著者
新井 誠 小堀 晶子 宮下 光弘 鳥海 和也 堀内 泰江 畠山 幸子 内田 美樹 井上 智子 糸川 昌成
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.26, no.1, pp.27-33, 2015 (Released:2017-02-16)
参考文献数
26

統合失調症の精力的なゲノム研究が世界的に取り組まれているものの,統合失調症の病態生理が不均一であるが故に(異種性),その分子基盤を理解する際の大きな障壁となっている。筆者らは,これまでも臨床的な側面から特徴的な病像を呈する症例を集積し,かつ家系症例や希少症例を軸にして,個々の症例が有する分子基盤の一端を一般症例へ敷衍するというストラテジーを実践してきた。この研究手法により,まれな遺伝子変異を持つ家系症例から「カルボニルストレス」という代謝経路の障害を見出し,一般症例のおよそ 2 割に同じカルボニルストレス代謝の障害をもつ比較的均一な亜群を同定した。また,カルボニルストレスを呈する症例群の臨床的特徴を明らかにするとともに,カルボニルストレスの解毒作用をもつピリドキサミンを用いた医師主導治験を実施した。本稿では,これまでのカルボニルストレス性統合失調症について概説し,統合失調症研究における我々の将来展望について述べた。
著者
高橋 秀俊 石飛 信 原口 英之 野中 俊介 浅野 路子 小原 由香 山口 穂菜美 押山 千秋 荻野 和雄 望月 由紀子 三宅 篤子 神尾 陽子
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.26, no.2, pp.103-108, 2015 (Released:2017-02-16)
参考文献数
42
被引用文献数
3

聴覚性驚愕反射(ASR)は,精神医学領域におけるトランスレーショナル・リサーチにおいて,国内外で広く研究されており,特にプレパルス・インヒビション(PPI)は,精神障害の有力なエンドフェノタイプ候補と考えられている。自閉症スペクトラム障害(ASD)では,知覚処理の非定型性についてよく知られているが,ASD の PPI に関しては一貫した結論は得られていない。最近我々は,ASD 児では ASR の潜時が延長しており,微弱な刺激に対する ASR が亢進していることを報告した。そして,いくつか異なる音圧のプレパルスを用いて PPI を評価したところ,ASR の制御機構である馴化や比較的小さなプレパルスにおける PPI は,一部の自閉症特性や情緒や行動の問題と関連するという結果を得た。ASR およびその制御機構のプロフィールを包括的に評価することで,ASD や他の情緒と行動上の問題にかかわる神経生理学的な病態解明につながることが期待される。
著者
岸 太郎 岩田 仲生
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.21, no.1, pp.47-51, 2010 (Released:2017-02-15)
参考文献数
38

覚醒剤をはじめとした「違法薬物の氾濫」という状態は社会的な大問題となっている。本稿では覚醒剤に焦点をあて,覚醒剤使用障害・依存・精神病性障害に関する遺伝学的研究についてまとめる。双生児研究によると,物質誘発性依存症は遺伝率が 60 %から 70 %と高いことが示されており,物質誘発性精神障害の遺伝学的研究が世界中で盛んに行われている。しかしながら,サンプルの収集が困難なため,日本では,Japanese Genetics Initiative for Drug Abuse(JGIDA)という多施設共同の研究グループがサンプルの集約と研究を推進してきた。我々も JGIDA の一員として遺伝学的研究を行っている。本稿では,JGIDA が中心となって行った日本人覚醒剤依存・精神病の遺伝学的研究についてまとめる。
著者
山縣 然太朗
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.23, no.4, pp.239-244, 2012 (Released:2017-02-16)
参考文献数
12

健康には遺伝要因,出生後の環境要因とともに,胎内環境が影響を及ぼすことが知られている。いわゆる Barker説である。これを明らかにしようとする疫学手法が出生コホート研究であり,エピジェネティクスの観察研究となる。 出生コホート研究にはいくつかの課題がある。まず,対象が発達過程の子どもであることから,臨界期,感受期などの概念を考慮してどのような解析モデルとするかが課題である。次に,脳科学に関連するアウトカムとなる健康事象について,身体測定のように縦断的に繰り返し測定できる方法の開発が課題であり,さらに,倫理的問題を含む研究ガバナンスは最も重要な課題である。 脳科学領域のコホート研究の戦略は,これまでの脳科学研究の知見から仮説検証すること,様々なモデルを構築してこれまでの知見との整合性を評価すること,逆に,コホート研究で得られた知見の機序を解明する基礎研究を行うことを通じて相互に補完しながら研究を展開することである。
著者
尾内 康臣
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.26, no.3, pp.134-139, 2015 (Released:2017-02-16)
参考文献数
13

蛍光物質導入と二光子や多光子励起顕微鏡などを用いて,数ミクロンオーダーでミクログリア突起等を観察することができるのがミクログリアのin vivo イメージングである。一方in vivo 分子イメージングでは,ミクログリアの活性化で変化する分子の挙動や発現に着目して画像化する方法であり,同じ生体イメージングと言っても両者は大きく異なる。解像度的にははるかに劣るが,脳表への侵襲がないことやヒトを対象に応用できる点が,分子イメージング法のメリットと言える。本稿では,分子イメージングを代表とするポジトロン断層画像法(PET)と Translocater protein(TSPO)という蛋白に結合する PET プローブを用いて,ミクログリア活性を画像化する方法を概説するとともに,認知症や精神神経疾患におけるミクログリア活性を含む病態について記述する。
著者
大隅 典子
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.33, no.2, pp.44-47, 2022 (Released:2022-06-25)
参考文献数
17

本稿では,近年増加の一途をたどる自閉スペクトラム症などの神経発達障害の病因の理解のために,「精子の老化」に着目する。精子細胞は,生命の起源としてゲノムの半分を供給するだけでなく,DNAのメチル化,ヒストン修飾,マイクロRNAなどのエピジェネティックな変化(エピ変異)を持ち込むことによって付加的な情報を伝達しうる。実際,筆者らはマウスをモデルとして,父親の加齢に伴い生じる精子DNAの低メチル化が次世代の神経発生に影響する分子機構について明らかにした。精子に生じるエピジェネティックな変化(エピ変異)がどのように次世代の病気や障害を引き起こすのかについての理解は,神経発達障害の新たな治療法や予防法の開発に資するものである。
著者
安野 史彦 岸本 年史
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.27, no.2, pp.75-79, 2016 (Released:2018-02-08)
参考文献数
19

1995 年 3 月 20 日,東京都内の地下鉄車内におかれたプラスチックバッグから放出されたサリンにより約 5,500 人が被害を受け,うち 12 人が亡くなられている(東京地下鉄サリン事件)。サリンは有機リン酸化合物の一種であり,強力なアセチルコリン(Ach)エステラーゼ阻害剤である。コリン受容体の障害を介して,自律神経系の神経伝達を阻害する。サリン事件の被害者においても,慢性的な脳障害と,それに伴う持続的な脳機能の変化の可能性が示唆される。本稿において,サリン事件被害者における,慢性(長期)の神経,精神および行動影響についてのこれまでの報告を概観し,Ach 作動神経系への急激かつ過剰な負荷が,慢性的なダメージの一因となりえる可能性について考察する。また,認知神経症状および MRI による神経機能・解剖学的な検討に加えて,神経分子画像による生体内分子レベルでの長期的な検討の有用性についても考察を行う。
著者
島田 隆史 金生 由紀子 笠井 清登 佐々木 司
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.23, no.3, pp.201-204, 2012 (Released:2017-02-16)
参考文献数
19

近年行われた大規模な双生児研究から,自閉症スペクトラム障害(ASD)において早期環境要因の関与は従来考えられていたよりも大きい可能性が示唆された。一方で,ASDをはじめとする,発達障害の有病率増加が問題となっており,それにはpopulation全体に影響するような環境要因が加わっている可能性が考えられる。そのような環境要因として,近年増加の一途をたどっている高齢出産や,それに伴う体外受精や顕微授精といった生殖補助医療(ART)の増加など,受精―妊娠に関わる環境の変化が候補に挙がる。これまでに,ART とASDとの関連ついての研究が複数行われているが,相反する結果が報告され,その関連は明らかでない。また注意欠如/多動性障害とARTについては,弱いながらも有意な関連を認めるとする報告がある。1990年代以降,わが国で急激に増加してきているARTは,自然妊娠とは異なり人の手が加わり,特に胚操作の時期とエピゲノム形成や初期の体細胞分裂の時期が重なることからも,発達障害を含めたART児の長期的なフォローアップ調査は重要である。このような研究から,ARTが更に安全な治療法として発展することが望まれている。
著者
猪股 誠司 松本 英夫
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.21, no.2, pp.83-89, 2010 (Released:2017-02-16)
参考文献数
51

自閉症を対象とした脳の形態学的画像研究と機能的画像研究について概説した。脳の形態・容量に関しては,小脳や大脳の形態学的な異常に加えて,大脳容積の増加と発達早期における脳の過形成(hyperplasia),また脳内ネットワークの異常について紹介した。脳機能に関する所見については,“心の理論(theory of mind)”,“表情認知タスク”,“感情処理タスク”を基にした研究結果を紹介しながら,彼らの認知の障害と脳内の機能障害の領域などとの関係について述べた。脳の機能的ネットワ ークの減少は自閉症者の共通な特徴であることが証明されつつあり,さらなる機能の解明が期待されている点について述べた。
著者
聶 翔 古屋敷 智之
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.32, no.1, pp.13-17, 2021 (Released:2021-03-25)
参考文献数
26

過酷な環境によるストレスは抑うつや不安など情動変容を誘導し,うつ病など精神疾患のリスクを高める。マウスの慢性ストレスは自然免疫受容体TLR2/4を介して内側前頭前皮質のミクログリアで炎症性サイトカインを誘導し,うつ様行動を促す。また神経細胞由来の2AGがミクログリアに発現するプロスタグランジン(PG)合成酵素COX1を介して代謝され,皮質下領域でのPGE2産生を増強し,EP1受容体を介してうつ様行動を誘導する。このPGE2産生はTLR2/4依存的である。慢性ストレスによる不安様行動にもTLR2/4やPGE2‐EP1経路が必須であるが,脳内のPGE2産生は関与しない。慢性ストレスが白血球の動員を介して情動変容を促すことが示唆されており,末梢でのPGE2産生の関与が推測される。これらの結果は,TLR2/4が慢性ストレスによる脳内外の多様な炎症反応を統御してうつ・不安様行動を促すことを示唆する。
著者
堀川 英喜
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.25, no.2, pp.104-108, 2014 (Released:2017-02-16)
参考文献数
24

「免疫系:脳と精神疾患の架け橋」と題したシンポジウムが開催され,筆者(堀川英喜)が座長を務めた。近年,精神疾患において免疫系の異常を報告する研究成果が数多く報告されている。当シンポジウムで各国の研究グループが各々の最近の実績を報告し,特に気分障害と神経免疫系の関連についてのデータが多数紹介された。第 1 シンポジストの Norbert Müller 博士(ドイツ)は「うつ病の炎症性バイオマーカー」という演題で,気分障害において異常値を示す各種炎症性サイトカイン・それらがセロトニン代謝系へ及ぼす影響や,抗炎症薬のうつ病に対する効果に関して最新の知見を紹介した。第 2 シンポジストの筆者は「うつ病とミクログリア:精神薬理学的知見から」という演題で,in vitro 実験系における抗うつ薬のミクログリア活性化調節作用を紹介した。この作用はセロトニントランスポーターに対する作用とは独立したものと考えられた。第 3 シンポジストの Castilla-Puentes 博士(アメリカ)はデータマイニングの手法を用いることにより,抗 TNF-α(腫瘍壊死因子アルファ)薬の治療を受けた患者において抑うつ症状や自殺企図のリスクが増大したという報告はないと発表した。第 4 シンポジストの Franco 博士(コロンビア)の発表は中止となった。以上の発表について討議が行われた。うつ病をはじめとする気分障害の病態はモノアミンの異常だけで説明するのは困難であり,その病態には多くの因子が関わると考えられる。その中でも神経免疫系は特に重要で,当シンポジウム「免疫系:脳と精神疾患の架け橋」が生物学と精神医学の架け橋となり,さらなる研究の進歩の契機となるよう期待される。
著者
有岡 祐子 奥村 啓樹
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.33, no.3, pp.123-128, 2022 (Released:2022-09-25)
参考文献数
24

精神疾患は,患者自身に多大な苦痛とQOL低下を引き起こすと同時に,膨大な社会的損失をもたらす。しかし,未だ精神疾患の病態解明には至っておらず,根本的な治療法開発は実現できていない。その理由のひとつとなっているのが,「精神疾患の病態メカニズムを解析・検証できる実験モデル確立の困難さ」である。この課題に立ち向かうべく注目されているのがiPS細胞である。精神疾患の病態解明研究にiPS細胞技術が取り入れられた当初を振り返ると,単に「健常者vs精神疾患患者」での比較を行った報告が主流であった。近年では,精神疾患発症のリスクゲノムバリアントに基づいたアプローチへと変化しつつある。本稿では,ゲノムとiPS細胞のコラボレーションによる筆者らの研究成果を紹介するとともに,iPS細胞のメリットとデメリット,そして精神疾患の病態解明と創薬におけるiPS細胞の可能性について述べる。
著者
石井 礼花
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.25, no.1, pp.7-10, 2014 (Released:2017-02-16)
参考文献数
4

このシンポジウムでは,乳児から思春期の定型および非定型発達の脳の生物学的特徴を fMRI,DTI,NIRS を用いての最近の知見を発表し,討論を行った。第 1 シンポジストのKoyama は,6 ヵ月の乳児聴覚刺激を与えた場合の resting-state の機能的結合への短期的影響および行動変化にどう関連するかを示した。第 2 シンポジストの Choi は,DTI を用いて,両親の言語的虐待や,家庭内暴力の目撃のような心理的虐待が小児期の脳に与える影響を調べた。第 3 シンポジストの Pavuluri は,fMRI や DTI の手法を用いて,小児期双極性障害の機能的構造的な脳の生物学的特徴を示した。第 4 シンポジストの高橋は,学童期 ADHD の NIRS研究で長期的 MPH の内服の脳機能への影響が休薬においても保たれていることを示した。以上のように,このシンポジウムでは,脳機能に環境がどのように作用するか,また病気の経過がどのようにて定型発達から逸脱していくかを明らかにした。このような早期の発達の段階の脳と可塑性についての研究結果は,脆弱な小児期に予防や早期の介入を行う意味を示唆し,有意義なシンポジウムであった。
著者
久保田 泰考
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.21, no.3, pp.213-216, 2011 (Released:2017-02-16)
参考文献数
20

近年の複数のメタアナリシス・レビューによれば,成人の双極性障害患者における特性的(trait-like)な認知障害として,注意・処理速度,エピソード記憶,遂行機能が強調されている。これらの認知障害は前頭葉-線条体,および中側頭葉-系の神経システムの機能不全を示唆すると考えられ,寛解期においても患者の社会的機能に大きな影響を及ぼしている。児童の双極性障害における認知障害についての知見は最近急速に増加しており,成人例と共通した特性的な認知障害の報告が相次いでいる。児童の双極性障害の認知研究は,診断概念におけるコンセンサスの不足,高い AD/HD の合併率,多剤併用治療の認知に対する影響といった混乱要因と不可分であり,結果の解釈には注意を要するが,これまで得られた知見は児童の双極性障害と成人例が連続した臨床実体であり,遺伝的・神経発達的異常を反映しているとの見方を支持すると考えられる。
著者
三邉 義雄
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.24, no.1, pp.31-33, 2013 (Released:2017-02-16)

強迫性障害の重症難治例については,脳深部電気刺激(Deep Brain Stimulation :DBS)が既に欧米での症例の積み重ねがあり,従来の凝固術と同等の治療効果がみられている。すなわちその目的は,薬物療法,認知心理療法などの通常的治療で症状の改善がみられない重症難治性強迫性障害の患者に,脳定位的に主に内包前脚への電気刺激装置の埋め込み術を行い,持続電気刺激を行うことにより症状の改善,および患者QOLの向上を図ることである。 我が国ではこの方面の試みはないが,重症難治性強迫性障害の治療についてまだまだ課題が多く,医療の恩恵を受けられない患者さんも多い。DBSを含めた精神疾患の機能的脳外科療法の歴史と今後の展望・課題について,この機会に触れてゆきたい。
著者
袴田 優子 田ヶ谷 浩邦
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.22, no.4, pp.277-295, 2011 (Released:2017-02-16)
参考文献数
74

認知バイアスは,不安・抑うつの強い者が情報処理の過程で示す特定の偏り(バイアス)である。たとえば,抑うつの強い者は両義にとれるような曖昧な出来事を否定的に解釈する傾向にあったり,不安の強い者は否定的な刺激により注意を払いやすい傾向にあったりする。こうした傾向が著しい場合,うつ病や不安障害の発症・維持に密接に関与すると考えられてきた。この認知バイアスを緩和する「認知バイアス調整(CBM)アプローチ」は,従来の認知バイアス測定プログラムを改変して開発された,コンピュータに基づく新しい治療プログラムである。最近のメタ分析によりCBMは,不安や抑うつ症状を改善するうえで有効であったことが示されている。さらにCBMの効果は,プログラムのパラメータ設定(例:刺激の提示時間や種類)によって大きく影響されることも示されている。そこで本稿では,認知バイアス測定プログラムの精緻化および効果的なCBMプログラムの開発を目指し,最近報告された複数のメタ分析の知見を基に,認知バイアスを検出あるいは緩和するうえで最適なパラメータ設定を整理することを目的とする。
著者
松永 寿人 三戸 宏典 山西 恭輔 林田 和久
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.24, no.1, pp.3-10, 2013 (Released:2017-02-16)
参考文献数
34

現在OCDに対する治療では,選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)などの薬物療法,曝露反応妨害法を主とした認知行動療法(CBT)が中心である。SSRI抵抗性の場合の(非定型)抗精神病薬の付加的投与を含め,有効性が確立されている全ての治療オプションを用いても,十分な改善が得られなければ難治性と判定される。さらにOCD患者では,5 ~ 10年後など長期的予後での寛解率は 50%程度とされ,再発も多く,これらの対応が今後の課題となる。まずは現行の薬物やCBTを見直し,最適化を図ると伴に,標準化を進めるべきである。そして認知療法や入院を含め,個々に応じた治療選択を行い,さらに精神病理や認知,環境など,難治性に関わる臨床像や病態を多角的に検討して,その定義を明確化する必要がある。しかしOCDでは,生物学的病態の多様性が想定され,新たな治療アプローチの開発も期待される。加えて,発症早期の治療介入が重要であり,社会的啓発も有効な対策となろう。
著者
緒方 優 池亀 天平 文東 美紀 笠井 清登 岩本 和也
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.26, no.1, pp.3-6, 2015 (Released:2017-02-16)
参考文献数
19

セロトニントランスポーターをコードする SLC6A4 遺伝子には,HTTLPR と呼ばれる機能的な多型と,第一エクソン周辺に CpG アイランドが存在している。CpG アイランドやその周辺の CpG アイランドショアと呼ばれる領域のメチル化率と遺伝子発現量は負の相関が認められている。双極性障害では脳と末梢試料に共通して,CpG アイランドショアの高メチル化が認められている。神経系細胞株を用いた実験では,気分安定薬存在下で同領域が低メチル化することが認められている。今後, HTTLPR とメチル化状態の関係や疾患特異性,メチル化の機能的な意義についての検討が必要である。
著者
松崎 秀夫
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
脳と精神の医学 (ISSN:09157328)
巻号頁・発行日
vol.20, no.4, pp.271-280, 2009-12-25 (Released:2011-02-02)
参考文献数
34

現時点でもっとも有効な自閉症の治療は療育的介入であり,より早期の介入ほど効果が高い。しかし自閉症は早期診断が困難で介入が遅れる可能性が高く,その臨床家も少ないのが現状である。そのため簡便で侵襲の少ないスクリーニング方法が求められている。筆者らは早期診断マーカーの確立を目標に,高機能自閉症の末梢血血清を用いて候補分子の探索を行っており,これまでに成長因子,細胞接着因子,アミノ酸,脂質を検討し,末梢バイオマーカーとして有望な分子の検証を進めている。