著者
宮本 英美 李 銘義 岡田 美智男
出版者
一般社団法人日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.18, no.1, pp.78-87, 2007-04-20
被引用文献数
4

近年,人間とロボットの社会的関係に注目したロボットの研究開発が進められるに伴い,ロボットを用いた自閉症療育支援も提案されてきている。これまでの研究では自閉症児がロボット等の無生物対象に興味をもち社会的反応を示すことが報告されているが,ロボットが他者のような社会的主体として扱われていることを評価するのは容易ではない。本研究では,ロボットが社会的主体としてどのように関係性を自閉症児と共に発展させるかを検討した。養護学校の児童とロボットの相互作用場面を縦断的に観察し,ロボットの意図的行動に固執した二名の自閉症児のパフォーマンスを分析した。その結果,対象児はロボットの意図に対して鋭敏であり,ロボットと相互作用を続ける中で固執していた行動パターンを修正していたことが示された。以上の知見は,ロボットが自閉症児と社会的関係を発展させられると同時に,彼らの社会的反応の促進に有効である可能性を示唆している。
著者
渡部 雅之 高松 みどり
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.25, no.2, pp.111-120, 2014 (Released:2016-06-20)
参考文献数
45

空間的視点取得は,他視点への仮想的な自己身体の移動と,それ以外に必要とされる認知的情報処理の2つの過程から構成される。多くの先行研究では,これらの過程を適切に分離できておらず,使用された実験課題によって互いに矛盾する結果が得られることも多かった。特に,空間的視点取得の本質と目される仮想的身体移動がどのように発達するのかについては,今日でも十分には解明されていない。本研究では,両過程を分離して捉えるために,反応時間と視点の移動距離との間に成立する一次関数関係を利用した手法を考案した。さらに,子ども達にも容易に理解できるように,この手法を組み込んだビデオゲーム形式の課題を作成した。3–4歳群,5歳群,6歳群,13歳群,21歳群の各群20名ずつ,合計100名が課題を行った。仮想的身体移動過程もしくはそれ以外の認知的情報処理過程のみを意味する各1種類の指標と,両過程を含む従来型の反応時間と正答数との,合計4種類の指標が分析に用いられた。その結果,仮想的身体移動に関わる能力が思春期以降に発達すること,それ以外の認知的情報処理に関わる能力は児童期後期から思春期頃に大きく伸張することが示された。これらを踏まえて,仮想的身体移動の発達研究の重要性を,身体性や実行機能の観点から考察した。
著者
滝吉 美知香 田中 真理
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.22, no.3, pp.215-227, 2011-09-20 (Released:2017-07-27)
被引用文献数
2

本研究は,思春期・青年期における広汎性発達障害(以下,PDD)者が自己をどのように理解しているのかを明らかにすることを目的とする。22名のPDD者と880名の定型発達者を対象に,自己理解質問(Damon & Hart,1988)を実施し,得られた回答を自己理解分類モデル(SUMPP)に基づき,領域,対人性タイプ,肯否の3つの側面において分類した。その結果,(1)PDD者は,他者との相互的な関係を通して自己を否定的に理解し,他者の存在や影響を全く考慮せずに自己を肯定的に理解する傾向にあること,(2)PDD者は,「行動スタイル」の領域における自己理解が多く,その中でも障害特性としてのこだわりに関連する「注意関心」の領域がPDD者にとって自己評価を高く保つために重要な領域であること,(3)PDD者は,自己から他者あるいは他者から自己へのどちらか一方向的な関係のなかで自己を理解することが多く,Wing(1997/1998)の提唱する受動群や積極奇異群との関連が示唆されること,(4)社会的な情勢や事件への言及がPDD者の自己理解において重要である場合があることなどが明らかにされた。
著者
秋田 喜代美
出版者
一般社団法人日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.3, no.2, pp.90-99, 1992-12-25

本研究は, 子の読書への参加と熟達化に家庭が果たす役割という観点から, 読書に関する家庭環境を, (1) 家に本を置くという物理的環境準備者としての役割, (2) 親自身が読書を行い, 読書熟達者のモデルを子に示す役割, (3) 子に本を読むよう勧めたり, 本を買い与えたり, 本屋や図書館へ連れていくなど直接的な動機付けを行う役割, (4) 親が子どもに本を読んでやることによって直接読み方を教授したり, 子どもが本を理解できるよう援助したりする役割の4種類に整理し, 各役割が子の読書に与える影響を検討したものである。小3, 小5, 中2, 計506名を対象に質間紙調査を行った結果, 次の4点が明らかとなった。第1に, 親が読書好きであることが, 子に対する様々な行動の量に影響を与えること, 第2に親が読み聞かせをしたり図書館や本屋に連れて行くなど, 読書に関して子どもと直接関わることの方が蔵書量や親自身の行動よりも子の感情に与える影響が大きいこと, 第3に親の役割内容には子の感情と関連のある役割と読書量と関連のある役割があること, 第4に役割には子の学年と共に影響が弱くなる役割と学年によらず影響を与える役割があることである。
著者
山本 尚樹
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.25, no.2, pp.183-198, 2014 (Released:2016-06-20)
参考文献数
59
被引用文献数
1

本論文では,自己組織化現象に関する近年のシステム論の研究動向の観点から語られることの多かったEsther Thelenの発達理論を,George E. Coghillの発生研究を嚆矢とし,Arnold L. Gesell,Myrtle B. McGrawによって展開された古典的運動発達研究の延長戦上に位置づけ,再検討した。特に,Gesell,McGraw,Thelen,三者の発達研究・理論を比較検討し,類似点と相違点を明確にすることで,運動発達研究の基礎と今後の課題を明確にすることを目的とした。この検討により運動発達研究は,i.下位システムの相互作用から系全体の振る舞いの発達的変化を捉える,ii.発達的変化を引き起こす要因を時間軸上で変化する系の状態との関係から考察し特定する,という基本的視座をもつこと,さらにiii.系の固有の状態が発達に関与するという固有のダイナミクスの概念,iv.様々なスケールが入れ子化された時間の流れから発達を捉えるという多重時間スケールの概念,がThelenによって新たに加えられたことが確認された。最後に,このiii.,iv.の点について近年の研究動向を概観し,今後の課題を整理した。
著者
杉村 智子 原野 明子 吉本 史 北川 宇子
出版者
一般社団法人日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.5, no.2, pp.145-153, 1994-12-15

4, 5歳児が, サンタクロース, おばけ, アンパンマン (TVアニメのキヤラクター) といった日常的な想像物に対してどのような理解をしているかについて, 次のような方法で調べた。"サンタクロースと会ったことがありますか", "サンタクロースと会うことができると思いますか"などの行動感覚的基準による判断を求め, さらにその判断の基準をインタピュー形式で尋ねた。主な結果は次の通りである。 (1) 大部分の子どもはサンタクロースのような目常的な想像物が実在すると考えている, (2) 4歳児の判断の基準が実際の経験に基づくものであるのに対して, 5歳児の判断の基準は想像や推測に基づいている。
著者
富田 昌平 小坂 圭子 古賀 美幸 清水 聡子
出版者
一般社団法人日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.14, no.2, pp.124-135, 2003-08-15

本研究では,Harris, Brown, Marriott, Whittall, & Harmer (1991)の空箱課題を用いて,幼児の想像の現実性判断における状況の迫真性,実在性認識,感情喚起の影響について検討した。2つの実験において,実験者は被験児に2つの空箱を見せ,どちらか一方の箱の中に怪物を想像するように要求した。その際,実験者は披験児に怪物の絵を見せ,その実在性の判断を尋ねた。想像した内容についての言語的判断と実際的行動を求めた後,実験者は被験児を部屋に一人で残し,その間の行動を隠しカメラで記録した。最後に,実験者は被験児に想像した内容についての言語的判断と感情報告を求めた。状況の迫真性の影響は,実験者が事前に怪物のお話を問かせる例話条件,実験者が魔女の扮装をしている扮装条件,それらの操作を行わない統制条件との比較によって検討した。実在性認識と感情喚起は,それらの質問に対する回答と他の測度での反応との関連から検討した。以上の結果,(1)状況の迫真性の影響は場面限定的であること,(2)実在性認識の影響は言語的判断における信念の揺らぎに見られること, (3)感情喚起の影響は部屋に一人で残されたときの自発的な行動において見られることが示された。
著者
小野寺 敦子 青木 紀久代 小山 真弓
出版者
一般社団法人日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.9, no.2, pp.121-130, 1998-07-30
被引用文献数
15

はじめて父親になる男性がどのような心理的過程を経て父親になっていくのか, そして親になる以前からいだいていた「親になる意識」は, 実際, 父親になってからのわが子に対する養育態度とどのように関連しているのかを中心に検討を行った。まず, 父親になる夫に特徴的だったのは, 一家を支えて行くのは自分であるという責任感と自分はよい父親になれるという自信の強さであった。そして父親になる意識として「制約感」「人間的成長・分身感」「生まれてくる子どもの心配・不安」「父親になる実感・心の準備」「父親になる喜び」「父親になる自信」の6因子が明らかになった。親和性と自律性が共に高い男性は, 親になる意識のこれらの側面の内, 「父親になる実感・心の準備」「父親になる自信」が高いが「制約感」が低く, 父親になることに肯定的な傾向がみられた。また, これらの「親になる意識」が実際に父親になってからの養育態度にどのように関違しているかを検討した。その結果, 「制約感」が高かった男性は, 親になってから子どもと一緒に遊ぶのが苦手である, 子どもの気持ちをうまく理解できないと感じており, 父親としての自信も低い傾向がみられた。さらにこれらの男性は, 自分の感情の変化や自己に対する関心が高い傾向が明らかになった。
著者
平山 順子 柏木 惠子
出版者
一般社団法人日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.12, no.3, pp.216-227, 2001-11-15
被引用文献数
3

本稿は,核家族世帯の中年期の夫と妻554名(夫婦277組)を対象に,夫婦間コミュニケーションの様態を検討した。夫と妻とをコミュニケーションを構成する2つの単位(個人)と捉え,夫と妻とのコミュニケーション態度の相違を検討した。加えて,相手(配偶者)へのコミュニケーショし態度と夫婦の学歴及び妻の経済的地位との関連性を検討した。主な結果は次のようである。(1)夫婦間コミュニケーション態度は,「威圧」「共感」「依存・接近」「無視・回避」の4次元から成る。(2)相手へのコミュニケーション態度得点(自己評定)を夫婦間比較した結果,ポジティブなコミュニケーション態度である「共感」と「依存・接近」では妻のほうが有意に高く,他方,ネガティブなコミュニケーション態度である「無視・回避」と「威圧」では夫のほうが有意に高かった。また,相手へのコミュニケーシション態度のうち,夫に最も顕著な態度は「威圧」,妻に顕著な態度は「依存・接近」であった。(3)夫・妻とも,相手へのコミュニケーション態度について,夫婦の学歴による差は見出されなかった。(4)夫の妻へのコミュニケーション態度のうち,「共感」において妻の経済的地位による差がみられ,妻の経済的地泣か高いほど,夫は妻に対して共感的なコミュニケーション態度をとる傾向が明らかにされた。夫と妻とが対照的に異なるコミュニケーション態度をとる背景には,性的社会化の影響,男女間の社会的・経済的地位の格差があると推察される。
著者
近藤 龍彰
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.25, no.1, pp.38-46, 2014 (Released:2016-03-20)
参考文献数
15
被引用文献数
1

本研究は,幼児は答えられない質問に適切に「わからない」と回答するのか,およびその発達的変化を検討した。年少児27名(男児15名,女児12名,平均月齢49.81カ月),年中児31名(男児16名,女児15名,平均月齢61.45カ月),年長児34名(男児19名,女児15名,平均月齢73.74カ月)を対象に,3つの課題を行った。いずれの課題でも,幼児に答えがわかるだけの十分な情報を示した質問(答えられる質問)と,情報を示していない質問(答えられない質問)を行った。また,幼児の「わからない」という反応を引き出しやすくするために,「わからない」ことを視覚的に示す選択肢(「?」カード)を用意した。その結果,年少児時点でも答えられない質問に対して,適切な「わからない」反応を行うこと,「わからない」反応は年中段階で低下することが示された。さらに,明確な「わからない」反応以外にも「わからない」ことを示す非言語的な指標が存在することが示唆された。このことより,「わからない」反応を行える年齢が,先行研究で示されているよりも年齢の低い時期にまで拡張されること,年少児と年中児では「わからない」反応を行うことの意味が異なってくることが示唆された。
著者
戸田 有一
出版者
一般社団法人日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.4, no.1, pp.25-33, 1993-07-10

統合保育が直面している課題の一つは, 発達遅滞幼児と健常幼児の仲間関係をいかによりよくするかである。この課題の解決への糸口を探すため, 幼児の軽度精神発達遅滞幼児 (MR児) と健常幼児に対する態度 (行為意図) とその理由を面接で尋ねた。6つの保育園で, それぞれ3人の幼児 (1人のMR児と2人の健常児) をターゲットに選び, その6園の210人の幼児 (4歳児が104人, 5歳児が106人) に個別面接を行った。写真で提示したターゲット児と散歩の時に手をつなぎたいか, お昼を隣で食べたいかなどを, その行為を行っている図版を示しつつ尋ねた。MR児に対する行為意図と健常児に対する行為意図に一定方向の違いは見られなかった。ターゲット児による行為意図の違いへの社会的接触の差異・年齢・性別の3要因での交互作用は有意であったが, 他の交互作用や主効果は有意ではなかった。選好・非選好の理由としてMR児は能力的側面に, 非選好理由として健常児は性格的側面に言及されることが多かった。
著者
謝 文慧
出版者
一般社団法人日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.10, no.3, pp.199-208, 1999-12-31

本研究では, 新入幼稚園児の移行過程において, 安定した友だちや, 「仲良し」や「親友」といった親密度の異なる友だち関係がいつ, どのように形成されていくのか, また, 「入園前の知り合い」や「入園前の友だち」が移行過程にどのような影響を及ぼすのかについて究明することを目的とした。4歳児8名 (男児4名, 女児4名) の白由遊び時間における幼児間の交渉を, 4月の入園時から10月中句まで6期に分けて観察した。観察内容は, 対象児と交渉を行った相手の名前, その相手との交渉回数, 交渉持続時間であった。各対象児の社会的ネットワークでの連続交渉回数と延べ交渉時問を検討し, 安定した友だち関係, 仲良し関係と親友関係は, 6月から7月中旬にかけて (入園後1カ月半から3カ月) 形成され, さらに, 親友関係は10月にまで持続されることが明らかとなった。「入園前の知り合い関係」や「入園前の友だち関係」は移行初期においていずれも新入幼稚園児の社会的ネットワークに影響していた。しかし, 長期的には「入園前の友だち関係」のほうがより強い影響を及ぼしていた。
著者
松岡 弥玲 岡田 涼 谷 伊織 大西 将史 中島 俊思 辻井 正次
出版者
一般社団法人日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.22, no.2, pp.179-188, 2011-06-20
被引用文献数
1 1

本研究では,発達臨床場面における介入や支援における養育スタイルの変化を捉えるための尺度を作成し,養育スタイルの発達的変化とADHD傾向との関連について検討した。ペアレント・トレーニングや発達障害児の親支援の経験をもつ複数の臨床心理士と小児科医師によって,養育スタイルを測定する項目が作成された。単一市内の公立保育園,小学校,中学校に通う子どもの保護者に対する全数調査を行い,7,000名以上の保護者からデータを得た。因子分析の結果,「肯定的働きかけ」「相談・つきそい」「叱責」「育てにくさ」「対応の難しさ」の5下位尺度からなる養育スタイル尺度が作成された。ADHD傾向との関連を検討したところ,肯定的働きかけと相談・つきそいは負の関連,叱責,育てにくさ,対応の難しさは正の関連を示した。また,子どもの年齢による養育スタイルの変化を検討したところ,肯定的働きかけ以外は年齢にともなって非線形に減少していく傾向がみられた。本研究で作成された尺度の発達臨床場面における使用について論じた。
著者
上野 直樹
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.22, no.4, pp.399-407, 2011

この論文では,ソフトウェアにおけるオープンソースを中心に野火的活動における社会的なつながりのあり方を「オブジェクト中心の社会性」および有形,無形の資源の「交換形態」に焦点を当てて明らかにする。また,こうした作業を行った上で,学習を見る観点の再定式化を試みる。ここで言う野火的な活動とは,分散的でローカルな活動やコミュニティが,野火のように,同時に至る所に形成され,ひろがり,相互につながって行く活動をさしている。野火的な活動は,Wikipediaの編集やLinux開発の例に見られるように,制度的な組織や地域コミュニティを超えて多くの人々が協調して何かを生み出すピアプロダクションという形で行われている。しかし,野火的な活動は,インターネットに限定されるものではなく,例えば,赤十字,スケートボーディングや地域における街づくりのための市民活動といったものの中にも見いだすことができる。また,「オブジェクト中心の社会性」とは,社会的ネットワークは,人々だけから構成されているのではなく,むしろ,共有するオブジェクトによって媒介されたものだという理論的観点である。
著者
野村 晴夫
出版者
一般社団法人日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.16, no.2, pp.109-121, 2005-08-10

本研究では, 高齢者の人生転機の語りに基づき, 構造的一貫性に着目したナラティヴ分析の方法論的検討を目的とした。一高齢女性の転機の語りを材料として, まず, Habermas & Bluck (2000)の提起した, ライフストーリーにおける時間的・因果的・主題的一貫性の分析枠組みに依拠し, 高齢者の語りを分析するための下位カテゴリーを抽出した。その後, 理論的な推測を考慮しつつ, 当初の分析枠組みを検討することによって, 新たに語りの状況要因を加味した状況的一貫性の分析枠組みを付加し, 同様にその下位カテゴリーを抽出した。その結果, 故人や神仏等の超越的他者に起因する因果的一貫性や, 聞き手との相互性を考慮した状況的一貫性等, 物語様のさまざまな構造を把捉し得る分析カテゴリーが, 見出された。そして, 最終的に得た分析カテゴリーを用いて, 調査対象者の転機の語りを分析し, 転機に付与された意味づけを考察した。本研究の試みから, 仮説的分析枠組みに基づく分析カテゴリーを用いることによって, 高齢者の転機の語りの構造的一貫性を具体的に分析する方途が示唆された。
著者
田川 薫
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.31, no.3, pp.141-159, 2020 (Released:2022-09-20)
参考文献数
149

自閉スペクトラム症(以下,ASD)児が不適切な養育,特に身体的虐待を受けるリスクは定型発達児よりも高く,知的障害を伴わない高機能児では時に深刻な虐待被害が報告されている。近年,親が不適切な養育行為に至るプロセスや親の認知リスク要因に加え,それらと子ども側の要因の相互作用を明らかにする重要性が指摘されている。そこで本稿では身体的虐待における社会的情報過程モデル(SIPモデル)を参照し,子どもの行動に対する不適切な帰属,不適切な発達期待,不当な適応評価という親側の認知リスク要因と,これらに影響を与えうる子ども側の特徴について先行研究を概観した。そして子どもの行動タイプ,問題行動の深刻さ,障害の有無・種別が親の認知リスク要因に関連しうることを整理した。これらをもとにASD児の特徴と親の認知リスク要因の関連についての仮説モデルを提唱した。ASD児の場合,その疫学的な特徴に加え,非定型的な行動パターンや問題行動の深刻さが親の否定的な帰属を引き起こし得ると考えられた。高機能児の場合はこれらに加え,障害のわかりにくさ,認知・適応能力の凸凹・個人差が大きいことから,親が子どもの特性を障害として捉えづらく否定的帰属が抑制されにくい可能性,適切なレベルの発達期待を見極めるのが難しい可能性,適応評価が不当に低くなりやすい可能性が考えられた。最後に今後の研究の課題と展望を述べた。
著者
直原 康光 安藤 智子
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.31, no.1, pp.12-25, 2020 (Released:2022-03-20)
参考文献数
51
被引用文献数
3

本研究の目的は,別居・離婚後の父母葛藤や父母協力が,父母の別居・離婚に伴う心理的苦痛を媒介して,青年・成人の心理的適応に与える影響を明らかにすることであった。6歳から15歳までに父母が別居し,母親と同居することになった現在18歳から29歳までの男女275名を分析対象とした。別居・離婚後の父母葛藤や父母協力,父親との交流が,父母の別居・離婚に伴う心理的苦痛や現在の心理的適応に影響を及ぼすという仮説モデルに基づき,男女で多母集団同時分析を行った。分析の結果,別居・離婚後の父母葛藤は,子どもの葛藤受け止め,父母の別居・離婚に伴う心理的苦痛を表す「自己非難」や「子どもらしさの棄却」を媒介して,自尊感情や抑うつ・不安との関連が認められた。また,別居・離婚後の父母の協力は,「父との交流実感」や「母の情緒的サポート」を媒介して,「自己非難」や「子どもらしさの棄却」との負の関連が認められるとともに,自尊感情や抑うつ・不安との関連も認められた。最後に,男女で有意差が認められたパスについて,それぞれ考察を行った。
著者
水本 深喜 山根 律子
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.21, no.3, pp.254-265, 2010-09-20 (Released:2017-07-27)
被引用文献数
7

本研究では,近年特に距離の近さを増しているとされる母娘関係に注目し,その距離が成人期へ移行しようとしている娘の自立や適応にどのように関わっているのかを明らかにする。これにあたり,大学生女子(n=173)とその母親(n=149)から質問紙調査により収集したペアデータを用い,青年期から成人期への移行期にある女性とその母親との距離にどのような特性があるのかを明らかにし,これらと女性の自立や適応との関連性を検討した。まず,母親との距離と精神的自立の各因子のプロフィールより,母娘関係を「密着型」,「依存型」,「母子関係疎型」,「自立型」に類型化した。次にこの類型を基に母親との距離がどのような場合に娘の自立や適応に促進的に働き,どのような場合に抑制的に働くのかを探った。その結果,母娘間距離には,遠近といった量的特性のみでなく,その関係性において娘が自己統制感を持つことができているかどうかという質的特性があり,これらが娘の自立や適応と関わっていることが明らかになった。さらに,この距離認知の母娘間におけるズレを検討した結果,このズレはその関係性における情緒的絆と関連して娘の自立や適応に影響を与える要因となるような個体差的側面と,自立に向けて関係性が変化していることを示す発達的側面を反映していると考えられ,自立の時期の親子関係を理解する手がかりとなり得ることが示唆された。