著者
阿部 康久
出版者
学術雑誌目次速報データベース由来
雑誌
地理学評論. Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.73, no.9, pp.694-714, 2000
被引用文献数
4

昭和初期の東京とその周辺地域を対象として,中国人労働者の集住地区が衰退していった過程を,政府や地方自治体の外国人政策の変化や,、都市労働市場の状況との関係から検討した.1920年代前半に日本へ来住した中国人労働者の就業構造は,昭和恐慌の発生によって一変した.1930年には中国人建設・運搬労働者の半数近くが失業するほどになり,彼らに対する排斥運動も深刻化しっっあった.そのため,この年には,失業者を中心に帰国希望者が相次ぎ,日本政府の斡旋により中国人労働者の大量帰国が実施された.1920年代後半期には,政府による中国人に対する強制送還も厳格化された.まず,1926年末頃から,窃盗などの検挙者を中心に送還者数が増大した.1929年頃からは主な送還対象者が不正入国者や無許可労働者に拡大され,1930年には送還者数が最大になった.これらの政府の諸政策によって,隅田川・荒川沿いの地域などに居住していた中国人労働者は帰国を余儀なくされ,彼らの集住地区は衰退していった.
著者
佐藤 大祐
出版者
公益社団法人日本地理学会
雑誌
地理学評論. Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.74, no.8, pp.452-469, 2001-08-01
参考文献数
26
被引用文献数
3

海岸の観光地では,海浜別荘地や民宿地域などが大都市からの距離や利用者の社会階層などに応じて発達し,観光産業を基軸とした地域が形成された.その中にあって,近年マリーナの増大が顕著で,漁業などとの海域利用の競合が発生している.本研究では,東京を中心としたマリーナの立地と,マリーナ利用者の属性とレクリエーション行動を解明することを目的とした.1960年代に三浦半島の相模湾岸において別荘地帯の延長線上に開設されたマリーナは,充実した施設を併設している.この利用者は,東京都区部の西部に居住する高額所得者層から成り,夏季を中心にリゾートマンションなどに滞在して,沖合海域において大型のクルーザーヨットでのセーリングとモーターボートでのトローリングを,沿岸海域に密集する漁業活動とすみわけっっ行っている.一方,1973年の第1次オイルショック以降,東京湾において産業施設から転用されたマリーナは簡易な施設で構成されている.中産階級にも広がる利用者は,週末に日帰りし,波浪の静穏な東京湾内湾の中でも沿岸寄りの海域を小型モーターボートを使って行動することで,沖合の大型船の航路とすみわけている.,このようなマリーナとその海域利用の実態が明らかとなった.
著者
石井 素介 山崎 憲治 生井 貞行 内田 博幸 岡沢 修一
出版者
学術雑誌目次速報データベース由来
雑誌
地理学評論. Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.69, no.7, pp.559-578, 1996-07-01
参考文献数
10
被引用文献数
2

この報告は,阪神・淡路大震災の被害の地域構造を,犠牲者多発地区の特性ならびに避難所の実態から探るものである.震災犠牲者は社会的弱者である老人・女性に集中した.激甚な被害は神戸市都心周辺部の老朽密集住宅地・住工混在地域で顕著であった.これは,現代の大都市に内在する構造的弱点と社会的弱者に震災の重圧がかかり,その衝撃を契機としてこれらの矛盾が一挙に露呈されたものとみることができる.<br> 地震の発生に際して,被害の程度を軽減させるうえで地域コミュニティの果たした役割は大きい.初期消火,住民の安否確認,生き埋め者の救出を短時間のうちに行なうには,地域社会がどのように形成・維持・展開されてきたかが大きなかかわりをもつ.とくに都市部では地元の濃密な人間関係の解体が進んでおり,それがインナーシティ問題に直結して被害の拡大に影響している.<br> 地震直後,被災者はまず安全・近接・公共の空間を求あ,大多数が近隣の学校に避難した.元来学校は防災計画上の避難所として指定されていたが,受け入れ態勢は万全ではなかった.しかし多数の被災住民が殺到するなかで,学校は地域社会の中核に位置する公共空問として事実上重大な役割を果たした.学校避難所の運営は被災住民と行政の間に立って多くの困難に直面した.自身被災者でもある教職員が仲介役として多面的な役割を果たした場合も多い.学校避難所の推移には地域の被災程度や自治組織確立度如何によって多様な類型がみられた.しかし,緊急事態への対応として経験した避難者救援活動のなかで生まれてきた教職員・ボランティア・地域住民間の連帯の萌芽は,今後の震災からの復興過程においても,地域コミュニティ再建への道標として,重要な示唆となるであろう.この震災体験は,地域を場として将来の地域の担い手を育てる地理教育にとっても,課題として活かすべき多様な示唆を含むものといえよう.
著者
伊藤 修一
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論. Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.74, no.10, pp.585-598, 2001-10-01
参考文献数
33
被引用文献数
9

本稿では,千葉ニュータウンの戸建住宅に転入した世帯の,夫婦の居住地選択への関わり方の解明を試みた.対象世帯の多くは,「夫が外で働き,妻が家庭で家事や育児」を行う,典型的な郊外居住の核家族世帯である.これらの世帯は,住宅取得が困難な1990年代前後に転居を決定し,住宅の質や価格の面で公的分譲主を信頼していた.用いた住宅情報は,公的物件の情報が得やすい媒体に偏り,公的物件供給の地域的な偏りも住宅探索範囲を限定している.また,夫婦それぞれの居住地選択の基準は性別役割分業に影響を受けており,転居後も継続就業する妻のいる世帯では,妻の就業地の近くに候補地を設定するなど,住宅探索範囲が就業状況によって異なる.ただし,現住地の選択には抽選が制約となっており,選択結果に対する不満は予算の都合により生じている場合が多い.
著者
山川 修治
出版者
学術雑誌目次速報データベース由来
雑誌
地理学評論. Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.61, pp.381-403, 1988
被引用文献数
11

東アジアにおける気圧配置型の出現頻度からみた気候変動の実態を,1941年から1985年までの45年間について論じた.1970年代以降をそれ以前と比較すると,冬型高頻度期間の長期化,厳冬季の早期出現,春季移動性局気圧卓越期の遅れ,梅雨前線活動の後半顕著・長期化,夏型高頻度期間の短縮,日本へ接近する台風(とくに秋台風)の減少,秋雨前線の早期出現・活動長期化,秋季移動性高気圧高頻度期間の早期終了といっ一連の傾向が特徴である.また1980年前後になり,.1960年前後と同様に,日本列島上の梅雨前線が活発になりやすい状態となったが,これは集中豪雨の多発と関連している.さらに,晴天のシンギュラリティとして知られる文化の日を含む11月2~6日は,確かに移動性高気圧に覆われやすく,経年変動も少ないが,同程度のシンギュラリティが春季の4月11~15日にも存在すること等新しい知見を得た.
著者
山本 健兒
出版者
学術雑誌目次速報データベース由来
雑誌
地理学評論. Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.70, no.12, pp.775-797, 1997-12-01
参考文献数
33
被引用文献数
1

ドイツの中で,デュースブルクは,外国人の空間的セグリゲーション度が高い都市の一つに属する.この都市の中でアルト・ブルックハウゼンは,外国人とりわけトルコ人の集中度がひときわ高い街区である.本稿の目的は,このような街区形成の要因を,都市計画の失敗に求め,外国人集中の初期過程を復元することにある.責任ある主体による街区の将来像が提示されないまま,街区取壊しへの不安が, 1970年代前半に住民の間に広まった.そのため,住宅家屋所有者は住宅の質の維持のための投資を怠るようになった.不在家主の中には,老朽家屋を外国人労働者用の寄宿寮として利用した場合もある.この街区最大の住宅所有者たる企業も,住民によって投機的とみられるような賃貸行動をとった.そのため,スラム化が進行していた街区で外国人ゲットー化が進行した.街区のこのような変容は,地域に特有の権力構造のもとでの主体間の社会的相互作用によって帰結したものである.もちろん,より大きな社会経済構造がそれに関与していた.
著者
舩杉 力修
出版者
学術雑誌目次速報データベース由来
雑誌
地理学評論. Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.70, no.8, pp.491-511, 1997-08
参考文献数
56
被引用文献数
1

本研究では,伊勢信仰の浸透の過程とその背景について,戦国期に伊勢信仰が浸透した越後国を事例として明らかにした.伊勢信仰の布教の担い手は神宮門前に居住する御師であったが,外宮御師北家の場合,道者の開拓は北家自身ではなく,道者の権利を売却した釜屋によって行われた.戦国期め道者開拓には,商人層も関わっていたことが指摘できた.次に,北家の1560 (永禄3)年の道者売券に見られる越後国88力村のうち,蒲原郡出雲田荘における道者の存在形態について検討した.その結果,伊勢信仰は,戦国期に新たに生まれた村を対象とし,村の開発者を道者として獲得して拡大したことがわかった.さらに,伊勢信仰の信仰拠点とされる神明社との関わりを見ると,神明社は近世の新田村に分布していることが判明した.また,道者が成立した村の生産基盤について見ると,村の主要な産物は麻の原料である青苧で,その交易の中心の担い手は,伊勢御師を出自とする蔵田五郎左衛門であったことから,商業的性格を持っ伊勢御師が,村と交易路との仲介の一端を担っていた可能性が指摘できた.つまり,戦国期における越後国への伊勢信仰の浸透は,社会・経済的な側面と密接に関わる現象であったといえる.
著者
藤目 節夫
出版者
学術雑誌目次速報データベース由来
雑誌
地理学評論. Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.72, no.4, pp.227-241, 1999-04-01
参考文献数
16
被引用文献数
5

本研究では,交通の地域インパクト研究において,時間空間と費用空間の変化を同時に考察する必要があるとの基本的認識のもとに,多次元尺度構成法を用いて交通変革に伴う中四国地域の両空間の変化を把握した.その結果,中四国地域の時間空間はこの四半世紀に約40%の大幅な縮小を示したが,費用空間はこの間にわずか数%未満の縮小であったことが明らかとなった.この両空間の縮小は,高速交通体系の整備に伴う高速の移動性が,余分な支払い費用を伴わずに達成されたことを意味しており,この四半世紀に中四国地域の交通条件がかなり向上したことが明らかとなった.またINDSCALにより両空間の共通空間の復元を試みたところ,満足のいく結果が得られ,時間・費用空間の変化は共通空間の二つの次元を伸縮することにより表現可能であることが明らかとなった.さらに以上の結果から,ある交通変革が地域の時間・費用空間に及ぼす影響には多大な差異があり,交通変革に伴う交通条件変化の把握には両空間を同時に取り扱う必要性が示唆された.
著者
石黒 直子
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論. Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.74, no.7, pp.415-423, 2001-07-01
参考文献数
30

長野県中部に位置する諏訪湖で起こる御神渡りは宗教的に重要な現象であったため,その記録は550年以上にわたりほぼ途切れることなく継続する.そしてこの記録は冬季の気候復元のための貴重なデータとして注目されてきた.本研究では,この記録を使用するのに際し,重要な問題となるデータの均質性にっいて,・データソースの歴史的変遷の観点から検討を行った.その結果,諏訪大社管轄の記録の中でも,データソースの変化に伴い内容に相違がみられた.とくに,15~17世紀にかけての御神渡りの観測基準が現在と異なり,氷の割れる音を聞いて観測していた可能性が示唆された.さらに近年の気象観測データに基づいた解析から,諏訪大社と諏訪測候所による結氷日の観測基準が異なることに由来する,両者の結氷日の質的な違いを明らかにした.これらの違いに留意してこのデータを使用することによってより精度の高い気候復元が可能になるであろう.
著者
田中 博
出版者
学術雑誌目次速報データベース由来
雑誌
地理学評論. Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.70, no.1, pp.1-14, 1997-01
参考文献数
8
被引用文献数
5

A numerical simulation was carried out to examine the mechanism of summertime ice formation at the Ice Valley in Milyang, Korea. The Ice Valley's ice is different from ordinary perennial cave ice in that the ice is formed at the surface of the talus, exposed to hot air during summer, and disappears during winter. The talus consists of sedimentation of large boulders about 100cm in diameter along the mountain slope and has sufficient open space between the boulders for cold air to penetrate during winter.<br> The author attempted to simulate the Ice Valley's ice based on a theory of convective ice formation. This theory explains ice formation by an effective drainage flow of cold air penetrating into the talus during winter, since the air temperature above is colder than the temperature of the talus. The wintertime ice may be preserved by the extremely stable stratification of the air within the talus until the next summer.<br> A numerical model was developed based on a system of the equation of motion for air, the continuity equation for air, and the thermodynamic energy equation for both air and talus. The physical processes considered in the model are: 1) buoyancy; 2) Rayleigh friction, 3) adiabatic heating; 4) Newtonian cooling; 5) diffusion of air; and 6) thermal conduction of the tales. The governing equation is integrated in time by controlling the air temperature from -5&deg;C in winter to 25&deg;C in summer to examine the ice distribution and the stream function in the talus.<br> The result of the simulation appears to support the theory of convective ice formation under suitable model parameters. We confirmed that cold air can penetrate deep into the talus to form ice in winter and that the wintertime ice is preserved untill the next summer. During winter, the penetration of the cold air starts from the top region of the talus, a moderate downward motion occurs inside the talus, and an upward motion dominates along the slope of the talus surface. Conversely, in summer a descending motion along the talus slope develops to create a typical cold air flow, as observed. A moderate ascending motion is induced inside the talus to compensate for the strong cold air descending motion. The Ice Valley's ice melts fast at the region of the warm air intake at the foot of the talus slope. Hence, the coldest region appears slightly above the foot of the talus slope, which is consistent with observations.<br> It was found in this study that the ice itself plays an important role in preserving wintertime coldness owing to its abundant solidification heat. Without the existence of ice, rocks in the talus alone are inadequate to maintain the freezing temperature during summer because of its their specific heat capacity. The results of this study suggest that the moisture supply from the underground water table at the bottom of the talus is a necessary condition to form the Ice Valley's ice.
著者
浜田 崇 三上 岳彦
出版者
学術雑誌目次速報データベース由来
雑誌
地理学評論. Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.67, no.8, pp.518-529, 1994
被引用文献数
31

東京の明治神宮・代々木公園とその周辺市街地における気温の長時間観測に基づいて,大都市内の緑地がもつクールアイランド(低温域)現象について検討・考察を行なった.その際緑地内の気温から市街地平均気温を減じた値:をクールアイランド強度 (CII: Cool Island Intensity) と呼ぶことにした.緑地のクールアイランド強度が高まる時間帯は,植栽によって特徴づけられることがCIIの日変化から明らかとなった.クールアイランド強度は,芝生地の場合,日中は小さく,夜間は大きい.樹林内の場合は,日中および夜間ともに大きい.その成因としては,夜間は芝生および樹木面からの放射冷却による効果が大きいと考えられる.また,クールアイランド強度は,天候(晴天および曇天)によってほとんど変化しない.<br> 緑地のクールアイランド現象の観測事例として,緑地内外の気温断面図と緑地内の気温鉛直分布図を示した.緑地内外の地上気温断面図から,緑地周辺の市街地の気温は緑地内の低温な空気の流出によって低下していることがわかる.また,緑地内の気温鉛直分布から,夜闇に都市(市街地)では接地逆転が起こらないのに対し,緑地内では放射冷却による接地逆転が起こると考えられ,その高度は最高60mに達することが明らかになった.
著者
谷 謙二
出版者
学術雑誌目次速報データベース由来
雑誌
地理学評論. Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.70, no.5, pp.263-286, 1997-05
参考文献数
31
被引用文献数
13

本稿は,戦後の大都市圏の形成とその後の郊外化を経験した世代に着目し,その居住経歴を詳細に明らかにしたものである.方法論的枠組みとしてライフコース・アプローチを採用し,名古屋大都市圏郊外の高蔵寺ニュータウン戸建住宅居住者 (1935~1955年出生)を対象として縦断分析を行った.その結果,移動性が最も高まる時期は離家から結婚までの間であり,さらに離家を経験した者の多くが非大都市圏出生者であった.大部分の夫は結婚に際しては大都市圏内での移動にとどまるのに対し,妻は長距離移動者も多く,中心市を経由せずに直接郊外に流入するなど,大都市圏への集中プロセスは男女間で相違が見られた.結婚後の名古屋大都市圏への流入は転勤によるものであり,その際は春日井市に直接流入することが多い.それは妻子を伴っての流入であるために,新しい職場が名古屋市であるにもかかわらず,居住環境の問題などから郊外の春日井市を選択するためである.
著者
野澤 秀樹
出版者
学術雑誌目次速報データベース由来
雑誌
地理学評論. Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.59, pp.635-653, 1986
被引用文献数
1

19世紀フランス最大の地理学者の一人に数えられるエリゼ・ルクリュ (1830-1905) は,ほとんど忘れられた存在であったが,近年地理学史やrelevantな地理学への関心から,再評価されつつある.本稿はルクリュ地理学の体系とその思想を彼の地理学三部作の中に探ることを目的とする.ルクリュは人類史の前史として地球の諸現象を地的調和の中に捉え(第1作『大地』),次いで世界各地で自然と人間が織りなす地表面の姿を記述し(第2作『新世界地理』),これらの事実の中から根本法則を引き出し,人類の歴史を跡づけることを課題とした(第3作『地人論』).ルクリュの地理学体系は個別科学としての地理学の体系化に寄与するというより,人類の歴史,人類の歴史的有り様を追究した壮大な歴史哲学といえる.ルクリュの思想は人類の歴史を階級闘争史観で捉える社会科学的視点に立つ一方,自然と人間の調和ある統一を理想とした目的論的世界観であるロマン主義の思潮と進化主義の思想とが統一された思想であった.
著者
伊藤 真人 正木 智幸
出版者
学術雑誌目次速報データベース由来
雑誌
地理学評論. Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.60, no.9, pp.567-592, 1987-09
被引用文献数
6

北アルプスにおける最終氷期前半以前の氷河前進期の年代と氷河の分布範囲については不明な点が多く,具体的な報告も少ない.そこで,古い氷河地形が残存している可能性のある鹿島川大冷沢流域を調査地域とし,トレンチ調査を含む現地調査を行なったところ,以下の事実が判明した. 1) 大冷沢上流域,北股谷の谷頭部には布引沢カールが,その下流側にはU字谷が,さらに西股出合から大谷原にかけても氷食谷が発達する.また,上流側より布引沢モレーン,北股モレーン,大谷原モレーンが認められ,氷河最大拡張期の氷河の末端は,標高約1,200m付近にまで達していたと考えられる. 2) 上記の氷食谷の形態やモレーンの位置,さらにアウトウォッシュ段丘(鹿島川第2段丘~第4段丘)の分布から,少なくとも3回の氷河前進期,すなわち古いほうから,大谷原期,北股期,布引沢期の存在が指摘できた.またターミナルモレーンこそ発見できなかったものの,大谷原期と北股期との間には,氷河前進期と考えられる西股期が存在する可能性がある.なお,これらの氷河地形の分布から復元される各氷河前進期の氷河は,氷河最大拡張期の大谷原期以降,徐々に上流側に縮小したかたちで分布していたことが推定される. 3) 大谷原モレーンのトレンチ調査や下流側の段丘の形成時期から,西股期を含め上記4回の氷河前進期の年代について検討した結果,大谷原期は少なくとも10万y. B. P. より以前,西股期は6万y. B. P.より少し前,北股期は2万y. B. P. 前後,布引沢期は北股期以降とそれぞれ考えられる.したがって大谷原期は,ヴュルム氷期(最終氷期)よりむしろリス氷期に対比されるであろう.
著者
村田 啓介
出版者
学術雑誌目次速報データベース由来
雑誌
地理学評論. Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.68, no.6, pp.367-386, 1995
参考文献数
61
被引用文献数
4 2

山形県の郵便局において実施されている「サクランボ小包」事業という,通信販売方式によるサクランボの産地直送事業は,販売業者と郵便局とが業務提携をして事業を遂行するという形態で,1985年の開始以降,一定の成長を示している.<br> 1992年まで「サクランボ小包」事業にはさまざまな販売業者が参入しているが,そこにはサクランボの主産地において,郵便局とりわけ特定郵便局からの働きかけによって早い時期に参入した販売業者が,熱心な担当者との相互協力のもとでその事業規模を拡大させていき,それが主として郵便局という1つのネットワークを通じて技術や手法が伝播し,後に他の産地や非産地のさまざまな販売業者の参入を促したという経過がみられる.また,事業規模を拡大させている販売業者の展開過程の共通点として,第1に販売業者の事業を拡大させようとする意欲,第2に郵便局の担当者が,自ら働きかけて販売業者の参入を促したという点に対するある種の責任感,第3に地元の事情に詳しく,かつ地元の発展を願う特定局の局長という立場からのこの事業への思い入れ,といった点が指摘できる.<br>この事例をとおして,通信販売方式による産地直送事業は小口貨物輸送業の輸送システムを活用することによって成立する事業であり,またその事業の盛衰は,中心的な役割を担う人材の実践力によるところが大きいということが指摘できる.
著者
田林 明
出版者
学術雑誌目次速報データベース由来
雑誌
地理学評論. Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.67, no.7, pp.437-460, 1994
被引用文献数
2 2

本報告では富山県東部の黒部川扇状地において, 1948年から1991年までの44年間にチューリップ球根栽培を行なったことのあるすべての農家を取り上げ,その分布変化から球根栽培地域の形成過程を明らかにし,さらに形成の諸条件を考察した.その結果, 1950年代にはいくつかの特定の集落から栽培が周辺に拡大し,そして1960年代以降再びその集落あるいは近辺に後退したことがわかった. 1950年代中頃までにチューリップ球根栽培が盛んになった地域が,現在でも核心となっている.また,球根栽培の分布域と,旧町村をいくつか統合した範囲が対応していた.チューリップ球根栽培地域の形成条件としては,気候や土:壌などの自然条件とともに,富山県花卉球根農業協同組合の役割,他の農業経営部門や農外就業との関係,先覚者や指導者,地域組織の存在,行政からの助成などが重要である.年齢や後継者の有無,技術水準など,栽培者の個人の属性も関係していた.
著者
中谷 友樹
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論. Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.68, no.2, pp.71-92, 1995-02-01

空間単位の集計化が空間的相互作用モデルに対し及ぼす影響については,従来,集計単位の画定に関する定義問題が中心に論じられ,かっ,経験的データを用いた感度分析研究に限定されてきた.それに対し,本稿では,流動の距離逓減性を示す距離パラメターの集計バイアスを,空間単位間の距離の定義との関係において理論的に考察した.その結果,空間単位の集計化に伴う距離パラメターのバイアスは系統的な方向を示し,それは集計距離の定義(平均距離ないし平均移動距離)によって異なることが予想された.<br> この予想を検討するために,1988(昭和63)年度の東京PT調査のデータによって, Huffモデルの空間単位集計化の感度分析を行ない,次のような結果を得た.(1)距離パラメターの集計バイアスの方向は,集計距離の定義,および流動の距離逓減傾向の強さによって異なり,それは理論的に期待される方向と一致した.(2)平均移動距離の利用は,適合度,距離パラメターのバイアスの小ささ,距離パラメターの各スケールでの代表性の各点で,平均距離を利用する場合に比べ優れていた.(3)集計空間単位の形のコンパクトさを考慮することが距離パラメターのスケール変化を小さくし,それは理論的にも解釈されうるものであった.
著者
水岡 不二雄
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論. Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.70, no.12, pp.824-834, 1997-12-01
参考文献数
5
被引用文献数
1

Space and Society, a commission of the Association of Japanese Geographers, published in 1996 a reader containing the following seven seminal papers which had been published in the period from the late 1960s to early 1980s and had provided human geography with a new perspective on the conceptualization of space in society: A. Buttimer (1969), &ldquo;Social space in an interdisciplinary perspective&rdquo;; D. Harvey (1976), &ldquo;Labor, capital and class struggle around the built environment in advanced capitalist societies&rdquo;; D. Ley (1977), &ldquo;Social geography and the taken-for-granted world&rdquo;; E. Soja, &ldquo;Sociospatial dialectic&rdquo;; D. Gregory (1981), &ldquo;Human agency and human geography&rdquo;; D. Cosgrove (1984), &ldquo;Towards a radical cultural geography&rdquo;; and N. Thrift (1983), &ldquo;On the determination of social action in space and time&rdquo;.<br> In order to facilitate the understanding of the spatial conceptions contained in these seminal papers, which are significant for the future development of alternative (or critical) geography in Japan, this paper extracts some quotes from the above papers and lists them under the following basic tenets of spatial conceptions:<br> 1. Space is the objective, material existence which supports society and human subjects.<br> 2. Society and Humans are not passive in space. They positively subsume it to create new (humanized) space and to reproduce themselves.<br> 3. Socioeconomic relations or values produce space, and the spatial entity thus produced supports the stabilization and reproduction of the relations and values for a longer period.<br> 4. Space once produced ossifies itself into structure (the built environment), which reacts to control, differentiate, and transform social relations.<br> 5. Every subject must deploy an expanse of bounded space and a relative position for its action. The form of their deployment is specific to the social relations.<br> 6. A social structure on an upper tier of space produces territories on a lower tier, each of which forms a separate entity in the structure. This stratified configuration of space displaces social relations spatially, and alters the original relations in return.<br> 7. Spatial relations displacing conflict on a particular spatial scale can reify or modify the social relations on different scales.<br>8. Space and subject fuse together spontaneously to constitute a unique &ldquo;place, &rdquo; the focal point where subjects converge into a social structure, mediated with all of its embeddedness.<br> 9. The subject attempts to strengthen the embeddedness and resists its disruption. This place consciousness may obscure the consciousness of social relations.<br> 10. The distanciation and isolation arising from relative space make the subjects in proximity interact more intensely, giving rise to a localized social group.<br> 11. The spatial coexistence of heterogeneous elements of a society and their mutual sharing of the same built environment create social conflict.<br> 12. The built environment exerts a common coercive power over people to stabilize the modes of production and living over the long term.<br> 13. A social group is fragmented and its fractions formed according to the spatially uneven and fixed components of a spatial configuration and natural landscape.<br> 14. The range of subjective space is smaller than that of the objective thus rational behavior is not guaranteed since one obtains information imperfectly from subjective space.<br> 15. The modes of production and experience create collective absolute spaces, the most pivotal of which is the separation between the places for living and for work.<br> 16. It is essential for a social revolution to involve a revolution in spatial configuration.
著者
中谷 友樹
出版者
学術雑誌目次速報データベース由来
雑誌
地理学評論. Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.68, no.2, pp.71-92, 1995-02-01
参考文献数
32

空間単位の集計化が空間的相互作用モデルに対し及ぼす影響については,従来,集計単位の画定に関する定義問題が中心に論じられ,かっ,経験的データを用いた感度分析研究に限定されてきた.それに対し,本稿では,流動の距離逓減性を示す距離パラメターの集計バイアスを,空間単位間の距離の定義との関係において理論的に考察した.その結果,空間単位の集計化に伴う距離パラメターのバイアスは系統的な方向を示し,それは集計距離の定義(平均距離ないし平均移動距離)によって異なることが予想された.<br> この予想を検討するために,1988(昭和63)年度の東京PT調査のデータによって, Huffモデルの空間単位集計化の感度分析を行ない,次のような結果を得た.(1)距離パラメターの集計バイアスの方向は,集計距離の定義,および流動の距離逓減傾向の強さによって異なり,それは理論的に期待される方向と一致した.(2)平均移動距離の利用は,適合度,距離パラメターのバイアスの小ささ,距離パラメターの各スケールでの代表性の各点で,平均距離を利用する場合に比べ優れていた.(3)集計空間単位の形のコンパクトさを考慮することが距離パラメターのスケール変化を小さくし,それは理論的にも解釈されうるものであった.
著者
立岡 裕士
出版者
学術雑誌目次速報データベース由来
雑誌
地理学評論. Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.60, no.8, pp.516-539, 1987-08
被引用文献数
3

日本のアカデミズム地理学の初期段階において日本地理学会が負わされた主たる役割は,コミュニケーションの場を提供することにより地理学の知的・社会的制度化を促進することであった。そこで戦前期の日本地理学会が社会的制度化の進展にどの程度貢献したかという点を明らかにするために,研究者に対する本学会の包摂性と本学会に対する研究者の依存性とを検討した。その結果,次の3点が明らかになった. 1) 会員の構成では当会は1930年代半ばにはある程度全国的な組織となっていた. 2) これに積極的に参加していた者はほとんど東大または文理大の出身者で,東京近在ないしはたかだか東日本の居住者であるが,その一方で全国化の傾向も認められる. 3) 当会が提供した発表の機会は学界全体を覆うほどのものではなく,それに対する会員の依存度も必ずしも高くない.<br> 以上のことから,戦前期の日本地理学会は地理学の社会的制度化にとって一応の貢献はしたが,研究者の相互依存性を著しく高めるにはいたらなかった,と考えられる.