著者
伊藤 紳三郎 YANG Jian
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2005

本研究は、ブロック共重合体が形成するミクロ相分離構造内における高分子鎖のコンホメーションを単一分子レベルで観察することにより、ブロック鎖の特異な形態について明らかにすることを目的としている。本年度は、ブロック共重合体のミクロ相分離構造内に混合したホモポリマー成分のコンホメーションをSNOMによる直接観察によって評価した。試料として、ポリスチレン(PS)-ポリメチルメタクリレート(PMMA)のブロック共重合体を用いた。それぞれのブロック成分の重合度は8350および8570であり、対称な構造を有する。これに蛍光ラベルされたPMMAホモポリマーを微量に混合し、成膜後、クロロホルム蒸気雰囲気下にてアニーリングを行った。ここで、ブロックポリマー中のPMMAセグメントはフルオレセインにより、ホモポリマーPMMAはペリレンによって蛍光ラベルされており、それぞれの成分のみを選択的に観察することが可能である。フルオレセイン蛍光観察によって、ミクロ相分離構造の観察を行ったところ、PS-PMMAは156nmの間隔のラメラ状相分離構造を呈した。同一視野においてペリレン蛍光を検出することで、PMMAホモポリマー鎖の選択観察を行ったところ、ホモPMMAはすべてミクロ相分離構造内のPMMAドメイン内に局在していることが明らかとなった。ラメラPMMAドメイン内におけるホモPMMAの重心位置とそのコンホメーションとの相関について詳細に検討したところ、ラメラドメイン中央に存在するホモPMMA鎖は、ラメラ層に平行に配向していることが明らかとなった。一方、PS-PMMA相の界面付近に存在するホモPMMA鎖は、相界面に対して垂直に配向する傾向があることが分かった。ミクロ相分離構造の界面においてブロックポリマー鎖は界面近傍において特に強く配向していると考えられ、このブロックポリマー鎖の配向に依存して界面近傍に存在するホモPMMA鎖も界面に垂直方向に配向するものと思われる。
著者
高橋 亮介
出版者
名古屋大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

本年度は以下の研究を行った。ローマ期テプテュニスの家族史研究については、先々年度に作成した論文「ある家族の衰退」を大幅に書き改め、現在印刷中である。また同論文の英語版を外国の学術雑誌に投稿し、審査中である。また博士論文の他の部分についても改訂を進めた。また2006年に発表した邦語論文「ローマ期エジプトにおける兄弟姉妹婚」の改訂英語版Brother-Sister Marriage and Inheritance Strategies in Greco-Roman Egyptをロンドン大学のRowlandson博士と共に作成し、英国の学術雑誌Journal of Roman Studiesに掲載した。ここでは邦語論文以後に発表された研究を批判的に検討し、新たな論点を盛り込みつつ自説を再論した。ザウィエト・スルタン採石場のグラフィティ研究に関しては、前年度の調査概報を公刊し夏期に現地調査を行った。さらにグラフィティの二言語併用状況の歴史的性格を明らかにすべく、プトレマイオス朝行政における二言語併用文書の使用実践について考察し、アコリス遺跡調査の公開研究会で報告「プトレマイオス朝の行政と文字:二言語併用文書をめぐって」を行った『史学雑誌』第118編第5号「2008年の歴史学界」で「古代ローマ」の項目を執筆し、2008年に出版された古代ローマ史に関する邦語文献の紹介・批評を行った。鷲田睦朗氏と共訳したムーリツェン「民衆/民会の権力:ローマ政体への新しいアプローチ」は共和政期ローマの政治体制を論じたもので、ヘレニズム諸王国を下し地中海世界全域にわ社たる帝国を成立させたローマ理解を深めるものである。これらはエジプトを地中海世界の文脈でとらえる作業の一環社として位置付けることができる。
著者
三枝崎 剛
出版者
北海道大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

符号,格子及び頂点作用素代数について,組合せ論の立場から考察し,研究を行った.格子から構成される球面デザインの非存在を証明した.球面t-デザインとは,球面上の有限集合で,ある条件を満たすものである.一般に,t-デザインならば(t-1)-デザインになり,高いtのt-デザインを見つけることが,目標である.例えばE8格子の原点から等距離にある点集合は,球面上に存在しており,その集合は,7-デザインになっている事が知られている.では,8-デザイン以上になるか否かは,非常に興味ある問題である.ここで,非常に面白い事に,この問題は数論で古くから未解決である,レーマー予想と同値になっているのである.今年度,特別なの2次元整数格子に対して,デザインの非存在を証明出来た.具体的には,2次元整数格子は虚二次体の整環とみなす事が出来るが,類数1,2の整環に対応する格子に対して,デザインの非存在を証明した.4次直交群の有限部分群から構成される球面t-デザインのtの値を決定した.直交群の有限部分群の軌道は,自然に球面上に存在していると考えられるが,そうして構成されるt-デザインの,tの値は余り高くならない事が予想されている.この予想を確認するべく,今回は,最近になって分類が完成した4次直交群の有限部分群全てに対して,t-デザインとなるtの値を決定した.共形デザインの非存在を証明した.近年,頂点作用素代数(以下VOAと略す)上に共形t-デザインという概念が定義された.例えば頂点作用素代数の最も重要な例である,ムーンシャインVOAは,共形11-デザインを構成する事が知られている.更に,球面デザインの時と同じく,12-デザインになるか否かは,レーマー予想と同値になる.研究代表者は,自由ボゾン型VOAに関して,デザインの非存在を示した.更に,格子VOAに関しても,非存在を示すべく研究中である.
著者
桑原 浩平
出版者
名古屋工業大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2002

平成15年度は,まず屋外環境において,人体の体感温に影響を及ぼす環境要素を探るために,修正湿り作用温度を用いた屋外温熱環境の評価を行った。修正湿り作用温度は,気温・湿度・放射・風速が人体に及ぼす影響を個別に表示することが出来るという利点がある。その結果,夏や秋においては,日射を含む放射の影響を強く受け,冬においては,風速の影響を強く受けていることが明らかとなった。次に,日射を考慮したSET^*や予想温冷感ETSが暑熱環境において有効であるか否かを検討するために,名古屋の屋外空間において被験者実験を行った。実験結果から,SET^*は名古屋のような暑熱地域においても温冷感の評価に有効であったが,ETSは札幌の被験者実験を基に作られた指標であるため,名古屋においては,特に寒いと申告する側において計算値と申告値に差が見られた。また,これまでは屋外温熱環境の評価に関しては主に温熱指標と温冷感との対応を見るのが主であったが,今年度は温熱指標と快適感に関する検討も行った。これまでに行われた,札幌と名古屋の屋外空間における被験者実験データから,SET^*と中立温冷感,快適感との関係を明らかにした。分析結果から,屋外環境におけるSET^*に対する中立温冷感域として15.7〜25℃が,快適側申告域として17.8〜24℃が得られた。さらに,ETSと快適感の関係を実験データから回帰したところ,80%以上の人が快適であるというETSの範囲は見られなかったものの,-1.0(少し涼しい)<ETS<+1.0(少し暖かい)の範囲内で70%弱の人が快適と感じるとの結果を得た。最後に,人体のどの部位が全身の温冷感に影響を及ぼすかを検討したところ,頭部は季節に関係なく全身の温冷感とよく一致し,他の部位においては,季節を通じて露出部位の影響を受けやすいことが確認された。
著者
楠田 剛士
出版者
九州大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

報告者は、長崎原爆の文学/表象に関して、二つの側面から資料調査と分析を行った。ひとつは、前年度から引き続き、非被爆者の作家たちが、原爆の事実と虚構を織り交ぜて小説を書くという方法に関するものである。具体的には、1「井上光晴『明日-一九四五年八月八日・長崎』における「再現」の方法」という論考を発表した。そこで明らかにしたことは、原爆投下前日を再現するという井上の試みが、同時代的な被災地復元運動の成果を取り込んでいること、引用された資料が小説の下敷きの意味に留まらず作品内で独自の機能を果たすことである。それを踏まえ、虚構の登場人物たちそれぞれの経歴を繰り返し描き、原爆で失われた無数の過去を物語の形で取り戻そうとする小説『明日』を、原爆の表象不可能性の問題に対する井上の真摯な応答として評価した。もうひとつは、被爆者自身による表現活動への注目であり、やはり前年度から調査を進めていた一九五〇年代の長崎原爆の表現である。それは、2「山田かんとサークル誌」としてまとめ、さらに資料編として3「長崎戦後サークル誌「芽だち」総目次」を作成した。長崎における戦後文化運動の一例としてサークル誌「芽だち」を取り上げ、先行資料をまとめた上で、詩人・批評家として活躍した山田かんの出発点に「芽だち」があること、長崎の被爆者・労働者による原爆表現・運動として資料性・重要性があること、長崎における他のサークルや以後の平和運動とのつながりを考える上で「芽だち」が重要な結節点であることなどを指摘した。2を補足する3の総目次は、記事情報の共有化によって今後の研究を促進するものとして意義があると考える。以上が本年度の主な研究成果である。
著者
春木 奈美子
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

人類学の多くの資料や、文学的天才の作品が教えるように、贈与について考えるとき、セクシュアリティの問題をそこから切り離すことはできない。贈与に解き難く付随するこの問題系は、レヴィ=ストロースが記述する女性の交換にはじまり、ピエール・クロソウスキーの『歓待の掟』における倒錯的な贈与に至るまで、例に事欠かない。ところで、フランスの精神分析家ジャック・ラカンは晩年のセミネール20巻『アンコール』のなかで、セクシュアリティについて独特な議論を展開している。彼はそこで、性別の公式と呼ばれる論理式を提示し、さらに「女なるものは存在しない」と定式化した。このテーゼは、ラカンの男性中心主義と曲解され、多くのフェミニストから批判を受けることになる。しかし詳細にセミネール20巻を読み進めれば、これを男性中心主義と解することがほとんど不可能であることが分かる。贈与という概念をひとつの手がかりとして、心理臨床を再考察する研究の最終年は、セクシュアリティをめぐるラカンの言説を導きの糸として、絶対的な「贈与」に関わる神話の分析を行い、更にそこで得られた知見から新たな治療論を展望した。フロイトが『終わりある分析と終わりなき分析』で記したように、心理臨床において、治療の終わりは議論の絶えない主題である。フロイトは分析治療がどうしてもそこから先には進まない「岩盤」=去勢コンプレクスを前に、ある種のためらいをみせるが(生物学への傾斜)、ラカンはそこに留まることなく、「幻想の横断」、後には「症状への同一化」という考えを前面に打ち出す。本研究は後者の概念を贈与そしてセクシュアリティの問題と併せて再考することで、そこに含まれる治療的意義を示した。
著者
覚幸 典弘
出版者
北海道大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

今年度において,ヘルムホルツ分解定理に基づく動画像のフロー推定法を実現した.従来手法では,過去に推定された動きの推定誤差が現時刻の動きの推定精度を低下させる問題が存在した.そこで提案手法では,ヘルムホルツ分解定理に基づくパーティクルフィルタを新たに導出することで,従来手法の問題を解決し,高精度な動き推定を可能とした.その成果を,信号処理の分野において世界最大規模の国際会議であるICASSP 2009(IEEE International Conference on Acoustics, Speech, and Signal Processing)で発表した.さらに,本手法の気象データへの適用を行い,北海道大学およびソウル大学共催のジョイントシンポジウムで報告した.また,本研究課題とは別の研究ではあるが,グローバルCOE異分野共同「新種探索プロジェクト」に参加し,SVDDに基づく顕微鏡画像解析法を実現した.画像処理を用いて顕微鏡画像の解析を行うことは,これまで実現されておらず,それを可能とした提案手法は,独創的であるといえる.そして,その成果をGCOEのシンポジウムおよびワークショップで報告した.最後に,これまで実現してきた自己相似性および回転・発散に基づく画像モデルを博士論文にまとめ,北海道大学情報科学研究科における論文審査において発表を行うとともに,博士(情報工学)の学位を与えるに相応しい成果であるという評価を頂いた.
著者
中丸 禎子
出版者
一橋大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

2010年度は、これまでの研究を発表し、今後の研究の方向性をより具体的に定める準備を行った。前半は、主に、これまでの研究成果の発表に努めた。「セルマ・ラーゲルレーヴ『エルサレム』の「周縁」性」では、これまでの研究の軸となる概念「周縁性」を総括すると同時に、新たな分析対象『キリスト伝説集』におけるユダの身体的特徴を分析し、「ユダヤ人」の表象研究の開始点とした。後半は、ラーゲルレーヴ『ボルトガリエンの皇帝』を軸に、「狂人」に関する口頭発表および依頼原稿の執筆を行った。この研究では、「狂人」を「脚部障碍」と関連付けて論じることはできなかったものの、北欧文化の重要な背景であるキリスト教と太陽信仰の混在したあり方を、一般読者に理解できる形で、かつ批判的に論じることができた。本研究計画の課題は、「脚部障碍」と関連付けた各テーマがそれぞれ広がりを持つため、必要な情報・資料が膨大で、論が煩雑になる恐れがあることであった。2011年2月・3月は、ドイツおよびスウェーデンに渡航し、研究計画書のドイツ語訳・スウェーデン語訳をもとに、外国人研究者らとディスカッションを行い、今後の研究に関する具体的な助言や、資料の情報提供を受けた。また、非公式ではあるが、論文のスウェーデンでの出版に関する可能性を提示された。更に、これまでの研究成果「日本における北欧受容」に関して、スウェーデン語で口頭発表を行った。この発表では、日本人研究者として、スウェーデン人研究者に対して、ラーゲルレーヴや北欧文学の新しい見方を示すことができたのみならず、日本近代史に対する興味を喚起することにも成功した。
著者
竹下 覚
出版者
慶應義塾大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

1.近紫外励起用赤色発光Yvo_<4<:Bi^<3+>,Eu^<3+>ナノ蛍光体Yvo_<4>:Bi^<3+>,Eu^<3+>ナノ蛍光体を用いた太陽電池用波長変換材料を作製し、作製条件の最適化を行ったのち、シミュレーションと実験の比較を行った。その結果、より高効率な波長変換を実現するためには、波長変換層による反射」損失をさらに抑制する必要があることを明らかにした。また、実用化に向けた耐久性評価のため、ナノ蛍光体・ポリマー複合膜の長期耐光性試験を実施したところ、発光強度の特異な時間変動現象を発見した。この現象の起源について追究し、ナノ蛍光体が光触媒とよく似た作用によってポリマーを光分解していることを明らかにした。2.近紫外励起用緑色発光Zn_<2>GeO_<4>:Mn^<2+>ナノ蛍光体ソルボサーマル法によって作製したZn_<2>GeO4:Mn^<2+>ナノ蛍光体において、Mn^<2+>イオンの分布状態が発光特性に与える影響を調べるため、反応機構および粒子生成プロセスを解析した。その結果、Mn^<2+>イオンが粒子表面に偏析し、Mn2+間のエネルギー移動に起因する蛍光強度の低下(濃度消光)が生じていることを明らかにした。3.近紫外励起用赤色発光アパタイトナノ蛍光体近紫外励起用赤色発光ナノ蛍光体の応用の幅を広げるため、Yvo_<4>:Bi^<3+>,Eu^<3+>ナノ蛍光体よりも高い生体親和性を有するEu^<3+>ドープアパタイトに着目した。フランスCIRIMAT Instituteに3ヶ月間滞在し、当該分野の専門家であるDr.Christophe Drouetのもとで研究を行った。Eu^<3+>ドープアパタイトナノ粒子の合成法はすでに確立されているが、分散安定性が低く、強く凝集したナノ粒子が得られるという問題を抱えている。そこで、ナノ粒子の凝集・分散を制御する手法を探究し、親水性高分子鎖を有する配位子で表面修飾することで、分散安定性の高いナノ粒子が得られることを明らかにした。
著者
高鳥 翔
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

γセクレターゼはアミロイド前駆体蛋白質(APP)を切断し、アルツハイマー病(AD)の発症と密接に関連したAβペプチドを産生することからADの重要な創薬標的である。APP以外にも多数の1型膜蛋白質を基質とし、特にNotchの切断は悪性腫瘍の発症に関わることから、γセクレターゼ阻害剤はADのみならず悪性腫瘍に対してその有効性が期待されている。申請者はγセクレターゼ構成因子であるニカストリン(NCT)の細胞外領域に対してモノクローナル抗体A5226Aを作出し、本抗体が活性型γセクレターゼ複合体中のNCTを特異的に認識すること、またγセクレターゼ活性阻害能を有する中和抗体であることを見出した。本研究課題では、A5226Aの抗体医薬シーズとしての有効性を検証するとともに、新規創薬標的の開発に応用することを目的に研究を遂行した。本年度においては、A5226Aによるγセクレターゼ活性の阻害機構を詳細に解析した。A5226Aはγセクレターゼと基質の結合を阻害し、同時にγセクレターゼの発現量を減少させる間接的な機序を介して基質切断を阻害することを見出した。またA5226Aはγセクレターゼ活性依存的な増殖能を示す癌細胞の増殖を抑制した。さらにin vivoにおける効果を検証するため、γセクレターゼ阻害剤に感受性の白血病細胞株をマウス末梢血中に移植したxenograftモデルを開発、確立した。また申請者はA5226Aをプローブとしてγセクレターゼの新規結合分子を探索した。RNAi条件下でAβ産生量が減少する因子を選択した結果、テトラスパニンファミリー分子のCD81を同定した。CD81はγセクレターゼと基質の細胞表面膜からの輸送に関わることを見出した。
著者
福田 敏男 ZYADA Zakarya
出版者
名古屋大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2005

金属探知器(Metal Detector : MD)は現在人間による地雷撤去作業に用いられる最も主要なセンサーである.それはシンプルかつ低価格であり,また浅い地表面に接地された対人地雷(Ann-Personal Mine : APM)を発見することにも役立っている.しかしながら,地雷以外にもあらゆる金属片に反応してしまうために,誤認警報率が高い(約99.95%)という問題がある.一方で,地中レーダー(Ground Penetrating Radar : GPR)により誘電特性に基づいて地中の物体を認識する技術を提供できるが,金属と非金属における誘電不連続面を検出するため,地雷以外の物体にも反応する問題がある.本研究では,誤認警報率を大幅に削減し,浅い地表面に接地された対人地雷を自動検出することを目的としたGPRとMDのファジー融合手法を提案する.金属探知器と地中レーダーはロポットにより操作される.この融合アルゴリズムは,GPRとMDに対し,特徴を入力し判定を出力するファジーアルゴリズムである.ファジー融合システムへの入力はGPRとMD双方の計測結果から抽出された特徴情報である.これらの特徴はそれぞれGPRとMDに対する最大振幅強度と強度の累積和である.ファジー融合システムからの出力は地雷が存在するか,またその場合はどの程度の深さかに関する判定である.ファジー融合規則はファジー学習アルゴリズムを通じて学習データから抽出される.実験結果からファジー融合アルゴリズムの妥当性,および地雷撤去作業における誤認識率を低減できることが示された.本研究からは以下の2つの主要な結果が得られた.第一に,地雷とプラスチックケースや金属ボルトを識別できる可能性であり,これは誤認識率を低減することに寄与するものである.第二点として,GPRとMDセンサーに対して所定の特徴量(最大強度振幅および強度の累積和)は提案されたセンサー融合アルゴリズムにとって十分なものであることである.本研究による提案アルゴリズムは以下の利点を持つ.単純かつ実環境で使用が容易であり,一般的な操作者により実行可能である.アルゴリズムは実環境下の測定結果から得られたファジー学習のルールに基づいているため,環境からの影響が既に学習則に含まれており,例えば水分を含んだ環境状態などの影響が低減されることが期待できる点にある.
著者
平山 晴子
出版者
岐阜大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

グレリンは、胃から主に放出されるペプチドホルモンで、成長ホルモン分泌亢進など中枢に対する作用がよく知られている。作用発現には脂肪酸修飾が必要であることがグレリンの構造上の特徴であり、脂肪酸修飾を持たない型をデスアシルグレリンという。これまでに申請者の所属研究室では、中枢からの消化管運動への影響も検討できるin vivoの実験系を用い、非ペプチド性グレリン受容体アゴニストが脊髄排便中枢に作用し大腸運動を亢進させることを報告した。この結果に基づき申請者は、ペプチド性グレリンは脊髄排便中枢への投与により用量依存性に大腸運動を亢進させること、また、デスアシルグレリンは単独投与によっては大腸運動に変化は起こさないものの、グレリンの効果に対しては抑制効果をもつことをこれまでに明らかにした。さらに脊髄におけるグレリンおよびグレリン受容体のmRNA発現が確認され、グレリンが神経伝達物質として作用する可能性が示唆された。前述の結果をふまえ、申請者は当該年度、グレリンの大腸運動亢進作用をさらに詳細に検討し、脊髄から大腸運動を亢進させるに至る経路が骨盤神経であることを特定した。また、この脊髄を介するグレリンの大腸運動亢進作用は、大腸内腔圧を上昇させることにより誘発される蠕動亢進には必須ではないことを明らかにした。本研究の最終的な目的であるグレリンと病態との関与について検討するために、覚醒下の実験条件の検討を行い、無麻酔下のラットへのグレリンの脊髄腔内投与方法を確立した。また、ストレス下の状況は既存のコルチコトロピン放出ホルモン投与による手法を用いた。グレリンとストレス、そして消化管運動の相互関係について確定的な結論を導くまでの結果は得られなかったが、予備的な実験は進んでおり、近い将来に結論が導かれ、過敏性腸症候群などの消化管疾患の病態解明に寄与すると期待される。
著者
嶋本 利彦 MITCHELL Thomas Matthew MITCELL Thomas Matthew
出版者
広島大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

本研究の目的は,断層帯の内部構造,力学的性質,浸透率のような水理学的性質に関する構造などを調べて,地震の発生過程および地下深部における流体移動の定量的な解析に必要な断層モデルを提示することである.南米チリのアタカマ断層では,断層帯の内部構造と断層帯に接する母岩中のダメージ分布をより詳細に解析して論文で報告した(Mitchell & Faulkner,2009)。この研究では,顕微鏡スケールの微小クラックから地質断層に至る5桁におよぶ規模で,ダメージ分布が定量的に解析された.その結果,ダメージの程度を示すクラック密度は断層コアからの距離のべき乗に比例して減少することが明らかになった.断層帯のダメージ分布がこのように詳細に調べられたのは初めてである.今後クラック密度と浸透率,弾性波速度などの関係を決めることによって,断層帯全体の浸透率・速度構造モデルを決める道が開けた.有馬-高槻構造線と米国カリフォルニアのサンアンドレアス断層では,衝撃粉砕岩の野外調査と変形組織の解析をおこなって,結果を国際会議で報告した(論文は現在執筆中).衝撃粉砕岩(pulverized rock)とは,著しく粉砕しているものの,母岩の組織(花崗岩の等粒状組織など)を残していて,通常の断層のような著しい変形をうけていない岩石のことである.最近命名されて何故そのような岩石が断層沿いに形成されるかが議論されている.本研究では,両断層とも,断層コアの両側で断層帯の幅が著しく違うこと,破砕物の粒径分布で共通性が認められることなどを見いだした.その他,蛇紋岩断層ガウジ',無水石膏とドロマイトからなる断層ガウジの高速摩擦実験を共同でおこない,断層は高速時に大きな強度低下を起こすこと,摩擦熱で層状鉱物からなる断層ガウジは脱水・脱ガス分解をして天然の組織とよく似た剪断組織が形成されることを見いだした(学会で発表).
著者
松柳 研一 MICHEL NIcolas Lucien Jean MICHEL Nicolas Lucien Jean
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

ヒルベルト空間を複素エネルギー面に拡張し、共鳴状態をGamow基底を用いて記述するGamow-HFB理論の定式化、その数値計算プログラムの開発、典型的な現象への適用を行った.中性子ドリップ線近傍のNi84-Ni90に対する適用では、通常の予想と異なり、ドリップ線に近づく従って対相関が増大するという大変興味深い結果を得ている。これは弱束縛状態、共鳴状態おとび散乱状態にたたがる中性子ペアーのコヒーレントな運動の結果であり、ドリップ線近傍の不安定核でユニークな特徴をもった対相関が生じることを示唆している。更に、散乱の境界条件を厳密に考慮して解いたGamow-HFB理論による結果とBox境界条件のより連続状態を離散化してHFB方程式を解いた結果とを比較し、両者が非常に良く一致することも示した。これは実座標空間を格子に切りBox境界条件の下で連続状態を離散化してHFB方程式を解くアプローチを正当化するものである。この研究の過程でHFB方程式の新しい有用な解法を見つけた。これはPoschl-Teller-Ginocchio(PTG)ポテンシャルと呼ばれる固有関数を解析的に求めることのできる基底を用いてHFB準粒子波動関数を展開する方法である。この方法は変形ポテンシャルへの拡張も容易なので、変形した弱束縛原子核に対する非常に有用な方法になると期待される。Gamow-HFB理論のもう一つの魅力は準粒子の逃散幅も計算できることである。ドリップ近傍の不安定核では低いエネルギーの準粒子状態でも連続エネルギー状態となる.したがって、これらの準粒子励起のコヒーレントな重ね合わせによって形成される低い集団励起状態も連続状態になり逃散幅をもつ。今年度開発したGamow-HFB平均場基底を用いて、ドリップする限界に近い不安定核に特有なソフト集団モードが出現する可能性をself-cinsistent準粒子RPA計算のよって計算する準備を進めている。
著者
小野田 拓也
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

3年度目にあたる平成24年度は、前年度後半に浮上したECにおける経済介入と規制政治との関係にかかわる課題に力を入れた。本研究課題が追跡してきた雇用政策・産業政策・地域政策の境界画定は、同時に配分政策と規制政策のあいだの政策手段の組み合わせや比重をめぐる調整をもたらすことになった。70年代~80年代前半におけるこの政策領域間の調整をめぐる政治が、のちのECにおける「規制国家」化とも呼ばれる発展にいかなるインパクトを与えたか、本研究が発展させてきた視角を引き継いで、欧州委員会・加盟国政府・私的アクター間に形成された異なる政策手段の採用・変更を担う支持連合の管理に着目しつつ、二次文献の渉猟を進めた。その結果、(A)「規制国家」理論とは裏腹に、80年代後半~90年代前半時点での規制・財政手段の組み合わせ、そしてそれぞれの政策手段における決定・執行の構造は、対象となる産業セクター毎に相当のヴァリエーションをみせた。この産業セクター間の財政手段の有無をめぐるヴァリエーションは、部分的には70年代における財政手段を通じた改革の挫折に由来しており、政策領域の構造は機能的要請のみに還元されないとする本研究のこれまでの成果を裏付けるものである。(B)しかし同時に、転換のタイミングを説明するためには、委員会主導の産業政策を支持する加盟国政府の国内統治戦略をも考慮に入れなければならないことも判明した。とりわけ、委員会の産業政策への主たる支持者であったフランスにおける70年代の競争政策をめぐる制度改革は、国内においては十分に貫徹されなかったものの、のちの超国家レヴェルの競争政策の改革においては政策・制度上のインフラを提供することになり、加盟国・超国家レヴェル間における相互作用への着目を改めて浮き彫りにしたといえる。
著者
安原 望
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2004

本研究により以下に示す結果を得た.1.p型Si基板上に作製したSiGe歪量子井戸を用いて逆バイアスにより電流注入を行うと,インパクトイオン化によりキャリアが生成される.このとき量子井戸からの発光が観測されない.本研究ではこの原因として,正孔は量子井戸に捕獲されるが,電子は伝導体のバンドオフセットが小さい為量子井戸に捕獲されずに表面近傍に分布することを明らかにした.このような電子と正孔が空間的に分離した状態を形成するための電圧には閾値が存在し,閾値電圧以下ではキャリア供給を抑えた状態で電子正孔分離状態を維持できることがわかった.これらの知見をもとに,閾値電圧以下において溜めておいたキャリアを,電圧を解除することにより任意の時間に発光させることが可能であるあることを示した.これはSiGe/Si歪量子井戸を用いた電気書き込み光読み取りのメモリー動作が可能であることを示しており,デバイス機能化にむけた大きな前進を得た.2.SiGe歪量子井戸では歪によりSiの6重縮退したΔ_1バレーが4重縮退と2重縮退に解けることにより,量子井戸に形成される励起子の結合エネルギーの縮退も解けることが知られている.通常量子井戸は面方向に圧縮歪を受けるため,4重縮退した励起子のみが形成されると考えられていたが,本研究では偏光測定により2重縮退した励起子も形成されていることを明らかにした.SiGe歪量子井戸に形成される間接励起子についての理解を深めた.3.GaSb・Si量子ドットでは光学利得が観測されている.本研究では光学利得の注入キャリア依存特性曲線に対し3準位モデルを仮定することによるフィッティングを行った.実験との比較によりGaSb・Si量子ドットの発光メカニズムは3準位系であることの証拠を示すことができた.
著者
原 淳子
出版者
筑波大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2002

オレキシン神経を除去したマウスのナルコレプシー様症状を改善するために、CAGプロモーターを用いてオレキシンを全身に発現させたマウスと、このオレキシン神経を除去したマウスをかけあわせ、ダブルトランスジェニックマウスを作成した。このダブルトランスジェニックマウスにおいて、脳波・筋電図測定を行い、解析した結果、オレキシン神経を除去したマウスに見られたナルコレプシーの発作は見られず、発作を改善できることがわかった。またダブルトランスジェニックマウスでは、神経除去マウスにみられるようなsleep-on-set-REMは見られず、また分断化も改善され、持続した覚醒が維持できるようになり、やはり症状は改善されたと考えられた。絶食により自発運動量、覚醒レベルが上昇すること、オレキシンのmRNAは通常より増加することはすでに知られている。そこでオレキシンによる摂食行動の制御と睡眠覚醒の制御にはどのような関係かあるのかを考え、このオレキシン神経除去マウスを用い、絶食時の自発運動量、覚醒レベルを観察した。マウスを絶食し始めてからの行動量を赤外線でカウントしたものを合計してTG, WTで比較した。WTでは、絶食により行動量が増加するが、この増加はTGでは見ることができない。また絶食時の覚醒レベルを脳波・節電図で解析すると、覚醒時間の延長はWTでは明期の後半に見られたが、TGにおいでは見られなかった。つまり、オレキシンニューロンは絶食に伴う覚醒レベルの上昇に必須であることがわかった。食事をとらなくなるとエネルギーバランスがマイナスになり、摂食行動を維持するために覚醒レベルが上昇するが、その際脳の視床下部でオレキシンニューロンが活性化され、覚醒レベルの維持する働きがある。また正常の睡眠覚醒パターンを維持するためにオレキシンニューロンは必須であることがわかった。以上をもって今年度の研究実績報告とする。
著者
八木 伸行
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

非対称情報の下でプリンシパルが複数の仕事をエージェント達に行わせる問題で、グループを形成し、ノルマのような制約を課す非金銭手的手法による近似的な解決方法はJackson and Sonnenschein(2007)で、ある十分条件の下に議論された。Matsushima, Miyazaki, and Yagi(2010)はそのような非金銭的インセンティブによる解決手法と、結果に応じて賞罰の金額を変動させる金銭的インセンティブによる伝統的な解決手法の同値性を標準的なミクロ経済学の理論の枠組みで証明した。また、破産制約がある場合には非金銭的インセンティブの手法が優位性があることを示した。改訂要請を受けて再投稿した結果、Journal of Economic Theory誌に掲載が決定した。不確実性下の状況での現実の人間がいかにして協調行動を達成するか、を不完全モニタリングの無限回繰り返し囚人のジレンマを被験者を使い経済学実験で分析した、松島斉・遠山智久・八木伸行"Repeated Games with Imperfect Monitoring : An Experimental Approach"における統計的検定作業のためのプログラミングと検証作業を行った。不確実性が小さい場合、お互い協調した場合も裏切りが観察される可能性があるが、理論的には協調を維持するには裏切りを観察した場合には高い確率で報復行為をとってはならない、という結論が得られる。しかし実験結果は、被験者たちは過剰に報復してしまい、協調が理論ほど達成できず、金銭的利益を失っている。その理由は不確実性が小さいので裏切りを観察した場合に「疑わしい人間を罰したい」という人間の心理的欲求であると考える。この研究により、不確実性下での人間同士の協調問題における心理的インセンティブと金銭的インセンティブの相互作用を分析した。
著者
平田 輝満
出版者
東京工業大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2004

前年度に開発・性能検証を行った,従来にはないコンセプトの小型可動式ドライビングシミュレータMOVIC-T4を活用して,今年度は都市内地下道路の走行安全性分析を行った.MOVIC-T4による室内走行実験と安全性分析は2つの視点から行った.1つは、平常走行時の安全性を,ドライバーの覚醒水準低下という視点から分析を行い(信頼性の高い新たなシミュレータで再度検証),もう1つは、インシデント発生時(事故車両の発生時)の安全性を分析した.被験者は比較的危険性の高いドライバー属性である,学生(若年)ドライバー及び高齢者ドライバーである.まず1つ目の分析であるが,トンネルの圧迫感,高密度交通流,厳しい線形・縦断勾配変化などの要因により,普段より緊張した走行状態が予想される都市内地下道路ではあるが,ある程度の長時間走行が続くと,トンネル内の単調な視覚刺激により覚醒水準低下が生じ得る可能性がある.この仮説をMOVIC-T4よる走行実験から検証したところ,約5〜10分の走行で,ドライバーの覚醒水準が低下しうることを示した.一方で,特に高齢ドライバーにとっては都市内地下道路の心理的な圧迫感が勝り,覚醒水準低下が起きない可能性も示唆されたが,逆にストレスという意味では改善すべき結果である.2つ目のインシデント発生時の安全性であるが,区間途中で単独事故車両が発生した場合の後続車の追突危険性及び,簡易な情報提供システムの効果について分析を行った.結果としては,反応遅れ時間の大きな高齢者ほど衝突可能性が高いが,簡易な情報提供システム(前方事故車両情報)により,大幅な追突回避が可能となることを示した.しかし一方で、情報提供により追突危険性は低下するが,過剰な急減速を起こす可能性もあり,その急減速が新たな事故を引き起こすこともあり得ることが分かった.
著者
藤野 陽三 SONG Myung-Kwan SONG MYUNG-KWAN
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2004

本研究では,超高速Maglev列車・ガイドウェイ相互作用を考慮した新しい完全3次元有限要素解析モデルを提案し,単径間単純支持PC Box girder橋梁に対して数値例題解析を行い,考察して,次のような結論を得た.1)本解析システムは,3次元ガイドウェイ構造物の模型化,入力及びコンピューターによる計算において,多くの時間を必要とするが,詳細な動的挙動分析が可能である.NFSシェル要素を使用して,模型化することで,ガイドウェイの側壁はりと,下部構造物との連結部に対する効率的な模型化が可能になり,ガイドウェイ構造物を構成する具体的な構造要素等の動的挙動に対する正確な有限要素解析が可能になった.2)既存の3次元皇族鉄道橋梁・列車相互作用解析方法においては,時間領域での橋梁と列車間の相互作用力を考慮した解析が,反復解析なしで行うことが可能となった.3)単純支持PC Box girder橋梁の解析結果から,移動荷重としてのみ扱うによる解析結果と超高速Maglev列車・ガイドウェイの相互作用を考慮した解析結果は,有意な差があることが示された.今後,超高速Maglev列車のガイドウェイ構造物の架設時に,本研究で開発された有限要素解析システムを適用すれば,架設する橋梁の動的挙動の特性,把握,使用性,及び安全性などの分析,疲労寿命の分析などを遂行することができる有力なシステムと考えられる。