著者
神谷 浩夫
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
pp.100198, 2012 (Released:2013-03-08)

1.本発表の目的 発表者はこれまで,海外で働く若い現地採用の日本人女性を中心に調査を実施してきた.1980年代初頭のバブル崩壊以降,国内労働市場は二極化が進展する一方,これまで以上に流動化が進んだ.それと同時に,海外で働くことが大きなブームとなった.こうしたブームを支えたのは,現地採用で雇用される未婚の女性であった.最近では,現地採用として海外で就職する日本人は女性だけでなく男性にも広がりつつある.そこで本研究では,シンガポール,サンフランシスコ,ホーチミンで実施したこれまでの調査をふまえながら,2011年2月にバングラデシュで行った現地で働く日本人若者の調査結果を報告する.2.バングラデシュの特徴 バングラデシュは世界の最貧国のひとつに数えられることが多く,海外からの民間投資額も多いわけではない.むしろODAなど政府関連の援助による投資が主流である.そのため2010年の外務省海外在留邦人数調査統計によれば,バングラデシュに住む日本人は569人,そのうち長期滞在者が504人,永住者が65人である.長期滞在者の内訳は,民間企業関係者が101人,同居家族が20人,政府関係職員が131人,同居家族が66人,その他が97人,同居家族が58人となっている.つまり民間企業関係者よりも政府関係職員の方が多い.近年日系企業の進出が活発化していると言われているが,その水準は低位に留まっている. 一方,シャプラニールやマザーハウスに代表されるように日本人によるNGOや社会的企業の活動がバングラデシュで活発に繰り広げられている.さらに,グラミン銀行やBRACなどマイクロクレジットが世界的に注目されるようになり,BOPビジネスも脚光を浴びるようになっている.2010年には,ユニクロがグラミン銀行と提携してソーシャルビジネスを開始し,安い賃金を生かした縫製産業が成長を遂げつつある.3.調査結果の概要 当該国において日本企業の進出が進むには,日本への送金が可能となる制度枠組みの整備が重要である.ダッカで実施した現地調査では,16人の男女から話を聞くことができた(表1).ヒアリング結果を要約すれば,①高学歴の人が多い,②未婚の男性が多い,NGOや社会的企業などの職に就いている人が多い,といった特徴が浮かび上がった.なお,その他の詳細な結果については,当日に報告する.
著者
山口 勝
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2005, pp.30, 2005

1.はじめに新潟県中越地震直後の震災番組(2日後のクローズアップ現代と1週間後のNHKスペシャル)で、主に地震と土砂災害のメカニズムの部分の制作に携わった。災害報道には、災害の事実を伝えるだけでなく、2次的な災害を防ぎ、次の災害に備える視点が求められる。その番組制作過程で"地理学の視点"の大切さを感じた。「自然と人々の暮らしを見つめる学」としての地理学の視点である。2. 「余震はいつまでつづくのか?」被災者の不安に地震のメカニズムから答えられたか?_から_クローズアップ現代_から_地震を起こした断層は、既知の活断層か?断層は地表に現れているのか?まず、この科学的関心から取材を始めた。いち早く現地入りし、地理学の視点で断層調査を行った名古屋大学鈴木康弘教授・東洋大学渡辺満久教授から"小平尾断層で、地表変位の証拠を確認"の報を頂いたのは、番組放送の3時間前。どこよりも早くスクープとして報道することができた。さらに、震度6強(後に震度7も)が、約1時間で3回も起き、その後も強い余震がつづいた新潟県中越地震。「なぜこんなに強い余震が多いのか?いつまで余震はつづくのか?」被災者の不安・関心はそこに向かった。市民感覚から言えば、今回の地震は、"強い余震が多い特殊な地震"である。それに答える地震メカニズムが期待された。しかし、専門家にあたっても、なかなかこれという答えがみつからなかった。多くの地震学者は「震源が浅いのだから、深い地震では感じないような余震まで地上で大きい揺れとして感じる。内陸地震の余震のパターンとしては、決して特殊ではない」と答えた。確かに正しそうだ。しかし市民感覚とは乖離している。視聴者のなぜには答えているのか?また、ある地震学者は「これまで断層活動がなかった場所で初めて滑ったので、摩擦が大きくずれにくかったので、その分、余震が多いのでは」と答えた。今回の地震が特殊であるという立場からのコメントである。しかし、地形・地質学的には、新潟県中越地方はもっとも有名な活褶曲帯であり、地表に現れた活断層だけではなく、地下に多数の断層が存在している。決して"これまで断層活動がなかった場所"ではない。むしろ地殻変動が激しい場所である。さらに取材を進めた結果「震源が浅いために余震の揺れを強く、多く感じる。さらにこの地域は地下構造が断層や褶曲があって複雑で、堆積物も柔らかいため、余震が誘発されやすい。今後も強い余震に注意する必要がある」という、この地域の地形・地質の特殊性をふまえたコメントを地震の専門家にお願いした。報道は、短時間で各分野の専門家の情報を理解、評価し、素人の視点で判断していく仕事だが、今回の判断は正しいかったのだろうか?3.「自然風土との共生を破壊した災害」_から_NHKスペシャル_から_ 「春の棚田、錦鯉、そして牛の角つき」。番組は山古志村の美しい風景とそこに暮らす人々のシーンから始まった。今回の地震では,地すべりや崖崩れなど"地震による土砂・地盤災害"が被害を大きくした。それまで暮らしを支え守ってきた棚田やため池が、各所で崩れ村は孤立した。土砂が川を堰き止め,集落も灌水した。自然地理学的には、"構造性地滑り地帯"として知られてきた地域である。第三紀の未固結な泥岩や砂岩が互層をなし、断層や褶曲の影響で地層が切り立っている。春の雪解け時期には地滑りがおきる。この自然環境・風土に対して、人々は地すべり地に棚田をつり、あぜ塗りや水路を管理することで地下に浸透する水分を調整して地すべり災害を防いできた。こしひかりの棚田も,錦鯉の池も、豪雪と地すべりという自然環境・風土に対して人々の知恵と営みが生んだ共生の風景なのである。まさに、人文・自然地理学融合のフィールドと言っても良い地域である。番組の土砂災害メカニズパートでは、この地形・地質に、直前の台風で、たっぷりと水が供給され地震で大地が揺すられることで、土砂崩壊が起きやすくなったという、再現実験を行った。しかし、科学的解説と再現実験だけでは番組が、流れなかった。冒頭の映像にあるような、人文地理的視点のシーンを挿入して初めて番組全体が流れたのだ。災害をメカニズムだけでなく、風土や人々の暮らしとの関係でとらえる「地理学の視点」、いわば災害地理学の視点は、番組づくりだけでなく、長期的な防災対策や街づくり、国づくりへのヒントを含んでいると感じる。
著者
西村 雄一郎
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
pp.329, 2013 (Released:2013-09-04)

1.はじめに東日本大震災以降,日本におけるGISを利用した災害支援・復興活動として,ネオジオグラファー(NeoGeographer)とVGI(Volunteered Geographic Information)による活動が注目されている.従来,GISは専門家や研究者が地理情報を分析するためのツールとして位置づけられてきたが,GeoWebと呼ばれるインターネットを通じたデジタル地図・Web-GISサービス・アプリケーションの利用が急速に拡大し,スマートフォンなどによる位置情報サービスが普及するにつれて,専門的なGISの教育や技術を受けていない人々が広くGISを利用するようになった.こうした人々はネオジオグラファーと呼ばれるようになった.また,ネオジオグラファーを含むさまざまな人々によって大量・主意的に蓄積・共有された地理情報はVGI(Volunteered Geographic Information:ボランタリーな地理情報)(Goodchild 2007)と呼ばれている(瀬戸2010).東日本大震災においては,安否情報の確認や災害情報の共有がTwitterなどのソーシャルメディア・携帯電話などを通じて行われ,こうした情報をGIS上で視覚化し共有するために,ネオジオグラファーによる活動が活発に行われた.また,2010年のハイチ地震や2011年のクライストチャーチ地震などで世界的な災害支援活動を継続的に行ってきたOpenStreetMapなどの共有型の地図作成活動が東日本大震災においても行われ,被災状況の地図の作成・公開がボランタリーになされた.こういったボランタリーな活動が広がっている基礎として,FOSS4G (Free and Open Source Software for Geospatial)などの自由に利用可能な地理情報ソフトウェアの開発の進展・普及拡大によって,地理情報のハンドリングを行うための障壁が小さくなっていることが挙げられる.2.カウンターマッピングとは こうしたGISの普及や一般の人々の利用はこれまでになかった新たなGISと社会の結びつきをもたらしうる.英語圏におけるGISと社会に関するテーマのひとつとなっている参加型GIS(Participatory GIS (PGIS))(若林・西村2010)は,周縁化された人々のためのエンパワメントをその主要な目的のひとつに掲げている.すなわち,政府や大企業など,データを占有し,自らの利益に向けた計画をGISに基づき『客観的』な地図として表象しようとする動きに対して,ローカルコミュニティ,土着の人々,エスニック・マイノリティがカウンターマッピング(counter-mapping)(Peluso 1995)を行うことで,ローカルな課題解決に向けた意思決定過程での合意形成を行う手段として参加型GISを位置づけるものである.3.日本におけるカウンターマッピング 「カウンターマッピング」は従来途上国の農村を中心とする実践において主に用いられてきたが,この概念を東日本大震災後のさまざまなマッピング活動に適用することを試みたい.日本の市民参加GISは行政主導で行われてきたこともあって(西村2010),カウンターマッピングは日本において表面化してこなかった.しかし,東日本大震災以降にその状況は一変した.地震・津波による被害が広範囲にわたり,また原子力発電所の事故も発生したことで,行政からの情報公開の遅れや提供された情報の内容が住民の必要とする日常生活レベルの空間スケールと大きく離れていたなどの問題が頻発した.また,行政がGISで読み込み可能なデータを公開しない,地理情報の処理に関するノウハウが不足しているなどの問題も明らかになった.東日本大震災を契機として作成されるようになったネオジオグラファーによる個々人の被災状況・救援物資の過不足などの支援状況に関するマッピングの事例や福島県や関東で行われている放射線量マッピングの事例を取り上げ,日本におけるカウンターマッピングの現状と今後の課題を示したい.
著者
三浦 尚子
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2016, 2016

<b>1.問題の所在</b><br>&nbsp; 現在の社会政策は,社会経済構造の変容に伴って生じた諸問題の解決を「社会的包摂social inclusion」に希求している。政策立案にかかわる宮本(2013)によれば,社会的包摂とは,排除された人々の単なる保護ではなく,その社会参加と経済的自立の実現を重視する概念である。ただし宮本の推奨する社会的包摂は,市場労働を意味する雇用を中心に,家族,教育等を周辺に位置づけており,雇用中心の政策基調であることに変わりはない。<br>&nbsp; しかしアーレント(2015)の『活動的生』に依拠すれば,労働は人間の根本活動の一つであり,ほかの根本活動である制作や行為(活動)に対して優位な概念ではない。むしろ,人間の複数性を前提とし言論と不可分である行為(活動)にこそ,最も価値の高い活動力とする。<br> そこで本発表では,「地域」で生活する精神障害者の日常的な諸活動を通して展開される社会的包摂の過程を,当事者の「ケア空間」(三浦2016)の活用に注目して検討する。研究対象は,東京都R自治体の精神障害者通過型グループホームを利用し,「ケア空間」の形成に一役を担った元入居者17名とする。障害の程度は,障害支援区分認定調査で区分2から区分3と判定された者が多い。確定診断は統合失調症が最も多く,次に(大)うつ病,アスペルガー障害,認知症,境界例パーソナリティ障害,薬物依存,てんかん等が挙げられる。東京都R自治体は,精神保健福祉の先進事例地域である。調査方法は,非構造化インタビュー調査と参与観察を併用し,期間は2015年12月から断続的に実施した。<br><b>2. 被調査者の日常的な諸活動を通じた「ケア空間」の形成</b>&nbsp;&nbsp;<br> 調査の結果,被調査者の日中の活動先としては作業所が目立ち,「地域生活」が「病院の外の場全般ではなく,作業所だとかそんな場」(立岩2013)であることが示された。被調査者の語りによれば,「なんちゃってB」(三浦2013)を自称し,居場所的な役割を果たしてきた作業所では,職員の人事異動に伴い「ケア空間」の揺らぎが見られた。長期の通所者は就労と結婚を機にほぼ通所しない選択をしたが,まだ体力や精神力の面で不安を抱え他の作業所に活動の場を移せない者は,むしろ作業所内で「ケア空間」の復活を試み,他機関への相談等,孤軍奮闘している様子が見受けられた。また,別の作業所にて職員とのトラブルにより退所を余儀なくされた被調査者は,日中の活動先を失い「朝も昼もプラプラする」ことへの悲嘆と憤怒の表情を見せたが,衝動性を自制しその場にいた者との「ケア空間」が壊れないよう配慮していた。<br> 作業所以外にも,自宅近隣の店舗で店員に友人となるよう依頼する者や,アルバイト就労先で統合失調症と伝え,疾病や障害への理解を上司や同僚に求めながら勤務する者がいた。また一人で自宅にいるとうつ状態に陥る者は,通過型グループホームに日参して現入居者に食事を作る等自らケアする立場に立つことで,耐え凌いでいた。<br>&nbsp; 公的なサービス事業の利用のほか,ボランティア活動と専門学校通学で週7日すべてに日中の活動先があった事例は,自傷行為抑制のため被調査者自らが計画した生活スタイルであり,ケアする/される立場のバランスを取りながら,「地域で暮らす楽しみ」を見出していた。 &nbsp;被調査者は,個々別々の方法ではあるが,精神的な安定と居心地の良い場所の獲得に向け,当事者活動の一環として「ケア空間」の形成が試されている点が明らかとなった。<br><b>3. 雇用から活動中心の社会的包摂の実現に向けて<br></b>&nbsp; 本調査で得られた知見は,以下の通りである。(1)被調査者は,精神的に安定している場合はその維持のためにかなり活動的であったが,活動内容は労働に限定されず多種多様であった。(2)被調査者の活動には居場所の獲得が含意されており,通過型グループホームの経験を生かして専門の施設以外でも「ケア空間」の形成が試されていた。(3)活動先の「ケア空間」が脆弱化したとしても,東京都R自治体のメンタルヘルスケアのネットワークが機能して,(1),(2)の実現を後援していた。 <b><br>文献<br></b> アーレント,H.著,森 一郎訳2015.『活動的生』みすず書房. <br> 立岩真也2013.『造反有理-精神医療現代史へ』青土社. <br> 三浦尚子2013.障害者自立支援法への抵抗戦略-東京都U区の精神障害者旧共同作業所を事例として.地理学評論86:65-77. <br> 三浦尚子2016.精神障害者の地域ケアにおける通過型グループホームの役割-「ケア空間」の形成に注目して.人文地理68:1-21. <br> 宮本太郎2013.『社会的包摂の政治学-自立と承認をめぐる政治対抗』ミネルヴァ書房.
著者
田上 善夫
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2009, pp.214, 2009

_I_ 地球温暖化とその影響20世紀末以降における気候変動のもとで、たとえば欧州でのブドウ栽培の大きな変化における主な要因として、地球温暖化があげられるようになっている。日本でも南方産の果樹や野菜の北方での栽培事例が増加するにつれ、同様の指摘が行われている。一方でこの期間における農作物生産の一般的な低迷ないしは減少は大きなものがあり、こうした変化に対する気候等の変動のもつ要因としての意味や程度、また影響の過程は明らかではない。ここでは、欧州などにみられるように気候変動とのかかわりの深いブドウなどの果樹を例にして、栽培用地の成立の要因を明らかにし、さらに変動の影響に関する検討を試みる。<BR>_II_ 近年の果樹栽培の変化 果実酒用ブドウの栽培および醸造は、明治初めの甲府盆地に始まるが、ほぼ時を同じくして上越や信州でも行われてきた。さらに周辺の富山県などでも昭和初期には始められるようになる。現在では北日本に多く、また近年増加の傾向がみられる。 とくに、長野盆地や松本盆地、さらに甲府盆地に多数の生産地が集中する。1990年ころからは、農業構造改善事業を契機に、また耕作放棄地を転用して、さらに農商工等連携事業計画などの多目的なプロジェクトの一環として、各地に比較的小規模なブドウ栽培が増加し、直接あるいは委託による醸造も始められている。 生食用を含めたブドウ栽培用地も、醸造用のものと類似の傾向がみられる。長野、上田、松本、甲府の各盆地をはじめ、余市や南陽周辺などにも広く分布する。さらにブドウを含めた果樹園も、北信越周辺では長野、上田、松本、甲府の各盆地に多いように、ブドウ栽培地と同様の分布がみられる。全国的には、有明海周辺、瀬戸内海、和歌山、東海、東北南部の地域において、丘陵や山地斜面などの傾斜地を基本とした狭い帯状の分布が示される。栽培面積は、ブドウもミカンやリンゴと同様に、近年もなお減少傾向が継続している。ただし果実酒製造所は新たな開設も多く、傾向を異にしている。<BR>_III_ 果樹園の成立要因現在の果樹園用地について、土地の地形、気候などの自然条件から成立の要因を明らかにする。国交省の国土数値情報より、土地利用および標高・傾斜度、土地分類、気候値の各メッシュデータを用いる。土地利用は昭和51、昭和62、平成3、平成9年のデータの中で、昭和51年の「畑」、「果樹園」、「その他の樹木畑」の分類項目は、平成3年以降には、「その他の農用地」に一括されたため、昭和51年のものを中心に用いる。共通して扱える基準メッシュ(3次メッシュ、約1km2)を基本とする。果樹園用地の中でもその高度の違いは大きく、平均標高の高い内陸盆地でも、甲府、長野、上田、松本盆地の順により高くなる。また果樹園用地は斜面に位置することが多いが、最大傾斜の角度はとくに甲府および長野盆地の周辺部で高いものが多い。最大傾斜の方向は特定ではなく、とくに北方向にも多く現れている。土地分類の中の地形分類では、山梨は砂礫台地、長野は扇状地性低地に集中する。また土壌は、山梨では黒ボク、黄色、褐色低地の各土壌が多いのに対し、長野では淡色黒ボク、暗赤色、灰色低地の各土壌が多い。生育期間を4月から10月とすると、その間の平均気温は甲府、長野、松本の盆地の順により低くなる。盆地でもその周辺部山麓では低くなるが、甲府で18℃、長野で17℃、松本で16℃台である。降水量は甲府、長野盆地で少なく、800mm以下であり、とくに600mm以下の地域も現れる。果樹園用地の自然条件を、クラスター分析により分類して示す。5型に分けた場合、_I_少雨、_II_平坦高温、_III_高地低温、_IV_傾斜、_V_低地多雨、の特色をもつ型がある。甲府盆地の周辺部は_IV_の傾斜、松本盆地は_III_の高地低温、長野盆地は_III_、_IV_の型が現れる。一方他の型の_II_は盆地中央部、_I_は_II_に隣接した高地側、また_V_は北陸に多く現れる。<BR>_IV_ 気候変動への対応の検討果樹園用地には、地形や気候の土地の条件が明瞭に現れるが、およそ盆地間では差異が大きく、また盆地内でも中央部と周辺山麓ないしは山地斜面部とでも差異があることが明らかになった。基本的な自然条件が異なるので、温暖化などに対してもこうした局地ごとの対応の検討が必要となる。とくに果実酒用のブドウでみた場合、栽培品種による生育期間の適温は、リースリンクやピノ・ノワールで15℃、シャルドネで16℃とされ、またメルローやカベルネ・ソービニヨン、サンジョベーゼやネッビオーロで18℃とされる。これらにより欧州各地の主力栽培品種に差異が生じるが、とくに甲府盆地では上記品種の適温の上限に近いために、気候の変動の影響が大きいことが考えられる。
著者
北島 晴美
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
pp.31, 2014 (Released:2014-10-01)
被引用文献数
1

1.はじめに 2012年の死亡数は,悪性新生物,心疾患,肺炎,脳血管疾患,老衰の順に多い。高齢化の進行とともに,死因の順位も変化している。老衰を死因とする死亡者は,ほぼ60歳以上に限定され,高齢になるほど老衰を死因とする比率が高くなる。年齢階級別にみると,老衰は95~99歳の死因第2位,100歳以上の死因第1位であり(2012年),これまでの死因の年次推移からみて,今後,高齢化が進行すると,老衰による死亡の比率は現在よりもさらに上昇すると予測される。 発表者らは,高齢者死亡率の季節変化に関して,全国,都道府県別に調べ,全死因,心疾患,脳血管疾患,肺炎死亡率は,夏季に低く冬季に高い傾向を確認した(北島・太田,2011,2013,など)。 本研究では,老衰による死亡数の推移,死亡率の季節変化について,最近の傾向を年齢階級別に調べ,高齢者の中でも,若い層とより高齢な層では,どのような違いがみられるのかを検討した。2.研究方法 使用した死亡数データは,人口動態統計(確定数)(厚生労働省)である。死亡数が多い75~84歳,85~94歳,95歳以上の3年齢階級を対象とし,季節変化を見るために,各年齢階級の毎月の死亡率を算出した。北島・太田(2011)と同様に,各月死亡率は,1日当り,人口10万人対として算出した。人口は各年10月1日現在推計人口(日本人人口)(総務省統計局)を使用した。3.老衰死亡数の推移 2000年以降の,全国の全死因による死亡数が増加傾向にあるのと調和的に,老衰による死亡数も増加している。高齢人口が増加したことを反映したと考えられる。2000年代後半から,増加が加速し,85~99歳で顕著に増えている。10歳階級別では,最も老衰死亡数が多いのは,85~94歳,次いで,95歳以上,75~84歳である。4.老衰死亡割合の推移 75~84歳,85~94歳,95歳以上の年齢階級において,老衰死亡割合(老衰死亡数が全死亡数に占める割合)は,2000年以降では,75~84歳はほとんど変化がない。2000年代後半から,85~94歳はやや増加,95歳以上では増加傾向が見られる。95歳以上の老衰による死亡割合は,2005年には15.3%であったが,2012年には21.3%となり,5人に1人は老衰で死亡している。5.老衰死亡率の季節変化 2009~2012年の年齢階級毎の老衰死亡率は,冬季に高く夏季に低い傾向が見られる(図1)。年齢階級が上がるほど,死亡率の季節変化が顕著になる。75~84歳老衰死亡率の,季節変化は微少である。4年間のデータでは,85~94歳,95歳以上の老衰死亡率は,6月に最も低く,12月に最も高い。
著者
黒木 貴一
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2004, pp.177, 2004

_I_.はじめに 福岡教育大学では自然地理の内容に関し、1年生前期の人文地理学及び自然地理学(15/2コ)、1年生後期の地理学概論(15/2コ)、2年生前期の自然地理学講義(15コ)、3年生の自然地理学実習(30コ) と自然地理学演習(30コ)で講義等がなされる。これらの内容は学年が進むほど専門性が増すようになっている。しかしこれらは自然地理学全般の内容は網羅できず、リモセンやGISなど新しい自然地理学の内容までは十分紹介できない。それ以前に、高等学校の地理を履修していない学生数が急増してきた問題がある。これまで本学の抱える自然地理教育の諸問題を明らかにし、自然地理学実習や地理学概論などを通じて教育方法を検討し、その問題解決方法を模索してきた(黒木,2003, 2004;黒木ほか,2004)。本稿ではその検討と模索状況を紹介し、自然地理学の技能や資質を有する小・中学校教員養成の課題について述べる。_II_.本学の自然地理教育にある問題1.社会科教員を目指す学生の教科への意識 本学で社会科教員を目指す人文系学生の多くは、1)地理の内容が難しいと感じており履修を敬遠し歴史教科を選択しがちである、2)履修意識は第一に資格取得にあり踏み込んだ教科内容を敬遠する、3)泥にまみれ汗を流す自然地理の野外調査に抵抗を感じ自然地理よりも人文地理に進みやすいという特性がある。多くの学生が、1)地理は暗記科目であり、2)教科書の内容は最先端であり、3)自然地理は自然科学の一部とは思っておらず、また4)自然地理に野外調査が必須であるとはあまり考えていない。2.教育環境の問題講義等を進めるにあたり、_丸1_実習室や実験室がない、_丸2_年間履修上限42単位が設定されている、_丸3_多様なコースの学生が全学年履修する実態がある、_丸4_教育関連の実習の種類が多く、_丸5_受け入れ先の都合で五月雨式に学生が休む、などの問題もあり十分な教育環境を提供できていない。_III_.取り組みの現状(対策)_II_.の問題を背景に講義等では、1)新しい自然地理内容の学習、2)文献・資料調査や計算を伴う学習、3)野外調査を必須とする学習、4)実験・観察・解析を必要とする学習を実践させ学生の意識改革を図る。実践の中で地図及び地図帳に親しませ(技能)、時間・空間スケール、人文地理と自然地理との関係、他分野の知識が必要な自然地理的分析手法に関する理解(資質)を進めさせることを念頭におく。1) 新しい地理内容学習:自然地理学実習では、共通パソコン室にて、フリーソフト(ArcExplorer, MapWin, カシミール等)を用いた数値地図およびGIS教育を進めている。2) 文献・資料調査や計算:地理学概論では、九州の水循環をテーマにした講義を実施している。この中で気候学、水文学の内容を紹介し、地図帳などの統計資料を使って水量を計算させ、九州島(各県)の水循環を視覚化させる。ここでは統計の持つ様々な空間と時間スケールを、九州島の1年に統一させる計算過程で、地理的な時間・空間スケールの考え方の理解を進めることも企図している。3) 野外調査:社会研究基礎(初等・中等教員養成コースの社会科専攻学生の演習科目)では、キャンパス周辺の現地調査を行い、テーマ毎の地理情報を地図化し、その地図を用いた模擬授業を実践させている。レポートでは学習指導要領と模擬授業との関連を考えさせる。最終的に学生の作成した地図はGISデータ化し、地域環境マップにまとめた。4) 実験・観察・解析:自然地理学演習と卒論を通じて実験、観察、解析を経験させ、自然地理は野外調査が必要な自然科学であることを理解させる。簡易ボーリング、粒度分析や燃焼試験、活断層や火山灰の観察、岩盤節理計測などを実施させている。_IV_.まとめ自然地理が苦手・嫌いな生徒を再生産させないために、自然地理好きの学生を排出することが現在の重要な課題である。講義等を通じて、小・中学校の自然地理を教える上で不可欠な技能や資質を念頭に置く地理的スキル(学び方、調べ方、まとめ方)を理解させるための試みを表1にまとめた。
著者
近藤 裕幸
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2004, pp.111, 2004

【石橋の経歴】石橋五郎(1876‐1946)は千葉県出身で、東京帝国大学文科大学史学科を1901年7月に卒業後、1904年神戸高等商業学校に赴任し、商業地理等を教えた。1907年京都帝国大学文科大学に史学科が創設されるに際し,史学地理学第二講座(後の地理学講座)が開設され、小川琢治(1870_-_1941)のもとで、人文地理学を講じた。1921年に小川が他学部へ転出した後は,石橋が講座を担当し、時代変遷史的に地理を見る立場を鮮明にし,当初はラッツエル、後には「地人相関論」の立場にたって講義を行った。1927年からは多くの著作に携わり、『日本地理風俗大系』、中学校教科書を著し、地理学の成果普及に努めた。<br>【地理学の方法論の導入】石橋が活躍し始めた1910_から_20年代の中学校地理教育の現状は、啓蒙的に知識(地名物産地理)を下達するものが多かった。例えば石橋よりも先に活躍した山崎直方の教科書では、地人相関的な記述はなかなかみられず、地名が羅列的に並べられたものが多かった。そうした教科書ではなく、石橋は地理学の方法論をとりいれた教科書を執筆した。(石橋は教科書を1924_から_1943年にかけて約20冊著している。)<br>石橋の地理学方法論とは法則定立と地人相関論にあった。しかし石橋はこの両者を全て地理教育に取り入れずに、教育に役立つと思われる地人相関論のみを教育へとりいれた。それは、石橋が地理学と地理教育を別のものとして捉えていたからである。<br>【地人相関論導入過渡期としての位置付け】しかし、石橋が著した教科書の初期のものは、地名羅列的な記述のものだった。地人相関的記述をともなった教科書を書き始めたのは1931年以後であった。そうした記述がなされるようになった背景に、1931年の「中学校令施行規則改正」がある。このときに教育制度上ではじめて地人相関論を教えることの法的裏づけがなされたのであるが、石橋は地名の羅列的記述から、地人相関的記述へとうつりかわる動きを積極的に当局に働きかけた節があり、過渡期にあった人物といえる。<br>【教育全般(教育課程)における地理教育のいちづけ】一方で、石橋は教育全般(教育課程)における地理教育のいちづけを明確にしようとした。教育の目的を、「個人が一般的幸福のために自然的社会的環境にいかい適応すべきかを学ぶこと」と考えていたので、地理科は人間が環境にいかに適応すべきかを学ぶものだから、教育全般のなかで役立つものとした。<br>【地理教育の目的】教育全般の中での地理教育の役割を、石橋は著書『地理教育論』の中で体系的に論じた。生活に即した知識(職業に役立つ知識)、教養としての地理知識、祖国意識の強化、人類愛観念養成、国土美鑑賞のための情操の陶冶などを挙げている。要約すれば「情緒的な側面の陶冶」と「実用と教養の知識獲得」が地理教育の目的といえよう。実際に教科書をみても、二つの見解が生かされた記述となっている。<br> 同時代に地理教育を論じたものとして、田中啓爾の『地理教育に関する論文集』、佐藤保太郎(1933)の「小学校及び中等学校の地理教育」(『岩波講座教育科学16』)等があるが、いずれも教育大系全体を踏まえた地理教育を論ずることが少なく、局所的な論述で、体系的に論じるには至っていない。<br>【地理教育史における石橋の重要性】これまでのことから、地理教育史上、2つの点で、石橋は重要な存在と考えられる。第1は、地理の知識を上から下へと教授していた時代で、羅列的記述を避け、地理学の手法をとりいれた。そうしながらも、地理学と地理教育を混同しなかった点である。第2に、教育全般(教育課程)における地理教育の位置付けを論じ、目的を明確に論じたことである。すなわち、地理学と地理教育を分離した上で、次に教育全体の中で地理教育が果たしうることを目的論として体系的に打ち出したのである。石橋は「教育全般?地理教育?地理学」の構造を浮き彫りにした事実から、今後地理教育史においてさらに検討を加えられるべき人物であると考えられる。<br>
著者
小寺 浩二 齋藤 圭 猪狩 彬寛 小田 理人 黒田 春菜
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2021, 2021

<p><b> Ⅰ はじめに</b> 日本では高度成長期に水質汚濁が問題となるも法整備や環境意識高揚等で急速に改善されてきたが、地方でも都市化が進み水質汚濁が激しい地域が存在する。山村地域の排水処理施設の問題から大河川流域では下流部より上流部に汚染が目立つ。「公共用水域の水環境調査」、「身近な水環境の全国一斉調査」等の記録から日本の河川水質長期変動を検討してきたが、本稿では2020年の法政大学の「一斉調査」の結果を中心に考察を行う。</p><p><b>Ⅱ 研究方法</b> 「公共用水域の水質調査結果」、「身近な水環境の全国一斉調査」結果から長期変化を考察した。1971年以前は研究成果や報告書からデータを整理し、2018年以降は研究室の全国規模の観測記録を用い、2020年に研究室で実施した約2000地点の観測結果を対象とした。</p><p><b>Ⅲ 結果と考察 </b></p><p><b> 1 </b><b>.公共用水域の水質調査結果</b> 1971年の約1,000 点が1986年に5,000点を超え、その後6,000点弱の地点で継続されてきた。BOD値の経年変化では当初3以上が半数だった(1971年)が1976年には2以下が半数となり、最近では2以下が約8 割である(2018年)。4以上の値が減少し1以下が全体の約半数に増えている。</p><p><b> 2 </b><b>.身近な水環境の全国一斉調査</b> 2004年の約2,500地点が2005年に約 5,000 地点、その後6,000地点前後で推移し2018年には約7,000地点でCOD4以下が約半数となった。2020年は新型ウイルスの影響で地点が減り法政大学の結果が含まれず3,802地点となったが、約2,000地点の調査結果を加えて解析した。</p><p><b> 3</b><b> </b><b>.</b><b>1971</b><b>年以前</b> 小林(1961)以外の系統的な水質データは入手しづらく過去の水質復元の困難さが浮き彫りとなった。</p><p><b> 4</b><b> </b><b>.</b><b>最</b><b>近</b><b>の水質</b> 2019年以前の全国2000箇所以上のデータに加え2020年のデータを吟味することで近年の特徴が明確となった。</p><p><b>Ⅳ </b><b>お</b><b>わ</b><b>り</b><b>に</b> 全国規模の長期観測結果に1971以前のデータを加え過去の水質を復元した。最近の水質は独自に全国で約2,000地点の観測を行い現況を明らかにした。今後もデータを継続して収集し精度を上げたい。</p>
著者
北島 晴美 太田 節子
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
pp.100141, 2011 (Released:2011-11-22)

1.はじめに日本では,1966年に死亡数が最少の670,342人となった。その後,高齢化の進行とともに死亡数が増加 し,粗死亡率も1979年に最低値6.0(人口1000対)を記録したが,その後は上昇傾向にある。一方,年齢調整死亡率は,粗死亡率が上昇に転じた後も低下傾向にある。粗死亡率の上昇は,老年人口の増加,年少人口の減少により,人口構成が変化し,死亡数が増えたことに起因する。今後,さらに高齢化が進行し,粗死亡率の上昇傾向も継続し,医療費や社会福祉など様々な分野での対応が急務とされる。本研究では,高齢者(65歳以上)の月別,年齢階級別,死因別の死亡について特徴を把握した。2.研究方法使用したデータは,2001~2009年人口動態統計年報(確定数),2010年人口動態統計月報(概数)(厚生労働省)である。月別死亡率の季節変化,年次推移を把握するために,1日当り,人口10万人対の死亡率を算出し,月別日数,閏年の日数の違いによる影響を除去した。また,各年の月別死亡率は,推計人口(各年10月1日現在,日本人人口)(総務省統計局)を用いて算出した。高齢者死亡率は,65歳以上と,65~74歳,75~84歳,85歳以上の年齢階級に分割したものを検討した。3.月別死亡率の変化傾向総死亡(全年齢階級,全死因)の月別死亡率は,2001~2010年において,いずれの月も変動しながら上昇傾向にあり,死亡率は冬季に高く夏季に低い(厚生労働省,2006,北島・太田,2011)。高齢者の場合も,65~74歳(図1),75~84歳,85歳以上の年齢階級のいずれにおいても,月別死亡率は,冬季に高く夏季に低い傾向がある。2001~2010年の10年間の月別死亡率年次推移は, 65~74歳(図1),75~84歳では,いずれの月の死亡率も,次第に低下する傾向が見られる。85歳以上の死亡率は,年による変動が大きい。4.4大死因別死亡率の季節変化2009年確定数による,65歳以上,各月,4大死因別死亡率は,悪性新生物には季節変化が見られないが,心疾患,脳血管疾患,肺炎の死亡率は,いずれも冬季に高く夏季に低い傾向がある。冬と夏の死亡率比(65歳以上,最高死亡率(1月)/最低死亡率(7月または8月))は,心疾患1.7,脳血管疾患1.4,肺炎1.6である。
著者
飯島 慈裕 堀 正岳 篠田 雅人
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2016, 2016

1. はじめに <br>ユーラシア大陸での冬季寒気形成は、モンゴルにおいて家畜が多大な被害を受ける寒害(ゾド:Dzud)を引き起こす主要な自然災害要因である。12~3月にかけての低温偏差の持続が、家畜被害と直結する。寒気形成は、継続した積雪面積の拡大と上空の強い低温偏差の維持が関係し、ユーラシアでの地上の低温偏差の強化は、上空に移流してくる北極由来の強い寒気が近年の要因の一つと考えられている(Hori et al., 2011)。特に、北極海の一部であるバレンツ海の海氷急減と対応して、北極の低気圧経路が変わり、それがシベリア高気圧の北偏を促して大陸上への寒気の移流を強めるパターンが提唱されている(Inoue et al. 2012)。 <br>本研究では、2000年代以降のユーラシアでの寒気流出・形成パターンの特徴をとらえるため、再解析データを用いた寒気流出事例の抽出と、その気候場の特徴を明らかにするとともに、高層気象、地上観測データと衛星による積雪被覆データから、ユーラシア中緯度地域での寒気形成について、近年の大規模なゾド年であった2009/2010年冬季を対象として事例解析を行った。<br><br>2. データならびに方法 <br>本研究では、はじめに長期的な寒気流出状況を明らかにするため、1979~2014年の欧州中期予報センター(ECMWF)の再解析データ(ERA-interim)を用いて、北極由来の寒気流出頻度を算定した。寒気流出は、冬季(12~2月)のバレンツ海領域(30-70˚E, 70-80˚N)とユーラシア中緯度領域(40-80˚E, 30-50˚N)との地上気温の15日移動相関が有意となり、かつバレンツ海領域で気温が正偏差の場合とした。 <br>また、2009/2010年冬季でのモンゴル国ウランバートルでの高層気象データ(NOAA/NCDC Integrated Global Radiosonde Archive)とウランバートル周辺でのJAMSTECによる地上気象観測データから、上空寒気移流と逆転層発達に伴う寒気形成過程を解析した。 &nbsp;<br><br> 3. 結果 <br>1979~2014年冬季の北極由来の寒気流出イベント数の時系列によると、2000年以前は、39事例であり、頻度は最大5回、平均1.8回であった。一方、2001~2014年は46回あり、最大7回(2006年)で、平均して3.3回であった。これは、毎月1度は北極由来の寒気移流が起きる状況が近年継続して現れていることになり、その頻度が増えていることを意味している。この長期変化傾向に対応して、2000年代以降は、バレンツ海領域では冬季の気温上昇、ユーラシア中緯度領域では低下傾向が有意に現れていた。 <br>続いて、2009年12月のウランバートルでの寒気形成事例を解析した。12月10~19日にかけて、地上気温が-30℃以下となる寒気が継続している(①期間)。この事例では、9日以降上空の寒気移流と対応して地上の下向き長波放射が急減している。2009年は11月からモンゴルの積雪が拡大しており、放射冷却が進みやすい条件となった。この間、地表から対流圏下層はシベリア高気圧の発達による弱風条件が継続したこともあり、接地逆転層が安定して維持・発達し、寒気が長期間にわたって形成・維持される環境となった。一方、12月24日以降も同様に上空の強い寒気移流があった(②期間)。しかし、対流圏中層から地上まで風速が10m/s以上に達する撹乱によって逆転層の形成が阻害され、-30℃以下の寒気継続は4日間程度と短かった。 <br>以上の結果から、ユーラシア中緯度上空には、北極気候変化に関連してもたらされる強い寒気移流、下向き長波放射量の減少、広域の積雪被覆状態、高気圧発達よる撹乱の減少、によって地表面放射冷却が強まり、逆転層の形成・維持によって異常低温が継続されたと考えられる。今後は、広域積雪をもたらす大気状態と、その後の寒気形成との関係などについて、さらに解析を進める予定である。
著者
日原 高志
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2005, pp.15, 2005

1.はじめに 学校現場での防災教育の実践例を,筆者の前任校東京都立墨田工業高校(1学年200名・標高1.5m)における1年「地理A」(必修2単位)および3年「選択地理」(選択2単位)の実践記録から紹介する.2.都立墨田工業高校における防災教育の実践例(1)授業開き:地下鉄の駅の差異「菊川駅/恵比寿駅」(1年4月) 授業開きは1年間の生徒の地理授業への「食いつき」を決める決定的な意味を持っていると考えている.ここでは興味を引きつつ,通年にわたって考えてほしいテーマを設定する.実践校では「0m地帯」をテーマとして,「地下鉄の駅から考える」(矢田ほか2002)(配当1時間)という実践を行った.スライドを用いながら,身近な景観の中に防災対策が隠されていることに気づかせ,地形断面図と重ねることにより分布の意味を考察するという地理的見方・考え方の重要性を理解させた.(2)地域調査:「0m地帯を歩く」(1年7月) 7月の補習期間に1年生全員対象の0m地帯の見学(配当4時間)をクラスごとに5日に分けて実施した(日原2004).実際の景観で実感的に0m地帯を理解させることで防災意識を高めることができた.(3)シミュレーション学習:「開発による洪水流出の変化」(1年9月) 日原(1996)が開発したシミュレーション教材「開発による洪水流出の変化」は,タンク・モデルによる洪水流出解析をPC利用によって生徒が作成することを通じて,多摩ニュータウン開発による乞田川の流出の変化を実感的に理解することができる(配当2時間).上流地域が開発により排水性の高い流域へ改変されると,下流地域への洪水集中が起こりやすくなる.洪水は流域の問題であることを理解させた.(4)洪水/水害,地震/震災の差異を理解させる授業(1年9月) 義務教育段階での防災意識は「地震だ⇒火を消せ」に代表される規範的なものであるが,後期中等教育以降では災害の構造を客観的に見る目を育てたい.そのためには自然災害の連鎖構造を理解させることが重要であると考えている(日原1993,1999).自然災害の連鎖構造は「_I_誘因⇒_II_自然素因⇒_III_加害力の作用⇒_IV_社会素因⇒_V_被害の発生⇒_VI_社会素因⇒_VII_災害の波及」という図式で捉えられる(水谷 1985)._V_や_VII_に至らないように,この矢印をどこかで断ち切ることが「防災」であることを理解させるために,9月最初の授業に「防災の日」にちなんだ特設的な「地震を考える」(配当2時間)を設定した.連鎖構造を理解させるためには,地震の場合,地形の階層的理解が不可欠である.「学校周辺の地形は○○である」=暗記の地理に慣れてきた生徒は単一の答えを信じている.しかし,現実には,大地形=変動帯,中地形=関東平野,小地形=沖積面,微地形=埋め立て造成地と,地形環境はMulti-scaleに構成されている._I_誘因は大地形・中地形の問題であり,_II_自然素因には小地形・微地形が効いてくる.この実践からは,まず,科学的に安全な地盤地域への居住(転居)という「防災」が浮上する.しかし,経済的に自立しえない高校生段階では,非現実的であると共に,ややもすると厭世的になりかねない.そこで,社会素因を考えさせる.義務教育時代に断片的な知識として覚えてきた震動時の行動,身の回りの家具の固定,防災グッズの準備等は_IV_にあたる.さらに,重要なのは_VI_であり,ここでは「助け合える,協調的な地域社会の構築」がひとつの鍵になり,その実現は高校生も日常生活を通じて十分担っていける.(5)文化祭でのビデオ「江東区の0m地帯」制作・発表(3年4-10月) 1年必修「地理A」の知識を発展させて,3年選択「地理」では10月の文化祭に参加するビデオ作品「江東区の0m地帯」の制作を行わせた(日原1998).生徒が脚本を作成し,景観を撮影して編集する.脚本確定に至る討論が防災教育として大きな意義を有していた.完成作品は文化祭で上映するとともに,近隣の小学校への配布を行った.3.防災教育の課題 これまでの実践から,学校教育における防災教育の課題として以下の点を指摘する. 1 地理に関する学習指導要領において「防災教育」が正当に位置づけられることが不可欠である. 2 生活地域と学区域がほぼ一致する義務教育段階と異なり,学校周辺と自宅周辺の自然環境が異なる場合が多い高校以上においては,現象の扱いに配慮が必要である. 3 2も含めて,発達段階を考慮した小中高一貫防災教育カリキュラムの構築が重要である.
著者
木田 仁廣 川東 正幸
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
pp.100307, 2015 (Released:2015-04-13)

はじめに 都市域では、土壌は劇的に人間によって改変される。都市土壌の特徴として、圧密による硬度の増加や、水分および養分供給の低下、高いpHや有機物含量の低さなどが指摘されている。また、人間による土壌改変の一例である土壌被覆は、都市生態系内の土壌機能に太陽放射吸収量や水の浸透量低下や表面流去水の増加、ガス交換の妨害、植生被覆の欠如といった負の影響を与える。このように都市化は様々な悪影響を生態系に与えるが、人間に対して快適で便利な居住地を供給するために、都市面積は拡大し続けている。輸送手段の確保やインフラストラクチャーの整備のため、道路の建設は都市の発展には不可欠である。都市の拡大により道路面積は拡大しており、その舗装形態も様々である。土壌は地上と地下の物質循環において重要な役割を果たしており、舗装は土壌を介した物質循環と土壌機能に影響を及ぼす。そして、この影響により特有の土壌が生成されていくと考えられる。そこで、本研究はアスファルト舗装による鉱質土壌への影響とそれにより引き起こされる土壌生成作用を明らかにし、その土壌生成過程を論じることを目的とした。 調査地と研究方法 一般的なアスファルト舗装の構造は、不透水性のアスファルトと砕石の混合物であるアスファルト表層と基層、および支持力の大きい良質な材料である砕石を用いた砕石層で構成される。砕石層は石灰での安定化処理や時としてリサイクル材のセメント、コンクリートを混ぜた上層路盤と支持力の小さい安価な材料を用いる下層路盤から成る。さらに、路盤下1mが舗装時に支持力を要求される鉱質土壌部分であり、路床と呼ばれる。また、交通量の少ない車道や歩道にはアスファルト基層を設けず、路盤も1層のみの簡易舗装を施す場合もあり、舗装の厚さは交通荷重、路床強度により決定される。調査地点は道路密度データをもとに被覆率の異なる地点を選択した。東京都八王子市の散田町、石川町、南大沢、東京都町田市の図師と山崎、神奈川県相模原市緑区の合計6地点で調査を行った。アスファルト舗装の断面はアスファルト層、砕石層(路盤)、鉱質土壌上層(路床)、鉱質土壌下層(路床)に分けた。鉱質土壌はレキ含量を元に層位分けし、層位ごとに試料を採取した。対照試料として近隣の未舗装土壌の試料も採取した。 新設舗装の試料は道路建設工事(散田町)や下水道管交換(石川町)時の道路復旧用の材料から採取した。試料採取地点は南大沢を除いて土壌図で黒ボク土の分布域に位置し、南大沢は周囲に黒ボク土が分布する人工改変土に位置していた。 採取した試料のレキ含量、pH、電気伝導度、元素組成、全炭素、全窒素、全硫黄、無機態炭素含量、炭素安定同位体比及び非晶質のアルミニウム、鉄含量を測定した 結果と考察 南大沢以外の鉱質土壌下層の主な化学性は対照の未舗装土壌および関東の黒ボク土の化学性と類似性が認められた。但し、電気伝導度は舗装下の鉱質土壌下層では未舗装土壌に比べ有意に高く、舗装による影響と考えられた。鉱質土壌上層は鉱質土壌下層と比べて高い電気伝導度、pH、カルシウム含量、無機態炭素含量と低い非晶質のアルミニウムと鉄含量に特徴づけられていた。砕石層は鉱質土壌上層に比べ高い電気伝導度、pH、カルシウム含量および無機態炭素含量を示しており、非晶質のアルミニウム、鉄はほとんど含まれていなかった。アスファルト層はpH、カルシウム含量、無機態炭素含量は高く、電気伝導度は低く、砕石層と同様に非晶質のアルミニウム、鉄はほとんど含まれていなかった。炭素安定同位体比は新設舗装の砕石層が最も高く、その下の鉱質土壌層は深くなるにつれて、未舗装土壌の値に収束した。 本研究の結果から、アスファルト舗装は鉱質土壌に対し新規舗装材料としてカルシウムの供給、上層への異質物質混合、無機態炭素集積、アルカリ化、水溶性塩類供給の作用を引き起こしていると推測された。また、散田町の新規舗装断面とその他の数十年に及ぶ時間を経過した古い舗装断面との比較から、電気伝導度、Ca含量、pH、無機態炭素含量はカルシウムの水溶性成分溶脱により、低くなることが示唆された。 本研究で示唆されたアスファルト舗装による土壌生成作用はほとんどの道路において生じると考えられ、舗装形態や舗装厚、舗装経過年数、表面状態、交通量、微地形、基盤土壌などの影響により、舗装下の土壌生成過程は変化すると予測される。また、土地の再開発や道路舗装下のインフラの維持管理、道路補修などによる張替工事により、新規舗装材料が再度供給される。道路舗装下の土壌の特徴と道路の状態やその地点の属性、工事頻度などの土地利用状況の関係を整理することにより、都市化による土地被覆が引き起こす環境変遷を土壌の観点から捉えることが可能であると考えられた。
著者
朴 恵淑
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2010, pp.164, 2010

1.趣旨<BR>愛知・名古屋で10月11日から29日まで、国連生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)が開催される。COP10 では、生物多様性の保全、生物資源の持続可能な利用、遺伝資源の利用から生ずる利益の公正かつ公平な配分をはかるための、生態系・種・遺伝子の3つのレベルでの多様性保全に関する国際合意が期待されている。<BR>産業革命以降の経済優先の制作によって環境破壊が進み、生態系に深刻な悪影響が生じた。日本の1960-1970 年代の4大公害問題や、近年の地球温暖化問題、生物多様性保全、砂漠化防止に至る地球環境問題が最も懸念されている。地球規模や地域の環境問題を解決するためには、公害や環境問題の本質を究明し、負の遺産を将来への正の資産とかえるべく、人間と自然との関係を探る実践的環境教育の役割が期待されている。<BR>本公開シンポジウムは、大学・学校、行政、NPO によって行われている環境教育の内容を把握することで、成果や課題を考察し、生物多様性の保全と実践的環境地理教育の役割を探ることを目的とする。<BR>2.公開シンポジウムのコンテンツと論点<BR>本公開シンポジウムは4部構成となる。第1部では、生物多様性と環境地理教育に関する基調講演を行う。第2部では、世界各国の環境問題に伴う生物多様性への影響、環境政策について探る。第3部では、実践的環境地理教育における生物多様性保全活動について、研究機関、学校、大学、NPO による活動発表を行う。第4部では、総合討論を行い、各々の発表に対するコメント及び実践的環境地理教育における地理学の役割と課題を探る。<BR>第1部:生物多様性と環境地理教育(基調講演)(40 分)座長;井田仁康(筑波大)<BR>・ 趣旨説明. 朴 恵淑(三重大) 生物多様性と実践的環境地理教育<BR>・ 基調講演1. 市原信男(環境省中部地方環境事務所長) 愛知・名古屋生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)の意義と課題<BR>・ 基調講演2. 秋道智彌(総合地球環境学研究所副所長) 生物資源と生物多様性—有用性と有害性の関係価値を超えて<BR>第2部:各国における生物多様性(60 分)座長:梅村松秀(ERIC)<BR>・ 森永由紀(明治大) モンゴルの環境問題<BR>・ 金玹辰(三重大) 韓国における生物多様性国家戦略と生物多様性教育<BR>・ 谷口智雅(立正大・非) アジアの大都市における生物多様性<BR>・ 宮岡邦任(三重大) ブラジル・バンタナールにおける人間活動が水文環境及び生態系に与える影響<BR>第3部:実践的環境地理教育における生物多様性保全活動(65 分)座長:谷口智雅(立正大・非)<BR>・ 梅村松秀(ERIC) ESD と生物多様性との関わり〜地理教育における「生物多様性」を考えるために<BR>・ 新玉拓也(魚と子どものネットワーク) 小学生を対象とした実践的環境教育〜亀山市における実践的環境教育を事例に<BR>・ 泉 貴久(専大松戸高) 中等地理教育における生物多様性の実践〜「熱帯林開発の是非」をテーマとした高校地理A の授業実践プラン<BR>・ 中村佳貴(三重大かめっぷり) 大学環境サークルによる生物多様性の調査〜三重大ウミカメ・スナメリ調査保全サークルかめっぷり活動報告<BR>・ 伊藤朋江(三重大COP10 学生実行委員会) 三重大COP10実行委員会の活動〜生物多様性の保全と人材の育成を目指して<BR>第4部:総合討論(65 分)座長:朴 恵淑(三重大):<BR>・ コメント1. 吉野正敏(筑波大名誉教授)・ コメント2. 犬井 正(獨協大)・ コメント3. 井田仁康(筑波大)<BR>・ 総合討論<BR>3.環境地理教育研究グループの活動内容・課題<BR>
著者
木村 義成 山本 啓雅 林田 純人 溝端 康光
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2021, 2021

<p><b>研究発表の背景</b></p><p> 令和元年度版の消防白書によると,全国における医療機関への平均搬送時間は35.0分(平成20年)から 39.5.分(平成30年)と10年間で4.5分増加しており,救急搬送の長時間化が指摘されている.また,患者の受入先医療機関が速やかに決定しない救急事案(救急搬送困難事案)が全国的に報告されている.</p><p> 傷病者に対する救急搬送の時間フェーズは大きく分類すると,「傷病発生〜消防署による覚知」,「覚知〜救急車の現場到着」,「現場到着〜傷病者の医療機関への収容」の三段階となる.救急救命活動においては,傷病者に対して一定時間内に適切な初期処置を行わなければ救命率が下回ることが報告されており,救急搬送の時間フェーズの中では,特に救急覚知場所への到着,「覚知〜救急車の現場到着」までの時間短縮が重要となる.</p><p> 高齢化社会が進展する中で,今後も救急需要は高まることが予想されており,救急施策において消防組織の改善努力では限界があり,救急車の適正な利用促進や夏季における熱中症の注意喚起など,搬送対象となる地域住民への啓発活動が推進されている.</p><p></p><p><b>研究発表の目的</b></p><p> このような社会的な背景のもと,本研究発表では,現場到着からみた救急活動,不要不急な救急車の利用,熱中症と社会地区属性の3つの課題を例に,地理学がどのように救急医療の諸課題に貢献できるか紹介する.</p><p> 本研究発表では,救急隊の活動において重要視される「出場〜現場到着」時間の観点から考案した「救急隊最近接地域」という空間分析単位と都市内部の居住者特性の空間的分布パターンや居住分化に関する分析から派生したジオデモグラフィックスと呼ばれる小地域における地区類型データを用いた分析を上記の3つの課題に適用する方法について解説する.</p><p></p><p><b>救急隊最近接地域を用いた分析例</b></p><p> 救急活動においては,救急隊配置場所から救急覚知場所(「出場~現場」)の現場到着時間の短縮が重要となる.したがって,発表者らは,各救急隊がそれぞれ最短時間で現場到着できる地域を「救急隊最近接地域」と定義し,カーナビゲーション・システムで利用される道路ネットワーク・データとGIS(地理情報システム)を用いることで,この独自に定義した地域を作成した(木村, 2020).</p><p> 本研究発表では,大阪市を事例にした「救急隊最近接地域」の作成(図1)と,この独自に作成した空間分析単位を用いて,現場到着からみた救急活動,不要不急な救急車の利用に関して,それぞれの地域差について分析した例を示す.</p><p></p><p><b>ジオデモグラフィックスを用いた分析例</b></p><p> 本研究発表では,Experian Japan社のMosaic Japanというジオデモグラフィックス・データと大阪市消防局の救急搬送記録から判明した熱中症発生データから,熱中症が多発する地区類型を見出す分析例を紹介する.</p><p> この分析例から,どのような地区特性の,どのような人を対象に,熱中症の注意喚起を促す広報活動を行うか,救急施策に対する地区類型データの利活用の可能性について本研究発表で触れる。</p><p></p><p><b>参考文献</b></p><p>木村義成 2020. 大阪市における消化出血患者の搬送特性からみた地域グループ.史林 103(1):215-241.</p>
著者
目黒 潮
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
pp.61, 2005 (Released:2005-11-30)

1.はじめに茨城県東茨城郡大洗町(以下,大洗町)は水産加工業が多く立地する地域であるが,近年の小売価格の変遷に伴う賃金の低下によって労働力不足がすすんでいる.このため労働者の確保が困難になった各水産加工会社は,雇用対策として外国人労働者を雇うようになった.その結果,経営難のため倒産する企業が増える一方,大洗町の水産加工業の従業員数は増加傾向にある.2.大洗町の外国人労働者とその国籍および就業職種大洗町の外国人登録者数は1980年以降,急激な増加を示している.2004年1月現在の外国人登録者数は,大洗町の日本人数19,623人に対し,904人であり,国籍別に外国人登録者数を見ると,インドネシア人(444人),中国人(133人),フィリピン人(132人),タイ人(57人),ブラジル人(33人)の順に多い.特にインドネシア人は,北スラウェシ州の出身者であるミナハサ族がほとんどを占めるという点で特徴的である.彼らの流入期は,大きく三つに分けることができる. 第1期: 不法就労者の流入(1980年 ? )1980年代後期,大洗町の水産加工業に就労していた在留外国人はイラン人が中心であったが,1990年代半ばになると,タイ人,フィリピン人の不法滞在者が増加した.しかし1996年になると,各水産加工会社が不法就労助長罪で送検されるようになり,それ以降,不法就労者は減少した. また,1980年代頃から,ある日本人船員と結婚していた北スラウェシ州ビトゥンの女性が,インドネシア人の家族を大洗町の各水産加工会社に紹介していたため,インドネシア人の不法就労者の流入も始まっていた.インドネシア人はその後徐々に増加し,同郷会や教会などのコミュニティを形成するようになった.これらの名簿から延べ人数を推計すると,最多時の2001年当事にはインドネシア人だけで1000人以上が大洗町に居住していたと推定される. 第2期: 日系人の流入(1991年 ? ) 1991年以降,一部の水産加工会社は改正施行された入管法の影響を受け,当事急増していた南米日系人の雇用も行っていた.しかし,南米日系人は業務請負会社を経由して就労するため、高額のマージンが取られるという結果をもたらした.その後,ある水産加工会社の関係者が,インドネシアの北スラウェシ州に日系人が多く居住するという情報を得て,各企業の要請に応じて彼ら紹介することで,雇用の合法化を試みた.1998年から2005年までに,北スラウェシ出身の日系人約180人が,大洗町の企業約20社に就労している.彼らの多くは,周辺の他産業に従事するようになった不法滞在者とも交流を持っている場合が多い. 第3期: 中国人研修生の流入(2003 年? ) 1991年に改正施行された外国人労働者の研修・技能実習制度は,海外への技術移転と同時に,二本の中小企業の雇用対策という,二つの側面を持つ.大洗町では同制度の拡大に応じて,2003年から本格的に中国人研修生を導入するようになった.研修生は二つの団体を経由して受け入れられ,18社に入っている.今後,大洗町では他地域の製造業と同様,徐々に研修生・技能実習生を増加させていく可能性が示唆される.ただしインドネシア人については,不法就労者雇用の経歴を持つ大洗町の水産加工会社に対して研修期間の許可が下りず,難航している.3.大洗町におけるインドネシア人の就業とコミュニティ 不法就労者,日系人,研修生・技能実習生という3つのタイプの外国人労働者の中で最大数を示すインドネシア人は,以下のようなエスニック・コミュニティを形成した. 教会:宗教行事や生活支援,指導などを行う. ● インドネシア福音超教派教会(G_(企)_J) ● 日本福音キリスト教会(GMIM) ● インドネシア・フルゴスペル教団(GISI) ● カソリック 同郷会:仲間同士の相談を行い,葬祭時の費用を出す. ● Langoan ● Kawangkoan ● Kiawa ● Karegesan ● Tomohon ● Sonder ● Sumonder ● Tondono ● Tumpa Lembean 大洗町の行政当局は不法就労者の増加を恐れ,外国人に対する支援策が十分ではない。そのためこれらのコミュニティが彼らの生活に関して指導的な役割を担っているだけでなく,大洗町の水産加工会社と提携してインドネシア人労働者の指導に関わるようになってきている. 本研究でとりあげた事例に見られるシステムは,移民政策や移民産業によって移住労働者の職種や居住を自由自在にコントロールするというトップダウン式のものではない.むしろ,移住労働者のコミュニティと地域産業が自発的に提携し展開していく,ボトムアップ型の事例である.特に,そのコミュニティに対して,民族意識や宗教組織が重要な役割を果たしているという点で特徴的である.このような就労基盤は,今後の移住労働者研究における重要な素材であるといえよう。
著者
喜馬 佳也乃 坂本 優紀 川添 航 佐藤 壮太 松井 圭介
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2018, 2018

<b>1.はじめに<br> </b>「聖地巡礼」とはアニメや漫画の舞台となった場所をファンが訪問するコンテンツ・ツールズムの一形態である.大石(2011)によると,こうした「聖地巡礼」行動の歴史は2002年に制作された『おねがい☆ティーチャー』に端を発し,この背景には情報を共有するためのインターネット,そして現地の写真とアニメの描写を比較するためデジタルカメラとHDDレコーダーといったデジタル画像処理技術の普及が必要であったとされる.2010年代以降,アニメや漫画といったサブカルチャーコンテンツの一般化が進展する中,SNSとスマートフォンの普及により,ますます情報の共有,発信が盛んとなってきている.これに伴い「聖地巡礼」行動も隆盛を極め,地域活性化の一資源として注目されるに至っている.本研究では,こうした「聖地巡礼」行動の一大訪問先となった茨城県大洗町において,そこを訪れる巡礼をファンの属性や訪問回数,訪問先などを分析し,「聖地巡礼」を行うファンの変化を明らかにする.<br><br><b>2.大洗町とアニメ</b>「ガールズ&パンツァー」<b> </b><br> アニメ「ガールズ&パンツァー」は,架空のスポーツである戦車道に取り組む少女たちを描いた作品である.登場人物のほとんどを美少女キャラクターが占めるいわゆる「萌え」作品であると同時に,戦車といったミリタリー要素,そして「スポ根」と表現されうるストーリー展開を併せた点が特徴とされる.2012年10月から深夜帯で放送され,2015年には劇場版が上映された.2017年12月以降も劇場作品が制作され続けており,続編の多さからも人気作品であることが伺える.<br> 大洗はこの作品の主人公の所属する高校が立地し,作中にもアニメ本編,劇場版ともに戦車による試合の会場として登場する.大洗町のマリンタワーやアウトレットといったランドスケープが登場する以外にも,市街地の商店街内を戦車が駆け巡るなど,広範囲にわたって描写される.作中の背景描写は実際の大洗町を詳細に描いたものであり,ファンを引き付ける要素となっている.<br><br><b>3.大洗町を訪れるファンの分析</b><br> 大洗町を訪れるファンのほとんどは男性であり,年齢は10代から50代まで幅広い.劇場版の放映後に大洗を訪問したというファンが半数以上を占めている.訪問地は訪問回数と一部相関関係が見られ,商店街はほぼ全員が訪れる一方,アウトレットやマリンタワーには来訪頻度が少ないファンが訪れる傾向にある.商店街はアニメに直接描写された場所であるが,来訪頻度が高いファンには行きつけの店や馴染みの店としての意味も付与され,アニメの舞台として特別な場所という意味付けから,日常の一部にシフトしていったものと捉えられる.ファンの男性たちを顧客として受け入れる商店街の態度は,村田(2000)の疎外する場所とは逆の状況が生まれているとも指摘でき,こうした受容の結果,「聖地巡礼」を契機とした移住者の存在も確認される.
著者
小池 拓矢 鈴木 祥平 高橋 環太郎 倉田 陽平
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2016, 2016

<b>1.</b><b> </b><b>はじめに<br></b> スマートフォンの普及にともない、携帯端末で利用する、実空間と連動したさまざまなサービスが登場している。観光分野においては、位置情報を活用したサービスが観光客の行動に影響を与えるだけでなく、観光振興のツールとしても活用されている。そのなかでも本研究では、世界規模で行われている位置情報を利用したゲーム(以下、位置ゲーム)に着目した。 世界規模で行われている位置ゲームの例として、現実空間で宝探しを行う「ジオキャッシング」がある。ある参加者が設置した宝箱を他の参加者がスマートフォンやGPS受信機を片手に探し回るものであり、2016年7月現在、世界には約290万個の宝箱が存在している。また、Niantic Labsが開発・運営する「Ingress」は全世界規模で行われる陣取りゲームであり、この位置ゲームを介して企業のプロモーションや自治体の観光振興が行われている例もある。そして2016年7月、位置ゲームにAR(Augmented Reality: 拡張現実)と人気キャラクター「ポケモン」の要素を加えたアプリゲームである「Pokemon GO」が全世界で順次配信された。このゲームの最大の特徴はスマートフォンのカメラ越しの風景に、ポケモンがあたかも現実空間に存在するかのように出現することである。配信直後からPokemon GOで遊んでいる写真などがSNSに数多くアップされ、メディアでは社会現象として連日このゲームの話題が取り扱われた。 倉田(2012)はジオキャッシングやスタンプラリーのようなフィールドゲームを観光地が実施する意義について、以下の5点を挙げている。 地域の有する観光資源を認知してもらう機会が増える観光資源に付加価値を与えることができる観光客の再訪が期待できる滞在時間の増加が期待できる旅行者が地元の人と言葉を交わすきっかけを生み出せるかもしれない つまり、本来は目を向けられることもないスポットに人々を誘引する可能性を位置ゲームは含んでいる。本研究の目的は、Twitterの位置情報付きツイートをもとに、Pokemon GOの観光利用の可能性について基礎的な知見を得ることである。 <br><br><b>2.</b><b> </b><b>研究方法</b> <br> Pok&eacute;mon GOの配信がアメリカなどで始まった2016年7月6日以降、Twitterの投稿内容に「Pokemon GO」の文字列が含まれる位置情報付きツイートを、TwitterAPIを用いて収集した。そして、ツイートが行われた位置やその内容について整理し、分析を行った。日本では7月22日に配信が始まっており、「ポケモンGO」の文字列を含むツイートについても分析の対象とした。 <b>&nbsp;<br><br></b><b>3.</b><b> </b><b>研究結果<br></b><b></b> 日本でPokemon GOの配信が開始された7月22日(金)から24日(日)までに日本国内で投稿された位置情報付きツイートのうち、上記の条件を満たすものの分布に関する図を作成した。これによると、Pokemon GOに関するツイートの投稿地点は全国に広がって分布していることがわかった。
著者
石黒 聡士 山田 勝雅 山北 剛久 山野 博哉 松永 恒雄
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
pp.253, 2013 (Released:2013-09-04)

1.はじめに浅海域の生態系や水環境の動態を推し量るうえで、生物群の生息場の役割を果たす海草・海藻類をはじめとする海中基質の分布を正確に把握することが重要である。海藻・海草類をはじめとする海中基質の分布調査は潜行による直接調査のほかに、航空写真や衛星画像等の画像を用いた教師付分類手法など、リモートセンシングによる分布の傾向の把握手法が提案されている。しかし,水域の画像解析による基質の把握は,陸域のそれとは異なり、色調の変化が水深に大きく拘束されるため,色調変化の補正が必須となる。特に、船舶が侵入できない浅海域においては正確な水深を面的に効率よく計測することが困難であるため、水深による色調の補正が難しく、従来は水深による色調の変化が誤分類の大きな要因となっていた。国立環境研究所は平成24年11月から12月にかけて東北沿岸の一部において航空機搭載型ライダ(LiDAR)による測深を実施した。本研究では、航空機搭載型測深LiDARにより得られた細密な海底地形を用いて航空写真の色調を補正し、浅海底の被覆分類を試みたので報告する。本研究は平成24年度補正予算、独立行政法人産業技術総合研究所「巨大地震・津波災害に伴う複合地質リスク評価」事業の一部として実施されている。2.航空機搭載型測深LiDAR航空機搭載型測深LiDARは緑色の波長(532nm)のレーザを海面に照射して海底面からの反射をとらえることにより海底地形を計測する技術である。航空機はGPS/IMUを搭載しており、レーザ照射時刻と反射波の時間差から、反射地点の3次元座標が決定される。このときの座標系はWGS84に準拠しており、鉛直方向は楕円体高である。したがって、データ取得後にジオイド高補正し標高を算出する。これにより従来は効率的な海底地形計測が困難であった水深0m~十数mの浅海域において、面的に効率よく計測することが可能である。このシステムを固定翼機(セスナ208)に搭載し、レーザ照射による人体への影響を考慮した安全高度を維持して観測飛行を行う。このシステムは各点における反射波形を記録している。さらに、観測飛行中に毎秒1枚の8ビットRGB画像を撮影するカメラ(RedLake)を搭載している。このカメラの解像度は1600×1200画素で地上分解能は約0.4m/画素(飛行高度3000 ft時)である。なお、観測飛行は中日本航空株式会社によって実施された。3.対象地域と計測および分類手法本研究の対象地域は岩手県山田湾の小島周辺である。この地域は平成23年東日本大震災の前から現地調査が続けられている。震災により東北の多くの湾内で藻場が消失するなどの環境変化が起こった中にあって、震災後も藻場が消失することなく分布していることが確認されており、浅海域の生態系や水環境の動態を理解する上で貴重なサイトである。当該地域の観測は平成24年11月30日に実施された。観測結果(水深データによる陰影図およびRedLake画像)を図1に示す。本研究ではまず、1)RedLake画像を用いた教師付分類法による底質分類、2)細密水深データによる色調補正を施した画像を用いた教師付分類法による底質分類を実施する。2)の色調補正はdark pixel法による大気補正をした上で、Yamano and Tamura (2004)による手法を用いて水深による色調補正を行う。なお、本研究で使用した画像と水深のデータから簡易的に推定したR,G,Bの減衰パターンを図2に、また、これによって色調補正した結果を図3に示す。これらによって得られた画像を用いた分類結果を、現地調査によるグラウンドトゥルースと比較することにより評価する。現地調査は2012年10月に実施した。4.結果と今後の計画本研究では細密な浅海海底地形データを用いて航空写真の色調を補正して分類を行った。その結果、補正前の画像に比べて誤分類の確率が減少することを確認した。今後、色調補正の手法を精緻化することにより、さらに正確な分類が可能になること考えられる。また、航空写真の画像判読と現地調査結果および細密海底地形データの範読から、局所的に凹凸が激しい領域が藻場である可能性が高いことが分かった。今後、地形の凹凸度合いを指標化し、新たな画層としてRGBに追加して教師付分類や、各点で記録された反射波形を指標として考慮した分類手法を試みる予定である。参考文献Yamano, H. and Tamura, M. 2004. Detection limits of coral reef bleaching by satellite remote sensing: Simulation and data analysis. Remote Sensing of Environment 90: 86–103.
著者
若林 芳樹 久木元 美琴 由井 義通
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2018, 2018

2012年8月に成立した子ども・子育て関連3法に基づいて,子ども・子育て支援新制度(以下,「新制度」と略す)が2015年4月から本格施行された.これにより,市区町村が保育サービスを利用者へ現物給付するという従来の枠組みから,介護保険をモデルにした利用者と事業者の直接契約を基本とし,市区町村は保育の必要度に基づいて保育所利用の認定や保護者向けの給付金を支払う仕組みへと転換した.また,待機児童の受け皿を増やすために,保育所と幼稚園の機能を兼ねた認定こども園の増加や,小規模保育所や事業所内保育所などの「地域型保育」への公的助成の拡大が促進され,保育サービスのメニューも広がった(前田, 2017).しかしながら,こうした制度変更の影響について地理学的に検討を加えた例はまだみられない.そこで本研究は,新制度導入から3年目を迎えた現時点での保育サービス供給の変化と影響について,若林ほか(2012)がとりあげた沖縄県那覇市を中心に検討した.<br><br> 新制度では,認可保育所などの大規模施設で実施される「施設型保育」に加えて,より小規模な「地域型保育」も公的補助の対象になった.このうち「施設型保育」については,認可保育所以外に認定こども園の拡充が図られている.2006年から幼児教育と保育を一体的に提供する施設として制度化された認定こども園は,制度や開設手続きの複雑さなどが原因となって普及があまり進んでいなかったが,新制度では幼保連携型認定こども園への移行を進める制度改正が行われた.その結果,2019年4月における保育の受け入れ枠の14%を認定こども園が占めるようになった.<br><br> 一方,「地域型保育」には,小規模保育(定員6~19人)・家庭的保育(定員5人以下)・事業所内保育・居宅訪問型保育があり,主に0~2歳の低年齢児を対象としている.これらは,住宅やビルの一部を使って実施されるため,従来の認可保育所に比べて設備投資が小さくて済み,小規模でも公的補助が受けられる.そのため,用地の確保が困難なため認可保育所で低年齢児の定員枠の拡充が難しい大都市では,待機児童の受け皿となることが期待されている.この他にも保育士の配置などで認可基準が緩和され,公的補助のハードルが全体的に低くなっている.その中でも小規模保育は,新制度への移行後の保育枠の増加に大きく寄与している.<br><br> 新制度に対応した那覇市の事業計画では,需要予測に基づいて2017年度末までに約2500人の保育枠を増やすことになっている.そのために,認可外保育所に施設整備や運営費を支援して認可保育所に移行させ,認定こども園や小規模保育施設を新設するとともに,並行して公立保育所の民営化を進めることになっている.工事の遅れや保育士不足などによって,必ずしも計画通りには進んでいないものの,地方都市では例外的に多かった同市の待機児童数は,2018年4月から1年間の減少幅では全国の自治体で最も大きかった.これは,保育所定員を2443人増やした効果とみられるが,依然として200人(2017年4月)の待機児童を抱えている.<br><br> 新制度実施前の那覇市では,認可外保育所が待機児童の大きな受け皿となっていた(若林ほか, 2012).保育の受け入れ枠を拡大するには,それらの施設の活用が考えられるため,認可外保育所の代表者6名にグループインタビューを行ったところ,認可外保育所の対応は3つに分かれることがわかった.比較的大きな施設は,施設を拡充したり保育士を増やすなどして認可保育所への移行を図っているが,規模拡大が困難な施設は小規模保育として認可を受けるところもある.しかし,認可施設に移行すると既存の利用者の多様なニーズに柔軟に応えられなくなる恐れがあり,保育士の増員も困難なため,認可外にとどまる施設も少なくない.<br><br> また,事業所内保育施設については,市が施設整備費補助制度を設けていることもあって増えている.そこで新規に認可を受けた事業所内保育所2施設に対して聞き取りを行った.A保育所は,都心からやや離れた場所にある地元資本のスーパー内の倉庫を改装して使用し,運営は県外の民間業者に委託している.利用者は事業所従業員と一般利用が半数ずつを占める.B保育所は,風営法により認可保育所が立地できない場所にある都心部のオフィスビルに1フロアを改装して新設されている.定員のうち従業者の利用は少なく,大部分は地域枠として募集しているが,入所待ちの児童もあるという.これらの小規模保育施設に共通することとして,2歳児までしか受け入れ枠がないため,3歳児から移行できる連携施設を近隣に確保するのが課題となっている.