著者
西澤 由輔
出版者
首都大学東京
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

本年度は始めに,ヘテロ次元接触を含むヘテロ次元サイクルをもつ微分同相写像について,ヘテロ次元接触の近くでどのような力学系が存在するかを考えた。研究代表者は二つの不動点の固有値が複素数の場合に元の微分同相写像にC^1摂動を加えることにより,ヘテロ次元接触の近くに馬蹄が存在することを示し,その馬蹄を用いてwild hyperbolic strange attractorsをもつ微分同相写像が,ある条件下では元の微分同相写像のC^1位相で近いところに存在することを証明した。詳細については[西澤由輔,Heterodimensional tangencies leading to hyperbolic sets and wild hyperbolic strange attractors,数理解析研究所講究録(掲載決定)]に記されている。また,この研究の発表を[RIMS共同研究マクロ経済動学の非線形数理(京都大学,数理研),2010年9月8日],[日本数学会総合分科会(名古屋大学),2010年9月22日],[2010年度冬の力学系研究集会(東京工業大学),2011年1月9日]で行い,論文[Y.Nishizawa,Heterodimensional tangencies leading to hyperbolic sets and wild hyperbolic strange attractors,preprint]としてまとめた。本年度は次に,ヘテロ次元接触を含むヘテロ次元サイクルをもつ微分同相写像でそのサイクルを作るインデックスが2の不動点を含むブレンダーをもつものを考え,ブレンダーのdistinctive propertyを用いてインデックスが2の不動点の安定多様体の極限から葉層構造が構成できること示した。この研究の発表を[第7回数学総合若手研究集会(北海道大学),2011年3月2日]で行った。この研究については,この葉層構造がロバストであるか,現在も研究中である。本年度は次に,点分岐と呼ばれる分岐について考えた。研究代表者は首都大学東京の満倉氏との共同研究として,3次多項式の2パラメータ族を考え,2つのパラメータで同時に点分岐をもつ3周期点が存在し,分岐図中にバブルが現れる初めての具体例を構成した。この研究の発表を[力学系セミナー(首都大学東京),2010年12月17日]で行い,論文[Y.Nishizawa and E.Mitsukura,Simultaneous point bifurcations and bubbles for two parameter family of cubic polynomials,preprint]としてまとめた。
著者
細川 貴之
出版者
財団法人東京都医学総合研究所
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

我々は日常生活において、コンテスト、スポーツ、ビジネスなど他人と競争しなければならない場面に遭遇する。そして、それらの競争に勝てば喜びを、負ければくやしさを感じるといったように、競争場面はしばしば我々に情動を引き起こす。また同じ報酬であっても、競争で相手に勝って得た場合と競争なしで単に得た場合では感じ方が違う。通常、前者の場合のほうがより大きな喜びを感じるだろう。逆に、単に報酬がもらえないときよりも、競争で負けて報酬がもらえないときのほうがフラストレーションを強く感じる。つまり、競争場面であるか、そうでないかによって、我々の物事に対する感じ方には違いが出てくる。このように競争に勝ったり負けたりすることは我々に様々な情動を引き起こすとともに、その競争場面は我々の認知様式に影響を与える。したがって、競争場面と非競争場面では、行動および脳活動に様々な違いがあると推定できる。我々はニホンザルに対戦ゲームをするように訓練し、ゲームで勝ったり負けたりしたときの行動および神経細胞活動を調べてきた。その結果、サルは競争時に動機づけが高まること、さらに前頭連合野の神経細胞は同じ報酬であっても競争に勝って得た報酬かどうかによって異なる活動を示すことを見出した。しかし、これまでの実験では、競争に勝てば必ず報酬が与えられたため、「競争に勝つこと」と「報酬をもらう」に対して前頭連合野の神経細胞がどのような活動を示すのかということを別々に調べることができなかった。この問題を解決するため、我々は「競争における勝ち・負け」と「報酬のあり・なし」を分離した課題を導入することにした。本年度(平成23年度)は必要なデータをすべて記録し、そのデータの解析を済ませた。得られたデータを論文としてまとめ国際的なジャーナルに投稿した(今現在審査中)。
著者
中島 大賢
出版者
九州大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

過去2年間の研究で,葉内ベタシアニンは青緑色光を吸収することで葉緑体による余剰な光吸収を緩和する「遮光作用」があることを明らかにした.また,ベタシアニン蓄積の影響は葉の背軸側でより顕著であり,維管束鞘細胞および海綿状葉肉細胞でベタシアニンの光防御効果が特に高いことを見出した.一方,ベタシアニンには活性酸素種を消去する抗酸化能があることが報告されており,「抗酸化作用」により光阻害を緩和する可能性が示唆されている.そこで本年度の実験では,抗酸化作用による光防御効果の有無を確認するため,ベタシアニンによる吸収がほとんどない赤色LEDを光源とする強光を低二酸化炭素条件下で青葉および赤葉系統の葉に照射し,ベタシアニンの遮光作用を排除した際の光阻害程度を検討した.その結果,青葉・赤葉系統間には葉の向軸側および背軸側いずれにおいても光阻害程度に有意差は認められなかったことから,葉内ベタシアニンには抗酸化作用による光防御機能はなく,遮光作用によってのみ光阻害を軽減するものと結論付けられた.さらに,アマランサスの青葉系統と他の植物種の光阻害特性を比較したところ,青葉系統の葉は他の植物種に比べ光防御能力が低く,特に維管束鞘細胞および海綿状葉肉細胞における光阻害感受性が高いことが示唆された.ベタシアニンの遮光作用が維管束鞘細胞および海綿状葉肉に対して特に効果的であることを考慮すると,本色素の蓄積は光阻害を受け易いアマランサス葉内部を保護するうえで重要であると考えられた.このようなベタシアニンの光防御機能は赤葉系統の葉の老化を遅延し,個葉光合成能力の維持に寄与するものと考えられた.
著者
仲谷 満寿美
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

本年度はレオン・バッティスタ・アルベルティ(1404-1472年)の恋愛小品群を中心に研究を進めた。『デイーフィラ』においては、失恋した若い男性がかつての恋人に病的なまでの執着を見せる。このような精神状態は西洋中世の医学では正真正銘の精神病と看做されていたことが、本年度の研究で明らかになった。当時の権威ある医学書のかずかずにおいて、仕事の精励や旅行などが恋の病の正式な療法として推奨されていた。この病気については、文学的トポスと医学的処方が交錯していたのである。『エカトンフィレ』では、女性の愚かさが再三話題にのぼる。『デイーフィラ』では女性の性悪さが、『エカトンフィレ』では女性の愚昧さが強調されており、両作品には強いミソジニー(女性に対する反感・蔑視)の傾向が認められる。ただし、アルベルティの作品におけるミソジニーは、一般的な男尊女卑とは異なっているように見受けられる。両作品を鑑みるに、作者自身の強い自意識、誰よりも優れているのを認めてほしい自尊心、自分の優秀さは女性(たち)からも称賛されるのが当然とする自負心、にもかかわらず認めてくれない女性(たち)にたいする不満、それでもなお女性(たち)から認めてもらえなければぐらついてしまう自信、といったものが言外に表明されている。『レオノーラとイッポーリトの愛の物語』は、ロミオとジュリエットの物語の原型の一つであるとされるが、この物語には、恋人を危機から救うために居並ぶ政府要人の前で滔々と演説する若い女性が登場する。この小品がアルベルティの真作かどうかは不明であるが、アルベルティと同時代に、このように主体的に行動する女性の物語が流行していたことは注目に値するだろう。建築家・思想家として有名なアルベルティが、表向きのミソジニーの下に複雑な人間心理を巧みに表現するこれらの文学作品を書いていたという事実は、きわめて興味深い。
著者
大谷 雅人
出版者
独立行政法人森林総合研究所
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

対象樹種のうち個体数が多く,花序へのアクセスが容易なテリハハマボウとアカテツについて,在来昆虫相の崩壊が進んでいる父島・母島,在来昆虫相が保持されているがセイヨウミツバチが侵入している兄島,在来昆虫相が保持されている西島・向島において計6地点の調査地を設け,調査地あたり10~20母樹を選定した。6月および8月に,前者については母樹あたり10~30花,後者については100~200花を目安として標識し,2月までに結実を確認できた果実は採取した。しかし,ネズミ等による食害,フェノロジーの差異,台風などの影響により,多くの花が追跡不可能となった。未標識の果実も採取の対象としたが、遺伝解析に十分な数の確保には至らなかった。対象樹種のひとつオガサワラビロウに関しては,予備的調査において生態的・形態的に異なる種内系統が複数存在する可能性が示唆された。このことは進化学的・保全生物学的にも興味深い事象であり,また本プロジェクトの目的である種子生産,種子の遺伝的組成,花粉流動パターンの島間比較のためには,事前にこうした系統を把握しておく必要があるため,遺伝構造の解析,植物体の形態比較,開花フェノロジーの調査などを行った。核SSRマーカーによる解析および核・葉緑体DNAの配列多型から,遺伝的に分化した2つの種内系統、すなわち父島列島各島、母島と多く,幅広い環境に生育し,大型の植物体を有する系統Iと、聟島列島と母島列島南部属島に多く,海岸近くに偏って生育し,小型の植物体を有する系統IIが含まれることが示された。また,両系統とも九州や奄美群島の別変種とは遺伝的に大きく異なること,系統IIまたはその祖先系統から系統Iが分化した可能性が示唆された。両系統の中間的な遺伝的組成を有する成木や実生は稀であり,また開花フェノロジーが異なったことから,系統間の遺伝子流動は生じていないと推測された。
著者
石川 遼子
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

太陽観測衛星「ひので」によって発見された短寿命水平磁場について以下の研究を遂行した。第一の研究は、大きさ1000km以下の微細な短寿命水平磁場と大規模対流構造の関係についてのものである。私は、短寿命水平磁場が4000-8000km程度の中間粒状斑と呼ばれる対流構造の沈み込みの部分に密集していることを発見した。この結果は、短寿命水平磁場が1000km程度の粒状斑だけでなく、より大きな対流構造にも影響を受けることを示しており、対流と磁場の相互作用に関して新たな知見をもたらした。この成果はアストロフィジカルジャーナルレター誌にて発表した。第二の研究は、短寿命水平磁場と「ひので」以前からその存在が知られていた垂直磁場との関係についてである。私は水平磁場と垂直磁場の空間分布に着目し、これらが密接な関係にあることを発見した。さらに、垂直磁場は中間粒状斑とさらに大きな対流構造である超粒状斑の両方の沈み込み部分に密集しているのに対し、水平磁場は中間粒状斑の沈み込み領域のみに密集していることも明らかにした。私は、これらの観測結果から、太陽静穏領域磁場を統一的に理解するための新たな描像を得た。この成果はアストロフィジカルジャーナル誌に発表した。
著者
大川 謙作
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

昨年度までの成果を引き継ぐ形で、文献研究および現地調査を推進した。まず文献研究としては、18世紀から20世紀前半までのチベット語文献に見られる政治体制や社会制度にかんする語彙および事例を収集し、もって昨年度までの調査によって蓄積した20世紀前半のチベット旧社会の社会制度と比較する作業を行った。とりわけ『ドリン・パンディタ伝』に出現するチベットの土地制度に関する情報を体系的に収集して整理することができ、これは今後の研究にとって重要な基礎データとなるだろう。また現地調査については夏季に中国四川省カンゼ・チベット族自治州および中国チベット自治区ラサにおいてフィールドワークを行った。中国からの投資がもたらした村落レベルにおける影響や、おラル・ヒストリーの採録をおこない、また現地研究者との研究交流を行った。さらに冬季には台湾に赴いて、民国期のチベット政策や漢人・チベット人関係についての文献収集を行うとともに、台湾漢人たちのチベット仏教信仰についての基礎データを収集した。こうした成果はこれまで対立と抗争という枠組みによって語られてきたチベット・中国関係における共生と交流の側面に光を与えるものであるといえる。以上のような調査に加えて、編著の刊行、単行本論文集への寄稿、英文学術誌への書評寄稿、チベット語文学の邦訳、国際会議の査読、法務省からのヒアリングへの協力などを行った。
著者
中尾 央
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

本年度は交付申請書でも記載したように,遺伝子と文化の二重継承節(Robert BoydやPeter Richerson),ミーム論(Daniel Dennett, Richard Dawkins),また心のモジュール説に基づいた文化の疫学モデル(Dan Sperber, Scott Atran)などを主に検討した.その検討の結果,これらが互いに対立するものではなく,むしろ補完し合うものであることを明らかにしてきた,これらの研究や(進化心理学や人間行動生態学に関する)前年度の研究をあわせて,これまで人間行動の進化的研究に関して提唱されてきた様々な研究プログラムは,部分的な修正を加えることによっておおむね両立しうるものであることが示された。これらの研究成果はこれまであまり明確な形で行われてこなかったものであり,その意味では意義ある成果であると言える(論文は,現在印刷中で来年度以降に出版予定である).また,本年度においては,これらの研究プログラムでは補いきれない部分にも着目し,研究を進めてきた,その一つが文化の系統学的アプローチである.他にも文化や人間行動の進化にとって重要な役割を果たすであろう(がこれまではあまり注目されてこなかった)教育や罰の進化について,より具体的な研究も進めつつある.前者については生物体系学者の三中信宏氏と共編で論文集を企画し,また後者については,2010年9月から2011年3月にかけて,ピッツバーグ大学科学史科学哲学科を訪問し,Edouard Macheryと共同で研究を行った.これらの研究はまだ明確な成果を残せていないが,来年以降には論文や発表などにおいて,成果を残すことができるだろう
著者
筒井 晴香
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

本研究の目的は、R・G・ミリカンの哲学を手掛かりとして人間の自然的側面と文化的側面の関係を解明する統一的理論を構築することである。とりわけ、ミリカンの議論のうちでも未だ注目されることの少ない慣習(convention)についての分析に注目してきた。本年度は以下に挙げる二点の課題に取り組んだ。それぞれを基礎的・応用的課題として位置づけることができる。まず、基礎的課題として、慣習論における重要な基礎概念である共通知識(common knowledge)概念の精査を行った。共通知識は慣習論において基礎概念としての役割を果たしているが、この概念自体、必ずしも自明なものではなく、慣習論の文脈とは独立に議論の対象となっている。慣習概念の分析、ないし、共通知識概念を必要としない慣習概念であるミリカンの「自然的慣習(natural convention)」概念の評価に当たっては、共通知識に関する考察を深めることが不可欠である。この考察の成果は海外学会において発表した。また、現在執筆中の博士論文の一部を構成するものとなっている。次に応用的課題として、昨年度より取り組み始めたセックス/ジェンダーの脳神経倫理学に引き続き取り組んだ。セックス/ジェンダーに関連する脳の差異や特徴をめぐる科学研究と社会との関係において生じうる諸問題には、人間の自然的側面と文化的側面の双方が複雑な仕方で関わっている。本年度は性同一性障害という具体的な事例に焦点を当てた考察を行うとともに、脳科学リテラシーに関する話題の一環として国内学会でのワークショップにおける問題提起を行った。また、脳神経倫理学を専門とする国際学会においても発表・議論の場を得た。
著者
木田 章義 ZHONG JinWen
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2004

西部裕固語(以下彼等の自称「ヨグル語」を使用する)は、トルコ系民族がイスラム化する前に、甘粛省に東遷したので、他のトルコ系民族の受けたイスラム教やアラブ文化の影響がない。そのためもあって、その言語は古代トルコ語の特徴をよく残している。今回の共同研究によって、それが確かめられると同時に、古代日本語の文法現象について、新たな視点が得られた。例えば、ヨグル語では受身形は、時には可能、自発の意味を持つが、それは古代日本語の受身助動詞「る」「らる」と同じである。特に興味深いのは、ヨグル語では受身が可能の意味をもつ過程が跡づけられる点である。日本語の受身形は「自発」を基本として発達したという見解については改めて考える必要がある。ヨグル語の研究は、ほとんど進んでいない。今回、招聘できた鐘進文氏が唯一の研究者と言っても良いが、この共同研究によって鐘氏の文法分析が、中国語や、これまでの漢族の分析の影響を受けて、かなり矛盾のあるものとなっており、丁寧に日本語と対比することによって、分析すべき多くの言語現象があること、文法体系がかなりゆがんで捉えられていることが分かった。日本語と、細部まで比較するためには、あらためてヨグル語の文法書を作成しながら、共同研究を続けなければならない。また、文法書の作成以前に、ヨグル語の単語の正書法を決めなければならない。ヨグル語の表記はローマ字を使うことになるが、その正書法が決まっていないために、同じ単語が全く違った表記になったり、二つの語が融合した形式になっているものも少なくない。資料を残してゆくためにも、正確な文法分析のためにも、正書法を決めることは喫急の作業である。現在、ヨグル語の話手は3千人ほどしか居ず、年々、漢語の影響が強くなり、若者にはヨグル語を解さない者が多くなってきている。放っておけば、この一世代で滅亡してしまうことになるだろう。この共同研究は、ヨグル語が滅亡する寸前に、その言語を記録し、分析する貴重な機会となった。
著者
久保 倫子
出版者
筑波大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

1990年代後半以降の都心部におけるマンション供給の増加は,日本の住宅市場の大きな転換期にあることを示すものでもある.本研究は東京大都市圏でのフィールドワークを行い,東京大都市圏におけるマンション供給とマンション購入者の特徴を明らかし,以下の仮説を検証することを目的とした.1)1990年代後半以降にマンションを購入している世帯は,戸建住宅志向が主流であった時代の価値観とは異なる居住選好を有し,住宅を選択している.2)マンション供給者は,比較的早期から非標準世帯をターゲットに取り込む戦略をとってきたことで,所有住宅市場におけるマイノリティであった世帯を対象とする物件が増え,これらの世帯が重要な需要者となっている.3)各世帯によってマンション購入の意思決定過程は異なるものの,世帯特性によってその意思決定過程を説明しうる要因が存在している.これらの仮説を検証するため,千葉県千葉市美浜区の幕張ベイタウンおよび千葉県成田市の成田ニュータウンにおいて,居住者の居住地選択(特に,住宅購入に関する意思決定過程)やコミュニティ活動に関する調査を実施し,国内外の学会(日本地理学会,人文地理学会,The Association of American Geographers 2010 Annual Meeting等)において発表した。次に,マンション供給側の供給戦略に関しては,東京都心部における主要なマンション供給社に対するインタビュー調査および不動産データの分析によって,マンション供給戦略の変化を分析し,日本地理学会等で発表し議論を行った.
著者
嶋田 義仁 DUCROS Garance GARANCE Ducros
出版者
名古屋大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

嶋田はDr.Ducrosとともに、変革期にある日仏家族内における非物質的相続関係の研究をおこなった。Dr.Ducrosは、フランスにおける「家族の記憶」をめぐる研究史(M.Halbwachs、A.Gotman、B.Le Wita,J.Coenen-Huther,I.Bertaux-Wiane,A.Muxel)を通じて析出した「家族の記憶」分析の諸カテゴリーをふまえて、日本における「家族の記憶」のあり方を探った。本年その事例としたのは、70歳後半の新宗教教団幹部で支部大教会の会長である。海外布教に専心し、ヨーロッパ、東南アジア、アルゼンチンなど海外数カ国での布教活動をおこなった。家族の財はその祖父の代に教団に寄贈したという家族であった。ライフ・ヒストリーを通じて衝撃であったのは、家族と言うよりも教団の一員としての意識が強烈であったことである。とりわけ教団の組織確立者であり、教団の海外布教の推進者であった教祖を深く尊敬していた。ただし、これは教団への盲目的な服従心とことなり、その後の教祖たちについては批判的であった。特集技能者の成長過程は、家族という親族的論理と、特殊技能であるがゆえに家族の親族的論理の枠を超えた社会集団の論理(宗教団体、茶道や華道団体、学問や大学組織、企業、スポーツ界)がかかわる。職業的社会集団は、フランスではデュルケーム社会学が個人を越えた独自の存在として重視した社会集団である。家族/職業的社会集団という異なる2種の社会原理の相克と補完関係についてのよい事例が得られた。他方嶋田は、この2組織原理にくわえて、地縁原理の重要さを指摘し、家族、職業的社会集団、地縁社会という、3つの原理がどのようにかみあっているのかを考察した。この3原理は、世界の諸社会・諸文化の比較研究のうえにも役立つことが、嶋田の研究しているアフリカ社会の考察でも明らかになった。部族主義の伝統のあるアフリカでは、家族親族集団が部族あるいはその下位単位のリニージにまで広がる。他方、イスラムなどの世界宗教が広がる地域では、宗教的アイデンテティが第4の要素として巨大化する。
著者
上野 大介
出版者
大阪大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

平成21年度では下記の2つの成果が得られた。1つ目の成果は、高齢者の感情が記憶の記銘と検索に及ぼす影響に関する脳機能データの収集を行った点である。これは、高齢者の感情を伴う記憶の記銘と検索の基礎メカニズムを明らかにし、本年度実施する予定であった研究の実施に寄与するものであった。具体的には、認知機能や気分調整機能を統制せずに、ネガティブとポジティブの感情が喚起される状況と感情が喚起されない状況を統制し、そこで記銘項目である文字の記銘時と検索時の脳機能をMEGによって測定した。用いた実験手続きは高齢の対象者に負担を与えるものではなく、おおむね順調に実施できた。しかしながら、本実験を一人で実施するには実施側の負担が大きかった。よって実験手続き自体は変えずに実施し、複数で実験を実施する、もしくは複数の対象者に対して同時に実験を実施するなどの改善点が得られた。2つ目の成果は、心理学評論に掲載された高齢者の記憶と感情に関する資料論文の執筆に携わることができた点である。これは研究代表者が特に従事していた研究テーマである「高齢者の記憶と感情」に関する研究を日本の研究者に紹介することができた点で意義があったと思う。そしてこの分野が主に欧米中心で実施されており、アジアにおけるこの分野の実施、さらなる分野の発展が多いに期待できると認識した。よって、高齢者の記憶と感情が日本国内でも発展するきっかけの一つにこの論文が寄与することを願う。しかしながら交付申請書の提出時に計画していた学会での発表などが実施できず、得られなかった成果もある。よって今後は柔軟に計画を立案し、見直しながら、研究を実施することも念頭に入れる必要がある。
著者
CARNINCI Piero サクセナ アルカ SAXENA Alka
出版者
独立行政法人理化学研究所
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

本研究の主要な目的は、レット症候群にみられる重篤な症状の原因となっている異常を、ゲノムワイドに明らかにすることにある。具体的には、レット症候群関連遺伝子と考えられているmecp2遺伝子欠損マウスにおいて、可塑性に異常が認められた大脳視覚野のトランスクリプトームを正常マウスのそれと比較することと、MeCP2やFoxg1の標的と考えられるゲノム領域を特定することである。前者については、mecp2遺伝子欠損マウスを繁殖させることの難しさから、共同研究者からのサンプルの到着が遅れたものの、現在はすべてのサンプルがそろい、そこからヘリコスCAGEライブラリーを作製しているところである。これをシークエンスすることで、mecp2遺伝子欠損マウスがレット症候群を発症する前後のトランスクリプトームを比較する。後者に関しては、前年度に引き続き、ChiP-seq法を用いて、大脳視覚野におけるMeCP2やFoxg1の標的領域を調べた。ひとつのサンプル量が少量のため、ChiP-seqのプロトコールをそれに最適化する必要があり、時間がかかったが、最終的に900ヶ所以上のFoxg1ターゲットを特定できた。現在、これらのターゲット候補を定量PCRにて確認中である。その最終的な確認を待たなければならないが、Foxg1はゲノム中の繰り返し配列に結合する傾向を見出した。この少量のサンプルにChiP-seqを最適化したプロトコールは、現在投稿準備中である。さらに、共同研究としてFoxg1の発現量の確認を行い、その結果は現在投稿準備中である。これらに加えて、今期は共同研究としてsRNAライブラリーを作製し、sRNA依存的なDNAダメージ応答を明らかにした。
著者
青木 弘行 ZAFARMAND Seyed Javad
出版者
千葉大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

研究実施計画に従って,2年目は調査対象/調査内容の再構築を行い,その枠組みを3種類[【○!a】ライフサイクルが短く短期間の使用で買い換えが行なわれる製品(具体的には携帯電話),【○!b】長期に渡って使い続けられる製品(伝統的工芸品や家具類),【○!c】両者の中間に位置づけられる製品(乗用車)]の製品と社会的文脈比較[日本,イラン]の3×2=6水準として展開した,そして,(1)[日本における【○!a】【○!b】【○!c】とイランにおける【○!a】]に関しては評価対象者の属性をさらに拡充して既得知見の信頼性向上と,(2)[イランにおける【○!b】【○!c】]のデータ収集を目的とした.一方,(3)[日本における【○!a】【○!b】【○!c】比較イランにおける【○!a】【○!b】【○!c】比較,両国【○!a】【○!b】【○!c】における社会的文脈比較]を使用シーンから分析し,各製品における感性評価構造の推移を明らかにした.最終的には,味わいや愛着をはじめとした感性的要因を明確化し,(4)美的サステナビリティに対する概念モデルの構築,(5)感性評価構造と社会的文脈に配慮し,人工物設計のためのガイドライン構築の可能性を検討した.サステナビリティに関する既往研究の大部分は,未だ概念的な域を脱しきれていないのが現状である.それに対して申請者らが行った研究内容は,サステナビリティに関する概念を具体的にどのように製品展開に反映すべきかという視点を提示するものとして,次世代におけるモノづくりのあり方を規定する大きな要件になると考える.大量生産・大量消費・大量廃棄時代が終焉を迎えている今日的状況において,製品を[つかいこなす]行為を実現する設計方法論の構築が,社会的・環境的・経済的負荷を可能な限り軽減することに大きく貢献するはずである.このことは,次世代の問題解決手法と期待され胎動しつつある学術領域[サービス・デザイン]のありようにも大きな影響を及ぼすことになり,新たなブレーク・スルーに繋がると確信している.
著者
宮下 遼
出版者
東京外国語大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

採用最終年度である本年は、本研究の集大成として、これまでの宮廷詩人という研究対象から離れ、イスタンブル庶民の心性と人的社会結合の様態を「描写の書」と呼ばれ、庶民の行状を椰楡的に詠む文学作品群、および17世紀のムスリム系イスタンブル人であり、庶民的、通俗的社会観察を残すエヴリヤ・チェレビー『旅行記』と同じく17世紀のアルメニア系イスタンブル人であり、聖職者でありながらもアルメニア正教徒、ならびにギリシア正教徒の俗人社会の内情を記したエレミヤ・チェレビー・キョミュルジュヤン『イスタンブル史』という地誌的旅行記2点を用いつつ、研究を遂行した。まず、酒場、珈琲店、サロンといった人的社会結合の場で活動する庶民と、それについての王朝の支配階層の庶民像を検討した。そして前記の2点の地誌的旅行記史料に共通し、なおかつ両史料にのみ記載された庶民的要素としてイスタンブルの津々浦々に宿る「俗信」を抽出し、これを検討した。以上の成果については残念ながら年度内に発表することが叶わなかったが、王朝支配階層の庶民像を検討した論文「16世紀オスマン朝「描写の書」に見る古典詩人の庶民像」については年度末に投稿、現在掲載審査中であることを付記しておきたい。
著者
上田 彩子
出版者
日本女子大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

本研究目的は、人は正確に"顔を読む"ことができるのか?という問題を基に、細かいレベルの人間の顔認識能力の正確さを検討することであった。顔パーツの表情認知に関する研究では、顔の情報をひとまとまりとして処理する過程で表情も処理されているという問題を基に、顔の部分表情の認知の際の顔の他領域の果たす役割について、眼と口に注目して比較検討した。表情間で顔を部分的に入れ替えた合成画像を用いて検討した結果、顔パーツの表情認知で顔の他領域が影響したため、表情認知においても顔の全体処理が起きることが示された。その影響度合いはパーツによって異なり、口と比較して眼の方が強く影響を受けることが示された。表情認知には男女間の脳の機能的な違いに由来する性差が存在するが、これまで顔認知過程と表情認知過程の相互作用の観点から性差を検討した例がないという問題に基づき、顔認知・表情認知過程間の相互作用における性差について検討した研究では、表情を表出した顔に対する相貌印象の評価に表情が及ぼす影響に性差が認められるかどうか観察した。その結果、女性は魅力を判断する際に刺激の表情に強く影響を受けたが、男性は女性ほど刺激の表情に影響を受けなかった。この性差は脳の顔処理過程の性差を反映した可能性が高い。化粧は美しさのような相貌印象以外の顔が発信する情報にも影響を及ぼしている可能性が高いという問題を基に、化粧が人物同定課題に及ぼす影響を検討した研究では、化粧パターンの変化で顔の再認課題成績がどう変化するか観察した。その結果、素顔からの変化の最も大きい濃い化粧での人物同定が最も難しく、他方、素顔よりも軽い化粧での同定が最も容易であることが認められた。また、顔とメイク顔の変化が大きい場合において、物理的に同じ変化量であるにも関わらず、メイク顔から素顔を同定する方が、素顔からメイク顔を同定するよりも困難であることが示された。
著者
後藤 晃 WOOLGAE LeeRichard WOOLGAE Lee Richard
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2004

この研究テーマは、日本の国立大学は法人化後、どのような方針や組織改革を導入しているかという研究である。大学の研究結果が社会と民間企業に貢献することが期待されている。このことに基づいて、大学の産学連携組織と産学連携戦略的な方針が重要になった。研究は21の国立大学産学連携担当副学長、産学連携組織の長、産学連携コーディネーターへのインタービューと、国立大学、私立大学へのアンケート、さらに公開された資料とビブリオメトリクスにもとづいておこなった。これにより、国立大学における産学連携戦略目標(研究機会の増進)、重要な産学連携の相手となるセクター(医薬、農業・食品)があきらかになった。また、個々の大学による多様な大学改革の取り組みがわかった。この改革は政策的なものと組織的なものとがあり、組織的な改革としては「知的財産戦略本部」、「産学連携委員会」や「産学窓口一体化」、政策的な改革は「知的財産政策」、「産学連携方針」、「利益相反ガイダンス」の導入などがある。そのほか、大学の産学連携に関しての報奨、スタッフの採用と評価などについても調査した。産学連携の促進のためには、「産学連携に関する業務の職員のスキル」が重要な問題である。2003から2005年までの間に、国立大学が多様な改革を導入しているが、政府からの助成は依然として財政的には圧倒的に重要である。しかし、2005年から2010年までの期間においては、共同研究が重要となってきているという変化も見られる。
著者
日比 美和子
出版者
東京芸術大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

本年度は、第1に、戦後の北米におけるピッチ・クラス・セット理論が、ほぼ同時代に展開されたそれと強い結びつきのあるシェンカー分析、変換理論、新リーマン理論、クランペンハウアー・ネットワーク、といった分析方法と、どのように互いに関係しながら理論的に展開されてきたのかを明らかにした。まず、ピッチ・クラス・セット理論及びクランペンハウアー・ネットワークと、シェンカー分析との関係について、階層構造及び多層構造の点において類似性が見られることを明確にした。また、ピッチ・クラス・セット理論とシェンカー分析との関係についてはイデオロギーの排除・中立的な理論である点において、変換理論とシェンカー分析の関係については変換理論の一部とシェンカー分析が持つ中景構造の意識という点において類似性を指摘することができた。(東京藝術大学音楽研究科、音楽文化学論集において発表。)さらに、新リーマン理論において跳躍を含む理論が異なるセット・クラスの比較を可能にしたことが、ピッチ・クラス・セット理論の弱点を補う結果となったことを明らかにした。第2に、ピッチ・クラス・セット理論を含め、上記のポスト調性理論(シェンカー分析を除く)のいくつかがそれ以前の音楽分析の手法とまったく異なるものとして見なされやすいことに対して、それらが西洋の理論の伝統に根ざしていることを示した。たとえば、新リーマン理論と調性理論の関係については、新リーマン理論におけるスライドSLIDEという概念とロシアにおいて調性音楽及び無調音楽分析の分野で用いられてきた共通三度という概念との類似性が挙げられる。ピッチ・クラス・セット理論とそれ以前の理論との関係については、組み合わせ可能性、Z関係、セット、音程の視点から19世紀後半及び20世紀初頭の著述家が発表した方法との類似性を指摘した。
著者
足立 頼俊
出版者
大阪大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

量子鍵配送は遠く離れた二者間でランダムなビット列(秘密鍵)を共有する手段の一つであり、BB84や6-state、BBM92、DPSなど、これまでに多くの方式が提案されている。最初に提案されたBB84は2種類の基底で測定して盗聴の有無を判別するが、6-stateは3種類の基底を用いるため、6-stateにおける盗聴有無の判別には、BB84に比べていくらかの優位性があると思われる。これは理想的な単一光子源を利用した場合には正しいことが分かっているが、多光子を放出するような現実的光源では不明であった。私は現実的光源と現実的な光子検出器を利用した場合の6-stateの安全性を証明し、確かに現実的光源においても6-stateの優位性が保たれていることを示した。また、この証明法は拡張したBBM92にも適用できるため、エンタングルメントした状態を取り扱う光源での安全性も包括している。一方で、DPS方式も世界中で非常に注目されている。これは状態の非直交性を利用した方式であるため、BB84などと異なり、多光子からも秘密鍵を生成できる可能性がある。しかし、これまでに理想的な単一光子源、光子検出器を利用した場合の安全性証明しか行われておらず、実際の実験系への適用はおろか、方式の優位性も正確に把握できていなかった。私は理想的な単一光子源を現実的光源に置き換えた際の安全性証明に取り組み、2光子を放出する事象に対し、秘密鍵を生成できることを示した。また、この証明法はどの多光子放出の事象においても、秘密鍵の生成条件を示せる可能性も含んでいる。