圧回避群の先に比べて,<相思相愛>及び<夫の妻への理解・支持>が顕著に高いことが明らかにされた。
著者
富田 昌平
出版者
一般社団法人日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.20, no.1, pp.86-95, 2009-04-20

本研究の目的は,不思議を感じとりそれを楽しむ心の発達について明らかにすることであった。研究1では,幼稚園年少児29名,年中児34名,年長児33名に3つの手品を見せ,そのときの幼児の顔の表情,探索行動,言語回答を観察し分析を行った。その結果,年少児では手品を見せられても顔の表情にあまり変化がなく,手品の不思議の原理を探ろうとする探索行動も全く見られなかったのに対して,年中児では軽く微笑んだり声をあげずに笑うなどの小さい喜び反応が増加し,探索行動も現れるようになり,さらに年長児では声をあげて笑ったりうれしそうに驚くなどの大きい喜び反応が増加し,探索行動も増加するといった一連の発達的変化が確認された。研究2では,研究1に参加した幼児86名に対して空想/現実の区別課題を行い,研究1の手品課題における反応との関連について検討した。その結果,空想/現実の区別を正しく認識している幼児ほど,手品を見たときに喜び反応をより多く示していたことがわかった。以上の結果から,不思議な出来事に遭遇したときに生じる,出来事の不思議に気づき,それを楽しみ,探究するといった心の動きが幼児期において発達すること,そしてその発達の背景には空想/現実の区別についての認識発達が存在することが示唆された。
著者
原田 新
出版者
一般社団法人日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.23, no.1, pp.95-104, 2012-03-20

本研究の目的は,青年期から成人期への発達的移行に伴う自己愛と自我同一性との関連の変化について検討することであった。青年期として18歳〜25歳の大学生・大学院生の371名,成人期として26歳〜35歳の352名に対して,自己愛と自我同一性の尺度を含む質問紙調査を実施した。発達段階ごとに自己愛と自我同一性との関連について検討した結果,特に「注目・賞賛欲求」と「共感性の欠如」に関して,青年期と成人期における注目すべき関連の差異が示された。さらにそれら自己愛の2変数を説明変数,「中核的同一性」,「心理社会的自己同一性」の2種類の自我同一性を目的変数とするモデルを両発達段階に対して仮定し,多母集団同時分析を実施した。その結果,青年期よりも成人期の自己愛の方が自我同一性に対してより強い負の影響を及ぼすことが示された。これらの結果から,「注目・賞賛欲求」や「共感性の欠如」という自己愛的心性を解消することは善年期の発達的課題であり,そのような課題が解決されなかった場合,成人期におけるそれらの高さは自我同一性の形成に負の影響を及ぼすことが示唆された。
著者
佐藤 由宇 櫻井 未央
出版者
一般社団法人日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.21, no.2, pp.147-157, 2010-06-20

広汎性発達障害者の抱える心理的な問題として,他者との違和感や自分のつかめなさといった自己概念の問題の重要性が近年指摘されているが,その研究は非常に困難である。本研究では,当事者の自伝を,彼らの自己内界に接近できる数少ない優れた資料であると考え,中でも卓越した言語化の能力を有する稀有な当事者による自伝を分析することによって広汎性発達障害者の自己内界に迫り,自己の特徴と自己概念獲得の様相を探索的に明らかにすることを目的とした。1冊の自伝を取り上げ,KJ法で分析を行った。結果,311のエピソードを取り出し,28のカテゴリーを生成した。その当事者の自己の様相においては,自己感の曖昧さや対人的自己認知の困難などの特異的な困難が明らかとなった。それらの困難ゆえに,対人的自己認知の獲得の過程において,主体としての自己を喪失する危機が生じやすいが,その際,自己感の曖昧さや対人接触の拒絶,解離など一般に障害あるいは症状とみなされる現象が危機に対する対処として機能していると考えられた。さらに,対人的自己認知は困難であるとはいえ,対人的経験の中で自己感を得られる新たなコミュニケーションスタイルを獲得しうる可能性も示唆された。
著者
髙坂 康雅
出版者
Japan Society of Developmental Psychology
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.24, no.3, pp.284-294, 2013

本研究の目的は,"恋人を欲しいと思わない"青年(恋愛不要群)がもつ"恋人を欲しいと思わない"理由(恋愛不要理由)を分析し,その理由によって恋愛不要群を分類し,さらに,恋愛不要理由による分類によって自我発達の違いを検討することであった。大学生1532名を対象に,現在の恋愛状況を尋ねたところ,307名が恋人を欲しいと思っていなかった。次に,恋愛不要理由項目45項目について因子分析を行ったところ,「恋愛による負担の回避」,「恋愛に対する自信のなさ」,「充実した現実生活」,「恋愛の意義のわからなさ」,「過去の恋愛のひきずり」,「楽観的恋愛予期」の6因子が抽出された。さらに,恋愛不要理由6得点によるクラスター分析を行ったところ,恋愛不要群は恋愛拒否群,理由なし群,ひきずり群,自信なし群,楽観予期群に分類された。5つの群について自我発達を比較したところ,恋愛拒否群や自信なし群は自我発達の程度が低く,楽観予期群は自我発達の程度が高いことが明らかとなった。
著者
杉村 智子
出版者
一般社団法人日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.21, no.4, pp.342-352, 2010-12-20

顔などの視覚情報の特徴を言語で表現すると,後の視覚情報による再認成績が低下する現象は言語隠蔽効果(Schooler & Engstler-Schooler,1990)として知られている。本研究では,幼児を対象として,ライブイベントを目撃した際の人物の顔の再認記憶において言語隠蔽効果が見られるかどうかを検討した。調査対象者には,女性が紙芝居を読み男性が紙芝居の手伝いをするという出来事を目撃させ,約1日後に,出来事の内容についての自由再生と,顔の再認課題を行わせた。その際,言語群には,人物の顔や髪型等の人物の特徴についての言語供述を行わせたあとに再認課題を行わせ,統制群には再認課題のみを行わせた。その結果,言語群のほうが再認成績が低い傾向にあった。また,言語群の言語供述については,人物同定の手がかりとはならない主観的情報や誤った情報が述べられる傾向がみられた。これらの結果が,言語隠蔽効果が生起する認知過程の観点と,子どもの目撃証言に関わる実用的観点から考察された。
著者
安藤 寿康
出版者
一般社団法人日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.7, no.2, pp.170-179, 1996-12-20

発達心理学では, 家庭環境の影響を示すために, 親の与える家庭環境の指標と子どもの行動指標との相関を用いる。しかしそこには遺伝的影響が関与している可能性がある。本研究では秋田(1992)が行った「子どもの読書行動に及ぼす家庭環境の影響に関する研究」に対して, 行動遺伝学的視点から批判的追試を行った。小学6年生の30組の一卵性双生児ならびに20組の二卵性双生児が, その親とともに読書に関連する家庭環境に関する質問紙に回答した。子どもはさらに読書行動に対する関与度についても評定が求められた。親の認知する家庭環境の諸側面は子の認知するそれと中程度の相関を示した。図書館・本屋に連れて行ったり読み聞かせをするなど, 親が直接に子どもに与える環境を子が認知する仕方には, 遺伝的影響がみられた。また子どもの読書量についても遺伝的影響が示唆された。だが子どもの読書に対する好意度には, 遺伝的影響ではなく, 親の認知する蔵書量が影響を及ぼしていた。
著者
川野 健治
出版者
一般社団法人日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.23, no.4, pp.395-403, 2012-12-20

本稿の目的は,暴力と自殺を通して貧困について考えることである。ただし,社会的排除を強めることになりかねないので,暴力と自殺の共通性を仮定することには慎重でありたい。貧困は,アノミー論や内的衝動論が示すように,個体の暴力発生の確率を高める側面をもっている。しかし,そればかりではなく,児童虐待,配偶者間暴力,犯罪の側面からみると,暴力の方向性に影響を与えている可能性がある。一方,自殺については,景気変動との関係は指摘されており,理論的な説明も試みられている。しかし,社会経済状況やそれに基づく社会資源の不足を指標とした貧困と自殺関連行動との関係性についての実証的研究では,一貫した結果は得られていない。暴力と自殺を通して見出される貧困の特徴とは,解消すべき内的な心理状態を生み出すものであり,その発露に対する防御因子,たとえば家族との適切な交流とか,支援・サービスの利用とか,安定した住環境とか,教育の機会を剥奪するものであった。しかし,逆にいえば,貧困に注目することで,暴力や自殺の発生を規則的に把握することができる。ニッチとしての貧困という視点からの研究を進めることで,これらの社会病理を管理する手がかりを得られるのではないだろうか。
著者
山形 恭子
出版者
一般社団法人日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.23, no.3, pp.310-319, 2012-09-20

本研究では絵本における文章の読みに関する表記知識・手続き的知識の発達を4側面から捉え,ひらがな読字能力との関連のもとに検討した。調査対象児は2歳半から4歳の年少児40名(研究1)と4歳から6歳の年長児66名(研究2)である。絵本課題では絵本を読み聞かせながら質問をする対話方式を用いて絵本に関する手続き的知識,文字表記知識,読みの手続き的知識,意味理解の4側面に関する理解を発達的に調べた。結果はこれらの4側面の理解に関して3段階の発達様相が見出された。2歳半児は絵本に関する手続き的知識や文字同定,頁間の方向性,意味内容を理解していたが,読みの手続き的知識と文字表記知識の理解は年齢にともなって発達した。特に,読みの手続き的知識のなかの最初の頁の読みの始点に関しては4歳以下では理解できず,4歳以上の年長児で年齢にともなってその理解が進展した。また,読みの手続き的知識と文字表記知識はひらがな読字能力と有意な相関がえられ,読字能力の習得が関連した。これらの結果は絵本読みにおける表記知識・手続き的知識の発生・発達過程ならびに文字の習得との関係や方法論に基づいて考察された。
著者
井上 徳子
出版者
一般社団法人日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.5, no.1, pp.51-60, 1994-06-30

チンパンジー幼児の自己鏡映像認知の発達過程を, 縦断的観察 (実験I) と横断的観察 (実験II) によって検討した。実験Iの被験体は生後9週齢から人工哺育で育てられたメスのチンパンジー頭で, 実験開始時に76週齢, 実験終了時に87週齢だった。ケージ内に鏡を設置し, 1日1試行10分間の呈示を47試行おこなった。被験体が鏡呈示事態において示したさまざまな行動を50種の行動型として記述した。さらにこれらを社会的反応, 探索反応, 協応反応, 白己指向性反応, 複合反応の5つの行動カテゴリーに分類した。被験体は社会的反応や探索反応から, 協応反応や自己指向性反応へと出現行動カテゴリーを変化させ, 最終的には複合反応を示すに至った。いわゆる「自己意識」の成立の指標とされる自己指向性反応を被験体が示したのは1歳半をすぎてからだった。実験IIでは, 過去に鏡に関する経験を持たない1歳4カ月から4歳11カ月のチンパンジー幼児17頭を被験対象とした。1試行40分間の鏡呈示を実施し, 試行中に出現した鏡に関する行動を, 実験Iと同様の行動カテゴリーに分類した。40分間の試行内における鏡に関する行動は3歳半以上の被験体で特に変化した。社会的反応は最初の10分間で急減し, その後, 自己指向性反応およぴ複合反応が出現した。各行動カテゴリーの加齢に伴う出現変化も同様の傾向がみられた。年少の被験体は社会的反応を主に示し, 年長の被験体は自己指向性反応や複合反応を示した。横断的観察で得られた自己鏡映像認知の発達過程は, 縦断的に観察したチンパンジー幼児やヒト乳幼児の例と同様だった。だが自己指向性反応が現われ始めた時期は横断的観察では3歳半頃で, 繰り返し鏡が呈示された実験Iの被験体よりも, 約2年遅れていた。自己鏡映像の認知能力は, 加齢に伴う成熟と, 自己鏡映像に関する学習経験量によって決まることが示唆された。
著者
向井 隆久 丸野 俊一
出版者
一般社団法人日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.21, no.2, pp.158-168, 2010-06-20
被引用文献数
1

本研究の目的は,心的特性の起源(氏か育てか)に関する概念の発達を説明する上で,「概念は,状況・文脈から独立にあらかじめ成立している(伝統的概念観)のではなく,概念と状況・文脈が互いに整合する形で構成されて初めて成立する」という概念観の妥当性・有効性を検討することであった。そのため,小学2〜6年生300名を対象に,特性の起源を問う課題構造は同一であるが,子どもに認知される課題状況・文脈に違いがあると想定される2つの課題(乳児取り替え課題,里子選択課題)を用意し,状況・文脈の違いによって,特性の起源に関する認識に違いが生じるのか否かを実験的に検証した。特に本研究は,あらかじめ場合分けされた知識・概念では対応できないような,場に特有の内容で子どもに認知される状況・文脈(目標解釈や思い入れ,意味づけ)に着目した。結果は,乳児取り替え課題では,特性の規定因を'生み育て両方'とはみなしにくい低学年児の多くが,里子選択の状況では高学年児と同等に'生み育て両方'を規定因とみなし,特性の起源に関する認識が状況・文脈に整合する形で即興的に構成されることを示した。こうした結果を受けて考察では,子どもの示す理解の仕方は状況・文脈と一体となって絶えず変動するとみなし,「状況・文脈と概念との相互依存的で整合的な構成のされ方の変化」として概念変化を捉えることが適切ではないかという新たな概念観の有効性を議論した。
著者
別府 哲
出版者
一般社団法人日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.10, no.2, pp.88-98, 1999-11-15

自閉症の問題行動に, 「他の人の怒りを引き出すことを明らかな目的として, 執拗になされる行為」 (杉山, 1990) としての挑発行為がある。挑発行為は一方では, 他の人の怒りを理解した上での行動として他者理解と関運しており, またネガテイブではあるが社会的相互作用行動の一形態とも考えられる。本研究では, 一時期挑発行為を頻発した就学前の自閉症児A児 (CA2;11〜6;5) を取り上げ, 社会的和互作用行動と他者理解の側面から事例検討を行い, 挑発行為の意味を検討した。結果は以下の通りである。(1) 社会的相互作用行動を, 始発するのが大人かA児か, そして相手の行動を引き出すために行うのか情動や意図を引き出すために行うのかで, 第I〜IV期の4つの時期を抽出した。(2) A児が始発するがまだ相手の行動を引き出すために社会的相互作用行動を行う第皿期に, 挑発行為が出現した。(3) 第IV期になると相手の意図や情動を引き出すための社会的相互作用行動が出現した結果, 挑発行為は消失し, 代わりにからかい行動が出現した。(4) 他者理解を検討したところ, 第III期には行為者としての他者理解が成立するが, 第IV期にみられる情動や意図を有する主体としての他者理解はまだみられず, その意味で第III期に特徴的にみられた挑発行為は, 他者の情動や意図を理解していないがゆえの行動と推察された。
著者
神藤 貴昭 尾崎 仁美
出版者
一般社団法人日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.15, no.3, pp.345-355, 2004-12-20

近年,大学における教育的側面が検討されるようになってきた。本研究の目的は,大学授業における教授者のストレスと対処行動の過程を明らかにすることであった。研究1では大学授業における教授者の認知するストレッサーの種類を調査した。研究2では,3名の大学教員によっておこなわれた実際の7つの授業をもとにして,教員への面接や授業VTRの分析をとおして,教授者と授業中のストレッサーとの相互作用を詳細に記述した。主な結果は以下のようであった。(1)全体的には学生の反応に関するストレッサーが多いこと,(2)放置という対処が多く見られたこと,(3)教授者の経験年数が少ないほど,学生の否定的反応に関するストレッサーを多く認知していること,(4)対処行動にもかなり個人差があるということ,(5)あるストレッサーを解決しようとすると,別のストレッサーが生起する可能性があること,の5点である。これらの結果はファカルティ・ディベロップメントの観点から議論された。
著者
西原 数馬 吉井 勘人 長崎 勤
出版者
一般社団法人日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.17, no.1, pp.28-38, 2006-04-20

広汎性発達障害児A児の発達評価より,「心の理解」における発達課題が「信念」理解における他者の「見ることが知ることを導く」という原理(Pratt&Bryant,1990)の理解であると評価されたため,これを指導目標とした。指導方法としては,親しい他者との相互交渉を利用した指導である「宝さがしゲーム」共同行為ルーティンを用いた。指導の結果,最初は指導場面内で変化が見られた。まず「宝さがしゲーム」内の直接援助を行った要素(例えば「隠した場所を教えない」行動など)が徐々に,自発によって遂行可能になった。「違う場所を教える」行動など直接援助を行わなかった要素についても徐々に遂行可能になっていった。指導場面以外でも,一切援助を行わなかった硬貨隠しゲームにおいて「見ることが知ることを導く」という原理を意識する様子がみられた。また,行動観察において他者の叙述的な心的状態に関する発話数が増加した。さらに,日常生活場面においても他者の「見ることが知ることを導く」という原理の理解の指標となるエピソードが報告・観察された。以上より,ゲーム共同行為ルーティンによって,「見ることが知ることを導く」という原理の理解が促進された可能性が考えられるが,指導後も,誤信念課題を通過できなかった。これはA児における物語理解の困難性と関連があると考察された。
著者
安藤 寿康
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.33, no.4, pp.244-255, 2022 (Released:2023-07-04)
参考文献数
25

双生児法は遺伝と生育環境を共有する一卵性双生児と,遺伝の共有は一卵性の半分だが生育環境は一卵性と等しい二卵性双生児の行動指標の類似性を比較し,遺伝と環境の影響を明らかにする行動遺伝学の方法論である。古典的双生児法では,遺伝要因は分子レベルではなく潜在変数として扱われ,平均値ではなく分散に関心をもつところが特徴である。心理学のさまざまな領域で,すでに双生児研究の膨大な蓄積があり,あらゆる行動に有意で大きな遺伝的影響があること,とはいえどんな形質100%遺伝的ではなく環境の影響もあること,そして環境要因のほとんどは家族で共有されないことが普遍的に示されている。特に発達心理学的な関心としては,遺伝的影響が動的に変化し,新しい遺伝要因の発現(遺伝的イノベーション)や,知能の遺伝率が発達を通じて増加することが示されている。また多くの形質で年齢間の安定性は主に遺伝によることも一般的な知見である。これらの知見の具体例を,大規模横断研究のメタ分析や,筆者らの双生児縦断プロジェクトからコレスキー分解モデル,潜在成長モデル,交差遅延モデル,一卵性双生児の差分析の結果を通して紹介する。発達心理学はじめ社会科学全般で,行動遺伝学が明らかにしてきた遺伝のダイナミズムが必ずしも十分に認識されないまま,遺伝情報だけはありきたりな変数となりつつあるいま,改めて双生児法による行動遺伝学の知見に注目が必要である。