著者
戸井田 宏美
出版者
千葉大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2005

湿潤な日本において,現在の細霧冷房法は細霧噴霧速度や噴霧時間は気象条件などによらず一定であり,日射強度や換気速度を考慮して可変とする制御法の検討が十分でないために,温室内気温の不均一化,高相対湿度,蒸発しきれなかった水滴の植物表面への付着による病害発生などの問題がある.本年度は,比較的小規模の実験用植物生産施設において,上記の問題を解決することを目的として(1)細霧発生方法の改良および(2)細霧発生量制御方法の改良について,短期的な効果の検証を行った.(1)日射のない室内において細霧ノズルに直径10cmの送風装置を取り付けて強制通風した場合の細霧蒸発率は,従来の送風装置のない場合に比べて1.6倍の95%となり,ノズル直下の気温水平分布もより均一となった.送風装置の効果により発生させた細霧のほとんどが蒸発するために,植物に未蒸発細霧が付着して病害が発生する危険を回避でき,細霧冷房システムを連続運転できることが示された.(2)従来,細霧冷房システムは未蒸発細霧を蒸発させるためにタイマー制御による断続噴霧を行うが,これにより気温および相対湿度の急激な変動が起こる.また,噴霧速度および噴霧時間は気象条件などによらず一定であった.(1)の細霧冷房システムを小型植物生産施設内に設置し連続運転を行った結果,未蒸発細霧の植物表面への付着は見られず,施設内気温を外気温より常に低く維持でき,かつ,気温および相対湿度の変動を減少させることができた.さらに,噴霧速度を可変とすることにより気温低下幅も可変となったため,連続運転制御法を確立するための基礎知見を得ることができた.植物生産施設内気温の測定には,通常,通風乾湿球計を用いるが,細霧冷房システム運転中には未蒸発細霧がセンサー部に付着して,実際の気温よりも低い数値を計測してしまう問題があることが本研究中に明らかとなった.そのため,細霧冷房システム運転中の正確な気温の測定法についても検討を行い,新たな測定法を提案した.
著者
森藤 大地
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2004

統語知識の中でも特に,複文構造の獲得に焦点を当てシミュレーションを行った.英語において,複文には4種類の構造が存在する.これらの構造は,関係節によって修飾される名詞が,「主節内」および「関係節内」で主格または目的格のどちらの役割を果たすかという2つの要因によって生成される.複文の4つの構造に対する成人の理解度は異なっており,右分岐文の理解が中心埋め込み文に比べて容易であることが示されている.この理解の困難さの違いは,複文自身が持つ構造的な複雑さ,および言語環境における複文構造の典型性の2点から説明されている.また,最近の幼児における複文理解を調べた研究からも,複文それぞれの理解度は構造の典型性や頻度など言語刺激のもつ統計的な性質を反映していることが示唆されている.もし,この示唆が正しいものであるならば,統計的な性質を反映した統語獲得を行う能力を有するニューラルネットワークモデルに対して幼児が経験する言語刺激として尤もらしいコーパスで学習を行えば,人の示す複文理解を再現できると考えられる.尤もらしいコーパスとは,複文だけを含むのではなく,単文や等位接続文,分裂分や関係節修飾名詞句など多くの文構造を含むコーパスである.シミュレーションには,私達が提案した自己組織化マップを含む再帰的ニューラルネットワークを用いた.シミュレーションの結果,複文だけで学習したネットワークに比べ,単文や等位接続文を含む尤もらしいコーパスで学習したネットワークは,人の複文理解をよく再現し,構造による理解の困難さの違いを示した.この結果から,先行研究で示唆されているように,人の統語学習,特に複文学習は言語刺激の統計的性質を反映した形でなされること示した.
著者
星野 貴俊
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

本研究の目的は不安障害における認知的動態として見られる記憶の機能低下について検討したものである。記憶のうち,これから使おうと意図して保持された情報をワーキングメモリと呼び,情報処理の根底を支え,高次認知機能を実現する記憶作用と見なされている。本研究では,不安によってワーキングメモリ機能が(平常時より)障害される様態を検討している。不安はワーキングメモリに直接影響しているというよりは,注意制御機能を介してワーキングメモリ機能を障害しているという知見を一貫して見出した。特に,特性不安(パーソナリティ)は刺激駆動的な注意の作用を強める方向に調整しており,(記憶)課題とは無関連な刺激に対して処理を促進する一方,状態不安(情動)は目的志向的な(意識的な)注意の制御を困難にしていた。さらに,これら2種類の不安には交互作用が見られ,特性不安も状態不安もともに強い場合に,葛藤解決を含む実行機能系の遂行低下が観測された。また,記憶パフォーマンスとの関連においては,特性不安,あるいは状態不安単独の効果は見られず,両者の交互作用として,注意の切り替えを要するような事態において,パフォーマンスの低下が見られた。すなわち,不安は注意の切り替え(attention switching)と呼ばれる実行機能を害することによりワーキングメモリ・パフォーマンスを低下させていることが示唆された。これらのことから,不安障害に見られる認知・記憶機能への障害の動態は,一次的に注意システムを歪曲する形で発露していると考えられた。さらに,これへの心理療法的対処としては,ABM(Attention Bias Modification;注意バイアス修正法)が提案されているが,パーソナリティ要因か情動要因かによって注意への影響は異なり,またこれらは交互作用をもつことから,現在の単純なABM法パラダイムをさらに精緻化していく必要があると考えられる。
著者
飯塚 博幸
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2001

協調的でもあり競争的でもある交渉という環境において、そのお互いの目的が協調的でかつ競争的であるシミュレーション環境のモデル化を行い、そのような環境における各エージェントの学習機構の開発とそのエージェントが学習によって獲得した内部構造の解析を行った。さらに、2エージェント間の合意形成の1つとして、ここでは、turn-takeの構造に着目した。Turn-takeの振る舞いは自分の目的を達成しながらも、相手の要求に応えて自分の目的を変化させるという交捗過程には必要な構造を含んでいる。通常、一人の特定の相手に対する適応的な戦略構造等に主眼がおかれるが、ここでは、未知の相手との協調行動の創発、適応可能性について注目した。シミュレーションの結果、幾何学的な軌跡を描くgeometric turn-taking、軌跡やターンの切り替えが規則的に生じないchaotic turn-taking、ノイズの不安定性を利用するnoise-driven turn-takingの3つのカテゴリーに分けられる協調行動としての運動が得られた。これらの進化して得られたエージェントを、世代を変えて相互作用をさせ、得られている振る舞いの複雑さと2者の協調での運動の関係について調べた。geometric turn-takingを行うエージェントは限定された相手とturn-takingを構築することができる。一方、chaotic turn-takingを行うエージェントは比較するとgeometricなものより多くのものとturn-takingを行うことが可能であることがわかった。つまり、協調行動に対して、振る舞いの多様性が、従来の特定の相手に対する適応行動だけでなく、未知の相手に対する潜在的な適応行動を保持しうることをシミュレーションによって示した。こうしたadaptabilityのシミュレーションの結果は本研究が初めてである。
著者
川口 茂雄
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

最終年度であるこの平成20年度の研究は、東京大学人文社会系研究科哲学専修・松永澄夫教授のもとで引き続き遂行された。その内実の大部分は、博士論文というかたちでアウトプットされた。平成21年2月に京都大学文学研究科の杉村靖彦准教授を主査として博士論文の試問が行われ、その結果、同3月に博士号が授与された。博士論文の内容にかんして言えば、それは最終的には、平成17〜18年度当時に想定されていた計画に比して、50年ほどにわたるリクール思想の展開におけるより後期のほうの時期の思想へも、よりいっそう幅を広げたかたちのものとなった。そのことによって、リクール哲学の各時期の諸テクストにおいて、ときおり出現していながら、主題的に扱われるのは後期の著作、とりわけ『記憶、歴史、忘却La memoire l'histoire l'oubli』(2000年)のみにほぼかぎられてくるような概念、すなわち「表象representation」の概念が、リクール解釈学のさらなる幅広さ・奥行きの深さを表現するものとして見出され、詳しく考察されることとなったのであった。おそらく、リクール哲学における「表象」という概念の意義を本格的に論じたのは、日本語圏のみならず、仏・英・独各国語圏における研究のなかで、当博士論文が最初のものであるように見受けられる。付言すれば、この「表象」を中心軸とするアプローチによる研究の最初のまとまった形は先年度末の口頭発表「《Representance》のエピステモロジー--リクール『記憶、歴史、忘却』と歴史認識の問題」(フランス哲学セミナー、於・東京大学文学部、2008年2月16日)であったが、その後約1年間の研究によって、この口頭発表の段階での研究内容から大幅に考察は哲学的に深められ、詳細となった。
著者
田中 雅一 DEANTONI Andrea. DE ANTONI A.
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

本研究は「現代の京都における死に関する宗教的象徴(シンボリズム)と境界的(リミナルな)空間」を検討することである。本年度に本研究は調査上でのデータ収集と参考研究に基づき進んだ。調査上でのデータ収集は次の三点に注目した:(1)「京都怪談夜バス」観光ツアーで参与観察(7月-9月)(2)それが訪れる心霊スポットと言われている場所での調査(3)インターネットと雑誌における「心霊スポット」についての語分析とその噂の広まり方の検討(1)ツアーに参加した上で、ツアーの構築戦略に注目し、その実践と関わっている業者、ガイドさん、そして観光客に対するインタービューを行った。観光客の中でMixiの「心霊スポット」やオカルト等に関するコミュニティに参加している方々が多いと理解した上で、Mixi上でも調査とインタービューを行った。さらに同コミュニティが準備するイベントにも参加し、参与観察によるデータ収集を行った。(2)「心霊スポット」のローカルな歴史を調べた後、居住者にインタービューを行った結果、彼らの記憶とアイデンティティ構築過程、彼らの「心霊スポット」という語に対する認識を検討した。また、京都の不動産業者に対するインタービューによって、その地域のイメージと「心霊スポット」の噂における地域の経済(主に土地の値段)に対する影響を検討した。(3)専門雑誌における京都の「心霊ポット」に対する語の分析を行った。それに、専用ソフトウエアーを用い、インターネット(ウェブサイト、Wikipedia、SNS等)における「心霊スポット」の噂の構築過程・広まり方、それによって起きる抵抗を検討した。参考研究によって、観光学と人類学に注目し、上記のデータに基づき、理論的なアプローチを検討した。主に、モノの人類学という新たな理論的なアプローチに基づき、「心霊スポット」に関わる人たちの体験に注目し、それの関係性上での構築過程を分析した。
著者
眞鍋 諒太朗
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

本年度はニホンウナギの産卵回遊生態を明らかにすることを目的として,スタミナトンネルを用いて黄ウナギと銀ウナギの遊泳能力比較実験とポップアップタグを用いたニホンウナギの産卵回遊の追跡実験を行った.遊泳能力比較実験では,定着期と産卵回遊を行う直前のウナギの遊泳能力を比較するため,黄ウナギ8個体と銀ウナギ9個体をスタミナトンネル内で0.4-1.1m/sの速度で遊泳させ,各遊泳速度における酸素消費量と臨界遊泳速度を求めた,その結果,各遊泳速度において黄ウナギと銀ウナギの酸素消費量に有意差は認められず,臨界遊泳速度も黄ウナギ(0.77±0.14m/s)と銀ウナギ(0.79±0.15m/s)でほぼ変わらなかった.今回は銀化直前の黄ウナギを用いたため,遊泳能力に差がなかった可能性が考えられる.今後銀化直前ではない黄ウナギを用いて比較する必要性が考えられた。ポップアップタグ実験では16本のタグを利根川産銀ウナギと三河湾産銀ウナギに装着し,それぞれ千葉県九十九里浜と愛知県恋路ヶ浜にて放流した.その結果,現在16個体のうち,13個体のタグが浮上している.浮上した13個体の中で最長の追跡期間は69日間で,最長追跡距離は1120kmのデータが得られた,さらに,その内5個体が黒潮を超えた地点でタグが浮上した.1例としてEe12は放流後,沿岸では200m未満の浅い深度を遊泳していたが,大陸棚を超えて水深が深くなると,昼間は500-800mの深度を遊泳し,夜間は0-400mの深度まで浮上する日周鉛直移動を開始した.その後,タグが浮上するまで日周鉛直移動を続けていた.今回の成果により,ニホンウナギの沿岸から黒潮を超えるまでの産卵回遊生態が明らかになった,今後浮上するタグ3本の浮上地点を加味することでニホンウナギの産卵回遊経路と回遊中の環境が明らかになってくるものと期待され,この研究分野で大きな進展となる.さらに,得られる知見はニホンウナギの完全養殖技術にも重要な示唆を与えるものと期待される.
著者
増田 皓子 (2009 2011) 渡邉 皓子 (2010)
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

本年度は太陽黒点微細構造の分光的性質の時間変化を知るということを目的に解析を行なった。アンブラルドットはサイズが小さく寿命も短いため、その分光性質の時間発展を求めるには現在の観測技術では限界に近い程の高い時間・空間分解能が必要となる。スペインのLuis Bellot Rubio教授から提供を受けたデータは、黒点を撮影した世界最高級のデータであり、このデータを得た事で、アンブラルドットの時間発展の統計的調査に世界で初めて取り組むことができた。その結果、「背景磁場の弱い所では、アンブラルドットに伴ったローカルな磁場強度の減少と磁力線の傾斜が観測されたが、背景磁場の強い所では、逆にローカルな磁場強度の増加と磁力線が垂直に近づく様子が観測された」といった、これまでに報告されていなかった結果を得た。申請者は理論モデルとして、黒点の太陽表面上での位置とスペクトル線の形成領域の変化を取り入れた新しいモデルを提案した。これらの結果をまとめた論文は、The Astrophysical Journalに2011年12月に提出され、2012年1月にレフェリーレポートを受け取った。レフェリーのコメントは非常に好意的であり、現在改訂論文を準備中である。また、博士課程で行なった研究の集大成として博士論文を執筆、提出した。内容は、太陽黒点に関するイントロダクションの他に三章立てで[1]移動速度の速いアンブラルドットの時間変化[2]アンブラルドットの背景磁場への特徴依存性[3]アンブラルドットの速度場・磁場の時間変化という構成にした。[1]と[2]の内容は、それぞれ2010年、2009年に申請者が主著で査読論文として出版された内容に基づいている。黒点暗部微細構造についての観測的性質をほぼ全て網羅した包括的な論文に仕上がったと思う。博士論文は無事に受理され、2012年3月に博士号を取得した。
著者
原田 和弘
出版者
早稲田大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

生活習慣病予防および介護予防における筋力トレーニングの有効性は繰り返し指摘されているが、高齢者に対する筋力トレーニングの普及方策はほとんど検討されていない。本申請課題の目的は、高齢者の筋力トレーニング実施を促す地域介入手法を開発することであった。一般的に、同じ内容の情報でも、提供する情報チャネルの種類によって、対象者に与える影響は異なると言われている。そこで本年度は、介入手法開発の第3段階として、行動変容を効果的に促すための情報チャネルという観点から、高齢者の筋力トレーニングの健康効果の認知および関心に関連する筋力トレーニング情報源を同定することを目的とした。首都圏内A市在住の60-74歳を対象に実施した質問紙調査(N=1244)のデータベースを解析した。主な解析対象項目は、過去1年の筋力トレーニング情報源(新聞、ラジオ、家族など)、筋力トレーニングに対する関心(あり/なし)、筋力トレーニングの健康効果の認知(高/低)であった。人口統計学的要因の影響を調整したロジスティック回帰分析の結果、筋力トレーニングに対する関心には、医療従事者、友人・知人、TV、本、インターネットが情報源であることが、また、筋力トレーニングの健康効果の認知には、家族および本が情報源であることが有意に関連していた。以上の結果から、筋力トレーニングの健康効果に対する認知を促したり、筋力トレーニングに対する関心を高めたりする方策として、本やインターネットなど情報を探索している人のみが利用するチャネルに加えて、対人チャネルやTVから筋力トレーニング情報を発信することが有効である可能性が示された。
著者
佐藤 圭史
出版者
北海道大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

平成22年度は、優秀若手研究者派遣事業にもとづき英国グラスゴー大学・中東欧研究所に研究滞在した。ホスト教官であるデヴィット・J・スミス教授のもと、ソ連邦末期における、北東エストニア地域を中心としたロシア語話者による自治領域創設問題を研究した。スミス教授の提案に従い、2009年にActa Slavica Iaponica誌に掲載された、資源動員論にかんする自身の論文を発展させる形で研究を進めた。これにともない、資料収集のため、2010年2月と2011年3月にエストニア共和国でフィールドワークを実施した。2度のフィールドワークの実施と、グラスゴー大学滞在中のスミス教授の指導によって、英国派遣終了時には「北東エストニア地域における自治領域創設問題」と題する論文を、概ね完成させるにいたった。優秀若手研究者派遣事業での研究テーマとは異なる分野での研究でも発展がみられた。一つは、ソ連末期のソ連史において決定的に重要な事件である、独ソ不可侵条約付属秘密議定書の公開をめぐる問題である。いま一つは、旧ソ連空間の非承認国家における和平交渉にかんする問題である。モルドヴァでは、1993年から紛争解決の交渉にあたっているOSCE、モルドヴァ共和国統一省での資料収集とインタヴューを中心にフィールドワークを実施した。ここでの研究結果は、グラスゴー大学とドイツのギッセン大学が共同開催した言語問題にかんする国際会議で発表した。
著者
野口 雅弘
出版者
早稲田大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2001

昨年度執筆した「ウェーバーと自然法」と題する論文では、ウェーバーの著作における西洋、近代、禁欲的プロテスタンティズムの間にある齟齬に注目し、ポリフォニックな西洋的秩序の理念型を抽出した。本年度の研究は、こうした視座を、彼の「音楽社会学」の議論と対応させることで傍証し、また同時代の芸術史家アビ・ヴァールブルクのイコノロジーと対比しながら明確化しつつ、こうした作業を基礎にして一本の論文と一つの研究発表を行なった。まず、論文「ウェーバーと全体主義再考--エリック・フェーゲリンの視角から」(『年報政治学』投稿中)では、冷戦の終焉以降の、主にドイツにおける「全体主義研究ルネサンス」において注目を集めているフェーゲリンの「政治宗教」「グノーシス主義」の視角から、ウェーバーとナチズムの親近性を問題にする従来の解釈(モムゼン・パラダイム)を批評し、「文明の衝突」が言われる状況におけるウェーバーの政治理論の意義を示した。この際とくに、ウェーバーの多神論が、対立を止揚しようとする近代的普遍主義と全体主義に共通する「殲滅」の傾向性に対して、一定の歯止めになっていることを強調した。次に「『ウェーバーと近代』から『ウェーバーと西洋』へ---ウェーバーの著作における静養・近代・普遍」・(「思想史の会」、第30回研究会、2003年12月21日、於法政大学)では、西洋化=近代化=普遍化(=アメリカ化)という近代化論の前提のもとで理解されてきたウェーバー解釈の時代拘束性を指摘し、それを相対化しながら、彼の理論は近代的な普遍主義ではなく、「西洋」的な、つまり異文化に開かれた、多元主義的普遍主義であると論じた。この発表の内容は近日、論文で発表する予定である。
著者
堀川 弘美
出版者
大阪大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

松下竜一の思想の軸の一つである刑罰に関わる市民運動、その思想に関する研究を行ってきた。刑罰に関わる草の根市民運動の活発な地、カリフォルニアで、受刑者、元受刑者、刑務所、刑罰に関する語りに注目し、刑罰概念を問い直す試みを続けてきた。カリフォルニアでは、圧倒的にこれらの話題に関する語りが多い。それは犯罪の多さ、日常的に犯罪と関わる可能性が圧倒的に日本に比べて多いため、テレビ、ラジオのニュースで刑務所、受刑者に関わる報道がない日はなく、人々の暮らしと密接に繋がっている、という理由が大きいのは事実である。この土地柄は、特に草の根市民運動に関わる人ではない人たちから、刑務所、受刑者に関する意識を聞く、という点において、情報収集しやすかったと言える。一方で、草の根市民運動に目を向けると、元受刑者の人たちが、刑務所のあり方の問題性を訴えながら、受刑者とつながり、立法運動に取り組んでいたり、刑務所の中での人種差別、性問題、貧困差別に取り組む人たちがいたり、刑務所の中と外、という壁を取払おう、と中と外を行き来し、サポートする人たちがいたり、数えきれない、また把握しきれないほどの数々の運動が繰り広げられている。その多くの活動家たちが口にしていることが、「修復的司法」というもので、それが、一見広く共有されているようで、しかし、まだまだごく一部の人にしか浸透していない思想であること、そして、この思想が、松下の唱えてきた思想と似通っていることが大きな発見であったと言える。松下は1980年代後半にして、この思想を語り始めていた。この犯罪の多い地で、繰り返される犯罪を少なくするために、必要なことは、今の刑罰システムではないことは、増え続け、悪化し続ける犯罪の実態、結果が示している。「修復的司法」に行き着いた大きな成果の得られた1年であったと同時、この思想をさらに深く探求する必要性を感じている。
著者
中嶋 光敏 HENELYTA Santos Ribeiro RIBEIRO Henelyta Santos
出版者
独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2005

リコピンなどの健康機能性を有するカロテノイド粒子分散系は、機能性エマルションとして高い生体利用性を有しているが、従来の機械的攪拌乳化では均一サイズの機能性エマルションを作製することは不可能であり、安定性の面から難点があった。そこで安定性にすぐれた均一サイズのエマルション製造が可能なマイクロチャネル乳化技術を用いて、新規な均一サイズの機能性エマルションの作製とその基礎および利用特性の解明を試みた。具体的には、親油性生理活性物質として、カロテノイドやγ-オリザノール、また多価不飽和脂肪酸を用いて、溶媒置換と乳化拡散手法を用いた親油性生理活性物質を含有する機能性マイクロ・ナノ粒子の調製とマイクロチャネル乳化プロセスを用いた親油性生理活性物質を含有する機能性水中油滴エマルションの生産をおこなった。親油性生理活性物質のデリバリィシステムとしての新規調製法として、マイクロスケール及びナノスケールでの分散系をきわめてサイズを揃えて調製することに成功した。高分子またタンパク質ベースのデリバリィシステムは親油性生理活性物質を含有するマイクロ・ナノ分散系の安定性に寄与した。マイクロチャネル乳化は、均一サイズのエマルション作製に有効であり、この方法は強い機械的せん断力をかけずに液滴化が可能であるため、せん断力でこわれやすい成分の利用には効果的であった。得られた分散は5%以下であり、高い単分散性を示した。マイクロチャネルは、単分散液滴の製造に有効であるだけでなく、生体に吸収されやすい親油性生理活性物質を含有するエマルション製造にも有効であった。乳化拡散や溶媒置換法は、省エネルギープロセスであること、機能性成分の含有率が高いこと、また再現性が高いなどの特徴を示した。
著者
中山 桂
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2003

昨年度に引き続き、2頭のサルが棒をひいて餌をとる課題をおこなった。この装置では、手の届かない場所にあるテーブルに餌がおかれており、サルは棒をひいてテーブルをひきよせて餌をとることができる。1頭が片側から棒をひくと力の方向にテーブルが回転、2頭が同時に両側の棒をひくとテーブル全体が力の方向にスライドするよう装置が工夫されている。このしくみにより、協力しないか(単独でひくか)・協力するか(2頭で一緒にひくか)をサルに判断させることが可能になる。単独でひくと少量の餌がすぐに手に入るが、協力するとより多くの餌を手に入れることができるときに、サルがどのような意志決定をおこなうかを調べた。今年度は、協力関係の成立したペアを対象に、協力がどのような条件でおこるのか、またどういった要因が協力関係の維持に影響するのかを検討した。まず、(1)高い成功率で協力したのは、餌に対する社会的寛容が高く、協力における役割分担がパターン化しているペアであることがわかった。そして、(2)いったん協力関係が成立した後でも、ペアのうち片方もしく双方が、少量でもすぐに手に入る餌を好む傾向が強い場合には、協力関係がこわれやすいことが確認された。興味深いのは、(3)少量でもすぐに手に入る餌を好む傾向と、働かずして相手の餌を横取りする傾向の間に相関がみられたことである。
著者
風間 北斗
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2003

シナプスの形成には、神経細胞(プレ)とその標的細胞(ポスト)間の綿密な相互作用が重要であると示唆されているが、その内、ポストがプレに働きかける機構に関しては未知な部分が多い。私は、ショウジョウバエ幼虫の神経-筋結合系を用いて、ポスト内の酵素CaMKIIがプレの機能と形態を逆行的に調節することを報告してきた。本年度は、シナプス形成期における標的細胞の挙動を調べるもう一つのアプローチとして、筋肉細胞内で自発的に発生する自家蛍光のイメージングを行った。青色励起光照射の下で筋肉細胞を観察すると、一過的に緑色蛍光が上昇する現象が検出された。一部の蛍光信号は鋭いピークとして出現したが、残りの信号は、立ち上がると数十秒の間安定した水準を保ち続け、その後鋭く減衰するという、細胞に起因するシグナルとしては類のないキネティクスを示した。自家蛍光シグナルは、細胞外のカルシウムイオン依存的に発生した。薬理学的実験により、自家蛍光はミトコンドリア内に存在するフラビンタンパク質に起因することが分かった。また、蛍光シグナルは自発的に出現するものの、その発生頻度が神経の投射に大きく依存した。蛍光強度が、筋肉細胞の中でも特にシナプス部で大きく上昇する事実と合わせて、自家蛍光変動がシナプス形成過程に関わる生理的現象を反映している可能性が提起された。本研究は、シナプス形成期に、標的細胞内で自発的に発生する自家蛍光シグナルを、生体において報告した最初の例である。自家蛍光イメージングは、シナプス形成の理解に大いに貢献する可能性がある。また、もし、先行研究から予想されるように自家蛍光強度とカルシウムイオン濃度との間に相関があることが判明すれば、自家蛍光イメージングは、ミトコンドリアの活性化状態を調べる手法としてだけでなく、新しい非侵襲的なカルシウムイメージング法としても適用できる可能性がある。
著者
藤田 正治 AWAL R. AWAL Ripendra
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

氷河湖の決壊で一旦洪水/土石流が発生すると下流域に多大な被害をもたらす。このような洪水の発生原因の80%は、末端氷河が氷河湖に崩落する際に発生する津波の越波により堤体が侵食破壊することによって生じる。これ以外にも,浸透,パイピング,すべり崩壊といった様々な原因で決壊する。この中でパイピングによる決壊のメカニズムについてはほとんど分かっていない。多くの天然ダムの形成事例を調査した結果,決壊には至らない場合でも浸透流が堤体内に形成され,裏法面から浸透水が湧出しているケースが比較的多く見つかった。これは,比較的水分を含まず流動化しない形で天然ダムが形成される場合においては,堤体は十分締め固まって堆積するのではなく,緩く堆積するために堤体内に水みちが形成され,いわゆるパイプとなってここから水が流出し,場合によってはパイプ内の水の掃流力によってパイプの侵食が生じ,パイプの拡大からパイピングへと進行すると考えられる。ただし,パイプの形成過程から現象を再現するのは困難なため,本研究では予め氷河湖の堤体内にパイプが形成されている場合を想定し,パイプの形成位置,河道勾配,初期湛水位,初期パイプの大きさ等とパイピングによって形成される洪水/土石流ハイドログラフとの関係等について水理模型実験を行い,これらを考究した。その結果,初期水位が高いほど,氷河湖の長さが長いほど,洪水のピーク流量が大きいことが分かった。また,初期パイプの大きさの違いによって,洪水ピークの発生時刻が異なる(小さいほうが遅い)が,ピーク流量はほぼ同様であった。堤体は1)パイプの拡大,2)パイプの拡大とヘッドカット侵食,3)パイプ位置の違いによるヘッドカット侵食により決壊し,種々の条件によってハイドログラフが敏感に変化する。パイプの拡大による管路流れから開水路流れへの遷移も,ハイドログラフに大きく影響する要因であることが判明した。
著者
河原 達也 GOMEZ Randy GOMEZ R.B.
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

音声は人間同士のコミュニケーションにおいて最も自然なメディアであり、計算機やロボットとのインタラクションにおいても音声対話は重要な役割を果たすと考えられる。しかしながら、実際の環境において、計算機やロボットから一定(数メートル)以上離れた状況で発話がなされると、残響等の影響が顕著となる。その結果、音声認識や発話の理解の性能が大きく低下し、円滑な対話も困難になる。従来この問題に対して、音声強調・残響抑圧の研究が行われてきたが、人間の聴感上の改善を主な目標としていたため、必ずしも音声認識やインタラクションの性能改善につながるとは限らないものであった。これに対して、音声認識やインタラクションの改善に直接的に貢献するように音声強調を行う方法について研究を行った。今年度は特に、複数の分解能からなるウエーブレット分析の手法を研究した。提案するウエーブレットパケット分解では、遅い残響成分と音声の成分を効果的に分離するように、各々の分解能を設定する。これにより、各々に適切なウエーブレット基底を用いることで、観測された残響のある信号から効果的なウイナーゲインを計算することができる。残響抑圧は、ウエーブレットパケットの係数をウイナーゲインでフィルタすることで行われる、大語彙連続音声認識(JNASタスク)の評価実験において、提案手法はウエーブレット分析に基づく従来法や他の残響抑圧手法と比べて、高い性能を示した。
著者
礒島 知也
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

原子気体ボーズ凝縮体中の渦糸についての研究を行った。この凝縮体では、これまでに、2本の渦糸がそれぞれ螺旋状の配置をとる構造や、4本の渦糸が同一面内に平行に並んだ配置をとる構造が実現されている。これらに対する理論的研究をこれまで行ってきたが、それをさらに進めて、2本の渦糸が鎖状の配置をとる構造や、4本の渦糸が編目状の配置をとる構造を実現するための、理論研究を行った。どのような構造が発生するかは、ボゴリューボフ方程式の固有値と固有ベクトルを調べることでおおよそ予測できることを示し、その固有値等の性質によると、実験のための最適な条件は、原子気体凝縮体の、線密度の最大値を調節することで得られることがわかった。また、凝縮体を非調和型トラップに閉じ込めた場合には、凝縮体内の比較的広い範囲で、渦糸が鎖状や編目状の配置をとれることを示した。それらの情報を元に、実現可能な原子数や閉じ込めトラップの配置で、三次元空間で渦糸の位置の時間変化をシミュレーションし、鎖構造と網目構造ができることを数値的に示した。この研究内容の一部は、これまでに国内の学会で発表していたが、今回新たに、渦糸2本や4本からなる構造、ねじれ構造と鎖状構造といった空間配置のパターンごとに、それを実現するための条件を整理し、より精度を上げた数値計算を行って論文として発表した。これによって、海外の研究者に向けても、このような多様な構造の可能性を指摘することができた。
著者
戸倉 英美 LI pengfei LI Pengfei
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

本研究は、中国の古典小説が日本文学にどのように受容されたかを、変身の物語という視点から考察するものである。その特色は、唐代.明代、及び清代の『聊斎志異』という、三つの時代の変身譚と、それぞれを受容して作られた日本の作品とを比較することで、両国文学の比較研究を、より高い精度で、総合的包括的に行う点にある。本年度は、昨年度の成果である、六朝・隋唐の小説と、『今昔物語』を中心とする平安時代の文学との関係について、さらに内容を拡充し、「魏晋六朝隋唐小説在日本的伝播和演変論考」として、中国杭州市で開催された中国古代小説第四届国際研討会において、LI,Pengfeiが発表した。本論は高い評価を受け、中国の学術雑誌に掲載を要請されている。また『雨月物語』の「夢応の鯉魚」「蛇性の淫」、中島敦の「山月記」、太宰治の「清貧譚」「竹青」のそれぞれと、原作となった中国の作品を比較し、「試論日本文学中"変身"題材類作品的因襲与創造」にまとめ、戸倉が主宰し、学外の専門家も多数参加する中国古典小説勉強会で発表した。この発表において、LI,Pengfeiは、中島敦、太宰治のような近代作家が、変身のモチーフを題材に、近代的な主題を持った小説を執筆することは中国では殆ど例がないと述べ、参会者の注目を集めた。今回の研究を総合すれば、次のように言うことができる。中国では唐代以降人間中心的な思想が次第に強固なものとなり、異類は人間より劣ったものとされ、人間が魚や虎に変身することは罪障と捉えられるようになった。唯一の例外は、清代の『聊斎志異』である。一方日本では、異類を蔑視する観念は発達せず、むしろ「夢応の鯉魚」が、魚への変身を人間では得られない大きな自由の獲得と描いているように、異類への変身、及び人間に変身して現れる異類との交流は、人間が自分自身と向かい合う場としての機能を保ちつつ、近代を迎えたということができる。LI,Pengfeiは2009年11月、2年間の研究期間を終え帰国したが、戸倉はその後もLIと連絡を取り、研究成果のまとめを進めている。
著者
松田 紘子
出版者
上智大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

本研究の目的は、沖縄で語られている植民地台湾の記憶と、沖縄地上戦の記憶、さらに戦後の米軍占領と今日まで継続する米軍駐留をめぐる政治、社会運動、文化状況との相関関係を明らかにすることである。今年度は、5月と12月に台湾にそれぞれ約1週間ずつ滞在し、中央研究院や国立台湾大学などで資料調査を実施した。また研究関心を共有する研究者と面会して助言をもらうことができた。また年度末の3月には米国サンディエゴで開催されたアジア研究学会で研究報告を行った。また研究者だけが集う国内の研究会だけでなく、一般市民向けの会合(「沖縄クラブ」)で自分の研究の成果を還元できたのは有意義だった。研究の成果は国際的に高い評価を得ている学術雑誌(査読有り)のCultural StudiesとInter-Asia Cultural Studies上で学術論文というかたちで発表した。また年度内に出版できなかったが、本科学研究費で実施した研究の成果は平成25年度に3冊の共著書(和文)上で発表されることが決定している。さらに年度中に執筆した和文の学術論文が平成25年5月現在、査読審査中で、審査を通過すれば8月頃に出版される予定である。以上のように、平成24年度は前半はおおむね順調に調査と執筆活動を行うことができたが、後半は就職活動のために精神的にも時間的にも消耗してしまい、当初計画していたほどには研究を進めることができなかったことを残念に思っている。