著者
遠藤 秀紀 山崎 剛史 森 健人 工藤 光平 小薮 大輔
出版者
日本野生動物医学会
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.19, no.1, pp.21-25, 2014-03-31 (Released:2014-05-31)
参考文献数
12

ハシビロコウ(Balaeniceps rex)の咽頭腔と舌骨を三次元 CT画像解析により検討した。咽頭と頭側の食道は,左右両側へ著しく拡大していた。巨大な咽頭と頭側の食道,固定されていない柔軟な舌骨,退化した舌が観察された。これらはハシビロコウがその採餌生態に特徴的な大きな食魂を受け止めることを可能にしていると考えられた。ハシビロコウの咽頭腔領域の構造は,大きな食塊を消化管へ通過させる柔軟な憩室として機能していることが示唆された。また,舌骨,口腔,咽頭腔,頭側の食道腔に左右非対称性が観察された。この非対称性もハシビロコウが大きな魚体を嚥下することに寄与している可能性がある。
著者
木戸 伸英
出版者
日本野生動物医学会
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.23, no.1, pp.1-6, 2018-03-30 (Released:2018-07-21)
参考文献数
19

私は動物園獣医師として10年程働いてきた。私の働いている環境は,特別恵まれた環境ではなく,極めて一般的な環境で,経験できる症例の数も限られるし,扱えるお金の額も多くない。しかし,そのような環境でも,いくつかの実績を論文として残すことができた。主には動物園で飼育動物の診療を行う傍らで経験した症例に関する論文と,神奈川県からの委託事業で横浜市が行っている傷病鳥獣保護事業で得た知見を論文にしたものがある。加えて,わずかではあるが,動物園で働く飼育員の論文投稿を手伝うこともできた。なぜ論文の作成にこだわるかというと,動物園では経験できる事柄が限られ,しかも過去の報告を調べても十分な情報を得られることが少ない。それ故に,論文として情報を広く公開することは非常に重要で,その情報が誰かの助けになるかもしれないし,あるいは新たな知見を得る手掛かりになるかもしれない。動物園や水族館では新たなことに挑戦する機会が多いと思うが,挑戦した事柄を論文として残し,広く知ってもらうことが大切だと考えている。こういった点で私自身は多少なりとも動物園や野生動物医学の発展に貢献できたのではないかと思っている。そして,今後もその努力を続けていきたいと考えている。
著者
森光 由樹
出版者
日本野生動物医学会
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.21, no.3, pp.91-96, 2016-04-30 (Released:2018-05-04)
参考文献数
8

野生動物と人との軋轢は,農業被害だけにとどまらず,近年は「人家侵入」,「器物の破壊」および「人への威嚇」など,生活被害や人身被害にまで拡大し始めている。これらの動物を捕獲する場合,まず猟銃による捕獲が考えられるが,「鳥獣の保護及び狩猟の適正化に関する法律」並びに「銃刀法」などの規制から市街地で発砲し捕獲することはできない。そこで,猟銃に比べて極めて威力が小さく,器物破損等の恐れがほとんどない麻酔銃による捕獲が法律改正により使用可能となった。麻酔銃捕獲は,安全な捕獲法ではある。しかし,いくつか課題がある。麻酔銃を所持するには,管轄する都道府県公安委員会(警察)から審査を受けて許可を受けねばならない。また,ガンロッカー等頑丈な保管庫で管理する必要もある。年1回,管轄する警察署による銃検査が行われ使用実績や管理状況について報告する義務が生じる。その一方で麻酔銃は産業銃であるため,猟銃の所持には必要な筆記試験と実技試験が課せられず,銃の基本的な扱いを修得していない者であっても警察の審査さえ通れば所持可能である。安易な導入と使用により,思わぬ事故が誘発されるおそれもある。以上のことから,改正法における麻酔銃の位置づけや運用には,その特徴に起因する様々な問題点の整理と留意とが不可欠と考えられる。
著者
松山 亮太 淺野 玄 鈴木 正嗣
出版者
日本野生動物医学会
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.21, no.3, pp.59-63, 2016-04-30 (Released:2018-05-04)
参考文献数
8

これまでに著者らは,タヌキ(Nyctereutes procyonoides)-イヌ(Canis lupus familiaris)間におけるセンコウヒゼンダニ(Sarcoptes scabiei)の交差感染の有無を明らかにすることを目的に,これらの宿主動物に由来するセンコウヒゼンダニ集団について遺伝学的研究を実施してきた。その結果,タヌキ-イヌ間の交差感染に関する遺伝学的証拠を得ることができた。しかし同時に,狭い調査地域においてセンコウヒゼンダニ集団が2つの遺伝的グループに明確に区分されることも明らかとなった。この現象が生じた要因を考察すると,「イヌや野生動物の移動によりダニの移入が生じた可能性」,「センコウヒゼンダニの行動生態に原因がある可能性」,「宿主-センコウヒゼンダニ間の相互作用により,センコウヒゼンダニの遺伝的差異が形成された可能性」が考えられた。それぞれの可能性を検証するには,疫学研究やセンコウヒゼンダニの生態学的研究に加え,disease ecologyの枠組みの中で研究を行う必要がある。
著者
村田 浩一
出版者
日本野生動物医学会
雑誌
Japanese journal of zoo and wildlife medicine (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.7, no.2, pp.145-148, 2002-09
参考文献数
6

飼育下アジアゾウ(Elephas maximus)3個体の体表にゾウハジラミ(Haematomyzus elephantis)寄生を認めた。感染個体は高度の〓痒感を示し,室内の壁面や床面に体を擦り付ける行動が見られたが,これによる擦過傷や丘疹の発生は認めなかった。合成ピレスロイド系薬剤の寄生部位への局所投与には効果がなかった。カーバメイト系シャンプー剤による全身洗浄を約2か月間に5〜7回行ったところ著効が認められた。ゾウの検疫にはゾウハジラミ寄生にも注意を払う必要がある。
著者
佐鹿 万里子 森田 達志 的場 洋平 岡本 実 谷山 弘行 猪熊 壽 浅川 満彦
出版者
日本野生動物医学会
雑誌
日本野生動物医学会誌 = Japanese journal of zoo and wildlife medicine (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.14, no.2, pp.125-128, 2009-10

An immature male raccoon (Procyon loter) with severe mange was captured at Kita-Hiroshima City, Hokkaido, Japan, on February 2005. The severe alopecia and crusting lesion were found on dorsal side of the raccoon, and mites obtained from the lesion were identified as Sarcoptes scabiei by both morphological and molecular biological methods (2nd internal transcribed spacer: ITS-2). The present case is the first record of mange caused by S. scabiei from free ranging raccoons in Japan. 2005年2月,北海道北広島市にて腰部から尾部にかけ著しい脱毛と痂皮を形成したアライグマProcyon lotor雄幼獣一個体が捕獲され,当該病変部から多数の小型ダニ類が検出された。形態および 2nd internal transcribed spacer (ITS-2)の塩基配列から,これらのダニ類はSarcoptes scabieiと同定された。本症例は日本産アライグマのS. scabieiによる疥癬の初報告となった。
著者
常田 邦彦
出版者
日本野生動物医学会
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.21, no.3, pp.73-79, 2016-04-30 (Released:2018-05-04)
参考文献数
30
被引用文献数
1

狩猟の主な目的は時代とともに変化してきた。近代に入って重要な位置を占めた商業的狩猟の時代はすでに終わり,被害防除のための捕獲の拡大と,レクリエーション狩猟の縮小が現在の特徴となっている。明治時代初期に整備が始まった狩猟法とそれを引き継いだ鳥獣保護法は鳥獣の捕獲に対する規制法であったが,1999年の改正以降性格が変わりつつある。それは,生物多様性の保全を目的とした自然保護法的な性格と,計画制度や事業制度の拡充による科学的計画的な事業の推進という性格が強まっていることである。2014年の鳥獣保護法の改正は,「保護」と「管理」を対立的な狭い概念として法律的に定義したという問題点を持つ一方,個体群コントロールを促進するための指定管理鳥獣捕獲等事業や,事業の適切な担い手確保を意図した認定鳥獣捕獲等事業者制度が創設されるなど,時代の要請に応える内容となっている。改正法の実効性の評価はまだできないが,今後の展開を期待したい。ただし,この改正はやはり対症療法の域に止まっており,現在の社会的状況は鳥獣保護管理の基本的な枠組みの再検討を必要としている。
著者
木戸 伸英
出版者
日本野生動物医学会
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.23, no.3, pp.71-75, 2018-09-28 (Released:2018-12-05)
参考文献数
2

現在,日本の動物園・水族館が主体となって調査・研究を行う機会は,それ程多くないと感じている。その理由としては,研究費や人手不足等様々な問題があるだろうが,最も大きな原因はノウハウが不足している,という点にあると思う。本稿では筆者が動物園で勤務しながら行ってきた次の五つの調査・研究活動の手法(①目的を持つ,②データを集める,③データを整理して方向付けする,④結果の意味を考える,⑤口頭発表・論文発表を行う)を紹介することで,将来動物園・水族館での調査・研究活動の活性化に寄与できればと期待している。動物園・水族館で調査・研究を行う事は,得られた知見を社会に還元する意義と共に,働く職員のスキルアップ,あるいは専門性を高めるためにも有益であると考える。今後多くの方々が積極的に調査・研究活動に取り組んで頂ければ幸いである。
著者
中谷 裕美子 岡野 司 大沼 学 吉川 堯 齊藤 雄太 田中 暁子 福田 真 中田 勝士 國吉 沙和子 長嶺 隆
出版者
日本野生動物医学会
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.18, no.2, pp.71-74, 2013 (Released:2013-09-19)
参考文献数
16
被引用文献数
4 5

沖縄島やんばる地域における広東住血線虫はクマネズミなどで寄生が確認されているものの,在来のケナガネズミなどにおける感染状況や病原性は不明であった。本症例はケナガネズミが広東住血線虫感染により死亡した初の報告事例であり,病原性が明らかとなった。これは人獣共通感染症である広東住血線虫症が,人のみならず野生動物にも悪影響を及ぼし,特に希少野生動物の多いやんばる地域においては大きな脅威となる可能性があることを示している。
著者
田中 魁 炭山 大輔 金澤 朋子 佐藤 雪太 村田 浩一
出版者
日本野生動物医学会
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.24, no.2, pp.65-71, 2019-07-11 (Released:2019-09-15)
参考文献数
32
被引用文献数
4

近年,血液原虫研究分野では,形態学に加えて分子生物学的手法を用いた種分類や系統解析がなされており,特に国外におけるハト目鳥類(Columbiformes)の血液原虫研究においては,形態学的特徴を基に分類された種数をはるかに超える分子系統の存在が明らかになりつつある。しかし,国内のハト目鳥類における血液原虫の感染状況や分子系統に関する研究は未だ極めて少ない。そこで本研究では,日本国産(関東圏,沖縄,小笠原の3地域)のハト目鳥類における血液原虫の感染実態と分子系統を明らかにすることを目的とした。対象地域のハト目鳥類(4属5種3亜種173個体)における血液原虫感染率は,50.9%(88/173)であった。分子系統解析の結果,少なくとも2属2亜属5種の鳥マラリア原虫(Plasmodium spp. / Haemoproteus spp.)と,4種のLeucocytozoon属原虫が感染している可能性を示した。ハト科のLeucocytozoon属原虫は,これまで形態学的に1種のみが同定され,他の原虫属と比較しても種特異性が高いことが報告されているが,本研究において分子系統的に宿主鳥類の目間を越える原虫の伝播が生じている可能性が示唆された。本研究から得られた感染実態と分子系統解析結果は,血液原虫の分類を見直す必要性を提示し,今後も同様の継続的な監視・調査を行うことが,国内に生息する希少ハト目鳥類の保全に貢献すると考えた。
著者
望月 明義 伊藤 哲也 会田 仁 山本 和治 浅川 潔 太田 信行
出版者
日本野生動物医学会
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.21, no.4, pp.141-144, 2016-12-22 (Released:2017-06-09)
参考文献数
10

長野県安曇野市の犀川で越冬する水鳥のうち,眼球突出を示した個体が2010年から5年間観察された。環形動物門ヒル綱に属するTheromyzon sp. がコハクチョウの腫大した眼部から採集されたが,血液が充満し,状態不良のため種は同定できなかった。水鳥がねぐらとする池において,ミズドリビル(T. tessulatum)の生息が確認されたことから,水鳥の眼球突出は本種ヒルの寄生によるものと考えられた。
著者
稲葉 智之
出版者
日本野生動物医学会
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.4, no.2, pp.93-100, 1999 (Released:2018-05-05)
被引用文献数
1

骨格標本は, 現在まで多くの方法で作製されてきている。しかし, 交連標本も容易に作製できる, カツオブシムシに蚕食させて作る方法の概要についてはほとんど知られていない。頸椎以降の骨格も数多く残され, 貧弱な日本の標本が充実されるように, ムシを用いた骨格標本作製法の実際を紹介した。さらに, 骨格研究の参考資料となるよう, 哺乳動物のみであるが著者の所蔵する骨格標本目録を作成した。
著者
石川 創
出版者
日本野生動物医学会
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.15, no.1, pp.1-3, 2010 (Released:2018-05-04)
参考文献数
7
被引用文献数
1

動物福祉とは何かを一言で定義することは難しい。しかし,一般的には「人間が動物を所有や利用するにとを認めたうえで,その動物が受ける痛みや苦しみを最小限にすること」と解釈することができる。にの定義においては,動物を殺すことは否定しておらず,「殺す場合には可能な限り苦痛のない殺し方をするにと」と考える。動物福祉と類似するが異なる考え方として「動物の権利(Animal rights)」があるが,ここでは「すべての動物は平等であり(ヒトと)同等の生存権を持つ」と考え,適用の範囲は人や団体によってさまざまであるものの,基本的には動物を殺したり食べたりすることを認めていない。動物福祉の対象は産業動物(家畜),実験動物,伴侶動物および野生動物に大別される。動物福祉の指針としては,主に産業動物を対象にした「5つの自由」および実験動物を対象とした「3つのR」が知られているが,その概念は伴侶動物(ペット)や,人が関与し得る限りにおいて野生動物に対しても適用可能である。野生動物の動物福祉に関して,本学会では,「野生動物および動物園動物を対象とする研究活動(収集,飼育,実験を含む)において,対象動物のQOLを確保するための基本原則を定め,さらに自然保護,動物の福祉および適正利用を目指す。」と定め,研究対象とする動物のQOL(Quality of life)の確保に重点を置いている。
著者
進藤 順治 吉田 直幸
出版者
日本野生動物医学会
雑誌
Japanese journal of zoo and wildlife medicine (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.6, no.1, pp.23-26, 2001-03

新潟市水族館で飼育されている10羽のオスのフンボルトペンギンの精液量と精子濃度を1年間測定した。フンボルトペンギンの精液は7月から8月中旬の換羽期以外は,高い割合で採取することができた。精液量は一年を通し0.02mlから0.04mlの間で推移していた。平均精液量は0.026±0.009mlであった。精子濃度は10月から2月の間は高い値で推移し,一方換羽期間は著しく低下していた。平均精子濃度は21.9±11.2 10^8/mlであった。今回の結果から,最も繁殖に適した時期は晩秋から早春にかけてであると思われた。
著者
佐藤 寛子 羽山 伸一 高橋 公正
出版者
日本野生動物医学会
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.12, no.2, pp.81-86, 2007 (Released:2018-05-04)
参考文献数
22

ダイオキシン類は,実験動物あるいは野生生物が暴露した場合,甲状腺の機能や形態に影響を及ぼす。今回我々は野生ニホンザル(Macaca fuscata)の甲状腺におけるダイオキシン類の影響について報告する。野生サルはヒトの居住地の周辺で生活しており,生物分類学的にヒトに最も近い動物種である。野生サルの脂肪組織,肝臓,骨格筋からダイオキシン類(PCDDs,PCDFs,Co-PCBs)の残留濃度を分析した。また,甲状腺については病理組織学的に検索し,画像解析を用いて濾胞上皮細胞の肥大を定量的に評価した。PCDDs,PCDFs,Co-PCBsの残留濃度はいずれも0.2〜26pgTEQ/g-fatの範囲だった。病理組織学的検索において,TEQに関連した甲状腺の変化は認められなかった。さらに,濾胞の数や濾胞上皮細胞の大きさにもTEQに関連した変化は認められなかった。このように,野生ニホンザルは自然環境からダイオキシン類に暴露されてはいたが,検出されたレベルでは甲状腺の機能や形態に影響を及ぼさなかったと考えられた。
著者
三村 春奈 伊藤 里恵 岡田 あゆみ 瀬戸 静恵 進藤 順治 杉浦 俊弘
出版者
日本野生動物医学会
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.18, no.4, pp.125-128, 2013-12-19 (Released:2014-03-14)
参考文献数
12

北海道千歳市周辺で捕獲され,う蝕様病変のみられた54頭のアライグマについて,歯種ごとの発生調査と年齢査定を行った。う蝕様病変は,臼歯に集中し,特に後臼歯が重篤な状態であった。また,歯石の付着は49頭で観察され,う蝕様病変と同様に臼歯に集中していた。病変のみられた年齢の個体は,1.5歳未満と5.5歳以上で少なく2.5歳から4.5歳が約60%を占めていた。さらに,う蝕様病変の病態は加齢に伴い重症化する傾向がみられた。
著者
淺野 玄
出版者
日本野生動物医学会
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.15, no.1, pp.5-8, 2010 (Released:2018-05-04)
参考文献数
6

安楽死とは,苦痛がない,または苦痛が最小限の死である。わが国では動物愛護管理法で動物の人道的な殺処分に関する規定がなされているが,対象は家庭動物,展示動物,産業動物(畜産動物),実験動物などの人の飼養に関わる動物であり,野生動物の殺処分について定める法律は整備されていない。しかし,現実的には,被害軽減のための個体数調整,特定外来生物の防除,野生動物救護,調査・研究などにおいて,野生動物の殺処分が必要な場面は多い。野生動物の命を奪うにとの精神的ストレスや処分に対する社会的圧力に耐え,安楽殺処分に対する説明責任を果たすためには,動物への苦痛が最小限の方法を実施することが不可欠である。今後,野生動物の適切な安楽殺処分のためのガイドラインの整備や優れた人材の育成が望まれる。
著者
甲斐 知恵子
出版者
日本野生動物医学会
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.2, no.1, pp.13-17, 1997 (Released:2018-05-05)
参考文献数
19

現代は史上かつてないほどの大量絶滅の時代といわれ, 多くの種が絶滅の危機に陥っている。種の絶滅は, 気象などの環境の変化, 動物種間の競合, 食物連鎖の変化など複数の要因が重なり合って起こると考えられている。それに加え伝染病の流行もその一つの原因と数えられる。近年, 野生動物の間で突然起こったウイルス感染症の流行を例として, 伝染病の流行が種の保存に与える影響, また流行の原因や人間の関与, 我々のなすべきことなどについて考察を行った。1980年代の終わりから, 海洋動物の大量の死亡例が相次いだ。北西ヨーロッパの海洋地帯でのゼニガタアザラシの大量の死亡, ついでシベリアのバイカルアザラシ, ネズミイルカ, マイルカと, 異なる種で同じような呼吸器症状や神経症状を示して死亡した例が相次いで発見された。これに対して病理学的, 免疫学的診断、ウイルスの分離, その後の分子生物学的検索など世界的な協力のもとに調査・研究が迅速に行われた。その結果, 原因ウイルスはイヌジステンパーウイルスに近縁で, 各々別の3種類の新種ウイルスであった。さらに, これまで発症例を見なかったライオンにもジステンパー感染症が起こった。このような新たなウイルスの出現や既知のウイルスの宿主域の拡大の原因は解明されていない。しかし, 海棲動物の例では環境変化によるウイルス保有動物が免疫力のない野生動物の生態系へ移動したこと, ライオンでは人間の飼い犬のウイルスがイヌ科動物を介して伝播した説が最も有力である。このようなウイルス感染症の流行による個体数の激減は, 人間が直接的・間接的に野生動物の生態系へ影響を与えた結果と考えられる。研究面からの貢献はもちろんのこと, 人間の地球環境への影響の問題や, 野生動物の伝染病流行が起きた場合の対策などは、今後の人類の重要検討課題と考える。