著者
柴田 義貞 ZHUNUSSOVA Tamara ZHUNUSSOVA T.
出版者
長崎大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2005

カザフスタン共和国のセミパラチンスク核実験場周辺地域住民における放射線被曝の影響を明らかにすることを目的として、乳がんの症例対照研究をセミパラチンスク市内にあるがんセンターとの共同研究として開始した。対象者は、1935年から1962年までに生まれ、核実験場周辺に在住する女性のうち、1980年から2005年までに原発性乳がんの診断された患者(症例)と、1症例に2人を年齢でマッチさせて選択した対照である。事前にがんセンターと緊密な連絡をとり、症例約100名と対照約200名のリストを作成し、2005年8月上旬に約1週間をかけて現地の診療所を回って面接調査をした結果、85人の症例と163人の対照から、居住歴、現在の生活状況、がんの家族歴、妊娠・出産歴、哺乳、食事、飲酒、喫煙、職業などの情報を得た。本年度は,これらの対象者の被曝線量推定のため、現地を訪問して居住歴の追加調査を行うとともに、対象者が居住していた村の緯度、経度、高度を測定した。これらのデータを日本に持ち帰り、国内研究者の協力を得て、対象者個人の被曝線量の推定を開始し、対象者の67%(166人)について被曝線量の推定が完了している。推定被曝線量は0-954.7mGyにわたっており、分布の25%点、50%点、75%点はそれぞれ0mGy、0.25mGy、30.7mGyであった。残りの対象者について、引き続き線量推定を行っている。
著者
黒木 宏一
出版者
九州産業大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

本研究の実績の概要は次のとおりである。なお、以下の論文等の番号は「平成20年度科学研究費補助金実績報告書」の「11.研究発表」の記載順に従って付した。本研究の目的は、佐賀県の陶磁器産業についての生産・流通構造を解明し、加えて陶磁器需要構造を把握することで、今日におけるこの産業の構造の全体像を供給面および需要面から把握することであった。第一に、消費需要についてアンケート調査による意識調査を実施し、消費者意識の分析を行った。アンケート調査は、福岡都市圏(消費地)の消費者、佐賀県有田町・伊万里市(生産地)の消費者および窯元(生産者)に対して行った。単純集計結果に基づく考察を行い[論文1]として、クロス集計結果に基づく考察を行い[論文2]として、多重分類分析技法を用いた因果分析を行い[論文3]としてそれぞれ公刊した。また、これらの論文は[学会発表1]で口頭発表した。第二に、陶磁器需要については、共分散回帰分析技法を用いた地域特性効果および期間特性効果をそれぞれ導出し、それらのデータ分析を行い[論文4]として公刊した。第三に、陶磁器生産量が拡大する直前の1976〜1984年とバブル期以降にあたる1998〜2007年を計測期間としてCES生産関数等を計測し、生産構造の特徴の比較考察を行い[論文5]として公刊した。また、同論文は流通構造に関して言及した。第四に、[論文1]から[論文5]は加筆修正の上で体系付けを行い[図書1]として公刊した。本研究の成果は、生産者や流通業者にとって貴重な資料となると考えられる。また、それのみならず、大学・大学院の陶芸家養成のカリキュラム(教育課程)において、消費者(需要サイド)の意識がどのようなものか、あるいは生産構造がどのような特徴を有しているかを知るうえで貴重な資料になることが期待される。
著者
久我 健太郎
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

イッテルビウム系の重い電子系では初の超伝導体であるβ-YbAlB_4に見られる新しい量子臨界現象を理解するために、それと同組成で結晶構造の異なるα-YbAlB_4に鉄元素をアルミニウムサイトに置換し、その置換量を調節することにより磁気秩序を誘起することを試みた。その結果、磁気秩序の発見だけでなく、実際にSPring-8での測定に参加し、20Kにおけるイッテルビウムイオンの価数が、特に1%程度の鉄をドープした場合に大きく増加することを発見するという興味深い成果を上げることができた。室温における粉末X線回折から、価数の急峻な増加が起こる組成域において、格子定数も大きく減少することが分かり、その減少は価数の急峻な増加との関連が予想される。低温から室温にわたる温度範囲で価数が急激に増加することから、その価数の急劇な増加は非常に高いエネルギースケールを持っていることが分かる。また、このα-YbAlB_4の鉄ドープの詳細な極低温物性測定から、価数の急峻な変化が起こる組成域において、超伝導体であるβ-YbAlB_4でみられる振る舞いと酷似する量子臨界現象を発見した。これらの発見は、これらの系における量子臨界現象に反強磁性揺らぎのみならず、価数揺らぎが深くかかわっていることを示し、従来のスピン揺らぎによるものと異なり、質的に新しい量子臨界現象であることを示された。この成果から、量子臨界点の価数に関わる研究の発展が大いに期待される。
著者
日下部 元彦
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

宇宙背景放射の観測から推測されるバリオン密度に対して標準ビッグバン元素合成理論が予言する^7Liの存在度が、昔できた星で観測される存在度と一致しない問題がある。この問題の原因として、強い相互作用をするエキゾチックな重い長寿命粒子の効果が可能性として考えられる。宇宙初期に色を持つエキゾチックな重い長寿命粒子(Y)が存在すると、色の閉じ込めにより、強い相互作用をするエキゾチックな重い粒子(X)に閉じ込められると考えられる。Xの組成は、宇宙初期のクオーク・ハドロン相転移後に、2つのX粒子の衝突に付随する対消滅で減少する。X粒子は通常の原子核と束縛状態を形成し宇宙の軽元素組成に影響を与え得るのだが、その影響は宇宙で元素合成が起こる時期のXの存在度に依存する。今年度は、強い相互作用をするX粒子に閉じ込められる、色を持つY粒子の共鳴散乱を通した対消滅を研究し、Xの存在度について知見を得た。宇宙での2つのXの衝突の際に、YとY(Yの反粒子)で構成される共鳴状態を経由してY粒子の対消滅が起こると仮定し、Yの初期組成、質量、Xのエネルギー準位、YY共鳴状態の崩壊幅をパラメターとした時の対消滅率をモデル化してXの最終組成を計算した。採用した設定での結果として、X粒子の存在度は従来の見積よりも著しく大きくなる場合がある一方で、有意に小さくなる場合はなかった。最終組成の計算結果は、^7Liの組成が減少したり、^9BeやBの組成が増大したりするのに必要な量の見積値に達している。Xの最終組成は、相転移の状況に依存する可能性がある。粒子が軽元素組成に与えた影響が観測的に確かめられれば、相転移に関する情報を軽元素の始原組成から引き出せる可能性がある。将来、このように相転移の痕跡を調べられる可能性を指摘した。
著者
佐々木 貴教
出版者
東京工業大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

本研究課題では、地球型惑星の大気および表層環境について、その形成と初期進化を理論的手法によって議論する。初年度に初期金星大気の進化についての結果が得られたので、前年度からはより一般的な地球型惑星に着目して研究を進めた。近年発見が相次いでいる太陽系外の地球型惑星、および巨大な地球型惑星(スーパー地球)について、その系の特徴が木星・土星の衛星系の特徴と類似している点に注目し、巨大ガス惑星周りの衛星形成についての研究を行った。具体的には、惑星形成モデルを衛星形成に適応することにより、木星・土星の衛星系(ガリレオ衛星・タイタン)の形成過程を計算した。計算の結果、衛星形成環境の違いから、木星・土星の衛星系の特徴の違いが自然に説明されることが明らかになった。また近年注目されている原始惑星系円盤内での氷境界の移動について、その表式を惑星形成モデルに組み込み、様々なパラメータの下で形成される地球型惑星の特徴について見積もった。その結果、氷境界の移動を考慮すると極めて水に富んだ地球型惑星しか作ることができないことが示唆された。以上の結果は、太陽系やスーパー地球系の形成過程の違いにも重要な示唆を与えており、今後一般的な地球型惑星の形成・進化の議論が大きく進むことが期待される。また巨大ガス惑星周りに形成される周惑星円盤の特徴を議論することで、原始星周りに形成される円盤についても新たな知見が得られている。これも地球型惑星の形成環境を議論する上で非常に重要な結果である。以上の成果について、複数の論文および学会において発表を行った。
著者
堀 裕次
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

Arl13bはArf/Arlファミリーに属する低分子量G蛋白質であり、近年の順遺伝学的手法を用いたスクリーニングにより、その欠失により繊毛の形態や機能に異常を生じることが明らかとなってきた。ヒトにおいてもArl13bの変異が繊毛性疾患であるジュベール症候群を引き起こすことが知られている。これまでに申請者らは、哺乳動物細胞および線虫を用いた解析により、Arl13bがN末端側に受けるパルミトイル化修飾により繊毛の膜に局在し、繊毛内物質輸送システム(IFT)を介した繊毛の正常な形成および機能に関与することを見出していた。本年度はArl13bの繊毛への局在化メカニズムの解明を試み、Arl13bのパルミトイル化酵素の探索を行った。その結果、Arl13bがゴルジ体に局在するパルミトイル化酵素によってパルミトイル化される可能性を見出した。そこで培養細胞を用いてゴルジ体からの小胞輸送系を阻害したところ、Arl13bの繊毛への局在量が減少し、代わりにゴルジ体に集積する様子を観察した。実際にゴルジ体からの小胞輸送系を遺伝子発現抑制法により阻害しても、Arl13bの繊毛への局在量が減少したことから、Arl13bがゴルジ体でパルミトイル化された後、小胞輸送系を介して繊毛へと運ばれている可能性を見出した。今後Arl13bの機能および局在化メカニズムのより詳細な分子基盤を探ることにより、繊毛の形態維持機構や繊毛性疾患の発症機構が明らかになることが期待される。
著者
川島 秀一 YONGQIN Liu LIU Yongqin
出版者
九州大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

消散構造を有する非線形偏微分方程式に対し、その線形化方程式の基本解に基づく安定性解析と、様々な非線形波の漸近安定性に関する組織的な研究の展開を目指して研究を進め、次のような成果を得た。1.記憶型の消散効果を考慮した板の振動方程式の初期値問題を考察した。その消散構造が可微分性損失型であることを確認し、Fourier空間での各点評価を示すことで線形解の減衰評価を示した。また、Fourier-Laplace変換により基本解を構成するとともに、対応する解作用素の減衰評価を利用することで、半線形問題の時間大域解の存在とその最良の減衰評価を示した。可微分性損失型の消散構造の解明に寄与する成果である。2.記憶型の消散効果を考慮した線形Timoshenko系の初期値問題を考察した。その消散構造は、系の持つパラメータの値により標準型にも可微分性損失型にもなり得ること、いずれの場合も摩擦型消散効果を取り入れた場合に比べて消散構造がより脆弱であることを示した。また、Fourier空間でのエネルギー法を適用することで、解のFourier空間での各点評価を示すとともに、対応する最良の減衰評価を示した。さらに、Fourier-Laplace変換により基本解を構成し、付随する解作用素の減衰評価を与えた。記憶型と摩擦型の消散効果の違いを明らかにした点に意義がある研究成果である。
著者
中島 淳 SHAFIQUZZAMAN MD
出版者
立命館大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

飲用地下水の砒素汚染は世界規模の環境問題であり、バングラデシュ、インド西ベンガル、中国、タイ、ベトナム等々で報告されており、バングラデシュだけでも4,000万人以上が汚染地下水を飲用しているといわれている。これまでの研究で、鉄酸化バクテリアと鉄を利用したハイブリッド型砒素除去フィルターを開発したが、今年度は、これまでの研究成果を発展させ、以下を明らかにした。(1)フィルターの適正な維持管理手法砒素除去装置をバングラデッシュの砒素に汚染された地域に設置し、その性能を1年以上調査した。雨季には使用を休止した家庭もみられたものの、1年後においても砒素除去性能が維持されていた。手によるフィルターの簡易洗浄だけで、1年間の運転は可能と考えられた。また、鉄網の使用期間は1年間程度であるといえる。(2)フィルターを用いた持続可能な水利用システムの構築現地のNGOおよびクルナ工科大学と議論をし、クルナ市郊外の農村住民を対象とした砒素除去フィルターの普及方法を検討した。その試みとして、現地NGOのトレーニングセンターを使用して、砒素除去フィルターの製作と使用および維持管理に関するワークショップを開催し、NGOのモビライザーを中心とした参加者が、フィルターを製作した。すべて現地の材料と施設で、砒素除去装置の製作が可能であった。また、砒素除去性能の信頼性を高めるために、妨害物質のシリカの影響についても検討したが、現地濃度は影響を与える濃度レベルにはなかった。
著者
羅 翠恂
出版者
早稲田大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

本年度の研究では、四川地域の成都盆地東部に集中する晩唐期の千手観音像を主たる研究対象とし、これらの像が、腹前で阿弥陀の定印を結ぶことを筆頭に、四川地域における中唐期までの造像と異なる特徴を示すことに着目した。千手観音関連の経典では、千手観音を信仰しそのダラニを唱える者が「いかなる浄土にも往生できる」という功徳を説くが、弥陀定印をはじめとする晩唐期の造像に見られる特徴が、数ある浄土の中でも特に阿弥陀浄土への往生を願う信仰と結びつくものである可能性について、同時期の四川地域における仏教信仰の動向に鑑みながら探ることを目的とした。そのためまず、これまで未見であった四川地域東部に残る晩唐期の記年作例3件を調査・撮影した。またこれに加え、イギリス、大英博物館並びにフランス、ギメ東洋美術館にて、敦煌莫高窟蔵経洞から発見された絹本や紙本の絵画(所謂「敦煌画」)晩唐期の千手観音像10件あまりの調査・撮影を行った。これらは、四川と並んで千手観音像の多い敦煌地域に残る作例の中でも、晩唐期から五代にかけての記年作例が含まれる重要な作例群である。本年度の調査結果と昨年度までに収集済みのデータを合わせた結果、四川地域に残る唐~宋代の千手観音像に関しては、全ての記年作例と、報告や論文から把握できる作例のほぼ全件を網羅することができた。このため、記年作例が少ないことから年代比定が困難とされてきた四川地域の作例に関して、おおよその年代比定を行うことが可能となり、時代ごとの形式変遷を把握することができた。また、大英博物館とギメ東洋美術館所蔵の作例に関しても、実地調査を行うことで持物や眷属の種類や位置を具体的につかむことができ、四川の作例を分析する上での手がかりを得ることができた。
著者
高橋 大輔
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2011

本研究は、進化的時間スケールにおける形質進化と群集構造との関わりを明らかにしようというものである。本研究では食物網構造に注目し、計算機モデルを用いて捕食被食関係の進化的構築過程を解析する事で、進化的時間スケールにおいて個々の個体への選択圧が群集という大規模な構造に対して及ぼす影響を明らかにする。特に、これまでの解析で群集内の種多様性が急激に変化しうる事が観察されており、群集内での相互作用の進化に伴った多様性の増大及び減少過程がいかなるプロセスによってもたらされているかを明確にするというものであった。先年度までに、生産者及び植食者という栄養段階の低い種の動態が群衆全体の動態に強く影響している事が観察されていた。植食者の出現によって多様な群集の進化は開始し、植食者の絶滅が生産者間の競争を介して群集全体に伝搬する事で崩壊が開始する。本年度の研究ではさらにシミュレーションを増やし、より多くのパラメータにおいて同様な動態がみられる事を確認し、提案しているメカニズムの頑健な事を確認し、投稿論文とした。また、個体群動態の理論研究では複数の個体群が移動分散によって接続されたときに動態は異なる事が知られている。このため群集間の移動を考慮した場合も同様の結果をもたらすかどうかを拡張したモデルで検討した。結果、一方の群集にのみ天敵を持つ種が存在し、この種が他方の群集から移入することで群集は常に撹乱を受けるため、複雑な群集は群集間の移動が稀な場合に特に不安定化した。上記研究は、進化的時間スケールにおいては群集内の多様性はきわめて複雑な挙動をする事、またそのメカニズムを理解するためには進化生態学的観点からアプローチが不可欠である事を示した。本研究では個体ベースの進化モデルを用いる事で群集動態と進化動態を統一的に扱い、実際に観察される捕食被食関係の進化のさらなる理解に貢献できた。
著者
井上 誠章
出版者
三重大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2003

イセエビは千葉県以南の本州の太平洋側,九州沿岸,種子島,奄美大島,屋久島,韓国の済州島および台湾北岸に生息する重要な漁獲対象種である.このイセエビの親個体群構造に関しては,以下の2つの仮説が考えられた.すなわち,1)全くランダムに混ざり合って各々の水域に分散して着底するのか,それとも,2)特定の水域にあるまとまりを持ってプエルルス幼生として着底するのかである.上記いずれの場合においても,今後イセエビの合理的な資源管理を行うためには,イセエビの親個体群構造を把握することは必要不可欠であり,かつそれを把握することは上記のフィロゾーマ幼生の輸送・分散経路を含んだ幼生加入過程のさらなる解明の糸口になる.昨年度までの結果を踏まえて,五島列島,三重および千葉よりそれぞれイセエビ成体サンプルを採集し,それらのmtDNAのCOI領域を解析した.この結果,前年度までの予想どおり,イセエビの親個体群は大きくはひとつの個体群を形成することが明らかになった.これらとあわせて,黒潮流路とイセエビの漁獲量変動との関係の調査を行った.その結果,各県の漁獲量の変動より,本邦のイセエビは,潮岬以西と以東の2つのグループに,すなわち九州を中心したグループと三重,静岡および千葉の3県によってまとめられるグループに分割できた.これらの結果からは,イセエビは遺伝的に均一な大きな一つの個体群を形成しており,そのなかで潮岬以西と以東に分割できるような地域個体群が存在するという結論が引き出せる.
著者
岩尾 慎介
出版者
立教大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2011

本研究において、特異なトロピカル曲線と、対応する超離散可積分系をしらべた。通常の可積分系の理論において、滑らかな曲線に対応するテータ関数を用いて得られる解を、準周期解と呼ぶ。ここで、元の曲線代わりに特異な曲線を用いると、その特異性の大きさに応じて、ソリトン解、多項式解、と、より特殊な解を得られる。以上の理論は、超離散可積分系においても、同様に成り立つと考えられる。実際、超離散KdV方程式・超離散戸田方程式・超離散KP方程式などの準周期解は、トロピカル曲線に付随するトロピカルテータ関数を用いて記述で出来ることが知られている。本研究では、超離散可積分系のソリトン解、多項式解を、トロピカル幾何の文脈で解くことを行った。この際、現れるトロピカル曲線は何らかの意味で「特異」なものになると期待されるが、純粋なトロピカル幾何学で知られている「特異トロピカル曲線」の定義では、上記の目標を達することは出来ない。本研究では可積分系の手法によって、新たな特異トロピカル曲線の定義を独自に導出した。具体的な手順は以下の通り:1.離散可積分系の「Lax方程式」を用いて、代数曲線の定義多項式を求める。この時、周期境界条件を課すと滑らかな曲線を得られることは古くから知られているが、周期境界条件を緩めることで、特異曲線があらわれるようにすることができる。2.得られた特異曲線を超離散化する。超離散可積分系への自然な応用が存在するという理由から、私はこちらの「特異トロピカル曲線」の定義のほうがより正当であると信じる。
著者
森田 憲一 ALHAZOV Artiom
出版者
広島大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

細胞膜計算システム(Pシステム)は、細胞内の物質の結合・解離や細胞間の物質の移動などを抽象化した計算モデルであり、自然計算(Natural computing)の一分野である。昨年度に続きこのシステムの諸性質、特に計算万能性に関する性質を明らかにするとともに、やはり自然計算の分野に属する可逆コンピューティングや保存的コンピューティングとの接点についての研究も行い、以下の結果を得た。1.Pシステム、特に多重集合書換システムと、それに対する可逆性の導入細胞膜が1つであるようなPシステムは、多重集合書換システムとして定式化できる。このようなシステムを計算万能性を保持したままどのように単純化できるかをいくつかの視点から明らかにした。一方、そのようなシステムに対して物理的な可逆性に相当する制約や決定性制約を加えた場合に計算万能となるための十分条件を与えた。2.可逆論理素子の計算万能性昨年度に示した、14種類の2状態3記号可逆論理素子がすべて計算万能になるという成果を大幅に拡張し、k>2の場合にはあらゆる2状態k記号可逆論理素子がすべて計算万能になるという結果を導いた。3.保存的セルオートマトンの近傍半径の縮小物質やエネルギーの保存則に相当する性質を持つセルオートマトンの近傍半径を1/2にまで縮小できることを証明した。これにより、この種のセルオートマトンも計算万能性を有することが結論できる。
著者
西川 智太郎 PARK Y-J PARK Young-Jun
出版者
独立行政法人農業生物資源研究所
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2011

アマランサスにおけるデンプン合成酵素遺伝子群の解明及びアマランサスの利用の高度化を目的として、以下の研究を実施した。1.アマランサスにおける低アミロース性の合成メカニズム解明:GBSSII遺伝子を確認することはできなかった.現在,デンプン呈色反応で低アミロース性を示す原因として,アミロペクチンの超長鎖の確認を進めている.A. cruentus(PI 433228)のSSSII,SBE遺伝子を同定した.SSSII,SBEは種子発達過程を通じて,貯蔵器官および非貯蔵器官において継続的に発現していた.世界各地に由来する68系統の子実用アマランサスのSSSIを同定し,GBSSIの多様性情報と合わせてそれぞれの種に固有な制限酵素認識配列を検索し,栽培3種の同定が可能なマーカーを作成した.2.低アミロース性品種の作出:M3栽培および調査を行い,これまでに早生性を示す3系統を確認した.今後,残りの系統の形質調査を継続して行うと共に,早生変異系統については早生形質の安定性について確認する.3.加工適性および食味試験評価:性質の異なるアマランサス(モチ性,ウルチ性,低アミロース性)の,生粉およびポップ粉の物性の違いを明らかにした.その結果,モチ性の生粉は小麦粉に非常に類似した特性を示し,小麦粉代替素材として利用できる可能性があること,モチ性ポップ粉は,水を加えてこねると小麦粉のパン生地のような状態になるため,パン加工やクッキーの生地等への応用できる可能性があること等を明らかにした。食味試験評価を,モチ性,低アミロース性およびウルチ性の3系統で,白米との混炊による食味評価試験を行った結果,低アミロース性の評価が高かった.今後嗜好性の高い品種を普及させることにより,消費者の利用拡大に繋がる可能性がある.
著者
佐々木 節 DOUKAS JASONANDREW DOUKAS Jason
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

昨年度までに高次元時空の回転パラメーターが一つの回転ブラックホールに関する性質がほぼ解明できた。そこで、今年度は複数の回転パラメーターを持つ高次元時空の回転ブラックホールの分析を集中的に行った。この解析は、現在稼働し始めているLHCなどの高エネルギー加速器実験での高次元時空理論に基づくブラックホール生成理論の検証にとって、極めて重要な意味を持つ。まず、5次元時空におけるde Sitter(またはanti-deSitter)空間中の回転ブラックホール上のスカラー場の波動方程式の一般表式を導いた。そして、それを変数分離し、その角度成分が角運動量は2つの自由度があるにも関わらず、1つの回転楕円波動方程式で表されることを示した。そして、回転パラメーターに関して摂動の6次までを解き、連分数法による数値解と比較し、摂動計算の精度を検証した。次に、漸近的逐次法によるブラックホールの準固有振動を求める方法の有効性について、とれまでの成果をまとめ、より統一した論議を展開した。特に、この方法が回転ブラックホールや電荷をもつブラックホールのどちらにも統一的に適用できることを示し、具体的にスピンが0, 1/2, 2を持つそれぞれの波動に対する回転ブラックホールの準固有振動をこの方法で求め、それらが以前に別の方法で求められた4次元回転ブラックホールの答えと一致することを確かめた。これにより、この方法の妥当性とその高次元回転ブラックホールに対する有用性を確認できたことは重要な成果である。以上の2つの成果は現在、それぞれ査読付き学術誌に投稿中である。
著者
孫 基榮 (2009) 李 鍾元 (2008) SON Key-young
出版者
東北大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

研究の結果として今Review of International Studiesという英字雑誌に一つの論文(Enemies Within? : Alliances, 'Internal Threats' and Comprehensive Security in East Asia)の掲載が決まって修正作業中です。この論文は人間安保次元で同盟にともなう問題を扱っています。同盟の結果から生じる色々な軍隊に駐屯と基地を囲んだ問題が同盟にいかなる影響を及ぼすかを把握するのに目標を置いています。今までの研究が同盟は外部的威嚇に備えるために形成されると見ているが本論文は内部的威嚇という概念を導入してこのような新しい威嚇が全般的な同盟関係にどんな影響を及ぼすかを調査しました。その結果、冷静以後の同盟関係は外部的そして内部的威嚇の相関関係で同盟の水準が決定されるという結果を導き出しました。もう一つの論文(Humanitarian Power : An Identity in the Making in post-Cold War Japan and South Korea)を完成してJournal of Asian Studiesという英字雑誌に送りました。この論文は冷戦後日本と韓国の海外派兵の形態に対して研究しています。その結果日本と韓国は同盟の義務や国際的災難にともなう人道的支援のために非戦闘兵の派兵を推進してきました。このような一貫した行動は今後日本と韓国が人道的国家というアイデンティティを確立するという結果を導き出しました。本研究の関連研究でJapan Forumという英字雑誌に一つの論文(Constructing Fear : How the Japanese State Mediates Risks from North Korea)の掲載が決まって今印刷中です。この論文は日本国家が北朝鮮の色々な威嚇に対してどんな危機管理形態を見せるのかを研究しました。その結果日本政府は北朝鮮のミサイル発射、拉致、そして不審船の問題を処理しながら市民社会と特にマスコミの影響を受けて日本を普通国家で作る側に政策の方向を定めたという結果を導き出しました。この過程で威嚇を恐怖で作る現代社会の色々な行為者などに研究の焦点を合わせました。
著者
石井 俊一
出版者
独立行政法人産業技術総合研究所
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

微生物燃料電池プロセスの高効率化に関する研究として、空気正極微生物燃料電池を用いて、下水処理場の実排水サンプルを用いた電気産生試験を行った。一年以上の長期運転の結果、約1~2週間の回分サイクルで、廃水中の有機物がほぼ完全に分解される事が分かった。処理水の水質評価を行ったところ、BODは2-6ppmまで分解され(分解率98%)、電子回収率は25%ほどであった。集積された電気産生微生物群衆の電気産生活性を解析したところ、負極の開回路電位は-250mV vs SHE、限界電流密度は、約800mA/m^2、電力密度は13mW/m^2となった。電気産生微生物の群集構造を16S rRNAによるクローン解析で解析した所、デルタプロテオバクテリアとバクテロイデテスが優占化していく事が分かった。これより、嫌気呼吸により生育するデルタプロテオバクテリアは、電極還元反応において重要な役割を果たしている事が示唆された。また、バクテロイデテスは、下水が有するさまざまな有機化合物を分解していると考えられる。これらの微生物は、電極還元反応に依存した生活を送っていると考えられる。廃水処理効率を向上するために、電気産生と処理時間の関連性を解析した。750Ωの外部抵抗による電流産生は約0.3mAであるが、回路をつなげない場合は、電流産生が起こらない。無電流条件での処理時間は、20日程度であり、電流産生により処理時間の短縮が見られた。また、ポテンシオスタットを用いて電極電位設定培養(+100mV vs SHE)を行うと、電流産生量が約4mAまで上昇した。その結果、処理時間は4日まで短縮され、電子回収率は60%まで上昇した。微生物燃料電池の内部抵抗は、装置の改良により、小さくする事が可能である事が知られている。よって、より高速な電極還元菌の集積を行い、装置の内部抵抗を小さくする事で、処理時間の短縮が可能になると考えられる。
著者
久米 順子
出版者
東京外国語大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

夏季にスペイン・イタリアへの出張を行った。スペインではマドリード国立図書館やスペイン高等学術研究院人文社会科学研究センターなどで、イスラーム支配下の社会で生きたキリスト教徒であるモサラベに関して文献を収集した。イタリアではフィレンツェおよびローマの国立図書館などで、ロマネスク導入期のイベリア半島におけるローマ教皇庁の存在とその影響力に関する資料調査を行った。投稿を予定していたレオン・カスティーリャ王アルフォンソ6世没後900年記念の国際会議には、日程の面で都合がつかず、参加することができなかった。しかしそのためにまとめていた成果は、日本の雑誌論文として出版された。アルフォンソ6世の姉ウラーカによる美術のパトロネージ活動を取り上げ、宮廷と修道院の狭間で生きたこの王女が、西ゴート王国に連なるレオン王国の伝統の存続に力を尽くす一方で、イスラーム、北方のバイキング、フランスの諸侯や神聖ローマ帝国など半島内外の多様な異文化との接触体験を持ち、外来様式であるロマネスク美術の導入にも積極的に関わっていたことを示した。他には、昨年行った国際シンポジウムでの発表のうち1件が刊行された(残り2件については印刷中)。また、ロマネスク美術への移行期におけるマージナルな挿絵の特質を論じた欧文論文が1本、マドリードで刊行された研究論文集に掲載された。これらの成果によって、スペイン・ロマネスク美術の生成における異文化受容の田一端を明らかにすることができた。
著者
澁谷 渚
出版者
広島大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

全7章から成る本研究はザンビアの生徒の基礎的能力と高次的能力の向上をめざした数学の授業開発をおこない、その過程を教師、生徒、教材の三者の相互作用に着目して描くことが目的であった。これは数学学習達成度が低いと言われていながら、学習の過程や認知的側面が明らかになっていない途上国の現状を課題意識としてとらえるところから端を発したものである。本研究において基礎的能力は正の整数の四則計算能力を指し、高次的能力はパターン性の発見、探究、口頭や記述で数学的な見方を話し合うこと、そして授業開発は授業改善サイクル「計画-実施-評価(反省、改善を含む)」とすることを先行研究のレビューやザンビアや他の途上国の現状に鑑み設定した。今年度はザンビアにおける調査データから授業における三者の相互作用を浮かび上がらせるために授業の内実を掘り下げる分析を行った。分析では定量的授業分析と、数学の学習指導において教師と生徒の発話が活性化した場面を抜き出す定性的授業分析から、生徒の学びとそれを取り巻く指導、教材との関連性を論じた(第5章、第6章)。そこでは、先進的な教材の特性を教師が生徒の学習に合わせる形で用い高次な数学的能力の萌芽がみられる成功的な互作用と、対照的に基本とされる1桁の計算に生徒がつまづき、教師が従来型のアルゴリズムを強調する授業を展開したことで、教師中心型の授業に陥る様相の二つを生徒の学習過程とともに掘り下げた。本研究の成果は二点に集約される。・途上国の数学授業の内実を描き、授業における二つの対照的な教師、生徒、教材の経時的な相互作用をモデルとして示したこと・基礎的能力と高次的能力の同時的達成を途上国の授業で具体化したこと本研究の重要性は、国際協力の研究が見落としてきた教科の特性に注目した授業の内実を描き出し、生徒の学習の可能性と課題を事例ベースで描き、教育の質に関して貢献した点にあろう。
著者
林 正裕
出版者
長崎大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2004

深海生物を供試材料として深海環境を模した装置を用いて、高CO_2環境が深海生物に及ぼす影響を室内実験で把握する手法を開発し、その手法を用いて生物影響を調査することを主目的として実験を行い、今年度は以下の成果を得ることができた。1、深海魚のCO_2耐性を把握するために、底生性深海魚ザラビクニンCareproctus trachysomaを用いて、数段階のCO_2レベルでの曝露実験(水温2℃)を実施した。ザラビクニンの急性(72時間)致死CO_2レベルは、2%CO_2(CO_2分圧≒2kPa)であることが分かった。そして、ザラビクニンのCO_2耐性は浅海魚(ヒラメ・イシガレイ)に比べて弱い可能性があった。2、深海魚の生理機能に対するCO_2影響を調査するために、高CO_2環境下でのザラビクニンの呼吸頻度の変化を調べた。2%CO_2曝露によって、ザラビクニンの呼吸頻度は、曝露開始後3時間で曝露前の値31.6±5.2(N=3)回/minから18.7±5.0回/min(3時間)まで低下し、その後試験終了時まで上昇し続けた(72時間;27.0回/min(N=2))。これまでの知見において、ザラビクニン以外の全ての魚類で、環境水のCO_2増加に伴い呼吸頻度は上昇しており、高CO_2環境下において、魚類の呼吸頻度が低下した前例はない。3、魚類において呼吸や酸排泄を担う鰓の形態計測をザラビクニンで実施した。ザラビクニンの一次鰓弁長は5.1±0.6mm(N=4)、一次鰓密度は17.5±1.3本/cm、二次鰓弁表面積は0.090mm^2、二次鰓弁密度は13.9±0.8枚/mm及び鰓表面積94±24mm^2/gであった。4、ザラビクニンを高圧実験装置に収容し、高水圧下における心拍数の変化を調査した。ザラビクニンの心拍数は、常圧時の22.2回/minから20atmで26回/minに増加した。さらに40atmで27回/minになり、最終的に100atmで25回/minとなった。