著者
竹内 崇 土屋 友人 林田 健一郎
出版者
日本酪農科学会
雑誌
ミルクサイエンス (ISSN:13430289)
巻号頁・発行日
vol.53, no.4, pp.315-319, 2004

我々は、ラクトフェリン(LF)の新規作用として鎮痛効果を発見し、特にLFとモルヒネを併用することによって、モルヒネの用量を1/50から1/100に下げても十分な鎮痛活性が得られることを確認した。本研究では、LFによるモルヒネの耐性発現遅延効果を解析するとともに、LFの作用機序について薬理学的解析を行った。6週齢のICR系雄マウスを用いてテイルフリックテストにより鎮痛活性を評価した。LFは腹腔内投与(100mg/kg)および経口投与(300mg/kg)のいずれによっても、モルヒネ(3mg/kg、ip)との併用によって極めて強い鎮痛活性を示した。また、モルヒネの単独投与を繰り返すと、5日目(5mg/kg)あるいは7日目(3mg/kg)に耐性が発現し、鎮痛活性は消失した。しかし、モルヒネ(3mg/kg)とLF(100mg/kg、ip)を併用すると8日目まで鎮痛活性が持続し、9日目になって活性は消失した。また、モルヒネ(5mg/kg、ip)を5日間反復投与して耐性を発現させたマウスにLFを投与しても、鎮痛活性は得られなかった。さらに、LFの鎮痛効果は、nNOS選択的阻害薬である7-NIあるいはGC阻害薬であるMehylene Blueによって完全に消失した。以上の結果から、LFはモルヒネの鎮痛効果を増強し、且つ耐性発現を遅延させることが明らかとなった。またLFの作用機序として、nNOS選択性にNO産生を促進し、GC-cGMP系を活性化させてμオピオイドの働きを増強することが示唆された。
著者
青木 孝良
出版者
日本酪農科学会
雑誌
ミルクサイエンス (ISSN:13430289)
巻号頁・発行日
vol.58, no.3, pp.199-205, 2009-12

国立大学設置法により昭和24年5月に新制大学が全国各地に設置された。設置当初は戦後の混乱期であり、物資が不足して新制大学の設備等はかなり貧弱だったと思われる。新制大学が発足した翌年の昭和25年6月に勃発した朝鮮動乱を契機に日本経済が復興してきた。そして、昭和30年代から高度経済成長を迎え、安定成長期へと移行した。戦後の経済の復興と成長に伴って新制大学の教育も充実して行き、昭和40年代になるとそれまでは旧帝大やこれに準ずる単科大学にしか認められていなかった大学院が、修士課程のみであったが新制大学にも設置された。そして、平成3年には全ての新制大学で農学系博士課程の教育ができるようになり、新制大学の教育は規模的にも質的にも充実してきた。しかし、平成の時代に入る前後から大学を取巻く状況も激変し、全国の国立大学で学部改組が行われ、従来の学部組織が大きく変貌した。新制大学において、牛乳・乳製品に関する教育は畜産学科の畜産製造学講座あるいは畜産物利用学講座を中心にして行われてきたが、最近では畜産学科や畜産製造学講座(研究室)の名称を殆ど見ることができない。それと同時にその教育内容も大きく変貌した。本報告では、新制大学の発足から今日までの牛乳・乳製品に関する教育がどのように変化してきたのかを、大学制度を踏まえながら、主に鹿児島大学と宮崎大学を例として概観する。
著者
宮内 浩文
出版者
日本酪農科学会
雑誌
ミルクサイエンス (ISSN:13430289)
巻号頁・発行日
vol.55, no.4, pp.243-252, 2007 (Released:2014-03-15)
参考文献数
54

Probiotics are traditionally defined as live microorganisms that may beneficially affect the host by changing the balance of the intestinal microflora. Additionally, recently probiotics are known to exert physiological effects by modulating directly the immune responses. There are many mechanisms by which probiotics can enhance the host's health. The administration of probiotics to humans is expected to have effects on the prevention of infections, diarrhea, allergy and many other diseases. In the intestinal tract, bifidobacteria are the predominant microorganisms and one of the sources of antiinfective components in immature infants. Therefore, this review introduces current findings about the antiinfective and immunomodulatory effects of bifidobacteria.
著者
松浦 啓一 後藤 孝信 川口 恭輔 水野 征一 山本 直之
出版者
日本酪農科学会
雑誌
ミルクサイエンス (ISSN:13430289)
巻号頁・発行日
vol.66, no.2, pp.97-106, 2017

<p> <i>Lactobacillus helveticus</i>発酵乳から最初に単離された血圧降下ペプチド,Val-Pro-Pro (VPP)とIle-Pro-Pro (IPP)に関して様々なチーズについて分析した。15種類のヨーロッパタイプのチーズを選び,これら2種類の血圧降下ペプチドをLC-MSを用いて分析した。オランダチーズのライペナーとオールドアムステルダムには高含量のVPP/IPPを,100g当たりに19.9/0.9と10.5/0.9mgづつ含んでいた。スイスチーズのエメンタールとグリュイエールには同様にVPP/IPPをそれぞれ100g当たりに8.0/1.1と5.2/1.2mgづつ含んでいた。注目すべき点として,<i>Penicillium roqueforti</i>で製造される幾つかのフランスチーズ(ブルー・ド・オーベルニュとブルー・ド・カース)にも,高濃度の両ペプチドが,100g当たりにそれぞれ,13.1/31.0と9.9/19.2mgづつ含んでいた。VPPに対するIPPの比はドイツやスイスチーズにおいて,ブルーチーズのものに比べて低かった。ブルーチーズにおける両ペプチドの産生の理由を理解するために,以前, <i>Aspergillus oryzae</i>内のIPPの加工に重要な蛋白質分解酵素であるニュートラルプロテアーゼI(NPI)とロイシンアミノペプチダーゼ(LAP)について <i>Penicillium</i>属での存在をBLAST検索した。その結果,<i>A. oryzae</i>のNPIに36%の相同性をもつホモログが<i>Penicillium subrubescens</i>の菌体外金属プロテアーゼ-4に確認された。さらに,<i>A. oryzae</i>のLAPは<i>P. roqueforti</i>の未同定の蛋白質と同一であった。これらのことから, <i>A. oryzae</i>のNPIとLAPに相同性を持つ<i>Penicillium</i>のプロテアーゼがブルーチーズの熟成中の血圧降下ペプチドの生成に関与することが示唆された。</p>
著者
平田 昌弘 米田 佑子 有賀 秀子 内田 健治 元島 英雅 花田 正明 河合 正人
出版者
日本酪農科学会
雑誌
ミルクサイエンス (ISSN:13430289)
巻号頁・発行日
vol.59, no.1, pp.9-22, 2010

The reproduction and identification of ancient dairy products in East Asia were conducted based on "SEIMINYOUJYUTU" which is the order ancient document available in East Asia and contains detailed explanation about milk processing, and then the spread pathway of these milk processing techniques into East Asia was discussed in this paper. As the results of reproduction and identification experiments, RAKU was identified as sour milk, KANRAKU could not be identified, ROKURAKU was identified as unmatured type cheese such as KHOROOT of Mongolian pastoralists and KURUT of Turki pastoralists, and SO was identified as butter and butter oil. Since some imprecise descriptions were found in SEIMINYOUJYUTU through the reproduction experiment, it was considered that Kashikyou, the author of SEIMINYOUJYUTU, was the just editor to use various texts which were gathered from different ethnic origins on milk processing and did not conduct processing milk products by themselves. The milk processing such as sour milk (RAKU) making from raw milk, butter (SO) making from sour milk (RAKU) by churning, butter oil (SO) making from butter by heating are wide spread techniques and still used among the current pastoralists in West Asia, South Asia, Central Asia and Inner Mongolia. As the comparison with components in milk products and the milk processing techniques of pastoralists in the Asian continent, it was concluded that the milk processing techniques adopted in SEIMINYOUJYUTU were mainly influenced from the pastoralists in North Asia and/or Central Asia.
著者
バルカス マイノル 大橋 登美男
出版者
日本酪農科学会
雑誌
酪農科学・食品の研究 (ISSN:03850218)
巻号頁・発行日
vol.45, no.3, pp.A-71-A-74, 1996 (Released:2015-10-31)
参考文献数
21

Shiitake mushroom extract, obtained from industrial wastes of dry shiitake was found to reduce the coagulation time of 20% reconstituted skim milk (wt/v%) by stimulating the bacterial growth of Lactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus B-5b. A time-course study of the lactic acid production rates was conducted at its optimal temperature (37℃), with and without the addition of the extract. Maxima at 12 and 15 hr were obtained, with production rates of 140 and 90mg% lactic acid/hr, respectively. At these maxima, pH values in both media were around 4.90, and below that point, the fermentative activity of the bacteria was gradually inhibited by the increasing concentration of lactic acid in the medium.
著者
高橋 毅
出版者
日本酪農科学会
雑誌
ミルクサイエンス (ISSN:13430289)
巻号頁・発行日
vol.55, no.4, pp.263-276, 2007 (Released:2014-03-15)
参考文献数
48

Various improvements have been made to infant formulas until now. Thus, differences in growth and development of breast- and formula-fed infants are rather small. In order to mimic the growth and development of the breast-fed infant, many compounds have been added to formulas. In this paper, new supplements, especially derived from non-animal origin such as plant, to infant formula are reviewed: long-chain polyunsaturated fatty acids, sn-2 (beta) palmitate, nucleotides, oligosaccharides, and inositol.
著者
長縄 貴直 渡邊 康一 神崎 文次 太田 智章 虻川 久美子 細野 明義 山口 高弘
出版者
日本酪農科学会
雑誌
ミルクサイエンス (ISSN:13430289)
巻号頁・発行日
vol.51, no.1, pp.33-37, 2002
被引用文献数
3

市販のカマンベール,ゴーダチーズ,マスカルポーネ,クリームチーズおよび無塩バターを用い,アクロレイン・シッフ反応とオイルレッド O 染色の組織化学的二重染色法により,タンパク質と脂肪の存在様式とその分布を観察した.また,各試料の成分分析を行なった.その結果,各試料のタンパク質と脂肪の存在様式は,それぞれのチーズとバターの特性を反映するものであった.本研究で用いた組織化学的手法はチーズとバターの特性を把握するのに有効であることが判明した.
著者
渡邊 正行 宮本 真理 橋場 炎 中島 肇
出版者
日本酪農科学会
雑誌
ミルクサイエンス (ISSN:13430289)
巻号頁・発行日
vol.64, no.1, pp.25-34, 2015

組織には,その後の組織のありかたを方向付ける開祖と呼ばれる人物が存在することがある。雪印乳業(株)(現,雪印メグミルク(株))の乳酸菌研究の開祖は,北海道大学農学部応用菌学教室二代目の佐々木酉二教授であると言って良いだろう。佐々木名誉教授は,雪印乳業(株)の前身である北海道製酪組合連合会に勤務していた1935年に北海道月形集乳場の生クリームから「ブルガリア乳酸桿菌(L. bulgaricus)」を分離し,この菌株を使った乳酸菌飲料を開発した。この製品は北海道製酪組合連合会を通じて製造販売されたのである。佐々木名誉教授は,北海道大学で学術研究に従事した後も,様々な形で北海道製絡組合連合会や雪印乳業(株)の乳酸菌研究に多大な影響を与えた文字通りの開祖である。佐々木名誉教授が分離した菌株は,後述するように,乳酸菌の命名法の変遷に伴いL. helveticus Lj-1株という菌種菌株名で現在でも使用されている。北海道限定ではあるが,雪印メグミルク(株)で製造販売されている乳酸菌飲料「カツゲン(現在は,ソフトカツゲンという名称で販売)」は,このL. helveticus Lj-1株を使用した製品の一つである。
著者
山口 和美 石下 真人 鮫島 邦彦
出版者
日本酪農科学会
雑誌
ミルクサイエンス (ISSN:13430289)
巻号頁・発行日
vol.50, no.2, pp.55-59, 2001 (Released:2015-10-31)
参考文献数
13

ホイップクリームの微細構造と安定性について脂肪の種類(動物性・植物性),あるいは糖やスキムミルク添加による影響を検討した.1. ホイップクリームは気泡を取り囲む脂肪球が結合している構造で,ホイップ操作によって脂肪球径が大きくなった.2. 貯蔵弾性率(G′)は温度上昇とともに低下し,40℃付近で最低となった.3. 示差走査熱量分析においては40℃付近に吸熱反応の終了温度(Tc)がみられ,固体脂肪は40℃付近で融解することを示していた.吸熱エンタルピーは乳脂肪クリームが最も小さく,糖類添加,スキムミルク添加,植物性クリームの順に大きくなった.
著者
イングリッド・S・ スノロ 細野 明義
出版者
日本酪農科学会
雑誌
酪農科学・食品の研究 (ISSN:03850218)
巻号頁・発行日
vol.44, no.3, pp.A-91-A-98, 1995 (Released:2015-10-31)
参考文献数
20

インドネシアは世界最大の群島であり,多くの伝統的発酵食品が存在する。それら発酵食品には微生物としてカビ,酵母,細菌が関与しているが,構成微生物菌叢や製造過程での成分変化について明らかにされているものは極く一部に過ぎない。本稿ではカビを用いて製造するオンチョム,テンペ,タウチョ, ケチャップ,酵母を用いて製造するタペシンコン,タペクタン,ブルムケーキ,ブルムバリ,そして細菌を用いて製造するダディヒ,ミニャクサミン,テラシ,ケチャップイカン,イカンペダ,テルルアシン,テムポヤについて新しい知見と併せ紹介する。
著者
春田 裕子 上田 典子 加藤 健 辻 秀一 吉岡 俊満
出版者
日本酪農科学会
雑誌
ミルクサイエンス (ISSN:13430289)
巻号頁・発行日
vol.58, no.3, pp.135-141, 2009 (Released:2014-03-15)
参考文献数
41
被引用文献数
1

牛乳由来のスフィンゴミエリン(以下,SPM)高含有素材を経口摂取した場合の皮膚への効果を検証した。健康な日常生活を営む男女25名を対象に,SPM 高含有素材(330 mg/日,SPM 22 mg/日)のプラセボを対照にした 6 週間の二重盲検摂取試験を実施した。摂取 3 週目,摂取 6 週目および摂取終了 2 週間後に皮膚の水分量,水分蒸散量および油分量を測定した。その結果,SPM摂取群においてプラセボ群に対して左眼下部の水分量が有意に高値を示し,油分量は高値を示す傾向であった。また,自覚症状のアンケート調査では,SPM 摂取群において皮膚の「つや」および「はり」に改善が認められた。以上のことから,SPM 高含有素材は皮膚の健康を維持する上で有効な食品であることが示唆された。
著者
岩淵 紀介 蛭田 直幸 清水 金忠 八重島 智子 岩附 慧二 保井 久子
出版者
日本酪農科学会
雑誌
ミルクサイエンス (ISSN:13430289)
巻号頁・発行日
vol.58, no.3, pp.129-133, 2009 (Released:2014-03-15)
参考文献数
13

Bifidobacterium longum BB536の鼻腔内投与によるマウスの気道の粘膜免疫とインフルエンザウイルス感染に対する影響を調べた。マウスにリン酸緩衝生理食塩水(コントロール群)または BB536加熱死菌体(BB536投与群)を 3 日間鼻腔内に投与した後に,インフルエンザウイルス(PR8 株)を鼻腔内に接種した。3 日後にリン酸緩衝生理食塩水で下気道に押し流し,累積発症率および生存率を14日間観察した。BB536投与群では,累積発症率と生存率の有意な改善が認められた。また,3 日間のリン酸緩衝生理食塩水または BB536菌体の鼻腔内投与の後に,肺縦隔リンパ節と鼻関連リンパ組織から細胞を調製した。調製した細胞をコンカナバリン A 存在下で 3 日間培養し,培養上清中のサイトカインを測定した。BB536投与群で肺縦隔リンパ節からの IL-12p40産生と鼻関連リンパ組織からの IFN-γ 産生が増加した。これらの結果から,BB536の鼻腔内投与は肺縦隔リンパ節や鼻関連リンパ組織の細胞性免疫を賦活し,インフルエンザ感染を防御したと考えられた。
著者
平田 昌弘 Mihaela Persu 山田 勇
出版者
日本酪農科学会
雑誌
ミルクサイエンス (ISSN:13430289)
巻号頁・発行日
vol.66, no.1, pp.27-37, 2017 (Released:2017-04-22)
参考文献数
15

本稿では,南西ヨーロッパのルーマニアにおいて,かつて移牧民であった世帯とかつて半農半農民であった世帯を対象に,1)乳加工体系を把握し,2)西ヨーロッパで実践されている熟成チーズや南西ヨーロッパ諸国の乳製品と比較検討することにより,ルーマニアの乳加工体系の特徴を分析することを目的とした。凝固剤を用いたチーズ加工では,ブルンザ・デ・ブルドゥフとテレメエと呼ばれる2種類のチーズが加工されていた。ブルンザ・デ・ブルドゥフは,凝乳からホエイをできるだけ排出させ,静置による熟成を経てから,凝乳を粉砕して塩と混ぜ合せて加塩していた。ブルンザ・デ・ブルドゥフは,熟成ハード系チーズに相当し,アルプス山脈以北のヨーロッパ西部でみられる熟成ハード系チーズへと展開するチーズである可能性が高いことが示唆された。テレメエは,凝乳を加圧してホエイを排出した後に,数日間の静置による熟成を経ることなく,直ぐに塩水に漬けて加塩していた。テレメエは,フレッシュチーズ,もしくは,熟成フレッシュチーズに相当する。このテレメエの加工は,ブルガリア,ギリシャやイタリアでもおこなわれており,アルプス山脈以南の地中海域に共通したチーズとなっている。ヨーロッパで熟成チーズがアルプス山脈を境に,北側と南側とでそれぞれ特徴的に発展していった発達史を考察するにおいて,ルーマニアのチーズ加工技術は極めて興味深い情報を提供してくれている。
著者
小林 敏也
出版者
日本酪農科学会
巻号頁・発行日
vol.61, no.3, pp.277-280, 2012 (Released:2013-07-26)
著者
平田 昌弘 ヨトヴァ マリア 内田 健治 元島 英雅
出版者
日本酪農科学会
雑誌
ミルクサイエンス (ISSN:13430289)
巻号頁・発行日
vol.59, no.3, pp.237-253, 2010 (Released:2014-03-15)
参考文献数
19
被引用文献数
1

本稿では,ブルガリア南西部の乳加工体系とその特徴を明らかにし,バルカン半島のブルガリアにおける乳加工発達史を論考した。ブルガリアの乳加工体系は,発酵乳系列群と凝固剤使用系列群の乳加工技術が確認された。ブルガリアの発酵乳系列群は西アジア由来の乳加工技術である可能性が極めて高く,冷涼性ゆえに水分含量が比較的高くても保存が可能なため,酸乳やバターの段階で加工が終了してしまうように変遷していた。塩水漬けにしてチーズの熟成をおこなうバルカン半島ブルガリアのチーズ加工技術は,熟成をおこなわない西アジアと熟成に特化したヨーロッパのちょうど中間的な位置にあり,ヨーロッパのチーズ加工の土台を形成した可能性が高いと考えられた。更に,レンネット利用がチーズ加工にではなくチャーニングによるバター加工用の生乳凝固に利用されていることから,もともとのレンネット利用は先ずバター加工に用いられ,後にバター加工からチーズ加工へと転用されていった可能性が高いと考えられた。これらのことから,レンネット利用によるチーズ加工の起原地の一候補地がバルカン半島であることが示唆された。このように,ブルガリアの乳文化は人類の乳加工史において極めて重要な乳加工技術を今日に伝えている。これらのブルガリアの重要な乳加工技術も,社会主義体制への移行・崩壊,EU 加盟を通じて,経営的に成り立たず,多くが消え去ろうとしている。ブルガリアは,EU という巨大経済圏に加盟したまさに今,自国の農業生産や文化の継承のあり方について問われている。