著者
飛田 勇輝 山本 剛 工藤 俊明 湯本 貴文
出版者
国立保健医療科学院
雑誌
保健医療科学 (ISSN:13476459)
巻号頁・発行日
vol.71, no.2, pp.140-146, 2022-05-16 (Released:2022-05-20)
参考文献数
12

令和 2 年12月,小林化工株式会社が製造販売する経口抗真菌薬イトラコナゾール錠50mgに睡眠薬原料が混入し,多数の健康被害が発生した.本件を皮切りに,多数の医薬品製造業者において医薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保等に関する法律からの違反が発覚.我が国における医薬品の品質に対する信頼を大きく損なうこととなった.厚生労働省は,このような状況を踏まえ,多角的な観点から再発防止策を講じている.
著者
戸次 加奈江 浅見 真理 欅田 尚樹 児玉 知子
出版者
国立保健医療科学院
雑誌
保健医療科学 (ISSN:13476459)
巻号頁・発行日
vol.70, no.3, pp.262-272, 2021-08-31 (Released:2021-10-13)
参考文献数
48

「持続可能な開発目標 3 」(SDG3)では,保健医療分野に関する評価・モニタリング指標の提示が求められている.本研究では,生活環境関連分野における指標の定義を確認するとともに,一般環境から労働環境までを対象に,WHO報告書から環境リスクが指摘される化合物及び物理的因子に関する国内の文献レビューを行った.その結果,室内寒暖差と死亡率との関連性や,準揮発性有機化合物(SVOC)の室内濃度や湿度環境とアレルギー疾患との関連性,大気中の微小粒子状物質と呼吸器・循環器系疾患との関連性が示唆された.また,指標3.9.2「安全ではない水,安全ではない公衆衛生及び衛生知識による死亡」はTier Iであるが,過去30年間の国内水質事故事例の情報収集等をもとにした水系感染症死亡事例による推計値は,国連指定のコーディングによる報告値よりも極めて低く,WHOのWASH定義疾病コードが開発国の状況を基にした定義となっていることが示唆された.
著者
冨尾 淳 佐藤 元
出版者
国立保健医療科学院
雑誌
保健医療科学 (ISSN:13476459)
巻号頁・発行日
vol.69, no.3, pp.243-252, 2020-08-31 (Released:2020-10-15)
参考文献数
60

目的:症例報告の法令・指針上の位置づけについて,人を対象とする研究との区別を中心にわが国と諸外国の現状を概説し,症例報告に関する今後の課題について検討した.方法:日本および主要先進国(米国,イギリス,フランス,ドイツ)の法令・指針等,学術機関・学会等の指針,主要医学雑誌の投稿規定および学術文献を参照し,症例報告の学術的な定義を確認するとともに,各国における症例報告の位置づけ(研究に該当するか否か)および,症例報告の個人情報保護に関連する規制・要件等について整理した.結果:症例報告は,日本,米国,イギリスでは,法令・指針により「診療」または「研究以外の活動」とみなされ,研究には該当しないとされていた.フランス,ドイツでは,法令・指針において症例報告についての明確な言及はなかった.いずれの国でも,症例報告の実施に際して,倫理委員会の承認を含む研究に対する規制は原則として適用されないが,症例報告の目的(研究目的か否か),施設の方針等により研究とみなされる場合もあり,規制の適用状況は一様ではないことが明らかになった.対象者の個人情報保護については,いずれの国も法令およびこれに基づく指針により匿名化と同意のプロセスが規定されており,学術誌や学会等でも同様の規定が適用されていた.結論:症例報告は,原則として研究に対する規制の適用を受けずに実施されていたが,実際は研究目的で実施される状況もありうる.医療および医学研究を取り巻く環境の変化を踏まえた上で,症例報告を定義・分類し,症例報告の目的と内容を考慮した規制枠組を構築することが望まれる.
著者
近藤 久禎 島田 二郎 森野 一真 田勢 長一郎 富永 隆子 立崎 英夫 明石 真言 谷川 攻一 岩崎 泰昌 市原 正行 小早川 義貴 小井土 雄一
出版者
国立保健医療科学院
雑誌
保健医療科学 (ISSN:13476459)
巻号頁・発行日
vol.60, no.6, pp.502-509, 2011-12
被引用文献数
1

背景:2011年3月11日に発生した東日本大震災による地震と津波は東京電力福島第一原子力発電所を襲い,甚大な被害を引き起こし,多量の放射性物質を環境中に放出した.この事故対応において,多くのDMAT隊員が派遣された.今回,その活動について意義を検証し,今後のDMAT活動,緊急被ばく医療における課題を提示することを目的とした.方法:高線量被ばく・汚染(緊急作業従事者)への緊急被ばく医療対応,住民対応,入院患者の移送対応などDMAT活動実績をまとめ,課題を抽出した.結果:DMATの入院患者移送対応は,福島第一原子力発電所から20〜30km圏内の病院を対象に3月18日〜22日に行われた.入院患者454名を搬送したが,搬送中の死亡は防げた.DMATは緊急被ばく医療体制でも重要な役割を果たした.DMATは原子力発電所からJビレッジを経由し二次被ばく医療機関,三次被ばく医療機関に分散搬送する流れをサポートする体制を確立した.その為の,研修会の実施といわき市内へのDMATの待機のための派遣を行った.いわき市内へのDMAT派遣は,いわき市立総合磐城共立病院を拠点として,4月22日から9月7日まで22次隊,のべ127名が派遣された.DMATによる住民一時立入り対応においては,中継基地における医療対応を行った.具体的には,会場のコーディネーション,Hotエリアの医療対応を行うとともに,救護班としても活動した.活動期日は5月3日から9月2日のうち60日に及び,スクリーニング・健康管理の対象者は14700人以上で,さらに傷病者131名に対応した.これらの活動を通じて,重篤な傷病の発生,スクリーニングレベルを上回る汚染は,DMATが活動したところにおいては,ともになかった.考察:本邦の緊急被ばく医療体制は,原子力施設立地道府県の地方自治体毎に構築されており,いくつかの問題が指摘されていた.問題の一つは放射線緊急事態への対応の教育,研修はこれらの地域のみで行われていたことである.さらに,他の災害との連携,整合性に問題があることはたびたび指摘されていた.DMATが医療搬送を行うことにより,454名の患者を安全に搬送したことと,住民一時立入りでのDMATの活動の意義は深かった.今回の事故対応の経験から,被ばく医療も災害医療の一つであり,災害医療体制との整合性は必須であることが示唆された.今後は,やはり災害医療体制の中で,緊急被ばく医療もしっかりと位置付けられることが必要である.そのような観点からの緊急被ばく医療体制のあり方について研究していくことが今後は必要である.
著者
木内 貴弘 岡田 昌史 奥原 剛 加藤 美生 石川 ひろの
出版者
国立保健医療科学院
雑誌
保健医療科学 (ISSN:13476459)
巻号頁・発行日
vol.64, pp.312-317, 2015-08

2004年 9 月,ICMJE(International Committee of Medical Journal Editors)傘下の学術雑誌有志による臨床試験登録の必須化を求める声明によって,多くの日本国内の医学研究者から,日本国内に日本語の取り扱いができる臨床試験登録サイトの構築を行うことが,要望された.このため,大学病院医療情報ネットワーク(UMIN)では,2005年 6 月 1 日より,日本初の臨床試験登録システムとして,UMIN臨床試験登録システム(UMIN CTR=UMIN Clinical Trial Registry)を運用開始した.データ項目や運用法は,ICMJE声明の提唱する基準を満たすように設計され,UMIN CTRは,ICMJE(International Committee of Medical Journal Editors)の認定を得た 5 つのサイトに含まれた.日本を主体としながらも,世界中からの臨床試験登録を集める国際的なサイトとして認知されてきた.UMIN CTRはWHOの定めた必須項目をすべて含んでおり,JPRN (Japan Primary Registry Network)を介して,WHOの全世界臨床試験ポータルサイトへのデータ提供も行っている.登録件数は年々増大して,合計で 1 万 7 千件以上にいたっている. 2013年11月には,匿名化した個別症例の生データを臨床試験登録データに追加できる症例データレポジトリの運用が開始された.これによって,臨床データの散逸防止と長期保存が可能になること,相互チェック・査察のための臨床研究データの質の担保ができること,そして,論文で公表された以外の新たな知見を得るための統計解析のリソースとしての活用が可能となった. 現行の問題点としては,実施責任組織,研究費提供元,病名のためのマスターがなく,文字列入力となっている点が挙げられる.実施責任組織と研究費提供元については,現在,マスターと関連するシステムの改造が実施されており,2015年度中の実現が予定されている.病名については,改善の目途がたっていない. 臨床試験登録情報の内容と形式については,CDISCにおいて,標準化の作業が進められている.CDISCによる標準化の完成度の向上を待って,CDISC標準によるデータの受け入れと取り出しができるようになることが望まれる.
著者
戸次 加奈江 浅見 真理 欅田 尚樹 児玉 知子
出版者
国立保健医療科学院
雑誌
保健医療科学 (ISSN:13476459)
巻号頁・発行日
vol.70, no.3, pp.262-272, 2021

<p>「持続可能な開発目標 3 」(SDG3)では,保健医療分野に関する評価・モニタリング指標の提示が求められている.本研究では,生活環境関連分野における指標の定義を確認するとともに,一般環境から労働環境までを対象に,WHO報告書から環境リスクが指摘される化合物及び物理的因子に関する国内の文献レビューを行った.</p><p>その結果,室内寒暖差と死亡率との関連性や,準揮発性有機化合物(SVOC)の室内濃度や湿度環境とアレルギー疾患との関連性,大気中の微小粒子状物質と呼吸器・循環器系疾患との関連性が示唆された.また,指標3.9.2「安全ではない水,安全ではない公衆衛生及び衛生知識による死亡」はTier Iであるが,過去30年間の国内水質事故事例の情報収集等をもとにした水系感染症死亡事例による推計値は,国連指定のコーディングによる報告値よりも極めて低く,WHOのWASH定義疾病コードが開発国の状況を基にした定義となっていることが示唆された.</p>
著者
本屋敷 美奈 杉原 亜由子 永井 仁美 高山 佳洋 森定 一稔 柴田 敏之 森脇 俊 笹井 康典 田中 英夫
出版者
国立保健医療科学院
雑誌
保健医療科学 (ISSN:13476459)
巻号頁・発行日
vol.70, no.2, pp.174-185, 2021

<p><b>目的</b>:大阪府における自殺未遂者相談支援事業(以下同事業)を評価し,自殺未遂者本人(以下本人)の支援者との関係の改善につながる効果的な支援方法と内容を明らかにする.</p><p><b>方法</b>:本研究は二段階で実施した.第一段階ではフォーカスグループインタビューにて介入の効果についての仮説とアウトカム指標を定義した.第二段階では仮説に基づく評価を行った.調査対象は2014年 4 月から2015年 6 月の間に府内 5 つの保健所において同事業への同意が得られた自殺未遂者192人のうち,支援が終了した113人の中で,支援記録が入手できた102人とした.調査期間は2015年10月から12月とした.調査方法としては支援記録からケースワーカーが情報を抽出した.分析方法では,援助希求行動,信頼関係,支配性を個々の支援者との関係に影響を与える要素と定義した上で,個々の本人と支援者との関係について各要素を0-4点で数値化し,得点の合計が 6 点以上の場合を支援者との良い関係があるとした.過去の自殺未遂歴や精神科受診歴,保健所相談歴,年齢,性別を調整した上で支援(方法・内容)を説明変数とし,支援者との良い関係の介入後の増加を従属変数としてロジスティック回帰にて分析を行った.</p><p><b>結果</b>:対象者の平均年齢は40.7歳,女性は67.6%であった.良い関係を持つ支援者の数が増えた対象者は64人(62.7%)であった.ロジスティック回帰分析にて有意となった支援は,方法では本人・家族両方への面接(調整オッズ比(以下AOR)13.33;95%信頼区間(以下95%CI)2.44-72.81),内容では本人心理支援の内,ニーズの傾聴(AOR5.87;95%CI2.00-17.22),支援方針の説明と合意形成(AOR5.69;95%CI1.88-17.23),心理教育(AOR3.26;95%CI1.13-9.36),医療機関に関する支援では治療継続支援のみを行った場合(AOR4.72;95%CI1.42-15.71)であった.受療支援・治療継続支援両方ありに該当した 5 人の対象者全員に良い関係のある支援者数の増加が見られた.</p><p><b>結論</b>:仮説及びアウトカム指標の設定は本人の支援に関しては妥当であった.保健所での支援において,本人・家族両方との面接,本人との共同した意思決定,丁寧な受療支援の必要性が示唆された.今後は自殺未遂者・支援者関係の質的評価や対照を設けての評価が課題である.</p>
著者
逢見 憲一
出版者
国立保健医療科学院
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2015-04-01

令和元年度は,人口動態統計毎月概数,大日本私立衛生會雜誌,日本公衆保健協会雑誌,公衆衛生,等の資料の発掘と収集,分析を行った。また,上記発掘資料を用いて,わが国の平均寿命延長に医療・公衆衛生の果たした役割を定量的に検討した学術論文「わが国の平均寿命延長の年齢構造と医療・公衆衛生の役割―第4回から第22回生命表より―」を執筆投稿し,受理掲載された。また,上記発掘資料を用いて,内務省保健衛生調査会設置から日中戦争・第二次大戦下での公衆衛生活動等について検討した。さらに,パンデミック対策の一助とすべく,わが国の“スペインかぜ”を含むインフルエンザパンデミックによる健康被害を定量的に把握し,あわせてわが国における公衆衛生行政の置かれていた状況を検討した。令和2年度は,新型コロナウイルスパンデミック対策の一助とすべく,上記大日本私立衛生會雜誌の1918(大正7)年から1920(大正9)年の “スペインかぜ”に関する記事・論文を検討し,(1) スペインかぜ流行期の対策の大枠は現代に劣らないものであったこと,(2) ただし,「明治19年の蹉跌」により,地方の衛生行政は警察の所管となって取締行政の性格が強くなり,住民との乖離が大きくなっていたこと,(3) また,スペインかぜの当時,公衆衛生を取り巻く状況は必ずしも恵まれたものではなかったこと,などの仮説を検討する。また,第二次大戦前に京城帝国大学教授として生命表研究に携わった水島治夫を中心とした旧植民地の生命表や乳児死亡に関する一連の研究を概観し,第二次大戦前の植民地医学・衛生学の到達点を確認する。さらに,近年の年齢調整死亡率低下の年齢・死因構造から,指標としての有用性や活用方法を検討することを目的とし,2000年から2015年の全国について,死因別年齢調整死亡率を算出し分析する。なお適宜,研究順序やテーマの入れ替え・変更を行う予定である。
著者
倉橋 俊至
出版者
国立保健医療科学院
雑誌
保健医療科学 (ISSN:13476459)
巻号頁・発行日
vol.62, no.2, pp.157-162, 2013-04

災害時(特に放射線災害)においては,保健所はその専門性を活かして積極的に役割を果たすべきである.健康危機の原因には様々なものがあり,原因別に健康危機に対する対応が定められている.しかし,原因不明の健康危機にも最悪の場合を想定して適切に対処すべきである.保健所の役割には,健康危機発生時の適時適切な対策の実施の他,健康危機の未然防止,事前準備,被害回復などがあり,平常時活動も重要である.保健所の具体的活動では,優先して実施すべき対策の判断が重要であり,リスクコミュニケーションの考え方に基づいて適切に情報収集,連絡調整,広報発信することが求められている.
著者
今野 和 多田 早奈恵 LAOHASIRIWONG Wongsa PITAKSANURAT Somsak 韓 連熙 林 正幸 石橋 良信
出版者
国立保健医療科学院
雑誌
保健医療科学 (ISSN:13476459)
巻号頁・発行日
vol.66, no.2, pp.172-183, 2017

アンケート調査は,洪水時における避難所での保健衛生への意識と行動,医療,健康状況などを知る目的に,タイ国コンケン地方の3つの村,計393人を対象に実施した.聞き取りは2014年に行い,回答は過去5年間の集計である.集計,解析の結果,健康に対して,村人のほとんどは医療保険に加入し,また,健康増進に心がけていた.洪水の期間には水虫,足白癬,結膜炎,低い割合での下痢症がみられ,レプトスピラ症は2件報告された.村人は伝統医療を重んじる傾向があるが,避難所には医師と看護師が巡回しており,医薬品も常備されていた.このような状況から重病患者はみられていない.<br>認識や考え方,実践を含む保健行動において,村人は一般に衛生に対して高い知識をもっていると考えられる.一方,死んだ動物の処分、下痢症の予防や眼病への備えのような概念については正しい知識を有しておらず,村人は病気に罹患する原因,知識の修得が必要である.<br>避難所における飲料水は,ボトルドウォーター,雨水,村落ごとにある小規模水道の水道水である.この水道水は高い割合で大腸菌群数(TCB)や糞便性大腸菌(FCB)が混入しており,残留塩素も検出されていない.TCBやFCBが検出されることは,腸内病原微生物の汚染を意味する.したがって,水源河川の汚濁の低減化に努めるとともに,村人は水道水の汚染問題を深刻に受け止める必要がある.さらに,洪水の水は食器類の洗浄,洗濯に使われており,衛生状況は劣悪である.<br>結論として,洪水期間中では,一般的な洪水時にみられる疾病を加味しても村人の健康状態は概ね良好であった.しかし,村落の小規模水道の浄化方法の徹底とともに,今後,衛生に関する知識と生活習慣の改善を求めていく必要性があることがアンケート調査から明らかになった
著者
渡辺 賢治
出版者
国立保健医療科学院
雑誌
保健医療科学 (ISSN:13476459)
巻号頁・発行日
vol.67, no.5, pp.471-479, 2018

<p><b>目的</b>:ICD-11に東洋医学分類が組み入れられるに至った背景,開発の経緯を概説し,その意義,課題,ならびに今後の展望につき解説する.</p><p><b>伝統医学分類の開発の経緯</b>:WHOにおける伝統医学分類の作成はWHO西太平洋地域事務局(WPRO)における伝統医学の標準化プロジェクトの一環として開始された.2008年まではWPROでの開発であったが,2009年からWHO本部としてのプロジェクトに移行し,2009年に世界中の伝統医学の代表が一同に介する会議を経て,2010年に,伝統医学の中で,東洋医学をICDの中に入れようということで,開発をスタートさせた.2013年にはベータ版が完成し,22カ国の東洋医学の専門家と言語の専門家142名によるピアレビューと,日中韓英によるフィールドテストを経て2018年 6 月にリリースされたICD-11の第26章として位置づけられた.</p><p><b>伝統医学分類の開発の意義</b>:1900年からのICDの歴史の中で,伝統医学がその中に入ったのは初めてである.その意味において,前WHO事務局長のマーガレット・チャン氏が歴史的といったのは必ずしも大げさなことではないであろう.</p><p>その一方で,西洋医学の分類に遅れること118年で,ようやく診断の体系が国際化されたに過ぎない.ICD-11に入ったことは,WHOが伝統医学の効果や安全性を認めたことではない.むしろ,有効性安全性を検証するための国際的なツールができたに過ぎない.よってこの伝統医学の章を用いてこれから説得力のあるデータを取っていくことが求められているのである.</p><p><b>伝統医学分類の今後の展望</b>:伝統医学の章の開発は日中韓を核とした国際チームによって成し遂げられた.今後は維持・普及のフェーズとなる.また,鍼灸などの介入に関してはICHIの中で位置づけられていく計画である.こうした活動の中心になる母体組織として,2018年,WHO-FICの中に伝統医学分類委員会が設置された.今後新たな伝統医学の開発も視野にいれて活動を行っている.活動の大きな柱の一つは普及である.東洋医学はアジア,オーストラリア,ニュージーランド,欧米はもちろんのこと,コロンビア,ブラジルなどの南米諸国,ロシアなどでも盛んに行われている.今後は東洋医学を行うすべての国において,伝統医学の保健統計が取得され,また,教育・研究などの分野で活用されることが期待される.</p><p><b>結論</b>:ICDの歴史の中で初めて伝統医学の章が入り,伝統医学保健統計の国際基盤ができた.今後伝統医学の統計・教育・研究の分野で活用されることが期待される.</p>
著者
森 桂 及川 恵美子 阿部 幸喜 中山 佳保里
出版者
国立保健医療科学院
雑誌
保健医療科学 (ISSN:13476459)
巻号頁・発行日
vol.67, no.5, pp.434-442, 2018-12-28 (Released:2019-02-16)
参考文献数
10

「疾病及び関連保健問題の国際統計分類:International Statistical Classification of Diseases and Related Health Problems(以下「ICD」と略)」とは,異なる国や地域から,異なる時点で集計された死亡や疾病のデータの体系的な記録,分析,解釈及び比較を行うため,世界保健機関憲章に基づき,世界保健機関(WHO)が作成した分類であり,WHO国際分類ファミリーにおける「中心分類」の一つである.ICDは1900年(明治33年)に国際会議で初めて採択され,当初は死亡統計の分類として使用されていたが,時代のニーズに応えて疾病統計等へ視野を拡大して改訂を重ねてきた.我が国でも1900年からICDを採用し運用を行っており,現在では,ICD-10(2013年版)に準拠した「疾病,傷害及び死因の統計分類」を作成し,統計法に基づく統計基準として告示改正を行い,2016年より人口動態統計や患者調査等の公的統計に使用しているほか,医療機関における診療録の管理等に活用されている.厚生労働省では有識者による審議会を設置して,ICDの国内適用や専門分野の議論を行うとともに,国立保健医療科学院,日本病院会日本診療情報管理学会, 日本東洋医学サミット会議等とともに 8 機関で構成されるWHO国際統計分類協力センターとして指定を受け,多くの専門家とともにWHO関連会議に参加してきた.こうした中,ICD-10改訂から約30年経ち,時代が要請する様々なニーズに応えていくため,2007年からICD-11の開発が開始された.改訂作業には日本病院会による財政的支援とともに,多くの日本の医学の専門家,団体も積極的に議論に参加し,多大な貢献をしてきた.2016年に東京で開催されたICD-11改訂会議において加盟国レビュー用のICD-11案が公表,多くの診療情報管理士の協力も得ながらフィールドテストを進め,2018年 6 月のICD-11公表を迎えた.この公表を受けて,加盟国は自国の適用へ向けた準備を開始することを期待されており,2019年 5 月世界保健総会へ提出される予定となっている.世界的に高齢化が進み,特に我が国では多死社会を迎えようとする中,持続可能な保健医療システムを構築し,効果的な対応を図っていくことが重要である.そのために統計や情報基盤の整備と活用が一層求められており,ICDはその一助として役割を果たすことが期待されている.2018年 8 月審議会において,我が国におけるICD-11の公的統計への適用に向けた本格的な議論を開始したところであり,今後,速やかな適用に向けて,法制度上の取り扱いや利用環境等,関係者と連携しながら具体的な検証や整備を進める予定である.
著者
森木 大輔
出版者
国立保健医療科学院
雑誌
保健医療科学 (ISSN:13476459)
巻号頁・発行日
vol.69, no.4, pp.373-377, 2020-10-30 (Released:2020-11-11)

「障がい児者や介護を必要とする高齢者などの定期的な歯科検診や歯科医療サービスを受けることが困難な者に対する取組」は,宮崎県では平成30年に策定した「第 2 期宮崎県歯科保健推進計画」の中では「支援が必要な方への歯科保健医療の推進」に位置づけている.ターゲットへのアプローチが難しく,どのような事業が効果的かは手探り状態であるが,国の補助金等も活用しながら,障がい児者,要介護者等に対し,現状把握や指導者養成,モデル事業,啓発などを実施している.今後も現状把握や評価,関係機関との連携強化などの取組を続けていきたい.
著者
戸次 加奈江 稲葉 洋平 内山 茂久 欅田 尚樹
出版者
国立保健医療科学院
雑誌
保健医療科学 = Journal of the National Institute of Public Health (ISSN:13476459)
巻号頁・発行日
vol.64, no.5, pp.460-468, 2015-10

2005年,世界保健機関(WHO)はたばこの規制に関する世界保健機関枠組条約(WHO Framework Convention on Tobacco Control; WHO FCTC)を発効し,本条約により締約国は,たばこ消費の削減に向けた広告・販売への規制や密輸対策をはじめ,たばこによる健康被害防止のためのヘルスコミュニケーションの実施が要求されている.「第11条:たばこ製品の包装及びラベル」では,締約国に対して,喫煙を主な要因とする疾病の警告表示の義務付けや,各国でのたばこ政策の実施へ向けた国内法制定のための実践的な支援対策としてMPOWER政策が提示されている.こうしたFCTCの発効により,各国でのたばこ対策は飛躍的に進められ,2010年には,画像警告ラベルの表示を実施する国が34ヶ国であったのに対し,2015年には77 ヶ国までにも増加し,その他,禁煙者の増加を目的に実施される,包装上に禁煙電話相談サービス(クイットライン)の連絡先を表示する対策や,たばこ製品特有の色使い・画像・マークなどの使用が禁じられた「プレーンパッケージ」の導入により,オーストラリアでは喫煙率が2010年から2013年の間に15.1%から12.8%に減少するなど,たばこ対策の実施による着実な効果が伺える.一方,日本国内の喫煙率は,今現在も他の先進国と比較して非常に高い水準にあり,喫煙による有害性が社会的にも広く認識されているアメリカやカナダ等の先進国と比較すると大きな差が生じている.また,日本国内では,FCTCに対応すべく「たばこ事業法施行規則」による警告表示,規制が定められているものの,それらはFCTCで求められる最低限の条件を満たすのみである.この様に,他国と比べてもFTCT第11条に関連した日本国内のたばこ対策は大きな遅れを取っている状況にある.これらのことから,今後,わが国のFCTCに基づいたたばこ対策による喫煙率低下へ向けた効果,また社会的影響等について国際的なたばこ対策の動向を踏まえた総合的な見直しを行い,将来的なたばこ対策全体の方向性を示す必要がある.
著者
白岩 健
出版者
国立保健医療科学院
雑誌
保健医療科学 (ISSN:13476459)
巻号頁・発行日
vol.66, no.1, pp.29-33, 2017 (Released:2017-06-27)
参考文献数
5
被引用文献数
1

多くの先進諸国では医療技術の発展等にともなう医療費増加が社会的課題となっている.そのような状況の中で,限られた医療資源をより効率的に配分するため,費用効果分析が意思決定にも活用されるようになってきた.多くの国ではこのような医療経済性も含んだ医療技術評価(HTA)を専門的に実施する研究機関が存在する.特に費用効果分析を医薬品や医療機器に関する意思決定に活用している国々では,このようなHTA機関が意思決定に関与しており,日本でも体制の整備が必要である.医療経済評価で使用するデータは主に(i) 臨床的な有効性・安全性,長期的な予後・病態の推移,(ii)QOL値,(iii) 費用の3 種類がある.QOL値や費用データについては,医療経済評価を実施する目的のために必要なものであり,また,QOL値や費用データは可能ならば国内データを用いることが望ましく,特に費用は海外データの外挿が困難である.よって,医療経済評価を意思決定に活用できるよう実装するためには,これらのデータを利用できるような研究の蓄積やデータベースの構築などが重要である.
著者
白髭 豊
出版者
国立保健医療科学院
雑誌
保健医療科学 (ISSN:13476459)
巻号頁・発行日
vol.65, no.4, pp.401-407, 2016 (Released:2017-11-06)
参考文献数
3
被引用文献数
2

長崎在宅Dr.ネットを中心とした口腔機能の維持・向上,栄養改善に関する多職種連携を紹介する.2003年に発足したDr.ネットは,都市部の診療所連携を推進して医師の負担感の軽減を図る一方,多職種間で様々な連携を行なってきた.結成当初より独自の管理栄養士派遣システムを作り, 2 名の管理栄養士が複数の診療所において外来および訪問栄養指導を実践した.Dr.ネットと管理栄養士の連携を普遍化した形で,長崎県栄養士会は2004年10月『ながさき栄養ケアステーション』を組織し,栄養士を診療所,病院,医師会などの依頼により斡旋・派遣するシステムとなった.また,在宅でできる簡単なレシピ集作りを行なうとともに2005年10月には胃ろうに関する研修会を実施し,知識・技術の普及に努め,2012年には,「在宅における胃ろう管理の手引き」を作成し,地域の関係職種が力を合わせて,病院,在宅でバラバラだった指導方法等をまとめた.Dr.ネット医師と歯科医師,歯科衛生士,栄養士とが緊密な連携を行ない,口腔機能の維持・向上に取り組んだ. これらの活動によって,管理栄養士が在宅で利用者家族とともに調理し,誤嚥性肺炎の再発予防に寄与するとともに,介護者の自信と安心につながった.在宅でできる簡単なレシピ集も高齢者の栄養改善に役立った.また,胃ろうに関する研修会によって,経験のなかった医師でも在宅で胃ろう交換・管理が困難なく出来るようになり,胃ろう管理の手引きとともに一般医のレベルアップへつながる取り組みとなった. 嚥下能力の低下により体重・食事量が減少している特養入所中の要介護高齢者に対しては,歯科医の指示のもとに歯科衛生士が介護職員に指導して咀嚼訓練を行った結果,口唇などの口腔周囲筋力や摂食嚥下状態が改善し,食事摂取量と体重の増加が認められた.また,脳梗塞の後遺症で経口摂取が顕著に減少した要介護高齢者に対しては,耳鼻科医の嚥下評価の後に実施した栄養士による嚥下食指導,歯科医による入れ歯の調整,歯科衛生士による口腔ケアの定期導入により食欲や咀嚼が改善し,胃ろう導入を回避できた.このように医師,歯科医師,歯科衛生士,栄養士などの多職種連携を有機的に展開することで,口腔機能の維持・向上,栄養改善で着実な成果が得られた.
著者
中溝 知樹
出版者
国立保健医療科学院
雑誌
保健医療科学 (ISSN:13476459)
巻号頁・発行日
vol.61, pp.488-489, 2012-10

Although the SIR model is useful for describing the pandemics of influenza, it is inappropriate for describing the epidemics of seasonal influenza, in which several subtypes circulate concurrently. Therefore, we aimed to build a mathematical model that describes the epidemics of seasonal influenza. We extended the conventional SIR model by dividing the population in terms of the three subtypes of influenza: type A H1N1, type A H3N2, and type B. In addition, we incorporated the viral interference and time-lags of the onset among the subtypes. In this way, we built a model that can predict the concurrent epidemics of the subtypes by numerical calculation using surveillance data at the initial phase of the seasons. We applied the model to the epidemics of seasonal influenza in Japan from 2002 through 2008. Assuming moderate viral interference, the model predicted the real epidemics reasonably. Because the model is able to predict the epidemic at the initial phase of a season, it may be valuable in public health.
著者
児玉 知子 冨田 奈穂子
出版者
国立保健医療科学院
雑誌
保健医療科学 (ISSN:13476459)
巻号頁・発行日
vol.60, no.2, pp.105-111, 2011-04

近年,希少性ゆえに治療や医薬品開発が進まない難病疾患領域において,国際的なネットワークを構築することで病態把握や医薬品開発を促進しようとする動きが高まっている.欧州では1999年以降,EU加盟国各国政府共同の希少疾患対策が進められており,特にオーファネットOrphanetを中心とした疾患・研究情報の一元化が注目される.米国では欧州や開発国を含めた世界市場をターゲットとした研究戦略が展開されており,今後は我が国の研究開発においても世界的な動きを視野に入れた中長期的プランが必要と考えられる.また,患者が組織化されにくい希少疾患においては,多くの希少疾患患者を統括した巨大組織が形成され,患者権利の保護や治験に係る有害事象情報公開等のあり方について,行政,医療提供者,研究者らのパートナーとして重要な役割を担いつつある.この気運により,これまで不可能とされてきた難病の本格的治療に光明がさすことが期待される.