著者
石原 昌英 HEINRICH Patrick
出版者
琉球大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

ハインリヒは与那国島における危機言語記録保存のためのフィールドワークを2回実施した。1回目は祖納集落において農業と祭に関する言語生態、2回目は同集落において自然に関する言語生態、久部良集落において漁業に関する言語生態を記録した。また、ハインリヒ・石原で記録されたビデオを分析し、それに基づいてハインリヒが祖納集落に於いて研究協力者(インフォーマント)と一緒に編集・注釈作業を行った。記録保存はほぼ終了し、マックスプランク研究所での公開に向けての編集・注釈作業を本格化させている。これらの作業と並行して、石原とハインリヒは、与那国島における言語の存続性と危機度に関するアンケート調査を実施した。調査データは、ユネスコの危機言語保護プログラムに関する専門家部会が2003年に提唱した評価基準を参考にハインリヒが分析し、2010年3月5日に東京外国語大学で開催された第2回琉球継承言語研究に関するワークショップでハインリヒが「与那国語の存続性と危機度」を発表した。なお、石原は「国頭譜の存続性と危機度」を発表した。ハインリヒと石原は言語生態、言語政策、危機言語に関する発表を複数の学会・研究会等で行った。ハインリヒが杉田優子と共著で『社会言語科学』第11巻第2号(2009年2月)に発表した「危機言語記録保存と言語復興の統合へ向けて」が社会言語科学会の徳川宗賢賞優秀賞を受賞し、2010年3月の同学会で受賞記念講演を行った。石原・ハインリヒはこれまでの研究成果を地域に還元する目的でワークショップ「しまくとぅばと経済」を企画し、言語生態を維持するために地域言語を積極的に活用する方策を議論する機会を提供した。
著者
西川 邦夫
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2011

2013年度は、以下の点に注目して研究を進めた。第1に、家計・消費構造の歴史的検討である。本年度は戦間期の煙草消費に絞り、内閣統計局『家計調査』や、『東京市勤労家計調査』『細民調査』等の統計を利用して分析を行った。そこでは、低所得層ほど煙草消費が大きく家計を圧迫していることを析出した。第2に、茨城県筑西市を中心とした農地流動化の展開、大規模担い手経営の形成についての研究である。本年度は特に、政権交代に伴う変化に注目した。農業保護政策(直接支払政策)の損失補償水準の高まり、規模要件の除外の結果、水稲管理作業が採算化されることでこれまで農地の出し手だった農の営農意欲が刺激され、農地流動化が停滞したことを実態調査によって収集した資料から明らかにした。第3に、広島県世羅町における集落営農組織の展開についてである。世羅町における集落営農組織の経営目標は、労働力の削減につながる生産過程の効率化による収益性改善ではなく、経営多角化による収益性改善と雇用吸収力の増大の両立である。そして、それを支えているのが増大した直接支払であることを実態調査から明らかにした。第4に、山形県鶴岡市における農業構造変動の検討と、直売所展開との関連についてである。鶴岡市は小規模農家の離農と大規摸担い手経営への農地集積が遅れている地域である。残存する小規模農家の営農継続を支援しているのが市内各地に設立された農産物直売所である。農産物直売所では他業態と比べて低い手数料率、高齢者でも対応可能な少量多品目販売という直売所の展開は、停滞的な農業構造と極めて適合的であることを実態調査から明らかにした。
著者
関戸 洋子
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

本研究「小空間の認知特性」では、「小空間」をキーワードとして派生する次の主な3テーマ、1)子どもの嗜好する小空間としての住環境、2)空間容積の単位としての小空間「包pao」の検証、3)宇宙建築という限定された小空間、を軸として、これまでの研究活動を次のように実施した。1)「子どもの住環境」の研究については、a)実験とb)調査をおこなった。a)実験では、実際の親子による実験研究をおこない、b)調査では、乳幼児の住居への訪問調査をおこない、昨年度までの報告書に記載の通り、審査論文として研究成果を公表した。2)「空間容積の単位<包pao>」の研究については、文献・実測調査を継続した。これまで、都心の住居における実測などをおこなった。3)「宇宙建築」の研究については、RPD採用時の計画段階では、文献調査のみとしていたにもかかわらず、更に進展させた。具体的には、文献のほか、研究会を開催し、実験研究をおこない、その成果を本報告書に後述の通り、論文として公表した。更に、JAXA公募に選定され、微小重力下の限られた小空間である国際宇宙ステーションISSにおいて、空間の容積感・印象評価・ボール投げを通じたコミュニケーションについて、宇宙飛行士により10月に実施された。国際宇宙ステーションの都合により実施が遅れ、実施後データを受け取ることができたのはNASAやJAXAのデータ検閲を受けた後の12月であった。1月にはNASAへ速報を含む実施報告をおこなった。その後、現在もこの実施成果を審査論文としてまとめている最中である。また、今後のアウトリーチ活動への準備も進めつつある。以上の通り、「小空間」に関する研究活動を多角的におこない、最終的には、住環境の質の向上に資するための研究を着実に実施している。
著者
川端 猛夫 SOKEIRIK Y. S.- SOKEIRIK Y.S.
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

α位に分岐のない脂肪族アルデヒド間のクロスアルドール反応を目的とした触媒開発に取り組んだ。標的反応はアセトアルデヒドと3-アシルアミノプロピオンアルデヒド(RCONHCH_2CH_2CHO)とのクロスアルドール反応で、生成物は高脂血症治療薬リピトールの合成中間体となる。本触媒ではアルデヒドのエナミンへの活性化にプロリン骨格ではなく、ピペリジンを用いた。ピペリジンはプロリンのアミン部分であるピロリジンに比べて、生成するエナミンの反応性が低い。これにより反応性の高いアセトアルデヒドのみをドナーアルデヒドとして活性化できると期待した。一方、3-アシルアミノプロピオンアルデヒドのアクセプターとしての選択的活性化は、触媒分子のピペリジン4位に組み込んだアミノ基による基質のアミドNH基との水素結合形成を介して基質のホルミル基が反応点近傍に配置された触媒側鎖のカルボン酸によりプロトン化を受けることで達成したいと考えた。想定通り、3-アシルアミノプロピオンアルデヒドをアクセプターとし、アセトアルデヒドをドナーとするクロスアルドール反応が進行したが、過反応により脱水が起こり、アルドール縮合体が得られた。現在、脱水を起こさず、アルドール反応の段階に留めて制御する反応系を検討中である。また位置選択的ハロゲン化触媒の開発を目指し、スルフィド及びチオアミドを活性中心とする有機触媒を開発した。これらはオレフィン類のハロアミノ化の良好な触媒となることわかったが、位置選択性の獲得にはまだ至っていない。
著者
佐藤 真
出版者
立教大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

本年度は前年に引き続きt-BuClの加水分解反応シミュレーションを行った。フラグメント分子軌道法(FMO)を電子状態計算に用い、水分子410個の液滴モデル中(半径約12Å)におけるt-BuClに対して、FMO2-HF/6-31G^*、FMO(3)-MP2/6-31G^*レベルによる分子動力学(MD)シミュレーションを行った。ここでFMO(3)は、HF部分にのみ3体項を考慮に入れた計算であり、従来の2体近似よりも精度が高い方法である。まずt-BuClの3級炭素-塩素間距離(RC)を1.7~3.4Åの範囲で変化させ、以前より長時間のサンプリングを行い(平衡化1.0ps、サンプリング0.4ps)、自由エネルギー変化を計算した。その結果RC=2.84にC-Cl不均一開裂の遷移状態(14.44kcal mol^<-1>)、RC=2.88に接触イオン対(14.33kcal mol^<-1>)に対応する領域が現れたが、RC=2.7~3.0の範囲での自由エネルギープロファイルは非常にフラットであり、より正確なプロファイルの記述には、電子相関を考慮した計算レベルが必要であると結論した。FMO(3)-MP2/6-31G^*レベルにて、RC=1.86および2.85に固定してシミュレーションを行ったとき、t-BuClのマリケン電荷の差が0.04(0.3ps間のシミュレーションの時間平均)と計算された。これはC-Cl不均一開裂の遷移状態付近で、t-BuClから周辺の水分子へと電子が流れ出していることに対応しており、すなわち求電子的溶媒関与が求核的溶媒関与よりも優位であることを示唆する結果である。しかしこの計算方法では、FMO2-HFと比べて~10倍程度の計算時間を要するため、十分なサンプリングを実行することができず、全体の自由エネルギープロファイルを記述するには至らなかった。
著者
粂 汐里
出版者
立教大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2011

研究実施計画に記した二つの柱は以下の通りである。項目ごとに記しておく。1、藤沢市内の関連寺院調査・研究(1)西富(時宗総本山遊行寺長生院小栗堂)…平成23年度に調査した文書のうち、縁起を対象に本文の内容解明に取り組んだ。本山の日鑑類から縁起の成立時期を絞り、他の時宗の勧進活動の様子と比較検討した結果、近世期の時宗寺院では地誌や当代の文芸を巧みに縁起に取り込み、人々への喧伝に利用していたことが判明した。以上は平成24年9月に行われた仏教文学会で発表した。(2)辻堂(石井家辻堂茂兵衛資料館)…資料の翻刻の第二弾を学内の紀要に掲載した。2、説経関連の絵巻・絵入り写本の調査・研究調査予定であった(1)天理大学附属図書館(2)栃木県立図書館、二か所の研究機関の調査に取り組んだ。(1)天理大学附属図書館…1968年に上梓された『説経正本集』所収された貴重資料の現状を調査カードに記録。平成25年度完成予定の説経正本の系統図・年表作成の充実を図った。(2)栃木県立図書館…調査した資料のうちの一本が、岩佐又兵衛古浄瑠璃絵巻群としても知られる『堀江物語』の異本であることが明らかとなった。関連資料が集中して伝来する、栃木県矢板市を訪れ現地調査を行った結果、問題の異本が矢板市を中心とする塩谷郡一帯で多数見つかり、村落で書写され伝わってきたものであることが分かった。これらの伝本は民間での語り物の実態を示す資料として貴重であり、平成24年11月の伝承文学研究会東京例会でその重要性を報告した。資料の解題・翻刻とともに平成25年6月発行予定の『伝承文学研究会』第61号に掲載する(掲載確定)。
著者
前田 君江 (2002-2003) 尾沼 君江 (2001)
出版者
東京外国語大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2001

1.昨年度に引き続き、イランの現代詩人シャームルーAhmad Shamlu(1925-2000)に関する研究を行った。今年度は、シャームルーの政治的思想と作品との関わりから、さらに進んで、彼が1950-60年代におけるイラン詩の状況の中でうち立てた、独自のジャンルと詩論についての研究を行った。2.シャームルーは、イラン詩において初めて、she'r-e mansur「非韻律詩」のジャンルを確立した詩人である。本研究では、歴史的にshe'r-e mansur(「散文の詩」)と呼ばれてきた作品を分析することによって、ペルシア詩におけるshe'r-e mansur概念の再考を試みた。これによれば、ペルシア語のshe'r-e mansurは、従来、prose poetryと訳されてきたが、形態的には、文学研究一般で言われるところの「散文詩」ではなく、avant garde free verse(「完全自由詩」)と呼ばれるものに近い形であることが明らかになった。しかし、同時に、she'r-e mansurが、「詩」において必要不可欠であるとされてきた「韻律」を排除したために、「散文」であるとみなされ、かつ、she'r-e mansur自体もまた、韻律の存在に関わりなく、詩が「詩たらしめるもの」を追求するという点で、「散文詩」と同様の文学史的課題を背負ってきたことを明らかにした。3.韻律形式は、現代においてもなお、ペルシア文学において、絶対的な価値をもつものであり、これを侵すことの意味もまた重大であった。シャームルーが、詩から韻律を排除するに際して、うち立てた概念のひとつが、「純粋詩」である。本研究担当者は、シャームルーの「純粋詩」の思想を、ペルシア詩において、新しい「詩」概念の形成として捉え、これを分析した。これによれば、第一に、シャームルー詩作論においては、「それ自体の形態をもった詩が、おのずから生まれてくる」という、彼の個人的な感覚が、非韻律詩創出の契機となっていることが指摘できる。また、第二に、シャームルーの主張する無意識性が、たとえば、「自動記述」において見られるような、無意識の利用ではなく、外界における体験が詩人の感覚を支配する力の強さを確信している点で、特徴的であることが明らかになる。4,さらに、シャームルーが事実上、詩作のうえでの師として位置づけたニーマー・ユーシージNima Yushij(1897-1960)の詩論の分析を通し、両者の詩学上の対立点が、詩における韻律リズムの存在に関するものだけでなく、詩と詩のフォルムとの関係をめぐるものであった点を明らかにした。
著者
清水 理佳
出版者
大阪市立大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

研究の主題であるひずみ度を用いて,新しい多項式ひずみ多項式を定義しその性質を調べる等,独創的な研究を進めた.また受入研究者である河内明夫教授との共同研究によりひずみ交差多項式を定義して,結び目射影図の研究にもつなげることができ,大変有意義な結果を得ることができた.今年度は当初の計画通り,結び目の射影図についても深く考察し,結び目射影図における局所変形に関する結果も発表した.さらに,結び目図式の領域交差交換に関する研究代表者の結果を応用して,河内明夫教授,岸本健吾氏と研究代表者の共同発明でゲームを発明し特許出願した.研究代表者はアルゴリズム作成,およびコンピュータを用いた実際のゲーム作成等の役割を務めた.平成23年12月にはこのゲームがAndroidスマートフォン用のアプリとなり,世界同時公開され国内外から注目を集めた.日本数学会およびアメリカ数学会の学会を初め,国内外の研究集会や学会での発表も精力的に行った.平成23年度の講演回数は19回(内2回はポスター発表)であり,本予算を出張旅費に多く費やしたがどれも大変有意義な出張であった.出張先での議論や研究打ち合わせにより新しい研究テーマおよび新しい結果を得ることができた.
著者
西村 聡生
出版者
上智大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

以下の4研究を行い、他者の行為に関連した表象が自己の課題遂行に及ぼす影響に関する研究成果を得た。1.他者の指差し行為を示す課題とは無関係な画像が、観察者の反応行為に及ぼす自動的な影響について検討した。指差し方向での観察者の行為の促進がみられた。また、左手での指差し画像は左手での、右手での指差し画像は右手での反応を促進したが、この効果器プライミングの生起には時間を要した。他者の行為を知覚すると、自己の課題遂行に対して、その行為の記号的な意味と行為に関連した身体特徴に基づく影響が同時に、異なる時間特性を示しながら独立して自動的に生じることを明らかにした。2.隣接する他者と分担して課題を遂行する場合の認知表象特性について検討した。呈示された刺激に基づき自分の側での単純反応を行うかどうか判断する課題においては、隣接する他者の課題や両者の行動タイミングの相補性によらず、他者がもう片方の反応を担当していれば、刺激が自分の側に呈示された方が相手の側に呈示された場合よりも反応がはやかった。-一方、両者がそれぞれ異なる2反応を担当し選択反応課題を行う場合には、相互の課題間干渉は観察されなかった。他者と隣接して課題を遂行する場合、他者の課題や行為者のタイミングではなく行為そのものが表象され、自身の反応位置を空間的に定義する基準となることで、自己の課題遂行に影響することが示唆された。3.知覚と行為の相互作用において、刺激の知覚が反応行為に自動的に及ぼす影響についての知見を整理し、知覚と行為の表象特性が課題遂行に影響するメカニズムを明らかにし、個人内相互作用と個人間相互作用との異同の解明のための基準を明らかにした。4.行為と知覚およびそれらをつなぐ課題ルールの表象特性に関して明らかにするために、構えの準備、ルールの実現、行動決定とその評価に関連する神経メカニズムについて機能的MRIを用いて検討した。
著者
トゥリン カーン デュイ (2013) トゥリン カーンデュイ (2012)
出版者
大阪大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012

元々の研究の目的は確率論を数論に応用することである。研究したいことは次の通りである : (1)ディリクレ列をスペクトルとするようなベシコビッチ概周期関数、一般ディリクレ級数の値分布, およびそれらの間の関係の研究、(2)臨界線上、あるいは臨界線の周辺での広義ディリクレ級数の極限分布の挙動の研究、そして(3)ランダム行列理論とそのリーマンゼータ関数の零点分布とモーメント問題への応用の研究。本年度には研究(3)を遂行するために、まずランダム行列理論とランダムな正則関数の理論を研究した。以下、得た結果を述べる。ウィグナー行列とは実対称行列で、対角成分と上対角成分がそれぞれ平均ゼロを持つ独立な同分布確率変数列であるときにいう。これらの確率変数はすべてのモーメントが存在することを仮定する。このランダムな行列は原子核のエネルギー準位の研究で1950年代にウィグナーが導入したものである。ウィグナー行列の経験分布が確率で半円分布に弱収束することをよく知られ、ウィグナー半円法則と呼ばれる。この結果はランダムな行列理論の出発点として考えられる。経験分布のモーメントは中心極限定理を満たすことも知られる(V. L. Girko 1988とG. W. Anderson & O. Zeitouni 2006)。私はウィグナー行列の経験分布ではなくスペクトル測度を研究した。スペクトル測度の性質は経験分布の上記で述べた性質はほとんど同じである。違うところは経験分布のモーメントの中心極限定理の極限分布は行列の成分の分布を依存しないが、スペクトル測度に対しては行列の対角成分の分布に依存する。証明方法はYa. Shinai&A. Soshnikov 1998の論文の手法を用いる。これらの結果は新しくて、ガウス型アンサンブルのスペクトル測度の分布に応用することができた。
著者
今井 正司
出版者
早稲田大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

本年度における研究テーマは、発達障害児における注意制御機能の促進が学習課題遂行に関する認知と感情に及ぼす影響について検討することであった。具体的には、認知神経課題を用いて注意制御機能を促進することで、学習への取組みに必要な「集中力」「達成動機」という認知的側面を向上させ、「イライラ感(怒り)」「無力感」などの感情的側面を自己制御できるようにすることであった。成人を対象にして行われた注意制御機能の促進に関する研究においては、「注意制御機能の促進は、メタ認知的な対処方略を活性化させ、感情制御能力を高める」という知見が得られている。本研究は、これらの研究知見を学習に対する困難さを抱えている児童に適用した神経教育学的アプローチという新たな視点に基づく試みであった。研究の結果、注意制御機能の促進は、集中力や達成動機に関する能力を向上させ、課題遂行に伴うネガティブな感情を制御する効果が示された。特に、課題遂行に伴う「イライラ感」や「衝動性」の制御において効果がみられ、学校生活場面においては、攻撃行動の低減(自己抑制)が顕著に示された。しかしながら、「全問正解しなければ意味がない」などの「過度な完全主義的認知」を有している児童の場合には、注意制御機能とは別の認知機能にも焦点を当てる必要性が課題として示された。神経教育学的アプローチに基づく本研究においては、学校適応の基盤となる認知・感情・行動に関する制御機能の獲得促進に関する具体案と根拠が示されたといえる。今後は、本研究で得られた知見を、特別支援教育において有益な実証的知見を蓄積している応用行動分析的アプローチに組み込むことで、さらなる効果を期待できることから、教育臨床的に意義が高い研究であると言える。
著者
安達 大輔
出版者
北海道大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

研究最終年度にあたる今年度は、ロシア・ロマン主義文学を、同時代に開発された写真と比較して読み直す研究を行った。その一環として、2011年6月から7月にかけてロシア・モスクワに滞在し、国立図書館でゴーゴリ作品の集中的な分析に取り組んだ。また同年10月から11月のモスクワ滞在では、ロシア・ロマン主義と関係する思想家たちによるプラトン受容について研究をおこなった。こうした海外での調査を含む研究活動からは以下のことが明らかになった。前年度までに研究をおこなった、見えるものを無限に疑うロマン主義的な自己反省の運動は、記号とそれが指示する対象との結びつきが失われた時代において「かつてあった」はずのものを取り戻そうとする記憶のあり方と同じ思想的枠組みの中にある。同時に、「かつてあった」はずのものを「ロシア的なもの」と同一視するロマン主義的ナショナリズムからのゴーゴリ文学のずれも明らかにすることができた。すなわち、ゴーゴリ作品においてイデア的な「かつてあった」はずものは表象されることがないので、読者は記号からその指示対象を想像しては打ち消す行為を繰り返しおこなうように強いられる。絶対にイデアにたどり着かないことに起因する反省の強迫的な反復のうながしである点において、ゴーゴリにおける記憶のあり方は、プラトン的な想起からは隔たっている。それは20世紀初頭にベンヤミンによって近代的メディアである写真の特徴として指摘されたものに近づいている。両者ともに、記号が指示対象になる瞬間の反復可能性を保証することで、出来事が起きる現場へとテクストを読む者をたえず送り返すのである。そこではテクストが、ヴァーチャルな対象を再生産する装置として身体に接続されてゆく。この意味で、ゴーゴリはロマン主義文学の可能性を極限まで突き詰め、写真と共有される近代的なテクストと身体の関係を見いだしたと結論できる。
著者
池田 真弓
出版者
慶應義塾大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2011

平成25年度は、マインツのペーター・シェーファーの印刷所より出版された2部の挿絵入り本草書(1484年出版『ラテン語本草書』と1485年出版『健康の庭』)の図版の分析と制作過程の解明を進めた。これら2部は、同印刷所が初めて木版画を多用して印刷した作品であるのみならず、本格的な図版入り印刷本草書としてはヨーロッパ最初期のものである点で、重視すべき研究対象である。当年度は、本調査対象の基礎研究を中心に行った。まず年度前半に、国内で手に入る二次資料を用いた基礎調査を行った。さらに、8月と11月の2度にわたって渡独し、一次資料や、国内で手に入らない二次資料の調査を行った。現地では、マインツのグーテンベルク博物館付属図書館、ベルリン州立図書館、フランクフルト大学図書館で、それぞれ『ラテン語本草書』、『健康の庭』など、複数の一次資料や、貴重な二次資料などを調査した。この実地調査により、挿絵の彩色の特徴や、挿絵を担当した画家に関する知見を広めることができたほか、『ラテン語本草書』の編纂者特定につながり得る貴重な情報を得ることができた。また、ベルリン州立図書館の研究員との面会が実現し、研究に関する情報交換を行った。本研究でこれまでに挙げた成果については、まず11月に、マールブルク大学美術研究所主催の学会Nraturwissenschaft und Illustrationen im 15. und 16. Jahrhundertにて発表を行った。そこで得られたフィードバックをもとに、12月には慶應義塾大学主催の国際シンポジウム「写本および初期刊本におけるテクストと挿絵―比較研究の試み―」でも研究発表を行った。
著者
三浦 収
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

本研究の目的は、宿主と寄生生物の相互作用に着目して、進化生態学の重要課題である生物多様化機構を解明することである。本年度は、前年度に得たアメリカ熱帯地方のデータの補強と日本で得た宿主(Cerithidea)と寄生虫(二生吸虫)のデータ解析を行い、太平洋を挟んだアメリカ-アジア間で生じた宿主の種分化が寄生虫の多様化に及ぼす影響を明らかにすることを目標とした。まず初めに、日本のCerithideaに感染している寄生虫相を明らかにするために、日本に生息する5種のCerithideaの解剖実験を行った。その結果、合計32種の寄生虫を得ることができた。これらの寄生虫とアメリカの寄生虫との関連性を分子系統学的な手法を用いて比較したところ、アメリカとアジアの寄生虫は比較的古い時代に分化していたことが明らかになった。特に注目すべき点として、アジアに生息するCerithidea largilliertiはアメリカに生息するCerithideaと近縁な関係にあるにも関わらず、その寄生虫はアジアで見つかった他の巻貝に感染する寄生虫に遺伝的により近縁であることが明らかとなった。このことは、太平洋はこれらの寄生虫にとって越えることの難しい障害であることを示すと共に、C.largilliertiに感染している寄生虫はアジアの他の巻貝から寄主転換をしたことを示している。これらの結果は、地理的に大きく隔てられている集団間では共種分化よりも寄主転換が二生吸虫の多様化に大きな影響を及ぼす可能性を示唆している。
著者
近藤 宏
出版者
立命館大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2011

2012年度は、博士論文提出を目標に研究活動を進めた。博士論文の構成を踏まえ、学会発表、論文執筆ではそれぞれ異なる主題を取りあげた。またそれらの報告/論文は、これまでにおこなってきた現地調査に基づく研究成果でもある。申請者の成果は、大きく分けて二つの議論に分類できる。ひとつは、現地特有の植物・動物と人間の関係性の在り方に関する民族誌学的な考察である。こうした議論については、南米低地先住民に関する人類学という学問領域における近年の国際的な議論(主に英語、フランス語で書かれたもの)を参照しながら考察、記述を進めた。もうひとつは、をはじめとする中南米先住民の同時代的な状況に関する、開発学や政治学の領域における議論と現地の状況を結ぶ記述・考察である。先の民族詩学的な考察は、現地に特有の視点と関係性の記述するためのものだが、こちらは現地に特有な生活様式に由来しない様々な観念や実践を導入する枠組みと現地の生活との関係に焦点を当てるための議論である。こちらについてはスペイン語圏における政治学の議論等も参照する必要があった。人類学という領域に限定されず、異なる学問領域における、国際的な議論を参照しながら研究を進めた。これらの内容は、学会報告や論文の形式で発表した。
著者
高梨 弘毅 YANG Fujun
出版者
東北大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

前年に引き続き、B_4Cにスピン注入するための高スピン注入源としてのハーフメタルホイスラー合金薄膜の作製を行った。通常、強磁性材料のスピン偏極率を評価するためには、トンネル磁気抵抗素子などの磁気抵抗から評価するか、アンドレーフ反射やトンネル分光を用いる方法や光電子分光などの方法が用いられる。本研究では、強磁性体の一般的な磁気抵抗効果として知られる異方性磁気抵抗効果(AMR)を用いて、スピン偏極についての情報が得られるのかについて評価した。Co_2MnSiやCo_2FeSi等のホイスラー合金を合金組成や熱処理温度を変化させて作製し、そのAMR効果を系統的に調べた。その結果、Co_2Fe_xMn_<1-x>Si合金薄膜では、x<0.6以下のときにAMR比の符号が負となり、それ以上では正となることを見いだした。古門らによる理論モデルによれば、AMR効果の起源となるsd散乱がs↑からd↑の場合はAMRの符号が負になるが、s↑からd↓だと正になることが報告されている。すなわち、Co_2Fe_xMn_<1-x>Si合金においてはx>0.6において、ハーフメタルギャップ中のフェルミ準位上にd状態が現れるために、AMR効果が正に変わったと推測される。この結果は、第一原理による状態密度計算とも非常に良く一致するものであり、AMR効果からハーフメタル性を検証できる可能性を示唆する成果である。AMR効果は面倒な微細加工プロセスや高度な評価技術が不用な簡便な電気測定で評価できることから、新たなハーフメタル材料探索に応用されることが期待される。
著者
池田 貴子 (原島 貴子)
出版者
慶應義塾大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

本研究は、英国チューダー朝初期という変革期-すなわち、人文主義の芽生え・宗教改革・写本文化から印刷文化への移行などの変化のあった時代-における、歴史叙述・時間意識の表象の問題を取り扱っている。人文主義の印刷業者John Rastellが自著出版したThe Pastyme of People(1529-30)を中心に、チューダー朝初期年代記の形態(叙述および挿絵・レイアウトを含めた書物の構成要素)を分析し、一つ一つの年代記の頁に表出する歴史観・時間意識について考察を続けてきた。各種の年代記を精査するなか、本年度は特にLondon Chronicles伝統に注目した。これまでの調査の総括より、中世を通じて主に修道会などの聖職者による制作が盛んであった状況が徐々に変わり、ことにチューダー朝初期には年代記の形態やジャンルの意識にも変化が生じていたことが分かってきた。London Chroniclesとは、15世紀以降に盛んになった市民による歴史叙述で、現在も多数の写本が伝わっている年代記を総称して学者が呼んだもので、作者不詳のまま、市民階級の書き手によって叙述が引き継がれていった特色がある。写本間で、内容と形態(本文構成・パラテクスト要素)に共通の要素も認められている。そして調査からは、それらの伝統と一見無縁のような印刷本の年代記の中にも、様々な形でその影響の継続性と変質の模様がうかがえた。本研究は、John Rastellおよび息子の印刷業者のWilliam Rastellがそこに果たした役割を明らかにした。このような、15世紀のLondonChronicles伝統の成り立ちの過程、さらに16世紀における変容は、ルネサンス期の英国文学研究において極めて重要な歴史的背景を与えるにも関わらず、未だ殆ど注目されていない。本研究の成果が公表されることで、状況打開へ向けての一石を投じる意義が期待されよう。
著者
宮内 肇
出版者
大阪大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2011

年度の前半は、昨年度に中国広州で収集した同テーマに関する史料の読解および分析を行った。同収集史料は、1920年代前半期に中国共産党が広東各地で農民運動を展開した時期のものである。これまでの研究は、中共あるいは中共に参加した農民運動の指導者によって作成された史料を利用したものが多かったのに対し、収集した史料の多くは、農民運動による打倒の対象となった紳士や郷紳と呼ばれる地域社会の指導者が、民団と呼ばれる地域の自衛組織に関する史料や、土地の権利や境界といったトラブルを仲裁の報告書であった。その多くが手書き史料であったために、読解には一定の時間を労した。また、8月25日から9月1日まで、広州の広東省立中山図書館の古籍部を訪問し、補足的な史料収集を行った。年度の後半には、上記の史料を用いて、同時期の政権が展開した民団政策と実態としての民団との関係についての論文執筆に取り掛かった。概要は以下の通りである。1923年に開始された民団政策は行政区画(県・区・郷)を基準に民団を組織し匪賊盗賊からの自衛を規定した。しかし、実際に組織された民団の多くは、宗族を基盤として組織され、郷村を自衛するというよりも、自らの宗族の保護や維持、さらにはその影響力を拡大させようとする意識が強かった。その結果、政策としての民団と実態としての民団との間には齟齬が見られた。一方、これまで、民団とは対立関係にあったとされた同時期の農民運動により組織された農民協会も、郷村内の大姓によって構成され、さらに、その中には郷村内での紛争を民団に持ち込み解決をはかった事例などが見られた。すなわち、両者は必ずしも対立関係にはなかった。1920年代半ばの珠江デルタの郷村社会における宗族結合は、依然として強固であり、郷村民にとって信頼に足るものとして一定の役割を果たしていた。
著者
黒田 裕 ISLAM MonirulMohammad ISLAM Monirul Mohammad
出版者
東京農工大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

現在のところワクチンもないデング熱は、東南アジアの広い地域で公衆衛生上の問題となっている。デングウイルスは、DEN1~4の4種類の型に大別され、それらのエピトープ領域とウイルス型に対する抗体の特異性を解明する事は重要な研究課題である。本計画では、抗体認識の特異性に直接関わる可能性が高いデングウイルスのエンベロープ糖タンパク質(以下、Eタンパク質)の第3ドメイン(以下、E3D;96残基)に注目し、その変異体解析を行い、抗体認識機構(及び部位)を分子レベルで解明する。平成23年度では、デングウイルス3型及び4型由来のE3Dを、pET発現系を用いて大腸菌で発現し、通常の精製法(ニッケルレジン、HPLC)で、高純度に精製した(培地1L当たり30mgの収量)。高純度に精製した3型E3D及び4型E3DのX線結晶構造をそれぞれ、1.8Åと2.2Åの分解能で決定し、座標をPDBに仮登録した。さらに、3型E3D、4型E3Dに対するポリクロナル抗体を作製した。また、3型E3D及び4型E3Dの抗体認識部位の数残基を互いに入れ替えた変異体(Epitope Grafted Mutant; EGM)を8種類構築し、大量発現し、精製した。現在、EGM変異体とE3Dを型特異的に識別する抗体の相互作用をElisa法で解析中である。これらの相互作用解析の結果を上記の高分解能X線結晶構造と比較することで、抗体のウイルス型特異性の物理化学的な解明が期待される。
著者
渡辺 創 ATTRAPADUNG Nuttapong
出版者
独立行政法人産業技術総合研究所
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

本研究の目的は、今後、来たるユビキタス時代においても、高い安全性を持つ高機能的な暗号方式を提案することである。具体的に「汎用的結合可能性を持つ高機能な公開鍵暗号」を提案することにある。本研究では、安全性の理論的な定義を探ることから始め、具体的な構成方法を提案し、その実装も行い、現在利用されている暗号プロトコルとの比較を理論面、実験面から行う。結果としては、次のように述べられる。1.「放送型暗号」と「追跡可能機能」の組み合わせ方式を提案し、その安全性を理論的に証明した。この提案方式の応用例の一つとして、次世代DVDシステムのコンテンツ保護が考えられる。具体的には、ある次世代DVDデコーダー(再生機)の秘密鍵が漏洩し、新しいパイレーツデコーダー(海賊版再生機)がその鍵を用いて作られた状況においても、もし、このパイレーツデコーダーが一つでも発見されれば、「追跡可能機能」によってどの鍵から作られたかを判断することができ、「放送型暗号」の機能でその鍵を無効化することが可能となる。このような研究は近年さまざまな研究者によって提案されているが、今回の提案方式が理論的にもっとも効率の良いものとなっている(平成20年4月現在)。この結果は「Fully Collusion Resistant Black-Box Traitor Revocable Broadcast Encryption with Short Private Keys」という題名の論文で、国際学術研究集会「International Colloquium on Automata, Languages and Programming(ICALP2007)」で発表を行った。この研究はNECの古川潤博士との共同研究である。2.「放送型暗号」と「属性に基づく公開鍵暗号」を組み合わせた方式である「Broadcast-Conjunctive Attribute-based Encryption」の概念と理論的な安全性を定義し、具体的な構成方法を提案し、その構成方法の安全性も理論的に証明した。「属性に基づく公開鍵暗号」は属性情報による柔軟なアクセス制限を定義できる公開鍵暗号で、暗号化された共有データベースや、柔軟なアクセス制御機構をもつコンテンツ配信など、幅広い応用が考えられる。しかしこれまでは、本プリミティブにおいて漏洩した鍵を無効化できる技術が提案されていなかった。今回の提案方式はまさにこの問題を解決する技術である。この結果は「Broadcast-Conjunctive Attribute-based Encryption」という論文で、国内学会の「2008年暗号と情報セキュリティシンポジウム(SCIS2008)」で発表を行った。現在は国際会議と国際誌に投稿の準備をしている段階である。採用期間中のその他の結果は「Efficient Identity-Based Encryption with Tight Security Reduction」という論文が「IEICE Transactions90-A(9)」という英文論文誌に採録された。