著者
向井 智哉 松木 祐馬 貞村 真宏 湯山 祥
出版者
法と心理学会
雑誌
法と心理 (ISSN:13468669)
巻号頁・発行日
vol.22, no.1, pp.71-81, 2022 (Released:2023-07-31)

アスペルガー障害は従来の刑事司法ではあまり知られてこなかった。しかし、近年アスペルガー障害を有するとされる被告人に対する量刑は学術的に見ても社会的に見ても広い関心を集めている。このような状況を背景に本研究は、(a)アスペルガー障害を有するとされる被告人と、そうでない被告人ではどちらがより重い量刑を求められるのか、および(b)被告人のアスペルガー障害の有無と量刑判断はどのような要因によって媒介されるのかを探索することを目的とした。分析の結果、(a)アスペルガー障害を有するとされる被告人はそうでない被告人よりもより軽い量刑が求められることが示された。また、(b)再犯可能性、社会秩序への脅威、非難、責任を媒介変数とした媒介分析を行ったところ、傷害致死罪条件における社会秩序への脅威のみが被告人のアスペルガー障害の有無と量刑判断を有意に媒介することが示された。以上の結果が得られた理由およびその実践上の示唆を論じた。
著者
中村 正
出版者
法と心理学会
雑誌
法と心理 (ISSN:13468669)
巻号頁・発行日
vol.11, no.1, pp.14-20, 2011 (Released:2017-06-02)
被引用文献数
1

筆者は、ドメスティック・バイオレンス(DV)、虐待、性犯罪の男性加害者を対象にした脱暴力へのリハビリテーション(更生)にかかわっている。広い意味での治療的司法の一環として位置づけている実践である。暴力や虐待をとおして満たされている欲求があり、それが習慣化し、長期間、反復されているので、行動的心理的な変容を促すことを主眼にした加害者臨床が必須となる。とくに、対人暴力を伴うので、規範と動機の形成が重要となる。彼らの特性からすると司法的な強制力は不可欠であるが、しかし、効果的な問題行動の修正のためには心理的なアプローチが接合されるべきである。筆者は人格や行為、生育過程や家族関係にかかわるミクロな視点と、男性性にかかわる暴力文化やその社会化というマクロな視点の統合が重要であると考え、両者のリンクが法と心理の連携をとおした修復的-治療的司法の枠組みのなかで可能になると考えている。本稿はそうした立論に包含されている論点を整序したものである。
著者
大久保 智生 堀江 良英 松浦 隆夫 松永 祐二 永冨 太一 時岡 晴美 江村 早紀
出版者
法と心理学会
雑誌
法と心理 (ISSN:13468669)
巻号頁・発行日
vol.13, no.1, pp.112-125, 2013 (Released:2017-06-02)

本研究の目的は、香川県内の事業所の店長と店員を対象に聞き取り調査を行い、万引きの実態と万引きへの対応と防止対策の効果について検討することであった。香川県内の店舗の店長90名と店員110名が聞き取り調査に参加した。店長を対象とした聞き取り調査の結果、業種によって万引きの実態も対応や防止対策も異なっていた。また、対応では学校への連絡が効果的であり、防止対策ではソフト面の整備が効果的であることが明らかとなった。店員を対象とした聞き取り調査の結果、アルバイト・パートは、万引きを見た経験がないことが多く、防犯意識が低かった。万引きの多い店舗では、万引きに関する規範意識が低かった。以上の結果から、店舗全体で万引き防止に対する意識を高めていくことの必要性が示唆された。
著者
田中 未央 厳島 行雄
出版者
法と心理学会
雑誌
法と心理 (ISSN:13468669)
巻号頁・発行日
vol.6, no.1, pp.85-94, 2007-07

不正確な目撃証言による記憶の変容は、証言者の意図が伴わずに生じる現象であり、その原因として事後情報効果などの様々な要因が明らかにされてきた。一方で、事件の加害者や容疑者が意図的に語った不正確な供述、つまり嘘の供述が後の記憶に及ぼす影響についての検討は、あまり行われていない。そこで、本研究では出来事を想起する際に嘘をついた場合、記憶がどのように変化するかを検討するために2つの実験を行った。実験1では、同じ出来事について嘘をついた後の記憶と嘘をつかなかった後の記憶を比較し、出来事を想起する際に嘘をついた場合でも出来事に関する正確な記憶が維持されること、また、嘘をつく際には2つの方略が用いられる傾向があることが示された。実験2では、嘘をつく際に採用される方略を統制し、後の記憶を比較したところ、嘘をつく際に知らないふりをする方略を用いた場合に正確な記憶が抑制されることが示された。実験1・実験2の結果から、出来事を想起する際の嘘の有無ではなく、採用される嘘の方略が正確な記憶を抑制する要因であると考えられる。また、知らないふりをすることでオリジナル(原現象)の想起が抑制されるので、オリジナル記憶のリハーサルが妨害され、正確な出来事を想起することが困難になると考えられる。
著者
仲 真紀子
出版者
法と心理学会
雑誌
法と心理 (ISSN:13468669)
巻号頁・発行日
vol.12, no.1, pp.27-32, 2012-10

司法面接の目的の一つは、正確な情報をできるかぎり多く収集することだが、それは話をよく聞いてもらうという被面接者の権利を守ることでもある。本論では目撃者への面接(認知面接)、被害者への面接(MOGP、NICHDプロトコル等)、被疑者への面接(PEACEモデル)に関する研究成果を振り返り、実務に対してどのような貢献が可能かを考察する。
著者
杉森 伸吉 門池 宏之 大村 彰道
出版者
法と心理学会
雑誌
法と心理 (ISSN:13468669)
巻号頁・発行日
vol.4, no.1, pp.60-70, 2005-01

本研究では、裁判員制度での集団意思決定過程において、裁判官の有罪意見が裁判員の判断に及ぼす正当性勢力の影響(裁判官の意見というだけで、内容を吟味せず同調する影響)について、参加者の認知的負荷量を事件資料の長さなどを操作し検証した。具体的には、「疑わしきは被告人の利益に」の推定無罪原則からは必ずしも有罪と断定できない事件の資料を参加者が読み、被告人が犯罪を行ったか、有罪かなどの事前判断を個別に行ったのち、3人集団で討議した。実験群では討議中に裁判官の意見を「裁判官の意見」または「他の参加者の意見」(認知的低負荷条件のみ)として読み(統制群は見ず)、討議後同じ質問について再び個別に判断した。その結果、(1)事件資料が長く難解な場合(認知的高負荷条件)、参加者の多くが、裁判官の有罪意見を読んで有罪判断に傾いた。しかし、(2)事件資料が短く理解が容易な場合(認知的低負荷条件)、参加者は裁判官の有罪意見を読んでも有罪判断に傾かなかった(ただし無罪判断の確信度は下がっていた)。また、(3)一般市民が「疑わしきは罰せず」の原則を個人や集団で実践できるか検討した結果、有罪意見を読んだ参加者に、むしろ「疑わしいならば罰する」という判断傾向が現れた。以上の結果から、裁判員制度において、事件内容が難解で、法律家が難解な専門用語を用いて裁判を進めた場合は直接的に、また裁判が短く理解も容易な場合でも間接的に、裁判官が一般市民の意見を誘導できる可能性を否定できなかった。裁判員制度での制度設計では市民の一般的文章理解能力を十分考慮することがきわめて重要であることが示唆された。
著者
白井 美穂 サトウ タツヤ 北村 英哉
出版者
法と心理学会
雑誌
法と心理 (ISSN:13468669)
巻号頁・発行日
vol.11, no.1, pp.40-46, 2011 (Released:2017-06-02)

本稿では、人々が凶悪犯罪に対面しながらも公正世界信念(Belief in a Just World)を維持するために有効な加害者の「非人間化方略」として、「悪魔化」と「患者化」の2つを挙げ、それぞれにおける思考プロセスの可視化を目指した。先行研究の結果から、加害者の非人間化が生じる凶悪事例(EVIL)とそうでない事例(BAD)について、参加者によって記述された判決文(死刑/無期)を、複線径路・等至性モデル(Trajectory Equifinality Model: TEM)を援用してまとめた。その結果、凶悪事例の加害者は両判決文において「一般的でない精神構造」を持つ者と仮定され、そこから派生した加害者の特性ラベリング(悪魔/患者)は、両判決の理由として機能していた。本稿の結果は、凶悪事例の加害者に対する死刑/無期判決を合理化・正当化する際、どちらを前提とした場合でも、人々が公正世界信念を維持できる知識構造を有していることを示すものである。
著者
仲 真紀子
出版者
法と心理学会
雑誌
法と心理 (ISSN:13468669)
巻号頁・発行日
vol.16, no.1, pp.24-30, 2016 (Released:2018-01-29)
被引用文献数
1

本報告は法と心理学会第16 回シンポジウム「司法面接をどう使うか─スキル、連携、法制度─」の一つを成すものである。司法面接とは目撃者、被害者となった可能性のある子どもから、精神的負担を最小限にしつつ正確な情報を最大限得ることを目指した面接法である。本報告では、まず、司法面接の概要と特徴について述べ、その上で多機関連携の必要性、日本での現状、専門家を対象とした司法面接や多機関連携の実施に関する調査結果について述べた。多機関連携が要請される背景としては、⑴虐待事案では福祉、司法の介入が必要となることが多く、特段の配慮をしなければ複数回の面接が行われがちであること、⑵虐待を受けたとされる子どもは一般に開示に時間がかかり、このことも面接の回数を増やす方向に働き得ること、を指摘した。面接を繰り返すことは供述を不正確にし、精神的な二次被害の原因ともなる。このことを改善するために、事実確認のための面接は、関係機関が連携し、適切な方法による面接を最小限の回数で行うことが重要である。司法面接に関する現状としては、児童相談所、検察官、警察官へのトレーニングが進みつつあること、調査結果としては、司法面接の使用に関する動機は高まっているが、知識や理解の不足が連携を阻む一つの要因だと認識されていることなどを示した。連携に関するスキルや知識の提供は、多機関連携の促進に貢献することが期待される。
著者
指宿 信
出版者
法と心理学会
雑誌
法と心理 (ISSN:13468669)
巻号頁・発行日
vol.18, pp.14-20, 2020 (Released:2020-04-05)

本稿は、犯罪者の再犯防止に向けて刑罰効果よりも抱えている問題を解決することによって目的 を達成しようとする新しい司法哲学である「治療法学(therapeutic jurisprudence)」の理念の成り立ち から、この理念に基づいた司法のあり方を示す「治療的司法」概念を説明、その上に構築される具体 的制度である「問題解決型裁判所」を説明するとともに、米国を中心に世界に広がる様々な裁判所~ ドラッグ・コート、DV コートなど~の機能を紹介する。そしてわが国において再犯防止に取り組 む近年の刑事司法アクターの動きを紹介し、政府レベルや学術の世界で治療的司法と通底する多様 な動きが出てきたことに触れ、再犯防止、刑務所再入率を低下させるためには現状の施策では不十 分であることを指摘し、起訴猶予制度や出所後の支援といった現行制度を前提にした取り組みから、 問題解決型裁判所の導入によって刑事司法過程そのものを再犯防止に向けた形に変革するよう改革 することを説く。
著者
丸山 昌一 西 真理子 厳島 行雄
出版者
法と心理学会
雑誌
法と心理 (ISSN:13468669)
巻号頁・発行日
vol.4, no.1, pp.117-127, 2005 (Released:2017-06-02)

本報告では、事後情報が提示される媒体の違いが目撃者の記憶に及ぼす影響について検討した。参加者は、16枚からなるオリジナルスライドを提示された後に、事後情報として他の参加者による感想をVTRによる音声付き動画、または同一の内容を逐語化し紙面に印字したものによって提示された。ターゲット刺激3点の再認成績について各個に検討を行った結果、刺激項目の種類によっては、「ビデオ」による事後情報の提示が「紙面」による提示よりも強い誤情報効果をもたらすことが示唆された。これは「テレビなどによる視覚情報の方が事後情報として強い影響力を持つ」という仮説を支持する傾向ではあるが、本実験において用いたビデオ刺激が映像的に派手な演出を抑えたものであったことからも、紙面提示条件の誤情報検出力が上がったことによる影響も考えられた。このことは、参加者が個々のぺースで事後情報に触れることができたことによって、差異検出原理(Principle of Discrepancy Detection)が働いたものであると解釈することができる。なお提示モードにかかわらず事後情報効果を受けやすかった対象は、ある種の文脈における特定の動作を描写した項目であり、スクリプトの影響がその理由として考えられた。
著者
金 秉俊
出版者
法と心理学会
雑誌
法と心理 (ISSN:13468669)
巻号頁・発行日
vol.4, no.1, pp.24-35, 2005-01

本論文は、1992年韓国で発生した殺人事件を素材にする。K警察官が犯人として逮捕されてから虚偽の自白をし、第1審および第2審において有罪判決(懲役12年)を受けた。その後上告し、最高裁の判決が下る前に真犯人が捕まった。Kが無罪で釈放されるまでの過程を通し、彼の虚偽自白をめぐる関係者たちの構造と、虚偽自白が発生し、真実が明らかにされるまでの心理過程をフランスの精神分析家であるJacques Lacanの理論に従い、理解しようとしたものである。Lacanは主体($)と支配記標(S_1)、知識(S_2)、対象(a)の位置を中心に真理と関連した4つの談論を提示している。本論文では、K警察官の虚偽自白は、取調べ官たちの「主の語らい」と「科学の語らい」、被告人の「ヒステリ-の語らい」が結合して虚偽自白の壁を形成していると解釈した。そして、このような虚偽自白の壁を崩すための談論として、「分析家の語らい」の必要性とその条件および内容について述べた。
著者
向井 智哉 藤野 京子
出版者
法と心理学会
雑誌
法と心理 (ISSN:13468669)
巻号頁・発行日
vol.18, pp.86-98, 2020 (Released:2020-04-05)

本研究の目的は、刑事司法に対する態度を測定する尺度を作成することである。刑事司法に対す る態度についての研究は、厳罰化を中心として、1970 年代以降幅広く調査・研究されている。し かしその一方で、用いられる尺度が研究ごとに異なるため、相互の比較が困難になっているという 問題点が指摘されてきた。そこで本研究では、刑事司法に対する態度を正確に測定する尺度を作成 し今後の研究に資することを目指して質問紙調査を行った。具体的には、法学や社会学において行 われてきた犯罪化に関する議論を参照し、刑事司法に対する態度に含まれると考えられる 6 つの要 素を抽出した。その後、質問紙による調査を行い、因子構造と信頼性を確認し、ならびに基準関連 妥当性の観点から妥当性の検討を行った。その結果、「処罰の厳罰化」「処罰の早期拡大化」「治療 の推進化」「治療の早期拡大化」の 4 因子からなる尺度が作成され、一定の信頼性・妥当性を持つこ とが示された。
著者
山岡 重行 風間 文明
出版者
法と心理学会
雑誌
法と心理 (ISSN:13468669)
巻号頁・発行日
vol.3, no.1, pp.98-110, 2004 (Released:2017-06-02)

犯罪被害者の社会的地位や否定的要素は、加害者の量刑判断にどのように影響するのだろうか。Lerner(1980)の公正世界仮説によれば、人々は一般に良い人には良いことが起こり、悪い人には悪いことが起こるという信念を持っており、そのため悪いことが起こった原因はその人の日頃の行いの悪さに帰属されるのである。この公正世界仮説から次の二つの仮説が導き出される。仮説1:犯罪被害者に全く落ち度がない場合であっても、否定的要素が強くなるに連れて、被害者に対する同情などの肯定的態度は弱くなり、逆にその被害を天罰や自業自得とする否定的態度が強くなる。仮説2:犯罪被害者の否定的要素が強く社会的地位が低い場合は、被害者の否定的要素が弱く社会的地位が高い場合よりも加害者に対する量刑が軽くなり、この傾向は深刻な犯罪の場合により顕著になる。本研究はこの2つの仮説を2つの実験によって検討した。実験結果は2つの仮説を支持した。主に公正世界仮説と社会的ステレオタイプの観点から得られた結果に考察を加えた。