著者
石川 徹夫 NORBERT KAVASI NORBERT Kavasi KAVASI Norbert
出版者
独立行政法人放射線医学総合研究所
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

自然放射線源による被ばく線量のうち、ラドンによる被ばくはかなりの割合を占めることは世界共通の認識である。とりわけ屋内環境のラドンに関しては、制御可能な線源として考えられており、欧米ではラドン濃度に関して規制値が設定されている。しかしながら被ばくの直接の原因となるのはラドンではなく、ラドンが壊変してできるラドン子孫核種(固体粒子として存在)である。すなわち、ラドンガスを吸入しても大部分が即座に呼気で排出されるのに対して、固体粒子は吸入するとかなりの割合で呼吸気道に沈着するためである。また、ラドンと同様に環境中に存在しているトロンに関しては、今まであまり知見がなかった。トロンに関しても、トロンガスそのものよりもトロン子孫核種濃度が被ばく評価にとって重要である。このようにラドン・トロン子孫核種は、被ばくの直接の原因となる物質であるものの、それらを直接測定することはラドン・トロンの測定に比べて技術的に難しかった。昨年度までの研究で、ラドン・トロン子孫核種の簡易測定法の開発をほぼ終了した。この測定法はパッシブ型と呼ばれ、測定中は測定器を設置(放置)しておくだけで良く、電力などを必要としない。数か月の設置期間が終了後に測定器を分析することによって、設置期間中の平均的なラドン・トロン子孫核種濃度を評価可能である。本年度は研究の最終年度であることから、調査結果のとりまとめ及び結果の公表に重点をおいて研究を実施した。具体的には、ハンガリーにおけるラドン・トロン子孫核種測定データ、及び関連する環境因子などのデータを取りまとめ、さらにはラドン・トロン(子孫核種)に起因する線量評価のとりまとめも行った。この結果、原著論文2報、及び学会発表4件を行うことができた。
著者
仲 眞紀子 (2009 2011) 仲 真紀子 (2010) JANSSEN S.M. JANSSEN Stephanus
出版者
北海道大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

自伝的記憶とは,思い出や体験,自己に関わる出来事の記憶であり,典型的には手がかり語法を用いて調べる。手がかり語法とは「木」などの手がかり語を提示し,そこから想起される出来事と,出来事が起きた年齢を思い出してもらう方法である。このようにして想起された記憶の個数を,10代の記憶,20代の記憶,30代の記憶…というように年代ごとにプロットすると,10-20代の記憶の個数が高くなる。この現象はレミニセンス・バンプ(想起のコブ)と呼ばれ,忘却曲線等では説明できない現象として注目されている。レミニセンス・バンプの説明要因としては,(1)社会文化的な要因(ライフスクリプト等)と(2)認知的要因(作業記憶)とがある。これら二つの要因がバンプの形成にどの程度寄与しているかを調べることで,レミニセンス・バンプが生じるメカニズムに迫るとともに,自伝的記憶の成立に関わる要因を明らかにすることが,本研究の目的である。具体的には,インターネットを通じた調査により,若年から高齢までの広い範囲の参加者から,(1)自伝的記憶におけるレミニセンス・バンプ,(2)ライフスクリプト(人生において重要な出来事はいつ起きるか),(3)作業記憶の経年的変化(10-20代の作動記憶機能が高いために,多くの情報が蓄積されるのか)に関するデータを収集する。(2)は文化の影響を受けやすく,(3)は文化の影響を受けにくいと考えられるので,(2)と(3)における日,米,オランダの差を検討することで,レミニセンス・バンプが社会文化的要因と認知的要因の影響を受ける度合いを調べる。期間内に,インターネットでの調査を可能にするシステムを構築する。また,ネットに接続する参加者の偏りや,調査媒体(パソコンか「紙と鉛筆」による質問紙か)によるバイアスの効果を検討するために,オフ・ネット条件でも資料を収集する。
著者
徳原 靖浩
出版者
東京外国語大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

本研究の中心課題は、西暦11世紀のペルシア詩人であり、イスラーム・シーア派の一派イスマーイール派に傾倒した思想家として知られるナーセル・ホスロウ(1072年以降没)の思想の全体像を明らかにすると共に、イランの思想史に位置づけることである。採用二年目である本年度は、(1)前年度学会で発表した、ナーセル・ホスロウの解釈学教義を端的に著したテクスト『宗教の顔』に関する研究を進め、また、(2)前年度に引き続き、新たに公刊された研究書、本邦で入手が困難な一次・二次資料文献、写本情報の収集のためイランに渡航した。(1)前年度はナーセル・ホスロウに先行するイスマーイール派思想家のテクストとの比較作業を行なった。特に、本研究で主に扱うテクスト、『宗教の顔Wajh-i Din』における記述には、基本的な教義的方向性に関する記述で先行する文献や、後のイスマーイール派の文献、また同時代の神秘主義文献にも程度の差こそあれ類似した表現が見られることが分かった。この点を間テクスト性の観点からどう扱うかについても考察を進めた。また、前年度の研究からの継続としては、『宗教の顔』に見られるザーヒル(外面)・バーティン(内面)の概念に二重の基準があるのではないかという考えを更に掘り下げ、この点に関して新たな知見を盛り込んだ論文を準備中である。(2)イランにおける資料収集:今年度はイラン国民議会(マジュレス)図書館および国民マレク図書館にて、刊本に使用されていないナーセル・ホスロウ著作の写本調査を行なった。
著者
熊田 陽子
出版者
首都大学東京
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2014-04-25

平成26年度採用分日本学術振興会特別研究員申請書の「研究の目的」及び「研究計画」の記載内容を、平成27年6月25日に行われたSPD研究発表会を通じて得た主任研究員の助言に従って修正し、平成28年度は、主な調査活動をオランダ・アムステルダムと東京の性風俗世界に絞って以下の通り調査研究を実施した。「性風俗世界を通じたアムステルダムの都市的“性”様式に関する調査研究」として、いずれもアムステルダムで、セックスワーカーと対象とした面接調査と参与観察調査、資料収集及び分析を行った。特に、合法的セックスワークが行われる「(飾り)窓」で働くワーカー宅における住み込み調査では、ワーカーの日常を具体的かつ包括的に捕捉することができたばかりか、ワーカーの客、友人である元セックスワーカーらに対しても面接調査を行う機会を得た。更に、昨年度から重点的に研究を行っている移民セックスワーカーについては、親族を中心に形成される諸関係の実態解明に向けて更に調査を拡充させた。「都市“性”様式のグローバル展開に関する研究」としては、国際学会におけるセクシュアリティ研究のパネル組織と研究発表、国際学会と現地調査を通じた研究者ネットワークの構築と今後の共同研究に向けた調整、性風俗世界を通じた東京の都市的“性”様式に関する調査研究等を行った。なお、東京の都市的“性”様式に関する調査研究の成果は、平成29年度6月に学術単行書として出版される予定である。その他の実績には、セクシュアリティ研究の立場から行ったゲストスピーカーとしての活動がある。平成28年度は以上を中心とした調査研究活動を実施しながら、学会誌への発表2件(平成29年度の出版・公表含む)及び学会等でのパネル組織と口頭発表5件(その内、国際学会における英語での実施は3件)を成果として公開した。
著者
小野 奈々
出版者
筑波大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2004

自然資源開発地域ですすむ環境破壊が深刻な状況にあることに着目し、そうした地域では環境保全意識がいかなる論理で受容されるか、ということを地域が急進的な環境NGOの活動を受容する論理から明らかにしようと努めた。またこの論理を「ライフスタイルの飛び地(Lifestyle enclave)」と「よそ者(Stranger)」を鍵概念に考察した。そしてここから「ライフスタイルの飛び地」や「よそ者」に象徴されるようなかたちで、将来や次世代の生活を考慮するような社会的利益を確保しようとする動きが地域社会にみられたこと。また、そのような独特の距離感をもちながら、生計をめぐる利己的な利害関係と対立するような価値(ここでは環境保全)を活かしていくために、NGOやNPOといった市民活動組織という存在が活用されていることを明らかにした。より具体的には、石資源を豊富に有し、その資源開発ブラジル連邦共和国ミナスジェライス州ゴウベイア市のなかで活動している環境NGO、カミーニョス・ダ・セーハを取材し、環境破壊につながる石資源開発で生計をたてているひとびとが多く住む地域の住民が、急進的な環境保全活動を展開する環境NGO、カミーニョス・ダ・セーハの活動を地域として受容していく論理を追った。そのさいこの環境NGOの活動が、当初の環境保全に加えて、地域発展を視野に入れていくという「目的の複数化」が生じていたという現象に着目し、それが生じていったプロセスを聞き取り調査で追いかけていくことで、この環境NGOを地域が受け入れてきたその論理には、将来や次世代の生活を考慮するような社会的利益を確保しようとするある種の価値観(まだ言葉にはなっていないが、今後詰めてこれを説明していく予定である)が基底にあることを明らかにした。この成果に関してはまだ学会発表、論文化にいたっていないが、近いうちに学会発表をし、随時、前年度の研究成果の結果とともに論文化していく予定である。
著者
木村 智哉
出版者
国立歴史民俗博物館
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2013-04-01

本年の研究計画は、国産テレビアニメ草創期の諸動向の中から、商業映像メディアの転換が、アニメーションの制作現場と、その映像表現にあたえた変化や影響を実証的に検討することにあった。この計画は、かなりの程度達成された。平成27年7月に公刊された論文では、国産テレビアニメが放映開始された1963年に、その事業に参入した制作会社およびテレビ局、スポンサーの動向を追跡し、その中でも従来、劇場用映画制作を行っていた東映動画株式会社においては、スポンサーの都合によって番組枠の維持が流動的で不安定かつ、支払われる製作費が低廉なテレビアニメ事業を継続するにあたり、正社員ではなく個人に業務委託を行う契約者制度が重視されるようになったことを論じた。この内容は、12月に公刊された他の論文の内容と合わせ、10月にヴァッサー大学で行われたアジア研究学会でも発表した。さらに平成28年1月に公刊された査読付論文では、先の論文の内容を、東映動画に関してより専門的に深め、テレビアニメ制作事業を継続する過程で、同社の労務管理は時間によるものから作業量によるものへと転換し、そこに作業量を技術力の一端として捉える作画職の一部スタッフが呼応していったことなどを実証的に論じた。また、10月には美学会全国大会にて、テレビアニメ制作事業の開始が、劇場用映画制作の時代に行われていた、アニメーター中心の合議制による作品の質的管理を揺るがし、むしろ演出家による管理へと移行して、それが製作事業における量的管理(スケジュールや予算の厳守)にも寄与したこと、さらにこの「演出中心主義」の成立が、アニメーションの演出において、カメラアングルの多様化など映像表現上の変化をももたらしたことを論じた。ほか2本の論文を含め、計5本の論文と3回の学会発表を行い、最終年度の業績発表としても単著を構成する内容としても、重要な業績が蓄積できた。
著者
宮崎 千穂
出版者
名古屋大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

平成20年度より平成23年8月まで(途中、出産・育児による中断あり)の約3年間に亘る本研究では、医療・衛生の観点より「帝国」を捉えなおすことを目的とし、特に、ロシアから日本へと伝播された「検黴」(梅毒検査)を手がかりに、「性病」のあり方を考察してきた。最終年度である本年度(平成23年4月~8月)は、幕末の長崎で日本初の検黴を実施したロシア艦隊がその後、1890年代にいかなる「梅毒との闘い」を繰り広げたのか、ロシアにおいて収集した史料を分析することで明らかにし、その内容を論文としてまとめた。日本最初の検黴以後も、ロシア艦隊は継続して<長崎の梅毒>を憂慮しており、特に、<秘密売春(私娼)>目を向け、その取締りを長崎当局に要請していた。一方で、注目すべきことは、同時に、<売り手>である長崎の女性のみならず、<買い手>であるロシア水兵に対する管理も本格化していたことである。1890年代、ロシアでは梅毒蔓延対策をめぐり梅毒学者や医師などが参加する全国規模の大会が開催され、子孫の絶滅危機という梅毒を<国民病>とする語りによって農村での梅毒蔓延の危険性が訴えられた。その時、下級軍人(兵士)には<帝国全土への梅毒の散布者>というラベルが貼られ、罹患者の洗い出しのため、病に対する差恥心を捨てて病を自白し医師の治療を受ける必要性が教育されるとともに軍務生活中の自律が強く求められたのである。その際、下級軍人には、梅毒は都市の売春婦との性的関係により感染するものの、帰郷後の農村では性的関係以外の経路で家庭、子孫に感染させると教えられた。かような軍医による医学的語りは、<都市の性病>、<農村の生活習慣病>としての梅毒像を結んだのである。
著者
山尾 僚
出版者
佐賀大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2011

植物は植食者に対して、毛などによる物理的防御や化学物質を含有することによる化学的防御、植食者の天敵を誘引し、植食者を排除させる生物的防御といった多様な防御戦略を進化させてきた。さらに、被食に対する耐性もまた防御戦略の一つとして知られている。本研究では物理的防御形質であるトリコーム、化学的防御形質である腺点および生物的防御形質である花外蜜腺と食物体を備えるアカメガシワ属を材料とし、複数の防御形質を用いた植物の防御戦略を解析する事を目的としている。本年度は、以下の3点を明らかにすることができた。1)前年度に、岡山、沖縄、石垣島のアカメガシワ個体群はそれぞれ異なる防御形質を発達させていることを明らかにした。本年度は新たに奄美大島のアカメガシワ個体群がアリによる生物的防御を発達させていることを解明した。2)岡山、奄美大島、沖縄、石垣島のアカメガシワ実生を用いて被食に対する耐性能力を評価した。その結果耐性能力の大きさは、沖縄株奄美株・石垣株、岡山株の順に高かった。3)被食処理後の光合成速度の時間的変化を調べたところ、'岡山株では光合成能力に大きな変化は確認できなかったが、奄美大島、沖縄、石垣島由来の株では被食処理後に光合成能力が増大した。また、光合成能力の増大の程度は耐性能力と相関していることが判明した。これまでの結果から、アカメガシワの耐性能力は被食後の光合成能力の増大によりもたらされていると考えられた。岡山個体群では主としてアリによる生物的防御を、奄美個体群では生物的防御と耐性、沖縄個体群では物理、化学的防御と耐性、石垣個体群では化学的防御と耐性を発達させていることを解明した。
著者
杉本 耕一
出版者
関西大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

本年度の研究では、これまでの準備を踏まえて、鈴木大拙や田辺元、西谷啓治といった京都学派周辺の近代日本の哲学者・思想家の宗教思想について、それぞれの立場からの道元解釈を検討することによって明らかにする研究に集中的にとりくんだ。北陸宗教文化学会のシンポジウム「鈴木大拙『日本的霊性』の現代的意義」での提題をもとに執筆された論文「「霊性」再考」では、近代日本の代表的な禅思想家で京都学派との交流も深かった鈴木大拙と道元との関係を考察した。そこでは、鈴木大拙の禅思想と道元の禅思想とのずれを指摘することを通して、道元の立場から見た鈴木の思想の問題点と、現代においてそれを読み直す可能性とについて考察した。日本宗教学会における口頭発表「道元解釈から見た西谷啓治の禅哲学」では、西谷の講話『正法眼蔵講話』を、他の研究者による『正法眼蔵』解釈と対比しながら読み説き、西谷の解釈の独自性と問題性とを指摘した。そしてそこに、西谷の宗教哲学そのものの独自性と問題性とを探る道を開いた。『倫理学年報』に掲載予定の論文「道元の「行」と田辺元の「行為」」は、昨年度の口頭発表に手を入れて、論文の形に仕上げたものである。口頭発表「衛藤宗学と京都学派の哲学(二)」は、昨年に続く口頭発表であり、衛藤即応の曹洞宗学と京都学派の宗教哲学とに触れつつ、近代日本の仏教思想の多様性を描いた。これらの研究においては、各所で西田幾多郎の思想に言及されており、京都学派周辺の他の禅思想家との対比を通して、西田の思想的独自性が浮び上がらされている。その他、今年度の研究成果としては、以前執筆した英語論文"Tanabe Hajime's Logic of Species and the Philosophy of Nishida Kitaro"が、論文集に収録され、海外の読者に入手しやすい形で公刊されたことも特筆しておきたい。
著者
飯田 泰之
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2000

昨年、一昨年は景気循環の中でも在庫変動の役割に注目した研究を行ってきたが、本年度は特定の需要項目に注目せず景気循環全体に関する政策課題としての金融政策を中心に研究を進めてきた。80年代以降の日本経済の動向にとり金融政策が非常に大きな影響力を持ったことは数多くの論者により指摘されている。90年代、特にその後半のデフレ期に至ってその重要性はさらに増しているといえるだろう。実証的なアプローチでは80年代以降の日本経済に関し、信用乗数の変化、為替レートを通じての金融政策の波及が期待インフレ率に大きく依存することがわかった。両研究「信用乗数の変化はいかにして説明されるか」(飯田泰之・原田泰・浜田宏一)、「金融政策の波及チャネルとしての為替レート」(寺井晃・飯田泰之・浜田宏一)は2月に内閣不経済社会総合研究所で報告し、3月末にDiscussion Paperとして同研究所より発行される。また、90年代の日本経済を考えると言うことはデフレーションと失業の問題を考えることに他ならない。前者の「デフレ経済」に関しては戦後の事例が無く、その特性を確かめるためには戦前期、特に昭和恐慌期にさかのぼる必要がある。そこで、1920年代の市況等に関し新聞データを用いた再現を交えながら同時期の期待インフレ率を推計した。本研究「戦前期日本経済の期待インフレ率推計」は昭和恐慌研究会(於東洋経済新報社)での発表へのコメントなどをうけて現在改稿を進めている。後者の、失業の問題に関しては労働者の部門間移転を容易にする賃金体系はなにか、という問題意識を元にサーチ理論を用いたモデル化を試みた。本研究は論文「産業構造の変化と労働力配分のrestructuring-Search理論によるモデル化」(飯田泰之・寺井晃)にまとめられ、2002年度日本経済学会秋季大会にて報告し、現在投稿準備中である。
著者
阿部 希望
出版者
筑波大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2011

本研究は、農業史研究において等閑視されてきた近代日本農業の展開に関する研究であり、農業の基盤となる種子生産、特に研究蓄積のなかった民間主導の野菜種子の生産・流通に焦点を当てた研究である。わが国の資本主義経済の確立に伴う近代都市の成長により、消費者人口が増加し、都市近郊に野菜産地が形成された。こうした近代市場の成立に対応した新たな野菜生産の発展には、高品質な種子(固定種)の大量供給が不可欠であり、これを支えたのが「野菜種子屋」であった。本研究では、明治中後期以降の野菜生産の近代化という新たな動向の中で、「種子屋」がどのような役割を果たし、展開したのかを実証的に解明することを目的とした。本年度は主に、昨年度から調査研究を進めてきた「採種管理人兼種子仲買商」の経営分析を中心に、新たに発見した「採種農家」の史料を分析し、それらとこれまでの研究成果を総合的に検討することで、近代日本における民間育種家の役割とその歴史的展開を明らかにした。この成果を社会経済史学会、経済制度センターセミナー・経済発展研究会、首都圏形成史研究会において口頭発表するとともに、「近代における野菜種子需要拡大に伴う種子屋の機能分化と連携-『採種管理人』と『種子仲買商』の役割-」としてまとめ、現在、社会経済史学会『社会経済史学』に投稿中である。また、昨年度に引き続き、野菜育種に関する一次史料所在調査を蓄積する一方で、今年度は野菜以外の作物育種(稲・蚕種・果樹等)にも分析対象を広げて、複数の重要史料を入手した。
著者
宮地 和樹
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012-04-01

今年度は、「学問の自由」の政治性を、「文化自由会議」から1954年に派生して設立された「科学と自由についての委員会」におけるマイケル・ポランニーの活動に着目して考察した。第二次世界大戦の前後、共産主義批判を行うことは、知識人たちの中では困難なことであった。 この中で反共左翼と呼ばれる知識人たちが「文化自由会議」を設立し、ソヴィエト圏の共産主義政権下で抑圧されていた知識人・大学人の言論の自由や学問の自由を擁護するための活動を行った。委員会は1954年に当会議の派生的団体として設立される。委員会は、高等教育機関における「学問の自由」の擁護とその普及を目的とし、雑誌『科学と自由』の発行や、「学問の自由」に関わる問題を議論する会議の開催を行った。しかしながら、「文化自由会議」は設立当初から、いわゆるCIAから資金援助を受けていたということが暴露され、大きな批判を受ける。その批判とは、知識人の文化的活動の自由を外部の政治的権力から擁護するという理念と、実際の活動自体が政治的権力と協働していたという矛盾についてであった。この問題は委員会の活動とも無縁ではない。しかし、報告者は『科学と自由』や会議におけるポランニーの発言録などから、会議や委員会に向けられた批判が単純には当てはまらないことを明らかにした。なぜなら、その活動には必ずしもCIAやアメリカ政府の方針と反しないようなアパルトヘイト政策への抗議活動や、反共政策の一つであるマッカーシズムに対する批判なども含まれていたからである。報告者は以上から「学問の自由」の概念は、確かにある政治的権力に対抗し、またその限りにおいてある政治的権力と協同することもあり得る。しかしながら、それは特定の政治的権力における道具的価値あるいは政策の一部となるものではなく、それ独自の目的を目指した政治性であると結論づけた。
著者
笠木 丈
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

本研究課題の目的は、ベルクソン哲学の通時的解釈を通して、これまで十分な光が当てられてきたとは言い難い『道徳と宗教の二源泉』(以下、『二源泉』)を主要な対象として取り扱い、そこで語られる「開かれた社会」の備える社会哲学的射程を明らかにすることである。本年度は、日本学術振興会による「優秀若手研究者海外派遣事業」の助成を得て、フランスに渡航し、トゥールーズ・ル・ミライユ大学のピエール・モンテベロ教授の指導のもと、一年間研究を行う運びとなった。モンテベロ氏はベルクソン哲学のみならず、ドゥルーズやタルド、シモンドンらの哲学を主要なフィールドとする研究者であるのだが、本研究課題の主要な対象である「開かれた社会」という概念は、まさにベルクソンが『創造的進化』において完成させた自然哲学が欠かすことのできない哲学的な前提とされており、自然哲学が社会哲学へと通じる理路を明らかにすることは本研究にとって重要な課題である。こうした観点から、昨年度より着手していた個体性と共同性の連関を軸とする『二源泉』読解を継承しつつ、モンテベロ氏のもとでは、さらにその背景に存する自然哲学とそれらの問題系との接点を焦点化する研究が進められた。具体的には、『創造的進化』と『二源泉』の連関について、および、ベルクソン哲学と親近性を持ち、なおかつ自然哲学を個体性の問題へと方向づけているように見られる哲学者たち、すなわちシモンドンやドゥルーズ、タルドらの哲学についての読解・考察が行われた。以上のように、今年度は在外研究を経ることによって、フランスの研究環境から刺激を受けつつ、十分な進行が遂げられたように思われる。
著者
青山 夕貴子
出版者
東北大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012

海鳥散布プロセスの検証〈付着メカニズムの解明〉海鳥散布プロセスの検証の一部として、種子の付着がおこるのは巣材に種子が含まれているからではないかという可能性に注目した。海鳥が巣材として用いる植物体に種子が含まれている場合、単に繁殖地にある植物種が付着するというだけでなく、海鳥の種による巣材選好性によって散布される植物種に違いが生じると考えられる。また巣材に接している時間は長いため歩行中の接触だけでは付着しない種子も付着する可能性がある。クロアシアホウドリ、オナガミズナギドリ、アナドリ、カツオドリの巣材を分析した結果、すべての海鳥種の巣から多様な植物種の種子が検出された。特に地上繁殖種であるクロアシアホウドリとカツオドリの巣には多様な植物種の種子が含まれており、捕獲調査でこれらの種の羽毛から検出されている植物種の種子はすべて巣材に含まれていることが分かった。一方オナガミズナギドリやアナドリのような巣穴繁殖種の巣材は比較的少数種の種子しか含まれていなかった。海鳥散布プロセスの検証〈海鳥による陸地利用〉海鳥が島間移動をすることを確かめるため、父島列島および母島列島周辺の島に海鳥がとまっているかどうかを海上から観察した。その結果、特にカツオドリは頻繁に繁殖地以外の陸地を利用していることが分かった。このことは、少なくともカツオドリは頻繁に島間移動を行っており、種子を島間散布する能力があることを示している。海洋等フロラ成立過程の再検討〈付着散布可能な種子の解明〉海鳥によって付着型種子散布をされる植物種をリストアップするため追加的な捕獲調査を行った結果、昨年度までの調査では検出されなかったケツメグサやタツノツメガヤの種子が見つかった。これらの種子は非常に小さいため昨年度までの調査では見落とされていた可能性がある。1.5~2mm以下の小型種子は海鳥の付着散布に非常に適していると考えられる。
著者
旗手 瞳
出版者
大阪大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012

当初、計画していた通り、英国図書館蔵敦煌チベット語文献IOL Tib J 1253の訳注を行った。この文書は敦煌が吐蕃支配下にあった時期に作成されたもので、吐谷渾人で組織された二つの千戸(新旧のカルツァチン千戸)の千戸長をめぐり、ある一族内で発生した争いを記録している。この文書はこれまで五人の研究者(F. W. Thomas, 山口瑞鳳, S. Coblin, 周偉洲, 陳践践)によって取り上げられてきたが、いずれも部分的な分析にとどまるか、あるいは吐蕃について研究が進展したことで、今日では訂正されるべき箇所が少なくない。申請者は、五人の研究を踏まえた上で、あらたな日本語訳注を作成した。と同時に、文中で問題となっている千戸がどういう過程を経て設置されたものか、また千戸長の任命が行われたかを、詳細に検討した。その結果、千戸設置は必ず宮廷ないし中央の大臣の主催する議会で決定されていたことを示した。また千戸長任命の過程で行われる推薦に、「吐谷渾王」とチベット中央から派遣されたと考えられる「吐谷渾の担当大臣」が関与していたこと、任命者は「デの大臣」であるが、その任命は中央の認可を得た上で行っていたことを示した。加えて、本文書から明らかにされた千戸長任命の過程を、吐蕃中央で行われた千戸長任命と比較することを試みた。その際、使用したのは現在もラサに残るショル碑文である。そして、両者から吐蕃の千戸長の特徴として、①千戸長は、ある人物の貢献に対する恩賞として与えられる②千戸長は世襲が保証され、実際に親子間で世襲されていた③有為な人材を得るために、千戸長の候補者は時として貢献を捧げた人物の子孫だけでなく、祖父の世代にまで遡って、その子孫も含むよう設定されたという三点を示した。
著者
佐山 公一 PAWEL Dybala PAWEL Dybala DYBALA Pawel
出版者
小樽商科大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2011

平成24年度に引き続き, メタファー概念ネットワーク構築の具体的作業を行った。日本語表現大辞典(小内, 2005)から収集したメタファーの文例3万についてメタファーのsalience imbalanceの閾値(基準)を計算した。格フレーム等を使い, それぞれの直喩の喩辞と被喩辞の属性のリストをとりだして比較し, 両方のリストに現れた項目を抽出した。項目に, 直喩の共通属性または共通属性らしいものが現れたら, 喩辞の属性リストと被喩辞の属性リストの中の位置を計算し比較する。たとえば, 『疑問が雲のように湧く』では, 喩辞が『雲』, 被喩辞が『疑問』, 共通属性が『湧く』となる。共通属性『湧く』の属性リスト内の位置を計算する。『疑問』の全属性の数188のうち, 『疑問』側の『湧く』の位置が9(平均位置, 9/188=0.048), 『雲』の全属性の数123のうち『雲』側の『湧く』の位置が27(平均位置, 27/123=0.220)となり, 平均位置の差は0.172となる。この平均位置の差をsalience imbalanceの閾値と考える。このようにして, 直喩におけるsalience imbalanceの閾値を計算する。閾値を超えればメタファーとして処理し, 超えなければメタファーとして処理しない, という条件を設けることで, データ内のメタファーを実際にコンピュータが処理できるかどうかを調べた(現在もこの作業を行っている)。作業を行っている過程の中で, 『ような』のような指標を含み, かつ比喩として受けとられる(比喩性を持つ)表現ではあるが実際には直喩ではなく, 文字通りの比較ではあるがその中に換喩を含む表現が数多くあることが分かった。こうした表現は, 表層表現からは直喩と区別がつかない。たとえば, 『クジラのような小さい目』はクジラが小さいことを述べているわけではむろんなく, クジラの目がクジラの体に比べて非常に小さいことを述べている。日本語母語話者はクジラとクジラの目との間の隣接関係を使ってこのことを簡単に理解できていると考えられる。しかしながら, そうした処理はコンピュータには難しい。この日本語の表現を英語に翻訳すると, 『Eye small as whale's』のようになり所有格が使われる。英語では表層表現からそれがクジラの目であることが分かるが, それを日本語にすると表層表現上では分からないことになる。日本語母語話者にとっては, そうした表現も直喩も同じように比喩的に感じられる。日本語母語話者はこういった表現を一種の換喩として理解している。そこでメトニミーもメタファーネットワークに含めることにし, システムの中に換喩と直喩を区別する仕組みも導入することにした。メタファーとメトニミーを, 閾値を使って区別するアルゴリズムを作り実際にコンピュータに判定させた。日本語母語話者にもメタファーかメトニミーかを区別してもらい, その判定結果をコンビ。ユータの結果と比較した。
著者
仙石 知子
出版者
早稲田大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012-04-01

毛宗崗本『三国志演義』に表現された女性像と、その背景となっている清代初期の女性に対する社会通念を追究し、その結果を『毛宗崗本『三国志演義』における女性像の表現』として刊行することが研究の目的である。本年度は、「毛宗崗本『三国志演義』における徐庶の母と忠」を公刊した。その内容は、以下のとおりである。劉備に仕えていた徐庶は、曹操に母を捕らえられ、劉備のもとを離れて曹操のもとに赴く。徐庶の行動は、忠よりも孝を優先させたことになる。毛宗崗本は、徐母の忠を強調するあまりに、徐庶の孝を貶めている李卓吾本の表現を改め、忠と孝の狭間に苦しむ徐庶の葛藤を救い出し、何のためらいもなく徐庶を送り出す劉備の仁に傷がつかない配慮をしている。こうして、毛宗崗本は、三絶と位置付ける曹操・関羽・諸葛亮の人物像を明確に描くとともに、漢を代表する劉備の「仁」の属性も明確にするため、忠の表現を工夫しているのである。以上である。このほか、「中国小説における「女をさらう猿」の展開」を『日本中国学会報』に投稿し、10月に掲載された。
著者
小川 典子
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

本年度は、1.指示詞を含む表現における意味拡張、2.注意(attention)を土台とした指示詞の現場指示・文脈指示の統合的説明を中心に研究を行い、研究論文(5件)・研究発表(5件)として発表した。1.に関しては、(i)指示詞を含む人称詞「こいつ/そいつ/あいつ」と、(ii)「指示詞+助詞」の指示表現「こりゃ(あ)/そりゃ(あ)/ありゃ(あ)」に注目し、研究を行った。(i)では、非現場指示用法において指示対象の範囲が拡大していることを指摘し、指示対象の拡大と指示用法との間に関連があることを明ら脳こした。(ii)では、縮約に伴い話者の評価の表出という制約が加わることを指摘し、さらに「そりゃ(あ)」には、話者の「もちろんである」という感情を表す談話標識的用法があることを明らかにした。本研究は、作例中心の従来の指示詞研究においてはほとんど考察されてこなかった、いわば周辺例・拡張例を中心に扱っており、指示詞の特性である広い分布と豊かなバリエーションを記述しているという点で重要である。くわえて、これらの成果は、本研究が依拠する枠組みである認知言語学・認知文法理論において精力的に行われている主観性・間主観性研究を推進させるものである点で意義深い。認知言語学・認知文法理論はこれまで、人間の認知と言語のかかわりを中心に扱っており、社会の側面への考慮があまりなされていないという指摘が近年なされている。今年度の研究成果としての発表には至らなかったが、本研究では2.の注意を土台とした指示詞の現場指示・文脈指示の統合的説明へ向けて、日本語のソ系指示詞という聞き手が密接に関わる言語現象の分析を通して、何らかの対象に注意を向けるというヒト個体の認知能力と、言語・非言語によって他者の注意を操作するという社会的側面への考察を行ってきた。この点も本研究の重要な意義として挙げられる。
著者
岡田 陽平
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012-04-01

本年度は、国際機構の活動と国際責任の法理に関する研究(以下、本研究)の最終年度であった。三年間を通じて、とりわけ責任の発生段階に着目し、国連平和活動に適用される行為帰属規則について分析を行ってきた。今年度は、昨年度までの研究から得られた成果について、これを新しい法的問題へと応用する作業に取り組んだ。新しい法的問題とは、具体的にいえば、二重帰属の是非およびあり方、そして、国連以外の国際機構(とりわけNATO)への行為帰属である。第一の点について、二重帰属をめぐっては、先例の欠如ゆえに、学説上ようやく議論され始めた状況にある。国連平和活動に適用される行為帰属規則は、国際責任法と国際機構法のインターフェースに位置づけられるものであり、双方の法的必要性に基づいて成立・発展してきたものである。そこで、これまでの展開の延長線上に二重帰属の問題を位置づけ、いかに二つの法の要請を均衡させることが可能かについて分析を行い、適切と考えられる二重帰属のモデルを提示した。それによれば、たとえ二重帰属が認められうるとしても、被害者は、まずは国連の責任を追及するように求められる。さもなければ、すなわち、最初から国の責任を追及することができるとすれば、平和活動の自律性および実効性の確保という、これまでの実行を導いてきた法的必要性(これは現在も妥当している)を無視することになってしまう。第二に、NATOへの行為帰属に関しては、資料の入手困難性や先例の稀少性ゆえに、これまで本格的には研究されてこなかった。しかしながら、冷戦終結後の国連平和活動ではNATOが主要な役割を果たすことが少なくない。したがって、現行法の問題として論じることができる部分はきわめて限定的であるということは認識しつつ、現時点で可能な範囲で分析を加えた。以上をもとに、本研究の成果を博士論文としてまとめ、京都大学に提出した。