著者
濱﨑 愛子
出版者
日本野生動物医学会
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.26, no.1, pp.7-10, 2021-03-31 (Released:2021-06-11)
参考文献数
12

ツキノワグマにおいて,年輪構造の観察による年齢査定に選択すべき歯を検討する目的で,飼育下にある0歳のツキノワグマ(Ursus thibetanus japonicus)9頭を対象に,永久歯の萌出時期を観察した。その結果,歯の種類によって生え換わりの時期が異なることが明らかになった。最も早く萌出した永久歯は下顎第一前臼歯であった。最も遅く2月に萌出した犬歯を最後に,飼育下のツキノワグマでは生後約1年間ですべての永久歯が萌出することが確認された。これにより,生体からの年齢査定を目的とした抜歯には,最初の年輪(暗層)に先立って形成される明層が広く判読が容易な下顎第一前臼歯を第一選択肢とすべきであることが示唆された。
著者
三根 恵 松本 淳 加藤 卓也 羽山 伸一 野上 貞雄
出版者
日本野生動物医学会
雑誌
Japanese journal of zoo and wildlife medicine = 日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.15, no.2, pp.101-104, 2010-09-01
参考文献数
17

2006年~2007年に,神奈川県逗子市および葉山町で捕獲されたアライグマ<I>Procyon lotor</I>から直腸便と消化管内容を採取し,消化管内寄生蠕虫相を調査した。検出された寄生蠕虫種は合計8種で,その内訳は,不明線虫が2種,棘口吸虫科の吸虫類が2種,鉤頭虫類が<I>Southwellina hispida</I>,<I>Porrorchis oti</I>,<I>Sphaerirostris lanceoides</I>,不明鉤頭虫の4種であった。調査地域のアライグマの寄生虫相は比較的単純であり,アライグマの原産地(北アメリカ)で認められる寄生虫種は確認されなかった。
著者
豊嶋 省二
出版者
日本野生動物医学会
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.17, no.1, pp.1-2, 2012-03-30 (Released:2018-07-26)

動物園獣医師の仕事といって真っ先にあげられるのは,動物園で飼育展示する動物がケガや病気になった際の治療行為=臨床業務である。飼育されてはいるが,動物園動物は外敵から身を守る本能を身につけた野生動物である。外的から襲われるおそれのない動物園動物だが,異常を隠す傾向が強く,病気であることを早期に発見することは難しい。それゆえに動物園動物の健康を守るためには,動物が病気になることを予防すること,動物が異常な状態になったこと(病気,ケガ)を早期に発見して治療することが大切となる。動物を病気から予防するためにワクチネーションや抗菌剤の予防的接種,飼育場所の衛生管理,動物の栄養管理なども行っている。動物園では,動物の移動に伴う外部からの病原体の侵入を防止するための取組みとして,外部から導入する全ての動物で自主的に検疫を行い,健康であると確認された動物が,飼育展示施設に移動し展示に供される。園内で死亡した飼育展示動物は全て病理解剖を実施し,死因を究明している。
著者
福井 大祐
出版者
日本野生動物医学会
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.19, no.4, pp.105-112, 2014-12-22 (Released:2018-05-04)
参考文献数
44

動物園が飼育展示動物を適切に健康管理する上で,動物衛生・公衆衛生対策は重要課題である。その対象は,飼育動物のみならず,家畜,野生動物およびヒトに共通に感染する病原体に及ぶ。動物園では,自然界との完全な境界はなく,感染症の園外からの侵入防止対策や予防医学プロトコールを含むバイオセキュリティ対策が日々実践されている。例えば,北米の動物園の多くでウエストナイルウイルスの侵入以来,カのサーベイランスや防除は一般的な対策となっている。一方,飼育動物の感染症を自然界へ拡散させない注意も必要である。また,動物園の敷地(zoo ground)内で野生動物が保護されたり,死体が見つかったりすることがあるが,それらの検索はその地域の野生動物感染症のモニタリングとリスクマネジメントにつながり,ひいては基本的な予防医学プロトコールの一部となる。実際に,2008-2009年冬に旭川周辺で発生したスズメ(Passer montanus)の集団死事例では,初発例が一動物園の敷地内で死亡した野生スズメ1羽で,その検索から始まったサーベイランスにより,死因がサルモネラ症の流行によるものと究明されている。動物園は,今後,バイオセキュリティ対策と野生動物感染症のモニタリング機能のさらなる強化を目指し,ヒト,家畜および野生動物の健康を支える生態学的健康(Ecological Health)を診断および維持する保全医学的機能を備えた野生動物保全センターとしての発展が期待される。
著者
亀崎 直樹
出版者
日本野生動物医学会
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.24, no.3, pp.87-90, 2019-09-25 (Released:2019-11-25)

近年,水族館における研究活動が停滞している。そこで,水族館での研究活動の必要性や停滞する原因を分析した。国内では,1960年代に多くの水族館が設立され,集客の目的もあったが,設立者の理念としては,海や海洋生物を博物学的・生物学的に一般に普及したいとする教育的目的があった。また,当時は海洋生物の生態に関する情報も少なく,多くの市民の関心を呼んだ。ところが,ある時代からか水族館がアミューズメントパークとして機能し始める。目的が教育からビジネスに移行したのだ。そしてビジネスを目指す人材がトップにたつと,研究は必要ではなくなり,むしろ邪魔なものになった。海洋生物についての研究は,社会全体で見れば活発ではあるが,その予算の大部分は主として食料となる水産資源となる生物を対象とした研究に費やされる。水産資源として価値のない生物はほとんど無視され,研究スピードは遅々としている。しかし,生物多様性の価値観は近年見直すべきだとする思想は,現代社会の潮流となっている。水産資源ではない海洋生物を,純粋な博物学的な価値観で扱える施設は水族館だけである。水族館は海や川に関する学問を一般に普及するために重要な役割を担っている。また,それを実行するためには研究が必要不可欠である。
著者
遠藤 秀紀 岡の谷 一夫 松林 尚志 木村 順平 佐々木 基樹 福田 勝洋 鈴木 直樹
出版者
日本野生動物医学会
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.8, no.1, pp.69-73, 2003
参考文献数
8

コーンビーム型CTを用いて,ハダカデバネズミとジャワマメジカの全身を観察し,腹腔壁の構造を検討した。その結果ハダカデバネズミにおいて,薄い腹壁と発達の悪い胸椎および腰椎が三次元画像として確認された。柔軟性のある腹壁は,同種が切歯を用いて掘削を行う際に,土を腹側の空間を利用して体の後方へ送る機能を果たしていることが示唆される。またジャワマメジカでも脆弱な腹壁が観察された。同種の柔軟な腹壁は、消化管で食物の発酵を進めたり,大きい胎子を妊娠したりすることへの適応であると推察された。ジャワマメジカでは肩甲骨の位置が三次元画像上で容易に確認されたが,コーンビーム型CTは同種より大きいサイズの動物において,軟部構造をデジタルデータ上で除去しながら全身骨格を観察するのに適していると考えられる。
著者
佐方 啓介 佐方 あけみ マチャンゲ ジュリアス H. 牧田 登之
出版者
日本野生動物医学会
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.2, no.2, pp.91-99, 1997
参考文献数
14

タンザニア南東部のキロンベロ野生動物管理区で18頭のアフリカスイギュウ(<i>Syncerus caffer caffer</i>)を中心とした草食獣のダニ寄生相を調査した。合計7種32頭の草食獣から7種類のマダニ, <i>Amblyomma eburneum</i>, <i>Amblyomma gemma</i>, <i>Amblyomma tholloni</i>, <i>Hyalomma truncatum</i>, <i>Rhipicephalus compositus</i>, <i>Rhipicephalus evertsi evertsi</i>および<i>Rhipicephalus simus simus</i>を採取した。捕獲したアフリカスイギジュウのうち成体雌1頭に水心嚢, 心筋や心内外膜の点状出血がみられ, 肉眼所見でダニ媒介性のリケッチア感染, 水心症(Heartwater)と診断された。
著者
大沼 学
出版者
日本野生動物医学会
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.9, no.1, pp.1-8, 2004 (Released:2018-05-04)
参考文献数
40

絶滅危惧種を飼育下で繁殖させることは,種の保全を行う上で重要な手法となっている。本研究では,現在マレイシア国サラワク州において飼育下にある21頭のマレーゲマ個体群が今後維持可能かどうかを個体群存続可能性分析(population viability analysis : PVA)により評価した。 PVAを行うためにはマレーゲマの繁殖学的情報と遺伝学的情報が不足していた。そのため,はじめにメスの繁殖周期を観察するとともに,ミトコンドリアDNAの塩基配列を指標とした系統の分析とマイクロサテライト座位の多型を指標とした遺伝的多様性評価を実施した。その結果マレーグマは生息地域では雨季に同調して繁殖している可能性が高いこと,この飼育個体群は飼育下繁殖を実施する場合の創設集団として利用できるほどの遺伝的多楡|生を保持していることが明らかとなった。これらの新知見を加えてPVAを実施した結果,メス1頭を5〜10年間隔で補充する必要はあるが,既存の施設や現地の飼育管理技術を利用して現在の個体数を維持しながら80%以上の確率で個体群を維持できるということが明らかとなった。したがって,飼育個体群を維持することは,マレイシア国サラワク州におけるマレーグマの保護策のひとつとして考慮するべきであると考えられた。
著者
村田 浩一
出版者
日本野生動物医学会
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.2, no.1, pp.53-57, 1997 (Released:2018-05-05)
参考文献数
8

抗ヒトCRPモノクローナル抗体による免疫多層フィルム法でサルCRP値の測定を試みた。試料として飼育下の霊長目6属12種47個体から採取した血清もしくは血漿67検体を用いた。マカク属, オナガザル属, テナガザル属およびチンパンジー属の健康個体はすべて1.0mg/dlを示した。よって, この境界値を本法によるCRP陽性値とするのが適当と考えた。抗ヒトCRP抗体を用いた本法によるCRP測定は簡便かつ迅速であり、霊長目の動物の臨床診断に利用できる。しかし, 腸炎や肝炎などを呈した疾病個体に1.0mg/dl以下の値のものが認められ, ヒヒ属では健康個体にも関わらずCRP高値を示していた。本法による診断と応用については, 動物種もしくは属別の検討が必要である。
著者
高江洲 昇
出版者
日本野生動物医学会
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.22, no.1, pp.15-19, 2017

<p> 動物園の主な役割の1つとして研究が挙げられるが,動物園では研究のための人員,設備および予算は限定的であるため,外部機関と連携することが重要である。円山動物園における外部機関との研究事例を紹介しながら動物園における研究体制について考察する。円山動物園では,北海道大学獣医学研究科繁殖学教室の協力のもと,希少動物への人工繁殖技術の応用として,外尿道口からカテーテルを挿入する方法による精液採取の研究を実施している。ユキヒョウ,ホッキョクグマおよびブチハイエナから精液を採取することに成功しており,アムールトラについては精液採取後に人工授精を実施した。希少動物種の保全および多くの動物種の繁殖管理に重要な研究であり,大学からの専門的な技術や設備の支援により充実したものとなっている。続いて,野生動物調査事業者を中心とした任意団体と共同で行っている札幌市内の野生コウモリに関する研究を紹介する。制限はあるものの一般市民も参加可能という特徴があり,捕獲調査および捕獲したコウモリの飼育を通じてコウモリの生息状況の把握および生態の解明を目指している。こちらは研究目的の達成だけでなく,一般市民への教育効果が期待できる。外部機関と協働しながら行う,種の保全および教育などの動物園の重要な機能と結びついたこのような研究が動物園における研究の特色であり,今後動物園の価値を高めていくと考える。</p>
著者
中村 幸子 岡野 司 吉田 洋 松本 歩 村瀬 豊 加藤 春喜 小松 武志 淺野 玄 鈴木 正嗣 杉山 誠 坪田 敏男
出版者
日本野生動物医学会
雑誌
Japanese journal of zoo and wildlife medicine (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.13, no.1, pp.15-20, 2008-03
被引用文献数
2

Bioelectrical impedance analysis(BIA)によるニホンツキノワグマ(Ursus thibetanus japonicus)(以下,クマ)の体脂肪量FM測定法確立を試みた。クマを横臥位にし,前肢および後肢間の電気抵抗値を測定した。その値をアメリカクロクマに対する換算式に当てはめ,クマのFMを求めた。2005年9月から翌年の1月までの間,飼育下クマを用いて体重BMおよびFMを測定したところ,BMとFMの変動は高い相関(r=0.89)を示した。よって,秋のBM増加はFM増加を反映していること,ならびにBIAがクマのFM測定に応用可能であることが示された。飼育クマの体脂肪率FRは,9月初旬で最も低く(29.3±3.3%),12月に最も高い値(41.6±3.0%)を示した。彼らの冬眠開始期までの脂肪蓄積量(36.6kg)は約252,000kcalに相当し,冬眠中に1,900kcal/日消費していることが示唆された。一方,2006年6月から11月までの岐阜県および山梨県における野生個体13頭の体脂肪率は,6.9〜31.7%であった。野生個体のFRは飼育個体に比較して低かった。BIAを用いて,ニホンツキノワグマの栄養状態が評価でき,この方法は今後彼らの環境評価指標のツールとしても有用であると思われる。
著者
和田 新平 ウィーラクン ソンポ 倉田 修 畑井 喜司雄 松崎 章平 柳澤 牧央 内田 詮三 大城 真理子
出版者
日本野生動物医学会
雑誌
Japanese journal of zoo and wildlife medicine (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.13, no.1, pp.39-43, 2008-03
被引用文献数
1

2004年に沖縄美ら海水族館で飼育中の希少魚種であるリュウキュウアユ(Plecoglossus altivelis ryukyuensis)に死亡するものが認められた。病魚は回転しながら遊泳,あるいは力なく遊泳し,体表に微細な出血点が散在していた。病魚の肝臓には様々な大きさの白色結節が認められ,数尾の魚では腎臓の顕著な腫大も観察された。最も顕著な病理組織学的所見は,体腎,脾臓,肝臓,心臓,鰓および脳膜にみられた肉芽腫性病変であった。これら肉芽腫性病変はマクロファージ様細胞が敷石状に配列する構造を呈していた。肉芽腫内には抗酸性を示す長桿菌が多数観察され,病魚から分離された菌株はMycobacterium marinumと同定された。
著者
宇根 有美
出版者
日本野生動物医学会
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.16, no.2, pp.103-109, 2011-09-30 (Released:2018-07-26)
参考文献数
10

日本には生きた哺乳類,鳥類および爬虫類が年間約100万頭輸入されており,これらの動物のほとんどがペットとして流通している。ペットは,人と同一の居住空間で飼育されることが多く,幼児や老人など免疫システムが未発達な人との接触も少なくない。このため,これらの動物を原因とする人獣共通感染症の正確な知識を持つ必要がある。さらに,ペットを含むさまざまな動物に接する機会のある専門家は,自らの健康を損なわないためにも,最新かつ適切な感染症に関する情報を知っておく必要がある。 ここでは,最近,国内で確認された輸入動物の人獣共通感染症を主体に実例を紹介する。
著者
進藤 順治 小林 寛
出版者
日本野生動物医学会
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.8, no.1, pp.79-81, 2003 (Released:2018-05-04)
参考文献数
11

フンボルトペンギンの舌骨装置を観察した。中舌骨はすべて軟骨で構成され舌組織に埋没し,舌と同様に矢尻型を呈していた。底舌骨は短く,後舌骨と癒合していた。舌骨角のうち,角は中舌骨後方で小さく突出し,鰓角は角鰓骨と上鰓骨から構成され,その比は約3:1であった。フンボルトペンギンの中舌骨はすべて軟骨から成り,底舌骨と後舌骨の癒合は,この種の特徴であると思われた。
著者
Sarad PAUDEL 坪田 敏男
出版者
日本野生動物医学会
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.21, no.3, pp.65-69, 2016-04-30 (Released:2018-05-04)
参考文献数
27
被引用文献数
5

ゾウにおける結核は,ヒト型結核の病原体であるMycobacterium tuberculosisによって主に引き起こされる再興感染症の1つである。ゾウからヒトへの伝播が,いくつかの動物園で報告されており,公衆衛生上大きな問題となっている。ゾウの鼻腔洗浄によって得られる呼吸器系サンプルの培養が,ゾウ結核診断の最も信頼できる手法である。しかしながら,この手法の適用はあまり現実的でない。世界の動物園やゾウ飼育施設では,ゾウの結核診断法として抗体検査が開発され,広く使われている。ゾウと象使いでの定期的な結核スクリーニング検査が実施されるべきである。結核陽性の象使いはすぐに隔離され,抗結核薬が処方されるべきである。スクリーニング検査,隔離および治療はゾウとヒトと間での結核伝播を防ぐのに有効であり,飼育ゾウ-野生ゾウ間の結核感染の広がりを抑えることが絶滅危惧種である野生ゾウの保全に貢献することにつながる。
著者
楠 比呂志 木下 こづえ 佐々木 春菜 荒蒔 祐輔
出版者
日本野生動物医学会
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.14, no.1, pp.37-50, 2009 (Released:2018-05-04)
参考文献数
35

人間活動に起因する全球レベルでの自然改変や環境破壊により,地球史上過去に類をみない速度で,完新世の大量絶滅が進行中であり,その回避は我々人類の急務であると筆者らは考えている。そこで我々は,国内各地の動物園や水族館などと共同して,希少動物の生息域外保全を補完する目的で,それらの繁殖生理の解明とそれに基づいた自然繁殖の工夫や人工繁殖技術の開発に関する研究を展開している。本稿では,我々のこうした保全繁殖研究の内容について概説する。
著者
高見 一利
出版者
日本野生動物医学会
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.19, no.4, pp.125-130, 2014-12-22 (Released:2018-05-04)
参考文献数
5
被引用文献数
1

動物園・水族館では多種多様な動物を,生息域外保全や教育普及,調査研究といった様々な目的のために,バラエティに富んだ施設や方法で飼育している。広範な動物種を飼育しているため発生し得る感染症は多様であり,公開施設であるため多くの利用者が出入りすることから,飼育動物を感染症から守ることは容易ではない。一方で,近年,動物が関わる感染症が問題化する中で,動物園・水族館においても感染症対策は重視されており,様々な取り組みが進められている。感染症対策の検討にあたっては,予防策や拡散防止策を組織的かつ計画的に進める方法を考えることが求められる。感染症の予防には,日常の健康管理やワクチン接種などによる免疫力の向上,および環境の消毒や物理的バリアの設置などによる感染経路の遮断といった対策が考えられる。感染症の拡散防止には,健康診断や検疫,死亡時の剖検などによる早期発見,および動物の移動制限や隔離,治療,淘汰などによる封じ込めといった対策が考えられる。また,これらの対策の実効性を高めるために,組織的な対応やマニュアル等の作成,必要物品の備蓄などが求められる。動物を生息域外保全や教育普及といった目的で飼育する以上,病原体との接触を完全に遮断できる飼育環境を整えることはほぼ不可能であり,感染を皆無にすることは困難である。したがって,感染症は発生し得るという前提に立って,リスクを低減させる方法を考えることが重要である。
著者
根上 泰子
出版者
日本野生動物医学会
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.18, no.2, pp.53-59, 2013-06-01 (Released:2018-05-04)
参考文献数
7

野生動物の感染症は,野生動物そのものに影響を及ぼすもの,人,家畜に感染するものなど様々であるが,近年,環境改変などの人為的要因による感染症の発生が問題となっている。野生動物の死亡原因の究明は,時に生態系の異変の指標,また人,家畜の感染のセンチネルとして,感染症の早期発見および対応,ひいては生物多様性の保全にも寄与すると考える。環境省では,平成20年から野鳥での高病原性鳥インフルエンザウイルスの全国サーベイランスを,都道府県,大学,研究機関などとの連携のもと実施し,関係省庁,関係機関,近隣諸外国との情報共有にも努めている。このように特定の疾病に関する危機管理対応は整いつつあるものの,野生鳥獣の死因を幅広く究明する制度は整っておらず,新たな異変や感染症の早期発見の機能は十分とはいえない。本稿では,日本での野生動物の感染症対応の現状と今後の課題について,死亡原因の究明の観点から海外の事例も参照しながら考える材料を提供したい。
著者
野田 亜矢子
出版者
日本野生動物医学会
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.24, no.3, pp.105-108, 2019-09-25 (Released:2019-11-25)

動物園の4つの使命に数えられていながら,なかなか浸透しているとは言えない「調査・研究」であるが,近年少しずつ動物園の業績として表に出すところが増えてきた。しかし,時間を取ることができない,やり方がわからないなどの理由で,積極的に進められていないことも事実である。広島市安佐動物公園では,開園当初から動物園の使命の一つとして「調査・研究」を大々的に掲げ,様々な形で実践してきた。その一つが地元の自然に貢献しようとの思いで始まったオオサンショウウオの調査・研究事業である。また,各職員の調査・研究の成果をまとめる訓練として,園内職員を対象とした「飼育研究会」の開催および「飼育記録集」の編集が行われるようになった。本来,動物園における調査・研究活動は,このように「業務」として行うべきものであるが,実際には様々な面から難しいこともある。ひと昔前の動物園は単に珍しい動物を見て楽しむところだったものが,現在では先人たちの努力により「種の保存」などの言葉が一般にも浸透してきており,動物園の活動の一つとして広く認知されている。今後さらに「調査・研究」が動物園の業務の一つであることを,内外に浸透させていく必要がある。