著者
大橋 春香
出版者
日本哺乳類学会
雑誌
哺乳類科学 (ISSN:0385437X)
巻号頁・発行日
vol.61, no.2, pp.285-294, 2021 (Released:2021-08-26)
参考文献数
77
被引用文献数
1

近年,日本国内では,一部の野生動物の分布域が急激に拡大し,農作物への被害や人身被害が発生するなど,人間活動との軋轢が問題となっている.本稿では,特に人間活動との軋轢が日本各地で問題となっているイノシシSus scrofaの人里周辺での生息地利用様式を,筆者らが栃木県南西部の2地域において実施した痕跡調査と自動撮影カメラ調査の結果に基づき,「採餌」と「危機回避」という2つの観点から概説する.
著者
福江 佑子 南 正人 竹下 毅
出版者
日本哺乳類学会
雑誌
哺乳類科学 (ISSN:0385437X)
巻号頁・発行日
vol.60, no.2, pp.359-366, 2020 (Released:2020-08-04)
参考文献数
21
被引用文献数
4

近年,錯誤捕獲への懸念が示されてきたが,鳥獣保護管理法ではその報告義務がなく,行政による捕獲従事者の管理もないため実態は不明である.鳥獣行政体制を刷新し,捕獲情報を詳細に把握し始めた小諸市では,中型食肉目の錯誤捕獲が総捕獲数の29.8~53.0%を占め,殺処分につながっていた.4年間の錯誤捕獲842頭のうち,中型食肉目は608頭(72.2%)で,そのほとんどがくくりわなによるもので,殺処分されていた(551頭,90.6%).また,くくりわなによる個体の損傷も大きかった.狩猟鳥獣となっている中型哺乳類は有害捕獲の許可を得ていればくくりわなで捕獲し殺処分しても違法とならないこと,殺処分する方が作業者にとって安全で報奨金が得られる場合があることが,錯誤捕獲個体の殺処分につながっている.錯誤捕獲の実態を明らかにし,捕獲方法,生態系,個体への影響について,科学的側面,倫理的側面から議論する必要がある.
著者
遠藤 優 小沼 仁美 増田 隆一
出版者
日本哺乳類学会
雑誌
哺乳類科学 (ISSN:0385437X)
巻号頁・発行日
vol.63, no.2, pp.219-224, 2023 (Released:2023-08-03)
参考文献数
39

本州と四国に生息するハクビシンPaguma larvataは,先行研究のDNA分析の結果から,台湾から持ち込まれた外来種と考えられているが,日本国内における分布拡大の経緯は未だ不明瞭な点もある.2016年以降に生息が確認されるようになった島根県のハクビシンを対象に,ミトコンドリアDNAのチトクロムb遺伝子領域と制御領域を合わせた1,663 bpを解析したところ,すべての個体から同一のハプロタイプが検出され,既報の四国のハプロタイプと一塩基違いである新規のハプロタイプであった.現時点で,島根県のハクビシンの分布拡大経路特定は難しいものの,今後関西地方以西の本州に生息する個体の遺伝情報を蓄積することで,本種の当該地域における分布拡大経路を解明することが期待される.
著者
金森 弘樹 田中 浩 田戸 裕之 藤井 猛 澤田 誠吾 黒崎 敏文 大井 徹
出版者
日本哺乳類学会
雑誌
哺乳類科学 (ISSN:0385437X)
巻号頁・発行日
vol.48, no.1, pp.57-64, 2008 (Released:2008-07-16)
参考文献数
7
被引用文献数
10

西中国地域のツキノワグマUrsus thibetanusの「特定鳥獣保護管理計画」は,第一期(2003~2006年度)と第二期(2007~2011年度)とも,広島県,島根県および山口県の三県で共通の指針の下に策定された.生息頭数調査は,個体の捕獲による標識再捕獲法を用いて2回実施され,1999年当時は約480頭,また2005年当時は約520頭と推定された.有害捕獲は1960年代から始まったが,2000年代に入ると年平均100頭以上へと急増した.とくに,大量出没した2004年には239頭,2006年には205頭にも達した.1996~1999年に比べて2000~2006年は,高齢個体も多数捕獲される傾向にあったが,捕獲個体の性比には変化はなかった.三県の放獣率や除去頭数の差は,地域によって異なったが,これは地域住民や行政の意識の違いに起因すると考えられた.放獣個体の再捕獲率は低かったが,学習放獣による奥地への定着や被害の再発防止効果は十分に検証できなかった.今後は,個体群のモニタリングの継続,錯誤捕獲の減少,地域住民への普及啓発の努力などがいっそう必要である.
著者
江村 正一 奥村 年彦 陳 華岳
出版者
日本哺乳類学会
雑誌
哺乳類科学 (ISSN:0385437X)
巻号頁・発行日
vol.49, no.1, pp.37-43, 2009 (Released:2009-07-16)
参考文献数
41

レッサーパンダの舌表面を肉眼にて観察し,さらに舌乳頭およびその結合織芯を走査型電子顕微鏡で観察した.肉眼所見では,舌の先端は円く弓状を呈し,舌正中溝および舌隆起は観察されなかった.茸状乳頭は舌体に比し舌尖において密に存在した.有郭乳頭は,舌体後部において円形を呈し,V字形に並んで左右それぞれ5個観察された.葉状乳頭は観察されなかった.走査型電子顕微鏡により舌尖および舌体の糸状乳頭を観察すると,シャベル状の主乳頭とその左右から突き出た数本の針状の二次乳頭からなった.糸状乳頭の結合織芯の形態は,基部から多くの小突起がでる構造として観察され,舌尖と舌体とで異なった.すなわち,舌尖の結合織芯は舌体のやや小型であり,舌尖の中でも外側の方が内側より細く針状構造を呈した.茸状乳頭はそれら糸状乳頭の間にドーム状構造として散見され,舌体より舌尖に多かった.茸状乳頭の結合織芯は,円柱状を呈しその頂上には陥凹が存在した.有郭乳頭の表面は平坦で,乳頭は輪状郭により取り囲まれ,乳頭と輪状郭の間に輪状溝が存在した.有郭乳頭の結合織芯は,球状で表面には多数の突起が存在した.有郭乳頭の外側には,大型の円錐乳頭が見られるとともに多数の分泌腺の開口部が観察された.このような開口部は上皮を剥離するとより顕著となった.
著者
平田 逸俊 下稲葉 さやか 川田 伸一郎
出版者
日本哺乳類学会
雑誌
哺乳類科学 (ISSN:0385437X)
巻号頁・発行日
vol.57, no.1, pp.111-118, 2017 (Released:2017-07-11)
参考文献数
27
被引用文献数
2

所在不明とされていたコウライムササビ(Petaurista leucogenys hintoni)とコウライキテン(Martes melampus coreensis)の標本が英国自然史博物館において見つかった.標本の特徴及び付属するラベルを記載論文と比較検討した結果,これらの標本は,記載論文の著者の一人である森 為三が教授をしていた京城第一高等学校に保存されていたコウライムササビの模式標本とコウライキテンの原記載に用いられた参考標本であることが分かった.
著者
佐々木 翔哉 大澤 剛士
出版者
日本哺乳類学会
雑誌
哺乳類科学 (ISSN:0385437X)
巻号頁・発行日
vol.63, no.1, pp.69-85, 2023 (Released:2023-02-09)
参考文献数
52

タヌキNyctereutes procyonoidesは生息環境に応じて食性を柔軟に変えると考えられているが,その変化について,生息地内外における景観要素の構成との関係という観点から広域的に検討した例はほとんどみられない.そこで本研究は,周辺の人工景観の面積や割合に傾度がある東京都の7つの都市公園において約1年間にわたり採集したタヌキの糞分析を行い,人工景観と食性の関係およびその季節変動を検討した.その結果,公園内外の人工景観,特に公園外の人工景観が増加するほどタヌキは餌として人工物を利用する傾向が見いだされた.同時に,公園外の人工景観が多い都市公園では,季節に関わらず人工物を安定的に利用する傾向も確認された.これらの結果から,タヌキは生息地となる公園内外の人工景観で人工的な餌資源を調達しており,その利用状況は人工景観の傾度によって変化すると考えられた.都市化が進むことで,タヌキが利用する主要な餌資源は今後ますます変化していく可能性がある.
著者
角井 建 原田 正史 野津 大 三橋 れい子 鈴木 仁
出版者
日本哺乳類学会
雑誌
哺乳類科学 (ISSN:0385437X)
巻号頁・発行日
vol.63, no.1, pp.63-68, 2023 (Released:2023-02-09)
参考文献数
27

隠岐諸島島後で2021年11月におこなわれたモグラ類の採集調査によって,アズマモグラMogera imaizumiiの雄と雌が1個体ずつ捕獲された.隠岐諸島で本種が確認されたのは本報告が初めてであり,西日本における新たなアズマモグラの遺存個体群の存在が明らかとなった.
著者
江口 勇也 佐久間 幹大 遠藤 優 坂西 梓里 鈴木 良実 千々岩 哲 嶌本 樹 片平 浩孝
出版者
日本哺乳類学会
雑誌
哺乳類科学 (ISSN:0385437X)
巻号頁・発行日
vol.63, no.1, pp.53-62, 2023 (Released:2023-02-09)
参考文献数
57

静岡県浜松市では1980年以降に外来リス類が野生化し,市街地から郊外へと分布拡大が続いている.過去に実施されたミトコンドリアDNA D-loop領域を対象とする集団遺伝解析では,クリハラリスCallosciurus erythraeusに加えフィンレイソンリスCallosciurus finlaysoniiの混在が報告されているが,調査範囲は市街地の一部に限られており,分布拡大以降の実態は未詳であった.そこで本研究では,これら2種の分布について広域的に再検討することを目的に,2019年から2021年の間に市内で駆除された266頭を用いて,同領域を対象にハプロタイプの組成および分布を調べた.解析の結果,クリハラリスの体色パターンが見られた一方で,同種由来のミトコンドリアDNAを持つ個体は存在しておらず,フィンレイソンリス由来のハプロタイプ2型の優占が明らかとなった.市内におけるハプロタイプの分布については,幹線道路などの人工物の有無や植生との明瞭な関係は見られず,個体の移動分散が広く生じていることが示唆された.
著者
宮本 慧祐 永野 有希子 松林 尚志
出版者
日本哺乳類学会
雑誌
哺乳類科学 (ISSN:0385437X)
巻号頁・発行日
vol.63, no.1, pp.43-52, 2023 (Released:2023-02-09)
参考文献数
38

都市近郊に生息するタヌキ(Nyctereutes procyonoides)は,繁殖および休息場としての樹林地,それに隣接する採食場としての農地が重要であると報告されている.しかし,特に農地への選好性は住民へのアンケートや聞き取り調査を基に広域スケールで環境選択性を検証した調査によるもので,実際にタヌキの行動追跡を行って検証した事例は十分ではない.そこで本研究では,農地を多く含む都市近郊の東京農業大学厚木キャンパス周辺を調査地として,タヌキ8個体についてラジオテレメトリーを行い,日周性および季節性を考慮して環境選択性を調べた.その結果,夜間には,農地である畑は全ての季節で,樹林地とタケ・ササ地は一部の季節で正の選択性が認められ,都市近郊に生息するタヌキにとって農地が重要な採食場所の一つであることが示唆された.また,日中の休息場に設置した自動撮影カメラによって,オス成獣の,ヘルパーの可能性がある個体が確認された.
著者
福島 良樹 原科 幸爾 西 千秋
出版者
日本哺乳類学会
雑誌
哺乳類科学 (ISSN:0385437X)
巻号頁・発行日
vol.63, no.1, pp.29-42, 2023 (Released:2023-02-09)
参考文献数
36

岩手県盛岡市の市街地2ヶ所においてGPS首輪を用いてハクビシン(Paguma larvata)5頭を対象とした追跡調査を実施し,行動圏と移動阻害要因に着目して都市部におけるハクビシンの生態を解明した.追跡個体はほぼ完全な夜行性であり,日中はねぐらに入っていた.追跡個体の行動圏面積は63.6~298.4 ha(100%MCP)で,農村部で実施された既往研究と同程度であり,2ヶ所の調査地のいずれにおいても各個体の行動圏は広い範囲で重複していた.また,道路と河川および線路が追跡個体の移動を阻害するバリアーとして機能していたが,道路は幅員が広く,車両の制限速度が高く,路面上が明るい場合のみバリアーとして機能していた.GPSデータが記録された場所の用途地域に着目したモンテカルロシミュレーションにより,追跡個体は商業地域を忌避していたことが判明した.追跡個体が商業地域を忌避していた明確な理由は不明であるが,ハクビシンの行動に影響を与える環境の違いを表現する1つの指標として用途地域を使用できる可能性が示唆された.
著者
安田 雅俊 堤 将太
出版者
日本哺乳類学会
雑誌
哺乳類科学 (ISSN:0385437X)
巻号頁・発行日
vol.62, no.2, pp.161-187, 2022 (Released:2022-08-10)
参考文献数
159

A literature survey on the use of lutai (fetal Sika deer, Cervus nippon) yielded 128 references in the literature (108 from Japan and 20 from mainland China and Taiwan). Lutai was first used as a medicine among some highly-ranked samurai in the early 17th century. In the early 19th century (late Edo period), lutai was believed to be an efficacious remedy for women with sickness following childbirth. In the late 19th century and the early 20th century (from the end of the Edo period to the Meiji-Taisho period), medical practices were widely published and the use of lutai became popular among ordinary Japanese people. In the mid-19th century (the early Meiji period), at least 27,000–40,000 pieces of lutai were produced in Hokkaido, mostly for domestic and international trade. Some lutai was also produced in Honshu, Shikoku, and Kyushu. The commercial value of lutai varied considerably among regions and over time. It is probable that targeted hunting of pregnant female deer prevailed in regions where lutai had a high commercial value, which could be a cause of the severe population decline of Sika deer in Japan during the Meiji-Taisho period.
著者
高槻 成紀 鈴木 和男
出版者
日本哺乳類学会
雑誌
哺乳類科学 (ISSN:0385437X)
巻号頁・発行日
vol.62, no.2, pp.133-139, 2022 (Released:2022-08-10)
参考文献数
25

In the temperate zones, mammalian body weight increases via fat deposition prior to the onset of winter. However, seasonal variations in the body weight of wild raccoon dogs (Nyctereutes procyonoides) have never been assessed. We assessed seasonal changes in raccoon dog body weight using 118 males and 77 females aged at least 1 year in Wakayama, western Japan. Mean body weight was lowest in May (3.4 kg) and peaked in November (4.1 kg), representing an increase of 21.2% from summer to autumn. This pattern of body weight change is likely to reflect caloric consumption and use throughout the year, given that raccoon dogs consume fruit to increase body fat in autumn, and then utilize their fat resources during winter.