著者
向井 理恵
出版者
神戸大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

複数のパートナータンパク質と結合して細胞質に存在するアリール炭化水素受容体(以下、受容体はAhR、タンパク質との複合体はAhRcと略す)は、芳香族炭化水素が結合するとパートナータンパク質が解離し核へ移行する。さらに、Arntタンパク質と2量体を形成することで転写因子として働き、細胞内の代謝をかく乱する。本研究では、植物性食品成分がAhR形質転換を抑制することに着目し、その作用メカニズムならびに生体内での有効性について検討した。1、細胞内における、芳香族炭化水素が誘導するAhRシグナル経路に対してフラボノイドがどのような効果を示すか検討した。フラボノイドのサブクラスのうち、フラボン、フラボノールに属する化合物はAhRの核移行を抑制すると共にAhRcの解離を抑制した。一方、フラバノンあるいはカテキンに属する化合物に関しては、これらの抑制効果を示さず、AhRならびにArntのリン酸化を抑制し、両者の2量体形成が抑制された。これらの事から、フラボノイドのサブクラスごとにAhRの転写因子としての働きを抑制する機構が異なることが明らかとなった。2、フラボノイドの効果が動物体内で発揮されるか否か検討した。フラボノイドの一種ケンフェロールをマウスに経口投与した場合にAhRの形質転換が抑制された。フラボノイドはABCトランスポーターを介して細胞外へ排出されることが報告されている。トランスポーターの阻害剤を動物に作用させた場合にフラボノールの効果が高まる結果が得られた。また、培養細胞においても同様の効果が認められ効果の増強にはケンフェロールの取り込み量の増加が伴う事を明らかにした。
著者
出口 智之
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

まず合山林太郎氏とともに、森鴎外旧蔵の『宗旨雑記』(現東京大学総合図書館蔵)に裏貼りされた、鴎外が小倉から東京の母に宛てた書翰を整理し、未翻刻の書翰に解題を附して「未翻刻森鴎外書翰紹介」(以下副題省略)として発表した。これにより、鴎外の伝記研究に有用な資料を公にするとともに、同時代の文人との関わりを明らかにできた。次に、第54回「書物・出版と社会変容」研究会で、「根岸党の旅と文学」と題して発表した。これは、文人サークルである根岸党の人々が明治25年11月に妙義山に旅したおりの紀行『草鞋記程』(同年12月)を取上げ、慶応義塾図書館蔵の稿本を手がかりに、その成立過程を考証したものである。この研究により、集団で旅する遊びの空気を描き取った本作の方法の考察を通じて、明治期の文人たちが持つ遊びの精神を明らかにできた。また、「夏目漱石「琴のそら音」の素材」では、これまで明らかでなかった漱石「琴のそら音」(明治38年)の材源について、幸田露伴「天うつ浪」其四十六以降との設定および主題の類似を指摘し、出発期の漱石が同時代の小説作品にも鋭敏に反応していたことを明らかにした。さらに、露伴の史伝「頼朝」(明治41年)を考察対象とした「幸田露伴「頼朝」論」では、執筆に用いられた資料を特定し、作中では雑多な資料が同列に扱われていることを指摘した。そのうえで、資料にない事実の捏造を嫌った露伴が、本作で用いた随筆に近い様式によって、個々の逸話の背景にある頼朝にまつわる広大な言説空間が浮かびあがり、小説形式では不可能な作品世界の広がりが生れたことを考察した。そして、露伴とおなじく明治20年代に出発した作家たちが、明治末期になって一様に、小説以外の形式で歴史を扱おうと試みていることに着目し、そこに逍遙の『小説神髄』など彼らの世代の積残した、文学はいかに歴史を扱うべきかという課題の解決法の模索を見た。
著者
山中 亜紀
出版者
九州大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2002

現代アメリカ政治分析にかんしては、アメリカ・ナショナリズムとネイティヴィズムとの関係性を、より多面的に論じるために、多文化主義研究や「白人性(whiteness)研究」に着目した。具体的には、まず、アメリカ史研究者John C. RoweやGeorge J. Sanchezらが中心となって提唱するNew American Studiesを瞥見し、そこにおいて、「保守派」による「反多文化主義論」や「ヒスパニック移民亡国論」が、「現代におけるネイティヴィズムの再燃」としてとらえられていることを確認した。次に、Sanchezが「現代のネイティヴィスト」と批判するPatrick J. BuchananやPeter Brimelowらの言説分析をおこなった。その結果、多文化主義政策やヒスパニック移民政策をめぐる、SanchezらとBuchananらとの対立は、アメリカにおける国民統合のあり方についての理想像の相違に由来していることが明らかとなった。歴史研究に関しては、19世紀初頭から世紀中葉にかけてのネイティヴィズム運動を、通史的に描きだす作業に従事した。以下、概括する。1830年代なかば、「移民(労働者)のアメリカ化」を論じたSamuel F.B. MorseやLyman Beecherによって、ネイティヴィズムの理論的基盤は整えられた。この主張は、1840年代後半にはいると、社会的重要性を増大させる。急速な産業発展、膨張する領土、そして大量に流入する移民によって、アメリカの姿は大きく変わりつつあり、それに見合った新たな国民統合のあり方が必要となったからである。こうしたなか、Know Nothing (American Party)は、「真のアメリカ人とは、生粋のアメリカ人であり、その本質は、独立宣言と合衆国憲法の精神への理解である」という明確な国民像を提示するとともに、この国民像は「公立学校における教育」によってのみ実現するという立場を打ち出し、社会的共感を得ることに成功する。しかし、1850年代後半、奴隷制問題が国民統合における第一義的なテーマとなったとき、Know Nothingの提起する国民像は二義的なイシューとなり、党は急速に解体し、ネイティヴィズムは衰退するのであった。
著者
佐藤 尚毅
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2002

日本周辺での気圧偏差場の解析によって抽出された,盛夏期の天候と関係する偏差パターンである,「亜熱帯ジェット上の定常ロスビー波列」と「オホーツク海高気圧の出現に関連する偏差パターン」の2つについてその力学的な特性を調べた.このうち亜熱帯ジェット上の定常ロスビー波列は,これまで日本の南海上での対流活動に対応して現われるとされてきた北太平洋上のロスビー波列を含んでいるが,統計的にはむしろヨーロッパ付近から日本を経て北アメリカまで伝播する一連の定常ロスビー波列として認識できることが分かった.ヨーロッパ付近での出現には,基本場から偏差場への順圧的運動エネルギー変換が関係していることを確かめるとともに、日本の南海上での対流活動に対応した出現に関しては,線形化されたプリミティブモデルを用いることにより,基本場の東西非一様性が応答の符号や形状を決めるうえで本質的な役割を果たしていることを明らかにした.「オホーツク海高気圧の出現に関連する偏差パターン」については,気侯場を基本場として線形化した順圧モデルを作成し,線形定常応答問題を解いた.各々独立で北半球に一様に分布する渦度強制について応答パターンをそれぞれ計算したところ,オホーツク海高気圧に関連する偏差パターンが統計的に現われやすいことが分かったこの結果は,必ずしも特定の強い励起源が存在しなくても,ある特定の形をした偏差パターンが生じやすいということを示している.より狭い空間スケールでの陸面過程,海面過程とに関連の例として,関東平野における海陸風循環に対する人工排熱の影響と,熱帯域での対流活動に対する力学的応答として生じる盛夏期の北太平洋上での亜熱帯前線帯について調べた.前者に関しては,大規模場が特定の形になっている場合に限って人工排熱の大気への影響が極端に大きくなることを,数値実験によって明らかにした.これはこれまでに報告されている経験的事実と整合的である.後者に関しては,これまでの梅雨前線帯を亜熱帯前線帯とみなす考え方に対して,むしろ梅雨明け後に日本の南海上に前線帯が見られ,この前線帯の力学的構造が典型的な亜熱帯前線帯を一致することを観測データの解析によって確かめた.相当温位の勾配が逆転している点が特徴的であるが,このことは逆に,相当温位の勾配の方向と関係なく,熱帯域での対流活動に対する力学的応答として亜熱帯での降水帯が形成されることを示している.
著者
菅野 了次 PITTELOUD Cedric Alexandre
出版者
東京工業大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2003

電解二酸化マンガンは熱処理にようて構造が変化し、リチウムイオンの可逆的なインターカレート量が増加する。一般に熱処理によって(1×2)のトンネルを持つRamsdellite構造から(1×1)のトンネルを持つPyrolusite構造へ変化することが知られているが結晶性が低いため通常の回折法では構造の詳細な情報は得られず、リチウムイオンのインターカレーション機構の結晶学的な観点からの考察はほとんど行われていない。本研究では電解二酸化マンガンの構造や形態の特徴を捉えるために、X線および中性子回折法を用いて、積層欠陥考慮に入れた構造解析を行った。中性子回折測定は高エネルギー加速器研究機構のVEGA回折計により行った。様々な温度で熱処理を行った電解に酸化マンガンの構造を求めるために、Ramsdelllite構造、Pyrolusite構造、およびその双晶が一定の割合で存在している仮定し、回折図形を計算した。その結果、熱処理の温度の上昇と共に進行するRamsdenite構造からPyrolusite構造への変化は、Ramsdellite構造、Pyrolusite構造、およびその双晶の割合の変化に伴う複雑な構造変化であることが明らかになった。これらの相が積み重ねられることにより、Ramsdenite構造、Pyrolusite構造よりも大きなサイズのトンネルが存在し、処理温度180℃でトンネルサイズが最大になることがわかった。
著者
栃原 裕 LEE Joo-Young LEE Joo-young
出版者
九州大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

鳥インフルエンザなどの感染症対策、アスベストの除去作業等で、防護服の着用の機会が増え、多くの新しい防護服が開発されている。一方では、その防護性能の高さから、作業者は防護服着用時に大きな暑熱ストレスを受けることになる。そこで本研究では、比較的容易で判定精度の高い防護服着用時の暑熱負担評価テスト法を開発し、有効で簡便な生理・心理測定手技を提案することを目的とした。本年度は、安静または運動の2条件、防護服3条件、気温2条件(25、32℃)の組み合わせによる12条件の実験を行い、直腸温、赤外線式鼓膜温、皮膚温、発汗量、心拍数、主観的皮膚濡れ率、温冷感等を測定した。本研究から得られた知見を以下に示す。1)暑熱環境における非蒸散防護服着用時の運動条件では、赤外線式鼓膜温が直腸温の変化によく一致し、心拍数や発汗量などの生理指標との相関も高く、深部体温の測定方法としての妥当性が示された。しかしながら、中立気温条件や軽装条件、安静時および回復時には直腸温の変化に追従せず、測定方法の限界が示された。2)主観申告に基づく主観的皮膚濡れ率は、体温変化および心拍数や発汗量とよく一致し、熱理論式により求めた皮膚濡れ率との相関も高かった。この結果から、主観的皮膚濡れ率の妥当性が示され、フィールドテストにおける利便性、測定、計算の簡便性が示唆された。3)平均皮膚温を算出する際の体幹部皮膚温として、安静時には胸部、腹部、背部による差はなかった。しかし、運動時には体幹部皮膚温の分布が一様でなく、腹部では過小評価、背部では過大評価することが示され、3点の平均値、または1点で代表させる場合には胸部を用いることが推奨された。本研究の成果は、新しい防護服の開発や改良の際の標準評価法として利用でき、近い将来、防護服着用時の暑熱負担評価テスト法に関するISO/JIS規格の原案となりうるもので、その社会的意義は大きい。
著者
谷岡 勇市郎 SUBESH Ghimire GHIMIRE Subesh
出版者
北海道大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

防災科学技術研究所(独)に蓄積された多くの地震のメカニズム解を用いて、東北及び北海道の下に太平洋プレートが沈み込んでいるプレート境界に沿って応力の地域的な分布を調査した。応力テンソルインバージョンにより各小プレート境界面の最大主応力軸を推定。その最大主応力軸とプレート境界の法線方向のなす角を推定する。このなす角は地震の破壊または断層の摩擦破壊に対して重要な指標となる。なす角ψが45°になる時に断層面でのせん断応力が最大になり、それはせん断応力が高いレベルでの断層破壊を示す。なす角ψが45°以上になることはせん断応力が低いレベルでの断層破壊を示す。つまり、プレート境界でのなす角ψの分布がプレート境界の固着域分布の把握に重要な情報を与えることが期待される。なす角ψが30°から45°となるプレート境界は比較的強いせん断強度を持つ場所と考えることができる。なす角ψの値と過去の巨大地震の分布の関係を調べると1958年択捉地震(M8.3)、1963年千島沖地震(M8.2)、1973年根室半島沖地震(M7.8)、2004年釧路沖地震(M7.6)、1968年十勝沖地震(M8.1)、2003年十勝沖地震(M8.0)の震源はなす角ψが30°から45°の場所に位置していることが分かる。つまりなす角ψの分布と巨大地震の震源分布から固着域と強い断層面が対応していることが明らかになった。2011年東北地方太平洋沖地震の震源に対しては上記の関係は成り立たないが、この地震で大きくすべった地域は震源からさらに海溝よりにあるとされており、その地域のプレート境界の応力は解析できていないため、関連性を明らかにすることは出来なかった。これらの結果は千島海溝沿い沈み込み帯での将来の巨大地震の固着域がプレート境界でのなす角ψの分布の変化をモニタリングすることで知ることができる可能性を示す非常に重要な研究成果である。
著者
藤木 篤
出版者
神戸大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

本年度は、技術者倫理の成立した背景とわが国でのこれまでの歩みに焦点をあてながら、昨年度に引き続き専門家としての技術者の責任に関する研究を行った。主要な業績は以下の二点である。1.「工学倫理の教科書の変遷」では、日米それぞれの主要教科書の内容を検討し、その傾向について分析を加えた。技術者倫理の教科書を網羅的に扱った先行研究としては、石原の論考(2003)が挙げられるが、以降の趨勢の変化を反映したものとしては本研究が現時点で唯一のものであり、その点において一定の意義が認められる。アメリカの教科書は従来より技術者倫理におけるプロフェッショナリズムの重要性を強調しており、近年に至ってますますその論調を強めている。本稿では、こうした論調の変化をどのように受け止めるかが、わが国の技術者倫理の今後を考える上で非常に重要な鍵となる、という点を指摘した。2.『21世紀倫理創成研究』に掲載された「工学倫理の国際普及における外的要因:技術者資格と技術者教育認定制度の国際化」では、アメリカで興った工学倫理が、わが国を含め世界中でなぜこれほどまでに急速に広まったかという理由について技術者資格と技術者教育認定制度の国際化という観点から詳述した。これらの研究活動の他に、優秀若手研究者海外派遣事業により、平成22年6月から翌23年3月まで、派遣先機関であるコロラド鉱山大学にて資料の収集を行った。具体的には、同大学附属のアーサーレイク図書館に所蔵されている、鉱業関連企業の会社報告書コレクションの内、アスベスト取扱企業に関する資料を収集した。また同館が所蔵する、アスベスト使用・規制の歴史に関する資料も併せて複写した。
著者
高橋 亮
出版者
岡山大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2003

1.剰余体のシジジーの直和因子IS.P.Duttaは,ホモロジー予想の研究を通して「剰余体のあるシジジーが射影次元有限な直和因子を持つような局所環は正則である」という定理を与えた。このことから,剰余体のあるシジジーがG次元有限な直和因子を持つような局所環はGorensteinだろうと自然に予想される。私はこの予想が第2シジジーまでなら正しいことを証明した。さらに第2シジジーが直可約なGorenstein環に焦点を絞り,その環の構造を本質的に一通りに決定した。2.剰余体のシジジーの直和因子II半双対化加群は階数1の自由加群とCohen-Macaulay環の標準加群の共通の一般化にあたる加群である。上記1で述べたDuttaの定理は「剰余体のあるシジジーが自由因子を持つ局所環は正則である」と言い換えられるが,これに関連して,剰余体のあるシジジーが準双対化加群を直和因子に持つ局所環は何なのかを考え,それもまた正則になることを証明した。(従ってこれはDuttaの定理を含む。)さらに上記1で述べた(ものと同値な)問題「剰余体のあるシジジーがG次元0の直和因子を持つ局所環はGorensteinか?」が,[環の深さ+2]番目までのシジジーについては正しいことを示した。3.G入射次元有限な有限生成加群「入射次元有限な有限生成加群を持つ環はCohen-Macaulay環である」という定理はかつてBass予想と呼ばれ,1980年代に完全解決したPeskine-Szpiroの交差定理の系として得られる。私は,入射次元が有限な加群はG入射次元も有限であることに着目して,G入射次元有限な有限生成加群を持つ環がCohen-Macaulay環かどうかという問題を考えた。まずFoxby同値と呼ばれる圏同値に留意し,入射次元とKrull次元の間のよく知られた不等式のG入射次元版を与えた。そしてその不等式を用いて,もとの問題が多少の仮定のもとに成り立つことを証明した。
著者
川田 和正
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

当該研究課題では、中国チベット自治区羊八井(ヤンパーチン、標高4300m)に設置されているチベット空気シャワー観測装置の地下2.5mに大面積の地下プールから成る「水チェレンコフ型ミューオン観測装置」を新たに設置し、超高エネルギー(VHE=Very High Energy)ガンマ線に対するバックグラウンドノイズを大幅に低減して感度を劇的に向上させる計画である。そして、この新しい観測装置を用いて我々の住む天の川銀河からのVHE宇宙ガンマ線を、超低ノイズ・広視野という利点を生かし世界で初めて観測することを目指す。前年度迄に、合計で約四千平米の地下ミューオン観測装置の躯体の建設が完了している。当該年度においては、完成したミューオン観測装置への20インチ光電子増倍管(PMT)等の観測設備のインストール及び建設のため撤去されていた地上部分の空気シャワーアレイ検出器の回復作業を行った。今年度の5月から、空気シャワーアレイの回復を行い、その後、プール内壁への防水材の塗装及び高反射素材(タイベックシート)の接着を行った。また、光センサーである20インチPMTを地下ミューオン観測装置内にインストールし、データ収集装置の調整を行った。さらに、約100平米のミューオン観測装置のデータを用いて、ガンマ線と宇宙線バックグラウンドノイズを区別し、銀河面からの200TeV以上のガンマ線の探索を行った。約80%のガンマ線信号を残しつつ約90%の宇宙線バックグラウンド除去に成功した。その結果、有意なガンマ線信号は見つからなかったが、銀河面からの拡散ガンマ線に対する上限値を得た。この結果は2011年に北京で開催された宇宙線国際会議(ICRC)で発表された。
著者
内山 秀樹
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

天の川銀河中心領域の「すざく」による大規模観測データの系統的解析を行った。銀河拡散X線放射の3本の鉄輝線を分離した上で、銀河中心・リッジ・バルジにわたる2100×700光年の領域での強度の空間分布を初めて取得した。その結果、高階電離鉄輝線の空間分布が赤外観測による星質量分布と互いに異なることを示した。水素・ヘリウム状鉄輝線強度比が中心領域とリッジ領域で有意に大きい一方、中心領域とバルジ領域では両者に差は見られなかった。輝線強度比は高温プラズマの温度を反映する為、銀河拡散X線放射の起源解明の鍵となる。更に、熱的成分の寄与を取り除いた中性鉄輝線の等価幅が中心領域よりリッジ領域で小さいことを明らかにした。これは中性鉄輝線の起源も中心領域とリッジで異なる可能性を示唆する。本研究は「すざく」による高エネルギー分解能を活かし銀河中心・リッジ・バルジにおける鉄輝線の差異を明確にした点で、銀河拡散X線放射の起源解明の新たな手がかりとなるものである。また、データ中から新たなX線天体Suzaku J1740.5-3014を発見した。強い3本の鉄輝線、432.1sの自転周期と見られるパルスを検出し、強磁場激変星候補であることを突き止めた。この天体は、欧米のX線衛星では深い観測が無い、中心とリッジの中間に位置し、この領域でのX線点源、特にGDXEの起源の候補天体と目される激変星(白色矮星連星)のサンプルとして貴重である。
著者
信川 正順
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

我々の太陽系が含まれている天の川銀河の中心領域(以後、銀河中心領域)は多数の天体群が密集する高エネルギー現象の宝庫である。近年のX線観測から銀河中心領域の分子雲から強い中性鉄輝線(中性状態の鉄からの特性X線)が放射されていることが分かってきた。分子雲は高々100ケルビン程度の低温なので、自らX線を放射することはなく、その背後に高エネルギー現象が存在することを示唆する。これまでに私を含め、様々な観測結果から中性鉄輝線を放射するためには、外部からの強いX線によって分子雲が照射され、内部の鉄原子を電離していると考えられている。しかし、これまでに照射天体を決定的に示す観測的証拠は得られていなかった。そこで、私はX線天文衛星「すざく」を用いて、銀河中心の射手座B2領域の観測を行った。2005年の観測データと比較し、2つの分子雲からの中性鉄輝線と連続X線の強度が4年間で相関して減少していることを明らかにした。この観測結果から分子雲を照らすX線照射天体候補は太陽程度の質量の天体では不可能な光度を持っている必要があることを解明し、唯一の候補が太陽の400万倍の質量を持つ銀河中心ブラックホールであることを明らかにした。銀河中心ブラックホールは数100年前に少なくとも100万倍以上の活動性であったことが分かったのである。さらに、私が前年度までにも明らかにしたように銀河中心領域にはこの他にもX線を放射する分子雲が多数存在している。これらのX線放射の起源も巨大ブラックホールの過去のX線フレアである可能性を初めて示した。
著者
中嶋 大
出版者
大阪大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

次期X線天文衛星ASTRO-H搭載X線CCDカメラ(SXI)の信号処理用アナログASICを開発した。CCD素子行とASICとを接続して試験を行った結果、現在軌道上のX線天文衛星搭載のCCDカメラに匹敵する低雑音性能を実現した。軌道上での長期正常動作を保証するために放射線耐性試験を行った。ガンマ線・陽子ビーム・鉄イオンビームを用いた試験の結果、蓄積効果については軌道上で約200年分の放射線を浴びた後でも正常に動作することを実証した。一方確率的現象については、破壊的な損傷を受けることはなかったが、データの一部が異常値を示した。この結果を受け、確率的現象に対する耐性を向上させたASICを試作した。今後この新しいASICを用いて、さらに詳細な放射線耐性試験を行う予定である。X線天文衛星すざくを用いて、天の川銀河内にある超新星残骸(SNR)「はくちょう座ループ」を観測した。SNR中心部に近い領域において、星間物質が掃き集められたと考えられる比較的低温なプラズマと、超新星爆発を起こした恒星の内部物質と考えられる比較的高温なプラズマの2つの成分でX線放射が説明できることを示した。特に後者のプラズマにおいて、はくちょう座ループの他の領域に比べてケイ素や硫黄といった重元素が多く分布していることを発見した。また視野内のX線放射強度が明らかに非一様を示しており、はくちょう座ループの超新星爆発における非対称性を示唆する結果を得た。
著者
松本 龍二
出版者
九州大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

前年度までに、テラヘルツの光信号列を制御することを目的に、電気制御を用いない光の特性のみを利用した反射型の光変調素子を提案し、単一信号のピコ秒オーダーの光変調を達成してきた。今年度は、(I)擬似的なテラヘルツのパルストレインによる連続的にパルス信号を変調する試みおよび、(II)位相変調型の光変調を提案した。(I)疑似テラヘルツを発生させる光学系を新規に組み立て、一つのフェムト秒パルスを1ps〜数psの間隔を持つパルストレインに分割した。フタロシアニン系の色素分散高分子薄膜をもちい連続パルス光の光変調を試みた。導波モードが斜め入射である問題点から、1psの応答は得ることができなかったが、各パルス光を時間的に分離できる数ピコ秒から10psオーダーの間隔であれば連続パルス光変調の可能性を示唆した。(II)偏光板を複数組み合わせ、これまでの強度のみの光変調ではなく、位相変化を用いた手法について検討した。出力光は、Johns行列を用いた計算方法で予測された。この結果、導波モード条件では著しい位相の変化が確認され、検出偏光板の方位角度に依存した複雑な変化を示した。フェムト秒レーザー励起により、おもに屈折率の嘘数部のみの変化で光変調が実現できた。このように、情報通信技術における次世代の技術、全光制御型の光変調方法としてのあたらしい可能性を見出した。確立した成果はApplied Physics Lettersで近日公開予定である。
著者
前田 昌弘
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

前年度(平成20年度)は、インド洋津波に起因したスリランカにおける再定住事業の全体像を把握するために、政府・統計資料を用いて事業制度の分析、再定住地の建設動向と計画内容の分析、被災地から再定住地への人口移動の分析を行った。また、分析を踏まえ、再定住事業の影響が特に大きいと予想されるスリランカ南部・ウェリガマ郡の津波被災集落と再定住地を対象として、居住者の再定住プロセスと行政・NGOの再定住支援に関する実地調査を実施した。本年度は主に調査結果の分析を行い、再定住事業における環境移行にともなう居住者の環境適応の困難化の実態を指摘するとともに、従前居住地コミュニティ内のソーシャル・キャピタルの蓄積が環境移行の影響を緩和し住民環境適応を促進する可能性を指摘した。本研究は、再定住地の実態を踏まえ、従前居住地コミュニティ内のソーシャル・キャピタルを、世帯間関係(地縁関係、血縁関係、マイクロクレジットの関係)および住宅敷地の所有・利用関係という具体的な関係に着目して把握している。そして、それら関係の再編プロセスの分析を通じて、再定住地に環境適応している住民は従前居住地コミュニティとの関係性を何らかの形で維持していること、従前居住地との関係性は地縁・血縁だけでなくマイクロクレジットのような地縁・血縁によらない関係によっても維持されていることを明らかにした。自然災害に起因した再定住事業は一般的に、「住宅再建」と「住宅移転」の二者択一に陥りがちである。また、居住地の範囲で完結した計画が行われ、再定住地と従前居住地の関係性が無視されがちである。しかし、上記した調査結果は、「住宅再建」と「住宅移転」の二者択一の限界を改めて指摘するとともに、従前居住地と再定住地を補完的に捉えて住宅移転および再定住地を計画することの有効性を指摘しており、自然災害に起因した再定住事業の計画論に関する有意義な研究成果になり得ると考えられる。
著者
豊国 源知
出版者
東北大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

研究最終年度の本年は、昨年度から引き続き南極および北極の観測網で記録された遠地地震波形記録を用いて地球内核中をS波として伝搬するコアフェーズ「PKJKP」の検出を試みたが、検出には至らなかった。本課題のスタート直前には、PKJKPの検出を報告する論文が2編出版されていたが(Cao et al., 2005, Science; Wookey & Helffrich, 2008, Nature)、本年には検出可能性に否定的な研究が報告された(Shearer et al., 2011, GJI)。極域氷床上の地震波形データには、氷や雪の影響で水平動成分に特にノイズが多く、検出はさらに困難なものと考えられる。以上のことから本年は、極域の氷床上での地震波形データに氷床がどの程度影響を与えるかを定量的に評価することに研究の主眼を置いた。厚さが3km一定で、密度・地震波速度も一定の簡単な南極氷床モデルを作成し、ピュアな横ずれ型震源から励起される卓越周期30sのP波・S波の計算を行ったところ、氷床の効果はほとんど見られないことがわかった。地震波の鉛直成分の空間解像度は波長の1/8程度以上であることが知られているが、周期30sではP波・S波の波長がともに氷床の厚さに比べて長すぎるため、氷床の影響は見られなかったものと考えられる。よって30sよりも短い周期で計算を行う必要があるが、現在の計算機環境では30sの計算に約5日要しており、単純に周期を短くすることは実質上不可能であった。そこで本年は、シミュレーションの際にS波のみを励起する震源(トルク型震源)を用い、方程式のP波に関する部分を落とすことと、S波が地球の外核以深を伝搬しない性質を利用して計算領域を縮小することで、S波のみであるが30sより短周期での計算を実現した。卓越周期60s,30s,20s,10sの4つのケースで理論波形計算を行った結果、60sと30sでは氷床の影響がほとんど見られなかったのに対し、20sでは氷床上の観測波形に1.4倍程度の顕著な振幅の増幅が現れた。また10sの場合は1.6倍強のさらに顕著な増幅に加え、氷床内部の多重反射を反映したと考えられる後続波が見られることがわかった。振幅の増幅は、基盤岩の上にやわらかい堆積物が乗っている場合と同様の原理である。今回の計算により、氷床上で観測された30s以下の短周期地震波形では氷床の影響が顕著になることと、影響のオーダーを明らかにすることができた。
著者
山田 正 PATHIRANA ASSELA ASSELA PATHIRANA
出版者
中央大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2002

本研究室で所有するドップラーレーダによる10年以上に渡る観測より,関東で発生するメソスケール現象の雷雨の多くは,関東北部及び西部の山間部で発生していることがわかっている.また,関東一円で行っている気象観測より夏期の強い日射が陸面と海面に温度差を生じさせ,それを起因として発生する海から陸へ向かう海陸風が関東北部,西部の山岳部まで進入し,地形により押し上げられることにより地形性の雷雨が発生を明らかにしている.以上のことより,地形条件と大気状態が雷雨発生に大きく寄与していることがわかっている.本研究では,地形影響の定量的評価を行う基礎的段階として,ガウス分布である単峰性の仮想地形を設定し,非静力学モデルによるメソスケール場の降雨に対する地形の影響について解析を行った.本研究では,NCAR(National Center for Atmospheric Reserch)とThe Pennsylvania State Universityにより共同開発されたメソ気象モデルThe Fifth Generation Penn Stag/NCAR Mesoscale Model(MM5)を用いてシミュレーションを行った.降雨を発生させない条件の下で,山地地形の形状及び2層の密度成層を有した大気の成層度を変化させ,山地地形の風下側に発生する重力波についての解析を行った.等流状態で重力波が発生するときは,山地の風下側で渦の発生を確認し,重力波を発生するフルード数の条件について明らかにした.実大気において海陸風の風速が夜半に現象していくように,シミュレーションにおいても水平風速を徐々に減少させた結果,山地の風下側で発生した重力波が風上側へ伝播することがわかった.降雨形成について微物理過程を導入し,仮想地形の下で地形形状,大気状態,それに起因する重力波の影響が降雨量に与える影響について解析を行った.山地標高が高くなるに従い総降雨量,降雨強度のピークは増加するが,ピークの位置は山地の風上側であり,山地の幅が広くなるに従い風下側へ片寄った降雨量分布となることがわかった.弱い水平風速では広範囲に降雨をもたらし,水平風速を徐々に減少させることにより降雨量のピークは風上側へ移動していくことがわかった。山地の風上側へ伝播した重力波による上昇流が強い対流を引き起こし,雷雨発生に関係しているものだと考えられる.
著者
三宅 正浩
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

日本近世の幕府(将軍)と藩(大名)による政治秩序の形成・展開過程を解明するという研究課題に基づき、本年度は、昨年度に引き続いて研究に利用する史料の収集を行うと共に、これまでの研究成果をまとめて日本史研究会大会において口頭報告し、後にその内容を活字化して発表した。まず、近世政治史に関わる史料等を購入して分析を進めた。平成22年5月及び7月に高知県高知市の土佐山内家宝物資料館において史料調査・撮影を行い、平成22年5月・8月・11月には東京都文京区の東京大学史料編纂所において史料調査を行った。土佐山内家宝物資料館では、山内家文書を閲覧し、近世前期の藩主書状を中心に構成されている史料である「長帳」を撮影した。東京大学史料編纂所では、広島藩浅野家の編纂史料である「済美録」をはじめとした諸大名家関係史料を閲覧した。また、昨年度に収集した各史料の記事検索・分析作業を継続して進めると共に、近世政治秩序に関わる研究史のまとめを行うため、重要な先行研究を収集して評価し、整理した。昨年度から今年度にかけての研究成果を集大成したものとして報告した「幕藩政治秩序の成立-大名家からみた家光政権-」(2010年度日本史研究会大会共同研究報告)では、近世大名家が持つ固有(個別)性と共通(普遍)性を連関させて理解することを目的として、共通性の形成過程を考察した。事例としては、主に西国の外様国持大名を取り上げ、大名家の視点から徳川家光政権期の歴史的位置を描き出した。以上のような研究により、「日本近世政治秩序の形成と展開」を研究課題とする本研究は、一定の達成をみたと考えている
著者
行谷 佑一
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2005

地震時に大きな断層すべり量を発生させる領域の位置が地震によらず固有であるかどうかを知るためには、少なくとも2例の地震を解析する必要がある。将来の発生が予測されており社会的にも深く関心が持たれているプレート境界型の南海地震では、観測器による時系列データが1946年昭和南海地震にしか存在しないため、それよりも前に起きた1854年安政南海地震などに対して従来のインヴァージョン解析手法が適用できず、歴代の南海地震のアスペリティ領域が一致するかどうかは不明であった。ところで、1854年安政南海地震に関しては、時系列データは存在しないが、おもに古文書記録といった歴史史料から地震の被害震度、津波の高さ、および地殻変動量の3種類のデータを推定することができる。そこで、本研究では歴史記録から得られた津波の高さデータおよび地殻変動量を入力データとして、アスペリティ領域すなわち断層すべり量分布を推定する同時非線形インヴァージョン手法を提案・確立し、それを安政南海地震に適用した。具体的には、南海地震発生領域を小断層群に分け、その小断層群から発生する津波高の時系列データの時間方向最大値を計算し、それと史料による津波高さとの残差自乗和が最小になるような断層すべり量分布を、Powell(1970)によるHybrid法を用いて求めた。その結果、安政南海地震の断層すべり量分布は、津波時系列データをインヴァージョン解析した1946年昭和南海地震と同様に、高知県須崎市南方沖、徳島県宍喰町南方沖、および和歌山県紀伊半島南方沖に大きなすべり量があったことがわかった。すなわち、両者の地震のアスペリティ領域の位置はおおむね一致するという結果を得た。また、この断層すべり量分布を用いて経験的グリーン関数法により地震動を推定すると、計算震度分布と史料から得られる震度分布がおおむねよい一致をすることがわかった。
著者
脇谷 晶一
出版者
宮崎大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

マウスの妊娠確認後、EGFR阻害剤を持続投与し、妊娠5日目に着床数を計測したところ、EGFR阻害剤の有無により着床数に有意な変化は認められなかった。人工脱落膜化モデルマウスにEGFR阻害剤を投与したところ、ごま油投与2日後の子宮重量に変化は認められなかった。子宮内におけるEGFリガンド群の代償的発現上昇が認められたが、脱落膜マーカーであるBMP2の発現量は依然上昇した。これらの研究より子宮に存在するEGFRは必ずしも胚着床に必要ではない可能性が示唆される。人工脱落膜化モデルマウスの子宮管腔内にごま油を投与したところ、2時間後にはHB-EGFの発現上昇が認められた。HB-EGFと同じく着床部特異的局所発現性を有するEregの発現も上昇傾向を示したが、同じEGFファミリーに属するEGF、Aregの発現変動は認められなかった。このことから、ゴマ油投与による人工脱落膜化モデルは、正常子宮全体を用いた遺伝子発現解析では検出できなかった子宮上皮の局所反応を解析できるモデルである可能性が示唆された。このモデルマウスを用いて子宮組織における遺伝子発現プロファイルをDNAマイクロアレイ法を用いて検査したところ、ゴマ油投与子宮角特異的に発現変動する遺伝子が多数新たに見つかった。これらから29遺伝子を絞り込み、より精度の高いRT-PCR法により再検証したところ、12遺伝子がゴマ油投与子宮角特異的に発現変動する遺伝子として確定した。これら12遺伝子は着床部特異的局所発現性を有し、胚盤胞由来シグナルを子宮へ伝達する際に重要な役割を担う可能性がある。