著者
西 大輔
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.29, no.4, pp.177-181, 2018 (Released:2019-11-01)
参考文献数
30

本稿ではオメガ3系脂肪酸(特にEPA)の抗炎症作用に焦点を絞り,抗うつ効果との関連について概説した。うつ病の病態メカニズムの一つとして炎症が考えられていること,オメガ3系脂肪酸,特にEPAには抗炎症作用があること,これまでのRCTやそのメタ解析でEPAのうつ病・うつ症状に対する有効性が示されていることから,オメガ3系脂肪酸の抗うつ効果のメカニズムとして抗炎症作用が考えられている。ただ,これまでのRCTは投与量,投与期間などにばらつきがあること,食事から摂取するオメガ3系脂肪酸の量が非常に多いわが国におけるエビデンスがまだ希薄であることなど,現状のエビデンスには限界もある。食事・栄養素を用いたアプローチは副作用の少なさから妊婦や子どもなど幅広い集団に適応可能であり,機序の解明も含めて今後のエビデンスの蓄積と治療・予防への実装が期待される。
著者
田中 光一
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.28, no.2, pp.77-83, 2017 (Released:2019-01-19)
参考文献数
20

グルタミン酸は哺乳類の中枢神経系において記憶・学習などの脳高次機能に重要な興奮性神経伝達物質である。しかし,過剰な細胞外グルタミン酸は,グルタミン酸興奮毒性と呼ばれる神経細胞障害作用を持つことが知られている。このため細胞外グルタミン酸濃度は厳密に制御される必要があり,グルタミン酸トランスポーターがその役割を担う。これまで5種類のグルタミン酸トランスポーターサブファミリーが同定されているが,シナプス間隙におけるグルタミン酸の除去は,主にアストロサイトに存在する2種類のグルタミン酸輸送体GLAST,GLT1により担われている。近年,これらグリア型グルタミン酸トランスポーターの変異や発現低下が統合失調症・うつ病などの精神疾患で報告されている。本稿では,GLASTあるいはGLT1欠損マウスが示す異常を概説し,グリア型グルタミン酸トランスポーターの機能障害が関与する精神疾患について考察する。
著者
石渡 小百合 西川 徹
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.24, no.3, pp.135-144, 2013 (Released:2017-02-16)
参考文献数
51

近年,N-methyl-D-asparate(NMDA)型グルタミン酸受容体遮断薬が,統合失調症の陽性・陰性症状および認知機能障害と酷似した異常を誘発する現象に基づいて,本症にNMDA受容体の機能低下が関与すると考えられるようになり,『グルタミン酸伝達低下仮説』として広く受け入れられている。この低下を引き起こすメカニズムの1つとして,NMDA受容体のコ・アゴニストで,その機能促進作用をもち生理的活性化に不可欠な,内在性D-セリンの細胞外シグナルが減弱する可能性がある。また,D-セリンを含む,NMDA受容体機能促進物質が,陰性症状,認知機能障害のような難治性症状を改善することが期待され,実際に,臨床試験での効果も報告されている。そこで,本稿では,D-セリンの代謝・機能の分子細胞機構に関する主な知見を紹介し,統合失調症の病態との関連や新しい治療法開発における意義について概説する。
著者
大塚 郁夫 菱本 明豊
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.31, no.3, pp.134-140, 2020 (Released:2020-09-25)
参考文献数
26

双生児研究などから,自殺には生来の遺伝負因が存在すると考えられている。自殺行動の致死性が高いほど遺伝負因も強くなることが示唆されており,自殺の生物学的機序の解明には自殺完遂者を対象とした研究が非常に重要である。しかしながらその試料は入手自体が困難なため,相応のサンプル数を要するゲノムワイド関連解析(genome‐wide association study:GWAS)などの報告は他の精神科領域に比して大きく遅れている。筆者らは遺族の深いご理解の下,世界最大規模の自殺完遂者DNA試料を保有し,日本人自殺完遂者を対象としたGWASを初めて遂行するなど,「日本人の自殺」に関する興味深い遺伝学的知見を得てきた。それらを中心に自殺の遺伝学的研究の現況を紹介する。
著者
十一 元三
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.21, no.2, pp.133-136, 2010 (Released:2017-02-16)
参考文献数
6

はじめに,従来の精神疾患とは異なる広汎性発達障害のユニークな臨床特性について,対人相互的反応の障害,強迫的傾向,およびパニックへの陥りやすさに焦点を当てて要約し,下位診断および併存障害の問題について整理した。続いて,現在の責任能力についての一般的考え方と,責任能力の判断に影響を及ぼすと考えられてきた精神医学的要因について振返り,それらの要因に広汎性発達障害の基本障害が含まれていないことを確認した。次に,広汎性発達障害の司法事例にみられた特異な特徴の幾つかが,自由意思を阻害すると判断される従来の精神医学的要因に当てはまらないものの,実際には自由意思の指標とされる他行為選択性を制約していると判断する方が妥当であると思われることを論じた。最後に,責任能力上の特徴と,広汎性発達障害について現在までに知られた神経基盤との関連について推測した。
著者
久島 周
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.33, no.1, pp.2-5, 2022 (Released:2022-03-25)
参考文献数
13

DSM‐5の診断基準では,統合失調症と自閉スペクトラム症(ASD)は,臨床症状に基づいて異なる精神疾患として区別される。しかし,最近の疫学研究や臨床研究の知見から両疾患には連続性が存在することが指摘されている。ゲノム研究においても,両疾患の発症にかかわる疾患横断的な変異が多数同定されている。なかでも,ゲノムコピー数変異(CNV)(欠失・重複を含む)では,22q11.2欠失,15q11.2‐q13.1重複,3q29欠失をはじめ,低頻度で存在するCNVが統合失調症とASDの両方に関与することが報告されている。CNVデータの詳細な解析からは,両疾患の病態メカニズムの共通性も指摘されている。今後の研究では,統合失調症・ASDに関連するCNVをもつ被験者を対象に,幼少期から成人期まで臨床症状を追跡することで,両疾患の関係性について明らかになるかもしれない。また,CNVに基づくモデルマウスや患者由来iPS細胞を用いた神経生物学的な解析から,両疾患の神経基盤の解明が期待される。
著者
菅谷 佑樹
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.27, no.3, pp.147-150, 2016 (Released:2018-04-24)

近年,医学部出身の基礎医学研究者が著しく減少していることが問題となっている。東京大学では2002年からMD-PhDコースを,2008年からMD研究者育成プログラムを立ち上げ,医学部出身の基礎医学研究者を増やす試みを続けてきた。その結果,学部生の基礎医学研究への関心や,その研究のレベルは確実に高まりつつあるといえる。 現行の研修制度では学部時代に基礎医学研究に注力した学生のほとんどが初期研修を選択している。しかし,これらの研修医は研修終了後に基礎医学系大学院進学を目指している者が多く,このような臨床知に根ざした基礎医学研究を担う人材を着実に増やすには,多様化するキャリアパス間をよりスムーズに乗換えできる仕組みを整える必要がある。このような仕組みの整備には基礎医学系の教室だけの取り組みでは足らず,臨床も含めた医学部全体の協力によって,キャリアパスの見えやすさを促進する制度設計が必要である。
著者
加藤 隆弘 扇谷 昌宏 瀬戸山 大樹 久保 浩明 渡部 幹 康 東天 神庭 重信
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.32, no.1, pp.18-25, 2021 (Released:2021-03-25)
参考文献数
37

近年,さまざまな精神疾患において脳内炎症,特に,脳内免疫細胞ミクログリア活性化がその病態生理に重要である可能性が示唆されている。筆者らは十年来ミクログリア活性化異常に着目した精神疾患の病態治療仮説を提唱してきた。ヒトでミクログリアの活動性を探る代表的な方法として死後脳の解析やPETを用いた生体イメージング技術が用いられている。しかしながら,こうした脳をみるというダイレクトな方法だけではミクログリアのダイナックで多様な分子細胞レベルの活動を十分に捉えることは困難である。筆者らは,採取しやすい患者の血液を用いて間接的にミクログリア活性化を分子細胞レベルで評価するためのリバース・トンラスレーショナル研究を推進してきた。例えば,ヒト血液単球から2週間でミクログリア様(iMG)細胞を作製する技術を開発し,幾つかの精神疾患患者由来のiMG細胞の解析を進めている。本学会誌では,すでにこうした研究による成果を幾度も報告しており,本稿では,筆者らが最近報告したうつ病患者のメタボローム解析の知見を後半に紹介する。
著者
油井 邦雄 小柴 満美子 中村 俊 濱川 浩
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.22, no.1, pp.29-34, 2011 (Released:2017-02-16)
参考文献数
47

不飽和脂肪酸のアラキドン酸は神経発達に重要な役割を果すので,ミラー入 0 ロン系を中心とした情報伝達・処理や志向性に関わる脳機能の発達不全とされる自閉症スペクトラム障(Autism Spectrum Disorders : ASD)の対人的相互性障害を改善し得ると期待される。アラキドン酸 240mg/日(12 歳以下は1/2)の臨床効果を 16 週間の double-blind placebo-controlled trial で検索した。アラキドン酸投与群はプラセボー投与群にくらべて,社会的ひきこもりとコミュニケーションが有意に改善した。神経細胞の signal transduction に関わっている transferrin が投与前にくらべてアラキドン酸投与群で有意な変動を示し,superoxide dismutase も投与前にくらべてアラキドン酸投与群有意傾向で変動した。社会的相互性障害の改善は signal transduction の upregulation によると推察された。
著者
齊藤 奈英 板倉 誠 田井中 一貴 Tom Macpherson 疋田 貴俊 山口 瞬 佐藤 朝子 大久保 直 知見 聡美 南部 篤 笹岡 俊邦
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.33, no.3, pp.100-105, 2022 (Released:2022-09-25)
参考文献数
32

ドーパミン(DA)作動性神経伝達は,運動制御,認知,動機付け,学習記憶など広範な役割を持つ。DAは大脳基底核回路において,D1受容体(D1R)を介して直接路を活性化し,D2受容体(D2R)を介して間接路を抑制する。さらに詳細にD1RおよびD2Rを介したDA作動性神経伝達を理解するため,筆者らは,D1R発現を薬物投与により可逆的に制御できるコンディショナルD1Rノックダウン(D1RcKD)マウスを作製した。このマウスを用いることにより,D1Rを介する神経伝達が,大脳基底核回路の直接路の情報の流れを維持し,運動を促進することを明らかにした。また,D1Rを介したDA伝達が少なくとも部分的に大脳皮質ネットワーク内の神経活動を増加させて嫌悪記憶形成を促進することを明らかにした。本稿では筆者らのこれまでの取り組みも交えD1RcKDマウスを用いた運動制御と嫌悪記憶形成に関する研究を中心に紹介する。
著者
中尾 智博
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.23, no.3, pp.193-199, 2012 (Released:2017-02-16)
参考文献数
16

強迫性障害(OCD)に対して,行動療法とSSRIによる薬物療法が有効であることが知られているが,これらの治療がどのような機序で症状の改善をもたらすのかについてはまだ不明な点が多い。しかし近年PET や SPECT,fMRIを用いた脳画像研究の進歩によってこれらの治療法による脳の機能的変化を調べることが可能となり,薬物療法,行動療法はともに脳の活動に影響を与え,前頭眼窩面,尾状核といった部位の過剰な賦活が症状改善後に正常化することがわかってきた。両治療法の脳機能修復プロセスの差異についてはなお不明な点が多く,今後の研究が待たれる。脳画像研究の結果はOCDの病態に関与する脳部位の神経連絡を考慮に入れたOCD─ loop仮説へと結実し,現在は当初考えられた前頭葉─皮質下領域に加え,辺縁系,頭頂後頭葉,小脳などを加えた広範な神経ネットワークの異常がOCDの情動,認知の障害に関与すると推測されている。さらに今後は疾患内における病態の多様性を考慮した神経ネットワークモデルの構築が必要となってくると思われ,OCDの病態理解と治療戦略構築のために画像研究が果たす役割は大きい
著者
野村 淳 内匠 透
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.33, no.2, pp.48-52, 2022 (Released:2022-06-25)
参考文献数
14

生物学における一細胞レゾリューションの解析は「single‐cell RNA‐sequence(scRNA‐seq)」によるゲノムワイドな転写産物解析に始まり,「ATAC‐seq」によるクロマチン構造(アクセシビリティー)解析,「CITE‐seq」による細胞膜(表面)タンパク質の解析,組織切片を対象とした空間情報を保持した遺伝子発現解析,さらにこれらを応用した技術にまで拡がりをみせている。現在,3D脳オルガノイド等を組み合わせることにより多面的な解析が可能となり,導出された出力データの統合により生物学的理解は急速に進んでいる。実際,神経精神疾患分野においても複雑な疾患表現型を説明しうる細胞種特異的メカニズムが次々と提案されている。本稿では,神経精神系疾患におけるシングルセル解析の見地から,社会性の喪失をコアドメインとする自閉スペクトラム症(自閉症),そして呼吸器系疾患でありながら一部患者に神経精神疾患表現型が認められる新型コロナウイルス感染症(COVID‐19)について,最新の知見を紹介する。
著者
菅谷 渚 池田 和隆
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.22, no.4, pp.263-268, 2011 (Released:2017-02-16)
参考文献数
21

G蛋白質活性型内向き整流性カリウムチャネル(GIRKチャネル)は様々な依存性物質のシグナ ル伝達を担う。哺乳類においてGIRKチャネルには4つのサブユニットがあり,GIRK1 ~ 3サブユニットは主に中枢神経系に広く分布し,GIRK4サブユニットは主に心臓に存在している。著者らは,(1)GIRK2サブユニットの遺伝子配列の差異がオピオイド感受性に影響していること,(2)フルオキセチン,パロキセチン,イフェンプロジルはGIRKチャネルを阻害し,メタンフェタミン嗜好性を減弱させるが,フルボキサミンはGIRKチャネルを阻害せずメタンフェタミン嗜好性も減弱させないこと,(3)カルテ調査においてGIRKチャネル阻害能を持つ薬物に依存治療効果が期待できることを見出した。これらの研究成果から,GIRKチャネルは報酬系において鍵となる分子の1 つと考えられ,依存症治療の標的分子としても期待される。
著者
橋本 隆紀 金田 礼三 坪本 真
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.28, no.1, pp.32-40, 2017 (Released:2018-10-22)
参考文献数
58

統合失調症では,作業記憶,学習,知覚情報処理などの認知機能障害が持続し,予後に大きな影響を与えている。認知機能は,大脳皮質の複数の領域を含む神経ネットワークにおける情報処理とその可塑性により担われている。大脳皮質では,離れた領域間を連絡する興奮性の錐体ニューロンと,領域局所のニューロン活動を調整する抑制性ニューロンが,シナプスを介して神経ネットワークを構成する。パルブアルブミン(parvalbumin,PV)を発現するPVニューロンは,抑制性ニューロンのサブタイプである。個々のPVニューロンは,近傍および離れた領域にある多くの錐体ニューロンから収束的に興奮性シナプスを受け,近傍の数百に上る錐体ニューロンの細胞体に強力な抑制性シナプスを形成しそれらの発火のタイミングを制御する。また,お互いに抑制性シナプスを形成するPVニューロン群は周期的に同期発火する。このような特性により,PVニューロンは周期性を持った神経活動(オシレーション)の形成とその領域間の同期を担っている。オシレーションは神経ネットワークを構成する各領域および領域間における効率的な情報処理を促進する。さらに発達期や学習において,PVニューロンはその活動性を一過性に低下させることで,神経ネットワークを脱抑制し可塑的変化を誘導する。 統合失調症では,死後脳の分子病理学的研究によりPVニューロンの変化を示す所見が多く得られ,生存中の患者から得られるオシレーションの異常所見と一致する。PVニューロンの変化がオシレーションの異常を引き起こし認知機能障害に結びついている可能性は,統合失調症と同様の変化をPVニューロンに遺伝子操作で導入した複数のマウスモデルで検証されている。
著者
鬼塚 俊明 中村 一太 平野 昭吾 平野 羊嗣
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.30, no.2, pp.73-78, 2019 (Released:2019-12-28)
参考文献数
5

幻聴が起こるメカニズムは単純なものではないが,症状と関連のある脳構造・脳機能研究を行うことは重要と思われる。本稿では我々が行った研究で,幻聴の重症度と関連のあった脳部位・脳機能研究での結果を紹介する。脳構造研究では,外側側頭葉の亜区域を手書き法にて測定し,体積を測定した。幻聴のある患者群で左の上側頭回は著明に小さく,左中側頭回,左下側頭回でも有意に小さいという結果が得られた。すなわち,幻聴のある患者群は幻覚のない患者群に比べ,左半球優位(特に上側頭回)に体積減少があることが示唆された。 声に対するP50mの研究では,左半球の抑制度と幻聴のスコアに有意な正の相関を認めた(ρ=0.44,p=0.04)。つまり,人の声に対するフィルタリング機構の障害が強い統合失調症者ほど,幻聴の程度が重度であるということが示唆された。さらに,聴覚定常状態反応の研究では,80 Hzのクリックに対する左半球のASSRパワー値と幻聴の重症度に有意な負の相関を認めた(ρ=‐0.50,p=0.04)。つまり,左半球の80 Hz‐ASSRの障害が強い統合失調症者ほど幻聴の程度が重度であるということが示唆された。 今後,脳構造・脳生理学的研究は統合失調症の病態解明のアプローチとして一層重要になっていくと思われる。
著者
平野 羊嗣
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.26, no.4, pp.199-203, 2015 (Released:2017-02-16)
参考文献数
29

最近の,脳波や脳磁図,光遺伝学といった電気生理学的研究の進歩や,死後脳研究の知見により,皮質の周期的神経活動(neural oscillation)の異常が,精神疾患の病態生理に深くかかわっていることがわかってきた。神経活動の中でも主にγ帯域の周期的皮質活動(γ band oscillation)が,認知や知覚,または意識に関連していることが知られているが,認知機能や知覚処理の障害,自我意識障害を有する統合失調症患者では,特にこのγ band oscillation が障害されていることが明らかになってきた。γ band oscillation の障害は,神経回路内のリズムメーカーとしての機能を担う GABA 作動性の抑制性介在ニューロンの機能低下と,興奮性ニューロンの障害(NMDA 受容体の機能低下)ならびに,この両者のバランス(E/I バランス)が破綻することにより生じるとされている。さらに,これらの現象は種を問わず認められ,統合失調症のモデル動物でも同様の結果が得られるため,統合失調症の新たな病態モデル,治療ターゲットとして注目されている。
著者
功刀 浩 古賀 賀恵 小川 眞太郎
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.26, no.1, pp.54-58, 2015

海外では,うつ病患者において肥満,脂質異常,n-3 系多価不飽和脂肪酸,ビタミン B12 や葉酸,鉄,亜鉛などにおける栄養学的異常が発症や再発のリスクと関連するという報告が増えている。しかし,わが国におけるエビデンスは今のところ乏しい。特に精神科受診患者を対象とした研究はほとんどない。そこでわれわれは,うつ病患者と健常者における栄養素・食生活について調査し,予備的結果を得た。末梢血を採取し,アミノ酸・脂肪酸・ビタミン濃度等について詳細に測定した。食生活調査は食事歴法質問紙を使用した。うつ病群は健常者群と比較して肥満,脂質異常が多かった。脂肪酸では,エイコサペンタエン酸やドコサヘキサエン酸濃度について両群間で有意差は見られなかった。ビタミンでは葉酸が低値を示す者がうつ病群に有意に多かった。アミノ酸では,うつ病群で血漿トリプトファン値が有意に低下していた。鉄や亜鉛などのミネラルの血清中濃度に関しては,欠乏を示す者は患者と健常者の両群に高頻度でみられたが,両群の間で有意差は見られなかった。嗜好品では,うつ病患者は緑茶を飲む頻度が低い傾向がみられた。以上から,海外での先行研究と必ずしも一致しないものの,日本のうつ病患者においても栄養学的問題が多数みられることが明らかになり,うつ病患者に対する栄養学的アプローチの重要性が明らかになった。
著者
牧之段 学 岸本 年史
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.29, no.3, pp.93-97, 2018 (Released:2019-11-01)
参考文献数
24

自閉スペクトラム症(autism spectrum disorder:ASD)患者における血漿炎症性サイトカインの発現量増加や脳内マイクログリアの活性化といった免疫系異常の報告が相次いでいる。一方,brain-derived neurotrophic factor(BDNF)やneuregulin-1(NRG1)といった神経栄養因子は,ニューロンの生存やシナプス機能に影響を与えるため,統合失調症やASDの病態に関与していると考えられてきた。活性型マイクログリアではBDNFやNRG1の発現量が増加することから,マイクログリアが活性化されているASD患者脳ではマイクログリア由来のBDNFやNRG1が過剰となっている可能性があり,これらの異常な分子機能がASDの病態生理に関与しているかもしれない。
著者
鵜飼 渉
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.25, no.1, pp.24-26, 2014

平成 25 年 6 月 23 ~ 27 日の日程で,大阪大学の武田雅俊大会長の元,京都で開催された WFSBP Congress において,"Translational Perspective on the imaging, epigenetics and peripheral-derived markers for alcohol induced brain damage and depression" と題したシンポジウムを企画・実施する機会を得た。大会関係者の皆様に深くお礼申し上げるとともに,本シンポジウムで,各演者からなされた発表と討論について,まとめたので報告する。本シンポジウムの目的は,タイトル名のとおり,アルコール性脳障害とうつ病の病態に関するイメージング手法や,遺伝子のエピジェネティクス解析,末梢血中の疾患バイオマーカーについて,特に,臨床への橋渡し研究の観点から,最近の進捗・事情を紹介,報告してもらうというものである。