著者
近藤 宗平
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.33, no.8, pp.656-663, 1978-08-05 (Released:2008-04-14)
参考文献数
7

放射線は極微の世界から無限の宇宙まで走りまわり, そこで起っている現場の情報をとらえる. 放射線にとらえられた情報の解読は, 人類に千里眼的超能力を与え, 今世紀の目覚ましい物理学の発展の原動力となった. 1930年代には放射線を使って生命の支配的因子"遺伝子"の謎を解こうという研究が真剣になされ, それはE. Schrodingerの名著「生命とは何か」を生むに到った. この小冊子は, やがて誕生する分子生物学の強力な推進力となった. 本稿では, この歴史的発端をふりかえりつつ, その後の研究の発展を紹介する.
著者
中山 優
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.68, no.3, pp.149-157, 2013
参考文献数
17

スケール不変性は高エネルギー物理から物性理論まで幅広い応用がある対称性である.特に相対論的な系では,スケール変換は共形変換と言う時空の各点でのスケール変換を許すような拡張ができる.数学的には理論のスケール不変性は共形不変性を意味しないのであるが,両者の違いを巡って長年議論が交わされてきたようである.この解説では二つの対決を通して,いかにスケール不変性が共形不変性に拡張されるかを最近の活発な研究成果を踏まえて議論したい.
著者
出口 哲生 佐藤 純 上西 慧理子
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.70, no.6, pp.419-426, 2015-06-05 (Released:2019-08-21)

最近,孤立した量子多体系のダイナミクスが活発に研究されている.例えば,レーザーで閉じ込められた冷却原子系において,系の物理量が緩和する過程が実験で観察された.理論的にも相互作用クエンチなど,外場変数を急変化させた後に生じる量子多体系のダイナミクスに関心が集まっている.量子系におけるクエンチの問題は70年代はじめに可解系で最初に議論された.しかし,本格的に注目されるのは今世紀以降と比較的最近で,これは量子系のクエンチが実験で実現可能になったためと考えられる.孤立量子系のダイナミクスは最近,量子統計力学の基礎の視点からも興味を持たれている.量子多体系の純粋状態を任意に一つ選ぶと,ほとんどの場合,物理量の状態に関する期待値は,熱平衡状態における物理量の期待値に非常に近いことが明らかにされた.これを典型性(typicality)とよぶ.そして,初期純粋状態からのユニタリな時間発展の中で,局所演算子の期待値はある平衡状態のアンサンブル平均値に収束する,と予想されている.ここで局所演算子とは,全系と比べて十分に小さな部分系の中で定義可能な演算子のことである.コーヒーにクリームを加えた場合とは異なり,孤立量子系のエントロピーはユニタリな時間発展で全く変化しない.このため,孤立量子系の時間発展の様子を表すのに従来の意味での緩和を用いるのは,厳密に言えば正しくない.しかし,有限系でも自由度が大きい場合,再帰的振る舞いが起きるまでの時間は非常に長く,これと比べてはるかに短時間のうちに,緩和するような振る舞いが観察される.このため,言葉の意味を少し幅広く解釈して,孤立量子系における緩和(relaxation),と表現することが多くなった.最近では,平衡化(equilibration)あるいは初期値に依存しないときには熱化(thermalization)ともよばれる.非可積分な孤立量子多体系の時間発展では,局所物理量の期待値は漸近的にミクロカノニカル分布の値に収束すると予想され,多くの例で確かめられている.一方,可積分量子系にはハミルトニアンと交換する多数の保存量演算子が存在する.このため,可積分系の時間発展は非可積分系の場合とは異なり,一般化されたギブス分布に収束する,という予想が提案された.可積分量子系の非平衡ダイナミクスの特徴を明らかにすることは,冷却原子系の実験結果を理解する上でも興味深いであろう.また,孤立量子多体系のダイナミクスの特徴を研究する中から,量子多体系を制御する一般的方法が発展する可能性もある.このため,応用面からの興味も将来的には十分に考えられる.本解説では,最初に上記のような研究状況のおおよその説明をした後に,可積分量子系を分かりやすく紹介し,非平衡ダイナミクス特に1次元ボース気体での緩和の例を解説する.
著者
安井 繁宏
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.73, no.11, pp.771-775, 2018

<p>素粒子・原子核から物性(電子・原子)までの階層構造を統一的に理解することは,物質構造の普遍性と多様性について重要な知見を我々に与える.異なる物質階層に共通して見られるシステムの例がフェルミガスであり,多様な量子現象が存在することが知られている.その一つが近藤効果である.</p><p>近藤効果はフェルミガスにおいて不純物が引き起こす量子効果である.近藤効果の説明のために電子ガスに不純物原子が混入している状況を考えよう.ただし不純物原子はスピンをもつとして,電子ガスと不純物原子の間にスピン交換が行われるとする.このとき電子ガスと不純物原子の相互作用の大きさは媒質効果による影響(ループ効果の繰り込み)を受けて変化し,低エネルギー散乱において対数的に増大する.そのため低温の熱力学的な性質や輸送係数に大きな変化が現れる.これを近藤効果という.このような現象自体は20世紀前半に実験的に知られていたが,1964年に近藤淳によって本質的な問題点が解明された.そして近藤効果の研究は繰り込み群や漸近的自由性などの様々な理論的な発展を促した.</p><p>近藤効果は,重い不純物を含むフェルミガスにおいて次の条件が満たされたときに起こる量子効果である:(i)フェルミ面が存在すること,(ii)粒子–ホールの対が発生すること,(iii)不純物がスピン交換をすること.スピン交換相互作用は非アーベル的相互作用に一般化することができる.重い不純物はフェルミガスにとって静止した境界条件の役割を果たしている.</p><p>エネルギースケールを大きく変えて「強い力」を考えよう.近年アップやダウンよりも重いフレーバーを不純物として含む原子核やクォーク物質を生成する高エネルギー加速器実験が議論されており,近藤効果の観点から不純物効果を考えることは興味深い.もっとも平衡状態の存在は非自明であるが,平衡化の時間より長くてベータ崩壊より短い時間スケールの範囲内で平衡状態と見なすことが可能であろう.さて原子核(あるいは核物質)にどのような重い不純物が存在すれば近藤効果が発生するのかを考えよう.近藤効果の条件(i),(ii)は満たされている.(iii)の非アーベル型相互作用をもつ重い不純物として,チャームクォーク(<i>c</i>)あるいはボトムクォーク(<i>b</i>)と軽いクォーク(<i>q</i>=<i>u</i>, <i>d</i>)で構成された</p><p><i><span style="text-decoration: overline;">D</span></i>, <i><span style="text-decoration: overline;">D</span></i>*(<i><span style="text-decoration: overline;">c</span>q</i>)メソンや<i>B</i>, <i>B</i>*(<i><span style="text-decoration: overline;">b</span>q</i>)メソンを考える.これらは内部自由度としてSU(2)×SU(2)対称性のスピンとアイソスピンをもつので核子と非アーベル型相互作用をする.つまりスピンやアイソスピンに起因する近藤効果が生じると考えられる.</p><p>さらにエネルギースケールが高くなると核子に閉じ込められていたクォークが解放されて核物質はクォーク物質に変化する.クォーク物質は軽いクォーク(<i>u</i>, <i>d</i>, <i>s</i>)のフェルミガスと見なされる.近藤効果の条件(i),(ii)は満たされているが,(iii)の重い不純物は何であるべきだろうか? 答えはチャームクォーク(<i>c</i>)あるいはボトムクォーク(<i>b</i>)自体である.ただしクォーク物質ではカラー(色)は解放されているのでSU(3)対称性のカラー交換が非アーベル型相互作用として存在する.つまりカラーに起因する近藤効果が生じると考えられる.</p><p>近藤効果は弱結合(高温側)における摂動的現象のみならず強結合(低温側)における多くの非摂動的現象をもたらす.高温側では様々な物理量(電気抵抗や粘性のような輸送係数など)が温度の対数スケールに従う.低温側では,非摂動的現象として,近藤共鳴状態が出現したり,軽いクォークと重いクォークの結合(近藤凝縮)によるトポロジカル構造が存在する.近藤効果と他の様々な相関の競合も興味深い.</p><p>近藤効果は核物質やクォーク物質の普遍性と多様性について魅力的で興味深い見方を与えてくれるだろう.</p>
著者
榎戸 輝揚 和田 有希 土屋 晴文
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.74, no.4, pp.192-200, 2019

<p>科学探査が及んでいない対象を人類未踏の世界と呼ぶならば,多くの人は宇宙や深海を思い浮かべるのではないだろうか.実は,太古から身近な自然現象である雷雲や雷放電も,極端な環境のために観測が難しく,これまで知られていなかった高エネルギー現象が近年になって発見されている未踏領域である.そもそも,雷放電がなぜ起きるかという基本的問題にも未解明な点が残され,高エネルギー物理学の知見が重要となってきた.本稿では,古典的な可視光・電波での観測のみならず,X線やガンマ線の観測,宇宙線,原子核物理や大気化学に広がる「雷雲や雷放電の高エネルギー大気物理学」という新しい分野を紹介したい.</p><p>雷雲の中では,大小の氷の粒が互いにぶつかりあって電荷分離が生じ,強い電場が生じる.この電場が大気の絶縁作用を破壊し,大電流が流れて強力な電磁波や音を放つのが雷放電である.この雷放電に伴う新しい現象が,1990年代から大気上層で見つかっている.ひとつは,スプライトやエルブスと呼ばれる,奇妙な形状で赤色や青色に発光する高高度大気発光現象(Transient Luminous Event, TLE)である.もうひとつは,雷放電に伴って宇宙空間に放たれる,継続時間がミリ秒で20 MeVまでのエネルギーの地球ガンマ線フラッシュ(Terrestrial Gamma-ray Flash, TGF)である.これらは,雷放電に伴う電場変化で電子が加速され,大気分子の脱励起光や,電子の制動放射を観測していると考えられる.さらに地上観測でも,自然雷やロケット誘雷で突発的なX線やガンマ線も検出された.</p><p>こういった雷放電に同期した放射に加え,雷雲そのものからも,10 MeVを超えるガンマ線が数分以上も地上に降り注ぐ現象が観測されている.一発雷と呼ばれる強力な冬季雷が発生する日本海沿岸の冬季雷雲は世界的にみても稀で,雲底も地表に近いために大気吸収の影響が小さくなり,こういった放射線の測定に有利な環境になっている.そこで我々も10年以上にわたって放射線測定器を設置し,雷雲からのガンマ線を実際に数多く観測してきた.この準定常的なガンマ線の発生機構は,雷雲内の強い電場で加速されなだれ増幅した相対論的電子からの制動放射と考えられており,地球大気という密度の濃い環境下での電場による粒子加速という珍しい物理現象の研究が可能となっている.</p><p>さらにここ数年で新検出器による多地点マッピングを実現したことで,思わぬ発見にも出会うことができた.雷放電で生じるガンマ線が大気中の窒素や酸素の原子核に衝突し,光核反応を起こすことが明らかになったのである.光核反応で原子核から大気中に飛び出す中性子と,生成された放射性同位体がベータプラス崩壊で放出する陽電子を地上観測で検出できたのだ.これは,雷放電が我々の上空で陽電子を生成するという面白い事実を明らかにしたのみならず,雷放電の研究が原子核の分野にも広がることを意味する.また,光核反応で雷放電が大気中に同位体<sup>15</sup>N,<sup>13</sup>C,<sup>14</sup>Cを供給することは,大気化学とのつながりでも今後の研究の進展が期待できる.本稿では,学術系クラウドファンディングや市民と連携したオープンサイエンスへの試みも紹介しつつ,国内外での高エネルギー大気物理学の潮流と我々の学際的な挑戦を紹介したい.</p>
著者
佐々 真一
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.63, no.10, pp.754-761, 2008-10-05 (Released:2017-08-04)
参考文献数
14

線形応答理論は非平衡物理におけるひとつの金字塔である.その完成からおよそ50年に渡る非平衡物理の発展を概観する.線形応答理論に絵をいれた60年代,そこから意図的に離れた70年代,もはや忘れてしまった80年代,新たな視点で見直されはじめた90年代を経て,現在そして未来につながる流れを描いてみたい.
著者
古田 禄大 the GROWTH collaboration 楳本 大悟 中澤 知洋 奥田 和史 和田 有希 榎戸 輝揚 湯浅 孝行 土屋 晴文 牧島 一夫
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会講演概要集
巻号頁・発行日
vol.72, pp.500, 2017

<p>我々は雷雲内の粒子加速機構の解明を目指し,新潟県柏崎刈羽原発内で雷雲由来ガンマ線の測定を継続している。2014–15年冬には約100秒間に10万カウント前後という高統計のガンマ線増大現象が複数観測され,地上に届くガンマ線放射の広がりの大きさや形状が判明した。本講演ではモンテカルロシミュレーションを用いて,電場加速された電子が地上にもたらす制動放射ガンマ線の分布をモデル化し,実データと比較することで,加速現場の高度や加速方向の広がりを推定する。</p>
著者
加藤 岳生
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
大学の物理教育 (ISSN:1340993X)
巻号頁・発行日
vol.24, no.3, pp.112-116, 2018

<p>1.はじめに</p><p>第49回国際物理オリンピック(IPhO2018)は7月21日から29日までポルトガルのリスボンにおいて90カ国から412人の選手が参加して行われた.日本からは高校生5人の代表選手が参加</p>
著者
木村 淳 山岸 明彦
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.72, no.2, pp.111-120, 2017

<p>「地球外生命は存在するだろうか.」この問いは,「生命とは何か」というもうひとつの問いに対して宇宙で普遍的に通用する答えを得ることに繋がる.このふたつの問いに答える最も直接的な手段が,太陽系における地球外生命探査である.地球外生命の証拠はまだ見出されてはいないが,近年の様々な探査を通して,生命探査の対象となる天体,すなわちエネルギーや物質の観点で生命を育み得る環境を持つ天体の候補がいくつか見つかってきている.本稿では,火星,木星衛星エウロパ,土星衛星エンセラダスおよびタイタンを具体的な対象に,それらの天体がなぜ地球外生命の存在可能性を有するのかについて現状の知見をまとめる.</p>