著者
松田 法子
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

本採択課題では、「近代保養地の形成に関する都市史研究」というテーマのもと、近代に巨大化した温泉町である熱海や別府をはじめ、大磯や鎌倉など主として海浜に形成された近代保養地を主な対象に、建築史および都市史の観点から検討を進めてきた。巨大温泉町は、近代日本のある現象面が集約された産業都市として捉えることができ、大磯や鎌倉などは保養と近代の居住にかんする諸問題を把握しうる事例である。本研究は、従来建築史学の分野から行われてきた都市史研究に対して、〔1〕地方地域の近代都市化過程への注目、〔2〕都市と地方地域の関係そのものを都市史の方法論として検討すること、〔3〕これまでほとんど未開拓である温泉町や保養地、観光地にかんする研究、〔4〕社会構造にかんする検討を積極的に空間に落とし込む方法の開拓、〔5〕場所のイメージと都市形成にかんする方法論の提示、などの視角において新規性と独自性をもち、具体的な研究過程においては、(1)近世近代移行期における伝統的社会および空間構造の変化にかんする検討をメインテーマとし、(2)伝統的社会および空間構造の解明、(3)資源開発と都市形成について、(4)伝統的権利と空間の関係について、(5)芸娼妓の社会および空間について、(6)保養都市、観光都市の形成と場所のイメージにかんする方法論的検討、などを主たるサブテーマとして報告を行ってきた。本年度はとりわけ(5)と(6)について重点的に考察をすすめた。その成果は「11.研究発表」に挙げるとおりである。また、本採択課題の研究テーマに関連したアウトリーチ活動を、本年度も継続的に実施した。
著者
石田 志穂
出版者
筑波大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2003

宋代までの内丹における「性功」とは一般的に、欲望を除去して静浄な心境を保つという仏教的精神修養であった。しかし、宋学の影響を内丹も受け、明清に至ると「性功」を「気質の性」が気の偏倚のために偏ってしまわないよう保つこととする例があらわれた。ただし、多くの内丹家は、「理」には言及せず、あくまでも「気」に即する「気質の性」のみを「性功」の対象としていた。内丹思想は純粋な理念としての「理」へと向かう可能性を帯びつつも、「気」の操作体系である以上「気」を越えられないというジレンマを抱えていたのである。このような思想的状況にあって、清の劉一明は、「陰陽交合」を陰気と陽気の交合とはとらえず、「性」と「情」の交合とした。つまり、劉一明は煉気に取って代えて、修性を内丹の主要功法としたのである。内丹はもはや「気」の操作体系ではなくなり、人間の精神のみを対象として操作し、それを修煉するものとなったのである。劉一明が最終的に目指すのは、「天賦の性」(朱子学における「本然の性(理)」にあたる)のみの人間となること、人間の「理」化であった。人間の「理」化とは、具体的には人間が気の影響を受けない純粋な理念としてとらえられることを指す。劉一明は「玄竅」という論理的概念装置を設定し、その力動性によって、気としての人間を理念・思惟としての人間へと位相転換・次元移動するのである。劉一明は、人間の質料的気としての側面をもはや重視せず、人間の本質を純粋な理念・思惟それ自体にあると考えたのである。明清思想史は、ふつう心学から経世致用の学へ、ないし理学から考証学へと転換したと説明されている。しかし、内丹思想の世界においては、人間の精神活動・知的営為を純粋化・抽象化して考える思索・思弁が展開されていたといえるのである。しかもそれは禅や心学のように直観・直覚に帰結するものではなく、いくつかの概念装置を準備しつつ、論理的に方法として追求されるものであった。明清の思想には、従来考えられてきた思想史的展開とは異なる、もう一つの道が存在していたのである。
著者
水多 陽子
出版者
総合研究大学院大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

両候補遺伝子の相補性検定が終了し、日本晴とカサラス間で雑種花粉の不発芽を引き起こしている遺伝子は第1染色体上のDOPPELGANGER(DPL)1,第6染色体上のDPL2と名付けた機能未知の新規遺伝子であることが証明された。DPL1とDPL2は被子植物で高度に保存された重複遺伝子であり、遺伝子構造とRNA・タンパク質の発現解析からはカサラスアリルのDPL1遺伝子と日本晴アリルのDPL2遺伝子は機能欠損型であることが分かった。また、相補性検定の結果からはカサラスアリルのDPL2遺伝子と日本晴アリルのDPL1遺伝子は機能型であることが明らかとなった。リアルタイムRT-PCRとin situ hybridizationの結果から、機能的なDPLのmRNAは二核期の花粉内に蓄積されており、花粉発芽に対し何らかの重要な役割を持っていることを示唆している。また、ゲノム解析が終了した四種の被子植物(ヤマカモジグサ、ソルガム、トウモロコシ)とのシンテニーを元にDPLと名付けた原因遺伝子周辺のゲノム配列を比較することで、DPL遺伝子の重複はイネとヤマカモジグサが分岐した後に起きたことが分かった。本研究は種分化を隔離遺伝子の進化と隔離機構の成立という観点から種や属を超えて検証できた数少ない例である。発現解析からもこの遺伝子は花粉伝達に重要な新規遺伝子であることが示されており、今後DPLの機能を解明することはイネだけでなく、被子植物の生殖過程について有用な知見をもたらすことが予想される。現在、これまでの結果をまとめ、論文を投稿中である。
著者
伊藤 光利 (2006) 五百旗頭 真 (2005) VICTOR KUZMINKOV
出版者
神戸大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2004

研究の第2部を構成するソ連解体後,エリツィンとプーチン時代の日ロ関係について研究を行った。まず,特徴なのは,ソ連時代と異なって新生ロシアと日本には,民主主義と市場経済の原理を信頼するという共通の価値観ができたことである。ソ連の解体とともに戦後に形成された二極支配の国際体系が崩壊し,日ソ間に存在したイデオロギーと体制上の対立がなくなった。第二に,1992年に登場したビル・クリントン政権はこれまでロシアに対して消極的であったブッシュ政権とは異なったロシアにおける民主化を積極的に指示することにした。また同盟国の日本の対ロシア政策の変化を求めた。第三に,国際情勢が変化するなかで,エリツィン・橋本の間で日ロは幅広い協力関係への転換を試みた。ロシアの政策が欧米との協調だけではなく,プリマコフ外相の下でアジアとの協力をも求める政策へと転換した。これを受けて日本はロシアに対する政経不可分の原則に基づいた「拡大均衡」政策から,更なる幅広い関係の発展を目指す「重層的アプローチ」の政策へと進んだ。日本政府は,アジア太平洋地域における安全保障のために,強いロシアの必要性を認めた上で,ロシアをG8の正式メンバーとして歓迎した。そしてエリツィンと橋本の両首脳の間に信頼関係が築かれ,それを基礎として,両首脳はクラスノヤルスクと川奈の非公式会談において画期的な合意を達成し,日ロ関係を新たな協力関係の段階に乗せた。しかし,二人のリーダシップによって築かれた日ロ関係はリーダの退場によってモメンタムを失い足踏みすることになった。日ロ両国を分断する国際構造は消えたが,両国共通の関心と利益を築くことは容易ではなかった。
著者
須貝 杏子
出版者
首都大学東京
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

海洋島で一般的にみられる進化現象の1つとして,異なる生育環境への適応を伴う生態的種分化が挙げられる.生態的種分化は,地理的障壁による隔離がない状況下で,異なる生育環境間での分断化選択と同系交配を促進する交配前隔離によって引き起こされると考えられている.小笠原諸島は東京から約1,000km南に位置する海洋島であり,個々の島の面積は比較的小さいが,複雑な地形に対応して様々な植生がモザイク状に配置し,複数の生物群において生態的種分化が報告されている.小笠原諸島に固有なシマホルトノキは,湿性高木林から乾性低木林まで幅広い環境に生育しているが,これまでに環境ごとの形態的差異などは報告されていなかった.本研究では父島列島のシマホルトノキ11集団337個体を用いて,24遺伝子座のEST-SSRマーカーによる集団遺伝学的解析を行った.さらに,父島の4集団において,開花期調査と土壌水分量,植生高の測定を行った.その結果,父島列島内における生育環境間(湿性高木林と乾性低木林の間)の集団間の遺伝的分化(0.005≦F_<ST>≦0.071)は,同一生育環境内の集団間の遺伝的分化(0.001≦F_<ST>≦0.070)より大きいことが分かった.さらに,遺伝的に分化したグループ間では,開花期にずれがあり,土壌水分量と植生高にも差がみられた.これらのことから,父島列島では,シマホルトノキの遺伝的に分化した2つのグループが側所的に分布しており,それらのグループ間では開花期のずれにより遺伝子流動が制限されていることが明らかになった.シマホルトノキは,種分化の初期段階にあると考えられる.
著者
出口 智之
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

まず、「幸田露伴の歴史小説-「風流魔」の構想と成立に即して-」(『日本近代文学』平成20年5月)において、形式上の破綻を抱えている幸田露伴「風流魔」(明治31年)の成立過程を追跡し、露伴が本作で行った試行錯誤が、古人を題材に勝手な想像を展開すべきでないという自己規範に起因することを指摘した。次に、「幸田露伴「椀久物語」論」(『東京大学国文学論集』平成20年5月)で幸田露伴の「椀久物語」(明治32〜33年)を取上げ、上に指摘した露伴の歴史小説の方法的問題が本作にも見出せることを確認した。さらに、この作品のプロットが樋口一葉「うもれ木」(明治25年)の翻案であることを指摘し、孤立した作家と見られがちな露伴が、同時代文学と浅がらぬつながりを持っていたことを明らかにした。また、鴎外研究会(平成20年12月26日)において発表した「露伴史伝の特徴と方法について-「頼朝」を中心に-」では、これまで古典研究の成果とされてきた露伴の史伝「頼朝」(明治41年)に用いられた資料を特定し、本作が学術性を備えないフィクションであることを明らかにした。また、この作品の随筆に近い様式に、小説形式を捨てた露伴が新しく開拓した文学の可能性を見出した。さらに、「生活人露伴の誕生-幸田文「終焉」の方法を中心に-」(『相模国文』平成21年3月)では、露伴の死後に娘である幸田文が「終焉」(昭和22年)を初めとする一連の作品を発表するにおよび、日常生活に「格物致知」の精神を発揮したという露伴像が生れたことを指摘した。これは、彼女が露伴の日常生活を題材とし、しかも尊敬すべき父と不詳の子という構図を用いることで、父の偉大さを効果的に演出してみせたことに由来する。この研究により、これまで無批判に受入れられていた「生活人」としての露伴像を相対化し、露伴の<知>のありかたについて客観的に捉えなおすことが可能になった。
著者
落合 浩史
出版者
北海道大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

非ウイルスベクターの遺伝子発現は一過的であり、その主要因DNAの転写抑制(silencing)である。我々はこれまでに、hydrodynamics法を用いた遺伝子導入後に観察されるsilencingがCpGモチーフのメチル化および、ヒストン蛋白質の修飾非依存的に生じ、silencingを受けたプラスミドDNA(pDNA)が再活性化し得ることを示している。このことから、持続的に発現する遺伝子治療用DNAの開発において、「silencingの回避」に加えて「積極的な活性化」が必要であると考え、外来DNA特異的転写活性化システムを利用した持続発現型DNAの開発を行った。酵母GAL4蛋白質の配列特異的DNA結合ドメインと単純ヘルペスウイルスVP16蛋白質の転写活性化ドメインの融合蛋白質(GAL4-VP16)を用い、GAL4認識配列をレポーター(ルシフェラーゼ)遺伝子pDNAに付加するとともに、GAL4-VP16発現pDNAにも付加し、podiyibr feedbackによる両pDNAの持続的な発現を指向した。両pDNAをHeLa細胞に共導入した結果、ルシフェラーゼ遺伝子の発現が持続化した。特に、GAL4認識配列を両PDNAの発現カセットの上流に加えて、下流にも付加することで、CMVプロモーター制御下の高い発現レベルを低下させること無く維持することに成功した。さらにマウス肝臓において、肝臓特異的アルブミンプロモーター制御下の発現の消失半減期を大きく延長することに成功した。以上の結果は、持続的に発現する遺伝子治療用DNAの開発において「積極的な活性化」の重要性を示唆するものである。
著者
関口 豊和
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

本年私は主に、宇宙マイクロ波背景放射(CMB)を初めとする宇宙論的観測を用いた宇宙論パラメータの決定及び素粒子宇宙モデルに対する制限について研究を行った。主な研究成果は以下の通りである。一つ目は、ニュートリノや軽いグラビティーノといった軽い粒子の質量に対する制限の研究である。このような粒子は様々な素粒子理論における標準模型を超えたモデルで予言されるが、地上実験による検出は一般に困難である。しかし高温高密度の初期宇宙においては大量に生成された可能性があり、現在暗黒物質の一部を担っている可能性がある。そのため宇宙論的観測が制限に有効であり、制限は宇宙論、素粒子論双方に重要な知見を与えると期待できる。我々は、CMBにおける重力レンズ効果が、軽いグラビティーノの質量に対して感度があることを示し、現在進行・計画中のCMB観測により期待される制限を定量的に見積もった。また、近い将来のCMB観測ではニュートリノ質量とハッブル定数の間に依然強い縮退があることを示し、宇宙論的な距離観測によるニュートリノ質量に対する制限の向上について定量的な見積もりを与えた。二つ目は、初期ゆらぎ及びインフレーションモデルに対する制限である。これまでに多くのインフレーションモデルが提唱されているが、我々の宇宙でどのモデルが実際に起こったかは分かっていない。渡しはベイズモデル選択と呼ばれる統計手法に基づきインフレーションモデルを観測的に区別する方法を提案した。この方法は、現在進行中のCMB観測からモデルを区別する上で、有用な手法になると期待される。
著者
家永 真幸
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

『アジア研究』誌55巻3号に掲載された論文「南京国民政府期における中国『パンダ外交』の形成(1928-1949)」は、1941年に中国国民党中央宣伝部が対外宣伝活動の一環としてアメリカヘパンダ贈呈を行う背景となった歴史の重層的な文脈を明らかにし。その上で、それはパンダに対する振舞いが国家の「外部正統性」を構成する要素となりうるような国際関係に中国が組み込まれていく過程にほかならなかったと結論し、そのような状況は今日まで引き継がれているのではないかと問題提起した。▼同論文の続編として、台湾との交流シンポジウム『Academic Exchange Programme at Komaba Camnpus』で行った口頭報告『Why did pandas come to Japan in 1972?』では、1972年の日中国交正常化に際して行われたパンダ贈呈が、両国間の価値観の共有を前提にしている点や広告塔の存在などの点において、戦前からの中国の対外宣伝の延長上に捉えられるべきであることを指摘した。▼『中国研究月報』誌63巻7号に掲載された書評論文「北京オリンピック2008の歴史的意義-〔書評〕Xu,Guoqi, Olympic dreams : China and sports, 1895-2008, Harvard University Press, 2008.」では、一国内における国家と国民の身体の関係や、国際社会における国家間の関係を、スポーツという考察対象から総体的に捉えようと試みているという点に同書の重要性があることを指摘した。これは書評という場を借りて、報告者自身の問題意識であるところの、国家が国家としての正統性を獲得するプロセスにおいて文化的シンボルが果たす役割を明らかにすることの意義を説明した論考でもある。▼『新明社会学研究』誌に掲載された論考「語られ始めた陳紹馨-『台湾社会学の父』に見る現代史の断絶と連続」は、戦後の脱植民地化が日本ではなく中華民国に代行された台湾において、戦前日本ですでにキャリアを積んでいた台湾人研究者がどのような評価を受けることになったのかを論じたものである。外交や対外宣伝とは直接関わらないテーマであるが、「学知」という一種の文化的シンボルが国家の正統性とどのように関わるのかに関する試論として報告者の研究の中では位置づけられる。
著者
百橋 明穂 LUDVIK Catherine CATHERINE Ludvik
出版者
神戸大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

・弁才天と宇賀神の結び付き、いわゆる『弁天五部経』の英訳;宇賀弁才天の漢訳儀軌を解読;宇賀神の姿と名前の起源を判明するため、経典に登場するインドと中国の蛇神の系譜を調べた。・比叡山弁天堂の年中行事、儀礼を調査し、さらに他の弁才天関係の現地調査した:鎌倉の鶴岡八幡宮旗上弁財天社、銭洗弁天宇賀裾神社、江ノ島神社、竹生島宝厳寺と都久夫須麻神社、鹿児島の最福寺大弁財天、名古屋の桃巌寺等。九月に研究室の中国での研究調査旅に参加し、弁才天関係の志発見・新知見を得た。・弁才天像のデジタル・フォトアーカイブを作成した。従来の印度・日本の弁才天の図像に加え、今回殊に調査に基づいた中国の新発見・新知見の作例増加させて完全なものとした。・上の三つの研究方法で宇賀弁才天関係の資料や写真を収集した結果、当初本一冊を刊行する計画であったが、中国の新たな作例と新知見の増加により、研究が大幅に展開し、著書2冊と論文を執筆することとなった:Uga-Benzaiten: The Origins and Development of the Combined Deity(準備中);The Indian and East Asian Metamorphoses of a Goddess: From Sarasvati to Benzaiten(準備中)。・仏教学と美術史学関係のセミナーや学会に参加し、意見交換した。
著者
高橋 良二 RODRIGUEZ BENITEZ E.
出版者
独立行政法人農業技術研究機構
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

乾燥、高温等の環境ストレスによって大豆の種子に裂皮(種皮の亀裂)が発生し、外観品質が悪化して商品価値が低下する。特に、納豆、煮豆等、種子の形で流通する商品においては裂皮の発生は致命的であるため実需者から高度抵抗性品種の育成が強く求められているが、年次によって裂皮が多発する。本研究では、難裂皮性品種と易裂皮性品種の交雑後代を供試し、裂皮抵抗性のQTL解析を行うことにより選抜マーカーを開発する。難裂皮性品種「エンレイ」と易裂皮性品種「ナスシロメ」とのF_6系統(100個体、各30個体)を圃場で栽培し、個体ごとに開花日を調査した。開花始40日後に上位半数の莢を摘除し、裂皮の発生を促した。成熟期に種子の裂皮指数(裂皮無:0〜甚:4)を1粒ごとに評価し、個体および系統の難裂皮性を調査した。さらに、成熟期、莢数、子実重等の生育特性を評価した。MAPMAKER/EXP. ver. 3.0を用いて連鎖地図を作成し、QTL Cartographer ver. 2.0を用いて、composite interval mappingによって開花まで日数、成熟まで日数、裂皮指数、莢数、子実重、100粒重のQTL解析を行った。その結果、成熟まで日数を支配するQTLが1個見いだされた。主茎長を支配するQTLが2個見いだされた。種子数、子実重、100粒重を支配するQTLが、それぞれ1個、1個、3個見いだされた。難裂皮性を支配するQTLが2個見いだされた(D1 b連鎖群のACI2とM連鎖群のACI1)。ACI1とACI2は、昨年度にF_3系統でも検出され、年次・世代間で再現性が認められた。ACI1とACI2は、早晩性や粒大を支配するQTLとは異なった位置に見いだされ、それらのQTL近傍のマーカーを用いることにより、早晩性や粒大とは無関係に難裂皮性を選抜できることが明らかになった。
著者
今井 真士
出版者
慶應義塾大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

(1)理論的枠組みに関して,主に中東地域の権威主義体制を論じた先行研究を題材に,「比較権威主義体制論」と呼びうる研究分野が比較政治学に形成されつつあることを明らかにした.とりわけ,(1)民主化に言及することなく権威主義体制それ自体の内部力学を分析対象と見なす,(2)権威主義体制下においても「制度」が重要である,という問題意識を共有しながらも,分類論,寿命論,分岐論という複数の研究戦略が乱立・共存していることを明らかにした.これに関連して,分岐論の根底にある考え方を体系的に表したものとして『ポリティクス・イン・タイム』の翻訳を手がけた.(2)具体的な議論に関して,権威主義体制の違いを説明するために2つの問いに注目した,(1)複数政党制を認める権威主義体制において,与党が野党と連立政権を形成して権力を維持しようとする場合がある一方,名目的な協定を締結するだけで権力を維持しようとする場合があるのはなぜか?(2)野党がイデオロギー横断的な連合(特にイスラーム主義者と左派の連合)を形成する場合がある一方,イデオロギー別に連合を結成する場合があるのはなぜか?という問いである,これを検討するために,与党による野党の「排除率」と,イデオロギーの異なる野党間の「議席占有率の差」に着目して,2つの仮説を提示した,与野党の関係について,排除率が低ければ,与党は取り込みの手段として連立政権を構築しうる一方,排除率が高ければ,与党は排除しなかった野党との間で形式的な対話を進めると想定した.野党間の関係について,イデオロギーの異なる野党間の議席占有率の差が大きければ,連合を構築するよりも個別に行動し,拮抗していれば,イデオロギー横断的な連合を構築すると想定した,この議論によって,権威主義体制における取り込みに関する仮説を精緻化するとともに,中東地域のイスラーム主義政党の行動の多様性を説明することが可能になると思われる.
著者
塩尻 かおり
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

本年度は長期に渡る米国滞在をし、様々な野外操作実験を実施し成果を出しただけでなく、所属するニューヨーク州立大学でのセミナー発表や研究者達と議論を交わし研究を進展させてきた。短期の帰国時には効率的に化学分析を行い結果をだし、また学会発表・アウトリーチ活動も行ってきている。研究成果においては、主に3つの成果を以下に記述する。1)植物間コミュニケーションにおける匂い物質が傷害後すぐにでるのではないことを野外実験によって明らかにしたことは、今後、どの揮発性成分が刺激物質なのかを明らかにする重要な手がかりとなり、来年度はその結果を基にした室内・野外実験、さらに植物生理学者と共同で研究を進める予定である。また、2)セージブラッシが自然界で、クローン繁殖していることを明らかにし、さらに、遺伝的分析と匂い化学分析を照らし合わせ、クローン間で匂いがほぼ同じである事実から、クローン間でより植物間コミュニケーションが行われていることを示唆したことは、植物間コミュニケーションの進化を考察するうえで重要となるであろう。3)植物コミュニケーションの研究の方法において、匂いをトラップしそれを移し変える簡易方法をあみ出した。具体的にはプラスチック袋を被せ、匂いをトラップし、それをチューブで吸出し、アッセイ用の袋に移し変えるといったものである。野外においてこの方法をもちいてアッセイをおこない、移し変えた匂いを受容した枝が誘導反応を起こすこと(コミュニケーションの現象)を実証した。これはこれからの植物コミュニケーションの研究において手軽さ、安価さの面から注目を浴びると考えられる。
著者
上川 一秋
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2001

成果は、社会資本理論を、修正するかたちで発展させたことである。学校組織において、教師間の連帯は、生徒を教育的によい方向に導くことができる、という仮説を米国の2次的データをもちいて検証した。また日本の教師とのインタビューをも参考にした。社会資本理論によれば、個人間の連帯は情報の交換を促し、個人間の信頼関係を強める。学校という場においては、教師間の連帯が強いほど、教師が生徒ともつ関係の効果が強い、という仮定から本研究はスタートした。結果は逆であった。同僚関係の薄い教師ほど、生徒をよい方向に導いていることを分析が示した。いわゆる「一匹狼的」な教師(同僚とあまり話をしない教師)ほど、生徒の問題行動を制御し、また大学進学率をも高めている様子がデータによって示された。文献調査は、教師の仕事は生徒との関係が主であり、同僚関係を密にすることが教師の関心事ではないという知見を与えた。多くの教師にとって、生徒とのかかわりが仕事の楽しみである、という「教師という職業の特徴」を理解することの重要性が分かった。またデータ分析によると「一匹狼」的教師ほど、・関わりのある生徒に対しては強いコミットメントをもっている。・生徒と関わるさいに、同時に親やカウンセラーともかかわる率が高い。・教えがいがあり見込みのある生徒を選んで、コミットする度合いが高い。米国、日本両方で、学校改革が盛んななか、教師はこれまで以上に同僚同士の協力関係を結ぶことを求められている。例えば、ティームティーチングや、共通の基準に基づいたカリキュラムを作成するうえで、教師は同僚とともにすごす時間が長くなることが考えられる。とすれば、学校改革自体が教師という職業に与える影響をも視野にいれた研究が必要となるであろう。従来、学校改革研究は同僚間協力が絶対善としがちである。確かに、教える技術を磨くための同僚関係は重要であろう。しかし、生徒に人間的に働きかけ、生徒の進路や生活指導をするうえでは、個人の教師が、個人の生徒にコミットしつつ働きかけることが有効なのかもしれない。本研究の理論的貢献は、社会資本論を学校という場の理解に応用するさいに、教師文化の特質を理解することの重要性を訴えた点である。
著者
住友 元美
出版者
奈良女子大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2003

本年度は、主に、近現代日本の高等教育における女子大学の位置づけに関して、以下の研究を行なった。I、1、戦後に新たな家政学樹立の必要性を輪じていた今和次郎の「家政論」およびその後の「生活学」研究について史料解読を行なった。2、戦前・戦後に展開された女子高等師範学校および女子専門学校による大学昇格運動について史料の分析を行なった。3、戦後に誕生した新制大学における「一般教育」導入の意義について史料調査し、先行研究の検討を行なった。以上から、戦後の新制大学創設期に学問として独立していく(させられていく)家政学と今が提唱した「新しい家政学」とを比較検討して、戦後家政学の確立と女子大学誕生との関係を明らかにし、戦後女子大学(「家政学部」を女子大学の特徴として掲げる大学)が、戦後新制大学の規範的存在となる可能性を持つものであったことを示して、日本高等教育における女子大学の意義について言及した。(「戦後日本の高等教育における女子大学誕生の意義-今和次郎の「家政論」をてがかりに-」)II、Iに引続き、今の「家政論」を主なる史料として、戦後日本の復興(民主主義化)と新たな家政学樹立および「一般教育」との関係について検討した。(論文作成中)
著者
新谷 寛
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

ガラスは工業的に非常に重要であるが、ガラス転移転移の基礎的メカニズムに対する回答は未だに得られていない。この問題に対し我々は、「局所安定構造形成による短距離秩序化」と「結晶化による長距離秩序化」との競合によるフラストレーションが過冷却液体には存在し、それがガラス転移現象の本質と深く関わっているという「二秩序変数モデル」を提案している。そこで、相互作用ポテンシャルに上記のフラストレーションを導入することで、結晶化からガラス化までを続一的に扱えるモデルを構築した。ガラスには、ガラス転移現象の他にも、ボゾンピークと呼ばれる未解決問題が存在する。ボゾンピークとは、THz領域に存在する、デバイの状態密度(低温での結晶の振動状態密度を良く記述できるモデル)よりも過剰の振動状態密度である。しかし、ボゾンピークがガラス転移現象と関連があるのかどうかや、その起源に関しては未解明のことが多い。我々は、前述したモデル用いて、分子動力学シミュレーションを行った。このモデルの圧力やフラストレーションを制御することで、ボゾンビーク振動数を幅広く変化させ、系統的に研究することにより、ボゾンピーク振動数と横波の音波の Ioffe-Regel limit(ガラスのランダムネスの影響のため、音波が強い散乱を受け伝播できなくなる振動数)とに深い相関があることを発見した。さらに、この事実は次元性やポテンシャルの詳細によらない普遍的なものであることも明らかにした。このことは、ガラス(非晶質)の振動ダイナミクスの理解に大きく寄与するものと考えられる。
著者
川上 陽子
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2005

H19年度は、おもに贈与について研究を深めた。贈与が死と密接な連関をもっていることをつまびらかにした。そのために、ハイデガー、キルケゴール、デリダ、レヴィナス、ブランショらの著述をひもとくこときながら、彼らが死が到来するものということを前提とし、他の誰のものでもなくこのわたし固有のものである死という概念、それをぞんざいの担保としていたのに対し、死は誰しもに必ず訪れるものであるにもかかわらず、死の瞬間にわたしは雲散霧消するのであるから(すくなくとも「わたしたち」の「世界」においては)、死は届きそうでその瞬間に姿を消す、決して届き得ないものであること、つまりは絶対的他者性であり、にもかかわらず、それは産まれる瞬間にどこからともなく誰から都もなく贈与された、わたしとは切っても切り離すことができない不気味ななにものかであることを論じた、さらには、誰しもに贈与されていることば、とりわけその先鋭的な形態である一人称代名詞「わたし」が、誰しもに贈与されているがゆえに、誰しもにとってもっとも近しいものでありながら誰のものにもなりえないアンヴィヴァレンスをはらんでいることを、多和田葉子やブローディガンなどの文学作品を論じることによって明らかにした。ここにおいて、死とことばが、贈与という概念によわて結ばれることになる。死はぞんざいにとって絶対的他者性であるがゆえに、またその他者性においてのみそのぞんざいの単独生を支え、ことばも絶対的他者性であるにもかかわらず、わたしはそれを使用することによってしかしゅたい化することができない。どちらもぞんざいにとってなくてはならぬものであるにもかかわらず、それをつきつめると、しゅたい化とともに脱しゅたい化がおこるのである。これはいままで論じられることのなかった論点であり、たいへん重要な示唆に富むものであるとおもわれる。
著者
李 承ほ
出版者
大阪大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2003

糖転移酵素の一種であるα1.6-フコース転移酵素(FUT8),は、N-グリコシド型糖タンパク質糖鎖の根元にフコースを付加する酵素である。この転移酵素によってフコシル化された糖鎖は、正常組織の多くのタンパク質で見られるが、その詳細な機序は不明である。申請者が在籍する研究室では、フコシル化の生理機能を明らかにするために、FUT8ノックアウトマウスを作製した。FUT8欠損マウスは、成長遅滞をおこし生後早期に死亡する。病理学的には肺上皮と小腸上皮に異常がみられた。本研究は、この病変の分子基盤を明らかにするために、正常マウスとFUT8欠損マウスの差異をプロテオミクス法で解析し、責任分子を明らかにすることを目的とする。FUT8欠損マウスに見られた病理学的異常の責任分子としてLow density lipoprotein receptor related protein-1(LRP-1)に着目してFUT8欠損マウスではこの受容体はフコース化されてないことによるこの受容体の取り込みの機能に異常があるのが明らかになった。これらの異常によるFUT8欠損マウスではLRP-1のLigandの一つであるInsulin like growth factor binding protein-3(IGFBP3)というタンパク質が増加されたのが確認された。これからの研究によるフコシル化LRP-1の機能において大事な役割をしているのが明らかになった。LRP-1の異常とFUT8欠損マウスに見られた成長遅滞をおこし生後早期に死亡することと肺上皮と小腸上皮に異常などとの関係性があるか調べる。
著者
田崎 直美
出版者
お茶の水女子大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2002

本研究は、ドイツ占領下(1940-1944年)のパリにおけるフランス人作曲家の音楽活動を具体的に検証することで、1)政治的要素が音楽製作や上演に与えていた影響、および2)音楽家が選択した文化面での態度、を考察し、当時の音楽様相の一端を明らかにすることを目的とした。1.占領下パリでの音楽活動における政治的影響:国立オペラ劇場連合(RTLN)について報告者はこれまでに、RTLNにて上演された作品とその上演傾向、およびフランス人作曲家による新作の検証と考察を行った。本年度は補足的研究として、RTLNの音楽活動への占領当局の関与について、現在までに収集可能であったフランス国立古文書館所蔵の史料を整理した。これにより、これまで知られていた事実(ドイツ人演奏団体の客演公演、ドイツ人作曲家のための音楽祭)に加えて、特定作品の上演要求、ドイツ人用座席の増加要求、人事への干渉等が行われていたことが判明した。2.音楽家の態度:プーランクとオネゲルを中心に本年度は、作曲家オネゲルのパリにおける音楽活動について、1)楽曲分析(占領下で作曲もしくは上演された作品について)、2)言説の分析(Comoediaに掲載された彼の音楽批評より)、3)作品の上演状況と当時の批評の検証(L' Information musicaleより)、を行った。この結果にプーランクの音楽活動を合わせ考えると、次の点が指摘できる。すなわち、二人の作曲家はこれまで政治的に両極の立場(対独協力およびレジスタンス)を取っていたと考えられがちであったが、作品上演の場は多くが共通していたこと、そして上演作品をめぐる政治的イデオロギー(「国民革命」、「ナショナリズム」)にも類似性が見出されることである。これには同時代人による「解釈」の問題が大きく関わっており、当時音楽と政治権力が切り離しがたい関係にあったことがうかがえる。
著者
春日 敏測
出版者
国立天文台
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

2006年12月から2008年5月まで、ハワイ大学のInstitute for Astronomy(IfA)に滞在した。ハワイ大学の所有する口径2.2メートルの大型光学望遠鏡を使用して、過去に彗星活動のあったと考えられる近地球型小惑星3200番フェートン(ふたご座流星群の母天体)と軌道力学進化的に関連し分裂破片の可能性のある小惑星2005UD、そして小惑星1999YCについて、多色測光(カラー観測)、ライトカーブ、自転周期、サイズを導出してきた。1999YCと2005UDの表面的特長とフェートンのそれと比較した結果、始原的な部類であるC,Bタイプであることが明らかにされた。1999YCもフェートンからの分裂破片である可能性がある。ライトカーブ観測からは、歪な形状であることが明らかにされた。得られた結果から、フェートンの分裂・枯渇化の可能性について追及した。流星研究から推測されているフェートンの表面と内部との熱的進化の違いについての知見も加え(Kasuga et al.2007)、総合的に枯渇彗星の進化について議論した。結果、フェートンの母天体は内部に氷を含んだ比較的サイズの大きい小惑星であった可能性を提案することができた。参考 Kasuga & Jewitt 2008,Astronomical Journal,Vol.136,pp.881-889