著者
ハフマン マイケル エー (2009) HUFFMAN M A LECA Jean-Baptiste
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

本研究は計3年度(19~21年度)に渡る計画で、今回の実績概要は最終年度の21年度の8ヶ月に渡って行った研究である。本研究の目的に添って、ニホンザルの文化的行動の一つとして知られている石遊び行動を体系的に霊長類研究所の集団飼育ニホンザル群の個体追跡による詳細による分析や加齢による変化、数量的に行動の学習過程の評価,学習によって伝承される(文化的行動)という仮説を初めて行動実験によって検証出来るデータを採集した。複数の地域におけるSH行動の比較および横断的、実験的アプローチを組み合わせた結果、以下のことが明らかになった:1)ニホンザルのSH行動の総レパートリーは45種のパターンによって構成されていた2)それぞれの群れが持つSH行動レパートリーには変異があり、ある群れで顕著に観察されるSH行動が他の群れでは全く観察されないこともあった3)こうしたSH行動のレパートリーは地理的に近い群れ同士が明確なクラスタを形成しており、文化圏のようなものが観察された4)遺伝的要因と、いくつかの明白な環境要因がこうしたSH行動のレパートリーに影響を与えるという仮説は否定された5)群れサイズと性・年齢構成およびグループの凝集性はSHを行う群れ個体の割合に影響を与えることがあることが示唆された6)社会的要因は文化的行動としてのSHの獲得とその維持において重要な役割を果たす。SHの学習モデルとして幼児が母親の行動を観察することによって起こる直接的な効果と、他個体がSHを行ったことにより1箇所にまとめて石が残され、それが刺激となってSHが始まるという間接的な効果が観察された7)いくつかのグループではSHがすでにtransformation phaseに達していると思われた。ここではSHの行動パターンがより複雑に多様になっており、さらにSHが起こる文脈の拡大が認められた。
著者
今西 一太
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

4月にイギリスで行われた国際学会、International Conference on Tense,Aspect,Modality and Evidentialityにおいて、アミ語の動詞・名詞と状態アスペクトの関係について学会発表を行った。ここではフィールド調査によって得たデータをもとに、品詞とアスペクトの関係について論じた。その後帰国してすぐに、浜松で行われた学会The English Linguistic Society of Japan 4^<th> International Spring Forumに参加し、アミ語のデータも交えた複数の言語における使役文の特徴について、類型論的な研究発表をおこなった。また、5月には東京外国語大学で行われた第1回文法研究ワークショップ「『形容詞』をめぐる諸問題」で、上記のイギリスで発表した内容に改訂をくわえたものの発表を行った。7月には香港で行われたAssociation for Linguistic Typology 9^<th> Biennial Conferenceで、「雨降り」「肩たたき」などの複合語や、名詞を動詞に組み込む「抱合」と言われる現象について発表を行った。これらの現象では自動詞の主語と他動詞の目的語のみが許容され、他動詞の主語は許容されないという現象が世界各地の言語で見られる。この発表ではなぜそのような現象が世界の言語で現れるのか、その原因について考察を行った。11月には第143回言語学会において、『アミ語の母音連続と挿入規則』というタイトルの口頭発表を行った。この発表では、フィールド調査で得たデータをもとに、従来音素として考えられてきたアミ語の声門閉鎖音を音素ではないと分析し、音素同士の関係と挿入規則のみで声門閉鎖音の存在を説明する試みを行った。また、上記の発表活動と並行して、手持ちのデータの分析(音声データの書き起こしなど)と、博士論文の執筆を行った。
著者
八重樫 徹
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

2008年度から継続して、フッサールを中心とした初期現象学における倫理学と行為論の研究を行なってきた。2008年度後半からは研究指導委託によりドイツに滞在し、ケルン大学フッサール文庫で調査・研究を行なった。今年度前半も引き続き、同地でディーター・ローマー教授の指導のもと、研究を続けた。フッサール文庫では、主に未公刊草稿群『意識構造の研究』を題材として、フッサールの価値論および行為論の全体像を見定める作業を行なった。同草稿は以前からその重要性が指摘されているものの、未公刊ということもあり、十分な研究がなされてこなかった。今回の滞在中にその全体に目を通すことができ、大きな成果を得ることができた。その成果の一部は研究発表(2)-2および(2)-3に含まれているほか、現在執筆中の博士学位申請論文に盛り込まれる予定である。帰国後は、現代のメタ倫理学および規範倫理学と照らし合わせつつ、フッサールの倫理学上の立場を明確化する作業を行なった。研究発表(1)-1では、彼のメタ倫理学上の立場が、超越論的観念論に立脚した一種の道徳的実在論であることを示した。研究発表(1)-2では、彼の規範倫理学上の立場が、個別主義的でありながら非相対主義的な義務論であることを明らかにした。行為論に関しては、引き続き『意識構造の研究』などを題材にフッサールの行為論の理解を深める一方で、フッサールの影響を受けつつ独自の現象学的行為論を構築したヒルデブラントの著作をはじめとして、初期現象学派の行為論を研究した。これらの成果をまとめるかたちで、博士学位申請論文「道徳的行為の現象学(仮題)」を執筆中である。
著者
細井 厚志
出版者
名古屋大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

炭素繊維強化プラスチック(CFRP)積層板は,高強度・高剛性など優れた機械的特性を有し,かつ軽量であるため,航空機の1次構造材料に適用されるなど,今後は自動車や高速鉄道車両など,金属に替わる構造材料としての適用が期待されている.CFRP積層板は一般に疲労に強い材料として知られているが,10^7サイクルを超える超長寿命域における損傷成長挙動について十分な評価は未だなされておらず,構造材料としての長期信頼性が確立されていない現状にある.これまでの研究で,高サイクル疲労領域におけるCFRP積層板の損傷進展挙動は,従来と異なる破壊形態を示すことを明らかとした.しかし,従来と異なる損傷の進展挙動については,未だ定量的評価はなされていなかった,そこで,本研究では,高サイクル疲労領域における実験データを蓄積するとともに,高サイクル疲労領域におけるCFRP積層板の損傷をモデル化し,その進展挙動について定量的に評価を行うことを目的とした.まず,負荷応力レベルに依存したCFRP積層板の損傷形態の違いについて定量的に評価を行った.層内樹脂割れ(トランスバースクラック)を考慮した層間剥離進展について,単位長さ当たりの損傷進展に伴い解放されるエネルギを導出した.さらに,Paris則を応用して損傷進展速度と損傷進展に伴い解放されるエネルギの関係について,トランスバースクラック進展及び層間剥離進展のそれぞれを定量的に評価した.その結果,低エネルギレベル(低応力レベル)域では層間剥離が進展しやすく,高エネルギレベル(高応力レベル)域ではトランスバースクラックが進展しやすい結果を得た.この結果は,実験結果とよい一致を示した.また,破断応力の20%を最大応力に設定した疲労試験では,繰返し数3×10^8サイクルまで,損傷は観察されなかった.
著者
田中 美里
出版者
同志社大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012

本研究では、数値化や記述が困難な人間の感性情報を、人間とコンピュータとの対話を通して明らかにし、意思決定やデザイン設計に応用することを研究目的とする。E-co㎜erceなどに見られる従来の情報推薦はアクセス履歴などに基づくコンテンツ同士の関連度から呈示を行うものである。これに対し、本研究では個人ごとに、そして対象問題ごとに異なる感性モデルから共通するモデル、普遍的なコンセプトと言えるメタモデルを抽出し、応用した新しい推薦技術の確立を目指していることに意義が存在する。これらのモデル抽出を可能とする手法として、対話型遺伝的アルゴリズムに着目している。ユーザの評価と最適化計算を繰り返すことで、ユーザの感性モデルを特徴空間中の景観(ランドスケープ)の形状によって表現する。この対話型遺伝的アルゴリズムを用い、感性のメタモデルを抽出するために、以下の問題を解決していく必要がある。(A)複雑な感性モデルの推定、(B)ユーザの評価の揺らぎの検討、(C)メタモデルの抽出技術の検討である。課題(A)については採用第一年度に、多峰性の感性モデルにおいて複数の最適化を求めるアルゴリズムを開発した。採用第二年度目である本年度は、課題(B)について取り組んだ。対話型最適化手法では、ユーザの主観的な評価値を用いてランドスケープの探索を進めるため、ユーザの評価に揺らぎが生じるとその感性モデルを正しく抽出できなくなる。そこで、ユーザの評価の揺らぎについて検証し、さらにより正確な評価値を得るための一手法として脳活動情報に着目した。ユーザの解候補を評価するときの脳活動を計測し、感性的な評価値との関係を定量化することで、脳活動情報による評価値の算出や補正を行うことを試みた。本研究ではこのためにMRI装置を用いた生体情報の取得と利用について数回の被験者実験を行っている。さらに年度の後半には非常に精度の高いMRI装置を借用し、大規模な被験者実験を行ってユーザの脳活動と嗜好との関連性について調査を進めた。これらの研究の成果については適切な機会に研究発表を行い、外部に公開している。
著者
小林 繁子
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

筆者は昨年度8月より継続して文書館史料や二次文献などを渉猟する調査を行った。具体的には、博士論文のテーマとして設定した「トリーア・ケルン・マインツ三聖界選帝侯領における魔女迫害の構造比較」のための史料としてとくに民衆からの「請願状」に着目し、これが魔女迫害においてどのような機能を果たしたのか分析し、そこから見られる君主一臣民間の複雑な関係を明らかにすることを目的としている。今年度は特に文書館の手稿史料の解読と分析に注力した。8月~9月には一時帰国し、それら史料調査の成果をまとめつつ、マインツ選帝侯領における魔女迫害について論文を作成し、2010年8月末に国内の学術雑誌に投稿した。さらにその後の史料調査によって得られた知見を加えた改稿を経て、現在審査中である。またトリーア大学のフォルトマー氏と同テーマに関する共同論文を現在準備中である。ここではフォルトマー氏がトリーア選帝侯領、ルクセンブルク大公領、聖マクシミン修道院領において行われた魔女迫害とそこでの請願状の役割について、また筆者はマインツ選帝侯領およびケルン選帝侯領レンス市における魔女迫害について執筆を担当することになっている。これは2011年中に発表される予定である。また、2010年9月にマルティン・ルター・ハレ・ヴィッテンベルク大学において行われた日独共同大学院秋季セミナーにおいて「近世における請願状の諸機能-マインツ選帝侯領における魔女迫害の事例から-」と題してこれまでの史料調査に基づきドイツ語での口頭研究発表を行った。
著者
中村 卓司 KERO Johan Ranold
出版者
国立極地研究所
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

本研究では、最近導入された超多チャンネルの受信系で高性能な電波干渉計が構成できる大型大気レーダー「MUレーダー」に、超高感度のICCDカメラを組み合わせて、電波および光学の高感度・高精度同時観測で、流星物質の大気との相互作用、とくに電離発光時のフラグメンテーションの物理を定量的に明らかにすることを目的としている。本年度は、前年度に引き続き毎月24時間の光学および電波によるキャンペーン観測を行ない、多くの光学・レーダーの同時流星のデータを取得できた。また、10月にはオリオン座流星群の観測キャンペーンを国立天文台・渡部潤一氏らのグループとも共同で長時間にわたって行った。データ解析ではICCDビデオ画像の解析方法を改良して1/60秒のフィールド毎のデータ解析を行い、研究員の開発してきたフラグメンテーションモデルとの比較を進め、2体に分離する流星の干渉および減速の様子を詳細に検討した。また、研究協力者の上田、藤原らの多点でのビデオ観測との同時観測も進めることができた。また、EISCATレーダーとの比較では、とくにMUレーダーの広いビームを活かした散乱断面積の長時間にわたる変化の観測で、VHFレーダーの優位性を示すことができた。以上のように、本年度はこれまでのデータに加えて観測データを拡張しその同時データ数は170例を超えこの種の観測では世界最高であり、さらにデータ解析を進めることで他に類をみない高精度のデータベースを得ることに成功し、その成果は国際会議で発表し好評を得た。現在論文を投稿中(改訂中)でありさらに数編を執筆中である。
著者
今野 晴貴
出版者
一橋大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

・研究の概要本研究の目的は、労働者からの聞き取り調査を中心に、労働市場政策の有効性について、マクロ統計では把握しきれない制度の運用実態の分析から新しい視角を加えるものである。そこで、本研究では以下の課題に取り組むこととしている。1、日本の労働市場政策の歴史的研究(制度研究)2、製造業派遣・請負労働者等からの聞き取り調査(制度の運用に関する研究)3、調査結果の分析・研究の実施内容平成24年度の研究においては、2、製造業派遣・請負労働者からの聞き取り調査(制度の運用に関する研究)、3調査結果の分析を主として行なった。製造業派遣・請負労働者へのヒアリングおよび労働紛争実務家への調査は、訴訟、労働争議に発展している事例の当事者・支援者等への聞き取り調査を行った。また、研究課題である労働市場政策の運用実態を調査するため、弁護士等、労働紛争の実務家からの聞き取り調査を行ったほか、彼らの研究会等にも参加し、情報収集を行った。さらに、平成23年度に引き続き、NPOと協力した個別紛争の事例調査を実施した。・研究成果の発表上記の制度とその実際の運用との関係についての調査(主として紛争について)の結果についての分析は、日本キャリアデザイン学会で報告を行なったほか、一般書として発表した(『ブラック企業日本を食いつぶす妖怪』(文春新書)及び、『日本の「労働」はなぜ違法がまかり通るのか?』(星海社新書・刊行予定))。
著者
横山 祐典 NOT Christelle
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2011

今年度は、海水および炭酸塩のウラン系列年代を決定するために、高精度セクター型誘導プラズマ質量分析装置(SF-ICPMS)の分析を中心に行うとともに、有孔虫の飼育試料の局所分析をレーザーを使ったICPMS(LA-ICPMS)によって行った。ウラン系列年代測定法の確立は、機器の不安定な挙動や化学処理中の混入元素除去方法の確立などに時間がかかったため、高精度の分析は行うことができなかったが、誤差がまだ大きいものの、安定な分析は行えるに至った。また、飼育有孔虫の局所分析については、共同研究者から提供された、複数の異なるpH区で飼育した有孔虫試料について、微量金属の挙動をLA-ICPMSにより分析した。この研究は現在進行中の人為起源気候温暖化に伴う、大気二酸化炭素上昇と並行しておこるとされる海洋酸性化が、海洋生態系へどのような影響を与えるかについて、予測する上で重要なデータを与える研究である。海洋酸性化が、特に炭酸塩の殻を持つ生物に与える影響は、マイナスであるとするものの他に、pH区間によってはプラスに作用するという報告もあり見解の一致は見られていない。今回の研究では、特に過去の水温復元やpH復元に利用されている微量金属の挙動について明らかにした。その結果、全ての種において一致した挙動を示すのではなく、また元素によっても異なる挙動を示し、問題の複雑さが明らかになった。しかし、一般的に言えることは、共生藻をもつ種と持たない種によっての挙動の一致は認められ、今後の実験のデザインをする上で貴重な情報となった。この研究はこれまで報告が無いことなるpH環境下で飼育された有孔虫試料の局所分析を行った世界で初めての研究となり、結果を国際誌に投稿した。
著者
片倉 賢 ELKHATEEB A.M. ELKHATEEB A.M
出版者
北海道大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

ヒトや家畜のトリパノソーマ症は発展途上国で蔓延している原虫性疾患であるが、予防・治療薬の開発が進んでいないNeglected Tropical Diseases(NTD、顧みなれない熱帯病)である。申請者らは、安全で安価な治療薬の開発を目的として、薬用植物から天然の抗寄生虫活性物質を含む植物の探索を行った。その結果、ニガキ科の薬用植物であるBrucea javanicaに含まれるクアシノイド類が強力な抗トリパノソーマ原虫(Trypanosoma evansi)活性をもっていること、およびクアシノイドの構造と活性とに相関があることを明らかにしてきた。平成23年度は、クアシノイド類が原虫のどの器官を標的としているかを明らかにするためにbruceine類の安定同位体ラベル誘導体の合成を試みた。すなわち、重水素ラベル無水酢酸を用いて重水素ラベルbruceine Aとbruceine Cのアセチル誘導体を合成した(Elkhateeb et al, 2012)。これをトリパノソーマ原虫に作用させ、安定同位体顕微鏡システムを用いて観察した。その結果、解像度は薬剤のターゲット器官を認識できる程度であったが、蓄積した同位体ラベル化合物の検出にはいたらなかった。安定同位体ラベル誘導体の標識部位がアセチル基のメチル基のみであったことが原因と考えられたため、今後は安定同位体ラベル部位を増やし検出感度をあげることが必要である。
著者
一木 絵理
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

本研究は、詳細な環境史を時間軸に、日本列島における縄文海進像を再構築し、海進および海退による海域生態系の変化と人間活動を明らかにすることが目的である。海進・海退の地域比較を明らかにした初年度に加え、当該年度は対象地域のさらなる調査と新たな地域を加えて、海域生態系の復原および編年を明らかにすることに努めた。対象地域は(1)古本荘湾と菖蒲崎貝塚(秋田県)、(2)古青谷湾と青谷上寺地遺跡(鳥取県)、(3)上北平野と長七谷地貝塚(青森県)、(4)常呂平野とトコロ朝日貝塚(北海道)である。(1)では、菖蒲崎貝塚周辺で重要なボーリング・コアが得られ、沖積層の層序を解明することができ、本荘平野の変遷史の中で貝塚を位置づけることができた。特に縄文時代早期後半の段階で内湾奥部まで海が侵入して古本荘湾が形成され、貝塚は水深の深い海辺に形成されたことがわかった。(2)では、古青谷湾の海進および海退、平野の形成を明らかにし、さらに縄文時代後半期の浅谷形成と弥生の小海退も新たに認めることが出来た。環境史の中に遺跡を位置づけ、その特異性が明らかになった。(3)では、長七谷地貝塚周辺でボーリング・コアの採取を行い、火山灰編年と層序を対応させることができ、災害の影響と遺跡群の変遷を捉えることができた。(4)では、常呂平野とサロマ湖でのボーリング・コアの採取によって、海退の現象を追うとともに比較研究が可能となった。本研究によって、日本列島における縄文海進および海退による海域生態系の復原を行い、地域ごとの実態を年代測定を加え詳細に対応させていくことで、地域間の共通点と相違点が明らかになった。海進・海退による大きな変化期が人間活動とどのように結びつくかということは、各地域を成り立たせている基盤-地形地質や河川形態、内湾形態といった要素と切り離せず、今後も各地域においてその様相を把握し明らかにしていきたい。
著者
鈴木 雄志
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

研究計画通り、研究指導を頼んだパリ第4大学ギュイヨー教授の指導を受けながら、フランス、パリでの資料・文献収集を引き続き行った。研究対象となる18・19世紀の文献、特に近年になっても校訂版やファクシミリ版さえ出版されず、日本の図書館にも所蔵されてない作品を、パリの国立図書館等で調査し、必要に応じて収集した。また、パリやフランス各地の学会にも参加し、最先端の研究に触れることで有意義に研究を進めることができた。研究実績としては、調査した内容の一部を、日本国内のフランス文学会にて二度発表した。詩と造形芸術との関連、造形芸術における官能性と詩におけるその表現を示した発表内容に関し、学会誌の査読委員会から執筆依頼を受け、提出した論文が現在審査中である。来年度にかけて、今年度の研究成果を学会や論文誌等で発表するために、現在論文準備を進めている。資料調査のために海外で研究を進めることで、日本におけるフランス文学研究が遅れている領域について書かれた研究に多く触れることができた。特に当研究者が取り組んでいる18世紀リベルタン文学と19世紀文学の関わりは、間にフランス革命という大きな断絶が存在しているために、従来フランスでも研究が遅れている領域であった。しかし、近年多くの研究者たちが革命期の文学についての論文を多く発表し、革命という断絶を繋ぐ文学史の流れを再構築しようとしている。その流れに沿ったところに位置づけられる本研究によって、フランス文学研究全体が近年行っている文学史、そして文学の意義の再検討する研究活動の一端をになう成果を挙げることができた。
著者
伊藤 敦規
出版者
国立民族学博物館
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

本研究計画の2年度目に実施した調査・研究・成果報告は以下の通りである。米国南西部先住民ズニのズニ博物館長による日本国内博物館収蔵資料調査について、江戸東京博物館での民族藝術学会(4月)、立教大学での日本文化人類学会(6月)にて概要を口頭発表した。5月に国立民族学博物館で開催されたサントリー文化財団のプロジェクト、および、11月のアジア太平洋資料センターでの連続講座にて、ホピ族の宝飾品産業形成史についての口頭発表を行った。日本国内における文化人類学者と米国先住民コミュニティの知的財産を通した関わりについては、10月の東北大学での共同研究会、12月の国立民族学博物館での共同研究会にてそれぞれ口頭発表をした。加えて、11月のアメリカ人類学会(米国ルイジアナ州)と、2011年1月の国際シンポジウム(北海道)では、英語と日本語による口頭発表を行い、日本語圏以外の研究者との研究成果の共有を図った。年度内に開催された北海道大学アイヌ・先住民研究センターの共同研究でも口頭発表を2度行い(6月、11月)、研究者とアイヌ民族のアーティストや商工会役員等と研究成果の共有を行った。文化人類学を専攻する研究者や先住民族の知的財産問題の関係者以外への成果の公開も行った。10月に獨協大学で行った連続講座での講演である。米国先住民の知的財産問題に関するアウトリーチ活動も行い、日本国内の消費者、ホピとズニのアーティスト、ギャラリー経営者、自治政府知事との共有を図った。米国アリゾナ州とニューメキシコ州での3週間ほどのフィールドワークも実施し、アーティストやその拡大家族成員を対象に、制作技術やコミュニティにおける知的財産(宗教的知識)の管理の様態について聞き取りをした。これら調査で得られた資料の分析・整理を進め、学術論文を複数投稿すると共に、学位論文(社会人類学博士)を執筆した。
著者
岡 晋
出版者
国立民族学博物館
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

中国雲南省迪慶州に居住するナシ族の宗教的職能者「トンバ」と、ナシ族の共同体を支える親族組織、出自の記憶、祖先祭祀の関係性について、各種史料の分析と現地調査を行い、次の点を詳らかにした。(1)「トンバ」は総称であり、担う儀式ごとに職能者の名称は異なる。中でも、「カドゥ」は共同体の祖先祭祀(祭天)儀礼を司る世襲職であって、社会制度上、修行次第で誰もがなれる「ダフ」等とは根本的に異なる。(2)ナシ族の祖先祭祀は、「カドゥ」が担う祭天儀礼と、「ダフ」が担う送葬儀礼、家長が担う死者供養の三種類があり、「祖先」(出自)の想起のされ方は送葬儀礼と死者供養が共通し、祭天儀礼は後二者とは構造的に対立する。即ち、送葬儀礼と死者供養は、最近の死者から始原へと溯るのに対し、祭天儀礼は始原から最近の死者へと近付いていく。(3)「カドゥ」の「世襲制」は、共同体の基幹である「家」制度に支えられている。「家」は「断絶」の危機に際して養子・婿を迎え、それでも断絶した場合、断絶家は別家の分家時に「再興」される。その際、断絶家の「祖先」は再興家によって継承される。即ち、「家」は祖先供養を通じて双系的に継承され、実際の「血縁」関係は世代を重ねるごとに忘れられていく。(4)ナシ族の共同体内には、「○○族であったが、いつのまにかナシ族になった」という「家」が少なくない。この「いつのまにか」のプロセスには、「家」制度と「カドゥ」による共同体の祖先祭祀が機能している。以上四点は、ナシ族の宗教的職能者を一括に「トンバ」と呼び、その内容の差異に注意を払ってこなかった従来までの文化人類学研究や歴史学研究からは到達し得ないものであり、それらを詳細かっ明確に示したという点で本研究は非常に価値がある。また、異なる「出自」をもつ集団が「ナシ族」へと取り込まれていくプロセスは、複雑に民族が雑居する中国西南地域での研究に対しても、有効な視点を提供する。
著者
溝井 裕一
出版者
関西大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

今年度において研究代表者は、「ファウスト伝説」が育まれた背景にある16世紀ドイツの魔法信仰、悪魔信仰の研究を進めるとともに、集合的記憶研究と伝説研究の接点について考察を行なった。まず、今年度の全期間をかけて著書『ファウスト伝説』を執筆した。そこでは従来の研究成果に加えて、8月3日〜9月日にヨーロッパで収集した資料を参照しながら近世の世界観についてより詳細に論じている。また近世の魔法信仰を知る上で貴重な資料である『魔法に関するキリスト教的考察と警告』(アウグスティン・レルヒアイマー、本名ヘルマン・ヴィテキント、1586年)の内容を分析し、その成果を2008年6月14日、日本独文学会で発表している。さらにこれとは異なるアプローチとして、論文「伝説と集合的記憶」を書き、伝説研究と集合的記憶研究の接点について論じた。集合的記憶とは、個人だけでなく集団においても過去のイメージの再構築がおこなわれると想定して用いられる概念である。記憶研究によれば、集団や個人が過去を想起する時、過去にまつわる情報の選択と結合が行なわれる。その際、想起する者の欲求に従って、過去のイメージが歪められたり、新たに架空の要素が混入したりすることがある。研究代表者は、この過程と伝説形成の過程に類似点があることに着目した。伝説が形成される場合も、担い手の欲求に従って歴史的事件や人物に関する過去の情報が選択され、それらが古い物語の展開にあわせて結合される。しかもこの時、史実とはかなり異なる過去像がしばしば提示されるのである。研究代表者は本論文の中で、伝説形成を集合的記憶における想起のプロセスのひとつと位置づけて考察した。
著者
田中 理恵 (市川 理恵)
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

本研究は、正倉院文書を用いて「石山寺造営事業・二部大般若経写経事業・宝亀年間の一切経写経事業」の財政を解明することで、古代国家の銭貨政策の内容・意図を追究することを目的とした。本年度は、1石山寺造営事業と宝亀年間の一切経写経事業の財政構造をあきらかにし、論文にまとめ、さらに2古代国家の銭貨政策の内容と意図をあきらかにした。まず(1)正倉院文書による価格調査を行い、先行研究が指摘する宝亀元年の物価高騰が存在しなかったこと、天平宝字末年の物価上昇は二段階あり、第一段階は天平宝字六年の米価高騰、第二段階は天平宝字八年の全品目の物価高騰であったことを発見した。さらに(2)新銭の流通状況を調査し、特に天平宝字四年(七六〇)に発行された万年通宝は、和同開珠を基準とする価値体系のなかにその十倍の価値を持つ万年通宝が投入されたことを確認した。すなわち藤原仲麻呂が推進する事業を掌る中央官司に、新銭を下賜するという方法で、財政的に支援していたことをあきらかにした。これに対し、宝亀年間の一切経写経事業の帳簿を検討した結果、天平神護元年(七六五)の神功開宝発行時は、和同開琳と万年通宝の価値をそれぞれ十分の一にしたうえで、万年通宝と同価値の神功開宝を発行していたことを発見した。これまで古代国家は、下落した銭貨価値を取り戻すために次々と旧銭の十倍の価値をつけて新銭を発行してきたと考えられてきた。しかし神功開宝は、天平宝字八年以来の物価高騰を収束させるために発行されたと考える。今後、論文「奈良時代の銭貨政策-万年通宝・神功開宝を中心に-」としてまとめる予定である。
著者
塩原 佳典
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

本研究の課題は、近世近代移行期における「教育」の営みを、その社会的文脈である地域社会に位置づけて構造的に把握することである。この課題に応えるため本研究では、信濃国松本藩筑摩・安曇郡を対象地域とし、当該地域で指導的な立場にあった人びと(地域名望家層)の具体的な動向を追うことで、19世紀後半における地域社会の歴史的変遷を描き出す。以上の問題意識のもと23年度は、研究成果の公表と新たな史料収集・解読とを平行して行った。まず、近代学校の設立を地方レベルで担った人びとについて、幕末期における身分に多様性がみられることを指摘し、その意味を検討した。従来は、「地域指導者層」と一括りにされがちであった地域の学事担当者が、近世段階では大庄屋やその分家、また庄屋など身分的出自とそれにもとづく文化・政治・経済的力量を異にする存在であったことを解明した。そのうえで、「御一新」に伴い地域社会の支配体制や身分秩序が流動化するなか、新たに成立した明治政府の近代化政策を具体化させることは、その担い手にとっては自身の地位や名望の保持という意味を持っていたことを指摘した。第二に、明治初年代の筑摩県下で盛んに催された博覧会の歴史的意義を検討した。博覧会を取り上げることで、明治政府の近代化政策をそのまま模倣するだけでなく、地域の文脈に合わせてその意味を読み換える地域名望家たちの姿を描出することが狙いである。筑摩県下博覧会における展示の中心は、海外の文物や新機械というよりも、県下各地の「古器物」や村芝居であった。こうした特徴について従来は、「骨董博覧会」と位置づけられ、単に充分に「開化」されていない地方特有の特徴であるとされてきた。これに対し本研究では、明治初年の地方博覧会が、地域民衆の心をつかみつつ地域の「開化」を効果的に推進し、明治の「新時代」に対応した形で地域社会を運営していくひとつの手段であったことを指摘した。
著者
エリス 俊子 OTOMO RIO
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2005

1.金原ひとみに関して書いた論文に推敲を重ね、「少女を読む少女」(青山とも子編Routledge社)の一章として2008年の出版を予定している。この論文は1995年以降に登場した村上春樹以降の若手作家に現れる傾向を探りつつ、女性、文体、近代的主体の行方を追った研究の一環である。2.その後村上作品に戻って、脱ジェンダーが実は女性性を隠蔽するシステムとなっている点を分析し、最近の作品「アフターダーク」における日常と非日常の空間の表象を考察した。この研究は「少女、身体、そして国家」、「文学と言語における空間と時間」という二つの学会に向けて書かれ、共に、単行本の一章として出版が予定されている。3.さらに、「やおいマンガの語りと欲望の消費」という小論文を書き、マンガやライトノベルのジャンルの語りに現れる日常性にも目を向け、現在出版に向けて推敲中である。4.ウェブ・ジャーナル「日本近代文学:フェミニズム文学批評」の立ち上げは、若干の遅れはあるものの進行中で、来年9月にタスマニア大学(豪州)にて「日本研究科で文学を教えるためのワークショップ」を開催し、その際同時にこれを立ち上げる予定。
著者
輪島 裕介
出版者
国際日本文化研究センター
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2003

本年度も、前年度に引き続いて第二次世界大戦後の日本の大衆文化の歴史的展開を研究し、とりわけそこにおける音楽の位置について主題的に検討した。昨年度は主に1970年代以降の「若者文化」の形成と変容を主題的に扱ったが、本年度は戦後初期からの、「大衆文化」および「大衆音楽」に関する言説の変遷に着目した。1950年代の『思想の科学』グループや、1960年代の「朝日ジャーナル」や「話の特集」に代表される対抗文化的ジャーナリズムにおける歌謡曲/流行歌へのまなざしのありようを通時的に研究し、旧来支配的であった「洋楽」(西洋芸術音楽)を範型とする教養主義的な語りや、大衆の啓蒙を目指す既成左翼的な文化の語りのなかでは蔑視されてきた歌謡曲/流行歌に、「日本の民衆的/民族的な土着性」という意味が投影されることによって真正性が付与されてゆく過程を明らかにした。その成果の一部は早稲田大学オープン教育センター講座「感性の現在への問い」のゲスト・スピーカーとして『「艶歌」の誕生:流行歌が「日本の心」になるとき』と題して口頭発表した(2005年6月23日)。また、1990年代以降の民族音楽学およびポピュラー音楽研究に関する学説史的な概観を行い、その知見に基づき事典の項目執筆を行った。担当項目は「ワールドミュージック」(約1万字)、「ライブ」(約1000字)(『音の百科事典』丸善、2006)「1989年以降の民族音楽学」、「日本のワールドミュージック」、「カーニバル文化の政治性」(各約5000字)(『世界音楽の本』(岩波書店近刊)である。
著者
万波 秀年
出版者
大阪大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

バイオメトリクスの一つとして歩容の応用が期待されている.本研究では実用化のために,年齢・性別における歩容の違いを明らかにするとともに,その違いを利用して正確な個人識別の実現を目的としている.本年度はまず,年齢・性別による歩容の解析及び手法の評価に用いるデータベースを構築した.構築したデータベースは,従来のものと比べ以下のような特徴を持つ.・幅広い層(男性198名,女性156名,5〜75歳)の被験者・多数(25)方向からの観測・多様な服装変化(32種類)・多様な速度変化(2〜10km/h)以上4つの点に関しては,これまでに発表されているデータベースのいずれも並ぶものはなく,そのため構築した歩容データベースは世界最大である.上記のデータベースを用いて年齢・性別による違いの解析を行った.性別,年齢それぞれに関して識別実験を行い,その結果に基づき,性別・年齢識別にした分類として,4クラスを求ゆた.それらのクラスに対して,観測方向による識別性能へめ影響を確認した.また,各観測方向においてクラスに特有な特徴がどの部位に現れるかを解析した.結果として,コンピュータビジョンの観点からの知見が得られた.