著者
Rob OGDEN 福田 智一 布野 隆之 小松 守 前田 琢 Anna MEREDITH 三浦 匡哉 夏川 遼生 大沼 学 長船 裕紀 齊藤 慶輔 佐藤 悠 Des THOMPSON 村山 美穂
出版者
Japanese Society of Zoo and Wildlife Medicine
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.25, no.1, pp.9-28, 2020-03-31 (Released:2020-05-31)
参考文献数
68
被引用文献数
2 1

イヌワシの一亜種であるニホンイヌワシ(Aquila chrysaetos japonica)は,個体数と繁殖状況の現状調査に基づいて,環境省版レッドリストの絶滅危惧種に指定されている。現在,国による保全活動が行われているものの,個体数減少の原因とその改善方法に関する知見は,十分とはいえない。この数十年の間に,日本を含む世界各地において,イヌワシの種の回復に関する多分野にわたる科学的な研究が行われ,本種の保全計画に必要な情報が集められつつある。しかしながら,これらの研究は個別に進められており,学際的なアプローチが充分になされていない。本稿では,生態学,遺伝学,獣医学的健康管理,生息地管理などの,ニホンイヌワシの保全に関する諸研究を総合して概観した。野生および飼育下個体群の現状と傾向を分析し,現在および将来の保全管理の活動を報告し,ニホンイヌワシの生息域内保全および生息域外保全に向けた対策について,統合的な見地から議論した。この総説では,イヌワシの生物学や健康科学に関する国内および海外の専門家グループが,学術的な情報と実用的な解決策の両方を提示した。本稿によって,ニホンイヌワシの数の減少をくいとめるのに必要な情報と技術を提供し,日本における長期的な本種の保全に応用するための枠組みを示すことを目指す。
著者
遠藤 秀紀 山崎 剛史 森 健人 工藤 光平 小薮 大輔
出版者
Japanese Society of Zoo and Wildlife Medicine
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.19, no.1, pp.21-25, 2014

ハシビロコウ(<i>Balaeniceps rex</i>)の咽頭腔と舌骨を三次元 CT画像解析により検討した。咽頭と頭側の食道は,左右両側へ著しく拡大していた。巨大な咽頭と頭側の食道,固定されていない柔軟な舌骨,退化した舌が観察された。これらはハシビロコウがその採餌生態に特徴的な大きな食魂を受け止めることを可能にしていると考えられた。ハシビロコウの咽頭腔領域の構造は,大きな食塊を消化管へ通過させる柔軟な憩室として機能していることが示唆された。また,舌骨,口腔,咽頭腔,頭側の食道腔に左右非対称性が観察された。この非対称性もハシビロコウが大きな魚体を嚥下することに寄与している可能性がある。
著者
浜 夏樹 黄 炎 兼光 秀泰 大山 裕二郎 馬 強 羅 波 李 果 太田 宜伯 楠 比呂志 川上 博司 Tomas J. ACOSTA 奥田 潔 王 鵬彦 石川 理
出版者
Japanese Society of Zoo and Wildlife Medicine
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.14, no.2, pp.119-123, 2009 (Released:2018-05-04)
参考文献数
13
被引用文献数
1

神戸市立王子動物園のジャイアントパンダにおいて2007年の発情時に新鮮および冷蔵保存した精液を用いて3日間連続で人工授精(AI)を行った。AIの適期は尿中エストロングルクロニド濃度の測定から推測した。人工授精後は尿中プレグナンジオールグルクロニド(PdG)濃度の変化を監視した。PdG濃度は妊娠後期に過去6年間と比べると異常な変動を示した。結果的に最終AI後137日目に破水し,さらにその9日後に死産した。
著者
中谷 裕美子 岡野 司 大沼 学 吉川 堯 齊藤 雄太 田中 暁子 福田 真 中田 勝士 國吉 沙和子 長嶺 隆
出版者
Japanese Society of Zoo and Wildlife Medicine
雑誌
Japanese journal of zoo and wildlife medicine = 日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.18, no.2, pp.71-74, 2013-06-01
被引用文献数
5

沖縄島やんばる地域における広東住血線虫はクマネズミなどで寄生が確認されているものの,在来のケナガネズミなどにおける感染状況や病原性は不明であった。本症例はケナガネズミが広東住血線虫感染により死亡した初の報告事例であり,病原性が明らかとなった。これは人獣共通感染症である広東住血線虫症が,人のみならず野生動物にも悪影響を及ぼし,特に希少野生動物の多いやんばる地域においては大きな脅威となる可能性があることを示している。
著者
釣賀 一二三 合田 克巳 間野 勉 金川 弘司
出版者
Japanese Society of Zoo and Wildlife Medicine
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.4, no.1, pp.61-64, 1999 (Released:2018-05-05)
参考文献数
10
被引用文献数
1

飼育下20頭および野生9頭のエゾヒグマを対象に, 塩酸ゾラゼパムと塩酸チレタミンの混合薬の効果と有効量を検討した。その結果, 不動化に必要な薬用量は飼育個体で3.52±1.53, 野生個体では3.75±1.57mg/kgと十分に少量であった。また, 不動化されたクマは十分に脱力しており, 飼育個体については覚醒も速やかであった。エゾヒグマに対してこの薬物の組み合わせが有効であることが示唆された。
著者
岡野 司 大沼 学 長嶺 隆 中谷 裕美子
出版者
Japanese Society of Zoo and Wildlife Medicine
雑誌
Japanese journal of zoo and wildlife medicine = 日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.17, no.4, pp.157-160, 2012-12-01
被引用文献数
1

交通事故で死亡した2頭の野生ケナガネズミ(<I>Diplothrix legata</I>)を沖縄県国頭村で2011年9月に得た。剖検時に,肉眼的なサルコシストが舌,咬筋,横隔膜および外腹斜筋などの骨格筋で多数認められた。寄生のある横紋筋の組織学的観察では,特に炎症反応はみられなかった。サルコシストから抽出したDNAのシークエンスにより,1,797塩基の18S rRNA(GenBank accession number AB691780)および1,441塩基の28S rRNA(GenBank accession number AB691781)の肉胞子虫の遺伝子を得た。これは南西諸島固有の希少種であるケナガネズミにおける肉胞子虫感染の初記録である。
著者
遠藤 秀紀
出版者
Japanese Society of Zoo and Wildlife Medicine
雑誌
Japanese journal of zoo and wildlife medicine = 日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.18, no.1, pp.29-32, 2013-03-01
被引用文献数
3

コモドオオトカゲの保全の問題点をコモド村で検討した。観光業は1990年代以降,村の経済構造を変化させているが,新たな施策は村民の豊かさには結びついていない。コモドオオトカゲと住民の関係は,人間と家畜に一定の被害を出しながらも,伝統的に良好に築かれてきた。危険なコモドオオトカゲはこれまでも人々の安全な日常を阻害し,いまも害しているが,高床式住居のような建築方式や漁撈のような伝統的生活様式によって,村民とオオトカゲの調和した関係が維持されている。新しい保全理念や観光化の推進は,部分的に住民を漁撈から土産物販売へと移行させが,村民と地域社会は経済的に豊かになったわけではない。コモドオオトカゲにまつわる過度の観光化を注視する必要がある。
著者
竹鼻 一也 安達 希 石川 真悟 山岸 則夫
出版者
Japanese Society of Zoo and Wildlife Medicine
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.28, no.2, pp.115-120, 2023-09-01 (Released:2023-11-01)
参考文献数
24

アジアゾウの子ゾウ2頭の離乳前後4ヵ月における骨芽細胞マーカー[骨型アルカリホスファターゼ(ALP3)]および破骨細胞マーカー[酒石酸耐性酸ホスファターゼ5b(TRAP5b)]の活性値を測定した.両測定値は離乳後に有意に減少したことから,骨芽細胞による骨形成と破骨細胞による骨吸収の低下が示唆された。以上より,アジアゾウの母乳は成長期の骨代謝に重要な役割を持つことが推察された。
著者
鐘ケ江 光 Igor Massahiro de SOUZA SUGUIURA 佐々木 恭子 大塚 美加 濱野 剛久 田代 連太郎 Mario Augusto ONO 和田 新平 Eiko NAKAGAWA ITANO Md. Amzad HOSSAIN 佐野 文子 植田 啓一
出版者
Japanese Society of Zoo and Wildlife Medicine
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.28, no.2, pp.107-114, 2023-09-01 (Released:2023-11-01)
参考文献数
24
被引用文献数
1

Paracoccidioides cetiiを原因菌とするクジラ型パラコクシジオイデス症 (英名:paracoccidioidomycosis ceti) は,小型鯨類を宿主とし,皮膚の慢性肉芽腫性病巣を特徴とする人獣共通真菌症である。今回,臨床症状を示すものの従来法では確定診断に至らなかったバンドウイルカ(Tursiops truncatus) とオキゴンドウ (Pseudorca crassidens) の皮膚病変生検組織由来DNAより,原因菌の特異的遺伝子であるgp43をPCRとLAMPの組み合わせにより検出し,確定診断を得た。なお,オキゴンドウ症例は世界初の確定診断例である。
著者
Anne Marit VIK 土田 さやか 橋戸 南美 小林 篤 秋葉 由紀 原藤 芽衣 牛田 一成
出版者
Japanese Society of Zoo and Wildlife Medicine
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.28, no.2, pp.95-101, 2023-09-01 (Released:2023-11-01)
参考文献数
26

ニホンライチョウの飼育では,雛の高い死亡率がかねてより問題になっていたが,その原因として移行抗体が不十分である可能性が指摘されていた。2020年に中央アルプスで単独で暮らす飛来雌が産卵をしたためその未受精卵と動物園で得られた未受精卵の卵黄抗体(IgY)および卵白中のIgA抗体とIgM抗体の濃度を比較した。卵黄IgY濃度は,飼育下未受精卵が高値を示したが,統計的には有意でなかった。卵白IgA及び卵白IgMは,いずれも低値を示し,二群間に有意差はなかった。母鳥からの移行抗体量に野生と飼育下に差があるとはいえず,飼育下の雛の高い死亡率を説明する要因ではないと推測された。
著者
吉野 智生 浅川 満彦
出版者
Japanese Society of Zoo and Wildlife Medicine
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.28, no.2, pp.91-94, 2023-09-01 (Released:2023-11-01)
参考文献数
18

2013年12月16日に北海道羅臼町で回収されたケアシノスリの剖検と寄生虫検査を実施した。当該個体は重度削痩し右趾爪の欠損と胸骨骨折、胸部に褥瘡が認められたため,餌が十分に捕れず衰弱死したと考えられた。また消化管から線虫Porrocaeucum sp.および毛細線虫科の1種、属種不明四葉目条虫、体表からハジラミDegeeriella fulvaが得られた。D. fulvaは道東から初めて記録され、また毛細線虫科線虫および四葉目条虫は日本でケアシノスリから初めて記録された。
著者
高橋 力也 小林 希実 比嘉 克 酒井 麻衣
出版者
Japanese Society of Zoo and Wildlife Medicine
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.26, no.4, pp.143-146, 2021-12-24 (Released:2022-02-28)
参考文献数
10

本研究は,ミナミハンドウイルカ(Tursiops aduncus) における生理学的知見の蓄積を目的として,餌の消化管通過速度を測定する実験を行った。実験は飼育下のミナミハンドウイルカのオス1頭を対象とし,3日間1日1回行われた。赤色色素を粉のままゼラチン製の薬用カプセルに梱包し,餌のカラフトシシャモの体内に挿入し給餌した。着色餌の給餌後,水中観察窓から連続観察を行った。着色餌の給餌から,初めて糞に赤色が確認されるまでの期間をIPT (Initial Passage Time) と定義した。着色糞は3日間全ての実験で確認された。着色糞が最初に観察されるまでの経過時間(IPT) は平均254 ± 20.4 分(n=3)であった。先行研究における同属のハンドウイルカの平均IPTと比べ近い値となった。本研究により,ミナミハンドウイルカは摂餌から最短で4時間から6時間程度で排泄し,加えて餌が消化管内に20時間以上留まる可能性があることが通常色の糞の観察から示唆された。
著者
石原 涼子 畠間 真一 内田 郁夫 的場 洋平 浅川 満彦 菅野 徹
出版者
Japanese Society of Zoo and Wildlife Medicine
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.14, no.2, pp.107-109, 2009 (Released:2018-05-04)
参考文献数
14
被引用文献数
2 2

北海道に生息するアライグマにおけるコロナウイルス感染状況を血清学的解析により調査した。血清379検体中,1型の伝染性胃腸炎ウイルス(TGEV)および犬コロナウイルス(CCoV)に対してそれぞれ11および5検体が中和抗体陽性を示した。2型の牛コロナウイルス(BCoV)に対しては全て陰性を示した。これらからアライグマには1型コロナウイルスに感染している個体が存在すると考えられた。
著者
伊東 政明 Alastair A. MACDONALD Kristin LEUS I Wayan BALIK I Wayan Gede Bandem ARIMBAWA 長谷川 大和 I Dewa Gede Agung ATMAJA
出版者
Japanese Society of Zoo and Wildlife Medicine
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.25, no.3, pp.91-100, 2020-09-30 (Released:2020-11-30)
参考文献数
28
被引用文献数
2

生育初期のココヤシ(Cocos nucifera)農園を模して造成された飼育施設でスラウェシバビルサ(Babyrousa celebensis)の採食行動を調査したところ,思いがけずココヤシ花の採食やココヤシ未熟果の採取行動が記録された。さらにココヤシの幾つかの部位を用いて給餌実験を行い,次のような所見を得た。1)バビルサはココヤシの芽生えや葉を採食せず,2)雌花よりも雄花を好んで採食する。3)未熟果を歯で割ることができるが,成熟果を割ることができない。4)未熟果を採食する際,上下の切歯で果実を咥えて押さえ込み,下顎切歯を果実の壁に突き刺して割り開く。5)嗜好性の高い部位は,成熟果の胚乳と吸器(haustorium)である。この実験でバビルサが採食したココヤシの部位は,コプラを製造する際にココヤシ農園に散乱する胚乳や吸器の欠片と一致していた。その欠片はココヤシ農園主にとって経済的価値はなく,ココヤシ農園に立ち入るバビルサを害獣とみなす十分な証拠は得られなかった。
著者
久保 正仁 半田 ゆかり 柳井 徳磨 鑪 雅哉 服部 正策 倉石 武 伊藤 圭子
出版者
Japanese Society of Zoo and Wildlife Medicine
雑誌
Japanese journal of zoo and wildlife medicine = 日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.17, no.2, pp.87-90, 2012-06-01
被引用文献数
1

2010年3月に前庭障害を呈したアマミノクロウサギ(<I>Pentalagus furnessi</I>)の雌成獣が保護され,保護されてから6日後に死亡した。病理検査の結果,右耳において慢性化膿性中耳炎・内耳炎が認められ,これによって前庭障害が生じたものと考えられた。
著者
久保 正仁 中嶋 朋美 本田 拓摩 河内 淑恵 伊藤 結 服部 正策 倉石 武
出版者
Japanese Society of Zoo and Wildlife Medicine
雑誌
Japanese journal of zoo and wildlife medicine = 日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.18, no.2, pp.65-70, 2013-06-01
被引用文献数
4

野生アマミノクロウサギ(<I>Pentalagus furnessi</I>)においてどのような自然発生病変がみられるかを調べるために, 2003年8月から2012年3月にかけて剖検され,ホルマリン固定されたアマミノクロウサギの臓器131頭分について病理組織学的な解析を行った。雌成獣1頭においてトキソプラズマ症が疑われる全身性の原虫感染症が,雄幼獣1頭においてグラム陰性桿菌感染による化膿性気管支肺炎および線維素性心外膜炎が認められ,これらが死因と考えられた。その他,類脂質肺炎と思われる泡沫状マクロファージの肺胞内集簇,限局性の真菌性肺炎,限局性の化膿性肉芽腫性肺炎,肺膿瘍,腎膿瘍など,様々な所見がみられた。なかでも泡沫状マクロファージの肺胞内集簇は113例のうち43例と高率に認められた。本研究では野生アマミノクロウサギでみられる自然発生病変の一端が明らかとなったが,十分な結果とは言い難い。今後は全ての死亡個体について病理学的モニタリングを実施できる体制の整備が望まれる。
著者
村田 浩一
出版者
Japanese Society of Zoo and Wildlife Medicine
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.2, no.2, pp.117-122, 1997 (Released:2018-05-05)
参考文献数
10
被引用文献数
8

ニホンコウノトリ(Ciconia boyciana)は, 150年ほど前までは日本中でごく普通に見られた野鳥であった。しかし, 1971年に兵庫県豊岡市で野生最後の個体が捕獲されたことで, わが国のニホンコウノトリの地域個体群は消滅した。まれに迷鳥として中国大陸から渡ってくることはあるが, 残念ながら定着して繁殖することはない。この鳥が絶滅した主な原因は, 明治時代以降の狩猟による乱獲, 戦時中の営巣木の伐採, 農業改良による生息地の減少, 農薬による餌の汚染, 小個体群内で生じた遺伝的問題などであると考えられている。同様の現象は, 現在の野生ニホンコウノトリの生息地である中国やロシアでも進行しており, 種の存続自体が危ぶまれている。ニホンコウノトリの飼育下繁殖は, 野生個体が11羽となった1965年に兵庫県豊岡市で始まった。さまざまな努力にも関わらず, 日本産のコウノトリの繁殖は成功に至らなかったが, 中国やロシアから若い個体を導入して飼育下繁殖を試みた結果, 1988年に待望のヒナが誕生した。以後, 国内の3施設で順調に繁殖し飼育個体数が増加している。野生復帰計画を具体的にすすめるために, 1992年から専門家による委員会が設置された。遺伝的管理下でより多くの個体を飼育・繁殖させ, 野生復帰の訓練を行う新たな施設も建設される予定である。しかし, 野生復帰までにはまだ多くの問題がある。生息環境の保全は第一の課題である。たとえば, 飛行時の事故原因となる高圧電線への対策, 餌場となる水田の無農薬もしくは減農薬化, 湿地の確保, そして人工巣塔の設置なども考慮しなければならない。地域住民への啓発も大切である。獣医師が本計画に関われる分野は, 飼育下での疾病治療や予防のみならず, 環境保全を含めたはば広いものであると考える。わが国で今後も進展すると思われる各種希少動物の野生復帰計画を成功に導くため, 日本の獣医学は野生生物保護にも積極的に貢献していく必要があろう。
著者
進藤 順治 阿部 隆士 山口 隆幸 小林 寛
出版者
Japanese Society of Zoo and Wildlife Medicine
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.5, no.1, pp.105-109, 2000 (Released:2018-11-03)
参考文献数
19

フンボトルペンギンの精子形態と大きさに関する報告はない。今回, フンボルトペンギンの精子形態を走査電子顕微鏡(SEM)で観察し, また各部位の長さを測定した。精子は, 紐状で頭部は細長くやや湾曲していた。全長ならびに各部位の長さを測定した結果, 全長は73.8±3.6μmであった。頭部は11.4±0.9μmで, 先体は1.1±0.2μm, 核は10.3±0.8μmであった。尾部は62.6±3.8μmで, 中片部は2.8±0.2μmであった。フンボルトペンギンの精子形態は典型的なnon-passerine birdsのグループに属し, また全長は他種よりもやや小型であった。
著者
岩田 惠理 平 治隆 安部 義孝
出版者
Japanese Society of Zoo and Wildlife Medicine
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.19, no.4, pp.137-142, 2014
被引用文献数
1

ユーラシアカワウソは,イタチ科カワウソ亜科のうちでもっとも広い分布域を持つ種である。ヨーロッパの園館で飼育されているヨーロッパ産亜種(<i>Lutra lutra lutra</i>)には 4つの系統があるとされ,そのうち Aラインと Bラインに属する個体が日本国内で飼育されている。しかしながら,この2系統の遺伝的差異は明らかとされていない。そこで,Aラインと Bラインに属する個体各1頭の血液より抽出した DNAを用い,ミトコンドリアシトクロム<i>b</i>遺伝子の部分配列を決定した。 Aラインと Bラインの個体から各々 307bpの配列が得られ( <i>A-line cyb</i>,<i>B-line cyb</i>),両者は98.7%の相同性を示した。また,2つの配列は制限酵素断片長多型(RFLP)法によって判別が可能であった。 <i>A-line cyb</i>は既報のヨーロッパ産亜種と100%の相同性を示したが, <i>B-line cyb</i>はデータベース上のいずれの配列とも一致しなかった。国内で飼育されていた亜種不明のユーラシアカワウソから得られた既報の配列と比較を行ったところ,<i>A-line cyb</i>,<i>B-line cyb</i>ともに一致する配列が認められた。以上の結果より, Aラインと Bラインの個体が持つミトコンドリアシトクロム <i>b</i>遺伝子にはわずかながら違いが認められたが,これを系統差と断言するためには,ユーラシアカワウソ亜種の分類の再検討を含め,更に詳細な解析が必要であると考えられた。
著者
和食 雄一 金子 良則 杉山 稔恵 山田 宜永 祝前 博明
出版者
Japanese Society of Zoo and Wildlife Medicine
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.19, no.2, pp.57-67, 2014
被引用文献数
3

トキ(<i>Nipponia nippon</i>)は 1981年にわが国の野生下から絶滅し,2003年には最後の日本産個体が死亡した。そこで,わが国は,国家プロジェクトという位置づけのもとに,中国の飼育下個体群由来の 5羽をファウンダーとする飼育下個体群を創設している。本研究では,遺伝的多様性を保持するために必要な収容能力と今後導入すべきファウンダー数を予測する目的から,国内飼育下個体群の人口学的パラメーターを推測した。その結果,著しい個体群成長が認められた一方,世代時間および有効集団サイズには低い値が認められた。したがって,これらのパラメーターの上昇を含めた遺伝的多様性の増加と維持のための努力の必要性が示唆された。また,既存の 5羽のファウンダーが非近交個体で相互間に血縁関係がないと仮定し,収容能力を 200羽とした場合には,今後一切中国から個体を導入しない条件下では遺伝子多様性が 100年後に 60%程度にまで低下すると予測された。より信頼性の高いパラメーター値を得るために人口学的分析の継続が必要であるが,本研究の結果から判断する限り,新たなファウンダーの継続的な導入が必須であると考えられた。