著者
真田 建史
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.30, no.2, pp.50-54, 2019 (Released:2019-12-28)
参考文献数
11

近年,腸内細菌叢の遺伝子を網羅的に調べるメタゲノミクスの技術開発が進み,精神疾患における腸内細菌に関する研究にも関心が高まっている。しかしながら,うつ病患者における腸内細菌叢を調べた研究はまだ少ない。我が国においては,うつ病患者において2つの腸内細菌叢で健常者と比較して,有意な違いがあるという報告が1例あるのみである。それ故,うつ病における腸内細菌叢の構成に関して,さらなる研究が必要とされる。今回,我々はデータベースとしてMEDLINE,PubMed,EMBASE,PsycINFO,Cochrane libraryを用いて,系統的文献検索を行った。検索された文献から,最終的に9つの文献が組み込まれた。このうち,観察研究が6つ,介入研究が3つであった。本稿では,このシステマティックレビューを用いて,この領域の現状と課題,さらには我々の取り組みについて報告する。
著者
加藤 総夫
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.31, no.2, pp.62-64, 2020 (Released:2020-06-30)
参考文献数
16

痛みはなぜ苦しいのか? この問題に答えるためのさまざまな脳科学的なアプローチがこの15年ほどの間に進められてきた。急性痛や慢性痛に伴って活性化する脳部位は痛みネットワークを構成し,さまざまな活性化パターンや可塑性を示す。「痛み」の状態に応じて身体の反応性を制御することにより,行動を最適化して生存可能性を増加させることが痛み情動の機能である可能性を紹介する。
著者
茶木 茂之 Dario Doller Jeffrey Conn Andrzej Pilc
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.25, no.2, pp.65-68, 2014 (Released:2017-02-16)

近年,グルタミン酸神経機能異常が統合失調症およびうつ病の病因である可能性が示唆され,グルタミン酸神経系をターゲットとした創薬が注目されている。グルタミン酸受容体の中で,代謝型グルタミン酸(mGlu)受容体は,受容体サブタイプ選択的なリガンドを用いた薬理研究および受容体の脳内分布などから,統合失調症およびうつ病との関連が示唆されている。特に,mGlu2/3 受容体および mGlu5 受容体はこれら精神疾患治療の有用なターゲットとなり得ることが前臨床および臨床の結果から期待されている。さらに,最近の薬理研究の結果から,mGlu4 受容体の統合失調症への関与も示唆されている。 本シンポジウムにおいて,上記 mGlu 受容体リガンドの統合失調症治療薬およびうつ病治療薬としての可能性を主に前臨床研究の結果を基にご紹介頂いた。
著者
栗山 健一
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.26, no.3, pp.161-167, 2015 (Released:2017-02-16)
参考文献数
27

NMDA 受容体部分作動薬である D-サイクロセリン(DCS)および HDAC 阻害剤であるバルプロ酸(VPA)は恐怖記憶の消去学習を促進することが動物研究で確かめられている。我々はヒトにおける DCS および VPA の消去学習促進効果を,視覚刺激と指先電気刺激を条件づけるパラダイムを用い検討した。さらに,恐怖記憶学習は睡眠中に強化・固定化プロセスが促進されることから,DCS およびVPA の消去学習促進効果と睡眠依存性記憶強化プロセスとの交互作用を検討した。DCS および VPA のいずれも,恐怖消去の即時学習に影響を及ぼさなかったが,消去学習翌日の学習効果に有意な差が生じた。特に,再強化刺激として指先電気刺激を再曝露した直後の恐怖再燃反応において,対照群に比し有意に低い反応が示された。また,DCS は恐怖条件づけ消去学習に続く覚醒区間中の遅延学習を促進したのに対し,VPA は睡眠中の遅延学習を促進した。本結果は,恐怖回路障害の曝露型認知行動療法に併用することで治療者・患者双方の負担を減じ,治療効果の増強を示唆する。さらに DCS と VPAは異なる作用機序,時間生物学的作用点を有することを示唆している。
著者
杉田 篤子
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.21, no.4, pp.245-250, 2011 (Released:2017-02-16)
参考文献数
43

全身性エリテマトーデス(SLE)は,免疫複合体の組織沈着により起こる全身性炎症性病変を特徴とする自己免疫疾患であり,その中枢神経病変は SLE 難治性病態の一つとされており,しばしば多彩な精神症状を伴う。しかしながら,SLE に伴う精神症状に対する指標に乏しいため,診断や治療方針の決定に苦慮することが多い。近年,免疫学的なバイオマーカーの発見および脳画像技術の進歩により中枢神経病変の客観的な評価法が提唱されつつある。本稿では,全身性エリテマトーデスに伴う精神症状の特徴およびその評価方法に関して概説する。
著者
山下 祐一
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.30, no.3, pp.114-116, 2019 (Released:2019-12-28)
参考文献数
10

計算論的精神医学とは,脳における情報処理プロセスを数理モデルで表現することで神経・精神疾患の病態理解・治療法の開発を目指す,精神医学の比較的新しい研究領域である。高度な数理モデルを含む学際的知識が求められる分野ではあるが,その中でも臨床精神医学の知識は欠かせないと考えられる。臨床経験をもち,精神医学における臨床疑問を理解する精神科医が積極的に参入し,領域がますます活性化することが期待される。
著者
滝沢 龍 笠井 清登 福田 正人
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.23, no.1, pp.41-46, 2012 (Released:2017-02-16)
参考文献数
34

現在の臨床精神医学の克服すべき点の1つに,診断と治療に役立つ生物学的指標を探索・確立することがある。今回は,発達(個体発生)や進化(系統発生)の視点から,生物学的精神医学において必要な脳研究の方向性に示唆が得られないか探ることをテーマとした。人間の脳の発達・成熟のスピードは部位によって異なり,より高次の機能を担う部位では遅く始まると想定されている。思春期には,前頭前野のダイナミックな再構成が起こり,この時期の発達変化の異常が統合失調症などの精神疾患の発症と関連している可能性も指摘されている。進化の視点からは,前頭前野の中でも前頭極や言語機能に関連する脳部位が人間独特の精神機能と関連するとして注目が集まってきている。進化論により注目される脳部位と,それに関連する最も高次な認知機能への理解が進むことは,人間独特の精神機能や,その障害としての精神疾患への鍵となる見識をもたらすことが期待される。
著者
高橋 英彦
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 = Japanese journal of biological psychiatry (ISSN:09157328)
巻号頁・発行日
vol.22, no.1, pp.51-54, 2011-03-25
参考文献数
4

自己と他者の所有物の高低と自己と他者との関係性の遠近というパラメータを調節することで,妬みの強さを調節し,f MRI 実験を行った。妬みの感情のもう 1 つの側面として,妬みの対象が不幸に見舞われると,私たちは他人の不幸は蜜の味ともいわれる非道徳な感情を抱くことがあり,この点についても併せて検討した。その結果,妬みと前部帯状回の背側部の活動が関係することがわかった。前部帯状回の背側部は身体的な痛みにも関わる部位で,社会的な痛みといえる妬みも同様な部位が賦活されたことは興味深い。また,妬みの対象に不幸が起こると,報酬系である腹側線条体の賦活を認め,文字通り他人の不幸は蜜の味であるかのような反応を認めた。
著者
松田 真悟
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.29, no.2, pp.57-59, 2018 (Released:2019-07-30)
参考文献数
16

恐怖記憶と関連のある精神疾患の多くは有病率に性差が認められ,女性のほうが高い。この性差の生物学的背景を解明するために,恐怖記憶を忘れる過程(恐怖消去)に着目した研究が進められている。恐怖関連疾患の一つである外傷後ストレス障害の患者は恐怖消去の安定性が低いことから,恐怖消去の性差を担う分子機構を解明することで恐怖関連疾患の有病率の性差に対する生物学的背景の解明やそれを利用した新規治療法の開発へ発展することが期待される。
著者
石井 良平 池田 俊一郎 青木 保典 畑 真弘 補永 栄子 岩瀬 真生 武田 雅俊
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.24, no.4, pp.241-245, 2013 (Released:2017-02-16)
参考文献数
22

自閉症スペクトラム障害(autistic spectrum disorder ; ASD)患者の運動実行時・運動観察時のβ帯域(15-30Hz)の運動後β帯域リバウンド(Post-movement beta rebound : PMBR)を求め,健常被験者のそれと比較検討することで,ASD患者におけるミラーニューロンに関連した生理学的変化を解明し,ASD患者のMNSに関連する障害について検討した。ASD患者7名と健常被験者10 名を対象とし,右手指の運動観察時と安静時,運動実行時と安静時の脳磁図を測定し,それぞれの課題と安静時の間でのβ帯域(15-30Hz)活動の電流源密度分布をBESAで解析後,BrainVoyager QX にて各群におけるPMBRの平均分布と群間比較(両側T検定,p < 0.05)を行った結果,両群において運動実行時,運動観察時ともに,後頭部(視覚野)やローランド領域にてPMBRの最大値が見られた。運動実行時には両群間で差は認めなかったが,運動観察時には両群間で対側感覚運動野,同側運動前野,中側頭葉,前帯状回(ACC)で PMBRに有意差を認めた。ASD患者群における運動観察時での PMBRの有意な減少は,ASDでは運動観察時に健常被験者とミラーニューロンを中心とした脳活動が異なることが示唆された。
著者
根本 隆洋 水野 雅文
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.22, no.1, pp.3-8, 2011 (Released:2017-02-16)
参考文献数
22

統合失調症の早期介入に対する世界的な関心の高まりの中で,予後決定因子として精神病未治療期間(duration of untreated psychosis : DUP)が注目を集めている。我々は本邦における DUPを報告し,その要因や転帰との関連について検討してきた。DUP 短縮への努力は治療臨界期における治療の開始に直結しているが,近年はさらに進んで,顕在発症予防の視点に立った疾患の前駆期における介入も世界的に展開されつつある。我々は発症危険状態(at-risk mental state : ARMS)と初回エピソード統合失調症に特化したケアユニットであるユースクリニックとユースデイケア「イルボスコ」を開設し,詳細なアセスメントを行うとともに,思春期・青年期に配慮した心理社会的アプローチと脳機能への直接的介入を目指した認知機能訓練とを両輪とした,包括的な治療サービスの提供を行っている。
著者
松澤 大輔 清水 栄司
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.23, no.3, pp.185-191, 2012 (Released:2017-02-16)
参考文献数
27

不安障害に対しては薬物療法と共に,認知行動療法(CBT)が治療の選択肢にあるが,いずれも効果が高い一方で,恩恵に預かれない患者も多いなど,個人差が大きく,治療後にも再燃/再発がしばしば認められる。その個人差の背景には何らかの生物学的因子があるはずである。本稿では,その背景を,1つには繰り返しの知覚刺激を減弱する脳の感覚ゲート機構という脳の生理学的応答の違いから論じた。指標としたのは,事象関連電位P50である。強迫性障害を対象に測定したP50 は,脳内感覚ゲート機構の障害を示しており,病態生理に関連があることを示唆している。もう1つには,恐怖や不安の消去学習を,恐怖条件付けを用いた動物モデルから解説し,消去学習を促すためのcongnitive enhancer の可能性をD-cycloserine を代表例にして紹介する。
著者
尾関 祐二 藤井 久彌子
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
脳と精神の医学 (ISSN:09157328)
巻号頁・発行日
vol.20, no.4, pp.347-353, 2009-12-25 (Released:2011-02-02)
参考文献数
47
著者
文東 美紀 岩本 和也
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.34, no.4, pp.161-164, 2023 (Released:2023-12-25)
参考文献数
10

体細胞変異は,受精後の発生段階の途中で生じ,個体中にモザイク状に存在するゲノム変異を指し,生じる時期によっては脳組織に特異的な変異となる。またこのような脳特異的な変異の一部には,神経疾患の原因になるものも報告されている。筆者らは体細胞変異の中でもレトロトランスポゾンの一種であるlong interspersed nuclear element‐1(LINE‐1)挿入に着目しており,これまでに統合失調症患者の神経細胞においてLINE‐1コピー数が増大していること,LINE‐1が新規挿入された部位は神経機能に関与する遺伝子の近傍に多いことを示してきた。このようなLINE‐1挿入ゲノム部位プロファイルをより詳細に決定するため,筆者らは新たなシングルセルレベルでの解析法であるNECO‐seq法を確立し,統合失調症患者死後脳を使用してケース・コントロール解析を行った。合計1,000個以上の神経細胞核の解析の結果,患者群において神経発生の比較的初期で生じたと考えられるLINE‐1挿入は,神経関連遺伝子の近傍に蓄積されていることが示された。LINE‐1挿入が生じた遺伝子には神経伝達物質受容体などが含まれており,このようなLINE‐1挿入は,神経細胞の形態や機能に多大な影響を与えると考えられた。
著者
内山 竣介 寺尾 知可史
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.34, no.4, pp.156-160, 2023 (Released:2023-12-25)
参考文献数
15

近年のゲノム解析により,健常者において加齢とともにクローン造血の特殊な状態である血中体細胞モザイクが増加し,造血器腫瘍の発生リスクとなることが明らかとなった。正常脳の神経細胞においても,神経発生のさまざまな段階において一塩基レベルでの体細胞変異が蓄積していることに加え,DNMT3Aなどクローン造血に関連する変異が多いことが明らかになった。この結果は正常脳においても加齢と共に体細胞モザイクが蓄積することを示唆する。自閉症スペクトラム障害(ASD)や統合失調症など精神疾患では,一塩基レベルや染色体レベルでの血中・脳の体細胞モザイクが増加していることが報告されており,病気の発症リスクになると考えられている。本稿では,正常脳の神経細胞における体細胞モザイクの関連を説明したうえで,一塩基レベル/染色体レベルでの体細胞モザイクと,ASD,統合失調症の関連について最新の話題を解説した。
著者
加藤 忠史
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.21, no.3, pp.183-187, 2011 (Released:2017-02-16)
参考文献数
12

小児思春期双極性障害が米国で急増している。小児期に発症する双極 I 型障害がまれながら存在することは確かであろう。しかし,最近増えてきたケースは,激しい易怒性,攻撃性を示すが,長期に続く気分の障害ではなく,双極 I 型あるいは双極 II 型の診断基準を満たさない。こうした場合,成人型の双極性障害に進展するかどうかは不明である。このように,米国では過剰診断が懸念されており,DSM-5 ドラフトで提案された Temper Dysregulation Disorder with Dysphoria(TDDD)は,この過剰診断を防ぐ目的で導入された診断基準である。今後,この診断基準を元に研究を進め,こうした情動障害の背景に,双極性障害の家族歴,AD/HD,精神刺激薬治療などがどのように関わっているのか,そしてこうした症例のどれだけが成人型の双極性障害を発症するのか,明らかにしていく必要がある。