著者
今井 清
出版者
The Ornithological Society of Japan
雑誌
日本鳥学会誌 (ISSN:0913400X)
巻号頁・発行日
vol.52, no.1, pp.1-12, 2003 (Released:2007-09-28)
参考文献数
52
被引用文献数
1 1

ニワトリ Gallus gallus domesticus は産業上最も重要な家禽であり,その原種はセキショクヤケイ G. gallus とみられている.家禽とは卵または肉の供給源として人類が作りあげてきた鳥類であり,ニワトリをはじめウズラ,シチメンチョウ,アヒルなどが含まれる.ニワトリ,したがって鳥類における卵生産の過程は,卵巣における卵胞成長,最大卵胞の排卵,卵管内での卵形成および放卵から成り立つ.本論文は,まずニワトリの放卵にみられる規•bull;性について記述するとともに,卵生産に関する生理学,特に内分泌制御機構について概説した.卵胞の急速成長に要する期間は多くの卵胞で7日から10日の範囲内にあり,8日型のものが最も多い.卵胞に蓄積される卵黄物質は卵胞エストラジオールの刺激により肝臓で作られ,血流によって成長卵胞に運ばれる.最大卵胞(ヒエラルキー第1位卵胞)の排卵のために重要なホルモンは,下垂体から放出されるLHと卵胞で分泌されるプロジェステロンである.卵形成は,卵管内で卵白,卵殻膜,卵殻が卵黄の周りに順次形成される過程であり,これに果たす卵管各部位の役割やその時間的経過についてはよく知られている.放卵に関与するホルモンとして下垂体神経葉から放出されるバゾトシンと排卵後卵胞および最大卵胞で産生されるプロスタグランジンがあり,さらに卵胞ステロイド,特にプロジェステロンの卵管への感作も重要であると考えられる.以上を要約すれば,視床下部-下垂体-生殖腺ならびに生殖腺-肝臓を結ぶホルモン機能環が,ニワトリ(鳥類)における卵生産機能発現の根幹をなす制御機構であると結論される.
著者
三上 修
出版者
日本鳥学会
雑誌
日本鳥学会誌 (ISSN:0913400X)
巻号頁・発行日
vol.58, no.2, pp.161-170, 2009
被引用文献数
8

スズメ<i>Passer montanus</i>の数が減っているのではないか,という声を,近年,各所で耳にする.そこで本研究では,スズメの個体数に関する記述および数値データを集め,スズメの個体数が本当に減少しているかどうか,減っているとしたらどれくらい減っているのかを議論した.その結果,現在のスズメの個体数は1990年ごろの個体数の20%から50%程度に減少したと推定された.1960年代と比べると減少の度合いはさらに大きく,現在の個体数は当時の1/10程度になった可能性がある.今後,個体数をモニタリングするとともに,個体数を適切に管理するような方策をとる必要があるだろう.
著者
倉沢 康大 本田 聡 綿貫 豊
出版者
日本鳥学会
雑誌
日本鳥学会誌 (ISSN:0913400X)
巻号頁・発行日
vol.60, no.2, pp.216-227, 2011 (Released:2011-10-26)
参考文献数
44
被引用文献数
4 6

A survey of the at-sea distributions of 1) planktivorous Short-tailed Shearwater Puffinus tenuirostris, migrating to their northern summering area and 2) piscivorous Rhinoceros Auklet Cerorhinca monocerata, breeding in the northern Sea of Japan off Hokkaido, was carried out by ship, from 16 to 28 May 2008. Avian censuses were combined with: acoustic surveys aimed at measuring prey density, and sea surface temperature (SST) surveys. Surface Chlorophyll a distribution was obtained using satellite imagery. The density of shearwaters was correlated positively with 200 kHz SA (the index of density of zooplankton including krill) at the 10 km scale, and 200 kHz SA was correlated negatively both with SST and Chlorophyll a. However, shearwater densities were not correlated significantly with SST and Chlorophyll a. The result suggest that migrating shearwaters may be able to find patches of krill in cold water. In contrast, the density of Rhinoceros Auklets was not correlated with 38 kHz SA (the index of pelagic fish density) or 200 kHz SA at any scale.
著者
森岡 弘之 ヤン チャンマン
出版者
日本鳥学会
雑誌
日本鳥学会誌 (ISSN:0913400X)
巻号頁・発行日
vol.38, no.3, pp.149-150, 1990
被引用文献数
1

シロトキコウ<i>Ibis cinereus</i>はジャワ&bull;スマトラ&bull;東マレーシア&bull;カンボジア&bull;ヴェトナム南部に分布するが,タイ国からは記録がなかった.国立シンガポール大学動物学部所蔵の鳥類標本中にタイ国産雄成鳥の標本(1930年8月19目タイ南部のSetulで採集)が1点あるので,この種をタイ国鳥類目録に追加する.マレー半島では,タイ&bull;マレーシアの国境をほぼ境に,北部にインドトキコウ<i>Ibis leucocephalus</i>が,南部にシロトキコウが分布するが,両種とも個体数が近年著しく減少している.今回報告した標本は,マレー半島におけるシロトキコウの北限にあたると考えられるので,貴重なものであろう.
著者
竹中 万紀子
出版者
日本鳥学会
雑誌
日本鳥学会誌 (ISSN:0913400X)
巻号頁・発行日
vol.40, no.2, pp.77-79, 1992

著者は札幌の繁華街(狸小路)のビル屋上広告塔をねぐらとする約2,000羽のムクドリのフンを1991年11月から5-7日毎に採集している.1991年12月に1群のハギマシコをこの広告塔で初めて目撃した.その後1992年1月から3月まで,ハギマシコはムクドリのフンを探索採食していた.直接観察に加え,VTRで日中と早朝に採食行動を撮影した.画面上に現れたハギマシコの最大羽数は17であった.早朝の撮影では,あたりが薄暗くムクドリがまだねぐらにいる頃からハギマシコはフンを採食し始めた.夕方のムクドリのねぐら入りの際にもハギマシコはムクドリの群に驚いて飛び立ち,ムクドリが落ち着くと再び広告塔にとまり直した.これらの観察からこの時期,このハギマシコ群はムクドリのねぐらである広告塔周辺で一日の大半を過ごし,フンを採食している可能性が高い.この時期のムクドリのフンには主にナナカマド,コリンゴ類,ツタ,イチイの果実片が含まれていた.この群は3月17日まで広告塔でフンを採食するのが観察された.スズメ目の1鳥種が同目種のフンをかなりの割合で食するという報告は,本報告がおそらく最初であろう.
著者
Andrzej DYRCZ
出版者
The Ornithological Society of Japan
雑誌
日本鳥学会誌 (ISSN:0913400X)
巻号頁・発行日
vol.44, no.3, pp.123-142,211, 1995-08-25 (Released:2007-09-28)
参考文献数
67
被引用文献数
2 4

本論文では文献および未発表データに基づいて、オオヨシキリの個体群を比較することを目的とし、とくに基亜種 A.a.arundinaceus と東アジア産亜種 A.a.orientalis との違いに注意を払う。異なる地域(Figs.1 & 2)の19個体群(基亜種13、東アジア産亜種6)での研究を比較の対象とする。大部分(17)の個体群において、本種はさまざまな種類のヨシ原に生息し、ほとんどの場合、ヨシの茎に営巣する。2個体群は例外的で、チェコのNamestske養魚池では抽水植物帯に優占するガマに営巣し、極東アジアのChanka湖では湖岸沿いに広大なヨシ原があるにもかかわらず、大部分の巣は林縁のやぶや低木に造られた(Table 1)。Chanka 湖では比較的多くの巣が乾燥した土地に造られたが、このようなことはヨーロッパではきわめてまれであり、日本でもまれである。一般的に亜種 orientalis の個体群では基亜種に比べて繁殖密度がはるかに高い(Table 2)。理由の一部は亜種 orientalis の生息場所の方が人間による改変をより強く受けているためと考えられる。日本のヨシ原ではオオヨシキリが繁殖鳥の優占種だが、ヨーロッパではふつう、ヨーロッパヨシキリ、オオジュリン、オオバンなどの方が数が多い。ヨーロッパではオオヨシキリと競合する可能性があるヨーロッパヨシキリが日本に生息しないことは、日本でオオヨシキリが非常に高密度な理由の1つかもしれない。平均一腹産卵数は南から北に向けて少し多くなる傾向がある(Table 3)が、東西の亜種間に基本的な違いは見いだせなかった。営巣失敗の個体群間での違いに、地理的な傾向は見られなかった(Table 4)。失敗の主な理由は捕食によるものだった。ヨーロッパに比べて、日本ではヘビ類がより重要な捕食者と考えられる。人手の加わった生息場所に棲むネズミ、オナガ、ハシボソガラスのような動物についても同様と考えられる。スウェーデンの Kvismaren 湖では卵や小さな雛への加害者として、同種の個体が重要と考えられている(BENSCH & HASSELQUIST 1993)。これはとくに、一夫多妻第一雌の卵を破壊することで、自身の社会的地位と適応度を上げることのできる第二雌にあてはまるだろう。雛全員の餓死はヨーロッパ個体群に限られるようで、日本では巣内の1雛しか餓死しない(EZAKI 1990)。理由の1つは一夫多妻の同じなわばり内の雌の間での巣内雛期の重なり具合にあるのかもしれない。同じなわばり内の雌の初卵産卵日のずれは、ヨーロッパ(ポーランド、スウェーデン)ではたいてい5日以内だが、日本では14日程度ある。このため、第二雌の雛に対する雄親の給餌が、日本ではヨーロッパよりもふつうにみられる。日本で雛の餓死がまれな別な理由は温和な気候にあるかもしれない(URANQ 1990a)。カッコウによる托卵は亜種 orientalis でより一般的なようだ(Table 5)。卵の孵化率には2亜種間で大きな違いはない(Table 6)。巣当たりの平均巣立ち雛数には場所や年度によって1.84羽から3.57羽までの変異がみられ、最大値と最小値はスイスの同じ個体群で2年間に得られたものである。雛が与えられる餌内容の個体群間での類似性は、地理的分布によるものではなく、生息場所のタイプによる(Tables 7 & 8)。一夫多妻の頻度がもっとも高かったのは、本種の地理的分布範囲の北端と南にある2つの富栄養湖においてだった(Table 9)。他の9個体群では一夫多妻雄の割合は14.3%から27.8%だった。本州~中国東北部の方がヨーロッパ中央部よりも南に位置し、気候もいくらか温和にもかかわらず、平均初卵日は遅かった(Table 10)。2亜種間の顕著な違いは換羽と渡りにみられる。基亜種の大多数の個体は晩秋にアフリカ北部で完全換羽を行ってから赤道以南の越冬地へと移動する。亜種 orientalis の大多数は繁殖期直後に繁殖地かその近くで完全換羽し、成鳥•幼鳥とも秋の渡り前に換羽を完了する。基亜種に比べて亜種 orientalis は渡りの期間が短く、越冬地で過ごす期間が長い(NISBET & MEDWAY 1972,EZAKI 1984,1988)。オオヨシキリの繁殖生態の諸側面に関する個体群間の違いは亜種の区分と一致するものと結論できるだろう。すなわち、亜種 orientalis の個体群の方が、生息場所に対する耐性が強く(やぶや低木、また水のない場所での繁殖)、繁殖密度が高く、巣内雛の餓死が少なく、カッコウの托卵を多く受ける。ただし、これらの特徴のいくつかは、研究された orientalis 個体群のいくつかが人為的に著しく改変された場所に棲んでいるという理由によるのかもしれない。一方、一腹卵数、巣の全滅、孵化率、巣立ち雛数、巣内雛の餌内容は、亜種の区分とは関係のない個体群間の変異を示した。
著者
鳥羽 悦男
出版者
日本鳥学会
雑誌
日本鳥学会誌 (ISSN:0913400X)
巻号頁・発行日
vol.38, no.2, pp.67-77, 1989

1988年4月から7月まで長野県長野盆地の犀川の中洲でコアジサシのEPC(つがい外交尾)の行動を調査し,EPCを試みる雌雄の行動とつがいの繁殖活動について述べた.<br>1)1987年に114羽,1988年に62羽を捕獲し,個体識別した.EPCの試みに関して492時間,つがいの繁殖活動についてのべ630時間観察した.<br>2) 31巣について繁殖活動を観察した結果,すべて一夫一妻のつがいであった.<br>3) つがい以外の雄から雌へめ114例の接近中,'EPCの完了'4例(3.5%),'マウントのみ'11例(9.6%),'EPCの失敗'15例(13.2%)で,接近のみに終わったものが67例(58.8%)であった.<br>4) PC(つがいの交尾)では雄はほとんど餌の小魚をくわえずに雌に近づく.しかし,EPCは雄が小魚をくわえ,出巣中の雌に接近することから始まる.これに対して,雌は交尾要求行動をとる.マウント中に雄の餌を奪い取るために雌は動き,交尾まで到らないことが多い.<br>5) 雌は餌をくわえた雄の接近に対して交尾姿勢やうずくまり姿勢をとり,雄のマウントの寸前に飛びつき餌を奪い取ることがあった.114例の接近中17例(14.9%)あり,4羽の雌が1例ずつ餌を奪い取った.<br>6) 雌は,交尾よりもむしろ餌がほしいために,雄のEPCの試みに応じるふりをして餌奪い行動をとるものといえる.餌奪い行動は抱卵期育雛期に多い.この時期は雌の出巣時間が増え,つがい外雄と接触するチャンスが増える.また,雄のつがい雌への給餌量が減少する.これらが餌奪い行動と関係していると考えられる.<br>7) 産卵期中はつがい雄の雌への給餌が多い.雄はこの時期に抱卵中のつがい雌の防衛をしないが,この給餌がその働きをしていると考えられる.<br>8) 雄は雌の産卵時期が判断できないらしく,またEPCを試みても交尾に到ったものが少ない.このため雄のつがい以外雌への受精の可能性が低い.
著者
モートン ユージン.S
出版者
The Ornithological Society of Japan
雑誌
日本鳥学会誌 (ISSN:0913400X)
巻号頁・発行日
vol.49, no.2, pp.69-78,99, 2000-09-10 (Released:2007-09-28)
参考文献数
22
被引用文献数
16 27

コミュニケーションは資源を巡る競争において闘争の代わりをつとめる.コミュニケーションは直接鉢合わせになってしまう危険が無いように他の動物の行動を制御する.メスはつがいの相手になるオスの資質を見定めるためにコミュニケーションを用いる.このように,性選択はコミュニケーションに大きく影響を受けている.音声コミュニケーションの起源は,最初の陸上動物である両生類に今でも見られる.カエルは鳥類や哺乳類と違って,性成熟に達した後も体の成長が続く.大きな個体は小さな個体よりも低い鳴き声を発することができ,闘争すれば強い.両生類では低い鳴き声は他のオスに対しては威嚇的であり,メスにとっては魅力的である.重要なことは,発声のための身体的な構造と音声の持つ機能とが直接的に関連していることである.音声の機能と発声の機構との関連は,人間の言葉のように任意なものではない.鳥類での体の大きさと鳴き声の音程との関係は,どのようにして証明されるのだろうか.体の大きさと音程との関係はより象徴的であり,さえずりを行う鳥の動機を最も良く説明している.鳥は攻撃的なときには低く耳障りな発声を,争いを鎮めようとしたり,おそれているときには高く調子を持った発声を行う.この体の大きさと鳴き声の音程との関係は動機-構造規則モデルと言われる.このモデルは大きさの象徴的意味と動機とを関係づけるとともに,体の大きさと闘争能力という基本的な関係から導き出される.この動機-構造規則モデルは,発生機構の身体的形態と機能との関係を実験するための仮説を立てるのに便利である.ほとんどの鳥の歌のように,長距離のコミュニケーションに用いられる発声は別の問題である,この場合は通常,近くの相手に対する発声ほどには動機は重要ではない.私は,鳥たちが互いの距離をどのように測っているかを説明するために「伝達距離理論」を創り出した.音と音との間の非常に短い時間の間隔を分析する鳥の能力は,音の減衰を知覚するのに役立っている.この減衰とは,歌い手から歌が伝播して来ることによって起こる反響などの変化ではなく,音が球状に広がることによって起こる周波数や振幅の成分変化のことである.彼らは聞こえてきた歌と自分の記憶にある歌とを比較することによって,その音がどの位遠くから伝わってきたかを判断することができる.伝達距離理論は方言や歌のレパートリー,歌の複雑さと同様に,いくつかのグループで歌の学習がなぜ進化したのかを説明する助けになる.
著者
齋藤 武馬 西海 功 茂田 良光 上田 恵介
出版者
日本鳥学会
雑誌
日本鳥学会誌 (ISSN:0913400X)
巻号頁・発行日
vol.61, no.1, pp.46-59, 2012 (Released:2012-04-27)
参考文献数
61
被引用文献数
3

メボソムシクイPhylloscopus borealis (Blasius) は,旧北区北部と新北区最北西部のスカンジナビアからアラスカまで,南端は日本まで繁殖する渡り鳥である.僅かな形態形質の違いから,これまで7の亜種が記載されてきたが,その分類には統一した見解がなく,分類学的混乱がみられる.この問題を解決するため,著者らはこれまでに繁殖分布域の全域において,分子系統学,形態学,音声学的手法を用いた解析を行い,メボソムシクイの地域個体群間の差異を明らかにしてきた.さらに,著者らは利用可能な学名の正しい適用を決めるため,渡り中継地及び越冬地から採集されたタイプ標本のミトコンドリアDNAを解読した.その結果,ミトコンドリアDNAの配列,外部形態,音声の変異の一致から,従来認識されてきたメボソムシクイには3つの独立種を含むことを明らかにした.それは,Arctic Warbler Phylloscopus borealis(ユーラシア北部~アラスカ西部),Kamchatka Leaf Warbler P. examinandus(カムチャツカ・千島列島・サハリン・北海道知床半島),Japanese Leaf Warbler P. xanthodryas(本州・四国・九州)である.さらに,これらの種について種和名を提唱し,Arctic Warblerをコムシクイ,Kamchatka Leaf Warblerをオオムシクイ,Japanese Leaf Warblerをメボソムシクイとすることを提案した.
著者
小林 篤 中村 浩志
出版者
日本鳥学会
雑誌
日本鳥学会誌 (ISSN:0913400X)
巻号頁・発行日
vol.67, no.1, pp.69-86, 2018 (Released:2018-05-11)
参考文献数
37
被引用文献数
4

亜種ライチョウLagopus muta japonica(以下ニホンライチョウ)の生活史を生活環境が厳しい冬期間も含め年間を通して理解することは,世界の最南端に分布するこの亜種の日本の高山環境への適応や生活史戦略を明らかにし,温暖化がこの鳥に与える潜在的な影響を理解する上で重要である.本研究では,群れサイズやその構成,標高移動,観察性比の季節変化などを年間通して調査し,その生活史の変化や特徴が日本の高山環境の特徴とどのように対応しているかを明らかにするための調査を乗鞍岳で実施した.群れサイズおよび群れの構成,季節的な標高移動,観察された個体の性比は,繁殖地への戻り,抱卵開始,孵化,雛の独立,越冬地への移動により,それぞれ季節的に大きく変化することが示された.それらの変化は,高山環境の季節変化と密接に関係しており,ニホンライチョウの生活史は,日本の高山環境の季節変化と密接であることが示唆された.また,冬期にはすべての個体が繁殖地である高山帯から離れ,森林限界より下の亜高山帯に移動していたが,雄は森林限界近く,雌は雄よりも繁殖地から遠く,標高の低い場所にと,雌雄別々に越冬していることが明らかにされた.さらに,ニホンライチョウでは,外国の個体群や近縁種でみられる育雛期に繁殖した場所より雪解けの遅い高標高地への移動は見られないが,日本の高山特有の冬の多雪と強風がもたらす環境による積雪量の違いと雪解け時期のずれが,同じ標高の場所での育雛を可能にしていることが示唆された.年間を通して実施した今回の調査結果から,ニホンライチョウの生活史の区分は,従来の繁殖期の「なわばり確立・つがい形成期」,「抱卵期」,「育雛期」の区分に加え,非繁殖期は「秋群れ期」と「越冬期」に分けるのが適当であることが指摘された.ニホンライチョウは,行動的にも生理的にも日本の高山環境に対し高度に適応しているが,日本では高山の頂上付近にしか生息できる環境が残っていないため,この種の中で最も温暖化の影響をうける可能性の高い個体群であることが指摘された.
著者
川路 則友
出版者
The Ornithological Society of Japan
雑誌
日本鳥学会誌 (ISSN:0913400X)
巻号頁・発行日
vol.43, no.1, pp.1-9,43, 1994-07-25 (Released:2007-09-28)
参考文献数
22
被引用文献数
4 5

北海道西部の低地林において,筆者は1989年5月に抱卵中のキジバト地上巣を発見し,その後の追跡により通常の育雛期間を経て2羽のヒナが巣立ったことを確認した.キジバトの地上営巣は,これまで南西諸島の一部離島のみで報告があり(黒田1972),内陸ではこれまでほとんど見られていない.今回繁殖の成功した環境は,シラカンバ,ミズナラを主体とする山火再生天然林で,林床域には,チシマザサもしくはクマイザサが比較的密生している.地上営巣が行われた原因については,1)キジバトの営巣適木が希薄である,2)地上巣への捕食圧が低いことが考えられた.そこで,キジバトの巣を模した人工巣を,前年に地上営巣の成功した林内の樹上および地上に同時に設置し,市販のウズラ卵を2個ずつ配置して被食率を調べる実験を行った。実験は,1990年5月と6月の2回行った。比較的葉量の豊富な低木のある場所を25箇所選び,人工巣の設置場所とした.各設置場所はそれぞれ30m以上離した。樹上巣は,低木の高さ1.2-1.5mの位置に白色に染色した卵を配置した巣を13箇所,無染色(ウズラ卵色)の卵の配置巣を12箇所の合わせて25箇所設置した.地上巣は,各樹上巣設置場所の近くに,白色卵を置いた巣と無染色卵の巣を1個ずつの合計50個,さらに抱卵中のキジバトに似せて,紙で作成したモデルを巣中卵にかぶせたものを20個設置した.樹上巣設置場所近くの地上巣は,それぞれ5m以上離した。実験期間は16日間とし,次の実験まで15日間の間隔を設けた.樹上,地上ともに卵色,モデルの有無等による被食率の差は認められなかった.また,それぞれの設置場所における被食巣の数にも関係は見られなかった.樹上巣に対する被食率は,5,6月ともに地上巣より有意に高かった.地上巣では,両月とも設置後13日目から急激に被食率が上昇し,6月の方が5月より有意に高い被食率を示した.また,樹上,地上ともに巣をかくす植生密度の違いによる被食率に差は認められなかった.これらの結果から,樹上巣は設置後,かなり広範囲にわたって短時間に捕食され,地上巣では植生密度の低い場所でも比較的低被食率が続くことが分かった.樹上巣に対する捕食者は,調査地内で毎年繁殖し,調査地を餌場としているハシブトガラスと思われ,希薄な低木をよく止まり木として利用していたため,容易に人工巣を発見できたと思われた.しかし,カラスが密生したササの中に侵入する行動は観察されなかったことや,配置した卵の大半のものに噛み傷や引っかき傷が認められ,中には移動されたもの,巣内で割られたものが認められたことから,地上巣への主な捕食者としてはネズミ類が考えられた,そこで各人工巣設置場所に,ウズラ卵を餌として,イタチ類も捕獲可能な生け捕りワナを人工巣実験終了後に延べ119個設置したところ,アカネズミ12頭,エゾヤチネズミとヒメネズミがそれぞれ1頭ずつ捕獲された.ほとんどのワナ内の卵には,人工巣に設置したものと同じ引っかき傷が認められ,さらにアカネズミ2頭がワナの中で卵を割り,食していた.イタチ類については,ワナでまったく捕獲されなかったこと,調査地周辺ではフン等のフィールドサインが近年ほとんど見られなくなったことから,ほとんど生息していないと考えられた.キツネは調査地で頻繁に観察されたが,元来,密な林床植生を有する林内環境を避け,より開けた農耕地もしくは林内歩道を行動して採餌する.当調査地内でも1つがいのキツネが毎年繁殖するが,夏期には主として昆虫を食している.ヘビ類については,アオダイショウとシマヘビの2種が樹洞営巣性鳥類の巣に対する捕食者として確認されているが,地上巣に対する捕食については不明である.これらのことから,調査地での樹上巣を被う植生はそれほどカラスに対して効果をもたないが,地上のササを主体とする林床植生は,カラスの侵入を防ぐばかりでなく,キツネのような地上性捕食者をも防いでいたと考えられる.
著者
中川 優奈 三上 かつら 三上 修
出版者
日本鳥学会
雑誌
日本鳥学会誌 (ISSN:0913400X)
巻号頁・発行日
vol.66, no.2, pp.133-143, 2017
被引用文献数
4

近年,都市の鳥類多様性に関する注目が高まってきている.河川は鳥類の群集構造に大きな影響を与えうる環境であるにもかかわらず,都市の鳥類多様性にどのような影響を与えるのか,定量的に評価された例は少ない.そこで本研究では,函館市内を流れる亀田川において,上流から下流にかけて,およそ1 kmごとに河川付近に調査地点を設定し,それぞれの地点で見られる鳥の種数と個体数を,繁殖期と越冬期の2つの時期で調査した.ここから,上流下流のどこで種数が多いのか,それらが季節によって異なるのかを検証した.調査の結果,河川沿いと住宅地では,繁殖期,越冬期ともに,河川沿いの方が有意に種数が多かった.このことは亀田川のような河川の存在が都市の鳥類の種の多様性を高めていることを示している.河川沿いにおける種数は,繁殖期には上流ほど種数が多いのに対し,越冬期では逆に下流の方で種数が多かった.これは繁殖期にはカッコウをはじめとした山に近い上流側の環境で繁殖する鳥が多く見られたのに対し,冬季はカモ類が流れの緩やかな下流の環境を利用したためと考えられた.このような種数の多さが季節によって逆転するということは,面積の影響が強くでる孤立した緑地と河川では都市の生物多様性に与える影響が異なっている可能性を示している.
著者
亀田 佳代子 松原 健司 水谷 広 山田 佳裕
出版者
The Ornithological Society of Japan
雑誌
日本鳥学会誌 (ISSN:0913400X)
巻号頁・発行日
vol.51, no.1, pp.12-28, 2002 (Released:2007-09-28)
参考文献数
43
被引用文献数
21 26

全国で増加傾向にあり,内水面漁業への食害が懸念されているカワウについて,これまで行われてきた調査や研究をもとに,日本のカワウの採食魚種,食物のサイズ構成と採食量,採食場所選択の特徴についてまとめた.カワウは多様な魚種を食物としており,採食可能な魚類の体長幅は約3~30cm,野外で一日に必要な食物量は約500gと推定された.カワウはまた,季節や生息場所の状況に応じて,淡水域,汽水域,海域の採食場所を柔軟に使い分けていた.安定同位体比分析の結果から,カワウには地域個体群としての採食場所選択のほかに,個体ごとの採食場所選択の特徴があることが示唆された.これらの結果から,カワウの食性解析の研究は,魚食性鳥類の採餌戦略という鳥類生態学の課題としても,食害問題など野生鳥獣の保護管理における課題としても,今後さらに発展させていく必要があると考えられた.
著者
藤田 剛 土方 直哉 内田 聖 平岡 恵美子 徳永 幸彦 植田 睦之 高木 憲太郎 時田 賢一 樋口 広芳
出版者
日本鳥学会
雑誌
日本鳥学会誌 (ISSN:0913400X)
巻号頁・発行日
vol.66, no.2, pp.163-168, 2017 (Released:2017-11-16)
参考文献数
29

アマサギは人に運ばれることなく急速に分布拡大した例とされるが,分散や渡りなど長距離移動には不明な点が多い.筆者らは,茨城県で捕獲されたアマサギ2羽の長距離移動を,太陽電池式の人工衛星用送信器を使って追跡した.2羽とも,捕獲した2006年の秋にフィリピン中部へ移動して越冬したが,その内1羽が翌春に中国揚子江河口周辺へ移動し,繁殖期のあいだそこに滞在した.そこは,前年繁殖地とした可能性の高い茨城県から1,900 km西に位置する.この結果は,東アジアに生息するアマサギにおいて長距離の繁殖分散を確認した初めての例である.
著者
中川 優奈 三上 かつら 三上 修
出版者
日本鳥学会
雑誌
日本鳥学会誌 (ISSN:0913400X)
巻号頁・発行日
vol.66, no.2, pp.133-143, 2017 (Released:2017-11-16)
参考文献数
31
被引用文献数
4

近年,都市の鳥類多様性に関する注目が高まってきている.河川は鳥類の群集構造に大きな影響を与えうる環境であるにもかかわらず,都市の鳥類多様性にどのような影響を与えるのか,定量的に評価された例は少ない.そこで本研究では,函館市内を流れる亀田川において,上流から下流にかけて,およそ1 kmごとに河川付近に調査地点を設定し,それぞれの地点で見られる鳥の種数と個体数を,繁殖期と越冬期の2つの時期で調査した.ここから,上流下流のどこで種数が多いのか,それらが季節によって異なるのかを検証した.調査の結果,河川沿いと住宅地では,繁殖期,越冬期ともに,河川沿いの方が有意に種数が多かった.このことは亀田川のような河川の存在が都市の鳥類の種の多様性を高めていることを示している.河川沿いにおける種数は,繁殖期には上流ほど種数が多いのに対し,越冬期では逆に下流の方で種数が多かった.これは繁殖期にはカッコウをはじめとした山に近い上流側の環境で繁殖する鳥が多く見られたのに対し,冬季はカモ類が流れの緩やかな下流の環境を利用したためと考えられた.このような種数の多さが季節によって逆転するということは,面積の影響が強くでる孤立した緑地と河川では都市の生物多様性に与える影響が異なっている可能性を示している.
著者
浦野 栄一郎
出版者
日本鳥学会
雑誌
日本鳥学会誌 (ISSN:0913400X)
巻号頁・発行日
vol.38, no.3, pp.109-118, 1990-03-25 (Released:2007-09-28)
参考文献数
22

一夫多妻の雄と番ったオオヨシキリAcrocephalus arundinaceusの雌同士が,なわばり内でどのように共存しているかについて検討した.調査は1980-87年に石川県河北潟干拓地で行った.一夫多妻第二雌の定着は第一雌の産卵~抱卵期に多くみられ,両雌の産卵開始は平均14.1日ずれていた.新しい雌が定着する時期は,雄が活発にさえずっている時期に対応していた.また第二雌は,なわばり内の第一雌の巣からより離れた所に営巣する傾向があり,平均巣間距離は21.0mだった.定着したばかりの雌と先住雌との間では,争いが頻繁にみられた.雌の定着の時間的ずれは,(i)番い形成•造巣期に雄のさえずりが不活発になることと,(ii)雌同士の反発とによって生じるものと考えられる.雌同士の反発は,第二雌の営巣場所選択にも影響しているであろう.
著者
北村 俊平
出版者
日本鳥学会
雑誌
日本鳥学会誌 (ISSN:0913400X)
巻号頁・発行日
vol.64, no.1, pp.25-37, 2015
被引用文献数
1

鳥類は地球上のさまざまな生態系において,多様な生態系サービスを担っている.本総説では,鳥類による花粉媒介と種子散布についての知見をまとめた.動くことのできない植物にとって,花粉媒介と種子散布は自らの遺伝子を広げる数少ない機会の一つであり,多くの鳥類が花蜜や果実を餌資源として利用している.自然実験を利用した研究から,花粉媒介者や種子散布者である鳥類を喪失することで,実際に植物に花粉制限が生じ,更新過程が阻害されている事例や群集レベルでも種子散布が機能していない事例が明らかになってきた.現段階では例数は少ないものの,鳥類による種子散布の経済的価値を評価した研究も行われている.スウェーデンの都市公園では,公園内の優占樹種であるコナラ属の種子散布者であるカケス1ペアの経済的価値は,人間が種子の播種や稚樹の植樹作業を行った場合にかかる費用に換算すると58万円から252万円に相当する.一方,鳥類は優秀な種子散布者であるがゆえに外来植物の分布拡大を促進する負の側面も知られている.これまで見過ごされてきた鳥類による花粉媒介や種子散布の情報を蓄積していくことで,それらの生態系サービスをうまく活用する方策,ひいては鳥類を含む生物多様性の保全に結びつけていくことができるのではないかと期待される.
著者
内田 博
出版者
日本鳥学会
雑誌
日本鳥学会誌 (ISSN:0913400X)
巻号頁・発行日
vol.35, no.1, pp.25-32, 1986
被引用文献数
7

(1)1968-84年に,埼玉県中央部の比企•武蔵丘陵を中心とする森林で4種のタカ類(サシバ,ハチクマ,オオタカ,ツミ)の観察を行ない,そのうちサシバ,ハチクマ,ツミの3種の巣の周辺でスズメとオナガが繁殖しているのを確認した.しかし,オオタカには,そのようなことは見られなかった.<br>(2)サシバの巣の周辺では,丘陵内ではふつう見ることのないスズメが数番いひんぱんに観察され,サシバの巣から数mの範囲内に巣をつくり繁殖してい虎.調査した11巣中,スズメが見られたのは9例で,合計9巣が確認された.スズメの見られた時期はサシバの繁殖時期と一致し,5月中旬から7月初旬にわたった.<br>(3)ハチクマの巣の周辺でもスズメが見られ,繁殖した.調査した6巣中,スズメが見られたのは4例で,2巣が確認された.<br>(4)ツミの巣の周辺では,一群のオナガが観察され,周辺数10mの範囲内に複数の巣がつくられた.調査した10巣中,8例でオナガが長期間観察され,オナガが巣の周辺に見られないとされた残りの2例でもオナガがツミの巣の林に短時間現われた.オナガの見られた8例の場所では,合計7巣のオナガの巣が確認された.<br>(5)オオタカの場合は,調査した19巣の付近で繁殖する鳥は見られなかった.