著者
北條 具仁 船山 道隆 中川 良尚 佐野 洋子 加藤 正弘
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.29, no.4, pp.434-444, 2009-12-31 (Released:2011-01-05)
参考文献数
21
被引用文献数
1

脳損傷後に距離判断が困難となった症例の報告は非常に少ない。今回われわれは,脳損傷後に距離判断が困難となった 2 症例 (1 例目は右頭頂-後頭葉の脳出血,2 例目は両側頭頂-後頭葉の脳梗塞 )を報告する。本 2 症例は,Holmes の提唱したvisual disorientation (1 例目は不全型)を呈し,その1 症状として距離判断の障害が出現していた。過去の報告例における距離判断の障害の根拠は主に主観的な訴えであったが,われわれはより客観的な距離判断の障害を検出する目的で,1 例目の症例に対して,大型車や 2 種免許を取得・更新する際に用いられる距離判断の検査機種 (KowaAS-7JS1) を用いて距離判断の検査を行った。その結果,健常者群および左半側空間無視群と比較して有意な成績の低下を認めた。本 2 症例および過去の報告例から,距離判断の神経基盤は,右側を中心とした頭頂-後頭葉の後方,すなわち,上頭頂小葉,下頭頂小葉後部,楔部にある可能性が考えられた。
著者
澤村 大輔 生駒 一憲 小川 圭太 川戸 崇敬 後藤 貴浩 井上 馨 戸島 雅彦 境 信哉
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.32, no.3, pp.533-541, 2012-09-30 (Released:2013-10-07)
参考文献数
19
被引用文献数
2 5

頭部外傷後注意障害患者の行動観察評価スケールであるMoss Attention Rating Scale (以下, MARS) の日本語版を作成し, その信頼性と妥当性を検討した。対象は頭部外傷後注意障害患者 32 例である。対象者の担当理学療法士, 作業療法士, 言語聴覚士, 臨床心理士, 看護師, 介護福祉士が MARS を施行した。信頼性については MARS 総合得点, 因子得点における評価者内信頼性, 評価者間信頼性を検討し, 妥当性については神経心理学的検査を用い, 基準関連妥当性, 構成概念妥当性を検討した。結果, MARS 総合得点では高い評価者内, 評価者間信頼性 (ICC>0.80) が得られ, 因子得点においても中等度以上の信頼性係数 ICC>0.40 が得られた。また十分な基準関連妥当性, 構成概念妥当性が確認できた。以上より MARS は多職種で使用でき, 注意障害の検出に優れた評価スケールであることが示唆された。
著者
緑川 晶 吉村 菜穂子 河村 満
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.24, no.2, pp.139-146, 2004 (Released:2006-03-09)
参考文献数
11

記銘力検査の成績が良好であるにもかかわらず多様な健忘症状を呈した側頭葉てんかん症例を検討した。てんかん発作の特徴は,複雑部分発作と数時間の逆向性健忘を伴った健忘発作であった。前向性健忘は,数日単位では明らかではなく,およそ4週間の間隔をあけることによって初めて顕在化するものであった。逆向性健忘は自伝的記憶を中心とする20年以上にわたる障害であった。これらはそれぞれてんかん発作によって生じた長期記憶の固定化の障害と,皮質にある記憶痕跡の消失と考えられた。抗てんかん薬の服用により,前向性健忘は著しい改善を認めたが,逆向性健忘は明らかな改善が認められなかった。このことから,逆向性健忘が非可逆的な過程で生じていると考えられた。てんかん発作に起因する臨床病態の検討が,人間が持つ記憶の一側面を明らかにすると思われる。
著者
揚戸 薫 高橋 伸佳 高杉 潤 村山 尊司
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.30, no.1, pp.62-66, 2010-03-31 (Released:2011-05-11)
参考文献数
7
被引用文献数
2 2

遷延性の道順障害を呈した 1 例における移動手段獲得のためのアプローチについて検討した。通常の地図を見ながらの移動訓練は有効ではなく,これは移動中の各地点で自分の向いている方角が地図上でどの方角にあたるかを判断できないことが一因と考えられた。そこで視覚的手段は用いず,目的地まで道順に沿って目印となる指標や分岐点での進むべき方角を言語的に記述したメモを用いたところ非常に有効であり,さらにそれを言語的に記憶することでメモなしでの移動が可能となった。道順障害は,症状の持続が短期間のことが多いが,病院内の移動などには大きな支障をきたす。本例で用いたような言語メモを活用したリハビリテーションは,道順障害での方角定位障害を代償する手段として有効であり,早期から積極的に取り入れるべきと考えられる。
著者
鈴木 敦命
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.36, no.2, pp.271-275, 2016-06-30 (Released:2017-07-03)
参考文献数
20

感情認知の神経心理学研究では感情と表出行動の対応関係がしばしば想定されてきた。この立場によると, 感情認知は他者の内的状態をその表出行動から読み解く一種の知覚的パターン認識である。しかし, 脳損傷研究は扁桃体や島などのいわゆる〝感情脳〟の役割を明らかにし, 他者と感情状態を疑似的に共有することが感情認知に寄与することを提案している。また, 感情と表情の対応関係を否定し, 文脈情報にもとづく推論が正確な感情認知に重要であると主張する研究者も少なくない。近年では, 感情認知の種々の手がかりの統合に関わる神経・認知メカニズムへの関心も高まっている。以上のように, 感情認知は多様な過程によって支えられている。このことは, 感情認知が脳機能障害に脆弱でもあり, 頑健でもあることを示唆する。つまり, 上記の一つの過程に異常が生じただけでも, 感情認知障害は起こりうる。一方で, 一つの過程の障害は他の正常な過程によって代償されうる。こうした感情認知の相反する特徴に臨床検査では留意する必要があるだろう。
著者
小嶌 麻木 岡橋 さやか 羅 志偉 長野 明紀 酒井 弘美 関 啓子
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.36, no.2, pp.296-303, 2016-06-30 (Released:2017-07-03)
参考文献数
18

失語症者の日常生活における包括的な認知機能の評価用として, Virtual Reality 技術を用いた Virtual Shopping Test-easy version ( VST-e) を開発し, 失語症者への適用および妥当性と信頼性を検討した。 VST-e において被験者は, 買い物内容を暗記した後, PC 画面のタッチパネル操作により仮想の商店街でなるべく速くかつ正確に買い物課題を行った。失語症者, 健常者各 20 名を対象に施行した結果, 失語症群は健常群より有意に買い物リスト参照回数と方向転換回数が多く, 所要時間が長かった。また, 失語症群の VST-e 成績は言語機能, 知的機能, 注意, 遂行機能との相関を認め, 内部一貫性に関する Cronbach の α は 0.62 であった。したがって, VST-e は言語機能の影響を受けるが, 基準関連妥当性と信頼性を有し, 失語症者の総合的認知機能検査として有用であることが示唆された。
著者
前田 貴記
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.36, no.3, pp.420-425, 2016-09-30 (Released:2017-10-05)
参考文献数
15

高次脳機能障害において, 自己意識の異常は, 病識, 自伝的記憶, 身体感覚, 身体図式, 行為に伴う自己意識などの異常として, よく経験するところである。自己意識は主観的体験であるため, 主観性をいかに実証的に扱うかという方法論的な問題が存在する。本稿では, 統合失調症における自我障害の神経心理学研究である sense of agency 研究について紹介するが, 高次脳機能障害においてみとめられる自己意識について実証的に評価, 研究する際の参考になればと思う。
著者
出田 和泉 種村 純 岸本 寿男
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 : 日本高次脳機能障害学会誌 = Higher brain function research (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.28, no.4, pp.404-415, 2008-12-31

アマチュア尺八奏者でピアノの訓練経験もあったKM は,五線譜および尺八譜の読み書きが可能な二楽譜使用者であった。くも膜下出血後尺八譜の読み書き障害は軽度だったが,五線譜の読み書き能力は顕著に障害され,既知のメロディーを聴いて書譜する課題や音読課題では,五線譜と尺八譜の成績が乖離した。楽曲を正確に記譜する五線譜に対し,尺八譜は楽器の操作法を仮名文字で表記する奏法譜である。西洋音楽と異なり邦楽には,演奏する前にリズムを付けて音名を唱える「唱譜」という口伝の習得様式が存在するため,楽譜は唱譜によって暗記した演奏法を記憶から再生するための補助手段として用いられる。既知のメロディーの書譜,音読課題で尺八譜が五線譜よりも成績が良かったのは,唱譜で覚えた記憶から正答を引きだした可能性が考えられた。このような尺八譜の特異性が楽譜の読み書き課題において成績の乖離に関与したと考えられた。
著者
山岸 敬
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.28, no.1, pp.11-19, 2008
被引用文献数
1

ミトコンドリア脳筋症後に重度のブローカ失語・発語失行を呈した中学生に対し,全体構造法の考え方を参考に言語訓練を施行した。本例は構音・喚語不能から日常会話可能へと,約2 年以上に亘り持続的・飛躍的な改善を示し,本疾患・若年の失語症例に対する長期アプローチの必要性が示唆された。またその改善過程から,喚語機能形成,発語失行の構音再構築,日常会話への般化について全体構造法の主張をふまえ考察した。
著者
丸山 純人 室井 健三 飯沼 一浩
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.33, no.4, pp.405-413, 2013-12-31 (Released:2015-01-05)
参考文献数
13

fMRI による言語優位半球同定法として単語生成課題を心内発話で行う方法があるが, 心内発話では課題遂行中の被検者の情報が得られず, また, 運動前野の賦活が認められるため, 側性指標 (LI) の算出に影響を与える可能性がある。本研究では task として語想起発話, control として無意味語発話を行う新しい fMRI 撮像法を考案し, 課題遂行中の被検者の情報を得つつ, 運動野の賦活を画像上相殺し, LI を算出できるか検討した。本手法では従来の心内発話法に比べ賦活範囲は狭くなったが, ブローカ野, および補足運動野に賦活が認められ, 運動前野や一次運動野の賦活は賦活マップ上では認められなかった。また心内発話法で算出した LI と有意な差はなかった。本手法を用いれば fMRI 撮像中の被検者の課題遂行の情報を把握することができるため, より信頼性の高い言語優位半球同定法として利用できる見通しが得られた。
著者
Joel Scholten
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.31, no.2, pp.171-175, 2011-06-30 (Released:2012-07-01)
参考文献数
8

Providing excellent medical care and support for returning Active Duty Service Members from the conflicts in Iraq and Afghanistan remains a high priority for the Department of Defense (DoD) and the Department of Veterans Affairs (VA). Current literature reports a high frequency of multiple co-morbid conditions including traumatic brain injury (TBI), post traumatic stress disorder (PTSD), and chronic pain. Symptoms from these three conditions can become barriers to successful return to work and school. Common symptoms will be reviewed with discussion on rehabilitative efforts to overcome these barriers. Ideal management of this re-integration is best handled in an interdisciplinary manner by an experienced rehabilitation team. This article reviews the presentation “TBI and Polytrauma : Challenges Associated with Community Reintegration” presented at the 34th Annual Congress of the Japan Higher Order Brain Dysfunction Society as part of the Japan-US Exchange.
著者
菅原 光晴 前田 眞治
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.30, no.1, pp.77-85, 2010-03-31 (Released:2011-05-11)
参考文献数
24
被引用文献数
1

本研究は,左半側空間無視 (以下USN) に対する認知リハビリテーションの有用性について検討した。対象は USN を有する実験群 13 例と対照群 12 例である。実験群には USN へのアプローチに加え,認知リハビリテーションを実施した。対照群には認知リハビリテーションを除く実験群と同様の訓練を実施した。訓練効果の測定にはBIT 行動性無視検査,Catherine Bergego Scale を用いた。各評価をベースライン期,介入期 4 週後,8 週後,12 週後,フォローアップ期 3 ヵ月後,6 ヵ月後に行った。その結果,介入期 12 週後の成績には差がないものの,実験群では早期から成績向上が認められた。さらに,フォローアップ期において成績低下は緩やかで維持する傾向が認められた。以上より,USN 患者に対する認知リハビリテーションは,USN の改善を早期に促進させ,訓練終了後も訓練効果を維持させる可能性が高いものと考えられた。
著者
辰巳 格
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.26, no.2, pp.129-140, 2006 (Released:2007-07-25)
参考文献数
40

伝統的な言語観では,言語には文法ないし規則があるとする。英語の動詞活用たとえば過去形生成を例にとると,動詞の語幹末音素に応じて形態素⁄-t⁄, ⁄-d⁄, ⁄Id⁄を付加する (例:⁄luk⁄→⁄lukt⁄)。日本語の動詞活用は数十あるが,やはり規則がある。しかし,英語でも日本語でも規則の適用ができない例外的な動詞がある (例: ⁄giv⁄→⁄geiv⁄)。この場合には,頭の中の辞書が参照され,辞書からその動詞の過去形が引き出される。単語の読みも同様である。綴り→読みの規則があり,それに従って読みが出力される規則読み(“mint”→⁄mint⁄)がある。その一方で例外的な読みもあり,辞書を参照して読みが出力される ( “pint”→⁄paint⁄)。これらの機構のいずれが損傷されたかにより,規則動詞⁄規則綴りの障害,あるいは例外活用⁄例外綴りの障害が出現すると考える。  言語には規則も辞書もない,とする別の言語観もある。コネクショニストは,単語の音韻,意味,文字表象の 3層からなるニューラル·ネットワークを構築し,シミュレーション研究を行っている。この見方では,一見,規則と見えるものは,規則動詞の語尾のように同一パタンをくり返し学習することによって生じる般化である。例外活用では,単語の意味情報から単語の特定が行われ,その過去形が計算される。読みについても同じネットワークを用いる。動詞活用と読みの障害パタンは音韻表象,意味表象の障害により説明できるとする。  本稿では,言語に関する認知神経心理学の主要な 2つの説を紹介し,日本語の動詞活用と読みについて考え,こうした考えが発達性失読や特異的言語発達障害にも適用できることを示す。
著者
福武 敏夫
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.33, no.2, pp.182-188, 2013

人格は背景に社会があって初めて問題になり, 人格障害は社会の中で扱われる。統合失調症や重度のうつ病が代表格であり, "idiopathic/developmental sociopathy"といえる。一方, 人格変化は, 何らかの脳損傷により生じ, 非言語的コミュニケーションを通して行動学的に判断される。人格変化も高度であれば, "acquired sociopathy"と捉えられる。本稿では, 左視床傍正中動脈(背内側核・正中核群)梗塞による意識障害から回復後に著明な人格・情動変化と前頭葉様症候を呈した48 歳男性例を紹介するが, 明らかな記憶障害を伴っていなかったことが大きな特徴であり, 脳における記憶回路(Papez)と情動回路(Yakovlev)の独立性を考える上で重要な症例と思われる。背内側核は, 前頭葉に想定されている3 つのサーキット(背外側部, 前頭眼窩野, 前部帯状回)のすべての要にあり, 統合失調症においても重要とされている。その病態分析のために, 同様症例の蓄積が望まれる。
著者
関野 とも子 古木 忍 石崎 俊
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 (旧 失語症研究) (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.23, no.3, pp.231-240, 2003 (Released:2006-04-21)
参考文献数
17
被引用文献数
1 4

仮名1文字の音読はほぼ良好だが,仮名無意味綴りの音読に著明な障害を示す phonological dyslexia1例に対し,文字表記形態を操作した仮名単語(実在語) の音読課題を実施し,その反応パターンの分析から症状の発現機序について考察した。本例は,単語親密度および表記妥当性の高い(つまり形態親近性が高い) 語の場合は,良好な音読成績を示す。しかし表記妥当性の低い語は,1文字ずつ音韻変換をはかる逐字読みのストラテジーを用いようと試みるのだが,変換した一部の音韻から目標語とはかけ離れた別の語を連想,表出するといった形態的錯読ともいえる反応が頻発した。したがって本例の仮名単語音読処理は文字列の形態親近性の識別が先行し,それが高いものは Warringtonら(1980) の語形態処理モデルに相当する形態処理ルートを,低いものは逐字読みルートを経由するが,本例ではそのうちの後者が特異的に障害されていると考えられた。