著者
葛原 茂樹
出版者
日本神経学会
雑誌
臨床神経学 (ISSN:0009918X)
巻号頁・発行日
vol.48, no.9, pp.625-633, 2008 (Released:2008-10-26)
参考文献数
42
被引用文献数
2

筋萎縮性側索硬化症(ALS)では上位と下位の運動ニューロンの選択的傷害が強調されてきた.しかし,近年はALSと,認知症を合併するALS(ALS-D)や前頭側頭葉変性症(FTLD)との病変の連続性が明らかになり,共通の蓄積物としてユビキチン陽性封入体がみいだされた.ユビキチンが結合している蛋白はTAR DNA-binding protein-43(TDP-43)であることが,2006年秋に米日の研究者によってほぼ同時に報告され,ALS研究に大きなインパクトを与えた.ALS, ALS-D, FTLDは蛋白化学的にはリン酸化されたTDP-43が細胞質内,神経突起内,神経核内に蓄積するTDP-43 proteinopathyと見なされる.2008年には家族性ALSの原因遺伝子として,TDP-43遺伝子変異が同定され,ALSとの関連がより強固になった.今後,TDP-43の機能や代謝を明らかにすることにより,ALSの発症機構と分子病態,治療薬研究が飛躍的に発展することが期待される.
著者
高橋 幸利
出版者
日本神経学会
雑誌
臨床神経学 (ISSN:0009918X)
巻号頁・発行日
vol.52, no.11, pp.836-839, 2012 (Released:2012-11-29)
参考文献数
9
被引用文献数
2 1

感染などにともなう免疫反応によって脳炎症状がおこる2次性脳炎(脳症)には,自然免疫が関与するものと,獲得免疫が関与するものが存在する.後者の内で細胞表面抗原に対する自己抗体の関与する脳炎では比較的予後が良いとされる.抗NMDA型Glutamate receptor(GluR)抗体の関与する脳炎は,小児から40歳までくらいの成人に多く,辺縁系症状で発病,抗体がNMDA型GluRの内在化をおこし,NMDA型GluR拮抗作用―機能抑制をもたらし,脳炎症状を起こすと考えられている.抗voltage-gated potassium channel(VGKC)抗体の関与する脳炎には抗Leucine-rich glioma-inactivated 1(LGI1)抗体および抗contactin-associate protein(CASPR)2抗体による脳炎があるが,男性に多い.α-enolaseのN末に対する抗体(抗NAE抗体)による橋本脳症の臨床特徴は幅広く,抗TPO抗体スクリーニング陽性例では抗NAE抗体による確定診断が必要である.
著者
浦上 克哉 谷口 美也子
出版者
日本神経学会
雑誌
臨床神経学 (ISSN:0009918X)
巻号頁・発行日
vol.49, no.11, pp.841-844, 2009 (Released:2009-12-28)
参考文献数
16

アルツハイマー型認知症(AD)は"ありふれた疾患"と位置づけられている.現在ADの根本治療薬の開発が急速な勢いで進展中であり,ADの早期診断マーカーの開発が期待されている.本稿では,ADの早期診断マーカー研究の現状と展望を述べる.ADの早期診断マーカーの役割として2つあると考えられる.より確定診断に役立つもの,スクリーニングに役立つもの2つである.より確定診断に役立つバイオマーカーとして単独では,髄液中リン酸化タウ蛋白の測定がもっとも信頼性が高いと考えられる.スクリーニング検査としてはタッチパネル式コンピューターをもちいた認知症の簡易スクリーニング検査法(物忘れ相談プログラム,日本光電社製)が有用と考えられる.ADの早期診断マーカーの今後の展望として血液で測定可能なものが期待される.われわれのグループはWGA結合トランスフェリンを血液中で測定し,ADとコントロール間で有意差をみとめ,さらにアミロイドβ蛋白より先行する変化であることをみとめた.今後,血液中のバイオマーカーとして期待される.
著者
徳田 隆彦
出版者
日本神経学会
雑誌
臨床神経学 (ISSN:0009918X)
巻号頁・発行日
vol.54, no.12, pp.1193-1196, 2014 (Released:2014-12-18)
参考文献数
10
被引用文献数
3

近年,「生理的条件では髄液の一方向性の流れ(Bulk flow)およびくも膜顆粒からの吸収は存在せず,髄液は脳表の毛細血管から血管内へ,および動脈壁あるいは篩板を通過して頸部リンパ節へ吸収される」とする新しい髄液吸収仮説が注目されている.特発性正常圧水頭症(iNPH)では9割の患者が,シルビウス裂の拡大と高位円蓋部の狭小化というDESH(Disproportionately Enlarged Subarachnoid-space Hydrocephalus)所見を呈している.iNPHの診断において,脳血流SPECTでの高位円蓋部の相対的血流増加(CAPPAH sign; Convexity APPArent Hyperperfusion)を捉えることがDESHの検出に有用である.
著者
森 悦朗 山田 晋也
出版者
日本神経学会
雑誌
臨床神経学 (ISSN:0009918X)
巻号頁・発行日
vol.54, no.12, pp.1190-1192, 2014 (Released:2014-12-18)
参考文献数
10
被引用文献数
3

特発性正常圧水頭症の中核をなす,disproportionately enlarged subarachnoid-space hydrocephalus(DESH)の形態的変化は,くも膜顆粒からCSFが吸収されるという古典的な学説と,それに基づいた高位円蓋部くも膜下腔の癒着による流れの障壁があるという仮説では説明できない.MRI Time-SLIP法をもちいたCSFの動きの観察から,健常者でもDESH患者でも高位円蓋部にはCSFの動きはないことを示し,DESHを説明可能なCSF吸収の仮説を提唱した.
著者
児玉 知子
出版者
Societas Neurologica Japonica
雑誌
臨床神経学 (ISSN:0009918X)
巻号頁・発行日
vol.53, no.11, pp.1283-1286, 2013
被引用文献数
1

近年,希少性ゆえに治療や医薬品開発が進まない難病領域において,国際連携による病態把握や医薬品開発への動きが高まっている.国内難病対策は1972年の「難病対策要綱」に基づき,調査研究,医療施設整備や医療費負担の軽減,福祉の充実やQOL向上を目指した総合的施策として世界に先駆けて推進されてきた.海外では希少医薬品関連法規の整備を背景に,1989年に米国NIHに希少疾患対策室が発足,欧州でも1999年にEU加盟国の優先課題として国家プランを策定,Orphanetによる疾患・治療ケア・研究開発情報の一元化が推進されている.今後はグローバルスタンダードな患者登録システムの充実,患者組織や製薬企業をパートナーとした海外連携の強化が期待される.
著者
北川 一夫 佐古田 三郎
出版者
日本神経学会
雑誌
臨床神経学 (ISSN:0009918X)
巻号頁・発行日
vol.49, no.11, pp.798-800, 2009 (Released:2009-12-28)
参考文献数
10
被引用文献数
2 6 4

For thrombus formation, three important factors, blood flow, blood component and blood vessels, have been recognized as Virchow's triad. In cardiogenic embolism with atrial fibrillation, stagnation of blood in the left atrium causes fibrin-rich thrombus. Anticoagulation is the only effective drug for prevention of this type of thrombus. In atherothrombotic and lacunar infarction, injury of endothelium and arterial vessels and platelet play a crucial role of formation of platelet-rich thrombus. Antiplatelet drugs such as aspirin, clopidogrel and cilostazole are effective for prevention of arterial thrombus and stroke recurrence, but other drugs such as statin for plaque stabilization and improvement of endothelial function could be used to reduce the recurrence of ischemic stroke.
著者
原 直之 大隣 辰哉 西原 伸治 大田 泰正 栗山 勝
出版者
Societas Neurologica Japonica
雑誌
臨床神経学 (ISSN:0009918X)
巻号頁・発行日
vol.54, no.5, pp.395-402, 2014
被引用文献数
8

特発性脊髄硬膜外血腫16例の臨床分析をおこない,脳卒中と類似した点を検討した.初診時に片麻痺を示す症例が10例(62.5%)で,ホルネル症候群を4例(25%),無痛性の発症を1例(6.3%)みとめた.また激痛発症で迷走神経反射による意識障害をきたし,くも膜下出血様の症例もみとめた.MRI画像が確定診断に有用であり,好発部位は頸髄下部であった.横断像では血腫は,左右どちらかに偏った楕円形が多く,偏在性の脊髄圧迫が片麻痺出現の要因である.発症は活動時に多く,関連要因は,抗血栓剤内服,C型肝炎,慢性腎不全などをみとめた.急速進行例は,緊急手術の適応になるが,保存的治療も可能であり,予後も良好であった.
著者
宮井 一郎
出版者
日本神経学会
雑誌
臨床神経学 (ISSN:0009918X)
巻号頁・発行日
vol.53, no.11, pp.931-933, 2013-11-01 (Released:2013-11-29)
参考文献数
9
被引用文献数
1

運動学習の首座である小脳が障害された脊髄小脳変性症(SCD)では,脳卒中のように,use-dependent plasticityに基づいた,練習量にある程度依存した機能改善が得られるかどうかは十分に検証されていない.また介入による機能改善は病変の拡大や病状の進行による機能低下とのトレードの上に成立することにも留意する必要がある.ドイツおよび本邦の介入研究から,SCD患者に対する短期集中リハにより,短期効果として小脳性運動失調,日常生活動作,歩行が有意に改善することが示され,長期的には半年から1年程度の効果の持続が観察されている.効果の持続には,家庭での自主練習量の確保をふくめ,生活活動の向上が重要であると考えられる.
著者
上田 麻紀 立石 貴久 重藤 寛史 山崎 亮 大八木 保政 吉良 潤一
出版者
日本神経学会
雑誌
臨床神経学 (ISSN:0009918X)
巻号頁・発行日
vol.50, no.7, pp.461-466, 2010 (Released:2010-07-29)
参考文献数
16
被引用文献数
3 12 4

症例は31歳女性である.クローン病に対してインフリキシマブ投与開始11カ月後に無菌性髄膜炎を発症し一時軽快したが,その後に体幹失調や球麻痺が出現した.髄液検査では単核球優位の細胞数増多,ミエリン塩基性蛋白とIgG indexが上昇しており血清のEpstein-Barrウイルス(EBV)抗体は既感染パターンを示し,髄液・血液PCRにてEBV-DNAを検出した.MRIにて脳幹,大脳皮質下白質,頸髄に散在性にT2高信号病変をみとめ急性散在性脳脊髄炎(ADEM)と診断した.各種免疫治療に抵抗性であったが,ステロイドパルス療法を反復し症状は改善した.抗TNF-α抗体製剤の副作用による脱髄が報告されているが,本症例は抗TNF-α抗体製剤投与中のEBV再活性化によって惹起されたADEMと考えられた.
著者
田野 大人 金子 仁彦 菊池 昭夫 長谷川 隆文 武田 篤 青木 正志
出版者
日本神経学会
雑誌
臨床神経学 (ISSN:0009918X)
巻号頁・発行日
vol.53, no.4, pp.308-311, 2013-04-01 (Released:2013-04-19)
参考文献数
10
被引用文献数
2 1

症例は74歳男性である.61歳時に動作緩慢で発症,認知機能障害,垂直性核上性眼球運動障害,仮性球麻痺,パーキンソニズムをみとめ,精査の結果進行性核上性麻痺と診断した.ドパミン作動薬の急激な増量ならびに過剰投与による開顎ジストニアをみとめたが,ドパミン作動薬の漸減・中止により開顎ジストニアは軽快した.進行性核上性麻痺症例の中にはドパミン作動薬が有効な例もあるが,本例のようにドパミン作動薬の急激な増量ならびに過剰投与が各種ジストニアの原因となることがあり注意が必要である.
著者
村田 美穂
出版者
日本神経学会
雑誌
臨床神経学 (ISSN:0009918X)
巻号頁・発行日
vol.50, no.2, pp.67-73, 2010-02-01
著者
荻野 美恵子
出版者
日本神経学会
雑誌
臨床神経学 (ISSN:0009918X)
巻号頁・発行日
vol.48, no.11, pp.973-975, 2008 (Released:2009-01-15)
参考文献数
8
被引用文献数
12 15

Because the whole of the management of ALS is palliative care, in this paper I presented about the management of each symptom, respiratory care, decision making of the mechanical ventilation, and the end of life care in Japan. We must be aware that the patients with ALS can continue to live if they decide to wear the tracheostomy ventilation (TV) even just before death, it is completely different form situation in cancer patients. In Japan about 20% of ALS patients choose TV, this figure is much higher than western countries. On the other hand, only 14% of neurologist have experience of opioids usage for ALS in 2007, much lower than western countries. We started to use opioids for ALS patients in 2005. We use morphine 10-30mg/day as maintenance dose in early phase without sever side effect. Eighty-eight percent patients reported relief of breathlessness, in 4 patients out of 9, PCO2 was decreased. It is big problem that the health insurance does not cover the cost of opioids for ALS. I want to emphasize that the best effort should be taken to relieve suffering not only for cancer patient but for every patient.
著者
祖父江 元
出版者
日本神経学会
雑誌
臨床神経学 (ISSN:0009918X)
巻号頁・発行日
vol.51, no.11, pp.821-824, 2011 (Released:2012-01-24)
参考文献数
10

Although recent advancements in molecular biology have provided increasing insights into the pathophysiology of neurodegenerative diseases, there is almost no disease-modifying therapy for which the efficacy has been verified in clinical trials. Spinal and bulbar muscular atrophy (SBMA) is an adult-onset motor neuron disease caused by the expansion of a trinucleotide CAG repeat in the androgen receptor (AR) gene. SBMA exclusively affects males, whereas does not manifest in the females homozygous for the AR mutation. The ligand-dependent nuclear accumulation of pathogenic AR protein is central to the pathogenesis, although additional steps such as inter- and intra-molecular interaction are also required for toxicity. Leuprorelin, a luteinizing hormone-releasing hormone (LHRH) analogue that suppresses testosterone production from testis, inhibits toxic accumulation of pathogenic AR, thereby mitigating histopathological and behavioral impairments in a mouse model of SBMA. Although a randomized placebo-controlled multi-centric clinical trial showed no definite effect of the drug on motor functions, there was the improvement of swallowing function in a subgroup of patients whose disease duration was less than 10 years. These results indicate a need to elucidate the entire disease mechanism, clarify the natural history, initiate therapeutic intervention at an early stage, and develop sensitive outcome measures to evaluate drug effect.
著者
鴨川 賢二 奥田 真也 冨田 仁美 岡本 憲省 奥田 文悟
出版者
日本神経学会
雑誌
臨床神経学 (ISSN:0009918X)
巻号頁・発行日
vol.50, no.7, pp.485-488, 2010 (Released:2010-07-29)
参考文献数
10

症例は75歳男性である.短時間の失声と無動をくりかえすため入院した.垂直方向の眼球運動制限,頸部・体幹の筋強剛,四肢のパラトニア,開脚小刻み歩行を呈していた.発作時には発語と動作が停止し,強直肢位をとり,吹き出し呼吸となって1分以内に回復した.発作中の意識は保たれていた.頭部MRIは進行性核上性麻痺とラクナ梗塞を示唆する所見であった.脳波では前頭葉徐波がめだち,123I-iomazenil SPECTの3D-SSPで補足運動野近傍の集積が低下していた.カルバマゼピンにより発作は消失した.陰性運動現象を主徴とする補足運動野発作が高齢者においても発症しうることには留意すべきである.