著者
菅野 博史 ZHANG Wenliang
出版者
創価大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

張は、湛然の著作『金剛〓』、鮮演の『華厳経玄談決択記』、鳳潭の『金剛〓逆流批』などの解読を通じて、中国の天台宗も華厳宗もその根底に心性思想があり、しかもお互いに思想の交渉があることに注目し、主に鮮延と鳳潭の思想を中心として天台宗と華厳宗との交渉を検討した。「鮮延の性具善悪説」の中で、鮮延の心性説を考察し、澄観の華厳思想を継承しながら天台宗の性具善悪説を取り入れ華厳の心性説を改造したことを明らかにした。「鳳潭の中国華厳思想に対する批判と理論的意義」の中で、鳳潭は如何に澄観、宗密の華厳思想を批判し法蔵の華厳思想を堅持したかを考察し、澄観と宗密の「真心縁起」を否定し法蔵の「法性本空」の立場に立ち返ろうとした鳳潭の姿勢を分析した。「鳳潭と中国天台宗」の中で、山外家の華厳思想吸収の立場を批判し、智者大師の天台思想を守り、さらに「華天一致」の新説を打ち出した鳳潭の天台宗に対する認識を分析し、その思想的な価値と問題点を指摘した。以上の論文の中で心性問題をめぐって天台宗と華厳宗の立場の相違と思想の交渉を論じ、法性と仏性が一致するか一致しないかという問題をめぐって両宗が対立しながら、華厳宗が天台宗の思想を吸収し法性仏性一致の立場に変容した、という結論に到達した。さらにまた、華厳宗の心性論の変容を把握するために、中国で最初の『華厳経』注釈書である霊弁の『華厳経論』の「心」思想を考察した。霊弁の心性論の思想は、後の中国華厳思想に大いに影響したことを明らかにした。
著者
菊池 良和
出版者
九州大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

これまでの研究(Kikuchi et al., NeuroImage, 2011)では、吃音者において、左聴覚野の聴覚ゲーティング機能の障害、右聴覚野の周波数配列の拡大、そして右聴覚野の灰白質量の増大を発見した。2011年度は、先行研究のデータから、別の解析方法を試みた。周波数配列に使った純音250Hz,1000Hz,4000Hzを聴覚閾値上30dBの音圧で片耳刺激した左右の聴覚野の反応を、位相同期という指標で再検討した。位相同期は0から1の範囲の値で示される。位相同期は、1つのチャンネルが刺激とどの程度同期したかが分かるPLF(phase locldng factor)と、2つの離れたチャンネル同士がどの程度位相同期したかが分かるPKV(phase locking value)という2つの方法で検討した。まず解析には、MEGデータをwindowsパソコンのmatlabで動かすようにデータ変換をする必要がある。それにはFIF accessというソフトを使用した。その後、時間-周波数解析には、ウェーブレット解析を用いて、PLFとPLVを計算するプログラミングをmatlab上で行った。結果としては、吃音者の右聴覚野のPLFが高まり、吃音者の左右聴覚野のPLVも高まっていることを発見した。この発見をSociety for Neuroscienceで発表し、受賞した。PLFの結果は、これまで機能的MRIの研究で、発話時に右聴覚野が過活動という報告が見られたが、基礎的な聴覚刺激においても、吃音者は右聴覚野が過活動となっていることが確かめられた。また、左右聴覚野のPLVも高まっているということは、左半球の活動が、右半球で代償されていることを裏付ける結果となり、今後の吃音研究において、基礎となる研究結果を得られた。
著者
中村 亮一
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2000

本年度は昨年に引き続き、医療用メカトロニクスシステムを中心とする外科手術支援システムに必要不可欠なシステム構成要素である術中情報獲得(モニタリング)システム及び術中戦略支援(ナビゲーション)システムといったソフトウエアの研究開発を行った。今年度は対象とする術式を腹部領域(主として肝・腎)でのMR誘導下冷凍治療(Cryotherapy)に絞り、この術式を支援するモニタリングおよび及び治療戦略支援システムの構築を行った。今年度のシステム開発においては、システムを構成する大きな要素として次の3つの要素技術を開発した。1.術中に逐次撮像されるMRI画像から術中の氷球形状を三次元的かつ定量的に自動抽出するオートセグメンテーション法2.1.により得られた定量的な氷球形状の経時的変化からオプティカルフロー法を用いて氷球成長速度を推定し、この速度情報を利用して近未来の氷球形状を予測する治療効果予測法3.1.、2.により得られたリアルタイム/将来の氷球情報を基に、治療の進捗・安全性等の評価指標を医師に提示する治療モニタリング法さらにこれらの要素技術を組み合わせ、3次元画像表示ソフトウエアとユーザインタフェースをあわせたMR誘導下冷凍治療支援システムの構築を行った。5例の動物実験と数例の臨床データを用いたオフラインでの実験の結果、本システムで提示されるリアルタイム/近未来の表球データは医師の作成した氷球データとの比較の結果高い精度を持ち、またMR画像取得/計算/描画に要する時間も2秒程度と、精度・リアルタイム性共に高い能力を有し、将来的な臨床への応用が可能であると考えられる。本年度開発したモニタリング・ナビゲーションシステムと、初年度に開発した能動鉗子システムを組み合わせることにより、低侵襲手術を実現する総合的外科支援メカトロニクスシステムの臨床応用が可能となると考えられる。
著者
安藤 岳洋
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

本年度は、主にレーザ蒸散システムの細経化を行った。これまでの研究では、ガルバノスキャナを用いたレーザ走査型のレーザ蒸散システムを開発してきたが、デバイスの形状が箱型だったため、摘出後にできる脳の空間に挿入して使用することは不可能であった。これを解決するために、内視鏡状のデバイスの開発を目指した。本研究では、焼灼用レーザと励起用レーザおよび蛍光取得の光路を同軸にし、細経形状の先端部から側方に光を照射するシステムを開発した。開発した装置は、蛍光計測部、焼灼用レーザ装置、走査機構部、レーザ切り替え部、細径部および制御用PCで構成されている。励起用のレーザ、焼灼用のレーザ、分光器には、前年度で使用したものと同じものを使用している。本研究では405nm~2.97μmという広い範囲の光を使用するため、既存のレンズを用いることが出来ない。そこで、蛍光計測スポットおよび焼灼スポット径を可能な限り小さくするためのレンズ設計を行った。具体的には、2つのレーザ(波長405nmと2.94μm)はコリメートレンズにより並行光として対物レンズに入射するとし、2枚のレンズの曲率半径・厚み・材質の合計8つをパラメータとして、それぞれの光の間の収差を小さくする最適化を行った。その結果、サファイヤおよびフッ化カルシウムの2枚のレンズの構成となった。焼灼点の走査は、回転および直動機構によって行う。中空シャフトのステッピングモータにより、鏡筒周りの回転を行うことで、焼灼点を円周状に走査が可能となる。また、直動ステージにより、鏡筒軸方向の走査が可能となる。これらを組み合わせることにより、円筒状の空間の内面を走査することが可能である。いくつかの評価実験を行い、脳腫瘍にPpIXが集積した状態を模したファントムを用いた実験により、局所的なPpIX蛍光スペクトル計測が可能であることを、ブタ摘出脳を用いた実験により、脳組織の焼灼が可能であることを確認した。レーザ合焦時の蛍光スペクトル計測スポット径は、直径1.6mm程度であることが示された。
著者
石井 香江
出版者
一橋大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2002

本研究は歴史・社会学的な手法を用いて、テレフォン・オペレーター職(戦前と戦後の一時期は電話交換手を、現在は主にテレワーカーやテレコミュニケーターと呼ばれる)と電信・電報オペレーター職の生成過程とその現状をめぐる日独比較を試みるものであり、歴史分析編と現状分析編の二部から構成される。ジェンダー化(特定の性別と関連する意味が付与されること)された職種として出発したテレフォン・オペレーターの現状を探り、その変動の兆しや変化を阻む要因を分析することが研究の主旨である。歴史分析編では引き続き職員の身上調査記録を分析し、現状分析編では日独の元職員(今年は主に電信技手)へのインタビューや社史(電電公社・NTTやドイツテレコム)の検討を進めている。本年度は日本で入手不可能な戦前のドイツ逓信省の郵便・電信吏員組合の発行した機関誌や電話交換手や電信技手の人事記録など、ドイツの公文書館(ベルリンとミュンヘン)に所蔵されている史料の分類・整理・翻訳作業を、夏に引き続き行った。その際に、全体像を把握できる基礎データを作成し、これらのデータをコンピュータ入力し、データベース化し、また、史料のキーワードや関連書誌データも添付する作業も行なつた。その他には、先行研究者との意見交換やドイツ・テレコムとその職員、日本でも元電信技手へのインタビュー、日本の逓信総合博物館(『逓信協会雑誌』など)・東京大学医学部(労働科学・政策に関する雑誌)・明治文庫(『読売新聞』など)所蔵の資料の調査を引き続き進めた。そしてこうした蓄積の上に、本研究に関わる研究史や論文を発表した。来年はこれをもとに学会発表をする予定である。この他にも、修士論文の一部をまとめた論考をドイツ学会で共同発表し、共著として出版することができた。
著者
日置 智紀
出版者
神戸大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

年齢が100万年程度、質量が太陽程度の恒星(Tタウリ型星)の周りにはガスやダストで形成されている原始惑星系円盤と呼ばれる構造があり、この円盤内の物質の一部は惑星を形成し、残りの多くは中心星へ降着している。また、質量放出現象としてアウトフローと呼ばれる双極流が円盤の垂直方向に吹き出している。これらの星周構造は、中心星の周りのダスト起源の熱放射を捉える多波長測光観測などの間接的手法によって盛んに研究されてきた。さらに、ハッブル宇宙望遠鏡や補償光学を搭載した地上大型望遠鏡の登場によって、高空間分解能による星周構造の直接撮像が可能になってきたが、その観測対象の多くは単独星である。本研究対象であるFS Tauは離角が約0.2秒角(30 AU)のTタウリ型連星系である。この連星は半径1400AUに広がった反射星雲に覆われているが、これまでの観測では周連星円盤は発見されていない。我々はすばる望遠鏡のCIAOを用いた観測を行い、さらにハッブル宇宙望遠鏡の可視光偏光観測で撮られたアーカイブデータと合わせて、この連星に付随する2つの周連星構造を検出した。1.周連星円盤:この円盤の半径は約4.5秒角(630AU)、軌道傾斜角は30-40°程度である。円盤の外側は、内側よりもフレアしている可能性がある。近赤外域では、この円盤の南東側が明るく、北西側が暗い。これは、周連星円盤内のダストの前方散乱が原因と予想できる。一方で、可視光では北西側が南東側よりも明るいことがわかった。これは、FS Tauから約2800AU離れた若い星(Haro6-5B)からの放射が原因である。我々はFS Tauの北西側の偏光データから、Haro6-5Bからの光とFS Tauからの光が「混合」している証拠を見つけた。2.アーム構造と空洞:近赤外線と可視光の両画像で、空洞を取り囲むように存在するアーム構造が見られた。この構造は、FS Tauから吹くアウトフローによって形成されたか、または周連星円盤内の物質密度むらによるものであろう。
著者
猿山 雅亮
出版者
筑波大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

異なる半導体を接合させたヘテロ接合では、各相間でキャリアが移動することにより、電子とホールの波動関数の空間的な位置を制御することができる。本研究では、高効率光触媒や太陽電池への応用に向け、光励起により空間的な電荷分離状態を形成すると考えられるCdS/CdTeタイプ-II型ヘテロ構造ナノ粒子の合成を行った。CdSナノ粒子のSアニオンを部分的にTeアニオンにアニオン交換させることでCdS相とCdTe相が異方的に相分離したヘテロダイマー型のナノ粒子を選択的に得ることに成功した。CdS相はウルツ鉱型、CdTe相は閃亜鉛鉱型の結晶構造を持ち、この違いが自発的な相分離を誘起したと考えられる。反応温度が高くなる、もしくはCdSナノ粒子のサイズが小さくなると、Te前駆体の反応性や比表面積の増大により、アニオン交換速度が大きくなった。原子分解能を持つSTEMによってCdS/CdTeナノ粒子の観察を行い、CdTe相がCdSに対してエピタキシャル成長している様子や、ヘテロ界面の詳細な構造(結合様式、極性など)を明らかにした。アニオン交換反応の経過を追跡したところ、CdS上のCdTeセグメントがCdS上の最も安定な面に一か所に集まることで、ヘテロダイマー構造が形成するメカニズムを示唆する結果が得られた。また、CdS/CdTeナノ粒子内での光誘起自由キャリアダイナミクスを明らかにするため、過渡吸収測定を行った。CdTe相のみを励起できる600nmのポンプ光を用いた過渡吸収スペクトルでは、CdSのバンドギャップエネルギーでの吸収のブリーチングが観測された。このことは、CdTe相からCdS相への電子移動を示すものである。今回の合成手法で得られるCdS/CdTeナノ粒子は、粒子内に一つしかヘテロ界面を持たないため、電子移動が一方向となり、太陽電池への応用が期待できる材料である。
著者
ユ ゼグン
出版者
早稲田大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

本研究では室内環境に適するサービス用ロボットに単眼ビジョンセンサを用いて特徴地図を作成し、自己位置を推定しながら自律走行を実現するのが目標である。まず、1年次に行った単眼カメラの視野角を改善した多視点単眼カメラ(Multi-View Single Camera)と高速ガウスぼかしフィルタ(Fast Gaussian Blurring Filter)を本VSLAM(Visual Simultaneous Localization and Map-Building)のアルゴリズムに適用し、アルゴリズムとロボットシステムの最適化を行った。単眼カメラと距離センサにより構築された特徴点地図とトポロジカル地図を用いてロボットの経路計画と自律走行を実現するためにGNP-SARSA(General Network Programming-State Action Reward State Action)を導入した。GNPは遺伝的アルゴリズムと遺伝的プログラミング,進化的プログラミングを元に作られた進化的計算手法である。また、そのGNPアルゴリズムのなかに決定プロセスを強化するためにSARSA学習手法を加えてロボットの走行シミュレーションを作成した。本研究を通して一般的な経路はトポロジカル地図によるノードで繋がれる全体的な経路を設定し,ロボットの精密な走行の際には特徴点地図によって制御されることが可能となり、また、ロボットの走行の際に静的・動的障害物を油然と回避することが可能になった。
著者
小平 聡
出版者
独立行政法人放射線医学総合研究所
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

宇宙放射線の主成分である高エネルギー陽子から鉄に至る荷電粒子群は宇宙で活動する宇宙飛行士の放射線被ばくに大きな影響を持つ。宇宙における被ばく線量としては、宇宙放射線などの一次粒子成分のほかに、宇宙放射線が衛星構体や人体内の構成元素と核破砕反応を起こすことで発生する二次粒子成分も重要な要因となる。近年、陽子線と人体内元素との標的核破砕反応で生成する二次粒子成分の線量寄与が問題となっている。CR-39固体飛跡検出器はこれらの二次粒子成分も飛跡として記録するが、従来の計測法では、エッチング処理が短飛程粒子の飛程を超えてしまい正確にLETが計測できない、LETが高すぎると応答感度が飽和してしまう、炭素や酸素などの高フラックス宇宙放射線のバックグラウンドが大きくなる、などの問題点があった。本研究では短飛程粒子の飛程を超えないごく微小のエッチングにより生成した極微小エッチピットの原子間力顕微鏡を用いた計測技術や、CR-39の応答感度を高LET領域に最適化しLET検出閾値を制御する計測技術を確立した。要素技術を用いて陽子線由来の短飛程二次粒子の測定実験の結果、短飛程二次粒子のLETは20keV/μm~4000keV/μmの広域にわたり連続分布を持ち、線量当量で1次陽子線の30~40%程度の余剰線量を持つにとを明らかにした。本研究において確立した二次粒子計測技術は、宇宙放射線場だけでなくがん治療用の粒子線やX線照射によって生じる二次粒子による医療被ばく影響研究に応用できるようになった。
著者
稲場 純一
出版者
北海道大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

我々は、Cucumber mosaic virus (CMV)を改変したウイルスベクターであるA1ベクターに野生型ペチュニアV26系統のchalcone synthase (CHS)遺伝子のpromoter領域を挿入したA1-CHSproを用いて、CHS遺伝子を標的にTGSを誘導することが出来た。またA1-CHSproを用いて誘導されたTGSはこのウイルスベクターが存在しない、自殖後代個体においても維持されることが前年度の研究で明らかにした。これまでpotato virus X (PVX)ベクターなどを用いて内在性遺伝子に対するTGS誘導の試みがなされたが、成功事例は報告されていない。今回CMVベクターでは内在性遺伝子に対するTGS誘導を行うことが出来たことは特筆すべきことである。今年度は、なぜ「CMVベクターを用いて内在性遺伝子を標的としたTGSが誘導できたのか」という点に着目し研究を行った。すなわちCMVベクターが持つ2bタンパク質の役割がTGS誘導の促進に大きく関わっていると考えた。この仮説を証明するため、本研究ではプロトプラストassay systemを用いた。まずCHS promoter領域の配列に相同な二本鎖RNA(dsCHSpro)を作製した。dsCHSproと2bを同時に花弁から得られたプロトプラストに対し導入したところ、dsCHSproのみの対照に比べ、CHS mRNA量がより大きく減少し、大きなヒストン修飾の変化が観察された。つまり2bタンパク質はTGSを促進する能力を持つと考えられる。2bタンパク質は宿主細胞の核に局在する。またRNA silencingの引き金となるsmall interfering RNA (siRNA)と結合するという特徴をもつ。CMVベクターから発現する2bタンパク質がTGSを誘導するsiRNAと結合することによって宿主細胞の核への移行を促進することが明らかとなった。
著者
SHOEMAKER Michael
出版者
九州大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

本研究のテーマは、カメラ画像を用いた深宇宙探査機の自律航法システムについての研究である。探査機に搭載されたカメラで得られる画像では、探査機の運動に伴い画像中の点が移動する。これをオプティカル・フローという。本研究では、無人小型航空機(MAV)の分野で最近注目されている自律視覚航法の手法を、宇宙探査機に適用することを考えた。自律視覚航法とは、ハエや蜂などの複眼をもつ生物の視覚を模倣した状態推定法である。このオプティカル・フローをワイド・フィールド・インテグレーション(WFI)と呼ばれる広域統合処理をすることで、未知の天体表面形状にも頑健(ロバスト)な状態推定が可能になる。しかもこの手法は、低解像度のカメラを用いることができ計算負荷も小さいために、質量や電源に制限がある小型探査機による宇宙探査ミッションに適している。WFIの計算手法を詳細に再検討した結果、積分計算を必要としない、従来の手法よりも簡単な数学的定式化を行った。提案手法は、計算負荷がより小さくなるが、数学的には従来の手法と等価であることを証明した。したがって提案した手法を用いることにより、従来のWFI手法と同程度の衝突防止や相対航法推定精度を得ることができる。また、小惑星探査機だけでなく、他の自律視覚航法システム(例:MAV)にも適用可能である。本研究では、表面形状が未知である小惑星への接近・ホバリングミッション・フェーズを考え、提案手法を適用した場合の数値シミュレーションを行った。その結果、表面の凹凸がわかっていなくても、小惑星に衝突することなく探査機をホバリングさせることができることを示した。さらに、小惑星に相対的な探査機の並進速度と角速度を推定できることを示した。
著者
五野井 郁夫
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2004

本研究の目的は、国際社会での規範形成においてグローバルに連携した人々やNGO、すなわちトランスナショナルな市民社会(以下TCSと略す)が果たしている役割について、(1)国際政治理論と(2)TCSのキャンペーンにかんするフィールドワークを通じた事例研究の架橋から明らかにすることである。本年度もMake Poverty Historyキャンペーンの政治過程を把握すべく英仏各国の研究機関・NGOに調査をすることでTCSによるメディアを駆使したアドボカシーの手法を学び、一部を研究成果として発表した。海外査読誌発表では、第二次大戦後の国際経済体制の制度構想と実務家の実践において周縁化されていた地域の存在、途上国債務発生メカニズムの関連性を"Conceptual Relevance of "Embedded Liberalism" and its Critical Social Consequences", PAIS, Graduate Working Papers Number 03/06で明らかにした。海外学会では、米国ISA研究大会の査読を通過した報告要旨において、戦後日本の社会運動と現在のグローバル公共圏へのリンクについて論じた。国内実績では、現在日本の若い世代で旧来とは異なる市民意識が醸成されつつあり、それらを基底としたポスト新しい社会運動的方向への移行を「ホワイトバンドの国際政治学-トランスナショナルな市民社会による国際規範形成と途上国重債務救済をめぐって-」『創文』491号でひろく江湖に問うた。また、日本国際政治学会と日本社会思想史学会で報告を2本行った。これら研究調査から得られたTCSによる規範形成の理論と実践にかんする知見の一部を、査読誌『相関社会科学』に「世界秩序構想としてのコスモポリタン・デモクラシー」として発表した。さらに国際政治学会院生研究会を組織するとともに、TCSの可能性とグローバル規範の動態についても、青山学院大学と筑波大学のシンポジウム等で報告と討論を行い、国際関係論と政治思想史の欧米を代表する政治哲学者と国際関係論研究者の翻訳をし、うち一冊が出版された。
著者
福嶋 亮大
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

今年度の研究テーマは、20世紀前半において成立した中国の近代文学が、21世紀に入った今日の社会においていかに変容したかを探求するのに向けられた。もともと20世紀前半の段階で、胡適という学者が、過去の大衆文学の遺産を再利用するかたちで「白話文」で書くことを提唱し(文学革命)、その提唱が、それ以降の中国語の文体を大きく規定してきたことが知られている。しかし、21世紀に入ると、消費社会化が急速に進行するなかで、中国の外側の大衆文化が大量に押し寄せ、中国人の表現様式を大きく変えてしまった(グローバル化、あるいはポストモダン化)。そのなかで、従来の近代文学のある部分は生き残り、ある部分は衰退しつつある。今年度は、21世紀初頭の新しいタイプの中国文学を観察することによって、20世紀の時点で形成されていた文学性とは何だったかを照射することを心がけた。つまり、「中国近代文学成立期における白話の社会的位置」という研究テーマを、いわば搦め手から展開することを目指した。その問題意識の下で2本の論文を執筆するとともに、日本を含めた東アジアのサブカルチャーとネットカルチャーを主題とした著書を発表し、相応の評価を得ることができた。こうした脱領域的な研究アプローチは、世界的に見てもあまり例を見ない。グローバル化が進む社会の分析は、おそらく今後ますます重要性を増していくだろう。今年度はその分析のための礎石を築くことができたと思われる。
著者
藤原 慎一
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

昨年、現生四足歩行動物において以下の2つの関係を明らかにした.1)胸郭の中で鉛直方向の圧縮力に対して相対的に高い強度を持つ肋骨の位置と肩帯の位置とは対応する(投稿準備中).2)歩行中ないし走行中に前肢で体重支持を行なっている時の肘関節角度は、肘頭突起のオリエンテーションと対応する(2007年ICVMにて口頭発表:投稿・審査中).また、3)現生ワニ類の肘関節の硬骨の縁辺部に発達する軟骨の立体構造の記載を行なった.これらの立体構造は関節の可動範囲に大きく影響するが、これまで記載されてきた硬骨の立体構造だけからでは認識できなかった.本調査ではワニ類の肘関節の可動性が軟骨構造によって制限されていることを確認した.また、現生ワニ類は哺乳類とは異なり、肘頭突起のテコを有効利用しない立ち姿勢を保っていることが分かった(日本古生物学会にて発表予定:投稿準備中).以上の1〜3の結果を踏まえて絶滅陸生動物の姿勢復元を行なうことにより、より信頼性のおける前肢姿勢の復元を行なうことができるようになった.その結果、一部の絶滅動物の近縁な種間においても前肢姿勢や姿勢維持の仕組みに大きな違いが見られることが初めて示唆された.以下にその例を示す.4)束柱目哺乳類のデスモスチルスとパレオパラドキシアの肘関節では、それぞれ大きな角度と小さな角度で姿勢保持を行なっていたことが示唆され、両種の姿勢の違いが初めて示された(2008年6月に発表予定).5)また、角竜類恐竜の中では、肘頭突起を発達させないプシッタコサウルスとプロトケラトプスの肘は現生ワニ類と同様に肘頭突起のテコを利用しない姿勢保持を行なっていたのに対し、肘頭突起の発達したレプトケラトプスやケラトプス科の仲間は現生哺乳類のように肘頭突起のテコを有効に利用した姿勢保持を行っていたと強く示唆された(Ceratopsian Symposiumにて口頭発表).
著者
牧口 祐也
出版者
北海道大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

魚類の心拍変動は、代謝を最適化するために外部刺激や内的変化に対応し自律神経系により高度に制御されている。数種の動物において振動や視覚刺激により、一時的に徐脈が引き起こされ心停止が起こることが報告されている。Makiguchiら(2009)によってシロザケ(Oncorhynchus keta)が産卵の瞬間、雌で7秒、雄で5秒間心停止し、これに副交感神経が関与していることが報告された。しかし、産卵の瞬間に心停止が起こる機構に関してはほとんど明らかとなっていない。本研究ではECG(Electrocardiogram)およびDT(Depth Temperature)ロガーを用いた行動観察および自律神経系アンタゴニストを用いた薬理学的実験により、シロザケの産卵の瞬間における心停止機構を明らかにする目的で実験を行った。標津川河口で捕獲されたシロザケ雌10尾の背部にECGロガー(W400-ECG:リトルレオナルド社)、腹腔内の圧力変化を調べるためにDTロガー(M190-DT:リトルレオナルド社)を挿入し、交感神経および副交感神経の薬理的遮断効果のあるソタロール(2.7mg/kg:N=3)およびアトロピン(1.2mg/kg:N=2)、さらにコントロールとしてサーモンリンガー(N=5)を投与し、産卵行動をビデオカメラで記録し観察した。産卵行動観察終了後に、産卵床を掘り起こし、放卵された卵の数を計数した。アトロピンを投与した個体以外のすべての個体で産卵の瞬間に心停止が観察され、この結果は従来の報告と同様であった。産卵の瞬間に腹腔内の圧力は産卵前後に比べて上昇していたが、投与した薬によって腹腔内の圧力は変化しなかった。また、放卵数も投与した薬によって変化しなかった。つまり、心停止は産卵の瞬間における放卵に伴った圧力変化とは関係がない可能性が示された。
著者
鎌倉 哲史
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

本研究の当初の目的はオンラインゲームを用いた小学校における効果的な情報モラル教育を実践することであった。しかし昨年度までの取り組みの中で、「子ども達はネット上の追跡可能性を知らないためにネットいじめ等の問題を起こす」という研究の前提に大きな見落としがあることが判明した。具体的には、小学生の子ども達は確かに「技術的には」追跡可能性を把握していないことが多いが、ネット上でプロフィールを紹介している人が多いことを根拠として「実際上は」追跡可能であると考えている可能性が明らかとなった。そこで平成24年度は、こうした「プロフィール主義」と呼ぶべき考えがどの年齢層にどの程度広がっているのか、小・中・高・大学生各200名程度の計787名を対象とした中規模質問紙調査によって検討しだ。その結果、プロフィール主義が各学校段階において10%前後存在すること,小学生では教育的言説の伝聞が,中・高校生ではネット利用頻度が,大学生では追跡関連知識がプロフィール主義の最大の規定要因であることが示された。また、本研究で得られたプロフィールの公開率やプロフィール公開の場、プロフィールに基づく追跡可能性の推定値の平均値と分散といった単純集計データは、これまで実証的に検討されてこなかったものが多く含まれる。その点でも、単にこれまでの仮説がデータで裏付けられたという以上に、本研究領域における初めての実態調査としての資料的価値が認められると考えられる。
著者
水田 岳志
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

本年度は、2006年の日本経済を対象として、全貿易財産業を対象とした貿易障壁の発生要因を明らかにするため、Protection for Sale(以下、PFS)モデルの検証を行った。PFSモデルとは全産業において発生している貿易障壁を産業ごとの利益団体による政府への政治献金行動によって説明する枠組みである。このモデルの推定及び検証作業には産業別政治献金データ、産業別貿易障壁指標及び産業別輸入価格弾力性の情報が必須である。本稿は第44回衆議院議員総選挙の翌年を分析期間とし、2005年度及び2006年度政治資金収支報告書を収集、各政党・資金団体および政治団体への企業献金・団体献金を整理した。その献金名簿から、「TSR企業情報ファイル」を用いて企業名を業種コード(JSIC.Rev.11.4桁分類)へ分類作業を行った。さらに、総務省政策統括官部局」のご厚意により。国際比較が可能な産業別データ系列も作成した。産業別貿易障壁指標に関しては、非関税障壁の度合いを反映し、かつ、経済理論的な基礎を持つ「産業別TRI」を定義し、Kee,et.al(2009)の推定結果を用い、産業別TRIを推定した。産業別輸入価格弾力性はKee,et.al(2008)が推定した貿易品目(HS88の6桁分類)ごとの輸入価格弾力性を産業レベルに集計した。全貿易産業(JIP産業分類)を対象にPFSモデルの検証を行った結果、PFSモデルが要求する符号条件を確認した。また、貿易障壁を発生させる政治構造パラメータである「政府の経済厚生ウェイト」と「貿易に関わる利益団体組織率」を計算した結果、米国等を対象とした既存研究と比較し、経済厚生ウェイトが大きく、利益団体組織率が小さいという結果を得た。以上のことから、2006年の日本政府の貿易政策決定において利益団体の与えた影響は国際比較という観点から比較的小さいと言える。
著者
山本 定博 AHMAD Zahoor AHMAD ZAHOOR
出版者
鳥取大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

世界各地で家畜糞などの有機性廃棄物の不適切な農地還元による環境汚染が深刻化しており,とくにリンの非点源汚染は,富栄養化による水圏の深刻な汚染要因となっている.本研究は土壌からのリン溶脱抑制のために,別セクターで産する廃棄物のリン保持特性に着目し,2種類の資材(高炉砕;BFS,上水処理沈殿残渣;WTR)とリン吸着資材として注目を集めるハイドロタルサイト(HYD)を土壌に添加してトウモロコシを栽培し,リンの溶脱抑制と作物への利用効率との関係からリン保持資材の効果を検討した.土壌は砂質マサ土とローム質土壌を供試し,WTR,BFSを5%,HYDを0.25%相当量土壌に添加した.リン源は,牛ふん堆肥(堆肥区)とリン酸二水素カリウム(化学肥料区)を各300kgP/ha相当添加した,播種後7週間ポット栽培し,収穫後作物体を分析した.作物体乾物重は,土壌よりもリン源の影響を受け,堆肥区では化学肥料区より大きく劣った.リン吸着資材(以下PRM)添加効果は土壌によって異なった.マサ土では,すべてのPRM添加により,リン吸収が抑制され乾物重が低下したが,ローム質土壌ではBFS添加により乾物重の増加が認められた.ポットからのリン溶出も土壌によって異なった.マサ土では高濃度のリンが排出され,とくに化成肥料区の栽培初期で顕著であったが,PRM添加によって大きく低減できた.ローム質土壌では,マサ土とは異なりPRMによる明確なリン溶脱抑制効果は認められなかった.以上,PRM添加効果は土性によって異なり,砂質土壌ではリン溶脱抑制効果は大きいが,逆に作物へのリン可給度を低下させるマイナス面が明らかになった.今後,リンの溶脱と肥効のバランスを考慮した資材利用方法とPRM吸着リンの長期的スパンでの可給化等の検討が必要であるが,廃棄物をリン保持資材として環境保全と食料生産の両面で有効活用できる可能性,方向性を示すことができた.
著者
海江田 修至
出版者
大阪大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

DDEF1-SH3ドメイン-APC-SAMPモチーフ複合体の立体構造とダイナミクス解析を、溶液NMRを用いて行った。腫瘍抑制因子APCは大腸癌の原因であり、SAMPモチーフと呼ばれる特徴的なアミノ酸配列がその腫瘍抑制能に不可欠である。APC-SAMPモチーフの詳細な役割は未知な点が多いが、DDEF1-SH3ドメインとAxinのRGSドメインと相互作用することはわかっている。これらのドメイン間には構造的類似性がなく、SAMPモチーフがいかにして2つの異なるドメインに認識されるのか不明であった。また、SAMPモチーフには、SH3ドメインの認識配列であるPxxPモチーフに相当する配列が含まれておらず、SAMPモチーフとDDEF1-SH3ドメインとの相互作用の構造的基盤解明は非常に意義深い。決定されたDDEF1-SH3ドメイン-APC-SAMPモチーフ複合体の構造から、SAMPモチーフは、SH3ドメインと相互作用する際に、polyproline type IIヘリソクスを形成することが明らかとなった。この構造は、PxxPモチーフがSH3ドメイン上で取るものと同一である。他のSH3ドメインとリガンドの構造と比較すると、SH3ドメインとの相互作用には、PxxPにある二つのプロリン残基は必須ではなく、プロリン残基一つでも十分に相互作用する可能性があることが示唆された。NMRを用いた複合体のダイナミクス解析の結果と合わせると、SAMPモチーフのうち、SH3ドメインとAxinとの相互作用に関わる残基は異なり、それにより、二つの複合体中でのSAMPモチーフの構造も大きく異なっていることが明らかとなった。
著者
三神 弘子 KO J.-O.M. KO J.-OM
出版者
早稲田大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

本年度の主要な研究目的はジェンダーと〈クイア〉および異形の身体表象という視点で映画を体系的に考察することであった。研究代表者、三神は、マーティン・マクドナー作のアイルランド映画『In Bruges』(2008)を考察し、道徳的タブーを覆すために、小人症などに代表される〈フリークス=異形の者〉を登用するケースを論じるとともに、映画に登場するヒエロニムス・ボッシュの絵画「最後の審判」の中の〈異形の者たち〉との関連性を考察することによって主人公の内面の楝獄/地獄が観光都市ブルージュと結び付けられていることを議論した。外国人特別研究員、高は〈クイア〉という視点では松本俊夫による『薔薇の葬列』(1967)を分析し、ゲイボーイの身体表象を映画のリアリズムと関連付けて考究し、「ジェンダーとエスニシティ」のテーマにおいては、大島渚による『日本春歌考』(1967)を考察し、映画内という枠組みを超えて、より広範な社会・文化的文脈との関連性をからみあわせて考察を試みた。さらに『日本春歌考』の中で歌われる『満鉄小唄』に想起される、従軍慰安婦の問題を1950年代の戦争アクション映画における表象の考察に発展させを論じた。三神による研究はこれまでのアイルランド映画研究の主要テーマであったナショナルアイデンティティや〈アイリッシュネス〉の表象を踏まえながらも身体表象、絵画、またマクドナーの演劇作品との隣接性に焦点を当てることで従来のアイルランド映画研究に新しい視点とメソドロジーを提供し多大な学術的貢献をしたといえる。高の研究も、従来の日本映画研究ではほとんど論じられることのなかったリアリズムと身体表象、エスニシティとジェンダーという錯綜するテーマを取り上げることにより、既存のジェンダー・セクシュアリティ、クイア表象研究の枠組みを発展させる重要な役割をもつといえる。