著者
見学 美根子 (2011) 岡本 晃充 (2010) WANG D. オウ タン
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

神経細胞内のmRNA動態観察において、RNA配列の染め分け、つまりマルチカラー核酸解析は、mRNAのライブセルイメージングの原点としてどうしても確立したい技術である。それが可能になれば、アメフラシの神経細胞の中でのmRNAのトラフィックスのモニタリングへ応用できるようになる。本年度は、まずモデル系として、励起子制御機構にのっとった新規蛍光プローブ群を用いて、ヒトガン細胞(HeLa細胞)およびマウス神経細胞(海馬から取り出す)における新規mRNA蛍光検出法へと展開した。ここで検討されたプローブは、チアゾールオレンジ色素の色素間励起子結合効果を利用しており、標的のmRNAと結合した場合にだけ488nm励起により強い蛍光を発する。われわれは、まず細胞内mRNA分布の静的観察のために、このプローブを用いた蛍光in situハイブリダイゼーション法を確立した。この方法は、ガラスプレート上に固定化した細胞に対し、新規蛍光プローブを含む溶液を加えるだけである。これにより、従来までの蛍光in situハイブリダイゼーション法で用いられてきた工程を大きく簡便化することができた。この新規観察法を通じて、mRNAが細胞内でどのように分布しているかを蛍光発光によって確認することができた。この方法は、次の段階として目指すべきである神経細胞内のmRNAのトラフィックの観察に有用であると思われ、引き続き研究を進めることによって、新たな蛍光観察法の確立を目指したい。
著者
本多 正純
出版者
総合研究大学院大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

本年度は、M2ブレーンの低エネルギー理論の候補であるABJM理論と呼ばれる3次元の超対称性理論を数値的に解析することにより、M2ブレーンの場合のAdS/CFT対応を直接検証する研究を行った。この超対称性理論の数値的な解析は今まで大変難しいと考えられてきた。そこで我々はまず、最近発展してきた局所化と呼ばれる解析的手法とモンテカルロ法を組み合わせることにより、ABJM理論の物理量を数値的な解析を行った。このシミュレーションによりM2ブレーンの場合のAdS/CFT対応を直接検証すると共に、対応する重力理論に関して幅広いパラメータ領域での予言を行った。また、ABJM理論と並んでM2ブレーンを記述していると考えられているBLG理論と呼ばれる理論があるが、両理論の超共形指数を計算することによりあるパラメータ領域ではこの理論がABJM理論と等価であるという強い証拠を提示した。さらに、様々な次元のDブレーンの低エネルギー理論である極大超対称ヤン・ミルズゲージ理論に対して、この理論が様々な曲がった時空上で定式化された際に超対称性の性質がどのように変化するかを詳細に解析した。
著者
石黒 勝己
出版者
奈良県立橿原考古学研究所
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2016-04-22

春日古墳(奈良県斑鳩町)を対象にしたミューオンラジオグラフィーに関して、画像の分解能を上げるために計測期間を3ヶ月間に延ばして観測を行った。さらに画像化の方法も最適化し、春日古墳墳丘内部画像の作成を行った。画像には埋葬施設による空洞と思われる領域があり、この評価を行うために、シミュレーションを行って古墳内構造の具体的な検討をした。墳丘の外形測量データに対し、色々な大きさ、方向の埋葬施設を墳丘内部に仮定してコンピューター上でミューオン計測を再現、どのような空洞を仮定したときに計測データと最も合うかを検討することで是を行った。結果として 古墳中心部分、南南西からに北北東方向に長さ6.1±0.5m,高さ2.0m,幅1.8mの空洞を想定した場合に最もデータと合うものであった。この結果は考古学者によって構成される春日古墳調査検討委員会および物理学の国際会議であるICMaSS2017で発表し高く評価された。また、観測に際し原子核乾板を固定して設置する治具の開発をした。野外にフィルム(原子核乾板)を垂直に縦置きして長期間固定する必要があるがフィルム取り換えが容易にできることも必要である(放射線の蓄積などによってフィルムが劣化することによる)。これに対応する冶具の設計としてレール加工をした冶具ににフィルムを貼り付けたアルミ板を差し込む構造を考案し製造した。冶具は 野外に土地の改変無く設置でき、斜面にも設置できるなど古墳特有の要求を満たすものになっている。
著者
鈴木 朋美
出版者
早稲田大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2013-04-26

前年度に引き続き、ベトナム中部サーフィン文化の甕棺資料の実測図化と遺物編年の作成を目標に据え、トゥアティエンフエ省、ビンディン省、フーイェン省、コントゥム省、クァンナム省ホイアン市・ディエンバン県にて資料調査を行い、コンテクストの確認と報告資料の補完を行った。まず、昨年度の成果を元に、トゥーボン川流域に属す遺跡とフォーン川流域に属す遺跡の土器の比較を行い、器種構成の違いや型式的差異を指摘し、2つの遺跡間に生じる差異は地理的要因だけではなく時間差も含まれているという見解に至った。ビンディン省では、未接合資料を実測することで報告書では指摘されていなかった有肩甕棺から有稜深鉢形甕棺の型式変化を観察できた。さらに、ホイアンではゴーマーヴォイ遺跡で多数を占める卵形甕棺とサーフィン文化の甕棺の典型的形態ともいわれる長胴甕棺の中間の型式と思しきハウサーI遺跡の甕棺を確認できた。これにより、現在までのサーフィン文化の編年の細分化が可能となり、自身が行った甕棺の形態分類における時間的差異と地域的差異を整理できた。以上より、サーフィン文化の広域編年に関して、1)サーフィン文化の甕棺の形態は地域ごとに独自の変化をたどる2)トゥーボン川流域では、ゴーマーヴォイ遺跡の主要な形態である卵形甕棺から、ハウサーI遺跡・タックビック遺跡の長胴化した甕棺、そしてアンバン遺跡・ビンイェン遺跡の長胴甕棺という変化が主要な甕棺の変化である、という見解に至った。
著者
溝口 佑爾
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

2012年度は、前年度に引き続き、これまでの研究のアウトプットを続けると同時に、これまでの理論的研究で得られた洞察を、巨大災害後の復興支援プロジェクトへと直接生かしつつ、その成果を残すための地盤作りに取り組んだ。2010年度に築いたルーマン社会システム理論の時間論的、そしてメディア論的な拡張を、2011年3月11日に起きた東日本大震災を受けて立ち上げた被災地支援活動「思い出サルベージ」プロジェクトにおいて実践していった。同プロジェクトは、宮城県亘理郡山元町において津波に飲まれて持ち主不明となった写真約70万枚を、洗浄・デジタル化・データベース化して持ち主へと届けることを目的とした支援活動である。申請者は、同プロジェクトの立ち上げ人兼現代表として、宮城県亘理郡山元町における被災写真救済活動の実質的な指導およびフィールドワークを続けてきた。また、山元町以外の被災写真救済活動(沿岸部の各被災自治体)についても、技術指導、ネットワーキングに勤めながら、フィールドワークを行った。その実践的な成果の一部は、研究発表1.および学会発表1.~4.としてアウトプットしてきた。また、アウトリーチ活動として、山元町内の各教育機関及び各地の大学、また市民に向けた学問的なコミュニケーションの場へと積極的に還元してきた。本研究は、当初の計画に比べ、理論よりも実践的な還元に重きを置くものとなった。しかし、そのことは、理論的な洞察が実践的な還元へと直結するという意味で、理論的研究たる本研究の意義を示す結果であると言えるだろう。現在も続く復興支援活動「思い出サルベージ」において活かされているのは、本研究が築いたルーマン社会システム理論の時間論的・メディア論的拡張である。もちろん、限られた時間の中で震災というイレギュラーな事態を受けたことで、やり残した課題は多いといえるだろう。一番大きな課題は、実践から理論への逆方向の還元である。再びの理論化による社会学理論への還元については、来年度以降の日本学術振興会特別研究員PDとして実施する研究での課題とする所存である。PDにおける研究は、実践的なフィールドワークから得られる洞察を、拡張されたルーマンメディア理論を手がかりにして、現代の社会学理論へと還元するものとなる見通しである。また、採用の初年度より着手している、アジアにおける「圧縮された近代」の計量的な検討もさらに発展させ、その成果を発表する機会を得た(学会発表(国内)5.&学会発表(海外)1.)。近代化のスピードに着目するこの研究は、社会学のカギとなる概念の一つである近代化のバリエーションを計量的に考察することで、当該研究であるルーマン社会システム理論の時間論的・メディア論的拡張の、応用的な側面を補うものとして位置づけられるものである。今年度は、タイのチュラロンコーン大学での研究会において、東アジアにおける家族観に対する高学歴化の影響に対して、非儒教圏にも通じる視座を獲得することができた。
著者
古川 真宏
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2011

本年度は、「世紀末ウィーンにおける芸術と精神医学」についてのこれまでの研究の成果をまとめ、論文「世紀末ウィーンの芸術における病理学的身体――クリムト的女性像に関する一考察」として紀要『ディアファネース――芸術と思想』(査読有)で発表した。この論文は、当時「世紀の病」として広く認知されるようになったヒステリーと精神衰弱という二つの病の観点から、様々な芸術分野に対する精神医学の影響をまとめたものである。当論文では、世紀転換期の女性像を芸術批評・医学的言説・図像との比較・分析を通じて、ヒステリー的ファム・ファタールと神経衰弱的ファム・フラジールの二つの類型に分類した。また、グスタフ・クリムト、エゴン・シーレ、オスカー・ココシュカの作品、臨床の現場における神経衰弱の女性像、シュルレアリスムにおけるヒステリーの女性像などと比較することで、芸術的主題としての病理学的身体の系譜を描き出した。また、前年度の研究のテーマであった「スタイルとモード」という問題系についても同時に研究を進めた。その研究過程で重要な参照項として浮かび上がってきたゴットフリート・ゼンパーの様式論とアンリ・ヴァン・デ・ヴェルデの服飾論については、加藤哲弘編『芸術教養シリーズ28芸術理論古典文献アンソロジー西洋篇』において、解説・抄訳のかたちで概要を発表した。また、このテーマに関する論文「ウィーンの/とファッション」(仮題)は、池田裕子編『ウィーンー総合芸術に宿る夢』(竹林舎、2016年春刊行予定)に掲載されることが決定している。
著者
坂本 佳子
出版者
大阪府立大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2011

共生細菌ボルバキアに感染したシルビアシジミ(以下、本種)の寄主植物転換の要因を明らかにすることを目的として、日本各地の個体群について1)雌成虫の産卵選好性と2)幼虫の利用能力を調査した。また3)ボルバキア感染状況や性比異常を調査し、4)本種の遺伝的構造との関連性を明らかにした。1)計8ヶ所の個体群を対象として、ミヤコグサとシロツメクサに対する雌成虫の産卵選好性について調査した。その結果、両植物に産卵する個体群とシロツメクサにはほとんど産卵しない個体群が確認され、個体群間で選好性は異なることが明らかになった。2)計4ヶ所の個体群を対象として、両植物による幼虫の飼育を行った。その結果、羽化率には個体群と供試植物による違いは認められず、ほとんどの個体が正常に羽化したが、蛹体重は、いずれの個体群においても、ミヤコグサを与えた区の方が有意に重かった。各寄主植物区における蛹体重は、個体群間で有意に差があった。3)計14ヶ所の個体群を対象として、ボルバキアの感染状況を調査したところ、3系統のボルバキアが検出された。そのうち1系統は雄殺しと性モザイク化を引き起こすことが明らかになった。感染状況は個体群によって異なった。4)計14ヶ所の個体群を対象として、本種のミトコンドリアDNA(mtDNA)と核DNAの遺伝的多様性を調査したところ、ハプロタイプ構成はmtDNA、核DNAともに個体群によって異なった。さらに、ボルバキアがmtDNAのハプロタイプ構成に影響を与えることが示唆された。産卵選好と蛹体重において、異なる形質を持つ個体群間で交配実験を行ったところ、ボルバキア感染系統に関わらず、いずれも各個体群の中間的な形質になり、寄主植物転換におけるボルバキアの関与は明らかではなかった。日本各地の遺伝的多様性と寄主植物選好性の結果から、一部の個体群において、本来の食草であるミヤコグサから帰化種であるシロツメクサに寄主拡大したと考えられた。
著者
笠倉 和巳
出版者
東京理科大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2016-04-22

2年目の29年度は、昨年度6種類(酢酸、酪酸、イソ酪酸、プロピオン酸、吉草酸、イソ吉草酸)の中からマスト細胞の活性化を抑制する短鎖脂肪酸として見出した吉草酸に焦点を当て、その作用機序の解明を目指した。吉草酸の作用経路としてGタンパク質受容体であるGPR109Aを介してマスト細胞に作用していることを昨年度明らかにした。GPR109Aはナイアシン(ビタミンB3)の受容体として同定された分子であり、免疫細胞においてナイアシンは、GPR109Aを介してエイコサノイドや抑制性のサイトカイン産生を促進し、抗炎症作用を示すことが報告されている。そこで、まず、①ナイアシンが吉草酸と同様にマスト細胞の活性化を抑制するか、また、②吉草酸のGPR109Aを介したマスト細胞の機能抑制にはエイコサノイド産生を介した間接的な作用があるかの検討をした。①吉草酸よりは効果は弱かったものの、ナイアシン添加によりマスト細胞の活性化が抑制された。また、ナイアシンの経口投与により全身性アナフィラキシーによる体温低下が緩和される傾向が見られた。②吉草酸およびナイアシンによるマスト細胞の活性化抑制にエイコサノイド産生が関与しているかをプロスタグランジンの合成に必要なシクロオキシゲナーゼ(COX)阻害剤であるアスピリンまたはインドメタシンを用いて検証した。COX阻害剤処理により、吉草酸およびナイアシンによる抑制効果が打ち消された。さらに、全身性アナフィラキシーの系にCOX阻害剤を投与することにより吉草酸およびナイアシン投与によりみられた体温低下の抑制が解消した。以上のことから、吉草酸はプロスタグランジン産生を介してマスト細胞の活性化を抑制していることが明らかになった。
著者
尾畑 佑樹
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2015-04-24

ヒトの消化管粘膜は、およそ100兆個の腸内細菌に曝されている。腸内細菌は宿主の消化酵素では分解できない食物繊維などを微生物発酵により分解し、終末代謝産物として様々な低分子化合物を産生する。これら代謝物は、宿主細胞の栄養源として利用されている他、免疫系調節因子として機能している。しかしながら、腸内代謝物が免疫系を修飾する分子メカニズムは不明であった。本研究課題の目的は、腸内細菌が粘膜バリア機能の維持に重要なイムノグロブリンA(IgA)産生B細胞を誘導するメカニズムを解明することである。無菌マウスに通常のマウス由来の腸内細菌を定着させたマウスの解析から、腸内細菌が産生する短鎖脂肪酸の一つである「酪酸」が大腸のIgA産生B細胞の誘導を促すことが分かった。そこで、酪酸によるIgA誘導作用機序を明らかにするため、未熟B細胞をIgA誘導条件下で培養し、酪酸添加によるIgA陽性細胞割合の変化を調べた。その結果、酪酸を添加してもIgA産生細胞の割合に変化は見られなかった。これより、酪酸はB細胞以外の腸管内細胞に作用し、間接的にIgA誘導を促す可能性が示唆された。そこで、生体内における酪酸の作用を調べるため、酪酸を含む餌をマウスに一定期間与え、大腸の免疫学的表現型を解析した。その結果、酪酸は大腸の腸上皮細胞におけるTGFβの発現および樹状細胞におけるレチノイン酸(RA)合成酵素の活性(ALDH活性)を高めた。TGFβおよびRAは、IgA誘導に必須の因子であることから、酪酸はこれら因子の発現を高めることで、間接的にIgA産生細胞を増やす可能性が示唆された。現在、本現象の分子メカニズムの解析を行うとともに、本研究成果の論文化に向けた準備を進めている。
著者
濱田 有香
出版者
東京工業大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2015-04-24

平成28年度は2つの研究を行った.研究1では,咀嚼および味覚に伴う口腔刺激が食事誘発性体熱産生(DIT)に与える影響を検討した.実験は2015年度に行い,データ解析を2016年度に行った.普通体重の健常成人男性に,200 mL(200 kcal)の飲料を一口20mLに分け,3通りの飲み方で5分間かけて摂取させた.すなわち,①対照試行:30秒毎に一気に嚥下する試行,②味覚試行:30秒間口に含んでから嚥下する試行(対照試行に味覚刺激が加わる),③咀嚼試行:1秒に1回の頻度で30秒間咀嚼してから嚥下する試行(対照試行に咀嚼と味覚の刺激が加わる)を行わせた.ガス分析装置にて酸素摂取量を食後90分まで測定し,食後90分間の累計のDITを算出した.味覚試行の累計のDITは対照試行と比べて有意に増大し,咀嚼試行の累計のDITはさらに増大した.咀嚼および味覚の両方の口腔刺激によって,DITが増大することが明らかになった.研究2では,食べる速さが食後長時間にわたるDITに及ぼす影響について検討した.実験は2016年度に行った.普通体重の健常成人男性に,734 kcalの食事(スパゲティ,ヨーグルト,オレンジジュース)をできるだけ速く(早食い試行)あるいはできるだけゆっくりよく噛んで(遅食い試行)摂取させた.ガス分析装置にて酸素摂取量を食後7時間まで測定した.遅食い試行のDITは早食い試行よりも食後2時間まで有意に増大した.食後7時間まで早食い試行と遅食い試行のDITの応答は逆転しないことが確認された.食後7時間の累計のDITは早食い試行よりも遅食い試行の方が有意に増大した.研究2の知見は,ゆっくりよく噛んで食べることが肥満を予防するよい習慣であることの裏づけとなろう.研究実施計画のとおりにおおむね順調に実施できた.今後,研究1および研究2について論文を執筆し,学術ジャーナルに投稿する。
著者
梅田 耕太郎
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2004

核融合炉の実現には高温高圧のプラズマを長時間閉じ込める必要があり、その閉じ込め配位として30-40%の高いベータ値を持ちつつ、トカマクの安定性を引き継いだ球状トカマクが注目を集めている。しかし、球状トカマクはその形状からトカマクと同様の、中央ソレノイドコイルによる立ち上げを行うことができない。本研究では外部コイルの誘導により生成した2個の球状トカマクを合体させることにより高ベータ球状トカマクを立ち上げる手法を提案している。本年度は球状トカマクを含むコンパクトトーラスの合体加熱実験において、2次元磁場揺動を得るために、アンプ回路の設計、構築を行った。この結果、得られた磁場揺動は単体コンパクトトーラスの生成時、および合体時において著しく生じることが示され、合体後、5μsで生成時の1/10まで減衰する。この揺動は250kHz前後と低い周波数を持っており、また合体前から生じることから圧力駆動型不安定性由来の揺動ではないと推測される。また、1次元で対向させた光ファイバによる分光計測を用いて、流速を計測し、流速による補正を加えたイオン温度を算出した。その結果、イオン温度は60eV程度であった。磁気リコネクションでの磁場から熱への変換効率は100%近いことが報告されており、本実験では理論的には200eV程度が予測される。この損失は前述の揺動によるもの、すなわち合体後の配位完成までの間の熱損失が原因と考えられ、初期コンパクトトーラス形成、移送時の平衡、安定性についての議論が今後の課題である。
著者
木村 暁
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

昨年度に続いてウズベキスタンでの史料調査(2008年8-9月と2009年2月の二期)を行いながら原典史料の分析に取り組み、ブハラ王権の権威とイデオロギー、あるいは統治機構にかかわる以下4本の口頭発表を行った。(1)「ブハラにおける非チンギス裔の即位:年代記『ハンヘの贈物』が映し出す伝統への挑戦」では、王朝年代記がブハラにおける新興の非チンギス裔マンギト朝政権の支配をイランのナーディル・シャーによるブハラ支配(1740-47年)の事実に結びつけて正当化した点を明らかにした(2)「イスラーム都市としてのブハラ:そのイメージと意識化の史的展開」では、このマンギト朝政権がスンナ派正統主義的イデオロギーに依拠してイスラーム王権としての性格を強めるのと並行して、首府ブハラの聖なる都としてのイメージが普及・定着していくプロセスを跡づけた。(3)「ブハラの法廷証言」では、ブハラ・アミール国治下で作成されたイスラーム法廷文書をつぶさに読み解く作業を通じて、売買や権利放棄など日常的に見られる法的行為の処理のあり方を具体的に示すと同時に、ロシア帝国の直轄地に組み込まれたサマルカンドも視野に収めながら法廷台帳や行政文書など他史料も併用することで、カーズィーの司る法廷における文書業務をアミール国の文書行政のより大きな枠組みのなかに位置づけた。(4)「ムッラー・カマールッディーンの弁明書:その史料的性格と可能性について」では、サマルカンドのカーズィーがテュルク語で著した手稿本(目下出版を準備中)について、それがロシア統治下のムスリム社会の諸問題に内在的な視点から光を照らす、きわめて重要な史料であることを指摘した。以上の各テーマについては論文を随時発表していく予定である。
著者
馬場 真理子
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2016-04-22

2017年度の研究計画では第一に、2016年度の研究に引き続いて陰陽道及びその関連分野(天文道・暦道)における術数の展開を追うことを予定していた。この点について、2016年度は古代から中世にかけての変遷を追ったが、2017年度は近世にまで視野を広げて研究を行った。その結果、古代以来密接に結びついていた天文占や暦注などのいわゆる「迷信」的な部分と数理に関わる部分が、近世における西洋天文学の導入を受けて峻別されるようになったこと、しかしその過程で中国・日本における「伝統的」な思想と西洋天文学を擦り合わせるための多様な努力がなされたことなどを明らかにした。この成果は2018年3月にシカゴ大学との合同ワークショップにて発表し、学際的な視点からの指摘・助言を受けることができた。また、大阪市において資料調査を行い、古代から近世にかけての天文道に関する資料を収集した。2016年度の反省として中国における術数との比較ができなかったことを挙げていた。これについては、古代中国の堪輿との比較検討を進めるため、前段階として同テーマに関わる英語論文の翻訳を行った。当該翻訳は『中國出土資料研究』に掲載される予定である。加えて、宗教学的な視点での研究が進められなかったことも2016年度の反省点であった。2017年度は「聖なる時間と俗なる時間」という宗教学における重要なテーマに本研究を接続させたいと考えていた。したがって古代から近代にいたる「聖」概念の展開を追った。その成果をまとめた論文は2018年度中に思想誌『nyx』に掲載される予定である。
著者
谷 幸太郎
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012

公衆を対象とした内部被ばく評価手法及び核燃料再処理施設を対象とした内部被ばく評価手法の高度化を目的として、安定ヨウ素剤服用時及びキレート剤投与時の体内動態解析をそれぞれ実施した。体内に摂取した放射性ヨウ素の甲状腺への取り込みは、安定ヨウ素剤の服用によつて抑制できることが知られている。本研究では、放射性ヨウ素摂取時及び安定ヨウ素剤服用時の体内動態モデルを使用し、日本人を対象とした^<131>Iの急性吸入摂取に対する甲状腺残留率を解析した。安定ヨウ素剤服用時に解析にあたつては、安定ヨウ素を過剰に摂取した場合に一時的に甲状腺ホルモンの合成が阻害されるWolff-Chaikoff効果の影響を新たに考慮した。解析した安定ヨウ素剤服用の有無に対する甲状腺残留率を比較することにより、^<131>Iの甲状腺取り込み抑制効果を評価した。その結果、抑制効果は2日前の服用で約50%、1日前から直前までの服用で80%以上であった。一方、^<131>Iを摂取した後に遅れて安定ヨウ素剤を服用した場合には抑制効果は急激に減少し、12時間後で約20%、1日後で7%未満であった。核燃料再処理施設で取り扱うプルトニウムを体内に摂取した場合には、キレート剤によって尿中への排泄を促進することができる。本研究では、代表的なキレート剤であるDTPAを投与した場合の体内動態モデルを解析し、過去のプルトニウムによる体内汚染事例で測定された個人モニタリングデータとの比較・検証を実施した。また、Ca-DTPAによる治療を実施した場合の骨格及び肝臓へのプルトニウムの沈着抑制効果を評価した。その結果、硝酸プルトニウムの吸入摂取後の抑制効果は、10-50日までの治療によつて約25-30%、300日までの治療は約60%であった。
著者
山本 真也
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

今年度は採用初年度であり、チンパンジーを対象に互恵性・利他性および他者理解にかんする実験研究をおこなうとともに、論文執筆作業をおこなった。実験は、月曜から金曜の週5日、午前・午後の2コマに、チンパンジー8個体を対象としておこなった。これまでにない新たな試みとして、視線検出装置(Tobii)を用いてチンパンジーの視線運動を計測した。この最新機器を利用して、他者理解の中心命題となっている「心の理論」の研究に取り組んでいる。自分とは違う心的状態を他者がもっていることを理解するかどうかをテストする「誤信念課題」において、近年、言語教示を使わない課題が開発された。視線検出装置を用いることにより、この課題をチンパンジーでも応用できると考えられる。まず第一段階として,チンパンジーが他者の行動を予測するかどうかを検討した。その結果、目の前を動く人にかんしては途中障害物に隠れても進む先を予期的に見ることがあったが、衝立に隠れた手が2つの穴のどちらから出てくるかといったことにかんしては予期的な視線運動がみられなかった。目の前の存在している事物への対処はヒトと同様であるが、見えないものへの反応にはヒトと違いがみられると考えられる。今後、この仮説の検証をより詳細に詰めていくとともに、チンパンジー初の「誤信念課題」を成功させたい。また、放飼場での観察も適宜おこなっている。チンパンジーにおける集団での協力行動を観察研究の対象としている。これまで、視線検出実験をはじめとする1個体実験、実験室での個体間交渉を調べた2個体実験を中心におこなってきたが、今後は集団全体を対象とした実験にも取り組みたい。個体・個体間・集団というさまざまなレベルでの社会行動を調べることにより、より包括的にチンパンジー社会への理解を深めたい。
著者
葉 鎮豪
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012

昨年度の研究で食品由来のケンフェロールとタマリキセチンが制御性B細胞の分化を促進することが明らかとなった。ケンフェロールとタマリキセチンの存在下、リポ多糖(LPS ; TLR4リガンド)とともに培養して得られたB細胞からmRNAを抽出し、リアルタイムPCRで解析したところ、LPSのみで誘導したB細胞と比べて、芳香族炭化水素受容体(Aryl hydrocarbon Receptor : AhR)の標的遺伝子であるシトクロムP450ファミリーlal (CYPlal)とAhRリプレッサ(AhRR)の発現が低下していたことから、両成分がAhRアンタゴニスト活性をもつことが明らかとなった。また、AhR遺伝子欠損マウスおよびAhR高活性化マウス由来B細胞を用いて制御性B細胞への分化を検討したところ、AhRシグナルの欠損が制御性B細胞誘導を促進することが示された。これらの結果より、ケンフェロール/タマリキセチンはAhRアンタゴニスト活性を介して制御性B細胞の分化誘導を促進していることが示唆された。次に、生体内での制御性B細胞の分化誘導効果を検討するため、C57BL/6マウスにケンフェロールを経口投与し、脾臓および腸間膜リンパ節の制御性B細胞数をフローサイトメトリーにより解析した。その結果、ケンフェロール投与マウスでは、対照群と比較してIL-10産生制御性B細胞が多く存在することが明らかとなった。さらにケンフェロール投与マウスは、デキストラン硫酸ナトリウム(DSS)誘発腸炎に対して抵抗性を示し、炎症指標である好中球が放出するmyeloperoxidase (MPO)活性と組織中のIL-6量も有意に低下した。以上の結果から、食品由来ポリフェノール類が生体内で制御性B細胞の分化誘導を促進し、炎症抑制効果を示すことが明らかとなった。
著者
須藤 竜介
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

本年度ではウナギの降河回遊の開始メカニズムをより総合的に理解するために、以下の実験を行った。1.銀化に伴う行動変化黄ウナギと銀ウナギの行動学的な差異を調べるために、パイプ入りの水槽を用いて行動観察を行った。黄ウナギ23尾、銀ウナギ23尾を用いて解析を行った結果、銀ウナギは黄ウナギに比べ活動的な時間が長くなることが分かった。本実験により銀ウナギは黄ウナギに比べ、活動が活発になり、定着性が薄れることが傾向にあることが示唆され、このことは今後の行動実験をする上での行動指標になると考えられた。2.ウナギの降河回遊に伴う内分泌動態降河回遊の開始メカニズムの内分泌学的な背景を探るため、耳石微量元素分析を利用し降河行動の有無を調べた後、生理学的解析を行った。雌107尾、雄61尾を用いて、性ステロイドおよび主要下垂体ホルモンmRNAの発現動態を調べたところ、降河回遊に伴い11-ケトテストステロン(11-KT)と黄体形成ホルモンβサブユニット(LHβ)が顕著に増加することがわかった。3.11-KTと回遊に関する実験内分泌動態から回遊した個体では11-KTの増加がみられた。そのため、回遊シーズンに起きる温度低下に伴い11-KTが増加するのか。また11-KTを投与しウナギの形態および行動は変化するのかを調べた。温度低下実験の結果、約50日間で10度温度を下げた群は対照群に比べ11-KTの値が有意に高値を示した。またシリコンチューブによる11-KTの投与を行った。その結果、生殖腺の増大などの形態変化および行動の変化がみられた。このことから、11-KTが回遊の動機づけに関与している可能性が示唆された。
著者
東樹 宏和
出版者
独立行政法人産業技術総合研究所
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

クリシギゾウムシは、ブナ科植物の種子(ドングリ類)に産卵を行う。しかし、ブナ科の植物の多くは、ゾウムシに食害されないために、タンニンという毒物質を高濃度で種子に蓄積するよう進化している。しかし、昆虫は一般に、タンニンを分解する酵素を生成できないと考えられており、なぜクリシギゾウムシがブナ科種子を食害できるのか、明らかになっていない。そこで、クリシギゾウムシ体内に共生する細菌類に着目して、この細菌類がドングリの毒を無害化する上で「助っ人」として働いているのか、検証を行った。タンニン分解酵素(タンナーゼ)の生成は、様々な細菌類で報告されおり、この細菌の潜在的な機能に焦点をあてた。ゾウムシ体内からクローニングした細菌の16S rRNA遺伝子の塩基配列を調べたところ、新奇な共生細菌がクリシギゾウムシと共生していることが明らかになった。この細菌(以下、一次共生細菌)の16S rRNA配列をターゲットとした蛍光in situハイブリダイゼーションの結果、この一次共生細菌がゾウムシ幼虫体内の中腸前部に付着する「菌細胞塊」に詰め込まれていることがわかった。さらに、雌成虫の体内では、卵巣小管への感染が認められ、卵への感染を通じて、ゾウムシの世代を越えてこの一次共生細菌が受け継がれていることが推測された。この一次共生細菌の塩基配列の組成から、ゾウムシとの長い共生関係を経てゾウムシの体内でしか生存できないような進化を遂げていることが示唆され、すでにゾウムシの「体の一部」としてゾウムシの生存や繁殖に有利な機能を提供していることが推測された。