著者
犀川 哲典 WANG Yan
出版者
大分大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

不整脈の発生母地としてのイオンチャネルの異常発現を検討する実験動物では、多くの場合に電位依存性Na+チャネルが減少しており、そのために興奮伝導の低下が生じることが多い。その結果、興奮伝導の低下によってリエントリー回路が形成され易くなり、心房細動は停止は困難になる。我々は、心筋細胞をプロテアソーム活性化剤(SDS)存在下で長時間培養するとNa+チャネル電流は減少する予備データをよりどころに、Na+チャネルは心臓の発生に関わる転写因子GATA4他の初期分化関連転写因子の作用によって発現が制御されるという仮説を立てた。その検証として、遺伝子組換えアデノウィルスを以下の要領で作成した。次に、リニア化したTRE17-pAdTrack-CMVとウィルスのbackbone plasmid(pAdEasy-1)をcompetent cell(BJ5183)にco-transfectし環状ウィルスDNAを作成した。更に、リニア化したTRE17-pAdEasy-1をHEK細胞にtransfectしてウィルスを収穫した。通常のpAdEasyシステムを用いて遺伝子(MEF2C,Tbx5,SRF,FOG-2)組換えアデノウイルスを作成した。次に、新生ラット単離心筋細胞に、組換えアデノウイルス(MEF2C,Tbx5,SRF,FOG-2)をトランスフェクトさせ、2日間隔(あるいは4日、8日間隔)で順次導入して、細胞の心筋化誘導とイオンチャネルの発現を行った。トランスフェクト後にどのように心筋分化が誘導されるか以下の手順で評価した。その結果、1)転写因子GATA4の遺伝子導入後に心筋細胞の自動拍動が有意に増加することを確認し、2)膜電位固定法によって細胞の最大拡張期電位が有意に過分極することを明らかにした。
著者
原 梓
出版者
東北大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

大迫コホート研究では、前年度の検診で収集した高血圧性臓器障害に関する検査結果からデータベースの更新を行なった。大迫コホート研究の55歳以上の一般地域住民309名を5.7年間追跡し、家庭血圧と頸動脈病変進展との関連を検討した。高血圧基準値として、家庭血圧135/85mmHgおよび検診時血圧140/90mmHgを用い、初回検診時と再検診時の血圧により,家庭血圧,検診時血圧のそれぞれについて対象者を「正常血圧維持群(正常→正常)」,「高血圧進展群(正常→高血圧)」,「高血圧改善群(高血圧→正常)」,「高血圧持続群(高血圧→高血圧)」の4群に分類し、頸動脈内膜中膜複合体厚の進展を比較したところ、家庭血圧を用いた場合,高血圧持続群の頸動脈内膜中膜複合体厚の進展は,正常血圧維持群に比べて有意に大きかった。一方,検診時血圧を用いた場合にはこのような群間差は認められなかった。また大迫研究の一環として毎年行われる家庭血圧測定事業時に、セルフメディケーションに関する調査項目を含むアンケートの配布・回収を実施し、約400名分回収されている。産科コホート研究では、対象者となる妊婦の登録を参加施設において連続的に行った。妊娠期間中の家庭血圧測定・脈波伝播速度測定・採血・尿検査・児の出生児調査、産後の家庭血圧測定を行い、データーベース化した。本コホートにおいて、妊娠・出産を経験した母体に郵送したアンケート調査を用い、現在回答が得られ、データベース化されている64名を解析対象者として、妊婦におけるサプリメントの摂取状況について検討を行った結果、47%の者が妊娠期間中にサプリメントを摂取しており、さらに、妊娠期間中最も摂取率が高いサプリメントは葉酸であり、妊婦全体に占めるその摂取割合は41%であった。
著者
津田 敏隆 NARUKULL VenkateswaraRao NARUKULL Venkateswara Rao
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

高度約60-150kmに位置する中間圏・熱圏下部領域(MLT:Mesosphere-Lower Themosphere)は大気流体から電離プラズマに基本特性が遷移する。MLT領域は地球環境の天井部であり、かつ惑星間宇宙との境界で、地球温暖化と太陽活動の影響を同時に受けている。本研究ではレーダー観測をもとに、MLT領域における風速の長期変動特性を研究した。MLT領域の中心高度(80-100km)における風速は、中波帯(MF)レーダーおよび流星レーダーで観測できる。本研究では、1992年よりインドネシアの政府研究機関(LAPAN)と共同で計5台のレーダー観測を継続してきた(ジャカルタ、西スマトラ・コトタバン、パプア・ビアク島の流星レーダー。西カリマンタン・ポンチアナと西ジャワ・パムンプクのMFレーダー)。また、南インドのティルネルベリのMFレーダー、および米国CoRAがハワイ・カウアイ島とララトンガで運用したMFレーダー、さらにオーストラリアのアデレイド大がクリスマス島で行ったMFレーダー観測データも入手した。1992年以降20年にわたる長期観測で蓄積された風速データを解析し、平均風の東西と南北成分の長期変動特性を解析した。東西風には半年周期振動が現れ、それが2-3年毎に極端に増大することが分かった。一方、南北風は規則的な1年周期があるが、その振幅が変動していた。さらに平均南北風に長期的トレンドがあり、かつ観測点による差違が認められた。これが、地球温暖化あるいは太陽活動11年周期の影響である可能性がある。また、短周期(20分~2時間)の大気重力波の強度が半年周期で変動することを明らかにした。一方、赤道域のMLT領域では東西風に半年周期振動が現れている。両者の相関が良い期間(2008-2010年)があり、大気波動を介した大気の力学的結合過程が示唆された。
著者
高津 浩
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

1.二次元三角格子磁性体PdCrO2の単結晶育成方法の確立これまでPdCrO2の単結晶の育成報告は一例もなかったが、約1年間にわたる試行錯誤の結果、フラックス法を用いることで単結晶が育成できることを見出した。更に、育成環境の最適化を行い、おそらく初めてPdCrO2の単結晶育成方法の確立に成功した。この結果は磁化率や電気抵抗率の本質的物性の解明に繋がっただけでなく、以下で詳しく述べるように二次元三角格子磁性体で初めて非従来型の異常ホール効果を発見する礎となった。2.PdCrO2における非従来型異常ホール効果の発見育成したPdCrO2の単結晶を用いて、磁場を[001]方向に印加し、電流を[110]方向に流した時のホール抵抗の磁場・温度依存性を調べた。その結果、局在Crスピンが120度構造に反強磁性秩序化するTN=37.5Kより低温のT*=20Kから、ホール抵抗の磁場依存性に従来のホール効果では説明できない非線形性を見出した。更に、T*では磁化率や比熱にも異常があることや、同構造で同価数・非磁性のPdCoO2のホール効果には40K以下の低温で非線形性が現れないことを明らかにした。これらの結果より、PdCrO2のT*以下のホール効果がスピン構造の変化と密接に関係する可能性を浮き彫りにした。これは近年フラストレート磁性金属のホール効果で注目されている「スピン配置の幾何学性」を起源とする新奇なホール効果と関係する可能性がある。これまで二次元三角格子系では、理論的にはマクロにそのようなホール効果は出現しないことが指摘されてきたが、実験的には適当なモデル物質がなかった為、明らかにされてこなかった。従って、本研究によりモデル物質PdCrO2を探し出し、初めて実験的にホール効果を検証した点は重要である。特に、単純な場合の理論予測とは異なり、明確な非従来型の異常ホール効果を見出した点は意義が深い。二次元三角格子は幾何学的フラストレート格子の中でも最も基本的な構造を持つ為、本成果は今後フラストレート磁性金属の磁性と導電性の相関を研究する上でも重要な情報を提供することが期待される。
著者
市野川 容孝 金 會恩 KIM Hoi-Eun
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

2009年11月末に来日以来、金氏は、日本帝国にとって最も重要な(他者)であった朝鮮人を、植民時時代の人類学者たちがどのように位置づけたかに関する研究に力を注ぎ、その研究成果を精力的に発表してきました。金氏がドイツの歴史研究者たちと企画した討論「Asia,Germany,and Transnational Turn」は、イギリスの重要な学術誌であるGerman Historyの2010年12月号に記載されました。この論文で金氏は、ドイツ史を世界史的な視点から再評価する必要性を力説しつつ、中国にのみ関心を集中されている最近のドイツ人研究者たちが、19世紀末のドイツ-アジア関係で最も重要な位置を占めていた「ドイツ-日本」間の複雑な多面的な交流を見落としていると指摘しました。また、金氏は、さらに二つの学術論文を仕上げ、国内外の学会で発表しました。金氏が昨年10月にサンフランシスコで開催されたドイツの学会にて発表した論文「Measuring Asianncss : Erwin Baelz's Anthropological Expeditions in Fin-de-Siecle Korea」は、日本の近代医学の父といわれるE・ベルツが1899年、1902年、1903年の3回にわたっておこなった朝鮮人種研究に関する、初の本格的な学術研究です。この論文では金氏は、アジアの諸人種間の階層とその相互関連性を強調したベルツの人種研究が、その後の人種に関する言説に非常に大きな影響を与えたことを実証しています。この論文は加筆修正の上、2011年に出版予定のM.Richl&V.Fuechtner eds.German-Asian Cultural Studiesの1章として刊行される予定です(その他の研究発表については、下記「11.研究発表」を参照のこと)。
著者
古荘 匡義
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

平成20,21年度の研究では、中期ミシェル・アンリの実践および世界の概念を、平成20年度は前期思想との関係において、平成21年度は晩年のいわゆる「キリスト教の哲学」との関係において考察した。平成22年度は、二年間の研究をさらに掘り下げるべく、彼の「キリスト教の哲学」そのものの構造を解明し、その上でアンリの他者論、共同体論を検討した。三年間の研究を通じて、彼の思索全体における倫理概念の意義を通時的に解明できた。晩年のアンリにとって、倫理とはまずもって「キリスト教の倫理」である。それは、神の〈掟〉を守り、キリストの生と同一化して行為することであり、神の絶対的〈生〉のうちで生きることである。よって、他者関係とは、絶対的〈生〉のうちでの純粋に情感的な体験において他者と共に生きることであり、これこそが倫理的なのである。しかしアンリの倫理は、単にユートピア的な他者との合一ではない。アンリは他方で、固着した律法を守る行為の非倫理性や、表象や対象が媒介することによる他者関係の失敗についても考察している。この他者関係の「失敗」それ自体がもう一つの他者関係である。この「失敗」は純粋に情感的な他者関係に基礎づけられて成立しつつも、純粋に情感的な他者関係に影響を与える。アンリの哲学は、二つの他者関係の絡み合いによって倫理を表現する。このような表現を可能にするのが、「キリスト教の哲学」の行為遂行性である。この哲学は聖書解釈ではなく、聖書によって促された哲学的思索である。つまり、聖書のうちに絶対的な〈真理〉がある、とまず宣言し、この〈真理〉を哲学的に解明しようとする。このような思索は、それ自身が情感的な実践である。この思索が読者に向けて語られるとき、不可避的な誤解に晒されつつも、情感的に受容され得る。この行為遂行性こそが、純粋に情感的な事柄を言語で表現するという行為を可能にしている。
著者
但馬 亨
出版者
大阪大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

本年度の主たる研究の目的は、以下2つの課題の実行であった。すなわち、国際的にこれまでの研究内容を発表することと、前年度から継続して貴重資料群のデータベース作成に一定の目途を立てることである。第一の課題については、2009年7月から8月にかけてハンガリーの首都ブダペストで行われた、科学史関連では最大である国際学会において18世紀半ばの弾道学的諸問題の理論的および実験的側面についての分析結果を発表し、2010年1月には京都大学理学部において同大学の名誉教授である上野健爾氏主催の数学史国際シンポジュームで曲線概念と関数概念の混交する17世紀末から18世紀前半における無限小解析学について、国際的な近代数学史研究の権威である、ベルリン工科大学のEberhard Knobloch教授と議論を行った。また、第二の課題の画像データベースの作成については、本年もパリのフランス国立図書館を中心として、貴重書の収集に努めた。その結果、パリ王立科学アカデミーの構成員である数学者Etienne Bezoutによる応用力学についての教育的著作やBenjamin Robins, Leonhard Eulerの砲術書の新フランス語訳等のデジタルデータ化を行った。ハードウェアレベルからの画像処理専用のコンピューターの構築についても前年から継続し、諸図形の形状をデジタル人力する専用ソフトを導入しデータベースを作成した。
著者
加藤 文昭
出版者
早稲田大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

本研究は電子スピンを有するラジカル高分子を合成、磁性電極とラジカル高分子からなる単層素子での磁気抵抗効果の発現およびそのスピン多重度との相関を見いだすこと、またラジカルを太陽電池等の有機電子デバイスへ応用する事を目的とする。本年度は、スピン量子数が2/2であるラジカル分子および非磁性金属電極からなるスピンバルブ素子を作成し、極低温磁場中での電流電圧特性評価を行った。ラジカル分子の安定な酸化還元能に着目し、色素増感太陽電池(DSSC)の電荷輸送媒体として適用、各種電気化学、光化学測定より色素還元能や電子交換反応速度を評価から、DSSC発電特性向上の指針を見いだした。以下実施した具体的実験事項を示す。1)ラジカル分子(S=2/2)によるスピンバルブ素子を作成、SQUID磁束計内にて外部磁場中での抵抗値変化測定した2)異なる反応性や酸化還元電位を有するラジカル分子(S=1/2)をDSSCの電荷輸送媒体として適用、特性を評価・比較した以上の実験から次の結果を得た。ラジカル分子を中間層、ITOおよび金を電極としたスピンバルブ素子において最大で2%の負の磁気抵抗効果を発現した。分子内スピン相互作用の有無により輸送される電子のスピン散乱過程が変化し、磁気抵抗効果が発現したものと考えられ、ラジカルによるホール輸送過程が電子スピン方向により制御・維持されることを示した。また、ラジカルを用いたDSSCでは、ラジカルの酸化還元電位と相関し開放電圧が向上した。反応性の増大にともない変換効率が向上し、DSSCの特性向上の指針を示した。
著者
神川 龍馬
出版者
筑波大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

これまでにEFLのみを有すると考えられてきたカタブレファリス類において、Poombia sp.はEF-lalphaを有することを逆転写PCRによって明らかとした。本種のEST解析をその後に行ったところ、本EF-lalpha配列が同定されたがEFL配列は同定されなかったことから、本種はEF-lalphaのみを有することが強く示唆される。本解析によってカタブレファリス類においても、EFLおよびEF-lalpha遺伝子は混在しており、このような分布を示すに至った両遺伝子の複雑な進化過程が予想された。カタブレファリス類はクリプト藻類やゴニオモナス類と近縁であるとされている。クリプト藻類はEFLのみを有し、そしてゴニオモナス類はEFLのみを持つ種、EF-lalphaのみを持つ種、両遺伝子を持つ種が混在することが明らかとなっていることから、カタブレファリス類・クリプト藻類・ゴニオモナス類への進化過程で遺伝子の独立した喪失が起こったことが強く示唆される。また、in vitro実験系において通常のEF-lalphaと同様に、珪藻EFLタンパク質がGTP加水分解活性にともなうタンパク質合成能があるかを再検証することを試みた。EFLの機能解析に供するサンプルを作成するため、昨年度と異なり、C末領域にタグを追加したEFLリコンビナントタンパク質を大量発現する大腸菌を作成した。C-末端領域に結合させたHQタグを利用してカラム精製を行った。このリコンビナントタンパク質がGTPおよび蛍光アミノアシル-tRNAに結合するか調べた結果、本リコンビナントタンパク質はGTPおよびアミノアシル-tRNAに結合することが分かった。本研究成果は、追試実験が必要であるものの、この段階で特別研究員を辞退したため、追試および条件最適化の検討を行うことはできなかった。
著者
隅田 有人
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

近年、炭素-炭素結合切断反応に焦点を当てた有機合成反応の開発がさかんに行われるようになっている。しかしその多くは比較的結合解離エネルギーの小さいsp^2炭素もしくはsp炭素間を切断するものであり、最も結合解離エネルギーが大きいsp^3炭素-sp^3炭素結合切断反応の例はわずかしかない。また、これまでニッケル触媒による炭素-炭素結合切断反応の報告例は他の遷移金属に比べて多いとは言えない。本研究では、ニッケル触媒によるsp^3炭素-sp^3炭素結合切断を伴う新規有機合成反応の開発を目指し、以下の研究成果を得た。まず、トリメチレンメタン等価体(TMM)は環状化合物を合成する上で非常に有用な四炭素源として広く知られている。その発生には高温等の厳しい条件が必要であったが、パラジウム-TMM等価体を効果的に発生させる方法が報告された。一方、ニッケル触媒によるTMM発生法はメチレンシクロプロパンを用いた手法に限られており、その際パラジウムとは異なった反応性を示すことが知られている。そこで、ニッケル触媒による分子内にカーボナートを有するホモアリルアルコールを用いたTMMの発生法の確立を目指した。これにより、斬新なTMM発生法を提案することができる。また、前年度の結果を受けて、ニッケル触媒によるアリール亜鉛反応剤とアリルマロン酸エステル誘導体の反応について検討を行った。前者では種々の検討を行った結果、目的を達することができなかった。一方後者では、基質であるアリルマロン酸エステルのsp^3炭素-sp^3炭素結合切断を伴いながら、アリール亜鉛と反応し、アリルアレーンが収率よく得られた。これにより、単純なアリルマロン酸エステルも基質として用いることが出来ることが明らかになった。これは今後飛躍的な進展が見込める大きな研究成果であると確信している。
著者
井上 聡
出版者
大阪大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

私はこれまでに、二座配位可能な2-ピリジルメチルアミノ基を配向基とする芳香族オルト位炭素-水素結合の触媒的なカルボニル化を見出し、すでに報告している。具体的には、ルテニウム触媒による2-ピリジルメチル安息香酸アミドと一酸化炭素からのフタルイミド誘導体生成反応である(J.Am.Chem.Soc.2009, 131, 6898)。この研究途上で、芳香環上に置換基を有する基質を用いた場合、目的生成物の他に、別の位置異性体も生成していることがわかった。例えば、パラ位にメチル基を有する基質を用いた場合、本来の目的生成物である5-メチルフタルイミド誘導体に加えて、4-メチル体も生成した。両化合物の生成比は温度によって異なり、125℃で24時間反応させた場合、5-メチル体:4-メチル体=12:1であったのに対し、180℃ではほぼ1:1となった。さらに興味深いことに、メタ位およびオルト位にメチル基を持つ基質をそれぞれ180℃で24時間反応させても、生成物の比はほぼ1:1となった。この生成比は両化合物の熱力学的安定性によるものと考えられる。以上の現象は、いったん生成したフタルイミドのカルボニル炭素-芳香族炭素結合がルテニウム触媒により切断されていると考えることで説明できる。実際、単離した5-メチル体を反応系に入れたところ、この場合もやはり4-メチル体が生成し、その比はほぼ1:1であった。本研究によりピリジルメチルアミノ基は炭素-水素結合切断のための配向基として作用するだけでなく、炭素-炭素結合切断にも有効であることを明らかにした。
著者
落合 理 LEMMA Francesco
出版者
大阪大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

今年度は,GSp(4)の肥田変形においてオイラー系からp進L関数をつくるColeman写像理論について取り組んだ.成果として,適当な条件下で,ほぼ予想した結果を得た.現在結果の細部をタイプしている最中である.GSp(4)のnearly ordinaryな肥田変形は3変数の岩澤代数の上のランクが4のガロア表現である.以前,申請者はGL(2)の肥田変形におけるColeman写像を構成した.GL(2)のnearly ordinaryな肥田変形は2変数の岩澤代数の上のランクが2のガロア表現である.Coleman写像とはこのようなガロア表現の族においてBloch-Katoのdual exponential mapと呼ばれるp進ホッジ理論で大事な写像をp進補間することである.今回得たGSp(4)における結果はこのGL(2)のときの結果の一般化である.その際の手法やアイデアが部分的には使えたが,一方で新しい困難もいくつかある.ランクが大きくなる困難や様々な表現が入り混じる困難があり,また,素朴な概念で切り抜けることができたGL(2)に比べて,代数群や保型表現の一般理論に通じている必要がある.最後に今回の仕事の意義について述べたい.もともと今回の仕事は描いているもう少し大きな岩澤理論の一般化のプロジェクトの一部である.今まで代数群GL(2)に関連した岩澤理論しかなかったので,高次の代数群で岩澤理論を展開していき様々な新しい世界が広がることを期待している.今回の仕事だけ見ても手法的に面白い発展がいろいろ得られたと思っている.
著者
佐藤 慶太
出版者
上智大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

本年度は、カントの概念論の固有性を明らかにするために、「概念」の取り扱いに関してカントがカント以前の哲学者とどのように対決し、どのようにそれを乗り越えていったのかを検証した。研究は、『純粋理性批判』の「純粋理性の誤謬推理について」、および「純粋悟性概念の図式論について」に焦点を絞って行った。「誤謬推理」章を取り上げた研究に関しては、『哲学』第60号掲載の論文と、11月に行われた日本カント協会第34回学会のワークショップでの発表において、その成果をまとめている。この研究において明らかとなったのは、カントの概念論における「徴表(Merkmal)」の重要性である。上記の論文および研究発表において示されたのは、「徴表」という概念に着目して「誤謬推理」章を読解すると、カントの「概念論」の固有性のみならず、カントの形而上学構想の変遷の意味を理解する手掛かりも得られる、ということである。そのほか、カントの論理学講義の内容と、『純粋理性批判』との関連の明確化も併せて行ったが、この点でも意義があったといえる。「図式論」を取り上げた研究の成果は、9月に行われた実存思想協会・ドイツ観念論研究会共催シンポジウムにおいて発表することができた。この発表においては、カントの「図式」がデカルト以来の近世哲学における「観念」をめぐる論争の系譜に位置づけられること、またこのような系譜への位置づけおこなうことではじめて、「図式論」章の役割が明確になることを示した。また上記の二つの研究を含む課程博士論文「カント『純粋理性批判』における概念の問題」を京都大学に提出し、11月24日付で学位を取得した。
著者
鈴木 誠
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

平成21年度は平成20年度の検討をさらに推し進めるとともに,時刻同期機構の開発,無線センサノード向けマルチコアCPUの設計,地震モニタリングシステムの開発を行った.1.時刻同期機構の開発これまでの無線センサネットワーク向けの時刻同期機構は,時刻同期誤差の確率的な相関を考慮しておらず,誤差がホップ数に対して指数関数的に増大してしまうという問題があった.本研究では,時刻同期補正手法をFIRフィルタとしてモデル化し,誤差を増幅させる原因を特定し,新たな誤差補正手法を開発することで,ホップ数に対する誤差の増大を線形に抑えることを可能とした.また,誤差分布について検討を行い,ホップ数と時刻同期間隔の情報のみから時刻同期誤差を推定する手法を開発した.2.無線センサノード向けマルチコアCPUの設計現存する無線センサノードは,無線通信,計算処理,サンプリングなど,複数のタスクを1つのCPUで並列実行しており,スケジューリングの不確定性に伴う測定誤差の増大,パケットロスの発生などの問題が生じる.この問題の解決に向けてはマルチコアCPUによってタスクを分散させることが必要となる.本年度はマルチコアCPUの設計において重要となるコア間通信アーキテクチャの初期的設計を行い,無線センサネットワークの実際のアプリケーションにおいてコア間のデータ通信量を評価することで,設計の妥当性を示した.3. 地震モニタリングシステムの開発平成20年度および今年度に開発したネットワーク基盤技術を利用して,地震モニタリングシステムの開発を行った.ルーティングプロトコルなどの実装を行い,秋葉原ダイビルに8台構成で設置し,20個程度の実地震の取得に成功した.
著者
鈴木 郁郎
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2005

神経回路システムの動作原理の理解を目指して、1神経細胞単位で任意の回路パターンを作り、その活動を評価する構成的アプローチによる研究を行ってきた、今年度は昨年度までに開発した技術に改良を加え以下のことを行った。(1)<光学計測可能な多電極アレイ基板の開発>既存の電極では、電極上の細胞が可視化できないという問題があったため、白金黒付を薄くして光学計測可能な電極基板を作製した。電極インピーダンスは、従来電極より20倍高かったが、細胞と電極のコンタクトを増すことでS/N比が高い活動記録ができることがわかった.(2)<1神経細胞の発火特性の検出>上記電極を使って、電極上に1細胞単独で培養し、長期自発活動計測を行った。活動が記録されたサンプルの多くは、培養2週間前後から自発活動が観察され、培養1カ月以上の問、長期計測することができた。記録された1神経細胞が示す発火パターンの性質は、計測期間中保たれていたことから、1神経細胞は固有の自発発火パターンを持っていることがわかった。(3)<2神経細胞系からの発火特性の検出>電極上に2神経細胞系を構築し、活動特性を調べた。Burstする神経細胞とsingleスパイクで高頻度発火する細胞(GABA neuron)の共培養した系で計測した結果、burst神経細胞の発火によってGABA neuronが誘発応答を受ける様子が観察され、誘発を受けることによって、自発活動リズムが乱され、時間と共に元のリズムに戻って行く現象等(細胞間相互作用)が観察された。これらの結果により、1細胞単位で構成的に回路を構築することによって、細胞数や発火パターンの組み合わせに依存した神経回路システムの挙動を評価してゆくことが可能となった。この系を使って、高頻度刺激を与えたLTP実験や、医療への応用としてアミロイドβ投与による実験を行い、現在解析中である。
著者
土居 伸彰
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

ロシアの映画作家セルゲイ・エイゼンシュテインが1930年代以降に残した芸術理論とアニメーションとの関係を考察するという目的の当研究は、エイゼンシュテイン芸術理論におけるアニメーションの位置づけを明らかにしたう昨年度の研究成果をふまえて、エイゼンシュテイン芸術理論のアニメーションへの適用可能性を考える後半の考察が行われた。中心的な考察の対象となったのは、エイゼンシュテイン理論に影響を受けたと公言する、ロシアのアニメーション作家ユーリー・ノルシュテインである。学会発表「ユーリー・ノルシュテイン『草上の雪』について」は、2008年にロシアにて出版された初の理論的著作『草上の雪』にみられるエイゼンシュテイン理論の影響を明らかにすると同時に、ノルシュテインが自作の中心概念とする「追体験」(スクリーン上の出来事を観客に体験させることで、他者性に対する気付きを与えること)をキーワードとして、アニメーションにおける他者表象の可能性について、著作での記述と実際の作品の分析をふまえて行った。このテーマはさらに学会発表「追体験としてのアニメーション-ユーリー・ノルシテイン『話の話』を中心に」において、ディズニー作品における一体化のモチーフの頻出と他者性の排除と比較されることにより、より考察が深められた。また、エイゼンシュテイン理論のアニメーションへの適用可能性という観点から、エイゼンシュテイン後期芸術理論における「イメージ」概念(実際には不在であるにも関わらずその存在が感じとられてしまうもの)を用いて現代アメリカのアニメーション作家ドン・ハーツフェルトの作品分析を行う論文「ドン・ハーツフェルト作品におけるシンプルな描画スタイルの意義について」を、海外の映画祭での作家からの直接の聞き取り調査もふまえて執筆した。
著者
武内 和彦 GEETHA Mohan
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

2011年度(4月~10月)は、スリランカAnuradhapura地方とKurunegala地方において、農業気候に関する第1、2次データ収集を行った。同国はアジアでの最後の事例研究の一つである。調査は、異なった気候状況下における農家間の米の全ての品種と農家の純収益所得に主に焦点をあてた。予測される気候シナリオの下、米から得られる現在及び将来の収入を推定するため、両者共リカーディアンアプローチが用いられた。スリランカでの事例研究のデータ集計と分析を終了し、対象国タイ、インド、スリランカ3国間の比較研究を試みた。研究結果から、気候が純収入に影響を与えるのはスリランカであることが示唆された。年間平均降水量が100mm増加すると、調査対象となった全ての農地で収入が平均US$198/ha増加する。適応対策を施していない農地では、収入の増加は平均US$75/haであった。これは、農地での現行の方法が気候変動の影響を緩和していると考えられる。一方、平均気温が1℃増加すると、モデルから適応対策を行っている農地ではUS$75/ha、行っていない乾燥農地ではUS$99/ha収入が減少する。3つのモデルによると、2050年と2100年の気温と降水量の値は、両方の年で増加すると予測された。降水量に関してはCGCM3T63が2050年に増加、2100年に減少を示したものの、ECHAM50MとCSIROMk3.5では両方の年での増加が予測された。気候変動と気候の変動性に直面し、調査を行った米農家は適応対策を進めている。例えば、水及び土壌管理、アグロ・フォレストリー技術、作物管理手法、作物の多様化、新しい米品種の開発、オーガニック肥料、プランテーション、農地拡大などである。本研究の結果から、気候が収入に重大な影響を与えること、また、現在の選択肢を用い、新しい適応対策を発展させることが重要であると確認された。2011年度助成金申請時の通り、助成金はスリランカAnuradhapura地域及びKurunegala地域での現地調査に使用された。また、タイでの国内/国際ワークショップに参加し本研究の結果を発表するためにも使用された。
著者
山本 哲史
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

冬尺蛾は冬季に繁殖活動を行うが、著しい低温や積雪のある場所では、真冬期に活動せず、環境の穏やかな初冬期や晩冬期に繁殖する。極東アジア地域で多様化した冬尺蛾の1属Inurois属は12種を含み、それぞれの種は温暖地では真冬期を中心に成虫が出現するが、寒冷地では初冬か晩冬だけに活動する。Inurois属の1種クロテンフユシヤクでは、このような種間に見られる成虫出現時期の変異が種内に見られる。これらの状況から申請者は「寒冷地における真冬の寒さが、時間的生殖隔離を引き起こしている」と仮説を立て、クロテンフユシャクを材料として検証を行った。以後、温暖地の個体を温暖地型、寒冷地で厳冬の前と後に出現する個体をそれぞれ初冬型、晩冬型と呼ぶ。まず、寒冷地である仙台、小淵沢、岐阜の3地点で、同所的な初冬集団と晩冬集団を採集し、AFLP(増幅断片長多型)とミトコンドリアDNA(以降、mtDNA)をマーカーに用いて固定指数(Fst)を算出し、遺伝的分化を検討した。その結果、仙台、小淵沢、岐阜の全てで同所的な初冬集団と晩冬集団は有意に遺伝的に分化していることがわかった。次に、寒冷地と温暖地の比較研究のために京都と岐阜では1週間置きにサンプリングを行い、1週間おきの分集団間での遺伝的隔離を調べた。その結果、岐阜の初冬集団内、晩冬集団内、そして京都の集団のように連続して成虫が出現する場合には遺伝的に隔離されないが、岐阜の初冬-晩冬集団間のように成虫の出現が2つの時期に分離している場合には遺伝的に隔離されることがわかった。また、11週間連続という長期にわたって成虫が出現する京都では出現時期が離れるほど遺伝的隔離の程度が大きくなる傾向も見られた。以上のことからクロテンフユシャクは寒冷地において初冬型と晩冬型は時間的に隔離されていることが明らかとなった。この時間隔離は冬の寒さによって引き起こされていると考えられ、本種は真冬の寒さによって種分化の初期段階にあると考えられた。
著者
寺本 万里子
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

報告者は、内部磁気圏を飛行する二衛星(DE-1とAMPTE/CCE)が観測したPi2地磁気脈動の解析を行った。地上磁場データからウェーブレット解析を用いて選び出した849例のPi2地磁気脈動と衛星磁場3成分との比較を行ったところ、地上Pi2と類似の波動が圧縮波成分に多数観測された。これらの圧縮波成分の振幅、位相差の空間分布を調べたところ、衛星で観測されたPi2はPVR(Plasmaspheric virtual resonance mode)の波動の特徴を持つことが明らかになった。また極軌道衛星Cluster衛星とヨーロッパと南極に位置する低緯度から高緯度の地上観測点を用い、内部磁気圏高緯度と地上高緯度で観測されるPi2地磁気脈動を比較した。高緯度で観測されるPi2の周期は低緯度のPi2の周期よりも短く、偏波の方向が異なっていることが明らかになった。以上の結果は、Pi2は高緯度と低緯度で発生源が異なることを示している。以上の研究によって、サブストーム発生時に内部磁気圏で引き起こされる擾乱の空間特性をより詳細に明らかにした。また、アメリカ合衆国・ジョンズホプキンス大学応用物理学研究所に10ヶ月間滞在し、今年度から新たに、THEMIS衛星を用いたGiant pulsationの解析にも取り組んだ。Giant pulsationは、太陽活動度が極小の時にサブオーロラ帯に引き起こされる周期40-150秒の非常に大きな振幅を持つ波動である。地上磁場データで引き起こされているGiant Pulsationと衛星の磁場データを比較したところ、Giant Pulsationは朝側の限られた領域にしかみられない現象である事を確かめた。
著者
桑原 尚子
出版者
名古屋大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2002

1.学会発表(Asian Law Institute, Inaugural Conference,2004年5月27、28日於シンガポール国立大学)報告タイトル:Is Legal Tradition Sacred to Be Immutable? : Conversion to Islam under Malaysian Family Law from the Viewpoint of Civil Courtマレーシアでは、コモン・ロー、イスラーム法、マレー・アダット及び先住民の慣習法が裁判規範として認められ、このような法制度は「多元的法体制」(M.B.フーカー)と称されている。主として、家族法の領域において、宗教及び民族ごとに異なる法が適用される結果、人際法の問題が生じることとなる。本報告では、非ムスリム婚の当事者の一方のイスラームへの改宗を原因とする離婚に焦点をあてて、マレーシアの法だけでなく政治においても、特別な意義をもつイスラーム法伝統の不変性/可変性について、通常裁判所の判例分析に基づいて、しばしば真正性が法、政治において強調されるイスラーム法が、多民族の共存の文脈では、不変性を必ずしも維持しえないことを明らかにした。2.「マレーシア法」、北村一郎編『アクセスガイド外国法』(東京大学出版会、2004年)所収マレーシアでの留学経験及び調査に基づいて、マレーシア法の基本的な調べ方についての解説を行った。3.「マレーシア・イスラーム離婚法の改革の法理とジェンダー」(博士論文、名古屋大学大学院国際開発研究科提出)これまでの研究及び調査に基づいて執筆した。イスラームでは「男女は神の前では平等であるが、男女間の役割は異なる」と言われ、イスラーム家族法では、ジェンダーの役割分担に基づく権利義務が付与されている。本論文では、マレーシアで適用されているイスラーム離婚法が、このようなジェンダー役割に基づいていることを前提として、過去40年間の法変動について分析し、そこにみられる改革の法理を明らかにすることを試みた。