著者
田尾 亮介
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

本年度は、研究論文の作成、判例研究会における報告、外国語文献の書評を行った。研究論文については、前年度から継続して、アメリカとイギリスの「Business Improvement Districts(BIDs)」制度を手がかりに民間主体の地域管理制度の研究を行ってきた。具体的には、それらの国の裁判例や立法資料から法的問題点を整理するとともに、我が国における制度設計の可能性を検討してきた。今国会(第171回常会)には、地域の構成員による自主協定に法的効力を付与することを目的とした都市再生特別措置法等改正案が提出されており、BID制度とはやや異なる立法が目指されているものの、地域の公的サービスに必要な財源の確保と当該地域の管理の手法という点において、本研究はなお意義を有していると考えられる。今後は、以上の分析をまとめて、研究題目である「都市の財源確保に関する法制度の研究」の成果の一部とすることにしたい。判例研究については、日本財政法学会財政法判例研究会において、土地区画整理組合への職員派遣と給与支出の違法性が争われた裁判例を報告した。地方公共団体が行政施策を遂行していくうえで、公益的法人や民間の団体との連携は不可欠であるが、かつては、そのような団体への職員派遣については法制度が整備されていなかった。本件は、公益法人等派遣法施行後の事案であるが、判例評釈においては、同法の適用範囲を厳格に解すべきではないこと、同法の適用がなくても依然として地方公務員法の職務専念義務との関係で法的疑義が生じる場合がありうることを指摘した。書評については、フランスにおける公物理論に関する文献をとりあげた。本書は、フランスにおける公物の理論と制度の発展を、所有権の概念を軸に、歴史的かつ比較法的に論じており、国有財産の在り方などが問題となっている我が国から見ても示唆に富む内容であった。
著者
長岡 慎介
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

本年度は、現代イスラーム金融に関する以下の2点について研究を行った。(1)現代イスラーム金融の地域的差異と多様性についての研究本年度は昨年度に引き続き、現代イスラーム金融理論およびそれにもとづいて行われている現代イスラーム金融の実践がどのような地域的差異を持っているかについての研究を行った。本年度の研究では、検討の対象とする金融商品およびタイムスパンを広げた。金融商品については、金融機関が顧客に提供する消費貸借手法および金融機関自らが取り扱うリクイディティ・マネジメントのための手法に特に注目した。また、タイムスパンについては、昨年度までは1990年代に注目していたが、本年度の研究では、それ以前および以後の理論的展開とそれにもとづいた実践の状況を検討対象に加えた。検討の結果、現代イスラーム金融の地域的差異と呼ばれる状況は、1990年代に特有の現象であることが明らかとなった。(2)現代イスラーム金融の理論的特徴からみたその歴史的意義についての検討近年の現代イスラーム金融における研究では、現代イスラーム金融の理論的特徴を「Asset Backed Finance」という形で論じているものが多くみられる。しかし、この特徴は、デット系の金融手法にのみ通用するものであるため、本年度の研究では、昨年度までの理論研究の成果をまとめながら、エクイティ系の金融手法にも通用し、さらに、経済学および経済理論の枠組みの中で広く理解できるような特徴を明らかにすることをめざした。その結果、現代イスラーム金融の理論的特徴は、「実物経済に埋め込まれた・埋め込むことを志向した金融」であることが明らかとなった。そして、この特徴は、特に経済システムの安定性を考える際に、いわゆる資本主義システムと大きな差異が現れることが明らかとなった。
著者
新山 龍馬
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

人体の特長を備えた筋骨格ロボットを工学的に実現し,それを用いて筋骨格系を基盤とした身体運動の原理を明らかにすることを目指して研究を行った.最終年度は,筋骨格系を工学的に実現する設計論と筋骨格系のための運動制御手法を確立し,開発した筋骨格ロボットによって走行を実現した.具体的な内容は以下のとおりである.筋骨格系の力学特性を記述し,筋指令を単純な基底関数の組み合わせによって表現する"SCA(Sparse Coding of Activation)"と呼ぶ手法を提案し,筋骨格ロボットに適用し,筋骨格系を基盤とした俊敏な身体運動(跳躍・走行)について調べた.走行の運動制御では,まず,ヒト筋骨格系と対応がとれることを活かして筋賦活パターンの原型をヒトの走行中のEMG(筋電図)を単純化することで得た.次に,計算機シミュレーション上での走行実験および運動学習によって筋賦活パターンを改良し,実機に適用する筋賦活パターンを得た.実機実験では,各筋の賦活によって理論値と一致する方向の床反力ベクトルが得られることを示した.また,計算機シミュレーションと同様に,下腿ブレードの弾性を利用した約1mのストライド(1歩あたりの距離)による3歩の走行を実現した.さらに,床反力の方向制御によって,体幹の姿勢を調節できることが示された.生体と同様に筋の応答遅れがあることから,予測的な筋指令が重要であることがわかった.
著者
永瀬 伸子 LEE S.J.
出版者
お茶の水女子大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

韓国における経済的資源配分とそれに関わる意思決定のメカニズムからみられる夫妻関係を把握するツールとして妻のためにつかうお金に注目し、分析を行った。その際、妻の就業形態変化を軸として、妻と夫個々人のために経済的資源がどのように配分されるのかに注目し、夫妻間の生活水準の変化を追った。夫妻の生活水準、夫妻間の生活水準の格差を把握する指標としては、家計費のなかで個人に配分される「個人のために使うお金」を用いた。分析に用いるデータは、F-GENS韓国パネル調査データであり、分析対象は736世帯である。分析は、就業形態変化パターン別の個人別消費、個人別貯蓄を、1)時系列推移、2)世帯年収増減、妻年収増減との関係、3)夫妻間格差の変化の三つの分析軸に沿って検討した。分析結果は以下のとおりである。第1に、妻の無職化グループにおいては、妻費および妻貯蓄を減少させるとともに、妻と夫のためにつかうお金における夫妻間格差を拡大させることが確認された。第2に、妻の有職化グループにおいて妻費と夫費の関係をみると、働きはじめて2年目の時点での夫費と妻費の差は観察された期間のなかでもっとも差が少なく、夫を100とした夫妻比からも夫妻間の格差がもっとも少ない。つまり、妻の有職化によって、夫妻間格差が改善されたことが確認された。第3に、無職から有職になったときの就業形態に注目して、妻費と夫費、妻貯蓄と夫貯蓄の関係をみたところ、妻が専業主婦からフルタイムとして働き始めた直後は、妻費、妻貯蓄は増加、夫費、夫貯蓄は減少している。また、その増加率が描くカーブは妻年収の世帯年収に占める割合とも動きが同様である。つまり、無職からフルタイムになったグループにおいて、妻費には妻年収の増加の影響および、働いていることの両方が影響しているといえよう。
著者
イーズ ジェレミー (2009) EADES Jeremy S. (2008) EADES Jeremy Seymour (2007) KOVACS L. KOVACS Laszlo
出版者
立命館アジア太平洋大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

研究2年目は、主として、国内外のデータから人口に関するデータベース作成に携わり、日本を含む異なった国と地域における人口数および出生と、家族構成の変化における相違と類似性を明らかにした。これにより明らかになった傾向には目を見張るものがある。世界中のすべての地域において、人口全体に占める農村部の人口は急速に減少している。このことは、農村経済(地域経済)がどの程度まで持続されうるのか、また、農村部にみられる文化と知識はどこまで保護することができるのかという重要な疑問を投げかげている。一般的な傾向とは際立った相違がみられるのがオーストラリア・ニュージーランドを含むオセアニア地域である。この地域では都市化の動きが鈍化し、他の地域よりも農村部の人口減少がゆるやかである。これにより今後の提案として考えられることは、少数ではあるが安定した農村部の人口とそれに伴う都市部でのよりゆるやかな人口増加である。しかしながら、日本はさらに一段階進み、老齢人口(の全体に占める割合)の増加により、とくに農村地域での人口減少が確実となっている。これらの研究をもとに論文を作成し、国際農村社会学会による第12回世界農村社会学会議(テーマ:1950年以降の非農村化の推移と2030年までの予測、2008年7月6-11日韓国、高陽)と、International Symposium on Youth Unemployment:Preparation,Opportunities and Challenge(テーマ:経済情勢および出産・健康に関する決定への若年者失業の影響、30 October,2008,Beijing,China)に提出した。
著者
梅村 絢美
出版者
首都大学東京
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

本研究の目的は、インド伝統医療アーユルヴェーダの世界拡張の状況を、治療を受ける患者に焦点を当てることで、患者の身体上から見えてくるグローバル化について明らかにすることを目的としている。本年度は、最終年度であり、本研究課題の理論的枠組みを完成させるに十分な調査データを収集することに努めた。7月から半年間のスリランカ調査を行い、インドから伝えられたアーユルヴェーダが、スリランカにおける土着の伝統医療やその他の伝統医療と融合あるいはそれらを侵食していく状況を、現地で収集した歴史文献やアーユルヴェーダ大学における伝統医療の教育実践の現場の調査から明らかにした。こうした社会的背景を明らかにする傍ら、農村地域において地域共同体に埋め込まれた伝統医のもとで調査を行い、患者一人ひとりへのインタヴュー調査から、西洋医療やアーユルヴェーダ、スリランカ土着の伝統医療など、さまざまな医学がひとりの患者の身体に、さまざまなアプローチをしていることを明らかにした。また、スリランカ独自のカタワハと呼ばれる言霊信仰が、医師と患者とのあいだの言語コミュニケーションや、診断結果の言語化を忌避させる原因として作用していることも明らかとした。本研究の学術上の意義は、患者の身体を基点とした伝統医療のグローバル化の状況の記述およびその理論的枠組みを提示した点にある。また、社会的な意義は、今日の日本社会における医療がおかれた状況は、医療訴訟などの増大に伴い、医療実践の数値化・言語化への強迫観念的とも言える志向がみられるが、本研究が提示したスリランカの事例は、言語化を忌避するという正反対の志向がみられる。こうした事例から、インフォームド・コンセントをめぐる是非など、さまざまな問題領域における考察の道筋が開かれることが期待できる。今後、スリランカで得た事例をより入念に熟慮したうえで、日本社会における医療をめぐる問題についても考察を行なっていきたい。
著者
吉見 崇
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

本研究は、中華民国国民政府(または中華民国政府)が統治した1928年から1949年、特に憲政の実施が具体的に議論された抗日戦争期から戦後にかけての同政府による「司法改革」の考察を通じて、当該時期の政治システムにおける「司法権」の位置づけ、さらには近現代中国における「司法権」のあり方を明らかにすることを目的として行った。近年の本研究と関連する先行研究を参照すると、憲政実施といういわゆる民主化実施の過程のなかで、「司法権」が違憲審査制といった制度によって、強大な行政権の暴走を抑止し、人々の自由を守ろうとしたという観点から、考察されている。むろんこのような側面は「司法権」の重要な一面であるが、「司法権」が政治システムのなかでどのような役割を果たしたのかを総合的に把握するには至っていない。すなわち、「司法権」は国家権力なのであり、それによった司法制度についても政治制度として政治史のなかで考察していく必要がある。本研究はこれまでの研究を経て、このような観点を強調するとともに、その結果として中華民国国民政府(または中華民国政府)の政治システムの捉え方を再考し、現在の中国や台湾における「司法権」のあり方を歴史的に考察することへとつなげることができるだろう。本研究が行った具体的な内容は、主に以下の通りである。・当該時期の司法行政について、政策決定過程の様子を明らかにするため、中国国民党、そして国防最高委員会、国民政府、行政院、司法行政部、立法院、国民参政会、司法院といった様々な政策参与機関による議論、提案などを考察した。・司法行政政策が決定、実施されていく政治的、外交的背景はどのようなものであったのかを明らかにするため、当該時期の憲政と政治腐敗の問題やアメリカ、イギリスとの不平等条約撤廃などについて考察した。上記のような本研究の観点による具体的内容の考察を、今後も継続していきたいと考えている。
著者
承 志
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2001

第一 清朝八旗戸口制度の成立八旗における戸口編審制度の成立について考察した。こうした戸口編審の成立については、八旗制度の成立と共に八旗戸口制度も同時に設立されたことを私なりの見解を示しておいた。そしてホン・タイジの天聡四年に戸口編審が法制化され、三年ごとにニル戸口の統計が行われたことを検討した。さらに、その実態についても具体的に追究した。そして、上で述べてきた戸口編審によって、作られた具体的な戸口冊について考察した。その結果、一ニルに所属された戸の数、総人口、そして家族構成を明らかにした。第二 旗人作品にみる旗人戦士の実態像まず、センシュが康煕二十一年に書いた『随軍紀行』を取り上げ、三藩の乱を平定しに行った旗人日記から、旗人の新年行事と家族への思いなどを分析して、人情に溢れた旗人像を提示した。つぎは、シベ駐防八旗のヘイェル・ヴェクジンが書いた『フイファン・カルンの手紙』を中心に、カルン換防兵が見えたカロンの状況、道中の風景、そしてフイファン・カルンの旗人生活などのことを詳しく解明した。最後に『ドンジナ見聞録』にみる旗人に関する記事を取り上げ、その実態を明らかにした。第三 黒龍江将軍衙門档案について-康煕二十三年から二十七年を中心に満洲語で書かれた黒龍江将軍衙門档案を、その概要から、文書の形式、内容の分析によって、文書行政のシステムを解明し、黒龍江地域社会の形成は駅伝・屯田地によって発展していくことを明らかにした。このほか『黒龍江将軍衙門档案』を中心にローマ字に転写して作業を進めてきたが、その日本語訳と索引を作成した。
著者
高橋 慎一
出版者
立命館大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

本研究は、ポスト福祉国家における生政治的状況における倫理的規制を設けることを試みるものである。とくにジェンダー・セクシュアリティの属性に基づいて行われる医療資源化、家族のケア労働の位置づけをめぐって考察を深めた。具体的な研究領域としては、1980年代から1990年代にかけての米国エイズ危機下で、同性愛者が担ったエイズ患者の社会運動が同性婚推進運動へと転換していく過程を分析した。それによって明らかになったのは、米国の医療・福祉・家族政策の構造転換である。同性パートナーの末期医療に関する代理決定権、子の監護権、病院訪問権、賃貸継続権をめぐって、法的に家族の地位が再編され、家族以外の共同形態が制度的非対称におかれていくにいたる構造的転換が解明された。くわえて、このような構造化により帰結される性的指向性および性自認による制度的区分には、トランスジェンダー、トランスセクシャル、性同一性障害などの運動による批判を検討した。これら批判の思想的背景となったゲイ・レズビアン研究、クィア研究では、血縁家族に限定されないオルタナティヴな共同性に正当性を与える是正要求が理論的に考察されている。この是正要求には二つの系列があり、同性愛者の社会的格下げが改善されることで権利獲得にいたるという社会変化のモデルと、物理的負担に着目して各人の必要に応じた負担の配分を構想する社会変化のモデルがある。この二つのモデルの区分が、社会的マイノリティによる社会構造の是正要求には不可欠であると分析した。本研究は、家族の加重なケア労働の是正要求は、社会的格下げと負担の分配という二つのアプローチによって可能になるのということを、事例研究と理論研究によって証左したものである。
著者
小島 泰友
出版者
農林水産省農林水産政策研究所
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2003

比較静学モデルによる価格伝達分析を行い,硬質小麦の政府売渡価格やふすまの市場動向,製粉・製パン業の非農業部門など,これらの外生変数による小麦製品の価格変化率に対する寄与率を計測し,小麦政府売渡制度の相対的影響度を明らかにした.高度経済成長期を終え,非農業部門からのコスト上昇圧力が緩和した1980年代半ば以降,小麦の政策価格は,食パン価格の変化に対して,それ以前よりも相対的に強い影響を与えている.1980年代後半以降の小麦価格の引き下げ期に,小麦粉価格の低下が不十分であった要因について,定量分析を行った.製粉大手企業は原料費削減による残余資金を原資に,製販統合・経営多角化を推進し,食品販売部門の強化を図っている.よって,硬質小麦の政府売渡価格の引き下げは,強力粉価格の低下に十分反映されていない.価格支持政策から直接支払政策への農政転換は,必ずしも消費者利益の増加につながるとは限らない.強力粉価格が低下した1980年代後半以降,食パン卸売価格が下方硬直的であった要因を推測的変動モデルで定量分析を行った.製パン大手企業の販路拡大競争と製パン小売業の台頭によって70年代後半,低価格戦略が取られたが,その後,企業合併等で市場集中度が高まると,価格は下方硬直的となった.食品製造業全体を上回る製パン業の人件費の伸びも影響した.70年代後半の市場競争性があれば,90年代末の価格水準は,約6〜12%低いと推定される.規模の経済性をもつ不完全競争下の食品産業を想定し,農業効率化と輸入関税削減が,農産物から加工食品への価格伝達性に対してどのような効果をもたらし,農業生産者と最終消費者にどのような影響を与えるのか,McCorristonらのモデルをもとに理論的考察を行った.農業効率化と関税削減をいかに進めるかだけでなく,加工食品市場の競争性をいかに高めるかという論点も,最終消費者だけでなく農業生産者の利益の確保のために,重要である.
著者
葉山 大地
出版者
筑波大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

本年度は,冗談に対する聞き手の反応(迎合的反応,回避的反応,感情表出反応)と冗談の不達の関連を検討した。まず,大学生203名を対象として,日常生活において,つまらない冗談や怒りを感じる冗談に対する反応傾向が過激な冗談(聞き手の外見や悩みをからかう冗談や性的・倫理的タブーを含む冗談)を友人から言われる頻度に及ぼす影響を検討した。その結果,迎合的反応と感情表出反応をする頻度が多いと,過激な冗談を言われる頻度が高まることが示された。次に,大学生417人を対象として,日常生活で,怒りを感じる冗談に対する反応傾向を規定する要因として,パーソナリティ要因(拒否感受性),動機づけ要因(個人志向性・社会志向性)を取り上げ,その影響を検討した。その結果,個人志向性が高くなると,迎合的反応の頻度を低下させる一方、回避的反応の頻度を高めることが示された。また,社会志向性が高くなると、迎合的反応の頻度を高める一方、回避的反応をする頻度を低下させることが示された。拒否感受性が高くなると,迎合的反応の頻度を高める一方、感情表出反応の頻度を低下させることが示された。迎合的反応をする頻度が高いと,自尊心が低いことが明らかとなった。さらに,冗談に対して怒りを感じた場面を取り上げ,聞き手の反応が状況的要因(話し手との関係性,周囲の友人の反応)や拒否感受性によってどのような影響を受けるのかを場面想定法によって検討した。その結果,拒否感受性が高い回答者は,親友が話し手で,かつ周囲の友人が笑っていない状況において,迎合的な反応を行なわないと評定することが示された。冗談の聞き手に関する研究はほとんど行われていないため,本研究により,聞き手が迎合的反応をすることによつて冗談の不達が起こる可能性が高まるという知見や,冗談に対する聞き手の反応が状況要因やパーソナリティ要因によって異なるという知見が得られた点は,意義があるといえる。
著者
深田 淳太郎
出版者
一橋大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

1.「数え方」と貨幣の関係についての文献研究現代社会において計算や計量は、世界のあり方を定量的に捉えるというよりは、むしろ世界自体を特定の数量的なスケールを備えたものと見なした上で、そのように作り上げているということは、人類学、社会学、経済学、数学などの分野を超えて論じられている、これらの近年の研究の動向を追い、特に本研究における中心的な関心である特定の物質性・歴史性を備えた貨幣を「数える」実践が、時間や空間のスケールを作り出すプロセスについて考察していくための参考とした。これらの研究の多くが計算のシステムや計量のための言葉や数字について議論をしている中で、本研究の特徴は実際に手指を使って貨幣を取り扱うという微細な実践に注目している点にあると考えられる、この研究成果の一部は、2010年11月に学会発表「交換レートの作り方」で報告した。2.パプアニューギニア、イーストニューブリテン州において現地調査を実施2010年9月に、パプアニューギニア、イーストニューブリテン州ラバウル近郊において調査を実施した。トーライ社会の内部における貝貨流通のひとつの重要な機会である婚資の支払い儀礼を参与観察した。新たに姻族となる親族集団間において、厳密に同じ長さに測った貝貨を送り合い、平等的で友好的な関係を築こうとするのと同時に、オット側からヨメ側に見せつけるように大量の貝貨を展示して支払うことが姻戚関係に含まれる潜在的な敵対関係を示しているということを明らかにすることができた。
著者
酒井 康行 EVEOU Fanny EVENOU Fanny
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

本研究では,高酸素透過性かつ微細造形性に優れたポリジメティルシロキサン(PDMS)を用いて,細胞層を三次元的に培養しつつ背面から酸素を直接供給する培養基質表面を作成し,各種肝細胞の組織化と機能を検討した.これにより,細胞の三次元的な組織化と酸素・栄養素の供給とを静置培養にて簡便に両立する新たな肝細胞培養系の構築を目指した.増殖が可能な分化型肝細胞株Hep G2の場合では,酸素直接供給プレート上で細胞は自発的に5-6層まで重層化増殖し,縦断面の組織学的観察から細胞は密な三次元構造と立方体状の形態をとっていることが示された.また,単位細胞当たりで通常プレートの約20倍以上という高いアルブミン分泌能が観測された.本細胞については三次元ピラー構造の影響は少なく,劇的な効果は酸素直接供給に専ら拠るものであった.以上の結果はTissue Engineering C誌に投稿し,査読意見に従って改訂中である.一方成熟ラット肝細胞の場合には,三次元ピラー構造を持つ表面で酸素を直接供給することで,肝細胞が自発的に凝集体を形成し,三次元構造と高い機能とが観測された.三次元ピラー構造無しでは細胞は表面から容易に剥離した.また,酸素供給無しでは細胞は数日のうちに死に至った.酸素消費速度が高い肝細胞の培養については,通常プレートでの培養では圧倒的に酸素不足に陥っていることが指摘されていたが,実際にその制限を取り除いた場合に,細胞がどのような挙動を取るかを観測した例は皆無であった.以上の結果は,スクリーニング目的のための肝細胞培養において,簡便かつ多検体処理に適しているマイクロプレートフォーマットで,各ウェル内に最小限の三次元組織体を容易に形成できることを示しており,肝細胞を用いたプレートアッセイの改善に関する寄与は大きい.
著者
桃崎 有一郎
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

研究課題に基づき、歴史学研究会においてシンポジウム報告を行い、室町幕府3代将軍足利義満から4代義持への世代交代に際して、朝廷・幕府を一身に統合的に支配する「室町殿」と呼ばれる地位が、義満期に更に上位の地位として形成された「北山殿」の地位と整理・統合され、「室町殿」という地位(とその呼称)が歴史上初めて確定・確立した事実を明らかにした。加えてその報告内容を、シンポジウムにおける質疑・批判を踏まえ、論文にまとめて投稿し、掲載された。また平行して、研究遂行過程で存在が確認された慶應義塾大学メディアセンター貴重書室所蔵の『北条家判尽』と題する巻子本について、踏み込んだ調査を行った。調査の結果、従来写本としてしか知られていなかった鎌倉〜南北朝期の幕府関係者の家に伝わった文書群の原本であることを明らかにし、その内容を紹介して従来の写本に基づく誤りを正すとともに、その伝来経緯・史料的価値・古文書学的価値について論じた。さらに従来はその内容が難解とされていた、鎌倉期公武関係の基礎史料というべき鎌倉幕府の公式記録『吾妻鏡』の現代語訳作業に取り組み、共著で刊行した。また研究課題に即した問題関心から、関連する研究書の書評を行い、問題の所在を指摘するとともに私見を提示した。なお上記の研究成果発表と平行して、研究課題達成のために公刊済み・未公刊を問わず関係史料の収集・蓄積と高野山金剛三昧院(和歌山県)・京都におけるフィールドワーク(史料調査・現地踏査)を継続的に行った。
著者
永井 崇寛
出版者
総合研究大学院大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

原子核バートン分布関数の最適化研究を行った。原子核構造関数F_2とDrell-Yan断面積比のデータを使用し、LoとNLOの解析と行うことにより最適な分布関数とを決定し、それぞれの分布関数の不定性を示した。この解析で、各々の分布関数に対して以下の結果を得た。・価クォークの原子核補正は、大きいXで構造関数はほぼ価クォーク分布で表せるため、大きいX領域のF_2のデータより精度良く決定できた。さらに、小さいXにおいても価クォーク分布は精度良く決定できていることがわかった。・反クォークの原子核補正は、逆に、小さいXで構造関数はほぼ反クォークで表せるため、小さいX領域のF_2のデータより精度良く決定できていることがわかった。さらに、大きいXでは大きい不定性を持っていることがわかった。・グルーオンの原子核補正は、全X領域で正確に決まってないことがわかった。グルーオン分布は摂動の高次項として、構造関数や断面積に直接寄与するため、NLOの解析でより正確に求まることが期待される。しかし、現状では原子核構造関数の比に対して、正確なO^2依存性を示データが測定されておらず、グルーオン分布の原子核補正を求めることができなかった。原子核のグルーオン分布を正確に決定するためには、より広範な運動学的領域のデータが必要であり、さらに、原子核・原子核衝突の直接光子生成反応等の正確なデータが必要であることを指摘した。・重陽子の原子核補正についても詳しく検討し、現状では核子の分布自体に重陽子の原子核補正効果が含まれている可能性を指摘した。
著者
佐藤 真一 LIU HONG 佐藤 真一 LIU HONG
出版者
国立情報学研究所
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2023-03-08

2021年度には、証明可能な深層学習の枠組みについて検討を行う。次いで2022年度は、説明可能かつ頑健な深層学習の枠組みの検討を行う。最終年度である2023年度は、全体を総合し、証明可能・説明可能・効率的・頑健な深層学習の枠組みを構築する。その枠組みの実用性の検証のため、マルチメディア検索並びに人物再同定を対象として、この枠組みが実際に効果的に機能することを示す。
著者
谷口 尚平 (2023) 谷口 尚平 (2021-2022)
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2023-03-08

深層学習に代表されるような大規模で複雑な統計モデルの応用を進めるためには、統計モデルに含まれる大量のパラメータを効率よく推論するための技術が不可欠である。本研究では特に、深層ニューラルネットワークを活用した償却推論と呼ばれる技術を用いて、潜在変数モデルや強化学習における統計モデルの推論を効率よく行うための手法の開発を行う。この研究は、深層学習のような大規模なモデルを実世界応用にスケールさせるための重要な基礎技術となることが期待される。
著者
森谷 理紗
出版者
大東文化大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2019-01-04

最終年度は、新型コロナウイルスの影響で当初計画していた海外出張が遂行できなかったが、これまでに収集したロシア公文書館の資料分析を続行した他、国内でシベリア抑留中に作られた曲の楽譜や当時書き留められた歌詞集の手稿、さらにシベリアから持ち帰られた楽器等が新たに見つかりこれらをもとにシベリア抑留をめぐる芸術文化の歴史を知る上で重要な新たな発見があった。特に、公文書館で入手したイルクーツク州タイシェットの第7収容所で活動した「新声楽劇団」関連資料を補完する楽劇団の当事者であった元抑留者の手記が見つかり、日本とロシアの史料を照合して楽劇団活動の実情を詳らかにした。研究成果はロシアで開催された若手研究者のための国際学術会議『古代から21世紀までのロシア史: 課題・議論・新しい視点』(モスクワ、ロシア歴史大学)でオンラインにて発表した。さらに、この学術会議の論文集に、論文「シベリア抑留下の日本人捕虜たちの創造活動(1945-1956)」(論文集『古代から21世紀までのロシア史: 課題・議論・新しい視点』、Y.ペトロフ、O.プレフ編、ロシア歴史大学、2021年、466-476頁)が掲載された。また、複数の手記や写真資料などから素材・製法・形状などの情報を総合して再現楽器「ラッパ付きヴァイオリン」を製作したほか、収容所で印刷され捕虜たちに配布された『ソヴェート歌曲集(附)日本闘争歌集』の歌の音源資料化を行い、平和祈念展示資料館の企画展「シベリアでの出会いー抑留者の心に残った異国の人と文化」に出展した。さらに大東文化大学、舞鶴引揚記念館、舞鶴市立若浦中学校(京都府)で『シベリア抑留と音楽・文化ー記憶の継承へ』と題したレクチャーコンサートを企画し、シベリア抑留研究者や日本人・ロシア人アーティストを招いた講演と演奏を行い、抑留中に創作された曲の初演をするなどアウトリーチ活動にも力を注いだ。
著者
倉持 将也
出版者
筑波大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2023-04-25

異常気象の理解と予測精度向上に向けて、冬季東アジアモンスーン変動機構の解明を目的とする。冬季東アジアモンスーンの一翼を担うアリューシャン低気圧に着目し、全球再解析データを用いて、その変動性や日々の移動性低気圧との関連について解析を行う。等温位面で定義される対流圏中上層のラグランジュ的運動を記述する上層暖気質量フラックスに関する定式化と力学構造の解明を進めた上で、アリューシャン低気圧変動の解析への適応し物理過程を考察する。また、熱帯海洋大陸付近の積雲対流活動によって強制される遠隔影響パターンについて、季節内スケールで移動する積乱雲群との関係についてデータ解析および数値実験から明らかにする。