著者
横田 紘子
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

本研究は強誘電体や圧電体においてみられる巨大応答特性の起因を解明し、その原理を利用した新規物質を開発することを目的としている。本年度はこれまで共同研究を行っているイギリスのOxford大学に2カ月半の間滞在し、圧電材料として広く利用されているPb(Zr,Ti)O_3(以下PZT)の構造解析を行った。PZTにおいてはTi濃度が48%近傍において2相の境界が温度に対してほぼ垂直になるようなmorphotropic phase boundary (MPB)が存在し、この付近では誘電,電気機械定数が最大値をとることで知られている。このことはMPB近傍において対称性が著しく低下することによるものだと考えられてきた。しかしながら、申請者らは詳細な構造解析を行った結果、室温において低対称相と高対称相とが共存した状態になっていることを明らかにしてきた。このことから、PZTの相図を見直す必要があるのではないかと考え、温度,組成を変化させ構造解析を行った。その結果、PZTは常に2つ以上の相が共存する混晶状態であることが明らかとなった。すなわち、PZTにおいては対称性が低下することよりも、むしろ異なる相が共存することにより系全体が揺らいだ状態になることで巨大物性がもたらされるといえる。このような考え方はほかの凝縮系にも適用することができるユビキタスな概念であるといえる。これのら結果について、申請者は国際学会の場で発表を行い、2つの奨励賞を受賞している。また、新規物質をつくるという研究においてはパルスレーザー堆積法を利用した薄膜づくりを精力的に行ってきた。特に、マルチフェロイックス物質において一般にみられるdゼロネス問題を持たないことが期待される希土類遷移金属酸化物に着目をし研究を行ってきた。
著者
高塚 真央
出版者
名古屋大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2011

1.本研究の目的は,新しい展開型構造の提案し,その展開挙動を明らかにすることである。本研究では,特に環境問題やエネルギ問題の観点から,大型平面状構造物としての太陽発電衛星の輸送・建設問題に着目し,その平面状構造を平面直交二方向同時に収納・展開する方法を提案している。本研究ではこれまで,シザーズ機構と「立方体の対角線方向の回転軸」を用いた正方形パネルの平面直交二方向同時展開法を提案してきた。しかしながら,この方法は回転軸の角度に高い精度が要求されるという問題があるため,本研究では新たに,パネル平面に垂直な回転軸のみを用いた展開方法を提案している。本方法は,正方形パネルをある特定の規則で連結することで,シザーズ機構のような連動型の収納・展開を可能にするものであり,「展開可能な連動式パネルユニット」という名称で国内特許を取得しているが,本年度はその研究成果が国際雑誌に掲載された。2.本研究では,上記の研究課題に加え,提案した展開型構造を宇宙で展開する際の動力学的挙動の解明も研究テーマとしている。宇宙における展開型構造は,構造力学的観点から考えると,支持点が無い不安定構造であり,通常の構造解析では解析対象とされていない構造である。そこで本研究では,その問題を動力学的に扱うことで,展開時に必要となる動力や時間および部材に生じる変形や応力などを予測計算できるようにしようとしている。本年度は,その初期段階として,シザーズ機構の基本ユニットの展開中の運動方程式の導出とその数値計算を行ない,その成果を国際学会及び国内学会で発表した。また,シザーズ機構の回転軸部の摩擦力を考慮し,部材の変形や応力の計算を行なった結果が,現在国際雑誌に掲載予定となっている。
著者
平松 彩子
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

特別研究員として採用された平成二一年四月から、特別研究員を辞退した同年八月までの五ヶ月間に、下記二点の研究成果をあけた。(1)共和党多数であった一九九五年から二〇〇六年までの米国連邦議会下院二大政党においては、政党のイデオロギー的分極化が進み、政党指導部による党議拘束の強化が図られたとされてきた。このような中、五つのイデオロギー的議員連盟(民主党プログレッシブ・コーカス、ニュー・デモクラット・コアリション、ブルードッグ・コアリション、共和党チューズデー・グループ、リパブリカン・スタディー・コミッティー)が、次の役割を果たしていたことが本研究から明らかになった。まず政党指導部選出過程においては、共和党穏健派が党内古参の保守派下院議長を支持し、共和党保守派内での世代間の対立が存在した。民主党内では、指導部支持基盤がリベラル派と保守派に別れていた。また本会議投票では、環境保護政策、均衡財政法案、対中国貿易自由化法案に関して、二大政党の内部は分裂していた。さらに下院農業委員会においてブルードッグ・コアリション所属議員の占める割合が高く、また司法委員会ではプログレッシブ・コーカスとリパブリカン・スタディー・コミッティー議員が多く所属し、同委員会においてイデオロギー的対立が生じやすい構成となっていた。以上の内容を、論文として公表した(「11.研究発表」の第一項参照)。(2)Sean Theriault,Party Polarization in Congress.(Cambridge University Press,2008)の書評を執筆した(「11.研究発表」の第二項参照)。同書は、一九七三年以降およそ三十年間にわたり議会二大政党が分極化した理由を、本会議投票における審議手続き投票の増加に求める。同書の貢献は、審議手続き投票の増加を可視化し、その増加の論理を明らかにした点にある。また同書に対する批判として、同書が法案の実質の内容を考慮しない点が挙げられる。イデオロギー的議員連盟を通じた議会政治分析は、同書の弱点を補完しうるものと考えられる。
著者
荒川 泰彦 NA Jongho
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

本年度は、窒化ガリウム半導体(GaN)量子ドットの形成技術の確立に関しては,GaN量子ドットデバイス用ウェハの作製をおこなった。単一ドットを用いた量子情報デバイスに最適な低密度量子ドット、高品質半導体膜形成の成長条件を見出した。これと並行して,新しい半導体材料である有機半導体に関する研究にも取り組んだ。有機半導体に関する研究としてはフレキシブル基板上のNチャネルおよびPチャネル有機トランジスタの低電圧化に取り組んだ。また,その応用として,フレキシブル基板上にNチャネルおよびPチャネルの有機トランジスタを形成しCMOS回路を構成し,CMOS回路の動作に成功した。駆動電圧は2-7Vと有機トランジスタとして極めて低い電圧である。さらに,フレキシブル基板上のCMOS回路の高性能化を図るため低温製膜可能な無機酸化物半導体の開発にも取り組んだ。結果として,低温製膜においても移動度17cm2/Vsという値が得られ,有機半導体と比較すると極めて高い移動度が達成できた。また,低電圧駆動の有機トランジスタに用いた技術による酸化物トランジスタについても数Vでの動作を可能にした。上で述べたように,有機トランジスタおよび無機酸化物トランジスタは低温で製膜可能なため,フレキシブルデバイスへの応用が可能であり,本研究で得られた結果は,有機のPチャネルトランジスタと無機酸化物のNチャネルトランジスタを組み合わせた,フレキシブル基板上の高性能CMOS回路の実現を期待させる結果である。
著者
黒澤 昌志
出版者
九州大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

本研究では次世代型ディスプレイとして期待されるシステム・イン・ディスプレイの実現に向けて,透明基板(石英等)上に高品質な歪みシリコンゲルマニウム(SiGe)を形成するプロセス技術の開発を目標としている.本年度に得られた成果を以下に記す.(1)金属(Al,Ni)誘起成長法とSiGeミキシング誘起溶融成長法の重畳により,(100),(111),(110)方位に整列した単結晶Ge薄膜を石英基板上に同時混載することに成功した.得られたGe薄膜には積層欠陥等は存在せず,高いキャリア移動度(約1000cm^2/Vs)を示すことを明らかにした.(2)本プロセスで形成したGe(100),(111),(110)単結晶薄膜には,約0.6%の2軸性伸張歪みが印加されていることを明らかにした.この歪みが石英基板との熱膨張係数差に起因することを理論計算により明らかにした.(3)更なる伸張歪み増強を目指し,SiN歪み印加膜付Si,Ge薄膜へのUV光照射を試みた.500℃以下の温度にてUV光(248nm)照射をすれば,更に約0.7%の伸張歪み増強が可能であることを見いだした.この現象は,SiN膜中に含まれるH原子の脱離により,SiN歪み印加膜の応力が増大したためであると推測される.
著者
枡田 幹也 CHOI Suyoung
出版者
大阪市立大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

トーリック多様体の微分同相による分類問題,特に,2つのトーリック多様体が同型なコホモロジー環をもてば微分同相かと問う問題(コホモロジー剛性問題)に取り組んだ.トーリック多様体の代数多様体(または複素多様体)としての分類は対応する扇の分類に帰着されるが,微分同相類または単に同相類における分類の研究は進んでいない.これまでコホモロジー剛性問題の反例は見つかっておらず,部分的な肯定的結果が得られているが,受け入れ研究者の枡田と,ある種の条件をみたすボット多様体に対しては,コホモロジー剛性問題が肯定的であることを示した.また,剛性問題が肯定的だとすると,コホモロジー環が同型であるトーリック多様体の特性類はコホモロジー同型写像で移りあう.ボット多様体に対してコホモロジー剛性は未解決であるが,この特性類の不変性は示すことができたのは大きな成果であった.トーリック多様体は複素代数多様体であるが,その実数版と言えるものとして実トーリック多様体がある.トーリック多様体は単連結であるが,実トーリック多様体は非単連結で,aspherical多様体である場合が多い.本研究では,実ボット多様体の分類を行った.この研究は受け入れ研究者の枡田が行っていたものだが,その研究がacyclic digraphという有向グラフと関係があることを見出し,幾何とグラフ理論の新たな関係を発見した.特に,実ポット多様体の微分同相による分類が,acyclic digraphの集合を3つの操作で移りあうものの同値類であることを示した.この3つの操作の内,一つはlocal complementationと呼ばれて既にグラフ理論で研究されていたものと一致したのは,驚きであった.
著者
森 朋子
出版者
東北大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

昨年度まで,独自の手法により開発したアフィニティ樹脂(Moli-gelと呼称している)の表面化学特性について精査し,また,担持する生理活性物質の周りの環境を制御することにより,標的タンパク質の捕捉に有利になることを実験的に証明してきた。本年度もさらに,細胞膜表面と同じ構造を有する2-methacryloyloxyethyl phosphorylcholine(親水的側鎖を有する)を用いて,Moli-gelに担持した4-carboxybenzenesulfonamideの周りの環境を制御し,タンパク質捕捉実験を行った。結果,予想通り,4-carboxybenzenesulfonamideの標的タンパク質であるCarbonic anhydraseII(親水的環境に存在)の捕捉を有利にできることがわかった。さらに,本年度は,湖沼等の淡水で産生される藍藻毒の一つであるミクロシスチン-LRの標的タンパク質探索を行った。ミクロシスチンが有するビニル基,または,カルボキシル基の異なる官能基をそれぞれ反応点としてMoli-gelに担持し,ブタ肝臓から調製したlysateを用いてタンパク質捕捉試験を行った。さらに,捕捉したタンパク質をSDS-PAGEにより分離し,バンドをゲルから切り出し,トリプシンを用いてゲル内で消化した後,LC-MS,および,Mascot databaseによりタンパク質を解析した。その結果,L-3-hydroxyacyl CoA dehydrogenase (HDHA)や,glutathione S-transferase (GST)が標的タンパク質の候補として挙げられた。ミクロシスチン-LRの新たな標的タンパク質候補を検索することに成功した。
著者
岩田 知之
出版者
名古屋工業大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

アパタイト型ケイ酸ランタンLa_<9.33-2x>(SiO_4)_6O_<2-3x>は,酸化物イオン伝導体として実用化されている安定化ジルコニアと比較して700℃以下の低温でより高いイオン伝導度を示す材料であり,SOFCへの応用が期待されている.ケイ酸ランタンが高いイオン伝導度を示す本質的な理由が議論され,現時点では「格子間酸素イオンの寄与が最も重要である」と考えられているが,その化学組成を厳密に定量分析した研究例はほぼ皆無であり,不純物が混在した試料を解析している場合が多々認められる.ケイ酸ランタン(x=0)の高分解能X線粉末回折パターンから結晶構造を精密化して,酸化物イオンが比較的動きにくい室温と,比較的動きやすい800℃の結晶構造を比較している.詳細な結晶構造解析は,最大エントロピー法で電子密度分布を三次元可視化することで行なっている.さらにLaとO原子に欠陥を持つアパタイト型ケイ酸ランタン(x>0)の存在を初めて明らかにした.xの増加とともに,席占有率g(La1)とg(La2),g(O4)は減少した.一次元トンネル中の酸化物イオンO4の異方性原子変位パラメターの値は,xの増加(g(O4)の減少)にともない減少した.ごく最近の研究では,Bechade博士と共同で,分子動力学法とbond valence sum法を用い,格子間隙の酸化物イオンサイトと伝導メカニズムを解明している.以上の知見を踏まえて,ケイ酸ランタンの温度と化学組成による結晶構造の変化を基に,イオン伝導度と結晶構造との関連を解明した.
著者
山本 ベバリーアン (2010) 山本 Beverley Anne (2009) DALES Laura
出版者
大阪大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

本研究では,日本の男女共同センターや女性センターを中心とする女性運動について、主に結婚していない女性達の多様な経験を考察することによって、男女共同参画政策が想定しているのが「結婚して子どもがいる働く女性」であり、彼女達がこのディスコースの枠を意識的あるいは無意識的に越えている'unconventional'な存在である点をまず明らかにした。その上で、少子化・高齢化社会における彼女達の存在を考察するとともに、同政策を批判的に再考した。研究では20-40代の結婚していない女性33名(平成22年度は21名)に対して、ライフスタイルや結婚観、仕事観、社会観1、将来の展望等について綿密なインタビュー調査を実施した。その結果、彼女達の多くが結婚制度そのものを否定しているわけではなく、仕事と家庭の両立の問題や社会から「嫁」として期待されること、家制度などの社会的な理由から非婚を選択しているに過ぎないことが明らかになった。彼女達は現代日本の社会システムの中での婚姻制度とその期待に当てはまらない存在なのである。また、現在の男女共同参画社会の対策には彼女たちも含まれるごく一部の長時間勤務する専門職の独身女性を支援するものはあっても、依然として家族と仕事への責任をともに果たすことを可能にするようなものではない。このような状況下において仕事と結婚の二者択一を迫られ、女性達は働くことを選んできたのである。ただ彼女達自身の家族とのつながりは強く、多くが親の介護について責任をもっていると感じている。こうした女性達にとって男女共同センターはむしろ同じような立場の女性達とのネットワーキングの場であり、独身生活を支える原動力として機能している。以上の研究によって、女性達の多様な経験をもとにこの少子化・高齢化社会において国の男女共同参画政策はより現実に即した観点から再考することが求められていると指摘した。
著者
西矢 貴文
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2005

近代日本の「国家神道」期における神道家の内実を聞明するために、明治末期から昭和戦前期に活動した神道人の一人である葦津耕次郎に焦点を当てて研究を遂行した。とりわけ、強烈な神道信仰をもつ宗教的人間として、その信仰に導かれて形成される国体観、天皇観などに基づいだ諸活動とともに、葦津の事業家としての側面も明らかにすることを目的とした。如上の目的を達成するために、今年度は、国立国会図書館、国立公文書館、外交史料館、國學院大学図書館、関西大学図書館などにおいて未見資料の調査と蒐集を行った。その成果として結実した研究論文が、「事業家としての葦津耕次郎」(『明治聖徳記念学会紀要』復刊第43号)と「大正期の葦津耕次郎」(『神道宗教』205号掲載予定)である。「事業家としての葦津耕次郎」では、葦津耕次郎が関わった事業として、満洲における鉱山業・博多湾築港事業・社寺建設業を扱い、その事業の経緯を検討することを通じて、筥崎八幡の神威高揚と天皇の皇威発揚、そして国威向上を目的とするという自らが語る事業観が、そのまま経営のありかたに反映されていることを論じた。また、「大正期の葦津耕次郎」では、明治末期から大衆社会化が進行する一方で、第一次世界大戦やロシア革命を経て日本国内でも思想悪化、共産主義の脅威が喧伝されるなか、あるべき国の姿を実現することを鋭く追求するようになってゆく葦津の思想と活動を考察した。葦津は、大正初年に出会った川面凡児の神道教学に多大な影響を受けて自らの信仰を語る言葉を得た。大正期における敬神護国団の結成と純正普選運動への関わりを通じて、そのなかで葦津が川面教学から得たタームを使用しながら語った天皇観や国体観は、危殆に瀕する国体を救済するための政治的言説に直結し、この後の葦津による神道的昭和維新案へと結実してゆく前提となることが明らかになった。
著者
PEREZRIOBO Andres (2012) ペレス・リオボ アンドレス (2011)
出版者
立命館大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2011

(1)本研究は近世日本思想とキリスト教思想の課題として、16・17世紀におけるキリスト教の日本への受容と後のかくれキリシタンの様子を背景として、キリシタンの風俗習慣、および思想が宣教の最初期から日本の風俗習慣と思想と混合していたことを実証し、キリシタンとかくれキリシタンの思想的・宗教的な区別を排除するこを目的とした。さらに、キリシタン思想を新たに日本思想中に位置づけ、徳川初期の思想形成に与えた、与えられた影響を日本思想とヨーロッパ思想の対立という枠組みを越えて、思想の流動的なパースペクティブしようとする。(2)さらに、近世日本におけるキリシタンの研究に止まらず、マニラの交易圏を可能にした日本・中国・スペイン・ポルトガルの国家・文化・政治経済をそれぞれ分析し、マニラでの活動を計ることと、キリスト教の伝播基地であったマニラで、宗教がどのような影響を外交や交易に与えたかを解明すること、または自他認識においてどのような役目を果たしたかを説明するこというテーマに取り組み、その成果を論文作成、学会報告、国際シンポジウムなどを通じて発表しました。近世日本キリシタンを研究することはマニラへ目を向ける契機となった。既往の研究において、「マカオ・ポルトガル人・イエズス会」を通して十六・十七世紀の日本キリスト教の歴史が語られたが、「マニラ・スペイン人・托鉢修道会」の影響力は過少評価された。私は先行研究の不足を強く感じ、マニラに焦点を当てた。
著者
長谷川 敦章
出版者
筑波大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

昨年度の研究活動において,北レヴァントの海岸部であるシリア・アラブ共和国ラタキア県における遺跡踏査および測量調査を行った。これにより本研究の目的の一つである,調査対象が地中海沿岸の大規模テル型遺跡への偏重の是正を試みた。本年度の研究では,この成果を周辺地域と比較し位置づけていく調査・研究を実施した。特に本研究のねらいの一つである,先行研究で疎かにされてきた,内陸地域との関係に焦点をあてるため,以下の3地域で調査を行った。その一つは,ラタキア県の東に隣接する,北レヴァントの内陸部であるシリア・アラブ共和国イドリブ県のエル・ルージュ盆地である。当該地域では,テル・エル・ケルク1号丘遺跡の発掘調査を行った。本調査では,ラタキア県,ひいては該期の東地中海世界に極めて特徴的なミケーネ土器が出土した。この事例は内陸地域では極めて珍しく,ミケーネ土器の東限域を示す可能性がある。またこの成果は,これまで東地中海世界と隔離されて考えられがちであった北レヴァント内陸地域の歴史的位置づけに再考を促すものである。第2の調査は,ラタキア県の北側に位置するトルコ共和国アンタキア県における考古学的踏査である。この地域は北レヴァントを南北に流れるオロンテス川下流域であり,ラタキア県と比較する上で重要な資料を得ることができた。第3の調査は,ユーフラテス中流域に位置するテル・ガーネム・アル・アリ遺跡である。当該遺跡周辺は考古学的調査の空白地域であり,その成果は極めて貴重である。メソポタミア地域の西端にあたり,北レヴァントに影響を与えたメソポタミアの文化を考える上での一つのケーススタディになると考えている。東地中海世界に果たした北レヴァントの歴史的意義について再考するためには,上述した地域での成果を詳細に分析し,北レヴァントの歴史的重要性を内陸地域との関係性で捉え直し,歴史の再構成を試みる必要がある。
著者
福島 宏器
出版者
慶應義塾大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

本研究の目的は、他者にたいする共感(感情の共有・理解)が強化または抑制されるメカニズムを明らかにし、さらに共感の強さにおける個人差の原因を解明することである。3年目となる今年度は,米国カリフォルニア州における社会性の研究プロジェクトに参加し,(1)他者の感情理解の正確さの個人差の検討,および(2)感情の理解にともなう生理活動の連動が他者理解において果たす役割の検討,の二点に関わる研究に従事した.具体的には,30名の実験参加者が,注意や感情を制御する練習を3ヶ月間集中的に行うことによって,心身にどのような効果が現れるかを研究した.実験では,感情を推定される側と推定する側の両者の推定の一致度から「共感の正確さ」を数値化し,同時に,両者の生理指標(心拍・血圧(指先脈派)・発汗・呼吸)の連動を解析することにより,共感の正確さと,共感課題時の生理活動の連動が評価された.その結果,注意と感情制御のトレーニングによって,実験参加者の共感性尺度(Davis,1983)は有意に上昇していた.他者の感情理解の正確さについては,一部の課題にのみトレーニングの効果が見られたが,感情制御の訓練による社会不安(とくに愛着不安)の低減が,他者のポジティブ感情の正確な理解に関連することが示唆されている,また,課題中の生理指標から,他者の感情の推測と,その課題中の自分自身の生理的反応(とくに血圧系や皮膚電位系)の連動が変容することも示唆されている.申請者は昨年度までに,自分の身体生理活動の調整に関わる神経機構が,他者理解,そして日常場面での共感性と関わっていることを示唆してきた(例えば,Fukushima et al.2011).3年目の研究はなお進行中であるが,申請者のこれまでの成果と合わせて,他者に対する共感の強さや正確さを左右する大きな要因の一つとして,身体の生理的活動と,これに対する認知・神経活動が関わっていることをさらに示唆した.
著者
山口 優子 (越野 優子)
出版者
国文学研究資料館
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

源氏物語の最終部分である宇治十帖(橋姫~夢浮橋巻)において、室町期に流通した伝本である高松宮家本と国冬本の顕著な類似が、一年度目で確認できたので、二年度目の今年は、この事実を如何に視覚化し・分析するかに最重点のポイントを置いた。ただし宇治十帖は膨大な量であり、この分析には規制の方法では多くの時間と手間がかかる。そこでここに、統計学的手法(多変量解析等)を用いることとし、出来るだけ多くの巻について対照・分析を行う。文字列の一致の段階は先例があるので、そこに新しい係数を加え、国冬本全体の考察の最終的な完成を導き、同時に文学と統計学的解析に進歩をもたらした。また一年度目の昨年末、"源氏物語とは一つ(青表紙本系統、とりわけ大島本)ではないことを国内外に明確に知らせたい為、独特の物語世界をもつ5巻に絞って翻刻・注釈・現代訳・(外国語訳)考察等を付し試作版を韓国で口頭発表し、論文を韓国で二〇〇九年五月末刊行した。更に七月には台湾(台湾日本語文学会)で、上記に述べた統計的手法について口頭発表し、これを同八月に刊行した。
著者
王 柳蘭
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

本研究の目的は、中国出身のムスリム越境者(雲南系ムスリム)に着目し、政治的経済的なマクロな諸要因によって生活様式が大きく影響されつつも、民族独自の宗教、言語や諸文化にもとづく多元的なネットワークを用いて、東アジアと東南アジアを結ぶ移民の生活圏を確立していく姿を捉え、移民の視点からみた地域像を浮き彫りにする点にある。最終年度において代表者は、アメリカ・サンフランシスコで行われたAmerican Anthropological Associationの年次集会にて"The Negotiation of Chinese Ethnicity, Islam and the Making of Trans-Regional Network Among Yunnanese Muslims in the Thai-Myanmar Borderland"と題して、本研究で得られた越境とネットワーク、宗教の動態に関する最新の知見にもとづき、研究発表を行った。また、宗教の再構築というテーマのもと、日本文化人類学会においても、「中国ムスリムの越境と宗教の再構築」と題して口頭発表を行い、地域を越えた比較の視点から議論を行った。また、台湾のキリスト教組織によるタイ北部雲南系ムスリム移民支援に関する資料収集を行い、文献資料をもとに越境と宗教空間の再構築に関する理論的検討も行った。これらの研究と成果発表にもとづいて、越境と宗教動態とネットワークに関する中国系ムスリムの独自性と地域的特徴を把握し、越境プロセスにおいて宗教の果たす役割、民族・宗教を超えた共生の在り方についてあらたな知見を得ることができた。
著者
松浦 智子
出版者
早稲田大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

本研究は、多民族が流動・衝突する金元華北の軍事社会に生じた"異文化と武力世界"に関わる各現象が、北方系の英雄を題材にとる明刊通俗戦記小説の形成過程に、如何に関与していたかを考察するものである。昨年度(H19)に引き続き、宋代山西の英雄・楊家一門の活躍を描く「楊家将演義」(『北宋志伝』『楊家府演義』)を研究対象の中軸とした本年度(H20)は、主に2008年3月に楊家将の故地である山西省で行ったフィールド調査で得た情報の分析を進めた。具体的には、元の中期頃に楊家将の末裔を称する楊懐玉なる人物によって建てられた楊忠武祠に伝存する、元の天暦二年と泰定元年に繋年される二つ碑文を検証した。結果、この二つの碑文に記される山西楊氏の系譜が、『宋史』を始めとする史書系統に書かれる系譜とは大きく異なる一方で、元雑劇や小説といった通俗文芸に描かれる楊家将の系譜に近いものとなっている事を見いだした。ここから報告者は、楊家将の故事に見える世代累積型の体系が、これまで考えられていたよりも早い元の中期頃に、北方中国である程度形成されていたという新知見を得るに至った。この検証結果は、これまで文学研究分野で殆ど等閑視されてきた金、元北方の地域社会が、小説を始めとする俗文学の形成に与えた影響力の大きさを解明する重要な糸口に繋がると考えられる。本成果は、2008年10月に京都大学で行われた日本中学学会で「「楊家将」物語の形成過程について-山西省楊家祠堂の元碑、家譜を手がかりに-」として口頭発表し、更にこの発表を元に手直しを加えた原稿に沿って、2008年11月に中国武漢大学で開かれた「明代文学与科挙文化国際学術研討会」で「"楊家将"故事形成史資料考-以山西楊忠武祠的文物史料爲線索」として発表した。後者で発表した原稿は、2009年夏に出版される論文集に掲載予定である。
著者
北田 聖子
出版者
京都市立芸術大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

本研究の目的は、規格化、標準化が、製品のデザインにどのように関係し、意義をもつかを明らかにすることである。これまでのデザイン史研究は、デザインの側から、デザインと関わる特殊な概念として標準化をみるきらいがあったが、それに対し本研究は、標準化の事例研究を通して、標準化と呼ばれる行為によって具体的に何がなされてきたかを明らかにし、標準化のコンテクスト中に標準とデザインの交わる地点を見つけるという道筋をたどる。特に、1920年代以降にみられた日本の規格統一事業による紙の寸法の標準化と事務用家具の寸法の標準化を事例研究の対象とする。本年度は、1920年代から1970年代に至るまで、つまり戦前、戦後をとおしての事務用家具の標準化の事例研究をおこなった。具体的には、国家規格による事務用家具標準化、1920年代から日本に登場し始めた事務管理論者の著作で言及された事務用家具標準化、そして木檜恕一を起点として国立工芸指導所の家具研究にいたるまでの事務用家具標準化の系譜を比較し、それぞれが同じ事務用家具標準化という目的をもちながらも、その目的へのアプローチ方法には相違があることを明らかにした。その結果、標準化ということばでくくられる事象は、複層的で立体的な内実をもつことが確認できた。また、先行研究ですでにいわれてきた戦前の家具研究における標準化を、異なる視点からの標準化の事例と照らし合わせることによって、標準化のなかで相対化し、ひいては、標準化という問題に対するデザイン史研究の学問的パースペクティヴを浮き彫りにすることもできた。
著者
ANTWI Effah Kwabena (2011) 武内 和彦 (2009-2010) ANTWI Effah Kwabena
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

本年度は、研究のコンセプトとデータ収集のための更なる知識、データ準備・分析に必要な理解を得るために、研究に関する更なる文献調査を行った。ガーナにおける複雑な土地利用変化の要因を理解するために、データ収集・分折の統合的なアプローチが必要であり、コミュニティの重要なステークホルダーとの協議、コミュニティとの交流、土地被覆変化の分析と炭素濃度測定のための地理情報システム(GIS)とリモートセンシングの使用を行った。また、研究成果報告として国連大学サステイナビリティ平和研究所の学術会議で最終発表を行った。ガーナへの現地調査は、主導・協働の共同研究の構築、生態域からのデータ収集、土地利用調査の遂行、土地被覆変化の原因調査、異なる土地被覆の炭第濃度のマッピングを目的とした。変化する景観と異なる土地被覆タイプにおける陸地の炭素濃度を測定するため、1990年と2000年にガーナの衛星画像(LANDSAT TM)から得られた土地被覆マップが使用された。研究結果としては、1990年から2000年のガーナにおいて、異なる土地被覆タイプに関する顕著な増加と減少、つまり農耕地、乾燥疎開林、森林農業・市街地に著しい増加が見られた。ガーナの林地はかなりの勢いで減少を続け、さらに林地の多くの地域が農業活動や、その他の土地被覆タイプに変化しており、多くの混地帯と水塊は上述した調査期間の間に干上がっていた。土地被覆タイブの変化はガーナを隔てる各地域における穀物生産、生息分布、土壌炭素濃度、生活形態に多大な影響を与えている。土地利用強度は、居住環境の豊かさ、不均一性、分断化、および形状複雑性の増加に起因している。部分的な土地利用変化とその他の要因による地域の食品保障格差はガーナの持続可能な開発にとって依然電要な問題である。基本的には6つの土地被覆タイプがガーナの炭棄貯藏の99パーセントを担っており、炭素の増減が総針貯蔵量に多大な影響を与えているのである。
著者
高橋 正彦 JONES Darryl Bruce
出版者
東北大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

本研究の目的は、研究代表者らが初めて開発した「分子座標系の電子運動量分光」の検出感度の改善を図り、様々な直線分子の分子軌道の形を運動量空間において三次元観測し、量子化学理論が予測する波動関数形との比較を行うことである。これにより、運動量空間という従来とは反転した視点からの電子状態研究、いわば''運動量空間化学''を展開する。上記の目的に向けて、前年度までに整備した新規イオン検出器システムの開発の成果を踏まえ、本研究計画最終年度の今年度は、窒素分子の分子座標系電子運動量分光を行った。水素分子を対象とした従前のものと比較して、Signal/Background比の大幅な改善を達成した。また、得られた実験結果は、位置空間で分子軸方向により広がったσ型分子軌道が分子軸と垂直な方向に伸びた形で観測されるなどフーリエ変換の性質を反映した運動量空間特有の波動関数形を示すことが分かった。こうした研究成果は、波動関数の形そのものの視覚化を具現化したものと関連研究分野で極めて高い関心を集め、2010年夏に開催されたInternational Workshop on Frontiers of Electron Momentum Spectroscopy (IWFEMS2010)から招待講演として採択された。現在、当該分野で最高水準の雑誌であるPhysical Review Letter誌に投稿すべく、論文を執筆中である。以上のように、本研究は所期の目的を達成することができた。
著者
IZUMO Takeshi (2009) SWADHIN K.Behera (2008) IZUMO Takeshi
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

本研究では、観測データ(現場観測データ、衛星観測データ、再解析データ)や様々な階層の数値モデル(浅水モデルから高解像度大気海洋結合モデルまで)の結果の解析により、インド洋・太平洋熱帯域の気候変動の理解を進め、地域的な気候変動の予報精度(特に降水の季節内変動から十年スケール変動の予報精度)の向上を目指した。このような予報は、インド、アジア、アフリカ・モンスーンの影響を受ける発展途上国の人々にとって、重要である。当該年度の研究では、特に、エルニーニョ/南方振動とダイポールモード現象の関係について画期的な研究成果が得られた。エルニーニョ/南方振動には、太平洋熱帯域が暖かいエルニーニョの状態と冷たいラニーニャの状態が、不規則に存在し、世界各地の社会経済活動や環境に大きな影響を与える。しかしながら、エルニーニョ/南方振動を予報することは、いまだに困難である。一方、インド洋にも経年変動するダイポールモード現象が存在し、西インド洋熱帯域が暖かくなり、東インド洋熱帯域が冷たくなる現象を正のダイポールモード現象と呼ぶ。本研究では、負(正)のダイポールモード現象は、エルニーニョ(ラニーニャ)の14ヶ月前の良い予報になることを初めて示した。そして、ダイポールモード現象は、秋季のウォーカー循環を強化するが、11月から12月にかけて急速に減衰することにより、太平洋の東西風偏差を急に衰弱させるため、エルニーニョ/ラニーニャを発達させることが明らかとなった。