著者
田窪 行則 OSTERKAMP Sven
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

平成22年度には新資料の発見がいくつかあったが、主なものとしては、バチカン図書館蔵『伊呂波』と、シーボルト旧蔵にかかるマンチェスター・ジョンライランズ図書館現蔵『倭語類解』との欧洲所在朝鮮資料2点である。前年度に始めたそれらの調査を平成23年度にも続けた。後者に関しては、Medhurst編『朝鮮偉國語彙』(1835年刊)の前半の底本となったものであるということがわかったが、マンチェスター本『倭語類解』のみならず、『語彙』の後半のもととなった和刻本『朝鮮千字文』(Sturler旧蔵、パリ国立図書館現蔵)などをも調査した結果を2012年1月の教授就任講義で改めて取り上げ、今後『語彙』の成立過程と出典をテーマとした小論としてまとめる予定である。また、平成23年度には新たに、『朝鮮通信考』なる写本(京都大学附属図書館蔵)に「諺文いろは」が載せてあることを発見した。寛永13年(1636年)の朝鮮通信使の際、朝鮮人文弘績が林羅山と筆談する時に記したと見られるものである。とすれば、18世紀のものがほとんどの、先行研究において指摘されてきた「諺文いろは」の諸本よりも一世紀近く早いものということになる。従って、朝鮮資料のみならず一般的に日本語音韻史の研究にとって好資料となると思われる。特に、その原形がこの「諺文いろは」とほぼ同じ年代に遡るとされている原刊本『捷解新語』のハングル音注に矛盾するところが少なくないという点で、示唆に富む資料といえる。平成23年度内に発表した論文としては、まず、管見に入った若干の補遺を加えるとともに西洋の学界に紹介する目的で、2009年刊行の『譯學書文献目録』(遠藤光暁他編)の書評を執筆した。これ以外に、広く朝鮮時代におけるハングルによる外国語表記を扱った小論も平成23年に出たが、朝鮮資料の日本語表記などにも触れている。
著者
秋田 学
出版者
大阪大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

前年度の冬季雷観測において広帯域ディジタル干渉計で雲内雷放電進展路を可視化することにより、電荷構造の観点から冬季雷特有の放電現象発生要因は夏季にはあまり見られない高度数百メートル程度の低高度の電荷領域の存在であることが明らかとなった。このような雷放電進展様相を決定付ける電荷位置の測定はこれまでゾンデに搭載された電界測定装置によって行われてきたが、測定可能範囲は狭く、これに代わる電荷分布測定技術が求められている。米国ニューメキシコ鉱工科大学のグループが開発するLMA(Lightning Mapping Array)は到達時間差法を用いて雷放電路を可視化する装置である。同グループはこれまでにこれを用いて、リーダが負電荷領域と正電荷領域を通過する際の放射パルスの頻度の違いから、雲内の負電荷領域と正電荷領域の推定を行っている。筆者は米国ニューメキシコ州にて広帯域ディジタル干渉計とLMAを用いて雷放電観測を実施した。その結果、放電諸過程のうち、比較的進展速度の遅い過程(10^5m/sオーダ)は、ほぼ同じ放電進展様相を可視化でき、高速で進展する放電現象(10^6m/s-10^7m/sオーダ)については広帯域ディジタル干渉計でのみ可視化することができた。LMAを用いて求めたリーダ極性(電荷領域の極性)と広帯域ディジタル干渉計で受信した電磁波パルスの周波数スペクトルの平均値を比較すると、負リーダ(正電荷領域)からは高周波数、正リーダ(負電荷領域)からは低周波数成分を多く含む電磁波をそれぞれ受信しており、放電諸過程において放射される電磁波の周波数スペクトルに違いが見られた。この受信電磁波の違いを雷雲内電荷分布のリモートセンシングに応用し、ゾンデによって行われてきた電荷分布測定よりも広範かつリアルタイムで電荷分布の情報が得られることが期待され、将来の落雷対策における重要な知見となりうる。
著者
藤田 誠 MAURIZOT Victor
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2004

複数の小分子が自己組織化し、巨大な構造体を構築する仕組みは、自然界においてしばしば観測される。本研究では、この仕組みを有機分子に応用し、有機分子の自己組織化を遷移金属イオンによりコントロールすることで、新規な構造を高効率・高選択的に構築することを目的とした。ここでは、有機分子の自由なコンフォメーシヨンを厳密に規制することが重要な鍵となる。そこで本研究では、その有機分子として、(1)複数の金属配位部位(ピリジル基)をアミド結合で連結した紐状の配位子(ピリジンカルボキシアミドオリゴマー)を設計した。また、(2)2つの金属配位部位(ピリジル基)をアミド結合で連結した「く」の字型の配位子(ビピリジンカルボキシアミド)を設計した。これらの分子の特徴は、分子内に、多点水素結合可能な部位(アミド結合)が存在し、それにより配位子のコンフォメーションが厳密に規制される。すなわち、配位結合と水素結合を共同的に利用した、新規な構造が構築できる。実際、ピリジンカルボキシアミドオリゴマー配位子の合成に成功した。市販のジケトン誘導体を出発原料として、キー中間体である3-アミノ-4-ヒドロキシ-5-ピリジンカルボン酸を5ステップで合成した。この中間体の保護基をはずした後、カップリング反応を繰り返すことで、目的とする4量体のピリジンカルボキシアミド配位子を合成することに成功した。また、1ステップでビピリジンカルボキシアミド配位子の合成にも成功した。この新規配位子と遷移金属イオン(パラジウムイオン)との自己組織化により、球状の構造体が組み上がることを、NMRおよび質量分析により明らかにした。
著者
黒岩 卓
出版者
早稲田大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

最終年度として、これまでの各種研究のまとめとして位置づけられる複数の論文の執筆を行った。フランス中世演劇諸作品における詩作技巧の解釈法の見直しに関する研究論文をフランスの第一線の中世演劇研究者と共に執筆した。また演劇作品の伝承、写本および詩作技巧の三要素の関係に関する論文も単著として執筆している。さらに今年度後半には、今後の中世演劇作品の伝承と詩作技巧の今後の研究の方向性を見直すための問題提起をフランスの学術研究誌において執筆、すでに掲載が決定している。単行本の形はとらず、また残念ながら今年度内の出版にはいたらなかったものの、これら三点の包括的研究は全て査読を経てフランスの代表的学術出版社及び雑誌(H.Championおよび学術誌Medievales)より発表されることが決定しており、今後長く欧米の中世演劇・文学研究者によって参照されることが期待される。来年度以降も、これらの研究を遂行する過程で協力を仰いできた二人の研究者(Darwin Smith及びXavier Leroux両氏)との共同研究を続けていく予定である。ソチやミステールといったジャンル別の試作技巧の研究を進める傍らで、口承伝達による文明における韻文創作の原理といった、広い視点につなげていくことができた点が、本年度の研究成果の最たるものとして挙げられるだろう。来年度以降、海外研究者との協力体制や加えて日本国内での他の文明圏の演劇研究者とのネットワーク作りを行っていきたいと考えており、その点で年度後半に早稲田大学演劇博物館において勤務を行ったことは大変に良い機会となった。
著者
高木 俊暢
出版者
独立行政法人宇宙航空研究開発機構
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

「あかり」衛星による連続体な近-中間赤外線による測光観測結果を用いることにより、多環芳香族炭化水素(PAH)による特徴的な放射特性を捉えられることを示した。つまり、「あかり」衛星では、PAH放射が強い銀河を、分光せずとも、測光観測のみで同定することができる。この特徴を活かし、私たちは、PAH放射の強い銀河を同定する方法を確立した。この方法では、7および11μm、または、9および15μmで定義される色で、非常に赤くなる天体に注目する。この色は、フラックス比で8倍に相当し、活動銀河核やその他PAH以外の放射特性では再現できない色である。つまり、これら赤外線で明るいPAH銀河は、AGNではなく、純粋に爆発的な星生成活動によって明るくなっている天体と考えられる。近傍では、赤外線光度が10^<12>太陽光度を超える超光度赤外線銀河は、全赤外線光度に比べて、PAH放射が弱く、AGNの全光度への寄与、または、PAH放射のダストによる吸収があると考えられる。一方、「あかり」で見つかった赤方偏移1付近のPAH銀河は。超光度赤外線銀河でありながら.PAH放射が強く、中間赤外線でのスペクトル特性は、純粋なより小規模な爆発的星生成銀河のそれと矛盾しないことを示した。
著者
平原 衣梨
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

本年度は、π共役系有機配位子の自己組織化を利用した新規集積型白金錯体の開発に取り組み、二色性の色変化を伴う熱相転移挙動について調査した。分子設計においては、剛直なπディスク状ユニットであるトリフェニレン(TP)がカラム集積しやすい性質に着眼し、金属配位能を付与したTP配位子を開発した。これを同じく平面性の高い配位様式を好む二価Ptイオンと反応させ、白金二核TP錯体を得た。この錯体はアセトニトリルに溶解してオレンジ色、固体粉末においては深青色を呈する。ところが、室温で単離したこの深青色粉末を加熱すると、昇温過程175℃付近で相転移するとともに赤色粉末へと変化する。このとき深青色の相では、錯体はある程度スタックしながら凝集した状態であるのに対し、この赤色に呈色した第二の相ではより高度な結晶性を獲得し、対称性の高いスクエア型のナノ粒子化することが明らかになった。さらに、この赤色粉末は乳鉢で擦るといった力学的負荷をかけることで、初期の深青色へ戻る。つまり、熱および圧力という外的な物理刺激に応答して二つの準安定相を往復し、各相がそれぞれ異なる発色をもつことによってそのダイナミクスを目で見て知ることが可能な系といえる。また発光スペクトルにおいては、第一相(深青色)では無発光であるのに対し、第二相(赤色)では680nm付近にMMLCT(金属-金属/配位子間電荷移動)遷移由来と考えられる強い発光が確認できており、Pt-Pt間結合の形成を強く支持している。このように、ある次元性を有する集積構造制御しながら、バルク固体にも関わらず外部刺激に応答した可逆かつ動的ふるまいをみせる材料は非常に稀少であり有用性が高い。π共役系有機分子の制御性を導入することで、固体無機材料に潜在する多彩な物性をより高度に操作できれば、今後の新規材料開発に大きく貢献できるものと思われる。
著者
渡邊 一弘
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

本年度の主要研究業績である論文「応用哲学の現状と課題」および学会発表「経済学におけるモデルと実在」は、一方で過年度の古典的・理論哲学的研究の成果を基礎としつつ、他方で本研究がその目的のひとつとする応用的・学際的研究の積極的展開を企図して進められた。「経済学におけるモデルと実在」では、経済学方法論でいまや古典の位置を占めているミルトン・フリードマンの科学観を取り上げた。議論の出発点は、「経済学を含む実証科学の目的は予測の成功であり、理論における諸前提は非現実的なものであってもかまわない」という主張と解釈されてきたフリードマンの「実証的科学の方法論」が、現象に大きな変化が起こった場合の理論選択ないし理論構築の問題にそのままではまったく対処し得ないという問題である。ここからさらに次の点を論じた。(1)科学の現場において理論選択や新しい理論構築にあたって実際に指針とされるのは「科学的モデル」である。(2)そのような科学的モデルには、力学モデルからグラフィック・モデルに至るまで、多種多様なものが含まれる。(3)ただし経済学において通常扱われるモデルはほとんど「数式モデル」だと考えられている。(4)しかし、経済学にも多様なモデルの使用が理論の改良・構築に貢献してきたことは、いくつかの理論史的事例から確認できる。(5)このような科学的モデルと理論構築との関係を視野に入れることで、フリードマン流の科学方法論をより実際の科学の営みに即したものに作り替えることができる。また、「応用哲学の現状と課題」では、「経済学の哲学」と「哲学カウンセリング」という我が国においては未発達な哲学の応用的分野の欧米における先行研究をサーベイし、今後の展開への示唆を与えた。
著者
山本 衛 THAMPI Smitha SMITHA Thampi
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

本研究では、低緯度・赤道域電離圏に発生する赤道スプレッドF現象(Equatorial Spread-F;ESF)や中緯度域の電離圏構造について、衛星-地上のビーコン観測、衛星からのGPS掩蔽観測、MUレーダー観測等を用いて研究を進め、以下の成果を得た。(1)衛星ビーコン観測用のディジタル受信機GRBR(GNU Radio Beacon Receiver)を用いて潮岬-信楽-福井の3地点ネットワーク観測を行って、トモグラフィ解析から電子密度の緯度・高度分布の推定を行い、緯度約20度の範囲の電離圏構造の把握に成功した。(2)上記のトモグラフィ観測と衛星FORMOSAT-3/COSMICからのGPS掩蔽観測結果を駆使して、夏季の中緯度域電離圏に現れる夜間の電子密度が昼間よりも増大する現象MSNA(Mid-latitude Summer Nighttime Anomaly)について、北半球では東アジア域が現象の中心であることと、日々変動の状況を明らかにした。(3)GRBR観測を東南アジア域(ベトナム、タイ、インドネシア)に展開して電離圏全電子密度の観測を継続した。ESFの発生に関連して、LSWS(Large Scale Wave Structure)と呼ばれる東西波長数100kmの緩やかな電子密度変動が発生することを、衛星C/NOFSを用いたビーコン観測から初めて明らかにした。(4)2009年7月22日に発生した日食時にMUレーダー観測を実施し、部分日食の最大時を中心として強い中緯度電離圏イレギュラリティの発生を見出した。昼間であっても夜間と類似した準周期構造が現れることを明らかにした。以上の成果について国際学術誌に合計6編の論文を発表し、本研究を成功裏に終了した。
著者
平井 上総
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

本研究は、日本の中世と近世を分かつ兵農分離という概念について、社会の実態や政策理念などの多角的視野から再検討することによって、中世から近世への移行を捉え直すことを目的としている。本年度は、豊臣政権期に成立する大名権力の法が、上位権力との関係や在地との関係などにどれだけ規定されているのかを解明することを目的としていた。まずは太閤検地について、検地条目と呼ばれる法の条文・運用実態を、検地の負担構造解明という視点から検討し、豊臣政権によって取立てられた新規大名が統一政権の方法を真似る形で統治を行なっていたことをあらためて確認した。また、新規大名には統治にあたり統一政権を参考とする傾向があり、統一政権側も安定した統治のためにそれを望んでいたものとみた。新規大名の中には自身の家臣に対して同様に統治の基本方針を示す者もおり、そうした構造が近世的支配構造の展開を進めていったといえる。一方、従来からの大名は独自の支配を展開することが多く、それに対する統一政権側からの対応も一定しない。これは取次関係による指南の有無や、軍役勤仕の度合いによるものとみられる。以上から、統一政権が画一的支配構造を全国に強制する意図をもっていたとはいえず、近世諸藩にみられる支配の多様性は豊臣期の影響が大きかったものとみた。これらの点については、次年度に研究報告を行なう予定である。本年度は他に、織田権力期の和泉国の支配構造について、織田権力が現地勢力(守護代権力)にかなりの部分を委ねていたこと、天正八年の大坂本願寺との講和以後に支配構造の転換が図られたことなどを明らかにした。
著者
亀山 慶晃
出版者
北海道大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2002

水生植物は陸上の植物に比べると無性繁殖への依存性が強く、特に浮遊性の水生植物では植物体が断片化することによるラメット数の増加や、水鳥による長距離散布が集団の維持に大きな役割を果たしている。昨年度までの研究によって、浮遊性の水生植物タヌキモはイヌタヌキモとオオタヌキモの雑種第一代であり、有性繁殖能力は完全に失われているものの、広い範囲に、かつ両親種とは異なる生育地に分布していることが明らかとなった(Kameyama et al.2005)。本年度は、タヌキモがどのように形成され、集団を維持しているのかを明らかにするため、北海道苫小牧市と青森県津軽平野の計33の湖沼からタヌキモ類を採取し、AFLP分析をおこなった。その結果、1)タヌキモ類3種の各集団は大部分が単一のクローンで形成されていること、2)各クローンは複数の集団に認められ、特に津軽平野のタヌキモ5集団は全て単一のクローンであり、同一のクローンが苫小牧市にも分布していること、などが明らかになった。また、親種であるイヌタヌキモとオオタヌキモは完全に異所的に分布しており、両者の遺伝子型をどのように組み合わせても現存するF1雑種、タヌキモの遺伝子型を得ることはできなかった。これらの結果から、1)タヌキモは気候変動が激しかった時代、本来は異なる環境に生育するイヌタヌキモとオオタヌキモが偶然出会ったことで形成され、2)殖芽や切れ藻による無性繁殖によって生き残ってきた、と考えられる。不稔のタヌキモが長期間に渡って集団を維持している背景には、雑種強勢による旺盛な無性繁殖能力、水鳥による長距離散布、交雑による新たな環境への適応、などが関与しているものと推察された。
著者
白川 真一
出版者
横浜国立大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

本年度は,当初の研究計画通り,我々が先に提案した進化計算によるフロクラムの自動生成手法の拡張と実問題への応用を行った.まず,先に我々が提案したグラフ構造をプログラムの表現形式とする自動プログラミング手法であるGraph Structured Program Evolution(GRAPE)の拡張を行った.GRAPEを用いて探索空間を探索するエージェントの行動プログラムを自動生成することで,探索アルゴリズムの獲得を行う方法を提案した.提案手法を用いて関数最適化問題のベンチマーク関数とテンプレートマッチング,探索空間が動的に変化する問題に対して探索アルゴリズムの獲得実験を行った.提案手法によって構築された探索アルゴリズムは,従来提案されている探索アルゴリズムと比較して良好な結果を示すものであった.この成果によって,従来は問題に合わせて人が試行錯誤的に開発していた探索アルゴリズムを自動的に生成することができるようになると考えられる.次に,画像変換部を含む画像分類アルゴリズムの自動構築手法であるGenetic Image Network for Image Classification (GIN-IC)の拡張を行った.通常,画像分類は「画像の前処理」,「特徴量抽出」,「分類」の3つのフェーズから構成される.それぞれのフェーズについて様々な研究が行われているが.GIN-ICでは「画像変換部」,「特徴量抽出部」,「演算部」から構成される一連の画像分類アルゴリズムを全自動で構築する点に特徴がある.GIN-ICでは画像変換部をもつことによって,画像を分類し易いかたちに変換することが可能となる.本年度はこのGIN-ICを1つの弱識別器として扱い,アンサンブル学習法を利用してGIN-ICを複数組み合わせることで分類精度の向上を図った.
著者
山崎 寿美子
出版者
筑波大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

平成21年度は、カンボジアのラオ系クメール人村落における食事をめぐる生活実践が社会関係をどのように維持させるのか、あるいは揺るがすのかについて、他者評価やゴシップへの着目を通して考察することを目標とし、前年度に実施したカンボジアでのフィールドワークのデータ整理と分析を行った。食物交換や分配は、村人が日常生活を円滑に送るための重要な行為であり、相手と親愛し合っているか否か、あるいは気が合っているか否かといった社会関係の様態を不断に推測するバロメーターとなっている。食物の頻繁なやり取りがあると第三者による悪評から相手を擁護し、逆に、やり取りの中断は相手との関係悪化を再確認させ、悪評への加担につながる場合すらある。しかし重要なのは、関係の悪化において直接的対立は起こらず、ゴシップを流しながらも積極的な行為に出ず、関係の緊張が解れるのを待つという態度である。「だんまり」で「ただいるだけ」と表現されるそうした態度でやり過ごしながら、一定期間後に少しずつ食物のやり取りを再開させ、何の問題もなかったかのように平然とつきあうのである。本研究は、他者評価やゴシップに敏感な社会において、食物のやりとり・中断・再開といった行為が人間関係の状態を調整し、うまく生き抜く技法を提供していることを明示した。その技法は、カンボジアのラオ社会の生活実践の在り方の提示にとどまらず、現代日本社会において複雑な人間関係をどのように生きるかという我々の問題に手掛かりを与えてくれる点で意義深い。
著者
秋月 千鶴
出版者
筑波大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

ブラックホール候補天体などの周辺で起こる高エネルギー現象を考えるには、磁気流体力学と共に、輻射流体力学の取り扱いは、必須の事項である。しかし、磁気流体に比べ、輻射流体は、定式化がまだ不十分で、そもそも基礎過程自体に研究すべき点が多く残っている。また、数値的手法においては、輻射輸送の数値計算は計算量が膨大であるために、これまであまり研究が進んでいない。そこで、本研究では、輻射輸送流を徹底解明することにより、宇宙ジェットやガンマ線バーストなど、亜光速ジェットに関する物理過程の解明を試みている。今年度は、スリム円盤の研究でよく用いられる輻射流体力学の計算手法であるFlux Limited Diffusion(FLD)近似について検証した。スリム円盤は、輻射力が優勢な円盤モデルのため、正確な輻射流体計算が求められる。しかし、FLD近似では、光学的に中間の状況下で正しい輻射力を計算できている保証がない。そこで、我々は完全な輻射流体計算に向けて、降着円盤構造における3次元輻射輸送コードを開発した。その結果は、FLD近似による結果に比べて、ジェットを収束する方向に働くことがわかった。この結果は、完全輻射流体計算を行えば、これまでの輻射流体シミュレーション結果より、さらなる収束が期待できるまた、FLD近似による輻射力の大きさは、アウトフロー領域では大きく、(円盤領域では小さく)見積もっている可能性があることがわかった。さらに、降着円盤計算でよく用いられるグレイ近似は、アウトフロー領域で輻射エネルギー(輻射力)を低く見積もっている可能性があることがわかった。また、一次元球対称計算用に提案されている変動エディントン因子は、多次元スリム円盤構造には適用できないことがわかった。
著者
吉田 正樹 (2007-2008) 田中 啓治 (2006) BOUCARD CHRISTINE BOUCARD Christine BOUCARD Christine Claudia
出版者
東京慈恵会医科大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

1.静的視野検査の施行により、視放線の障害部位が臨床的にあらかじめ推定可能であった脳出血による視野障害症例に、機能的磁気共鳴イメージング法および拡散テンソル画像法をおこなった。2.機能的磁気共鳴イメージング法による視覚皮質における網膜位置情報レチノトピーの検討と、視放線の視覚皮質への接続性評価をおこなった。レチノトピー情報は、視野障害を正確に反映した結果が観察された。3.上記結果を、高磁場3T装置に応用し、シーケンスの最適化をおこなった。従来の1.5T装置と同程度の撮像時間内での撮像と、3T装置の長所である高空間分解能が可能となった。実際には、撮像時間は同じであるのに対して、機能的磁気共鳴イメージング法では、従来の1.5T装置では、3mm四方の空間分解能に対し、3T装置では、2mm四方の空間分解能が実現可能であった。拡散テンソル画像法では、1.5T装置では、2.5mm四方の空間分解能に対し、3T装置では、1.5mm四方の空間分解能が実現可能であった。4.緑内障性視野障害は、視覚野における形態変化を伴うことが剖検例で報告されている。緑内障症例に対して高空間分解能機能的磁気共鳴イメージング法および拡散テンソル画像法を施行した。先天緑内障症例において、視覚野、および視放線における形態変化を伴うことが示された。実際には、視覚野において、前方皮質の減少が観察され、視野障害に一致した。視放線に一致した白質の減少も同時に観察された。
著者
稲垣 奈都子
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

多様性の高いゲノムを有するエイズウイルスの中で比較的保存性が高いゲノム領域にコードされるGagカプシドタンパク(CA)の構造上の制約を知ることは、ワクチン抗原デザインや抗HIV薬開発に有用である。私は細胞傷害性Tリンパ球の認識に影響するCAの1アミノ酸置換を有する変異体の解析を行い、CAのN末端ドメイン内のある1アミノ酸とC末端ドメイン内の1アミノ酸の相互作用がウイルス複製に重要であることをin vitroおよびin vivoの両視点から明らかにした。具体的には、今年度は、構造的な相互作用を探るため、現時点で報告されているHIV-1のCA構造を基にSIV CAの構造シミュレーション解析を行った。Gag205はGagがコードするCA内のNTDに位置するのに対し、今回新たに見出された代償性変異Gag340はCAのCTDに位置しておりCA六量体構造シミュレーション解析により両者のアミノ酸の分子間相互作用が示唆された。更にin vitro core stability assayを用いてCAコアの安定性を検討したところGagD205E変異によりコアの安定性が低下し、GagV340M追加変異により回復することが示され、CA六量体での分子間相互作用を支持する結果が得られた。また、MHC-Iハプロタイプ90-120-Ia陽性サルのSIVmac239感染慢性期に、GagD205E+GagV340M変異が選択されることを見出した。培養細胞でのSIVmac239Gag205E継代実験でGag205Eから野生型のGag205Dに戻るのではなくGagV340Mの追加変異の出現を認めたが、同様にサル個体においてもGagD205E+V340Mが選択された。このことは、Gag205D-Gag340VおよびGag205E-Gag340Mの相互作用の存在、つまりCANTDのGag205番目とCA CTDのGag340番目間に機能的相互作用の存在が示唆された。本研究は、CAドメイン間の機能的相互作用のための構造上の制約を提示するものである。
著者
岩田 和之
出版者
東京工業大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

日本で実施されている政策評価の多くは定性的なものが主であり、定量的に行われているものは数少ない。そこで、本研究では、昨年度に引き続き、日本で実施されている自動車排気ガス規制を取り上げ、定量的な政策評価の重要性を示した。昨年度は規制が始まる前の情報を用いた事前評価を行ったが、今年度は規制後の情報を用いた事後評価も試みた。現在、日本では3種類の自動車排ガス規制が用いられている。それらは、古くからある単体規制と近年になり施行された車種規制、運行規制である。単体規制は新車を対象とした汚染物質の原単位規制であり、車種規制と運行規制は旧車を対象とした直接規制である。ただし、運行規制は自治体条例の下で実施されている規制であり前者と比べると規制順守の度合いは弱いものとなっている。しかし、実際にこれらの規制がどの程度の大気環境改善に寄与したのかどうかは明らかとなっていない。そこで、日本の長期大気環境測定情報を用いて、この点について検証を試みた。分析の結果、単体規制と車種規制は大気環境を改善していることが示された。一方で、運行規制の効果は限定的であった。したがって、条例のような大きな強制力を持たない規制については、遵守を担保するような制度設計を行う必要がある。また、大気環境改善効果を見ると、単体規制のそれは他の2規制に比べて大きなものであることが明らかとなった。つまり、まず、新車の環境能力を改善させ、その後に旧車から新車への代替を促進させるような制度の在り方が望ましいことを示していよう。
著者
杉本 太郎
出版者
北海道大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

平成20年度は、前年度までに確立した方法を用いて、新しい試料の分析に取り組んだ。新たに12頭確認され、合計37頭のアムールヒョウを識別した。しかし過去に確認されたが今回確認できなかった個体も多くいた。この要因として、サンプリングが不十分であったことも考えられるが、近年密猟者により殺された事例が報告されており、この密猟が要因であることも考えられる。また、ロシアと国境を接する中国へ移動した可能性も残されており、今後分布全域から糞を採集することが必要である。遺伝的多様性に関しては、過去に確認された対立遺伝子が検出されないなど、多様性が失われていることが示唆された。現在のような小個体群では避けられないことではあるが、動物園個体の導入の必要性を示す一つの重要な結果であるといえる。研究の総まとめとして、ウラジオストクにあるWWF極東支部において、Workshopを開催し、本研究の成果発表を行った。このWorkshopには、アムールヒョウの保全に関わるWWF、WCSなどの国際的なNGOや、現地のNGOの研究者達が多数参加した。これまで行われていた足跡調査では明らかにできない多くの生態的、遺伝的情報を提供することができ、たくさんの前向きなコメントを得ることができた。発表の後、今後の研究のあり方、本研究で示されたモニタリング方法の有効性について活発な議論が行われた。今後も継続して試料を採集することで一致し、さらに採集地域を拡大することも計画された。本研究で確立した手法が今後も活用されていくことが期待される。
著者
福田 桃子
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

本研究課題の採用最終年度となる本年は、プルーストと19世紀から世紀転換期の作家たちとの間テクスト性の研究を中心に据えた。アナトール・フランスは、若き日のプルーストにとって最愛の作家であり、『ジャン・サントゥイユ』『失われた時を求めて』における作家・芸術家像に投影されるとともに、その美学にも多くの共通点が見られる。パリの家庭で女中を雇うことは、言語、服装、料理、信仰などを介してパリに田舎を見出すことであるが、これはアナトール・フランスの作品に度々登場する女中の役割とも重なっている。これまで論じられることが少なかった影響関係について研究をすすめるなかで、プルーストが女中の言語を称揚するアナトール・フランスの美学に共感を寄せつつも(『失われた時を求めて』において、主人公がベルゴットの作品に共鳴するのは女中の描写を通してである)、パリという土地および時代の変化を通してこうした「美」が破壊される過程を描き、アナトール・フランスのユートピア的な価値観を乗り越える過程が明らかになった(論文3)。土地を介した貴族との呼応という点に関しては、バルベー・ドールヴィイの諸作品がとりわけ重要な参照項となった。「聖女」と「女中」のアナロジーについては、ユイスマンス『大伽藍』およびフロベール『純な心』との比較検討をおこなった。これまで数多のテーマ研究が示してきたように、プルーストは、文学史および同時代のコンテクストや常套句を作品に採り入れる手法の独創性と視野の広さにおいて特異な作家であった。今後も文学史が編み上げた「女中」という主題系の整理・検証と作品読解を相互補完的に行うことで、作家の文学的素地をなす諸作品を新たな視座のもとにとらえ、作家が19世紀および世紀転換期の文学に何を負い、いかにして独自の小説美学を構築するに至ったのかを詳らかにすることを目指したい。
著者
諸星 妙
出版者
早稲田大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

本研究は、17世紀前半セビーリャの宗教的思想環境が芸術作品の主題や造形上の特質に与えた影響を考察するものであり、最終年度に当たる今年度は、現地において作品が実際に設置されていた環境での調査を行うとともに、これまでに収集・検討した資料等について、総合的な評価を行った。具体的には、第一に、ベラスケス《東方三博士の礼拝》について、現地調査等に基づき、同時代セビーリャの主要画家による作品との根本的な差異を明確化した。例えば、旧イエズス会誓願修道院ではロエーラスによる主祭壇装飾を調査し、同じくイエズス会施設のために描かれたものでありながらベラスケスの同作品とは規模、描法が大きく異なることを確認した。セビーリャ美術館では、その他の同時代画家の作品も広く調査したが、いずれも3~5mという規模の大きさを特色とし、その中に多くの人物やモチーフを描きこむ点でベラスケスの作品とは異なっていた。この知見を踏まえ、第二に、大規模ではないが主要部分を際立たせる、極めて現実主義的なベラスケスの表現について総合的な解釈を行った。まず、ベラスケスの同作品は、イエズス会のロヨラが『霊操』に明らかにしたような、聖書の物語を眼前に現出させて「見る」という観想のプロセスに関連づけられる。重点的に調査したベラスケスの師パチェーコの『絵画芸術』では、多くのイエズス会士が取り上げられ、その考えが引用されていた。しかし、ベラスケスが師を通じてイエズス会士及びその思想の近くにいたことは事実だが、調査の結果、特定の思想がベラスケスの個別の作品に具体的な影響を与えたことは確認できていない。むしろ、現地での作品調査を通じて明らかになったのは、ベラスケスの初期様式とモンタニェースらによる彩色木彫像との表現の近さであった。モンタニェースらの彩色木彫像の重要性は2010年の展覧会で注目されたものであり、本研究を通じて、初期ベラスケスのリアリズムとの関連という観点から、さらに詳細に検討されるべきテーマであることが確認された。
著者
嶽村 智子
出版者
奈良女子大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

昨年度に引き続き、多様なモデルに対応する確率過程の構築を目指し、その性質を研究することを目的とし、研究を行った。昨年度の成果をもとに、斜積拡散過程と調和変換に関して研究を行った。一次元拡散過程と球面上のブラウン運動によって構成される斜積拡散過程を考察し、コンパクト多様体の内部を運動し、境界ではジャンプや消滅が起こりうる過程に対する再帰性の判定法について結果を得る事ができた。これは、昨年度取り扱った極限定理で現れる極限過程に対応する過程についての再帰性の判定法である。斜積拡散過程に対する再帰性については、今までも議論はあったが、斜積拡散過程を構成する過程と斜積を構成する測度の性質から斜積拡散過程の再帰性を判定するものであり、斜積拡散過程の性質から斜積拡散過程を構成する過程についての性質を得るというものについては研究がなされていなかった。本研究では、一次元拡散過程と球面上のブラウン運動との斜積拡散過程を取り扱う事により、一次元拡散過程の再帰性と斜積拡散過程の再帰性が一対一に対応していることがわかった。この結果は、球面上のブラウン運動という非常に良い性質をもつ過程を取り扱ったことにより得る事ができるが、球面上のブラウン運動に限らず、コンパクト多様体に関しても同様の結果を得ることができる事が予想される。これらの研究により、多様なモデルを取り扱うことができ、力学モデルの分野において応用が期待される。また、調和変換と呼ばれる場に依存する確率過程の変換について研究を行った。