著者
増田 有紀
出版者
筑波大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

本研究の目的は,学習者の量に関する認識上の困難点を学習者の立場から特定し,学校数学における量に関する学習指導全体を再構築することである。昨年度と今年度の2年間は,学校数学で学習される量の中でも特に,独自の特性を有する「角の大きさ」に焦点をあて,はじめに,量とその測定に関する指導の順序を示す「測定指導の四段階」と角の概念が有する特徴との関連を精査しながら,小学校から高等学校までの複数の学校段階における角の計量的側面に関する学習の要件を理論的に解明した。次に,その要件の獲得に困難を示す場面を実証的に特定し,そのような困難性を抱える学習者の立場から,角の学習指導全体のあり方を学校段階に応じて総合的に検討した。その結果,以下の二つの研究成果が得られた:1.複数の学校段階にみられる角の学習上の困難点とその背後にある要因を顕在化し,困難点を解消する方法を探究する立場から角の学習指導の改善のための示唆を得る方法を解明したこと,2.角の学習指導に関する実践上の課題を解決するために,上述の方法を適用し,角の学習上の困難点とその要因の解明を通して得られる知見によって,学校数学における角の学習指導の改善の指針を提示したこと。本年度は,上述のような成果に関して,学位論文「角に関する学習上の困難点の特定とその解消の方法-学校数学における角の学習指導の改善に向けて-」を執筆し,平成23年3月25日付けで筑波大学より博士(教育学)の学位を取得すると同時に,第34回数学教育心理学会(PME34),第5回東アジア数学教育国際会議(EARCOME5),日本科学教育学会第34回年会,日本教材学会第22回研究発表大会,日本数学教育学会第43回数学教育論文発表会の学会で発表した。
著者
太田 裕之
出版者
東京工業大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

本研究では,「環境や社会や後生への配慮」といった,ある種のモラリティが重視されつつある時代のニーズに応えるため,人々のモビリティにおけるモラリティの向上,および,共同利用(シェアリング)の普及に資するための,自動車会社からなすべき社会コミュニケーションのあり方を把握し,望ましいクルマ社会のありかたと,その状態への移行戦略を模索するための基礎的知見を得ることを目的とし,特に,カーシェアリングやエコカーを題材とした,受容性把握,受容性向上施策,受容後の意識やライフスタイルの変化についてアンケート調査等を通じ検討を行った.(1)社会コミュニケーションがモラリティ商品の購買行動や受容行動に及ぼす影響把握既存の単体製品(エコカー)およびカーシェアリングを題材に上げ,前年度に全国の免許保有者を対象としたインターネット調査を実施した.今年度はこれら両製品の現状における受容意向,および受容性の向上に資する要因を取りまとめ論文・学会発表を行った.また,上述の調査結果を踏まえ,カーシェアリングの加入促進を目的とし,オリックス自動車(株)の協力の下,実際にカーシェアリングが実施されている地域において,周辺住民や事業所を対象とした現場実験を実施し,加入促進に資する条件を取りまとめた.(2)モラリティ配慮商品の購入が人々の意識・ライフスタイルに与える影響把握モラリティ配慮商品とし,既存のエコカーを題材に上げ,新規買換購入直後6ヵ月以内の自動車保有者を対象とし,購入直後6ヵ月以内,および,その後8ヵ月経過後において,走行距離の変化を調査した.結果,エコカー購入者の方が,走行距離がより上昇するとの結果が得られた.また,開発段階の一人乗り電動式小型可搬式モビリティを題材に上げ,実際に社会に導入された場合における影響を心理学的な観点から分析した.
著者
渡邉 慶
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

計画初年度および2年度の研究の結果、ニューロン活動記録実験(本実験)に用いる行動課題として、Dual task paradigm(二重課題法)と呼ばれる刺激提示方法を用いることが本研究の目的に最も適していることが明らかになった。二重課題とは、被験者に同時に二種類の異なる課題を行わせる実験手法である。この時、二重課題を構成するそれぞれの課題の正答率は、個々の課題を単独で課した場合の正答率より低下することが、二重課題干渉(Dual task interference)として知られている。本研究で用いた二重課題では、サルに、視野内の異なる場所に配置されたリング状の視覚刺激の輝度の微細な変化を検出(注意課題)させる傍らで、視野内の5カ所の内のいずれかに提示される別の視覚刺激(正方形の一様光ディスク刺激)の場所を記憶させる(短期記憶課題)という二種類の課題を同時に課した。行動データ解析の結果、2頭のサルにおいて、二重課題干渉が起こることが示された。即ち、両課題を同時に行った二重課題場面における各課題の正答率が、注意課題と短期記憶課題を別個に行った場合の正答率に比べて、顕著に低下した。更に、サル前頭連合野から単一ニューロン活動を記録・解析した結果、2頭のサル両者において、前頭連合野のニューロン活動が二重課題干渉を示すことが明らかになった。即ち、短期記憶課題を単独で課した場合に記録された記憶関連活動が、同一の課題が二重課題の一部として行われた場合には、顕著に減衰することが示された。更に、二重課題場面における記憶関連ニューロン活動の減衰の大きさは、行動レベルで観察された二重課題干渉の大きさと相関していることが示された。従って、行動レベルで観察された二重課題干渉という現象は、前頭連合野の単一ニューロンの挙動によって説明されることが示された。本研究の結果は、多くの心理現象の説明に幅広く用いられてきた「認知資源」という心理学的概念に、神経科学の立場から直接的な証拠を提示するという意義を持つ。
著者
向江 頼士
出版者
横浜国立大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

1937年,K.Wagnerによって5頂点からなる完全グラフK5をマイナーに持つグラフの構造が特徴付けられたが,6頂点以上の完全グラフに関しては何も知られていない状況であった.ところが,2003年にB.Moharたちは,「グラフが閉曲面に埋め込める」という位相幾何学的な条件を付加することにより,「射影平面上の5-連結3-representativeグラフはK6をマイナーに持つ」という定理を証明した.この結果により,K6をマイナーに持つためのある程度意味のあるグラフ構造が記述されたが,まだ十分条件を与えるに留まっていた.そこで本研究では,曲面上のグラフを「三角形分割(各面が三角形であるような曲面上の単純グラフ)」に限定した.B.Moharたちの定理よりも条件は強くなっているが,射影平面,トーラス,ダブルトーラス,クラインの壷,種数3の向き付け不可能な閉曲面上の三角形分割がK6をマイナーに持つための必要十分条件を示している.これらの結果を皮切りに,完全グラフをマイナーに持つ曲面上のグラフ構造とその関連についての研究を行った.今年度の研究結果の一つとして,種数4の向き付け不可能な閉曲面上の三角形分割がK6をマイナーに持つための必要十分条件を示した.この結果から「種数4の向き付け不可能な閉曲面の全ての5-連結三角形分割と全ての4-representative三角形分割はK6をマイナーに持つ」という系を得られた.また,その他の閉曲面上のグラフの研究として,四角形分割から偶三角形分割への拡張可能性についていくつかの結果が得られた.
著者
堀 昌平 FERRANDIZ Romero M.E. FERRANDIZ ROMERO MARIA ENCARNACION MARIA ENCARNACION FERRANDIZ ROMERO
出版者
独立行政法人理化学研究所
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

本研究では制御性T細胞(Treg)分化と機能発現に関わる抗原特異性とTCRレパトワを解明することを目的とし、Treg由来核移植ES細胞クローン1D2から樹立した1D2-TCRβマウスを用いて以下の研究を行った。(1)Treg由来TCRの特異性の解析:1D2クローンがTreg由来であることを証明してその特異性を明らかにするためにRAG欠損マウスの骨髄細胞に1D2 αβTCRを発現させるレトロウィルスを感染させ、これを放射線照射したRAG欠損マウスに移入してTreg分化を解析した。その結果、この1D2 αβTCRを発現する細胞から確かにFoxp3+ T細胞が分化することを見出し、このクローンがTreg由来であることを明らかにした。(2)Tregおよびaborted TregのTCRレパトワ解析:最近我々は、Treg分化の過程で一部のFoxp3+ T細胞がFoxp3発現を失ってヘルパーT細胞へと分化する可塑性を示すステージがあることを見出し、このような細胞をaborted Tregと名付けた。Tregとaborted Tregの関係、そしてそれらの特異性を明らかにするために、1D2-TCRβマウスにFoxp3^<EGFPCre>, ROSA26^<RFP>, TCRCα+/- allelesを交配により導入し、ここからTreg(EGFP+), aborted Treg (EGFP-RFP+), non-Treg (EGFP-RFP-)を単離してVαレパトワを解析した。その結果、これらのレパトワは多少の重なりはあるものの全体として異なっており、ある特定の特異性を持ったFoxp3^+ T細胞のみがTreg分化においてabortされることを見出した。
著者
小山 英恵
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

ミューズ教育は、20世紀前半ドイツの学校音楽教育の指導的理念である。これまで、このミューズ教育の思想を実践に移したブリッツ・イェーデ(Fritz Jode, 1887-1970)の音楽教育論およびイェーデに対する批判的な見解に焦点を当てて研究してきた。今年度は、イェーデが自身の新たな音楽教育論を実践するために構想した音楽学校構想、および教師教育論について研究を進めた。まず、イェーデの構想により1923年に創設されたシャルロッテンブルク青少年音楽学校のカリキュラムについての研究を進めた。青少年音楽学校の理念は、すべての人々に「共同」の精神や「生彩に富む」の内面の「生」の表れとしての能動的な音楽活動を可能にさせることを目指すことにあった。この理念を実現するためにイェーデは、未来の音楽家や音楽教師の育成を担う音楽大学附属の青少年音楽学校を構想し、あらゆる社会的階層の子どもたちを生徒として呼び集めた。この学校のカリキュラムは、音楽授業と授業外の活動の2つからなっていた。次に、イェーデの青少年音楽運動における教師教育について、1925年に実施された民衆音楽学校のための教師教育講座および1926年以降に実施されたベルリンの国民学校教師のための学校音楽講座に関する2つの史料を取り上げて検討した。この教師教育の目的は、「音楽への能動的な参加」によって「生」や「愛における共同体」を人々の内面にもたらすという青少年音楽運動の理念を音楽教育において実現する教師の育成にあった。その教育内容の特徴は、音楽の専門的能力や教育者としての能力だけでなく、音楽のもつ人間形成の力を基盤とする青少年音楽運動の教育観や音楽観を育成しようとする点にあった。授業方法の特徴は、参加者が共同で考えを練り上げ新たな価値を生み出していくという「作業共同体」の方法論にあった。この方法論は、自らの価値判断において教育における課題解決を行う自律的な教師を育成しようとするものであった。
著者
南雲 泰輔
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

本年度は、まずは昨年度取り組んだ研究成果を口頭報告および論文として発表することから始めた。第一に、第8回日本ビザンツ学会において口頭で報告を行なった21世紀以降の「古代末期考古学」の動向分析を学界動向として論文化し、『古代史年報』8号(2010年)に発表した。第二に、ローマ帝国西部の武官スティリコに関する研究成果の一部を、第60回日本西洋史学会大会(2010年5月30日、別府大学)において口頭で報告し、この口頭報告を基にした論文を『古代文化』62巻3号(2010年)に発表した。この論文は、後期ローマ帝国において「蛮族」という属性が持った意味について、近年主流となっている考え方とは異なる視角から解明を試みたものであり、詩人クラウディアヌスのラテン詩等の分析に基づき、皇帝家と「蛮族」出身の武官スティリコとの間で形成された姻戚関係に着目して考察を行なった,続いて本年度は、ローマ帝国西部における当時の代表的元老院貴族クイントウス・アウレリウス・シュンマクスの著作を中心とした考察を新たに進めた。予定通り、2010年9月に英国・ロンドン大学古典学研究所および大英図書館において集中的な文献調査・資料収集を行ない、国内では入手・閲覧の困難な多数の関連資史料を参照・収集することができ、これによって現在までの研究状況とその問題点とを概ね把握しえたことは大きな成果であった。また、この文献調査・資料収集の結果、本年度の当初の研究計画は部分的に修正する必要が生じ、とりわけ分析の中心となる同時代史料については、シュンマクスの残した『書簡集』のみならず『陳述書』をも視野に含めることとして、それぞれの史料の読解を進め、これを検討した。
著者
新山 智基
出版者
立命館大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

本年度の大きな成果は、昨年度の調査を盛り込んだ博士論文「顧みられない熱帯病〈ブルーリ潰瘍問題〉に対する感染症対策ネットワーク構築と小規模NGOの役割」を執筆したことである。本論では次の5点について明らかにしている。第1に、グローバルな感染症対策ネットワークの構築可能性の論議に向け、感染症を取り巻く状況やミレニアム開発目標などの動向に加え、NGOのかかわり、ネットワーク構築といった先行研究の検討を行った。第2に、顧みられない熱帯病・ブルーリ潰瘍問題が抱える問題を明らかにした。第3に、第2で明らかにした問題に対して、どのような対策・支援が実施されてきたのか、ブルーリ潰瘍問題に取り組んできた国際機関(WHO)、政府(被援助国)、NGOの3者を取り上げながらの考察を試みた。第4に、支援団体のなかでも日本で数少ないブルーリ潰瘍支援団体である「神戸国際大学ブルーリ潰瘍問題支援プロジェクト」を取り上げ、活動などの分析を行った。第5に、以上のようなことを踏まえ、これまでブルーリ潰瘍問題に対して、どのような形での支援が展開されてきたのかを考察している。また、2011年3月には、ブルーリ潰瘍対策専門家会議(WHO Annual Meeting on Buruli Ulcer)での報告"An Integrated Approach to Education Aids in West Africa"を行った。
著者
間瀬 剛
出版者
名古屋大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

申請者はLHC加速器を用いた超前方中性粒子測定実験LHCfに参加している。LHC加速器は平成21年3月に世界最大のエネルギーである3.5TeV+3.5TeV陽子同士の衝突を成功させた。また6月には100μradの角度をつけて衝突させることにも成功している。また低エネルギーである450GeVの衝突を2009年に引き続き行った。LHCf実験は上記のすべての条件でデータ取得を行い、450GeV衝突では約5万のイベントの検出、3.5TeV衝突では約5000万イベントの検出に成功している。申請者は平成21年1月31日から平成21年7月3日まで平成21年度優秀若手研究者海外派遣事業(特別研究員)に採用され、当該期間にLHC加速器のあるCERNで研究に従事した。申請者はLHCfメンバーの一員として24時間シフトを組んで共同研究者とともにデータ取得にあたった。さらに得られたデータのキャリブレーションとして使用している2007年度に行われたSPSビーム実験の再解析を行ない、LHCf実験で得られたエネルギー決定のパラメータを新しいものに更新した。過去に行われたシミュレーションに用いられているCosmos/Epicsというコードのバージョンが古いものであったため、新しいものとはエネルギー損失等に若干の差異がでることが予想された。そこでバージョンを最新のものにして新たにシミュレーションを行い、先人とは独立した解析によって新しくパラメータを決定し、以前のものと1%程度の相違があることを確認した。また新しいバージョンでのシミュレーション結果を使用して検出器のエネルギー分解能やエネルギースケールの評価を行った。
著者
永井 雅代
出版者
独立行政法人国立長寿医療研究センター
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

本研究は神経変性疾患の共通の病理学的特徴である、タンパク質の異常凝集体の形成に酸化ストレス、特に脂質過酸化反応が関与して神経細胞死を引きおこしていることを明らかにし、脂質過酸化反応を食品成分により抑制することで神経変性疾患の発症を予防するための基盤データを得ることを目的としている。これまでにパーキンソン病の凝集体の主要構成タンパク質であるα-シヌクレイン(Syn)に対し、ω-3不飽和脂肪酸のドコサヘキサエン酸(DHA)は、in vitroにおいてタンパク質の重合化反応を促進し、凝集体を形成、この凝集体構成タンパク質にはDHA酸化物(PRL)による修飾が生じていることを明らかにした。そして、DHAが神経芽細胞腫SH-SY5Y細胞に対して濃度依存的に毒性を示し、細胞内活性酸素種の産生増加とともに、細胞内のPRL修飾タンパク質がミトコンドリア、核・膜画分でDHA濃度依存的にPRL修飾タンパク質が顕著に増加していることを報告した。さらに、α-シヌクレイン遺伝子を導入したSH-SY5Y(Syn-SH)細胞もSH-SY5Y細胞と同様にDHA濃度依存的に毒性を示した。蛍光免疫染色法による観察から、DHAを添加したSyn-SH細胞の細胞内にはSynの増加とその凝集体の形成促進が認められた。加えて凝集体形成を促進すると報告されているリン酸化Synの増加が観察された。これらの結果は、神経細胞においてDHAによる酸化ストレス亢進はSyn凝集体形成とともに神経細胞死を促進することを示している。SH-SY5Y細胞にDHAとともに食品成分を添加することでDHAによるタンパク質凝集および神経細胞死が抑制されるかどうか検討したところ、大豆イソフラボンを予め添加して培養したSH-SY5Y細胞においてSyn/DHAによる神経細胞死を抑制することが分かった。しかしながら、DHAによる神経細胞死は抑制しないことから、大豆イソフラボンは抗酸化作用とは異なる機序で神経細胞死を抑制していると考えられた。
著者
吉井 秀夫 SEONG JeongYong
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2003

本年度は、研究代表者の吉井の指導の下、研究分担者が日本および中国における資料の実見調査を精力的におこなった。中国での調査については、5月に遼寧省の朝陽・瀋陽周辺の鮮卑系考古資料を見学し、この地域の騎馬に関わる文化が、4・5世紀の百済の馬具とどのような関係にあるのかについて検討をおこなった。日本での調査については、これまで研究分担者が訪れる機会のなかった中部・関東地方の資料を集中的に調査することにした。5月には、大室古墳群に代表される、長野市周辺の渡来系考古資料の見学と検討をおこなった。また岡山県でおこなわれた、古代山城である鬼の城についてのシンポジウムに参加して、百済山城との関係を議論し、城門を復元中の鬼の城の現地を見学した。7月には福井県・東京都・群馬県・埼玉県・千葉県で資料調査を行った。福井県では、福井県立郷土若狭歴史民俗博物館などを訪れ、若狭を中心とする渡来系考古資料の実見調査をおこなった。東京都では、東京国立博物館および宮内庁書陵部が所蔵している日本各地出土の渡来系考古資料(主に馬具類)を集中的に見学した。群馬県・埼玉県・千葉県では、群馬県観音山古墳・観音塚古墳、埼玉県埼玉古墳群、千葉県金鈴塚古墳など、関東における環頭大刀や青銅製容器が多量に出土した古墳の現地を訪れ、また出土資料を見学して、百済との関係について検討をおこなった。個人的な事情から、今年度の研究費による調査を中断せざるをえなくなったが、昨年度の調査と含め、日本および中国において、百済との関係が深い考古資料の概要を大まかに把握することができたのが最大の成果であった。この成果をもとに今後も、引き続き百済の対外交渉について、東アジア的な視角から研究を進めていきたい。
著者
森 哲 COOK S. P. COOK Simon Phillip
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2004

本年度は、研究開始時期が冬季であったため、調査地と対象種の選定を主とした予備的調査を行った。亜熱帯域におけるトカゲ類の温度生理を温度環境の異なる地域間で比較し、また、温度選好性が異なると推測される複数種が存在する場所と、単一種のみが存在する場所を選び、それらの間でそれぞれの種の温度特性を比較することを目的として、適切な種と調査地の確定を行った。また、選定に際しては、京都大学理学研究科の戸田守助手と琉球大学熱帯生物圏研究センターの太田英利教授のアドバイスをあおいだ。まず、既存の文献データから琉球列島に生息するトカゲ類の分布域と選好環境の情報を調べ、対象種として、オキナワトカゲ、バーバートカゲ、および、ヘリグロヒメトカゲを選抜した。これをもとに、調査候補地として、沖縄北部の山原、伊江島、久米島、伊平屋島、伊是名島、および、奄美大島を選んた。本年度は、このうち沖縄島北部の山原と伊江島へ1月に赴いて実際の環境を巡察し、山原は上記3種が生息する環境として、伊江島はオキナワトカゲとヘリグロヒメトカゲが生息する環境として、調査対象にふさわしい場所であると判断した。他の地域へは、平成17年度の4月に赴く予定である。また、2月には、体温と逃走速度との関係を実験下で調べるための実験装置であるレーストラックの作成準備にとりかかった。この実験では、野外で捕獲してきたトカゲを様々な体温条件下で逃走させる必要があるが、既存のインキュベーターを用いてトカゲの体温を変化させることが可能であることを確認した。
著者
朴澤 泰男
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2005

今年度の研究では、主に次の2つの成果が得られた。第一に、高校3年生を起点としたパネル調査のデータを用いて、大学進学選択の規定要因を分析し、成果をワーキングペーパーにまとめた。明らかになったのは、性別や家庭の所得、学力など個人属性がそれぞれ進学行動に影響していることのみならず、そうした要因をコントロールしても、出身県における大学教育供給のあり方の違いによって進学チャンスが異なることである。第二に、同じ調査データを用い、日本学生支援機構の第一種奨学金(予約採用)に申し込み、そして採用されるのはどのような家庭背景をもつ高校生なのかという問題を分析した。成果は2008年5月開催の日本高等教育学会大会で、「予約奨学金に採用されるのは誰か?」と題して発表する。奨学金が低所得層からの大学進学を促すか否かを検討するには、その前提として、必要な人に奨学金が届けられているかを検討しておく必要があるためである。分析の結果、次の四点が明らかになった。第一に、所得や学力をコントロールしてもなお、都道府県別奨学金採用枠の相対的に多い県に住んでいる高校生ほど、予約奨学金に申請する可能性が高い。しかしながら第二に、採用枠の多寡は、(申請の有無にかかわらず)予約奨学金の採否に影響を及ぼさない。第三に、採用枠の少ない県に住んでいる高校生ほど、予約採用制度のことを十分知らない傾向にある。したがって第四に、採用枠の少ない県ほど予約採用制度について十分知られておらず、そのため、(優れた学生で経済的理由により修学に困難がある者であっても)申請も行わない、といった家庭が少なくないことが示唆される。
著者
広瀬 啓吉 SHAIKH Mostata Al Masum SHAIKH Mostafa Al Masum
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

昨年度、文の情動の程度を数値として表し、そこに含まれる感情の指標を抽出することを進めた。本年度は、その手法を高度化するとともに、得られる指標を合成音声に反映させることを中心に研究を進め、下記成果を達成した。1.ニュース文について、動詞に着目して各句の肯定/否定の程度を評点として数値化した上で、順接、逆節といった句間の関係から、文全体の肯定/否定の程度を評点として与える手法を開発した。評点を用いて、英語音声合成フリーウェアのMARY音声合成システムの韻律を制御することを行った。お祭りのニュースなど、文内容が肯定的な場合は基本周波数/発話速度を上げ、事故のような、否定的な場合は、下げることを基本とする制御を行うことにより、文内容にふさわしい合成音声を得た。2.認知モデルの立場から、喜び、悲しみなどの感情を、肯定/否定、興奮/抑制といった軸によって定式化し、文内容に含まれる感性情報を抽出する手法を開発した。肯定/否定、興奮/抑制の値によりMARY音声合成システムの韻律を制御することを行い、合成音声の聴取実験により抽出した感情が適切に反映されることを確認した。3.音声からそこに含まれる情動/感性を抽出する手法について、音響部分の構築として、スペクトルの周波数と時間方向の変化の特徴と韻律的特徴を用い、Support Vector Machine等による判別を行うことで、定型文に限定されているが、肯定と否定の情動の判別率90%を達成した。4.人間が生活する際に発生する種々の音から、人間の活動を推定する手法(Life Logging)の開発を進めた。音声認識で使われているMFCCを特徴量としたHMMを用いることで良好な音認識が可能なことを示した。
著者
生駒 久美
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

申請者は、20世紀初頭のアメリカ・モダニズム小説を読漁することを通じて、19世紀リアリズム小説における男性感傷の問題を考察してきました。その結果、モダニズム小説と比較することで、リアリズム小説において、男性登場人物達の感傷が称揚されていることに注目してきました。モダニズム小説に関して言えば、アーネスト・ヘミングウェイの『日はまた昇る』における主人公ジェイクは、感傷的(女性的)な男性登場人物コーンに批判的であるのに対し、(男性性を象徴する)若い闘牛士には強い憧憬の念を抱いています。ウィリアム・フォークナーの『響きと怒り』におけるジェイソンは、恋愛感情よりも家長として振る舞うことを優先します。モダニズム小説において感傷とは女性性を指し、否定的な意味しか持ちませんでした。しかし、それにもかかわらず男性登場人物の感傷(もしくは女性性)の抑圧は必ず失敗に終わるのです。モダニズム小説における男性感傷は、抑圧の失敗といった形で担保されていると見なすことが可能です。一方、社会をありのままに捉えようとするリアリズム小説家は、主に女性の共感に基づいたユートピア的共同体を称揚する感傷小説に反発し、社会から疎外され、苦悩する男性への共感をしばしば描きました。例えば、ウィリアム・ディーン・ハウェルズの『サイラス・ラパムの向上』における、事業に失敗したラパムに対する上流階級トムの共感、マーク・トウェインの『トム・ソーヤの冒険』におけるインジャン・ジョーに対する主人公トムの共感、ヘンリー・ジェイムズの「密林の野獣」における愛する者の墓前でむせび泣く男に対する主人公マーチャーの共感を挙げることができます。このように、男性感傷という主題は、モダニズム小説においては、失敗を前提としながら抑圧されるものであったのに対し、リアリズム小説においては重要であったことを確認してきました。
著者
石田 章純
出版者
東北大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

初期原生代(19億年前)のガンフリント層およびローブ層における地質調査を行い、採取試料の岩石学、鉱物学、地球化学的分析を行った。特に有機物の窒素安定同位体比の測定においては段階燃焼法の導入によってコンタミネーションの可能性を除去した信頼できる値を提示し、かつ有機物中に、含有される窒素の同位体比の異なる炭素構造をもつ有機物の不均質が存在することを示すことができた。その結果、初期原生代の海洋環境と微生物活動について、一般に信じられている"浅部が酸化的で深部が強還元的(硫化水素に富む=euxinic)な海洋"における"化学合成細菌(例えば鉄酸化菌)主体"の環境モデルではなく、"浅部が酸化的で深部が非酸化的だがeuxinicではない海洋"における、"シアノバクテリアが生態系の第一次生産者である"モデルを提唱した。この成果はGeochimica et Cosmochimica Actaに投稿準備中である。段階燃焼法を用いた有機物窒素同位体比の測定法の確立、および初期原生代有機物窒素同位体比の不均質性の発見は革新的な成果であり、その成果は別途Geochemical journal投稿され、受理された(Ishida et al.,2012,in press)。目標の1つであった電子顕微鏡による微小領域観察については有機物の透過型電子顕微鏡(TEM)観察の初等技術を習得し、初期原生代の有機物中に結晶度の異なるグラファイトが存在する可能性を見出すことができた。さらに、より古い時代の岩石については、30億年前、27億年前、22億年前の堆積層が産出するカナダ・スペリオル湖周辺地域、25億年前、23億年前の堆積層が産出する南アフリカ・タイムボールヒル地域、クルマン地域での地質調査および岩石試料の採取を完了している。これらの地域について岩相記載や薄片観察など基礎的な分析を進めた。
著者
斉藤 一哉
出版者
東京工業大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

多角形から構成される平面/空間の幾何学図形に基づき,申請者はこれまで様々なコア構造を創製してきた.平成21年度前半はオクテット・トラス型コアパネル,「ダイアコア」の音響,振動特性に関して研究を行った.振動特性に関しては,鋼板からプレス加工により試作パネルを製作し,自由支持条件下でインパクトハンマーを用いた加振実験を行い,基本的な振動特性を明らかにした.また有限要素法による固有値解析を行い,板厚,パネル厚,セルサイズと固有振動数との関係を明らかにした.また音響特性に関しては木製の遮音箱を製作し,PET製ダイアコアパネルの遮音試験を行い,基本的な遮音特性を明らかにした.パネルと同じ材質の平板及び間に空気を挟んだ二重壁に対しても同様の試験を行い,ダイアコアパネルの試験で得られた値と比較した.21年度後半は,周期的な切り抜き,スリットを導入した平板から折り曲げのみによって製作される軽量コアパネルに関して,先進複合材料を用いた新しいモデルの創製を行った.まず,カーボン/エポキシ複合材シートにおいて,折線部のみシリコンを含浸させることによって折り曲げ可能なCFRPシートを製作する手法を研究した.またエポキシ含浸時に紙製のマスクを用いることで,自由な折パターンを描く手法を開発した.この手法により折紙のような複雑な折線パターンをCFRP上で実現することが可能となった.上記手法を応用することで,シリコンによってグリッド状の折線を導入したCFRPシートに周期的な短形の切り抜きをいれ,立体化することによってCFRPコアパネルを製作した.また,アルミ合金製の型を製作することによりコルゲート状のCFRPを製作し,周期的に切抜きを入れジグザグに折り曲げることで製作される新しいCFRP製の折紙ハニカムコアを創製した.さらにシリコンによって折線パターンを変化させることで,曲面,テーパー型等の様々な形状を持つCFRPハニカムを製作した.
著者
手嶋 泰伸
出版者
東北大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

本研究員の研究目的は、現在まで本格的な分析の行われてこなかった戦時期における日本海軍の政治史的動向を、特にその期間内の大部分で海相及び首相を務めた米内光政に着目することで解明し、戦時期の政治史研究の深化に実証的な貢献をなすことである。平成22年度においては、対米開戦の政治過程における海軍の役割と、ポツダム宣言受諾時の政治過程における海軍の役割について分析を行う予定であったため、防衛省防衛研究所図書館・国立国会図書館憲政資料室を中心に、戦前期陸海軍の関係文書を調査した結果、以下2点が明らかになった。(1)対米開戦の政治過程における海軍の役割について第3次近衛文麿内閣において対米戦に消極的であった海軍が、何故東条英機内閣において急速に開戦に傾斜するのかということを、海軍の内部史料を収集・分析した。その結果、この問題における海軍の態度決定要因が「管掌範囲認識」と「執行責任のジレンマ」という2点にあることを明らかにし、それらが東条英機内閣で開催された大本営政府連絡会議により解消することで、海軍が開戦に傾斜するということを明らかにした。それにより、当該時期の意思決定システムが、消極的な海軍の影響を受けて曖昧になっていく過程が抽出された。(2)ポツダム宣言受諾時の政治過程における海軍の役割についてポツダム宣言受諾時の政治過程において、海軍(米内光政)の果たした役割について分析した。その際、米内の行動の基礎となる海軍内部の情勢を詳細に把握するとともに、陸軍内部の状況も同様の調査を行い比較検討することで、米内の行動の背景や要因を考察した。その結果、ポツダム宣言受諾時の混乱は主管大臣を尊重する米内の政治スタンスと、部下統制を非常に重視しつつも楽観する、米内の特殊な職掌認識にあったということが明らかになった。それにより、宮中グループを中心に分析されてきたポツダム宣言受諾時の政治過程の混乱の理解が、海軍の視点から深められた。
著者
辻本 実央
出版者
上智大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

本研究の目的は、9世紀後半から13世紀のクメール遺跡を飾る浮彫に描かれた人物彫刻の様式と遺跡等との関連性の変遷について明らかにし、クメール美術史全体をつらぬく大きなフレームワークとして人物彫刻を題材とした自律的な東南アジア美術史観を提示することである。本研究で具体的に明らかにしようとすることは次の2点である.各点について研究成果をまとめる。第一に、アンコール王朝が興隆したおよそ9世紀から13世紀までを網羅するクメール遺跡(計35)の建築装飾に用いられた人物彫刻の特徴的な様式、所属する建築物とそこにおける配置関係の歴史的展開を明らかにする、そのために全クメール史を網羅する人物像彫刻の独白データベースを構築したその分析から、2つの先行研究にない新たな事実を発見した。第一に、穏やかな表情をしたドゥバラパラ像を対で置く設置方法の出現である,第二に、中央祠堂における女性立像の専有が特定の遺跡でみられることである。第一の点については、壁面浮彫から憤怒相のドゥバラパラ像が切り離されたと考えられる。この間一貫してドゥバラパラ像の役割は守門神であったといえる、第二の点については、女性立像が2つの役割を果たしていると考えられる。第一に守門神としての役割、第二に建物自体を荘厳するための装飾的な要素としての機能である.サンスクリットでは前者は「ドヴァラパリカ」、後者は「スラスンダリ」に相当する。後者では、国家鎮護寺院として設置された建物が選択的に女性立像を中央祠堂に配置している。第二に、上記で明らかになった特徴的な様式とその展開が、クメール文明内で独自に起きた表現様式の模倣・拡大・変容といえるのか、域外文明からの影響によるものなのかを明らかにする。現段階では明示的な結果は得られていないが継続的に分析を続ける。
著者
落合 恵美子 TOIVONEN T.H. TOIVONEN Tuukka
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

2010年度においては研究計画通り、論文執筆・出版に向けての書籍執筆や修正を中心に活動し、『A Sociology of Japanese Youth : From Returnees to NEETs』共著書籍の出版が決定(2011年夏)、『Getthing Japanese Youth Back to Work : Negotiating Policy in a Post-Industrial Society』をRoutledgeと出版契約を結ぶことができた(2011年末)。研究論文については、『Social Politics』ゲンダーと福祉政策の分野で著名な雑誌に投稿。また、同じく家族政策やワークライフバランスをテーマにIs There Life after Work for Japan? Political 'Work-Life Balance' Research Begins to Address the Hard Questionsをまとめた。また、6月に「若者問題」についてのワークショップを開催。心理学社と社会学者、そしてMichael Zielenzigerアメリカの著名な記者の討論により成果の多いイベントになった。http://www.tuukkatoivonen.com/Events_files/Workshop2010.pdf