著者
大竹 伸郎
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.81, no.8, pp.615-637, 2008-11-01 (Released:2010-03-12)
参考文献数
33
被引用文献数
4 5

衰退を続ける日本の水田稲作の再生をめざして, 政府は生産性の向上を可能にする大規模経営体を中心とした担い手の育成を進めている. しかし, 伝統的な村落社会に根ざした水田稲作地域は, 担い手農家や農外就業に依存した兼業農家, 自らは農業を行わない土地持ち非農家など多様な農家からなっている. したがって, 持続可能な水田稲作を実現するためには, 担い手農家以外の農家をも視野に入れた地域農業の再編が必要である. 本研究では, 第二種兼業農家率が高く, 小規模農家の割合が高い富山県砺波平野において生産の組織化を図りながら, 大規模水田稲作経営を展開している農業生産法人を事例にして, 持続可能な水田稲作の実現に向けた考察を行った. その結果, 持続可能な水田稲作を実現するためには, 地域の実情に即した経営戦略を有する農業生産法人を育成し, 地域内の余剰労働力や農地などの有効活用を実現する地域農業の形成が鍵となることが明らかとなった.
著者
FUJIBE Fumiaki MATSUMOTO Jun SUZUKI Hideto
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
Geographical review of Japan series B (ISSN:18834396)
巻号頁・発行日
vol.92, no.2, pp.72-83, 2020-03-31 (Released:2020-03-31)
参考文献数
34
被引用文献数
2 5

A series of statistical analyses are made to find the dependence of heat and cold mortalities on the temperature and economic states of municipalities in Japan, using vital statistics data for 18 years, from 1999 to 2016. A partial correlation analysis for 1,207 municipalities over the country has indicated that heat and cold mortalities are positively and negatively correlated with summer and winter temperatures, respectively, while they are both negatively correlated with annual income and positively correlated with municipality population. These features are essentially common to genders, age groups, and regions, and indicate that heat and cold mortalities depend on both climatic and socioeconomic factors. An additional analysis of 151 wards in Tokyo and 12 other government-designated cities has also shown a correlation between heat/cold mortality and income; in particular, exceptionally high mortality is found in some wards which have areas with poor living conditions.
著者
友澤 和夫
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.77, no.9, pp.628-646, 2004-08-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
24
被引用文献数
11 5

本稿では,インドのバンガロールに進出したトヨタ社の現地法人トヨタ・キルロスカ・モーター (TKM) 社を事例として,生産の小規模性に対応して構築された生産システムの特徴を明らかにした.TKM社では,当面の生産規模拡大の不透明さを前提に設備投資が抑えられ,廉価で調達できる労働力を活用した生産ラインが築かれた.部品は,同国の主要な自動車産業集積地に所在する日系企業,外資系企業,ローカル企業から調達しているが,金額的にはバンガロールに進出したグループ企業によって大部分が占められた.サプライヤーからの部品搬入には,ミルクラン方式が全面的に採用され,JITを実現しながら物流コストを削減する仕組みがっくられた.TKM社とローカル・サプライヤーとの取引金額は概して小さく,それらの取引の基本構造である範囲の経済性の追求を変えるには至っていない.日系サプライヤーの中にも,同社以外のメーカーとの取引を始めているものもみられ,インドでは取引先の多様化が競争優位を獲得する一つの方法であることが示された.
著者
水野 勲
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
pp.100264, 2014 (Released:2014-03-31)

福島第一原発という名前が、もしも別の名前(たとえば、双葉大熊原発)であったなら、福島県の農産物の風評被害を避けられたのに、というコメントを、発表者は福島県での調査の際に何度か聞いた。そもそも風評被害とは何であり、それは地名とどのように関わるのだろうか。 地名は単に、特定の土地に付けた名前であるだけではなく、集合や関係についての論理階型(logical type)の問題を含む。そこで発表者は、集合論のアプローチにより、原発事故後に「福島」という地名が、さまざまな地理的スケールで、どのような区別と「空間の政治」を含んでいたかを考察したい。2011年3月の福島第一原発事故の前には、「福島」は福島県か福島市としか関係がなかった。しかし、原発事故後、県と市と事故原発が同じ名前をもった、自己言及性の集合関係におかれた。このため、「I love you & I need you ふくしま」という応援ソングが、原発事故から1ヵ月後に猪苗代湖ズ(福島県出身のミュージシャンの即席グループ)によって歌われたのである。ここで福島県という行政領域が、原発事故をめぐる言説の特権的な地理的スケールになったことに注目したい。福島ナンバーの自動車、福島県産の農産物、福島県出身者が、何のコミュニケーションもなく区別されたからである。これは、放射能汚染地=福島県という単純化(区別)を行うことにより、さまざまな空間政治的な効果をもった。東京オリンピックの招致では、福島は東京から遠いという言説が用いられたのは、その区別の一例であろう。 しかし、別の地理的スケールによって、問題の地平を提示することができる。福島県内のスケールでは、福島第一原発の事故によって避難を余儀なくされている「警戒区域(後に避難準備区域)」、あるいは原発事故によって避難している住民および役場の場所を、「福島」と呼ぶこともできる。また広域ブロックのスケールでは、放射線管理区域の指標である年間1mシーベルトの空間放射線量の地域(東北、関東の一部)あるいは福島第一原発から電力を供給されていた関東地方を、「福島」と呼ぶことができる。そして、国家スケールでは、福島から自主避難している住民の居住地(全国都道府県に分散)あるいは全国の原発施設のある地域を、「福島」と呼んでもいいのではないか。さらに、グローバルスケールでは、諸外国が日本からの農産物輸入を禁じている都道府県(東日本に広がる)あるいは原発事故の放射性物質が大量に撒き散らされた太平洋地域を、「福島」と呼ぶべきではないか。「福島」という地名を、県という地理的スケールに閉じ込めて議論することは、きわめて恣意的な「空間の政治」であると考える。
著者
戸所 泰子
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.79, no.9, pp.481-494, 2006-08-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
21
被引用文献数
3 1 1

本稿は,都市における空間利用と,人々が都市景観を認識する際に重要な視覚情報となる建築物の外観に使用される色彩に着目し,その両者の関係性について,京都市都心部を事例に分析したものである.その結果,幹線道路には,大規模・中高層建築物に収容される商業・業務関連機能が,細街路には,京都の伝統的建築物である京町家を中心に居住関連機能が各街路に沿って卓越すること,都市景観の識別に大きく影響する色彩には「地域の色」と「企業の色」があることなどがわかった.幹線道路沿道には,地域性よりも全国一律の企業アイデンティティを重視した「企業の色」が,細街路沿道には,その地域の自然・文化を反映し,地理的・歴史的に形成されてきた「地域の色」が現れる.「地域の色」は主として建築物の外観に用いられ,都心景観全体のベースを成すが,近代化に伴う機能的地域分化・都市更新の過程で「企業の色」が「地域の色」を凌駕し,地域性を喪失させている.
著者
伊藤 慎悟
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.79, no.2, pp.97-110, 2006-02-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
28
被引用文献数
3 3

本研究では,横浜市において1960年代後半に開発された住宅団地を対象とし,人口高齢化に差異が生じるかを検証した.その結果として,1975年という開発間もない時期に,すでに年齢構成に差異がみられた.そこで本研究は,住宅形態ごとに四つに類型化し,高齢化の進展状況を比較した.1975年は持家率の高さが居住者の年齢や,その偏りに影響を及ぼすことが判明した.しかし,1985年になると持家率にかかわらず公団・公社の共同住宅において居住者がかなり入れ替わり,居住者年齢の偏りは大幅に緩和された.一方,公営の借家住宅ではこの偏りがあまり緩和されず,中高年層の転入もあって急激に高齢化が進展した.戸建て住宅も同様に高齢化の進展が著しく,公営の借家住宅と戸建て住宅の中には,2000年時点で,高齢人口比率が30%を超えた地区も出ている.
著者
久保 倫子
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.81, no.2, pp.45-59, 2008-02-01 (Released:2010-03-12)
参考文献数
32
被引用文献数
4 3

本研究は, 水戸市中心部に立地するマンションに居住している世帯の現住地選択に関する意思決定過程の分析を行った. 水戸市中心部におけるマンション居住者の多くは, 周辺地域からの住み替え世帯であり, 核家族世帯や中高年夫婦世帯が多い傾向がある. マンションの選択は, 水戸市中心部への選好と密接に結びついている. つまり, マンション自体への評価と水戸市中心部への志向によって中心部のマンション需要が生まれている. マンションが評価されているのは, 将来的な賃貸や売買のしやすさ, 戸建住宅や賃貸住宅と比較しての購入しやすさ, セキュリティや維持管理の容易さ, そして立地的優位性である. マンション購入世帯の意思決定過程の特徴は, 居住形態の決定の段階によって意思決定のパターンや転居先の選択要因, 転居先の探索地域に差異がみられることである. また, 居住形態の選択要因は, 世帯の経済状況や世帯構成, 親族との関係などを反映している.
著者
戸所 隆
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.48, no.12, pp.831-846, 1975-12-01 (Released:2008-12-24)
参考文献数
15
被引用文献数
9 2

本稿は,都心部の形成過程を通じ,最近の日本の都市で急速に進んでいる立体化について,とくに中高層建造物を中心に考察したものである.その結果,都市の機能分化は,従来の平面的機能分化以外に,その内部において立体的な機能分化を内包していることが判明した.すなわち,都心部では,物品販売・社交娯楽機能は地下1階~地上2階を中心に立地し,地下街とも有機的に結合している.地下2階以下は,主に駐車場や倉庫にあてられ,高層部分は業務・居住厚生機能の利用が多い.また,地下鉄など交通機関の立体化は,高層建造物の増加と関連が深く,さらに地下街も地下鉄や高層建造物の地下階の建設にともなって誕生した場合が多い.都心部の立体化は,これらのコンプレックスとして把握されねぽならないと考えるが,ここではとくに重点を中高層建造物において考察し,都心研究における立体的視点の重要性を示した.

8 0 0 0 OA 津波と神社

著者
山崎 憲治
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
pp.100038, 2013 (Released:2014-03-14)

三陸沿岸部の被災地を廻れば、神社の被災が少ないことに気付く。神社は特別な位置にあったのか?津波防災をあらかじめ意図して、神社の立地を定めていたのか。しかし、三陸のリアス海岸を離れ、仙台平野に入ると神社の被災は少なくない。平野部の農村の神社と漁村の神社の立地の違いはどこにあるのか。そもそも神社と海、あるいは当該地域集落コミュニティと海とのかかわりは、神社を介しその位置に、かかわりの象徴が示されてはいないか考察を進めてみた。沿岸部で集落は津波によって壊滅状態に陥ったが、神社がぽっかりと被災を免れている光景にしばしば目にすることになる。コミュニティと神社の位置を検討してみる。本研究では、沿岸部に立地する神社を、海とコミュニティの関係から8つの類型に分け、それぞれの被災状況を示した。ここから当該地域の海と生活・生産の関わりを示す視点を明らかにしたい。神社が津波避難に対し有効であった事例を示し、避難所として、神社の有効性を検討すると共に、神社を積極的に活かす上での課題を明示したい。
著者
東木 龍七
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.2, no.8, pp.659-678, 1926-08-01 (Released:2008-12-24)
被引用文献数
1 5

之を綜合して簡單に示せば次の二項になる。 1.貝塚分布線を伴ふ溪谷の存在する陸地の一部は極めて近い過去に於て沈降し、其溪谷には海水が侵入しだ。 2.其溺れ谷の灣頭は一度は必ず貝塚分布極限線附近の溪谷底に存在した。 III 奮海岸線決定の方法近い過去に於ける陸地の沈降に因つて生じだ溺れ谷の海岸線即ち舊海岸線は次の順序によつて定むることを得る。 1.貝塚分布線を件ふ溪谷は陸地の沈降に因る奮溺れ谷と決定する。 2.其灣頭海岸線の位置は貝塚分布極限附近の溪谷底とし、其形状は其處の谷底を横斷する直線で示す。 3.灣側海岸線は溪谷底側線で示す(地形的現象によう)。 IV 陸地沈降の地質的證跡既に記載した陸地沈降の證跡に加うるに最近地質的證跡が發見せられた。即ち大下正十三年十月に發表せられた地質調査の結果に據れば(復興局地質調査東京地質調査第一囘報告)、東京群の貝塚分布域の溪谷に、陸地の沈降に因つて海水の侵入したことが地質的に立證せられた。其詳細は辻村助教授によつて論ぜられて居る(本誌第一巻第二號一九三頁-一九五頁)から記載は省く。
著者
今里 悟之
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.77, no.7, pp.483-502, 2004-06-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
103
被引用文献数
2 1

本稿は,1980年代以降の英語圏の地理学の主要トピックの一つである景観テクスト論について,その理論的枠組を再検討する.まず,景観テクスト論の中心論者であったDuncanらの論点とその思想背景を整理する.次に,このDuncanさらにWaltonらとPeetおよびMitchellとの間で展開された,一連の論争の争点を指摘する.最後に,仏語圏や日本の空間記号論も一部参照しつつ,今後の課題を指摘する.すなわち,使用する概念の記号論的な体系化,テクストの空間的な単位と体系への注目,意味の「構造」の多様性・重層性・変動性の解明,事例研究の蓄積とそれらの比較検討,などである.
著者
石黒 聡士
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.81, no.7, pp.535-550, 2008-09-01 (Released:2010-03-12)
参考文献数
32
被引用文献数
2 2

2004年12月26日のスマトラ沖地震に伴いアンダマン諸島からスマトラ島にかけて大規模な地殻変動が生じた. このうちアンダマン諸島北西部では, 特に大きな隆起量が推測されたにもかかわらず, 余効変動の影響もあり, 地震直後の隆起量がわかっていない. 本論文では, 新たに考案された高解像度衛星画像を用いる標高計測手法により, 地震前後の汀線位置の標高変化を計測し, 北アンダマン島北西端における地震直後の隆起量を推定した. その結果, 本地域が地震時に2.2m隆起していたことを確認した. これは今回の地震に伴う隆起量の中で最大級である. 計測誤差は手法の制約から標準偏差で0.8mであったが, 縁脚地形の離水を衛星画像中に視認できることと, 撮影時の潮位から, 隆起量は2mを上回ると判断された. 本地域は海溝からの距離や重力異常から, より隆起しやすいことが示唆され, 地震時隆起量が大きいことと関連していると考えられる.
著者
川久保 篤志
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.79, no.9, pp.455-480, 2006-08-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
31
被引用文献数
4 2

本稿では,系統外出荷組織の1形態である集出荷業者の集荷・販売活動の特徴と産地維持に果たしてきた役割の解明を試みた.事例地域はミカンの集出荷業者の集積が著しい熊本市河内町である.その結果,集出荷業者の集荷・販売活動の特徴である農家からミカンを集荷する際の契約事項(集荷する品種や量,期日・時間帯,家庭選別基準など)の簡素さが,ミカン価格低迷下での農家の営農継続に大きく寄与していたことが判明した.簡素な荷の受委託は,大規模に出作地を経営する農家や労働力基盤の弱体化した農家にとって,収穫・選別・出荷作業を省力化できる点で農協共選より好ましかったのである.しかし,1990年代に入りミカンの市場環境が変化すると,集出荷業者が苦境に立たされる一方で農協は糖度センサー選果機の導入を機に糖度別出荷を徹底して販売成績を上げたため,出荷委託先を農協に変更する農家も増え始めた.今後の熊本市河内町では,販売面で優位に立った農協を中心に産地再編が進むと思われるが,集出荷業者も農家ニーズに応じた多様なサービスの継続によって産地維持に一定の役割を果たし続けるものと考えられる.
著者
荒木 一視
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
pp.6, 2014 (Released:2014-10-01)

戦前の日本の米が国内で自給されていたわけではない。少なからぬ量の米が植民地であった台湾や朝鮮半島から供給され,国内の需要を賄ってきた。その一方で,少なからぬ穀物(米,小麦,粟など)がこれらの地域に輸移入されていた。本発表では朝鮮半島の主要港湾のデータに基づき,これらの主要食用の輸移出入の動向を把握する。これを通じて,戦前期の日本(内地)の食料(米)需要を支えた植民地からの移入米を巡る動向と,1939~1940年にそのような仕組みが破綻したことの背景を明らかにしたい。  第一次大戦と1918年の米騒動を期に,日本は東南アジアに対する米依存を減らし,それにかわって朝鮮半島と台湾に対する依存を高める。円ブロック内での安定的な米自給体系を確立しようとするもので,1920年代から30年代にかけて,朝鮮半島と台湾からの安定した米の供給が実現していた。しかし,1939年の朝鮮半島の干ばつを期にこの食料供給体系は破綻し,再び東南アジアへの依存を高め,戦争に突入していく。以下では朝鮮半島の干ばつまでの時期を取り上げ,朝鮮半島の主要港の食料貿易の状況を把握する。 この時期の貿易総額は1914(大正3)年の97.6百万円から1924(大正13)年には639百万円,1934(昭和9)年には985百万円,1939年(昭和14)年には2,395百万円と大きく拡大する。貿易額の最も多いのが釜山港で期間を通じて全体の15~20%を占める。これに次ぐのが仁川港で,新南浦や群山港,新義州港がそれに続く。また,清津,雄基,羅津の北鮮三港も一定の貿易額を持っている。  釜山:最大の貿易港であるが,1939年の動向の貿易総額734百万円のうち外国貿易額は35百万円,内国貿易が697百万円となり,内地との貿易が中心である。釜山港の移出額260万円のうち米及び籾が46百万円,水産物が14百万円を占め,食料貿易の多くの部分を占める。なお,1926年では輸移出額計124万円のうち玄米と精米で50百万円と,時代をさかのぼると米の比率は大きくなる。1939年の釜山港の移入額では,菓子(4百万円)や生果(8百万円)が大きく,米及び籾と裸麦がそれぞれ3百万円程度となる。1926年(輸移入額104百万円)においても輸移入される食料のうち最大のものは米(主に台湾米)で,5百万円程度にのぼる。これに次ぐのが小麦粉の2百万円,菓子の百万円などである。 仁川:釜山港同様に1939年の総額367百万円のうち外国貿易は67百万円と内地との貿易が主となる。1920年代から1930年代にかけて,米が移出の中心で,1925年の輸移出額64百万円のうち,玄米と精米で47百万円を占め,1933年では同様に43百万円中の28百万円,1939年では106百万円のうち32百万円を占める。なお仕向け先は東京,大阪,名古屋,神戸が中心である。輸移入食料では米及び籾,小麦粉が中心となる。 鎮南浦:平壌の外港となる同港も総額213百万円(1939)のうち,外国貿易は29百万円にとどまる。同年の移出額89百万円のうち玄米と精米で15百万円を占め,主に吉浦(呉)や東京,大阪に仕向けられる。移入では内地からの菓子や小麦,台湾からの切干藷が認められる。 新義州:総額135百万円のうち外国貿易が120百万円を占め,朝鮮半島では外国貿易に特化した港湾である。1926年の主要輸出品は久留米産の綿糸,新義州周辺でとれた木材,朝鮮半島各地からの魚類などで,1939年には金属等,薬剤等,木材が中心となる。いずれも対岸の安東や営口,撫順,大連などに仕向けられる。輸入品は粟が中心で,1926年の輸入総額52百万円中17百万円,1930年には35百万円中,15百万円,1939年には46百万円中12百万円を占める。移出は他と比べて大きくはないが,米及び籾を東京や大阪に仕向けている。 清津:日本海経由で満州と連結する北鮮三港のひとつで,1939年の総額158百万円中35百万円が外国貿易である。1932年の主要移出品は大豆で,移出額7百万円中3百万円を占める。ほかに魚肥や魚油がある。移入品では工業製品のほか小麦粉,米及び籾,輸入品では大豆と粟が中心である。
著者
陳 国章
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.39, no.1, pp.31-50, 1966-01-01 (Released:2008-12-24)
参考文献数
8
被引用文献数
1

本研究の目的は台湾におけるパイン栽培の地域的特色を明らかにし,かつそれらの成立要因を解明することにある.研究範囲は台湾本島の全域で,取り扱う地域単位は日本の市町村に該当する市鎮郷である.論述の進め方としては,まず台湾におけるパイン栽培地の分布とその生産構造を明らかにし,販売と自給の関係を基準にして地域型を設定し,それぞれの地域型の分布とその特色並びにその成立要因を解明しようとした.大局的にみれば,台湾のパイン栽培は北部と中西部・南西部および南東部の4地域に区分することができ,それぞれに地域的特色がみられると同時にその成立要因が明らかになった.
著者
吉田 英嗣 須貝 俊彦 坂口 一
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.78, no.10, pp.649-660, 2005-09-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
23
被引用文献数
3 3

岩屑なだれをはじめとする大規模土砂供給イベントが,流域の長期的な地形発達に与える影響を評価する事例研究として,約2.4万年前に浅間火山で発生した大規模山体崩壊に由来する前橋泥流が達した利根川・吾妻川合流点付近を対象とし,河川地形発達史を考察した.本地域では最終氷期初頭以降,泥流流下時までの間,気候変動に対応した段丘発達過程がみられた.本地域に達した泥流は,5~6万年前までに段丘化した段丘面に衝突し,段丘面を覆うローム層を削剥しながら,これをのりこえていった.他方,利根川を遡上し,堆積した泥流堆積物は,速やかに河川に侵食されていった.最終氷期最盛期前後には,泥流堆積物が再堆積するなどして,下流側において小規模な谷埋めが生じ,晩氷期には側刻が卓越し,完新世に入ってから下刻が始まった.最終氷期最盛期以降の利根川本流の河床変動は,泥流イベントの影響を残しつつも,再び広域的な気候変動に対応してきたと考えられる.
著者
野澤 秀樹
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.79, no.14, pp.837-856, 2006-12-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
59
被引用文献数
2 2

石川三四郎は日本を代表するアナ-キストの一人である.「土民哲学」,「歴史哲学」にその思想的特徴がある.石川の思想形成に大きく関わった一人として19世紀フランス最大の地理学者といわれるエリゼ・ルクリュがいる.ルクリュはカール・リッタ-の弟子として,「地と人」の統一思想のもとに『新世界地理』全19巻を著わす一方,パリ・コミューンに参加するなどアナ-キズムの理論的指導者としても活躍した.その思想のもとに書かれた『人間と大地(地人論)』全6巻は,石川に強く影響を与えた.石川とルクリュは,「世界観」,「宇宙観」を共有していたが,世界,宇宙における人間をどのように見るかの人間観に差異があった.石川は,そこに人間の無常を感じ,虚無観,厭世観を抱いていた.石川の内省的・求道的な個人主義的傾向,反文明,反科学の歴史哲学は,それに由来する.一方エリゼ・ルクリュは,微小,泡沫な人間ゆえに連帯を説き,そこに「進歩」と「希望」を託していた.
著者
羽田野 正隆
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.39, no.4, pp.229-239, 1966-04-01 (Released:2008-12-24)
参考文献数
11

断裂図(法)は分布図としてすぐれた性質を有しているが,利用度は必らずしも高いとはいえない.筆者は主としてグード以来発表されてきた諸断裂図を,いろいろな角度から検討した結果,その原因が断裂そのものにあるのではなく,過度の分離性と不自然な形態を惹き起こす断裂の仕方にあることを認め,この点が改良されれば,断裂図の価値およびその利用度は高まるであろうと考えた. このような観点から,筆者は断裂図に点対称概念を導入した新らしい型の断裂図を作成した.そして,それが上記の目的によく合致することを認めた。
著者
中澤 高志 由井 義通 神谷 浩夫 木下 礼子 武田 祐子
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.81, no.3, pp.95-120, 2008-03-01 (Released:2010-03-12)
参考文献数
43
被引用文献数
9 6

本稿では, 日本的な規範や価値観との関係において, シンガポールで働く日本人女性の海外就職の要因, 仕事と日常生活, 将来展望を分析する. 彼女たちは, 言語環境や生活条件が相対的に良く, かつ移住の実現性が高いことから, シンガポールを移住先に選んでいる. シンガポールでの主な職場は日系企業であり, 日本と同様の仕事をしている. 彼女たちは, 日本においては他者への気遣いが必要とされることに対する抵抗感を語る一方で, 日本企業のサービスの優秀さを評価し, 職場では自ら日本人特有の気配りを発揮する. 結婚規範の根強さは, 海外就職のプッシュ要因となる可能性があるが, 対象者の語りからは, こうした規範をむしろ受け入れる姿勢も読み取れる. 彼女たちは, これら「日本的なもの」それ自体というよりは, それを強制されていると感じることを忌避すると考えられ, 海外就職はこうした強制力から心理的に逃れる手段であると理解できる. 日本の生活習慣や交友関係のあり方は, むしろ海外での生活でも積極的に維持される.