- 著者
-
阿部 善也
- 出版者
- 東京理科大学
- 雑誌
- 特別研究員奨励費
- 巻号頁・発行日
- 2009
最終年度である平成23年度には,まず本研究によって初めてその存在が示された新王国時代ラメサイド期(前13~11世紀)特有のコバルト着色剤に着目し,その起源を解明するための研究を行った。これまでの考古学的研究によれば,ラメサイド期はエジプト国内のコバルト着色剤の利用規模が縮小され,特にガラス着色への利用はほとんど行われなくなったものと考えられてきた。しかし化学的な分析が行われていないだけで,ラメサイド期のガラス工房の一つである"グラーブ"からは有意な数のコバルト着色ガラスが出土していた。そこでグラーブの出土資料に類例が見られるガラス製ビーズ資料について,国内美術館の所蔵資料を対象とした分析調査を行い,本研究で発見したラメサイド期のコバルト着色剤と高い組成的類似性を持つことを明らかとした。すなわち本研究で発見された新しいラメサイド期のコバルト着色剤は,当時グラーブの工房で特徴的に利用されていた可能性が高いと考えられる。これは不明な部分の多いラメサイド期エジプトにおけるガラス生産体制の全貌を解明する糸口となる重要な成果である。コバルト着色剤の研究以外にも,本研究で開発した可搬型分析装置を国内外の様々な文化財資料の非破壊分析調査へと適用した。特筆すべき成果として,初年度より研究を行ってきたMOA美術館(熱海)所蔵の国宝「紅白梅図屏風」について,中央に描かれた川の黒色部分から硫化銀を,銀白色部分から銀箔を検出し,銀箔を敷き詰めてから硫化によって流水紋を描いたという当時の製法を解明することに成功した。この屏風のほかにも,東大寺(奈良)の国宝「執金剛神立像」を対象とした分析調査,エジプト・王家の谷(ルクソール)内のアメンホテプIII世王墓の壁画の非破壊分析による顔料同定など,開発した装置を考古学的にきわめて価値の高い資料へと適用し,考古学的に意義のある成果が数多く得られた。