著者
小松 郁夫 鄭 廣姫(CHUNG Kwang?hee) 鄭 廣姫 CHUNG K.-H.
出版者
国立教育政策研究所
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2001

1.研究の進行・学級経営をめぐる問題の現象を把握するための調査実施。対象:韓国のソウル所在の小学校5年生(17学校)・日本の学校と学級経営に関する幅広い理解を求め、学級経営研究会、関連学会へ参加し、関連資料を収集すると共に、関連研究者との面談の実施。・調査結果の整理と分析、韓日の学級運営の現象に対する比較分析。・報告書の作成2.研究成果韓国で実施した調査結果を整理し、日本の調査結果と比較・分析した結果、次のようなことが分かった。まず、韓国の小学生の場合、日本に比べて「最近イライラすることが多い」(韓国63.1%、日本54.3%)、「疲れていると思う」子どもが多い(韓国75.6%、日本65.1%)ことが分かった。また、学級運営の現状を見ると、韓国の学級運営がより深刻な状態になっていることが調査結果、明らかになった。例えば、「授業中に立ち歩く人がいる」に対して韓国の小学生は41.4%(「とてもそう思う」「少しそう思う」を含む。以下同一)と答えているが、日本では27.2%である。「授業が始まっても教室に入らない人がいる」「授業中におしゃべりをしたり手紙を回す人がいる」に対しても韓国は各々33.2%、60.9%、日本は22.4%、54.1%となっており、韓国の学級運営がより困難な状態になっていることがわかる。「クラスにいじわるな人がいる」では韓国68.5%(とても多い33.3%、やや多い35.2%)で日本の38.4%(とても多い10.3%、やや多い28.1%)よりはるかに上回っており、至急な対策が求められている。しかし、授業などに対する意識面では韓同間に差が多く見えなかった。これは、韓同ともに子どもたちは授業中におしゃべりすることがよくないことや、授業時間を守ることの大事さ、授業中に授業と関係ないことをすることの悪さに対してもきちんと認識していることを意味している。学校生活の面では「学校が楽しい」「授業が楽しい」などの項目では有意味の差は見えなかったが、「みんなが同じことをしていれば安心です」(韓国40%、日本69.6%)、「クラスの友達からどう思われるか気になります」(韓国55.6%、日本72.1%)、では韓日間の差が大きく見られ、注目を引く。友人関係・学級の様子の面では「私のクラスは仲がいいです」(韓国26.2%、日本76.6%)で大きな差が現れ、先の「クラスにいじわる
著者
北村 健太郎
出版者
立命館大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2005

当初の平成19年度の研究計画は、入手済みの資料精査と研究のさらなる深化拡張であった。そして実際に、血友病に隣接する難病、C型肝炎などを中心に研究をすすめた。2008年初めのいわゆる薬害C型肝炎訴訟の終結という事態を受けて、『現代思想』vol.36-No.2(2008年2月1日発行)に、「C型肝炎特別措置法の功罪」を緊急執筆した。同訴訟の終結は、一般的な和解の形を取らなかったため、原告以外の人々にも多大な影響を与えた。しかし、この事象が複雑であることから、出版社の依頼を受けて即時に解説できたのは、採用者の私一人だけであった。また、2008年4月上旬に発行される、堤荘祐編『実践から学ぶ子どもと家庭の福祉』(保育出版社)の分担執筆に参加し、「子どもと家庭の権利保障を理解する」の節を担当した。現在、論文「大西赤人君浦高入学不当拒否事件」を障害学会学会誌『障害学研究』vol.4(明石書店)に投稿し、査読の最終段階に入っている。問題がなければ、今年の夏ごろに刊行される予定である。学会報告は、2007年11月17日、第80回日本社会学会大会(於:関東学院大学「福祉・保健・医療(1)」)で、「全国ヘモフィリア友の会の患者運動」と題する単独報告を行なった。また、2007年9月16日17日両日、障害学会第4回大会(於:立命館大学朱雀キャンパス)で、北村健太郎・川口有美子・仲口路子「難病者と福祉/医療制度-ALS療養者とその家族の事例から」、葛城貞三・仲口路子・福井アサ子・北村健太郎「ALS患者が自律する療養生活の実現へ-日本ALS協会滋賀県支部の取り組みから」、渡邉あい子・北村健太郎「京都府の難病患者の生活実態-京都難病連の相談員へのインタビューを通して」というポスターによる3本の共同報告を行なった。現在は成果として表れていないが、研究協力者とのラポール維持に努めると同時に、血友病をめぐる最新の動向を探るために「第5回患者様と医療者との血友病診療連携についての懇談会」に出席するなど、今後の研究に向けての活動を続けている。今後も血友病に隣接する問題系にも視野を広げ、研究の深化拡張に努めるとともに、課程博士学位請求論文「日本における血友病者の歴史-1983年まで」(2007年3月、博士(学術)授与)の書籍化の作業を進める。
著者
新居 洋子
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

本年度は、昨年度におけるフランスでの史料調査の成果などをもとに、二本の論文を発表した。「18世紀在華イエズス会士アミオと満洲語」では、満洲語文法を解説した"Grammaire Tartare. Mantchou"や、満洲語・フランス語辞典Dictionnaire Tartare-Mantchou-Francoisといったアミオ著作、さらに乾隆帝『御製盛京賦』や満文『武經七書』といった満洲語典籍のアミオによるフランス語訳について、分析を行った。分析にあたっては、アミオが用いた満洲語および漢語の文献、またアミオより前の在華イエズス会士による満洲語関係著作も参照し、アミオ独自の満洲語観について探ると共に、こうしたアミオの満洲語観と18世紀当時のフランス知識界との関わりについて検討した。「イエズス会士アミオのみた乾隆帝と清朝官僚」では、乾隆帝および阿桂や于敏中ら清朝官僚による政治について、アミオが行った報告を取り上げた。アミオは、しばしば邸報を拠り所として、乾隆朝の為政に関する報告を行っている。本論文では、これらのアミオ報告を、当該時期の『上諭〓』、『起居注』、『實録』などと対照、分析し、さらにこうしたアミオ報告と当時のフランス思潮との関わりを明らかにした。また昨年度に引き続き、本年度もフランス国立図書館写本室での史料調査を行った。アミオの報告の多くは、18世紀在華フランス人イエズス会士の報告を編纂したMemoires concernant l' histoire, les sciences les arts, les mceurs, les usages, &c. des Chinois全16巻(1776-1814)の中に収録され、当時のフランス知識界において広く読まれた。しかしこの二回の史料調査で、(1)アミオ報告の原文史料と、(2)Memoiresに収録されたものとを比較した結果、報告によっては(1)から(2)への過程で文章がかなり削られていることが明白になった。このことから、アミオ報告の原文史料の重要性だけでなく、(1)と(2)の間に介在した人々(Memoires編纂に携わったフランス国務卿ベルタンら)の意図を探る必要性についても、認識を新たにした。
著者
横森 大輔
出版者
名古屋大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012

採用第2年目である平成25年度は、前年度に続いて会話データの整備と拡充および会話分析の手法を用いた文法研究のフレームワークの精緻化を進めつつ、ケーススタディを実施した。まず、既に収録していたデータに加え、合計およそ4時間分の日本語会話を新たに収録し、既存のデータと新規データのいずれについても書き起こしを行った。また、日本認知言語学会第14回大会ワークショップ「会話の中の文法と認知―相互行為言語学のアプローチ―」(9月)、第8回話しことばの言語学ワークショップ企画セッション「インタビュー・データを読み解く : ナラティブ分析、言語人類学、相互行為言語学の観点から」(12月)、公開シンポジウム「ことば・認知・インタラクション2」(2月)といった研究集会での登壇や米国カリフォルニア大学サンタバーバラ校での11日間の滞在(2月)などの活動を通じて、会話分析の手法を用いた文法研究のフレームワークの精緻化を行った。ケーススタディとしては、大きく分けて4稚類の現象に関わる研究を行った。・事例研究(1) : 「の」でマークされたwh疑問文(例 : 「迎えはどうするの」)・事例研究(2) : 副詞節の後置(例 : 「よっしタガリン今からおもろいこと言え。今からオンやから」)・事例研究(3) : 副詞「やっぱ(り)」(例 : 「気になる? やっぱり」)・事例研究(4) : 英語発話からみる日本語話者の文構築ストラテジーいずれも文の末尾位置において観察される様々な言語現象について、実際の会話(および様々な言語的相互行為)の録音・録画データの観察に基づき、参与者たちがどのように言語的プラクティスを利用しているかあるいは構築しているか検討し、それぞれの研究成果を学会等で報告した。
著者
中島 満大
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

本研究は、近世海村における個人のライフコースの解明を目的としている。本年度は、婚外子のライフコースを検討した。まず死亡に関しては、女子において婚内子と婚外子との間に統計的有意差がみられた。より詳細にその差をみていくと、「婚内子と母親のみ特定できる子ども」と、「父親のみ特定できる子どもと両親を特定できない子ども」との間で生存率に差が生じており、前者よりも後者の生存率が低い状態にあった。次に婚外子が婚内子と同じように結婚していたのかを検証すると、ここでも婚内子と婚外子との間に差がみられた。つまり、性別を問わず、婚内子に比べて婚外子は結婚しにくい環境に置かれていた。そして死亡の比較の際にもみられた二極化が初婚に関しても確認され、婚内子と母親のみ特定できる子どもは、その他の婚外子に比べて、結婚する割合が高かった。最後に戸主経験(世帯の筆頭者)から婚内子と婚外子の違いを検討した。野母村では戸主の大半が男子であるため、ここでは男子に分析を限定した。その結果、戸主経験の割合については、婚内子と婚外子との間に明確な差はみられなかった。婚内子、婚外子を問わず、30代後半において、約半数が一度は戸主になっていた。これらの分析結果から、近世後期の野母村においては、婚内子と婚外子の歩んでいくライフコースは異なっていたことが明らかになった。しかし、一概に婚内子と婚外子のライフコースが違うとは言えない。なぜなら婚外子のなかでも母親のみ特定できる子どもは、婚内子と同じように結婚し、戸主となっていた。これは、野母村における出生が先行し、その後世帯を移すという結婚パターンを反映しており、その過程のなかで生まれた子どもたちは婚内子と同じ扱いを受けていたと言える。その一方で出生時に父親しかいない子ども、両親がいない子どもは、死亡と結婚に関しては婚内子と比べて厳しい環境に置かれていたことが明らかになった。
著者
横山 諒一
出版者
東北大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012-04-01

神経経済学の研究遂行のため,私は2つのアプローチを行ってきた.それは,機能的MRI(fMRI)を用いた脳活動の評価と,MRI構造画像を用いた脳構造の検討である.その成果として,購買意思決定に関わる神経基盤について,筆頭著者として論文を執筆し,国際学会誌に2本公刊された.また,国内外で学会発表を行い,複数のトラベルアワードを受賞した.また,上記の研究成果により,東北大学医学系研究科辛酉優秀学生賞の受賞や,博士課程の短縮終了(半年)を達成した.さらに,共同研究にも積極的に参加し,共著として9本の論文が国際学会誌に公刊された.博士課程2年次には,カリフォルニア大学バークレー校に留学し,最新の神経経済学の知見を習得と共に,米国での人材ネットワークを築いた.留学後も,スタンフォード大学に短期訪問をし,研究発表などを行うことで,自身の研究について世界トップレベルの研究者からフィードバックを得た.したがって,研究の達成状況は良好であると考えられる.
著者
土谷 真紀
出版者
学習院大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

本年度は、初期狩野派の絵巻物に加え、狩野派の図像摂取の様相をたどるべく、土佐派の涅槃図について調査・分析・発表を行った。特に、「釈迦堂縁起絵巻」第二巻第七段に描かれる涅槃場面に注目し、その図像典拠となっている土佐派系の涅槃図(山口県・周防国分寺本、滋賀県・興善寺本、米国・個人蔵本)を調査し、考察内容を「土佐派による仏涅槃図について」と題して発表した。調査の過程において土佐派の手になると判断された作例もあり、今後さらに関連作例が見出される可能性がある。一連の土佐派系仏涅槃図作例の分析は、狩野派の仏画制作における、先行図像の受容問題を検討していく上で極めて有益なものとなった。本研究の主軸である狩野派絵巻の分析と発表は次の通り行った。「二尊院縁起絵巻」については、「『二尊院縁起絵巻』について一作品紹介とその特質」と題する発表を行い、画風の検証結果を報告するとともに、二尊院の寺史を軸として縁起が構成されていることを指摘した。「酒飯論絵巻」については、文化庁本とやまと絵系絵師の手になる静嘉堂文庫美術館本「酒飯論絵巻」との比較を行い、文化庁本では総じて絵画としての有機的構造が企図されていることを「狩野派における『酒飯論絵巻』の位置」と題した発表において報告した。狩野派絵巻の中で最も重要な作例である「釈迦堂縁起絵巻」については、画面の大部分を占める異国表現について「『釈迦堂縁起絵巻』における中国美術の援用と中国イメージ」と題して発表した。これらの発表については、現在公刊が決定しているものを含め、論文化を進めている所である。さらに、狩野派における物語表現の分析を進めるべく、毛利博物館蔵「源氏物語絵巻」(全五巻)を調査し、現在分析中である。本作例は狩野派における「源氏絵」の意義を明らかにするだけではなく、室町後期から江戸初期にかけての「源氏絵」の展開を考える上でも重要な作例である。
著者
奈良 里紗
出版者
筑波大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012

本研究では視覚障害児・者の発達段階に応じた発達課題を明らかにすることを最終的な研究目標として実施している。本年度は、16校の視覚特別支援学校から得られた2005年から2009年に実施された教育相談記録1579ケースの分析を行うとともに、学校心理学や教育心理学分野における教育相談や発達課題に関する国内外の先行研究について情報収集を行なった。昨年度までの研究で、乳児期は育児・発達相談、幼児期は就学相談、小学生期は学習相談との関連がそれぞれ明らかになった。今年度の研究では、相談内容と来談回数の関連について分析を行った。結果、乳児期では主要な相談内容である育児・発達相談は来談回数も複数回であり、継続的な支援につながっていることが示唆された。一方、幼児期及び小学生期では、主要な相談内容の来談回数が1回限りであるもの(単発相談)と複数回にわたる相談であるもの(継続相談)がほぼ同じ割合であった。この原因については、今後、さらに相談内容を質的に分析をすることで解明を試みる予定である。幼児期では、見え方・眼疾相談は継続的な相談が多いことから、親が視覚障害児の見え方を理解するためには一度の相談では解消されない内容であることが推察される。また、小学生期では補助具相談で単発相談が多いことが示された。従来より補助具相談は継続的な訓練が必要であることが指摘されていることから、小学生期の補助具相談がなぜ単発相談になることが多いのかについてもさらに検討する必要性が示唆された。なお、本研究の結果は日本特殊教育学会にて発表を行なった。
著者
市村 穣
出版者
香川大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012

腸内常在菌叢を構成する主要な菌種であるBacteroides thetaiotamicron (BT)は、Clostridium difficile (CD)の細胞毒性を抑制する。このメカニズムを明らかにするため、BTにおいてトランスポゾン(Tn4351)挿入変異ライブラリーのスクリーニングを行い、CDの細胞毒性に対する抑制作用を消失した変異株を検索した。その結果、莢膜多糖合成や糖加水分解酵素の遺伝子にトランスポゾンが挿入した変異株では抑制効果が消失することを明らかにした。この結果はBTの糖代謝産物がCDの細胞毒性に対する抑制作用に関与している可能性が考えられた。BTのCDの細胞毒性に対する抑制効果がin vivoでも認められるか否かを検討するため、無菌マウスの腸管にBTとCDを同時に定着させ、マウスの死亡率、盲腸内Toxin Bの定量、および盲腸内容物のグラム染色像を比較した。その結果、BTの野生株とCDを共感染させた群では80%が生存したのに対し、葵膜多糖PS-4の欠損株を投与した群の生存率は20%であり、BTのCDの細胞毒性に対する抑制効果がin vivoにおいても認められた。この結果は、また、莢膜多糖PS-4がこの抑制作用に関与していることを示している。これらの群において盲腸内でのToxin B量をELISA法により定量した結果、BTの野生株とCDを共感染させた群のToxin B量はPS-4欠損株とCDを共感染させた群と比較して有意に低かった。盲腸内のグラム染色像を比較すると、BTの野生株とCDを共感染させた場合、CDはグラム陽性に保たれる菌体が多く、PS-4欠損株と共感染させた場合にはCDの多くの菌体がグラム陰性に染色された。このことは、BTのPS-4がCDの自己融解を抑制することにより毒素の遊離を抑えていると考えられた。
著者
桜井 宗信 SHAKYA Sudan
出版者
東北大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

以下を研究代表者(桜井)の指導・助言のもと,研究分担者(Shakya)が実施した。1、「法界語自在曼荼羅」と関連する福徳財宝の女神ヴァスダーラー(Vasudhara)は仏教のみならずヒンドゥー教及びジャイナ教でも崇敬を集める凡インド亜大陸的女神である。一方大地の女神たるヴァスンダラー(Vasundhara)も存在し、両尊の混同が縷々認められる。文献上,両尊が異なった起源と役割を有することをその語源的な解釈も含めて明らかにして,「VasundharaとVasudhara」という論題で『印度学仏教学』第59-2号に寄稿した。また、梵・蔵・漢の資料と共にネワール語にも存在するヴァスダーラーの陀羅尼、成就法などの文献に関しては「ヴァスダーラー女尊の関連文献について」と題して『密教学研究』第43号に掲載した。2、Namasamgiti第12偈所説12母音は本タントラを理解する知る上で重要である。そこで同タントラの諸註釈と共に,ネパールカトマンドゥ盆地の起源と深い関わりを持つ典籍Svayambhupuranaの読解を通じて、それら12母音の意義を明らかにし,成果を国際チベット学会(IATS)で発表した(内容は近刊proceedingsに収載)。3、Durgatiparisodhanatantra第一章のチベット語訳のテクスト校訂および電子ファイル化を行った。その成果は広く研究者の利用に供するべく検索可能な形式で、研究雑誌等において公表する予定である。4、寄稿依頼に応じて,ネパール特にカトマンドゥ盆地に広く伝わっている食人鬼「グルマーパー」の伝説を『世界神話辞典』(近刊)において紹介した。
著者
原 佑介
出版者
総合研究大学院大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

本研究はアフリカツメガエルの原腸胚における隣接した2種類の組織(先行中胚葉(LEM)、中軸中胚葉(AM))の関係をモデル系とし、胚発生における力の発生と、それが隣接する組織と後の発生現象に及ぼす影響を統合的に理解しようとしている。これまでの研究でLEMがAMより早く移動する事から、原腸陥入時にはLEMがAMを牽引している可能性が示されていた。また、AMにおいて見られる脊索形成はLEMの移動能が無いと失敗することが報告されていた。本研究はLEMの移動とAMの形態形成を結ぶ因子が「力」であると予想し、その二者の関係を研究していた。本年度は(1)(2)(3)の解析を行い、LEMの移動が生み出す伸展刺激がAMの形態形成を制御していることを実験的に示し、さらに既に報告されている分子メカニズムと本研究の間に密接な関係にある可能性を示した。(1)先行中胚葉が生み出す伸展刺激の存在を明らかにするマイクロガラスニードルによる力の計測系に加え、レーザーアブレーション法を用いてLEMおよびAM領域における力分布のマッピングを行った。その結果、LEMが移動できる条件のAMの方がLEMの移動がないAMに比べて切断の反動が大きい傾向にあることがわかった。さらに、中期原腸胚から側領域を切り出して、直後に見られる胚内の張力依存的な組織収縮の速度を定量的に解析した。その結果、胚がLEMが進めない状況に置かれている場合はAM領域の収縮が緩やかになることが分かった。この結果は、外植体・生体内両方においてAMがLEMの移動によって実際に伸展力を加えられていることを示している。(2)正常な原腸陥入における先行中胚葉の必要性の検証前年度に引き続きLEMの外科的除去やLEMの移動に必要な基質のノックダウンを通してLEMの移動阻害を行ったときの影響を全胚レベルで観察した。その結果、移動能をもつLEMがAMに対して伸展刺激を生み、その刺激を利用して正常な脊索形成に必要な細胞の整列や相互入り込みの制御をしている可能性が示された。(3)中軸中胚葉におけるWnt/PCPシグナル経路の働きとの関連を明らかにする過去の知見より、AMの形態形成にはWnt/PCPシグナル経路による細胞骨格やその関連因子の制御が重要であることが知られている。このシグナル経路による制御と本研究によって明らかになったLEMによる制御の関連を二重ノックダウン実験によって調べたところ、それぞれ単独でノックダウンしたときよりも、二重ノックダウンの影響が重篤であることが分かった。これより先行中胚葉の移動による脊索形成の制御機構はWnt/PCPシグナル経路と協調して働いていることが分かった。以上の結果は、生物の発生における力の発生と伝達およびその役割を示めす重要な結果である。現在、国際誌に論文を投稿中である。
著者
森 貴教
出版者
九州大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2011

本研究の目的は、北部九州弥生時代および韓半島青銅器・初期鉄器時代における石器の生産・消費様態を地域間で比較しつつ社会システムの一端として明らかにすることである。平成24年度は2012年9月から2013年3月まで大韓民国・釜山大学校博物館を拠点として長期間現地で滞在調査したことにより、韓半島南部の青銅器時代・初期鉄器時代における石器生産や消費形態に関する情報を悉皆的に収集することができた。以下、本年度の研究活動の内容を具体的に記述する。(1)韓半島南部の青銅器時代・初期鉄器時代における石器生産遺跡を中心に発掘調査報告書を閲覧し、これまで研究を行ってきた弥生時代北部九州地域の石器生産・流通と比較するための基礎的な情報を得た。また石器生産遺跡出土石器類の資料調査を行い、使用石材、製作技法について確認した。(2)青銅器時代・初期鉄器時代における石斧に関し、慶尚南道地域(南江流域)を中心に代表的な遺跡出土品について各所蔵機関に直接赴き資料調査を行った(晋州・大坪里遺跡、草田遺跡、平居遺跡、沙月里遺跡など)。特に研究史上注目されてきた片刃石斧に関して、形態・使用石材・製作技法などに着目して詳細に観察しデータを収集したことにより、石器生産や消費形態を分析する上での基礎となる編年や地域性に関する貴重な情報を得ることが出来た。(3)弥生時代後半期および青銅器時代から初期鉄器(原三国)時代における利器の材質変化(鉄器化)と石器生産との関連性について、研磨具である砥石の分析からアプローチした。北部九州においては弥生時代中期後半以降、鍛錬鍛冶技術が導入されるが韓半島南部ではその前段階に鍛冶技術が認められることや、砥石目の細粒化が達成されていることなどが明らかになった。以上のように、当該年度は北部九州の弥生時代との比較対象地域である韓半島南部の青銅器時代・初期鉄器時代における石器生産や鉄器化に関して、非常に多くの情報を収集できた。
著者
下田 正弘 LEE J.-R.
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2005

本研究の究極的な目標は、インド初期仏教教団の分裂と異説共存の問題を明らかにすることである。そこで、初期仏教教団で発生したと判断される様々な紛争事件を集め、その内容及び解決法などを吟味し、教団で起こり得る紛争の種類と、その解決法の多様性を把握する作業を進めている。その過程で、現前僧伽、すなわち、教団の実質的な活動の基準となる境界がどのように運営されていたのか、その具体的な姿の解明に力を注いだ。なぜなら、現前僧伽こそ、教団紛争の拠点となるからである。その結果、一つの境界によって成立する現前僧伽というのは、地域的な意味だけではなく、むしろ、精神的に結ばれた比丘たちが一定の場所に居住しながら、教団の行事や会議を一緒にしたり、また、布施物を一緒に享受するというような性格を持っている可能性の高いことがわかった。ここで、精神的に結ばれたというのは、例えば、教理の面で異見をもつ者がなかったり、あるいは、教団の決定に対して反対立場を取らないようなことである。現前僧伽がもつ独立した性格は、パーリ律の注釈からはより明確な形で現れており、時代が進むにつれ、段々強くなっていったと思われる。時々、相手の境界を壊すという表現が出てくるが、これは、各現前僧伽が、ある意味で、対立していた状況を思い出させる。一方、罪を犯した比丘に下される懲罰羯磨に関する諸伝承からも、現前僧伽の運営方針の一面を確認することができた。懲罰羯磨とは、罪を犯した比丘に対して教団が懲罰を下すために行う会議であるが、パーリ律とその注釈、及び、これに相当する漢訳律を比較検討した結果、その対象となる罪に不可解な点が存在することがわかった。比丘が罪を犯した場合には、普通、懺悔によって罪を償うが、この羯磨は、教団が告白懺悔を促しても全く耳を傾けず、勝手に行動して、教団の秩序に危険をもたらす者が主な対象となる。しかし、対象となるその具体的な罪の内容は非常に包括的であり、かつ、曖昧である。そして、すべての場合において強調されるのは、‘もし教団が欲するならば'という表現だけである。これは、同じ罪であっても、教団側の意思によって、懲罰羯磨の対象になることも、ならないこともあったことを推測させる。厳密な規則を立てず、すべてを現前僧伽の判断に委ねる態度からは、いつでも、問題児を現前僧伽から排除することができた可能性さえ窺える。点として数多く存在した現前僧伽は、むしろ、このような独立した性格に基づき、自由に分裂を重ね、また、それを包括する四方僧伽という概念によって仏教徒としてのアイデンティティを保つことができたと思われる。
著者
河原林 健一 HOSHINO Richard
出版者
国立情報学研究所
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2011

2012年度の研究は、2011年度に引き続き、グラフ理論をスケジューリング問題に応用する研究を行った。特に日本プロ野球の日程に関して、以下の条件を考慮したスケジュール作成を行った。1.ホーム、アウェイゲームの連続性(ホーム、アウェイは2カードまで)2.各球団は、他球団との対戦をほぼ平等に行う(シーズンの最後に特定カードを多数残すことのないようにする)3.休日と週末でのホームゲーム試合数の均等化4.球場が使えない日程を考慮これらの条件を満たす中で、1.全球団の移動距離の総和を最小にする2.全球団の移動数を最小化にするこの2つを満たすような日程作成を目指した。この問題は、グラフ理論で考えられている「巡回トーナメント問題」の派生問題である。本年度、上記を満たす日程作成に成功した。この研究のインパクトは、アカデミック界のみならず、3月に朝日新聞の夕刊で報告されるなど、一般の社会にも伝わったようである。また、日本のみならず、アメリカ数学会、カナダ数学会の学会誌にも上記の仕事が紹介されるなど、海外にも認知度が高い研究となった。将来的な課題としては、上記の条件以外、前年度の成績を考慮し、前年度の成績がいいチームとの対戦が続かないようにする配慮する(キャリーオーバーエフェクト)取組が残っている。この点も考慮して、将来的に日程作成を行いたいと考えている。また本研究は、数学的理論が、実社会に貢献できる良い例になったと考えている。
著者
白岩 広行
出版者
大阪大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

日本語の推量形式には「明日はたぶん雨だろう」のように単に話し手の見込みを示す<推量>の用法と「ほら、あそこにポストがあるだろ」のように聞き手に確認を求める<確認要求>の用法がある。本研究は、これら推量形式について、より基本的な<推量>の用法から<確認要求>の用法が拡張してゆく過程を通時的に記述するものである。近世後期以降の中央語である江戸・東京のことばにおいて、ダロウにそのような通時的変化が見られること、また近年の諸方言ではそれがさらに進み、「推量」形式としての特性を失い、確認要求専用形式化しつつある例があることは、昨年度までに明らかになっている。本年度は、静岡・湘南などの若年層話者を対象に、方言推量形式の記述を進めつつ、言語接触の関わる事例として、沖縄・北海道の方言も視野に入れた。沖縄若年層方言(ウチナーヤマトグチ)の場合、伝統的な方言形式ハジを引きずる形で、ハズという形式が「推量」の意味を強固に担っているため、標準語から取り入れられた推量形式ダロウ・デショウの使用が<確認要求>に偏っている。これは南米の沖縄系移民コミュニティでも同様のようである。また、北海道(内陸部)方言の場合、開拓による方言接触後、いわゆる「北海道共通語」が形成された時点で、推量形式ベ・ショは文末でしか用いられなかったであろうことが、移住後3世にあたる現在の後年層話者への聞き取りで確かめられた。また、ベ・ショは、標準語の「デハナイカ」相当の用法(驚きの表示など)にまで、文末詞的な性格を強く保ちながら、意味を拡大していることを確かめた。
著者
大坪 舞
出版者
立命館大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

本年度は、鷹狩にまつわる文化を検討する上で、核となるであろう、西園寺家・持明院家がそれぞれ鷹を家の学芸とし、伝授をおこなった戦国期の様相を中心に検討を行った。両家の鷹書については従来も言及されてきたが、多くが江戸期の書写本であった。これらは伝書という性格上、後世の偽作という可能性が拭いきれず、信頼性に乏しいものもある。これを踏まえ、西園寺家・持明院家の蔵書が収められる文庫の調査を通じて、中世後期の良質な鷹書を選び、これをもとに検討したものである。鎌倉期よりの鷹の家としての由来があった西園寺家については、西園寺家のものの作とされる鷹百首「たかやまに」類のうち、西園寺実宣の書写を示す奥書を持つ伝本と、立命館大学図書館西園寺文庫に残される西園寺家当主が伝授に際して記した手控えと思われる書の検討を通じて戦国期においては門弟を取り、積極的にこれを武家に対して伝授していたことを明らかにした。西園寺家に対し、持明院家には戦国期まで鷹の家として、歴史の表舞台に登場したことはない。持明院家は基春以降、能書・鄙曲など様々な芸道をその家業とする。持明院家旧蔵書が架蔵される前田育徳会尊経閣文庫の調査を通じて、基春の鷹書は、下向先である美濃土岐氏など武家の鷹書をも取り込み、豊富な古典学のもと、他の家業とした芸道である、能書、郵曲を意識しながら構築し直したことを指摘した。同時に、鷹書は、近年着手され始めた領域であり、鷹書そのものの資料紹介や位置づけがなされていないものが多くあった。こうした現状を踏まえ、本年はこれまで調査した資料の紹介を積極的に行った。これらにより、鷹書研究の基盤形成に寄与できたものと考えている。
著者
伊藤 万利子
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2011

本研究では、身体知形成過程での視覚の役割を明らかにすることを目指し、けん玉熟練者のふりけんにおける身体運動と玉の運動を記録・分析した。視覚の役割を検討する上で、視野遮蔽眼鏡を用いてけん玉熟練者の視環境の制約を行った。けん玉熟練者3名を対象とし、視野遮蔽眼鏡により視環境が制約された状況下でのふりけんの練習を計8回行った。8回の練習の前後には、どの程度見える時間があれば、ふりけんを成功させることができるのか調べる実験(pre-testとpost_test)をし、一人のけん玉熟練者につき計10回の実験を実施した。分析では、視環境の制約の有無で1)玉の運動・玉を操作するけんの運動・頭部運動がどのように変化するのか、2)回転する玉の穴にけんを入れる際に利用される視覚情報に対して、頭部運動がどのように影響を与えるのかを検討した。データ解析は学習過程(練習時データ)の分析にまで到達しておらず、現在はpre-testとpost-testのデータを中心に分析をしている。Pre-testとpost_testにおける熟練者の傾向としては、pre-testでもpost_testでも視環境の制約の有無によって玉の運動、けんの運動、頭部運動が変化した。pre-testでは視環境制約の有無によってふりけん時に利用された視覚情報が異なるとも同じとも言えなかった。一方post_testでは、視環境の制約に関わらず成功試行では利用された視覚情報は異なっておらず、成功試行と失敗試行とで利用された視覚情報が異なっていた。さらに、玉にけんを入れるときの制御に対しては、頭部運動によりその見えが相対的に緩やかになることがわかった。以上より、ふりけんが成功する場合には視環境の制約の有無にかかわらず同一の視覚情報が利用されており、各条件下で視覚情報が得られるように身体運動が変化するのではないか、つまり運動の柔軟性・多様性の背後に視覚情報の一貫性があるのではないかと考えられた。今後は現在の考察を仮説として残りのデータの解析を進めつつ検証をしていきたい。
著者
高木 佳奈
出版者
東京外国語大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2013-04-01

アルゼンチン、メキシコ、米国で活躍した日系二世アーティストの酒井和也について、博士論文の執筆を進めた。酒井は画家、翻訳家として知られている他、オクタビオ・パスの雑誌『プルラル』(Plural)の編集長を務めたり、ラジオで音楽番組を担当したりと、様々な分野で業績を残した人物である。今年度はブエノスアイレス、メキシコシティ、ダラスにて、インタビューや資料収集を行った。また、酒井と親交のあったドナルド・キーン氏にインタビューを行い、日本文学研究者としての酒井の業績について、話を聞くことが出来た。これまでの研究成果については、ブエノスアイレスのホルヘ・ルイス・ボルヘス国際財団にて口頭発表を行った他、日本ラテンアメリカ学会の『ラテンアメリカ研究年報』に論文を投稿し、掲載が決定した。論文ではアルゼンチン時代の酒井の翻訳業を分析し、日本文学がほとんど知られていなかった1950年代のアルゼンチンにおいて、酒井がどのような意図を持って作品を選択、紹介したかを考察した。日本では酒井についてほとんど知られていないが、ラテンアメリカにおける日本文学研究に大きく貢献し、画家としても現地の芸術運動の中心で活躍した人物である。特に翻訳に関しては、古典文学から芥川龍之介、三島由紀夫、安部公房まで幅広く翻訳しており、日本文学がスペイン語でも広く読まれるに至った土台を築いたといえる。酒井の業績を再評価することは、ラテンアメリカと日本の文化交流史を再考する上で意義のある研究となるだろう。
著者
宅間 真紀 (山内 真紀)
出版者
九州大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2004

本年度は主に以下の点に関して研究を行った。1.日本語書記意識史を研究する際、時代、書記者、ジャンル、社会背景など様々な要因を考え併せ、各資料ごとに見られる書記意識を掴む必要があるが、書記意識が強く反映される仮名遺書や文字研究書を調査対象にするのが先決であると考えた。調査対象を拡げながら、作業を積み重ねることで、時代、書記者の流派(学派)など諸要素内での書記意識史を大まかに捉え、それら個別の書記意識史を統合させることで、日本語全体の書記意識史を捉えることができよう。今年度は、その初歩的な作業として、九州大学音無文庫、松濤文庫に所蔵されている書物の調査・目録の作成に努めた。2.今年度は、「仮名字体の規範意識」に注目した。従来、変体仮名は、明治33年の小学校令施行規則により定まった、現行平仮名字体以外を指す名称とされてきた。しかし、本研究では、空海真筆のいろは歌が要因となって、既に近世期から、仮名の正体である基本字体(空海真筆いろは歌の書写字体)とそれ以外の字体(変体)を区別する意識が存在していたことを明らかにした。具体的には、岡島隆紀『仮字考』(享保11年)に(基本字体:仮字正字/それ以外の字体:四十七字之外平仮字並イ呂ハ異體)、伴信友『仮字本末』(嘉永3年)に(空海の書定めたるいろは假字/いろは假字ならぬ草假字)、中根淑『日本文典』(明治9年)に(平假名/中假名)といった二分類が見られる。本研究により、新たに「変体仮名」の定義として、以下の説明を加えた。仮名の正体に対して変体(別体)とされる仮名。古くはいろは歌所用の仮名字体が正体とされたので、それ以外の字体の仮名を指した。小学校令施行規則により現行の平仮名字体が正体とされた明治33年以降は、現行の平仮名字体以外のものを指す。(以上の内容は、第197回筑紫国語学談話会、第91回訓点語学会研究発表会にて口頭発表を行った)
著者
宮下 遼
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

本研究最終年度の本年は、研究成果を発表し、その可否を学会に問う年であった。また、平成19年度7月から20年度8月までの期間、トルコ共和国、及びフランス共和国に滞在し行った海外調査も、この研究成果に大きく寄与した。まず、社会史研究である論文「トルコ古典文学における都市と詩人:都市トポスの誕生と16世紀イスタンブル」では、都市頌歌、及び一般生活に関連する項目を内包するトルコ古典文学作品史料を主史料としつつ、オスマン朝文壇の中心を為したイスタンブルの都市空間の中にトルコ詩人を対置、彼らの都市観を探り、都市の固有の建造物や地域が韻文の中でどのようなトポスを形作っていたか、また住民の生活がどのような特徴から捕えられていたのかを明らかにした。地中海通文化研究である「〈研究ノート〉東方旅行記における二つの観察潮流とそのトポス:フランス大使ダラモン一行におけるキリスト教古代文化と異文化の取り扱い」では、トルコ詩人と西欧知識人の比較を志しつつ、やはりイスタンブルという対象を観察したフランス人の旅行記史料を比較考察し、西欧語で書かれた東方旅行記史料に現ずる、イスタンブルという物的対象、トルコ人という人的対象の定型性とその詳細を明らかにした。トルコ古典文学研究である「トルコ古典文学における酌人:17世紀オスマン朝「酌人の書」についての一考察」では、オスマン文人/詩人とトルコ古典文学全体に通底する特徴を詳らかにするべく、ペルシア伝来の神秘主義詩「酌人の書」が、彼らにあってどのように受容され、そして各詩人のオリジナリティがいかに付与されていったかを明らかにした。トルコ語小説の翻訳である二書にかんしては、翻訳補助、及び日本語校正と時代考証を通して参加した。学会発表は、研究指導委託先であったユルドゥズ工科大学(イスタンブル)の学部生向け教育プログラムであり、研究遂行者は、様々な作文、作詩の規則を内包し定型性の非常に高いトルコ古典文学と、我が国の古典文学のシステムの比較を行いつつ、特に短歌、連歌、俳句について発表を行った。以上の研究成果を踏まえつつ、平成21年度以降も、特別研究員(PD)として、今度は詩人/文人から都市イスタンブルへと研究対象を移しつつ、引き続きトルコ古典文学史料に依拠する社会史との視座から研究を進めていく所存である。