著者
鵜飼 聡
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.22, no.3, pp.199-205, 2011 (Released:2017-02-16)
参考文献数
36
被引用文献数
1

これまでに多様な精神疾患・病態を対象に反復経頭蓋磁気刺激(rTMS)治療の臨床研究が報告されているが,その対象はうつ病に対するものが圧倒的に多く,その他,統合失調症の言語性幻聴と陽性・陰性症状,強迫性障害についてはメタ解析が報告されている。うつ病に対して,rTMS は,電気けいれん療法との比較では有効性・即効性の面で及ばないものの非侵襲的で忍容性が格段に高く,薬物との比較では遜色のないレベルの有益性があるとの報告もある。米国食品医薬品局は2008年にうつ病に対して適応に厳しい条件を付けたうえでrTMSを認可しており,今後の症例数の増加,臨床研究の発展が期待される。統合失調症の幻聴に対しては比較的良好な成績が示されているが,陽性・陰性症状および強迫性障害に対しては有益性が示されていない。外傷後ストレス障害については複数の二重盲検試験が報告されているが,現状ではメタ解析が可能なレベルの報告はない。
著者
河上 緒
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.34, no.2, pp.53-57, 2023 (Released:2023-06-25)
参考文献数
12

変性疾患脳における精神症候と病変局在を検討した神経病理研究は,精神疾患における病態を考えるうえで意義深い。アルツハイマー病(Alzheimer’s disease:AD)やレビー小体型認知症(dementia with Lewy bodies:DLB)などの認知症疾患は,病理学的にタウやα‐synucleinなどの変性タンパクが蓄積することが知られているが,病初期においてうつや幻覚妄想などの精神症候を伴いやすく,精神症候の責任病巣として辺縁系領域や前頭葉皮質に着目した報告が多い。AD同様,タウタンパクを病因とする神経原線維変化型老年期認知症では,老年期精神障害を呈する一群の存在が知られ,側坐核を含む辺縁系領域の高度タウ病変と精神症候との関連が示唆されている。さらに,DLBの抑うつを呈する群では,精神症状を欠く群と比べて側坐核や関連投射路において高度にα‐synuclein病変が多いとする報告など,mesolimbic dopaminergic pathwayと精神症状との関連を示唆する報告が相次いでいる。本稿は,わが国の精神科神経病理研究の礎となってきた松沢・医学研ブレインバンクにて,筆者らが進めてきた老年期認知症疾患における臨床病理学的研究の成果に触れ,最近筆者らが取り組んでいる神経回路に着目した精神神経疾患の病理学的探索研究について紹介する構成とした。
著者
水谷 隆太 Maree J Webster
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.34, no.2, pp.63-67, 2023 (Released:2023-06-25)
参考文献数
8

筆者らは,放射光ナノCT法・マイクロCT法を用いて,ヒト脳組織の三次元解析を進めている。放射光は荷電粒子を加速して得られる光であり,強いX線源として用いられる。そのような高輝度のX線を用いてCTスキャンを行うことで,通常の1万倍の分解能が達成できる。これを統合失調症死後脳に適用したところ,神経突起の三次元構造の変化や,構造と幻聴スコアの相関が見いだされた。これは,統合失調症が神経細胞の変化を伴う精神障害であることを示している。このような精神障害の病態生理学の解明には,ヒト脳組織の研究が必須であり,ブレインバンクの重要性は今後さらに高まると思われる。そこで後半では,統合失調症や双極性障害で米国有数のブレインバンクとして知られるStanley研究所について,その成り立ちや運用を紹介する。また,米国でのブレインバンク事情を概観し,国家的リソースとしてのブレインバンクの連携などについて解説する。
著者
天間 雄祐 小尾(永田) 紀翔 林(高木) 朗子
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.30, no.3, pp.94-99, 2019 (Released:2019-12-28)
参考文献数
23

昨今の脳神経科学の発展は著しく,脳の作動原理を次々に明らかにしてきたものの,統合失調症の病態生理は未解明な部分が多く,したがって病態生理に立脚した根治薬は存在しない。しかしながら,人類遺伝学をはじめとするさまざまなヒト由来サンプルや所見より,グルタミン酸作動性シナプスの異常が統合失調症の病態生理として示唆されている。そこで本稿では,精神疾患関連遺伝子のモデル動物を切り口に,モデル動物だからこそ可能となる操作的・侵襲的実験手法を用いた実験で,どのようなシナプスパソロジーが明らかにされているかについて述べる。最後に,われわれが開発したシナプスを時空間的に直接光操作することができるシナプスプローブを紹介する。このように最先端の技術を駆使した仮説検証を繰り返すことにより,精神疾患の解明を目指すわれわれの戦略について述べる。
著者
工藤 佳久
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.28, no.2, pp.58-63, 2017 (Released:2019-01-19)
参考文献数
15

ヒトの脳におけるアストロサイトの数はニューロンより多い。発見以来長い間この細胞は血液脳関門としての機能や神経伝達物質の取り込み,ニューロンへのグルコースの供給などニューロン活動の支持役として機能しているのだと考えられてきた。電気活性の欠如のために情報処理装置としての脳機能への関与は低いと判断されてきたのだ。ところが,20 世紀末になって,アストロサイトが様々な神経伝達物質に細胞内Ca²⁺濃度上昇の形で応答するダイナミックな細胞であることが判明した。また,ニューロンが放出するほとんど神経伝達物質に対する受容体をG-タンパク質共役型の形で発現し,アストロサイト自身もグルタミン酸,ATP およびD-セリンなどのグリオトランスミッターを遊離することが明らかになった。現在では,アストロサイトはニューロン間のシナプスに組み込まれたトライパータイトシナプスとして機能し,高次機能の発現に関与する可能性が高いと考えられるようになっている。
著者
山末 英典
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.33, no.2, pp.63-66, 2022 (Released:2022-06-25)
参考文献数
14

オキシトシンによって自閉スペクトラム症の中核症状が治療できるようになることが期待されている。しかし,単回投与ではこれまで一貫して改善効果が認められる一方,反復投与では報告が一貫しなかった。その理由として,オキシトシンを反復投与すると効果が変化することが疑われたが,自閉スペクトラム症の症状を繰り返して評価できるような客観的な方法がなく,この疑問を確かめることができなかった。筆者らの最近の研究では,対人場面に現れる表情を定量的に解析して評価項目とし,自閉スペクトラム症に関連した表情の特徴がオキシトシンの投与で改善されることについて再現性をもって示すことに成功した。さらにこの改善効果は時間とともに変化することを示し,この経時変化の脳内・分子メカニズムに関する知見とともに,オキシトシンによる自閉スペクトラム症の治療が最適化され開発が進むことが期待されている。本稿ではこの研究成果について概説した。
著者
柳田 悠太朗 仲地 ゆたか 文東 美紀 岩本 和也
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.34, no.1, pp.2-6, 2023 (Released:2023-03-25)
参考文献数
13

DNAメチル化やヒストンタンパク質の修飾など,エピジェネティックな状態には遺伝環境相互作用が反映されており,精神疾患の病因・病態の理解のためにきわめて重要であると考えられている。セロトニントランスポーターは繰り返し配列の多型領域とDNAメチル化による転写制御を受けることから,遺伝環境相互作用研究のためのよいモデルであると考えられる。本稿では,高齢者コホート検体を利用し,正常加齢に伴う認知機能の低下や抑うつ傾向について検討した筆者らのセロトニントランスポーターでの研究例を紹介する。研究の背景と共に,臨床所見とMRI画像による脳体積およびジェノタイピングデータやDNAメチル化状態を統合することで明らかになりつつある結果を紹介し,現状の課題と今後の展望を述べる。
著者
小坂 浩隆 田邊 宏樹 守田 知代 岡本 悠子 齋藤 大輔 石飛 信 棟居 俊夫 和田 有司 定藤 規弘
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.23, no.4, pp.255-261, 2012 (Released:2017-02-16)
参考文献数
21

自閉症スペクトラム障害(ASD)の中核症状である社会性障害の脳基盤を解明するために,青年期の高機能ASD群に対して,共同研究機関とともに行ってきたfMRI研究を一部紹介する。自己顔認知課題においては,ASD群は自己顔認知処理がなされる後部帯状回の機能低下と情動処理に関わる右島の賦活異常を認め,認知と情動的評価に解離がみられた。相互模倣課題においては,自己動作実行と他者動作観察の同一性効果を求め,ASD群は左側の extrastriate body area の賦活が不十分で,症状重症度と逆相関を認めた。アイコンタクト・共同注視課題における2 台 MR同時測定(Dual-fMRI)においては,ASD群は視覚野の賦活低下を認めたほか,定型発達者ペアで認められた意図の共有を示す右下前頭葉活動の同調性が認められなかった。これらの脳領域が,ASD の social brain markerになる可能性があると考えられた。
著者
酒井 雄希
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.24, no.2, pp.101-105, 2013 (Released:2017-02-16)
参考文献数
17

小さな即時報酬と大きな遅延報酬の選択(異時点間の選択問題)において,前者を過度に頻繁に選ぶ「衝動的選択」は衝動性をとらえる指標の1つとされ,前頭葉や線条体といった脳領域の障害やセロトニン機能低下で引き起こされることが知られている。近年,計算モデルを用いた機能的MRI解析によって,線条体・島皮質において,腹側が衝動的な短期報酬予測に関与し背側が長期報酬予測に関与すること,セロトニン濃度が低いときは短期報酬予測に関連した腹側の活動が優位となることが明らかとなり,衝動的選択の神経基盤として注目されてきた。 一方で,様々な精神疾患において前頭葉─線条体回路の障害・セロトニン機能障害の関与を示唆する知見が集積してきているが,その包括的理解は進んでいない。本稿ではセロトニン機能障害を背景とした前頭葉─線条体回路の機能変化と衝動的行動選択といった観点から,様々な精神疾患の理解が深まる可能性を示す。
著者
那波 宏之 村山 正宜
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.30, no.4, pp.147-151, 2019 (Released:2020-03-30)
参考文献数
20

近年,ヒトの知覚認知機能が単純に感覚受容器の信号(ボトムアップ情報)だけを基に発現しているのではなく,記憶,経験,情動の脳内信号(トップダウン情報)によって修正,介入されていることが脳科学領域で重要視されるようになっている。本来,このトップダウン情報は記憶や状況判断より形成され,その予測される情報を感覚受容野に提供することで,より正確に認知することを目的にするのである。しかし実際の感覚受容器からの信号が制限されたり,過度な注意や薬物などによりトップダウン情報が介入しすぎると,予測情報そのものが間違って実感覚として認知される,つまり錯覚や幻覚となる可能性がある。ドパミンはそのトップダウン情報を担う前頭前野の活動を高め,セロトニンは脳全体の情報連合性を亢進させるので,覚せい剤などの薬物が,錯覚・幻覚を誘発する事実とも矛盾しない。ここではトップダウン障害仮説と統合失調症の幻聴・錯聴との関連性について考察を加える。
著者
衣斐 督和
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.29, no.4, pp.173-176, 2018 (Released:2019-11-01)
参考文献数
9

精神疾患の発症および進展には,遺伝的要因と環境要因による分子異常がかかわることから,その病態解明は非常に困難である。近年,精神疾患の病態への活性酸素種(ROS)の関与が示唆されているが,その産生源および標的分子とその制御機構は明らかとなっていない。本稿では,うつ様行動発現におけるROS産生酵素NOX1/NADPHオキシダーゼの役割を検証した。その結果,社会敗北ストレスの曝露またはコルチコステロン(CORT)の慢性投与により引き起こされるうつ様行動がNox1遺伝子欠損マウス(Nox1-KO)で減弱した。NOX1がかかわるうつ様行動発現には中脳皮質神経回路がかかわることを見いだした。さらに,NOX1由来ROSの標的分子がNMDA受容体サブユニットNR1であり,NR1の酸化修飾によるBDNF発現減少がうつ様行動の発現に寄与することが示唆された。
著者
堀 弘明
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.33, no.4, pp.148-154, 2022 (Released:2022-12-25)
参考文献数
17

ストレス社会ともいわれる現代社会において,過剰なストレスからうつ状態やうつ病を呈する者は多い。ストレスやうつ病に関連して生じる生物学的異常には種々のものが報告されており,とりわけストレス応答に重要な役割を担う生体システムである視床下部‐下垂体‐副腎(HPA)系および免疫炎症系の異常が鍵を握ると考えられている。しかし,うつ病におけるHPA系や炎症系の知見には不一致が存在し,病因・病態の解明には至っていない。 筆者らは,うつ病におけるストレスの関与を明らかにすることを目的として,HPA系と炎症系を標的とした検討,および末梢血RNAを用いたデータ駆動型のトランスクリプトーム解析を行ってきた。とりわけ幼少期逆境体験やパーソナリティ特性,概日リズムに着目した検討を行った。その結果,人生早期に始まる強度のストレスや長期・反復性のストレスによって心理的・身体的なストレス脆弱性が形成されることが,うつ病発症に至る重要な経路の一つである可能性が示唆された。
著者
出山 諭司 金田 勝幸
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.33, no.4, pp.178-182, 2022 (Released:2022-12-25)
参考文献数
24

「モノアミン仮説」に基づく既存の抗うつ薬は遅効性で,約3割のうつ病患者は治療抵抗性を示す。一方,NMDA受容体拮抗薬ケタミンは,治療抵抗性うつ病患者にも即効性かつ持続性の抗うつ作用を示すことから近年大きな注目を集めている。ケタミンの抗うつ作用には,内側前頭前野(mPFC)での脳由来神経栄養因子(BDNF)遊離を介した錐体ニューロンの可塑的変化が重要であることが知られている。筆者らは最近,mPFC錐体ニューロンにおける血管内皮増殖因子(VEGF)シグナルの亢進が,BDNFシグナルと同様にケタミンの抗うつ作用と,その基盤と考えられるケタミンによる錐体ニューロンの可塑的変化に重要であることを見いだした。さらに,mPFCにおけるBDNFシグナルとVEGFシグナルの相互作用が,ケタミン様の抗うつ作用発現に重要であることを発見した。本稿では,筆者らの最近の研究成果を中心にケタミンの抗うつ作用におけるBDNFおよびVEGFシグナルの役割について概説する。
著者
福島 順子
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.22, no.1, pp.21-27, 2011 (Released:2017-02-16)
参考文献数
13

自閉症スペクトラム障害(ASD)では非言語性対人的相互性の障害の基礎にある脳機能として表情認知の障害が注目されている。本研究は ASD における表情認知の特徴を明らかにする目的で,表情認知課題遂行中の大脳皮質活動を fMRI で調べた。ASD 群と定型発達者群各 13 名に,視覚刺激として happy(H),anger(A),sad(S),neutral(N)の 4 種類の表情からなる顔写真を用い,課題遂行中に撮像を行い SPM8 で解析した。MarsBar を用いて左右紡錘状回,左右ミラーニューロン(MN)領域,補足運動野,前部帯状回,左頭頂間溝,右島の 8 ヵ所の関心領域(ROI)を設定し,各表情の偏回帰係数を ROI 毎の ANOVA により検定し,ASD 群で AQ 値と各表情の偏回帰係数の相関を ROI 毎に求めた。ANOVA では右 MN 領域で群×表情の交互作用を認め,2 群間での有意差のあった領域は,右紡錘状回(H, S, N)と右 MN(A)であった。AQ 値と各表情の偏回帰係数では右 MN 領域においてH と N で有意な負の相関を示した。これらの結果は表情認知に際して ASD 者は定型発達者とは異なる皮質活動を右 MN 領域で行っていることを示唆し,表情に対する情報処理に違いがあることを示している。