著者
杉山 孝一郎
出版者
山口大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

平成22年度には、大質量星(太陽の8倍以上の質量)の形成メカニズムを解明するため、大質量星形成領域W75 North (W75N)に付随する6.7GHzメタノールメーザのVLBIデータ解析に着手した。W75NのVLBI観測は、大学連携VLBI観測網(JVN)を用いて2008年10月、および2010年8月に行われ、その2観測間での固有運動(視線方向に垂直な方向への運動)検出に成功した。W75Nのメタノールメーザは空間的には南北方向に伸びた楕円状の湾曲構造を示しており、その楕円上に直線的な視線速度の勾配が見られた。これは単純な回転円盤モデルに良くフィットし、その中心質量は約8太陽質量と算出された。今回検出出来た固有運動は、反時計回りの回転運動を示しており、視線速度情報を加えた3次元速度情報に対して膨張/降着運動を伴う回転円盤モデルを用いた3次元モデルフィットを行った。その結果、誤差の範囲内で膨張/降着を伴わない単純な回転運動をしていることが明らかになった。これは視線速度のみに対するフィッティング結果に矛盾していない。この結果は、形成中の大質量原始星の周囲に回転円盤が存在し得ることを強く示唆しており、形成現場の回転運動を固有運動として直接的に検出出来た希な観測例となる。さらに、他の大質量星形成領域からJVNを用いて検出された固有運動(Cepheus A:降着+回転運動、Onsala 1:膨張運動)との違いの要因についても議論した。原始星周囲のダストや電離ガスなどから検出される電波連続波放射と空間的に重ね合わせることで、運動の違いは大質量原始星の進化段階の違いで良く説明できることがわかった。これにより、多数のメタノールメーザ天体で同様な固有運動計測を行うことにより、大質量原始星の進化をメーザの運動として捉えられることを示すことが出来た。これらの研究の一部は、査読論文"Sugiyama et al. (2011), PASJ, 63, 53"としてまとめ発表した。
著者
與儀 剛史
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

本年度は、固体表面における光散乱測定のために、動的光散乱手法そのものの高精度、高感度化開発を行った。その際、測定対象として気体を用いた。それにより装置の性能評価がしやすくなるだけでなく、今まで手つかずの状態であった気体の低周波数域における熱フォノン研究が行えるようになった。はじめに低角光散乱における集光方式を新たに開発した。それにより、感度を失わずに熱フォノンスペクトルの測定誤差を減らすことに成功し、前方散乱においてピーク測定精度の向上、幅の定量的議論が可能となった。開発した動的光散乱装置を用いて、従来観察が十分に行われてこなかった、分子緩和による熱フォノン伝搬の変調を捉えた。さらにでは、上記で開発した動的光散乱手法をより改良することで、freon23,freon22ガスにおける並進-振動緩和によって熱フォノンピーク(ブリュアンピーク)の一部が、ゼロ周波数にピークをもつローレンツ型のモード(カップリングモード)として現れることを確認した。また、スペクトルを動的構造因子でフィッティングすることでえ緩和強度を求め、それらが熱フォノン分散から得られる値と一致することを確認した。ここで、熱フォノン測定または音波測定では、圧力又は測定周波数を変化させることではじめて緩和情報を得ることができるが、一方、カップリングモードスペクトルひとつからは、緩和情報を完全に得ることができる。そこで、各圧力下における緩和周波数、緩和強度をカップリングモードスペクトルから測定したところ、理想気体状態から明確なずれが現れる高圧においても、緩和定数は低圧下における値と一致することを確かめた。音波測定や熱フォノン測定では緩和定数の圧力変化を測定することができないため、このカップリングモード測定は、気体の緩和を詳細に知るための有力な手法と考えられる。
著者
井上 雅雄 (2005-2006) 渡辺 武達 (2004) LEE Hyangjin
出版者
立教大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2004

研究実績(1)申請者は本研究の期間中に行った約300人のアンケート調査と約80人に対するインテンシヴな面接調査を完了し、現在テキスト分析を中心とした研究報告を執筆中であり、既に4本の論文を研究成果として発表し、さらに4本を執筆中である。この執筆中のものには岩波新書が含まれる。以上の調査研究から明らかとなったことは、次の通りである。日本における韓流ブームは、中年女性たちによるある種のサイバー文化反乱と位置づけることができる。彼女たちは、家庭や職場という既存の生活枠を飛び出し、広範な社会的ネットワークを形成しつつ互に交流することで、起伏に乏しい平凡な日常を精神的・物的にも超えようとしている。この越境的文化行動は、高度大衆消費社会の重圧のもと、グローバライゼーションとローカライゼーションの同時多発的な進行とによって変化していく政治的・社会的・文化的環境条件に適応するための、自己救済的な努力といえよう。彼女たちの日常から喚起されるある種の喪失感、あるいは願望に伴う"ヒステリー"を癒す遊びとしての韓流は、自己実現・自己回復に向けた意志的な取り組みであり、アイデンティティの表現なのである。彼女たちは、「見えない市民」としてプライベートな空間に留まることを拒み、自分の存在と欲求を表出するために文化的市民権を求めていると解釈できよう。彼女たちにとって韓流文化の消費は、現実が満たせずにいる自己の欲求を充足させ、充実した生のあり方を示してくれるものである。それはまた独自の政治的インプリケーションをもつものであった。(2)学会活動としては、2005、2006年度の「アジア学」学会(於米)で、研究の中間的成果を発表するとともに、2006年の7月には「インターアジア・カルチュラル・スターディズ」学会(於東京)および立命館大学、東京大学、同志社大学で開催されたシンポジュームで各々報告した。また立教大学では「誰のための『韓流』か」と題した講演を行った。
著者
池田 智恵
出版者
早稲田大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

先年の研究により、翻訳を介して清末に中国へと流入した探偵小説が、中国人の手により創作きれるようになっていくのは、1917年前後であることが明らかになった。より詳しく中国において、いかに探偵小説が創作されるようになったのか、作者がいかなるものを「想像」して探偵小説を「創造」しようとしたかを明らかにすることにより、中国が外来のものをいかに「中国化」するかを解明することができ、これにより中国の近代化の一端を明らかにする意義があると思われる。当初、その解明の方法として1910年代末におけるエドガー・アラン・ポーやシャーロック・ホームズの受容を考える予定であったが、5月9日には台湾淡江大学にて、6月12日には上海において、1917年当時の中国における創作探偵小説の状況について発表し、研究者と討論を行ったところ、1910年代末に近代中国に流行した「黒幕」の存在が浮かび上がってきた。「黒幕」とは、1916年に『時事新報』の読者投稿として成り立ったコーナーであり、犯罪や犯罪に類するものを「暴露」するものであった。これは大ブームとなりその後「黒幕小説」というジャンルを生んでいく。この犯罪を題材とするという点で探偵小説と共通する「黒幕」が、探偵小説といかなる関係があるかを明らかにすることは、探偵小説の発生を考える上で大変大きな意味があると考え、夏季に上海にて『時事新報』の「黒幕」の全掲載状況を調査した。その結果、中国近代の1910年代末において、自国の犯罪を読み物とする「黒幕」が流行りながらも、探偵小説は「外国もの」を描くことを好んでいたことが明らかはなってきた。つまり、探偵小説はあくまでも「舶来」として創作されるのであって、それがなかなか本土化していかないという中国探偵小説の大きな特徴が明らかになった。これに基づき、10月に日本中国学会、2月に関西大学で学術発表を行った。
著者
徳田 匡
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

本年度は日米安全保障条約の改定から50年という節目に当たり、この期に「60年安保を問いなおす」というシンポジウムを開いた(2010年7月10日)。私は当時の安保闘争などから抜け落ちていた「沖縄」を軸にして、当時の沖縄の政治・言論の状況を報告した。当時の日本では国会議事堂前での大規模な民衆デモが行われ、アイゼンハワー米大統領の訪日阻止が行われたが、同日アイゼンハワー大統領は沖縄に降り立つ。60年の安保改定において日本のデモの中にも国会審議に中にも沖縄の問題は扱われておらず、この米大統領の沖縄訪問は、60年安保がデモ隊にとっても国会にとっても沖縄の外部化によって成立していた政治状況であったことを、その後の日米一体化や密約問題をからめながら論じた。それにより、従来、余論じられていなかった戦後思想史の中の沖縄の位置づけを再確認し、日本の戦後思想が外部化していた安保改定のなかの沖縄の問題を浮き彫りにした。また、沖縄大学地域研究所の依頼による『地域研究』vol.8への書評論文では、田仲康博著『風景の裂け目』(みすず書房、2010)を論じた。そこでは、米軍占領下の沖縄における、主客の構築する「風景」の外在性と拘束性の問題と、田仲の筆致における新たな叙述の可能性を論じた。風景という外部を論じることが翻ってその人間を主体化する。そこから戦後の沖縄の風景の変遷が軍事植民地の主体化の実践であったことを論じた。また田仲による一人称の記述方法を「他者」の問題として捉えなおしポストコロニアルにおける歴史記述の方法の可能性について考察した。上述した研究内容は、日米によって外部化された沖縄が、日米間の戦後の政治史における位置づけを明確にし、さらにそのかなで沖縄を論じることの新たな可能性を示している。
著者
糸久 正人
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

申請者は「イノベーションを追及することは競争優位の源泉になりうるのか?」という問題意識のもとに、主に製品開発プロセスの視点から先発企業(イノベーター)と後発企業(イミテーター)の企業活動について調査分析を行ってきた。前年度の成果としては、後発企業でありながら電気電子製品の分野において高いグローバルシェアを誇る韓国サムスン電子の製品開発プロセスについて分析を行い、『リバース・エンジニアリング型開発プロセス」という概念を打ち出した。これは、通常、機能設計→構造設計へと至る「フォワード・エンジニアリング型開発プロセス」に対して、日本企業などのあるイノベーティブな製品を前提に、そこから構造設計→機能設計→構造設計へとさかのぼっていく製品開発プロセスである。以上の研究成果を踏まえて、本年度は主に3つの方向性に研究を拡張した。一つ目は、上記サムスン電子とブラウン管および液晶パネルメーカーであるサムスンSDIの製品開発戦略を『製品アーキテクチャ」の視点から捉えた研究である。具体的には、藤本(2003)の「アーキテクチャの両面戦略」のフレームワークを用いて同社のブラウン管TV、液晶TV事業を中心に分析したところ、サムスン電子は技術の寄せ集め的で業界に参入し、その後、BRICsなど各市場向けにカスタマイズを行う『内モジュラー・外インテグラル戦略」を、逆にサムスンSDIは自前の技術を利用し、その後、広範囲な顧客に汎用品として販売する『内インテグラル・外モジュラー戦略」をそれぞれ志向することで高い競争力を維持していることがわかった。二つ目は、先発企業の製品開発プロセスに焦点を当てた研究である。具体的には、様々なツールをクロスさせて、3次元CADCAEなどを活用したデジタルエンジニアリング、ロバストネスを達成するタグチメソッドなどを活用して、高品質の製品をいかに早く開発するのか、という問題に対して、インタビュー調査およびアンケート調査から分析を行った。この研究成果に関しては、まだ未公開であるが、現在『組織科学』に投稿中である。三つ目は、製品開発の視点からやや離れて、効率的な生産および需要予測の方法について調査分析したものである。この視点では、現在のところ、先発企業VS後発企業という比較分析が十分でないので、この点は今後の研究課題としたい。
著者
田中 仁 MOHAMMAD Bagus Adityawan MOHAMMAD BagusAdityawan
出版者
東北大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2011

2011年3月11日に発生した東日本大震災津波は東北地方を中心として甚大な人的・物的被害をもたらした他に, 大規模な海浜地形変化の変化ももたらしている. 本研究では, 津波の流動モデルを用い, 東日本大震災津波による土砂移動の再現を通じて, モデルの検証, および必要に応じてモデルの改善を行うことを目的としている.今年度は研究の最終年度であり, これまでの研究の進捗を踏まえて予定通りに研究を終えた. まず, 昨年度の研究活動で選定したサイトとして宮城県東松島市における石巻海岸を研究対象とした. この海域を対象にして, 一昨年開発した数値モデルを適用し, 仮想的に海岸堤防の高さを4段階(0m, 1m, 3m, 5m)に変化させ, 津波の遡上に伴う流速値, せん断力, シールズ数などを数値シミュレーションにより求めた. モデルは水表面の計算にVOF法を使用し, 乱流モデルとしてk-εモデルを連立させることにより, 境界層の特性を数値計算に取り込んでいる. 数値計算により, 海岸堤防高さの増加に従って, 海域でのよどみ領域が拡がり, 海域における侵食が低減することが分かった. このように, 海岸堤防が堤内地での氾濫の低減のみならず, 海域における侵食をも低減できることは新たな構造物の価値としてきわめて興味深い知見である.これらの成果を, 第35回国際水理学会(平成25年9月, 中国・成都), 第12回河川土砂移動シンポジウム(平成25年9月, 京都)などにおいて発表を行った.
著者
大森 亮介
出版者
九州大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

ウイルスの抗原性は多様な原因により決定され、温度などの環境要因からも大きく影響を受ける。これまでの進化学や理論疫学での感染症の研究では環境変動の感染症流行に与える影響を詳細に調べたものは少なく、宿主免疫の進化を考える上で、この環境要因による影響を考慮することは必要不可欠である。このため、環境要因の変化による感染症の流行をコイヘルペスウイルスを例に解析した。コイヘルペスは感染した個体の80%以上が死亡する非常に毒性の強い感染症で水産業界に多大な被害を与えた。また、コイヘルペスの流行には季節性がある事が知られており、これは感染が起きる水温の範囲が決まっている為である。この特性を利用し、感染が確認された後に水温を感染が起きない様な水温に人工的に変化させ、流行を抑制する治療法が考案された。この治療法を評価し最適な治療スケジュールを決定する為に、水温と感染率の関係性の実験データ(Yuasa et al. 2008)をもとに養殖場内の鯉の集団での感染を記述する数理モデルを構築し、解析を行った。コイヘルペスの流行の季節変動性は感染から発病までの期間、発病から死亡または回復するまでの期間の長さが水温によって変わる事に起因する(Yuasa et al. 2008)。また、水温を人工的に変える治療法は場合により治療を行っていない時よりも被害が増大することも明らかになった。ここから、感染症抑制の為の環境要因のコントロールは計画的かつ正確に行われる必要があることが示唆された。
著者
本田 光子
出版者
東京芸術大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

昨年度にひきつづき、十七世紀初頭に活躍した絵師、俵屋宗達の主要作品を分析対象とした。本年度の成果の一部は「宗達筆「源氏物語関屋・澪標図屏風」の造形手法」として『東京藝術大学美術学部論叢』7号(2011年刊行予定)に掲載される。「源氏物語関屋・澪図屏風」(静嘉堂文庫美術館蔵)は古典物語を主題とする金地大画面作品として重要な作例であり、もと伝来した醍醐寺に関わる資料が発見されたことで制作年や注文主がほぼ特定され、近年注目を集めている。本研究では、源氏絵および物語の舞台となった住吉を描く関連作例が相次いで紹介されていることをうけ、主に造形面から作品に考察を加えた。論点はモチーフの配置方法、背景の設定、両隻で相似形となる構図であり、相似形の構図が左右隻の入れ替えを可能としていることを指摘した。すなわち物語の順では「関屋図」が右に位置するが、これまで図版掲載や展覧会では左に置かれることが多かったのである。その理由と、どちらの配置をも想定させる造形要素について論じ、宗達の機知的な表現手法を浮き彫りにした。本年度はさらに、昨年調査を行った宗達筆「雲龍図屏風」(フリーア美術館蔵)を中心に、宗達と他の琳派の絵師による水墨画について、「たらしこみ」技法を軸とする分析をすすめた。主に用語が近代以降に定着する様相、技法成立に関する諸説の分析、宗達活躍期とそれ以後の用法の違いについて、現在論考をまとめている。
著者
平内 健一
出版者
広島大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

本年度は蛇紋岩を用いた摩擦実験を行い,沈み込み帯プレート境界における蛇紋岩の存在状態とその流動特性に関する研究をさらに進める目的で,以下のとおり実施した.1.実験はユトレヒト大学設置の熱水回転剪断装置を用いて行い,温度20^~500℃,有効法線応力200MPa,間隙流体圧200MPa,滑り速度0.1^~30μm/sの条件で行った.試料は厚さ約1mmの蛇紋石と石英の混合粉末試料を断層模擬物質(ガウジ)として用いた.2.結果:試料は,温度300^~500℃の条件において,初期の最大摩擦強度後(変位1^~2mm),定常状態に至るまでに著しい歪弱化を示した.弱化の程度は,温度の上昇および滑り速度の低下に伴い増加する傾向が見られた.また,薄片観察の結果,弱化は滑石を伴うboundary(B)shearの発達に起因して起こり,B shearの層厚が増加(最大70μm)するに従ってガウジ全体の摩擦強度が減少していくことがわかった.3.結論:本実験は,前弧マントルウェッジにおいてシリカに富んだスラブ由来の流体が供給されれば,蛇紋石とともに滑石が形成される可能性を示唆する.滑石の生成は不均質で断層境界に平行なB shearとして存在し,著しい歪弱化を引き起こす.定常摩擦強度値は温度と滑り速度に関係するが,これはそれぞれの実験中に溶解したシリカの生成量の違いによって説明できる.滑石は蛇紋石よりも摩擦強度が非常に弱いため,沈み込みプレート境界近傍に形成される薄い滑石層がプレート境界全体のレオロジーを支配すると思われる.
著者
小草 牧子
出版者
慶應義塾大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2001

本年度の研究は、前年度の基礎研究の総括とその研究分析結果をもとにした構法開発が主であった。基礎研究の総括としては、まず個々に行われている研究を収集しそれらを体系化することがベースとなる。また、遊牧型住居に限らず、自然材料を使用している在来構法についても同様であるが、これらの住居形態は、「原始的住居形態」として位置付けられた上で取り上げられていることが多いため、本研究では、さらにそれを発展させ、住居環境や構法システムなどの評価を行い、現代への技術移転や構法開発に関する研究に展開させた。その際、構築される評価システムは1960年代半ばに生まれたPOEの概念を参考にし、これまでに細分化され試みられた評価方法から、評価項目の検討と評価指数の設定に関して分析し、独自の評価分野と項目、指数設定を行い評価を試み、その結果を構法開発にフィードバックするものであった。発展途上国において、在来構法を応用した経済的、合理的な構法開発を行うためには、構法システムについて考察する必要があり、そのシステム開発においては、これまでの建築生産の変遷を調査、分析することが不可欠であった。建築産業の分野としては、特に大量生産の時代におけるユニット方式、プレファブリケーションによる部品の大型化やBE(Building Element)論について、また、建築家による仮設住宅やアフリカでの住宅提案、軍事用仮設建築について、さらには、UNDROやUNHCRなどの活動報告による、近年の災害時や難民キャンプなどで必要とされる仮設住宅の提案、実験について、それぞれの分野でのデータ収集と分析研究を行った。また、これまでの基礎調査とパイロットプロジェクトを踏まえて、技術移転を利用した学校施設計画と実際の建設活動を行っているが、この構法計画において日乾し煉瓦の開発を行い、環境に適した建築資材の提案を行ったという意味で、途上国の抱える施設不足の解決糸口として評価できるものであり、同時にサスティナブルな開発援助手法を示唆するものとなった。
著者
稲見 華恵
出版者
総合研究大学院大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

本研究では、宇宙の星形成を支配する高光度赤外線銀河について多角的・統計的・定量的に調査した。特に、日本の「あかり赤外線天文衛星」および米国の「スピッツアー赤外線宇宙望遠鏡」を駆使したことにより、新しいエネルギー源診断法の確立とスターバースト銀河における物理化学状態を明らかにした。特に、本研究のサンプルは、近傍宇宙のLIRGsを網羅したものであり、初めて均質かつ統計的なデータを用いることによりLIRGsの全体像を捉えた。本研究員が筆頭研究者として取得した、あかり衛星の2.5-5μm帯の近赤外線分光データを利用し、新たなエネルギー源診断の手法を確立した(図1)。この波長帯では、スターバーストを示唆するダスト粒子・多環芳香族炭化水素(polycyclic aromatic hydrocarbon,PAH)の輝線が3.3μmに、星形成率の指標となる水素原子の再結合線が4.05μmにあり、さらに、AGNに起因する高温の塵からの熱放射(連続光)を観測することができる。スピッツアー宇宙望遠鏡には、この波長帯を分光観測する装置がないために、この情報を得ることは一切できない。特に3.3μmのPAH輝線は、将来ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡が打ち上げられた際に、非常に重要な役割を持つ。次に短い波長にあるPAH輝線は6.2μmであり、赤方偏移が4以上の遠方銀河では、望遠鏡の観測可能波長帯の外側(長波長側)にシフトしてしまい、観測が不可能になるためである。この成果により、遠方銀河にも応用することができる新しいエネルギー源診断法を初めて確立することができた。ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の時代には、この業績は非常に重要になることが期待されている。これに加え、4.05μmの水素再結合線の等価幅を調べることにより、銀河を構成する星の年齢を明らかにした。この輝線と3.3μmのPAHダスト放射の放射強度比からは、近傍宇宙にあるLIRGsの電離度も調べることができた。近傍LIRGsの性質をこのように網羅的に調査した研究は初めてであり、これらの成果は高赤方偏移の銀河を調査するための基準点となる。
著者
菊地 和也
出版者
一橋大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

私の研究は政治経済学(political economics)と呼ばれる政治学と経済学の学際的分野に属する。主な研究目標は、政党と投票者の間に、政治的情報の非対称性が存在する場合に、政党がどのような公約を掲げるかを明らかにすることであった。現実の選挙では、政党は政策決定において重要な情報を私的調査機関や官僚を通じて得るため、投票者よりも豊富な知識を持つ傾向がある。こうした状況を記述するために不完備情報ゲームを構築し、そのベイジアン均衡を分析をした。論文Kazuya Kikuchi (2010), "Downsian political competition with asymmetric information : possibility of policy divergence"(ジャーナルに投稿済み)では、政党が完備情報を持つ一方、投票者は不完備情報を持つ状況を分析した。別の論文Kazuya Kikuchi (2011), "Privately informed parties and policy divergence," Global COE Hi-Stat Discussion Paper Series 160では、Kikuchi(2010)のモデルを、政党は完備情報を持たず、状態変数に関する私的シグナルを受け取る状況に拡張した。いずれのモデルにおいても、政策乖離を伴う均衡、すなわち二政党が異なる政策を公約として選択するベイジアン均衡が存在することが示された。さらに、前者の論文のモデルでは政策乖離を伴う均衡がHarsanyiとSeltenの意味で一様完全であり、後者の論文のモデルではベイジアン均衡自体の個数がある意味で少ないことが示された。これらは、情報非対称性の下での政策乖離を伴う均衡に注目することに、一定の正当性を与えるものと解釈される。
著者
渡辺 宙志
出版者
名古屋大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

本年度の研究成果は大きく2つに分けられる。第一はロドプシンの波長制御である。視覚を司るロドプシンの吸収波長は、生物種によって異なり、生物の生息環境に応じて最適化されている。その吸収波長の制御機構の解析が、本研究の目的である。具体的にはアナゴロドプシンを対象に用いた。当該タンパク質は、従来のものとは異なる、長距離型の波長制御機構を持つことが近年報告された。本研究では、ホモロジーモデリングと分子動力学計算の手法を用いて、分子構造を構築および精製した後、量子力学計算手法を用いて吸収波長を算出した。結果これら結果に対して、主成分解析を応用し、制御機構を説明することに成功した。第二はチャネルロドプシンの構造モデルを構築したことである。当該タンパク質は、神経の情報伝達機構を解析する手段や、盲目マウスの視覚の復元などに用いられている重要なタンパク質にも関わらず、その分子構造が未知であったために、分子レベルでの解析や応用が十分に行われていなかった。本研究において私は、当該タンパク質にアミノ酸配列レベルで特徴的なパターンがあり、それを構造モデルの構築に応用できることを発見した。モデルされた構造に前項で述べた手法を応用したところ、実験的な光学的的特性が再現されたため、同モデルの精度が非常に信頼できることが示された。またこの後、同モデルをもとに行われた実験においても、モデルを支持する結果が得られている。
著者
仁井田 千絵
出版者
早稲田大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

研究目的:映画が無声映画からトーキーに移行すると、映画俳優はそれまで身体の動きと顔の表情を強調した演技から、舞台演劇と同じく台詞を含めた演技が求められるようになった。アメリカにおいては、映画のトーキー化に際し、舞台俳優が多く映画に出演するようになったが、さらに俳優によってはラジオ番組に出演し、ラジオ・ドラマという形で声のみによる演技を求められるようになった。ビジュアルな身体によって人気を獲得していた映画俳優が、ラジオ・ドラマにおいてはどのように評価されたのか、逆にラジオ・ドラマによって一般の観客に認識された俳優の声は、映画における演技にどのような影響をもたらしたのかを考察した。研究方法:映画俳優が出演した代表的なラジオ・ドラマである『ラックス・ラジオ・シアター』を対象に、映画とラジオにおける俳優の演技を検証した。具体的な作品として、メロドラマの傑作として名高い『ステラ・ダラス』(1937)の映画とラジオ・ドラマを比較し、両者のメディアにおける俳優の声について考察した。この際、資料としては、当時のラジオ・ドラマの録音に加え、ニューヨーク公共図書館が所蔵するラジオのファン雑誌『ラジオ・スター』にみられる映画の関連記事を取り上げた。研究成果:映画とラジオの産業間の提携が強まったことを契機とする映画俳優のラジオ番組への出演は、歌手でもコメディアンでもない、通常のドラマを演じる俳優が、いかに声のみによって説得力を持ったかを立証するものである。当時のファン雑誌の言説からは、観客を前にライヴ放送で行われるラジオ・ドラマが、映画俳優に舞台演劇の感覚を取り戻させるきっかけを与えた一方で、そこでの演技については、映画・舞台双方の俳優から様々な見解が持たれていたことが分かった。
著者
沈 煕燦 (2011) 沈 熙燦 (2009-2010)
出版者
立命館大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

本研究は、植民地朝鮮に設立された「朝鮮史編修会」という歴史編纂機関を取りあげて、近代史学の特質やその性格を明らかにすることを目的とする。とりわけ、「植民史学の総本山」として評されるのみであって、もっぱら否定と批判の対象としてしか取り扱われなかった「朝鮮史編修会」とその作業を、植民地朝鮮における「実証主義史学」、つまり「近代歴史学」の成立と展開という側面から分析することに力を注いできた。それは今日の日韓における歴史学全般の問題までをも視野におさめる格好の素材でもあると思われるからだ。そのような問題にとり組むため、活溌な史料調査を行った。なかんずく、韓国での現地調査をつうじていまや日韓友好の表象となっている「金忠善/沙也可」が、歴史学においてどのように語られてきたのかを、「朝鮮史編修会」の修史官であった中村栄孝の著作を中心として穿鑿した。また、朝鮮の三大天才とも呼ばれた崔南善の著作を中心として、被植民者が歴史学に託した抵抗の試みとその屈折を綿密に調べた。昨年度(2011年度)は、採用期間の最終年でもあったため、以上の研究成果を含む3年間の蓄積を文章化することに傾注した。とりわけ、いくつかの学会や研究会などで報告を行い、それらの成果を論文としてまとめた。また、昨年7月の『現代思想』の震災に関する臨時特集号に寄稿をも行った。なお、博士論文を年度末に提出し、審査を待っている状況である。
著者
川合 由加
出版者
北海道大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

高山生態系では空間的に不均一な雪解けによって開花時期が異なる植物群集が非常に狭い地域に形成される。今回はこの雪解け時期の違いが作り出すフェノロジー構造の時間変化がマルハナバチを巡る植物間の競争に与える影響について景観スケールで評価することができた。また、これまで不明瞭であった高山生態系でのマルハナバチの活性動態についても、7~8月の約2ヶ月の間に出現カーストや活動数が大きく変動するといった強い季節性を持っていることを定量的に調べることができた。具体的には、開花時期が非常に早いエゾコザクラは主要訪花昆虫であるマルハナバチの季節活性を反映して雪解けの早い場所にある個体群では花粉制限が生じているが、雪解けの遅い場所の個体群では開花時期が重複する同群集内のツガザクラ類とマルハナバチを巡る競争が生じていた。一方で群集内での開花時期が中~後期のヨツバシオガマでは同群集内のツガザクラ類とは開花時期の重複を回避できているが、より雪解けの遅い群集のツガザクラ類とマルハナバチを巡る競争関係があった。本研究では、開花フェノロジーの時空間変化が訪花昆虫を巡る植物間競争に与える影響は種ごとに異なること、景観スケールで調べることで植物間の相互作用が群集内だけでなく群集間であることを明らかにすることができた。これは景観スケールでのフェノロジー構造が植物種間の競争関係を考えるのに重要であることを示している。
著者
藤田 大雪
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

平成21年度は、問答法の中でも特に「自己論駁」という議論形式に的を絞って考察を進めてきた。まずは、(i)プロタゴラスの人間尺度説が自己論駁に陥ることを示す『テアイテトス』169-171の有名な議論を取り上げ、証明の構造を再構成して議論の理解を深めることに努めた。次に、(ii)アリストテレスが矛盾律の疑いえなさを論証した『形而上学』Γ巻第3章の議論を取り上げ、従来の解釈に反して当該の箇所が自己論駁批判として読めることを示した。研究の結論は概ね以下のようなものである。(i)プラトンによって理解された人間尺度説は、いかなる現れも互いに矛盾することはないとするきわめてラジカルな相対主義だった。この尺度説の信奉者を名乗るプロタゴラスには、それゆえ、他の前提との矛盾を指摘するという通常の論駁方法は通用しない。尺度説にしたがえば、それらは実際には矛盾しないことになってしまうからである。ところで、他の前提によって尺度説の誤りを証明できないのなら、尺度説の肯定そのものからその否定を引き出すしかないだろう。もし尺度説を信じているなら尺度説を信じていない。このような論証方式は、それゆえ、ラジカルな尺度説を主張する論者に対してとりうる唯一可能な対処方法であったと推定できる。(ii)矛盾律の否定を信じるなら,矛盾律の肯定も信じなければならない。しかし,もし矛盾律の肯定を信じるのなら,その否定を同時に信じることは不可能となる。アリストテレスは、矛盾律の否定がこのように自己論駁へと帰着するために、矛盾律がそれ自体としてそれについて間違うことが不可能な原理であり、またもっとも強固な原理であると論定している。
著者
ジュリアンディ ベリー
出版者
奈良先端科学技術大学院大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2011

本研究の目的は、(1)バルプロ酸によるヒストン脱アセチル化酵素阻害が胎生期神経幹細胞に与える影響の解明、(2)胎生期から成体期の長期に渡る同阻害影響の解明、(3)同阻害影響を回復・最小化する方策の確立の3点である。これら目的を達成する為、申請者は、神経産生が顕著な時期において妊娠マウスにバルプロ酸を経口投与した。その結果、バルプロ酸投与により胎児の脳におけるヒストンアセチル化が増加した。また、バルプロ酸のアナログであるバルプロミド投与では、ヒストンアセチル化の増加は認められなかった。さらに、胎児における神経産生はバルプロ酸投与により亢進した。これは、成体海馬由来培養神経幹細胞において、神経細胞新生がピストン脱アセチル化作用により引き起こされる事を示した過去の報告と整合性がある。また、この神経細胞新生の様式の大部分は、中間前駆細胞の形成が関与する神経幹細胞からの非直接的な神経細胞産生経路を介し、浅層神経細胞層厚の増加と深層神経細胞層厚の減少が観察された。さらに申請者は、マウス胚性幹細胞由来神経幹細胞を用いた浅層および深層神経細胞産生の評価モデルを確立し、in vitroにおいても同様に浅層神経細胞の産生量増加と深層神経細胞産生量の減少を確認した。加えて、胎児期のピストン脱アセチル化酵素阻害により、海馬歯状回における成体脳神経細胞新生および神経細胞形態は異常を示し、胎児期バルプロ酸投与マウスにおける、後の記憶学習能力の低下の原因の一部だと考えられる。
著者
安岡 かがり (四方 かがり)
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

平成24年4月より12月の期間は,フランス・モンペリエ市に滞在して研究活動を遂行した。文献・資料収集,およびこれまでの調査で収集したデータの整理をすすめ,学会発表と論文執筆作業をおこなった。平成24年5月に,モンペリエで開催された第13回国際民族生物学会(13th Congress of the International Society of Ethnobiology)の分科会"Histodcal ecology and legitimacy of customary rights to forest resources"において,"Abandonment of Cacao Agrofbrest : Integrating commercial cacao farming into traditional shifyting cultivation in southeastern Cameroon"のタイトルで発表した。発表では,カメルーン東南部熱帯雨林地域におけるカカオ栽培の実践をとりあげ,農民が従来の焼畑システムにどのようにカカオ栽培を取り込んだのかについて論じた。従来,庇蔭樹が多く観察されるカメルーンのカカオ畑の景観は,カカオ・アグロフォレストと呼ばれ,多様性の高い景観として評価されてきた。調査地域においても多様な樹木が残るカカオ畑が観察されるが,本発表ではそれをアグロフォレストリーとして評価するのではなく,焼畑のバリエーション,すなわち動態的な土地利用のなかで創出される景観のひとつとして位置づけ,農民の生活全体のなかでの役割を明らかにした。また,平成23年11月に提出した学位論文をもとに,これまでの研究の成果を日本語の単行本としてまとめる作業をおこない,『焼畑の潜在力-アフリカ熱帯雨林の農業生態誌』のタイトルで出版した。本書では,カメルーン東南部の熱帯雨林地域において焼畑を主たる生業としているバンガンドゥ社会を対象とし,かれらの農業実践についての記述・分析を通じて,焼畑が,人びとが森と共存しながら生活していく基盤としての潜在力をもっていることを明らかにした。とくに,商品作物であるカカオ生産の拡大というグローバルな市場経済との接合にさいして,バンガンドゥが従来の焼畑の営みをどのように改変・調整することで対応したのかに着目しながら,焼畑に関わる人びとの知識や技術,そしてその生態基盤としての熱帯雨林のもつ潜在力について総合的に論じた。