著者
齋 実沙子
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
pp.118, 2013 (Released:2013-09-04)

本研究は、結婚式場の広告において「場所イメージ」がどのように利用されているのか、また、どのような役割を果たしているのかを明らかにすることを目的としている。 「場所イメージ」とは、場所を想起する際のイメージのことであり(内田,1987)、消費社会における量産商品の広告では、商品イメージの差別化を図る手段の1つとして「場所イメージ」が利用されている。そこで本研究は、結婚情報誌として圧倒的な売り上げを誇る『ゼクシィ』を事例に、結婚式場の広告の中にある「場所イメージ」に関する表象を調べることで、結婚式場に求められる「場所イメージ」やその利用状況、またその役割を明らかにした。なお、その際に本研究では、エリア・会場形態・時間という3つの視点から「場所イメージ」の利用について検証を試みた。 まず、『ゼクシィ』の特徴として、独自に区分されたエリア別に広告が掲載されていることが挙げられる。そこで、これらのエリア区分から【横浜・川崎】エリア、【湘南】エリア、【埼玉】エリア、【東京23区】エリアの4つを選定して「場所イメージ」に関する表象の分析を行った。その結果、各エリア毎に「場所イメージ」に関する表象の使用状況が明らかに異なることが分かり、例えば、【湘南】エリアでは「海」のイメージを想起させる広告が大多数であるのに対し、【埼玉】エリアではそこが「埼玉」であることを感じさせない広告が多くなっていた。このように、結婚式場の広告において「場所イメージ」は、結婚式場のイメージに相応しいものとそうでないものとが意図的に取捨選択された上で使用されており、すなわち、「場所イメージ」を利用する、あるいは不必要なイメージであれば利用しないことで、より結婚式場らしいイメージを広告の中で作り上げていることが分かった。 次に、『ゼクシィ』にはエリア別の広告掲載の他にも、【ホテルウエディング】という会場形態別の特集があるため、これとエリア別の掲載箇所を比較した。するとその結果、「場所イメージ」の利用は会場形態によって異なり、特に一流ホテルでは「場所イメージ」が全く利用されていないことが分かった。これは、ホテルが既に結婚式場に相応しい「高級感」や「特別感」といったイメージを持っているためであり、これに対して、そのようなイメージを持っていない会場では、広告の中で「場所イメージ」を利用することでそれらのイメージを補完あるいは強化しているのである。すなわち、「場所イメージ」は、結婚式場が既存のステレオタイプのイメージを持っていない場合において、特に有効に作用することが分かった。 最後に、これに時間軸を加えると2012年現在、このように巧みに利用されている「場所イメージ」は、2001年当時はそれほど利用されておらず、つまりこの間に結婚式場の広告において「場所イメージ」の利用が発達したことでより高度化・複雑化したことが分かった。これは、『ゼクシィ』が結婚情報誌市場を独占し、各結婚式場は1つの誌面上だけで他社との競合を強いられたため、広告でのイメージによる差異化が必須となった結果でもあるが、このような差異化はあくまでも微妙な差異の戯れに過ぎず、むしろ、皮肉にもそれによって並列されてしまっている。 以上、結婚式場の広告における「場所イメージ」の利用状況は、それらの背景の違いによって様々であることが分かったが、これら全ての類型に共通することは、「場所イメージ」を利用している利用していないに関わらず、本来の場所を「隠している」ということである。なぜなら、結婚式場が広告される段階で、既に「場所イメージ」は取捨選択されているため、結婚式場の広告の中で「場所イメージ」を利用していない場合はもちろん、利用している場合も不必要なものはいったん全て広告から排除されているからである。そのため、結果的にそこで表現される「場所イメージ」は、実際に私たちが抱く「場所イメージ」とはまた少し異なるものとなっており、すなわち、それらは結婚式場の広告用に「結婚式場に相応しい場所」として新たに作られた、よりキッチュな「場所」と「場所イメージ」になっているのである。そして、それらは繰り返し利用されることで再生産され、あたかも最初から「結婚式場に相応しい場所」であったかのように定着し、受け入れられるようになっていくといえよう。 また、このように「場所イメージ」が気軽に多用されるようになったことで、「場所のステレオタイプ」化もより進行し、ステレオタイプ化され単純化された「場所イメージ」は、かえって複雑な現代社会を作り出しているようにもみえる。すなわち、結婚式場の広告における「場所イメージ」の利用とその変化は、現実とイメージとがより一層錯綜したハイパーリアルな社会になっていることの1つの現れであろう。
著者
成宮 博之 中山 大地 松山 洋
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.79, no.14, pp.857-868, 2006-12-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
47
被引用文献数
3 3 1

本研究では,東京都内にある30地点の湧水における過去20年間の水温の変化について調べた。また2005~2006年の渇水期と豊水期に現地で水温,pH,電気伝導度を測定し,実験室でSiO2濃度を測定したSiO2濃度は,湧水の背後にある洒養域の広さの推定に用いた.これらと,東京都が過去に実施した調査結果とを合わせることで,1987~2006年の湧水温に関する観測値が得られた.水温の観測値を地点,時期ごとに分類し,外れ値の影響を考慮して変化傾向を求めることができるKendall検定を適用したところ,解析対象とした23地点のうち,渇水期13地点,豊水期11地点において,有意水準5%で有意な水温の上昇傾向がみられた.湧水のSiO2濃度と,渇水期と豊水期の水温差との問には有意水準5%で有意な負の相関関係がみられた。このことから,湧水のSiO2濃度が高い場合,その湧水は相対的に滞留時間が長く,また比較的広い洒養域からなるものと考えられる.そして熱容量が大きいことから気温や環境の変化に対して水温の変化が顕著に表れない可能性が示唆される.
著者
根元 裕樹
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
pp.100036, 2015 (Released:2015-10-05)

1590(天正18)年旧暦6月、現在の埼玉県行田市にて忍城水攻めが行われた。この時、石田三成は、延長14kmもの水攻め堤を築き、利根川と荒川を引き込んで、忍城を水攻めした。しかし、忍城水攻めは、備中高松城水攻めと紀伊太田城水攻めと並んで日本三大水攻めに数えられているが、失敗した唯一の例となっている。そこで本研究では、水攻めを洪水と考え、洪水氾濫シミュレーションを行い、忍城水攻めをシミュレーションした。その結果から水攻めは可能だったのか考察した。その結果、忍城周辺において、水攻め堤を築き、利根川と荒川から水を引き込んだ場合、水攻めを起こすことができることがわかった。
著者
天野 宏司
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
pp.100138, 2012 (Released:2013-03-08)

2011年第2四半期に放映されたアニメ『あの花の名前を僕達はまだ知らない』は,秩父市を舞台設定の参考にした作品である。秩父アニメツーリズム実行委員会はこの作品を観光資源化し,8万人・3.2億円の集客効果をあげ,コンテンツ・ツーリズムの成功を収めた。しかし,苦悩も生じる。2012年以降も引き続き誘客を図ることが期待される。制作サイドとの良好な関係のもと,さまざまな誘客イベント・PRが展開されていくが,本報告ではその効果の検証を行う。
著者
和田 崇
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
pp.100309, 2014 (Released:2014-03-31)

映画制作業は文化・コンテンツ産業あるいは創造産業の一つであり,都市への集積が顕著にみられる。その一方で近年,芸術的および経済的な理由から撮影工程がハリウッドから離れた国内外の他都市で行われるケースが増加しており,映画産業の空洞化をもたらす「逃げる生産問題(Runaway production)」として認識されている。撮影工程の空間的分離は,撮影隊の滞在に伴う経済的効果に加え,映画公開を通じた知名度および地域イメージの向上,住民らによる地域魅力の再発見とまちづくり機運の高まり,撮影地を訪れる観光客数の増加など,撮影地に多面的な効果をもたらす可能性がある。そのため近年,自治体や経済団体はフィルム・コミッションを組織し,映画撮影の誘致および支援,映画公開に乗じた観光振興に積極的に取り組むようになっている(Beeton 2005ほか)。 以上を踏まえ本報告は,映画制作業にみられる撮影工程の空間的分離とそれへの地域的対応の実態を報告することを目的とする。具体的に,制作本数(2010年)が世界最多で,近年は「バージン・ロケーション」を求めて海外での撮影が急増しているといわれるインド映画をとりあげ,2013年から新たな撮影地の一つとして注目されつつある日本における撮影実態を日本のフィルム・コミッションによる誘致・支援活動とあわせて報告する。 富山県では2013年4月,タミル語映画の撮影が行われた。富山で撮影が行われることになったきっかけは,2012年9月に駐日インド大使が富山県知事を表敬訪問した際に,同大使が知事にインド映画の富山ロケ誘致を提案したことにある。知事がその提案に関心を示すと,インド大使館は東京でICT関連事業と日印交流事業などを営むMJ社を富山ロケーション・オフィスに紹介した。MJ社がインド人社員N氏の知人であるチェンナイ在住の映画監督を通じてタミル映画界に富山ロケを働きかけたところ,U社が上記映画のダンスシーンを富山で撮影することを決定した。2013年3月に事前調整のために監督などが富山に滞在したのに続き,同年4月に27名の撮影チームが富山を訪問し,9日間にわたり富山市内のほか立山や五箇山合掌造り集落などで撮影を行った。この映画は2014年6月からタミル・ナードゥ州はもとより隣接3州,海外の映画館でも2か月以上にわたって上映され,公開後3週間はタミル語映画売上ランキング1位を記録するなど,興行的に成功した。一方,富山ロケによる地域波及効果は,撮影チームの滞在に伴う経済効果として約360万円が推計されるほか,日本とインドのメディアによる紹介,俳優らによるFacebook記事,映画および宣伝映像を通じた風景の露出などを通じて,相当のPR効果があったとみられている。映画鑑賞を動機とした観光行動については,インド本国からの観光客は確認できないものの,在日インド人による富山訪問件数が若干増加しているという。 大阪府では2013年8月にタミル語映画,同年11月にヒンディー語映画の撮影が行われた。大阪とインド映画の関わりは,大阪府と大阪市などが共同で運営する大阪フィルム・カウンシルがインドの市場規模と映画が娯楽の中心であることに着目し,2012年度からインド映画の撮影誘致活動を展開するようになったのが始まりである。具体的には2013年2月にムンバイを訪問し,映画関係者に大阪ロケを働きかけたが,そこでは十分な成果を挙げることができなかった。一方で同じ頃,神戸で日印交流事業などを営むJI社のインド人経営者S氏が大阪フィルム・カウンシルにインド映画の撮影受入の可能性を打診しており,2013年5月にはいよいよタミル語映画の撮影受入を提案した。大阪フィルム・カウンシルはこの提案を受け入れ,撮影チームとの調整業務についてJI社と契約を締結した。2013年8月に25名の撮影チームが大阪と神戸を訪れ,水族館や高層ビル,植物園などで撮影を行った。その後,JI社からヒンディー語映画の撮影受入が提案され,同年11月に約40名の撮影チームが大阪城公園などで撮影を行った。 大阪ロケによる地域波及効果については,富山ロケと同様に,撮影チームの滞在に伴う経済効果と各種メディアを通じたPR効果があったとみられるが,映画鑑賞を動機としたインド人観光客数の増加は確認されていない。 2つの事例に共通する点として,①フィルム・コミッションがインドからの観光客増加を目指して撮影受入・支援に取り組んでいること,②実際の撮影受入・支援には在日インド人が重要な役割を果たしていること,③現段階ではインド人観光客数の増加は確認できないこと,が挙げられる。この他,両フィルム・コミッションとも撮影支援を通じて日本とインドのビジネス慣行や文化の違いが浮き彫りになったと指摘している。
著者
大平 晃久
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.75, no.3, pp.121-138, 2002-03-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
91
被引用文献数
3 2

場所の社会的構築において言語は中心的な役割を担い,地名もその一部として位置付けられる.しかし,固有名論を適用した地名の検討は個人名に比べ従来ほとんど行われていない.本研究では地名の名付け・使用の検討から,地名は場所を直接指示するという常識的な理解は誤りであり,地名も一般名同様にカテゴリーとして機能していることを示す.すなわち,個体化と類似性の設定に基づくカテゴリー化の能力によって,複数の範域が同一視され,また,無数の時間的・空間的切片の差異が捨象され,地名・場所は成立している.その上に,階層構造としての下位の地名の上位地名によるカテゴリー化,範域内の全事物・事件の地名によるカテゴリー化が加わることで,現実の豊かな地理的知識が構成されているのである.このように能動的・動態的なカテゴリー化として地名を理解することは,認知言語学や認知地図研究との接合によって,大きな発展の可能性を持っていると考えられる.
著者
上西 勝也
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.81, no.8, pp.660-670, 2008-11-01 (Released:2010-03-12)
参考文献数
24
被引用文献数
2 1

江戸末期に幕府と各国間で締結された修好通商条約には外国人の行動範囲を原則40kmに規制した項目があり「外国人遊歩規程」といわれている. 横浜居留地の場合, 西端の制限地点は酒匂川としていたが明治初期に外交団側からの要請により正確な測量に基づき再設定すべく当時の内務省による実測量が施行された. その結果, 当初規制した範囲が妥当であったことが判明し見直しは不要となった. この実測量の成果と現地に残存する測量標石を発掘調査することにより実測量が当時, 東京からはじまり西へ延伸した三角測量の一段階であるとともに日本の測量技術向上に寄与したことを確認した.
著者
村田 喜代治 金田 昌司
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.33, no.4, pp.193-205, 1960-04-01 (Released:2008-12-24)
参考文献数
1

新市町村建設促進法により昭和29年4月に発足した富山県黒部市は,積極的な工業誘致政策を推進し,その結果,三日市製錬所,北陸製塩,吉田工業の3工揚の誘致に成功した.ここでは,わが国ファスナー生産高の85~90%を占める吉田工業 (YKK) を研究対象とした. 1) ファスナー生産は本来消費地指向性の産業であるにもかかわらず,黒部市に立地した理由は戦災による東京工場の消失,疎開地魚津における発展に必要な土地獲得の不成功に直面した時,黒部市が希望用地97,200m2を提供した点にある.したがつて,一般に立地論で指摘される輸送費,労働費,集積の基本的立地因子の有利性は発見出来ない. 2) 黒部市立地によつて生じる不利益を克服する手段として,これまでの手工業的技術を廃し,アメリカから輸入したチェーン・マシンを基礎とした,機械化・経営の合理化を遂行した.とくに一貫工程の採用は生産費の低下,対外競争力の強化,大量生産による有効需要の創造を可能ならしめた.結局,この企業のもつextemal diseconomiesをintemal economiesによつて相殺した点に発展の諸力が求められる. 3) 吉田工業が当該地域に与えた直接効果は,生産効果,雇用効果,財政効果に分けられる.
著者
井上 学
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.79, no.8, pp.435-447, 2006-07-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
26
被引用文献数
3 5 1

本研究は,規制緩和後の乗合バス市場がコンテスタブルな市場として適当であるかどうか,京都市を事例に新規事業者と公営バス事業者との競争を通じて明らかにする.新規事業者の参入に対して,京都市営バスは既存のネットワークを活用する戦略をとった.具体的には,定期券制度の改善によって運賃面における優位性を打ち出した.また,市内中心部に参入しようとしたエムケイの行動に不安を持った京都市や商工会議所は,京都市営バスとエムケイとの協調を促した.エムケイが京都市営バスの路線の一部を受託することで,エムケイは新規参入をとどまった.エムケイのバス車両は京都市営バスが買い取ったためサンク.コストは最小限に抑えられた.この点において京都市のバス市場はコンテスタブルな市場といえる.今後,京都市営バスがさらなるサービスの再編によって最適な運賃が達成されることで,コンテスタビリティ理論に合致した状況になると思われる.

10 0 0 0 OA GIS革命と地理学

著者
碓井 照子
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.76, no.10, pp.687-702, 2003-09-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
58
被引用文献数
1

本稿は,GIS革命が地理学にいかなる影響を与えたか,その本質的な問題点を整理するとともに展望する点にある.1990年代初頭に英米においてGISはツールか科学かという論争が行われ地理情報システムから地理情報科学への転換がみられた.この背景には,IT革命とGIS産業の発展がある.本稿では,この1990年代初頭のGISにおける質的な変革をGIS革命ととらえ,GIS革命が地理学にいかなる本質的な問題を提起したのかを(1)国土空間データ基盤と地理学,(2)電子地図の本質的変化と地理学方法論,(3)地理情報の標準化とオブジェクト指向の三つのテーマから明確にした.オブジェクト指向の考え方をベースにした地理情報標準では,地理空間を地物で構成された空間とみなし,UMLでモデル化を行う.この地理空間のモデル化の根底には,I. Kantにさかのぼれる空間の認識論や地誌学にみられる素朴科学としての地理学的方法論が底流として流れている.
著者
高野 誠二
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.78, no.11, pp.661-687, 2005-10-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
54
被引用文献数
3 2

本稿では,日本の都市中心部における特徴である,古くからの街道沿いに発達した旧中心商店街と,鉄道開業後に発達した駅周辺地区との商業の競合関係に着目しつつ,各種の都市整備事業を通じた旧中心商店街の活性化をめぐる,都市内の政治権力構造を考察した.八王子市において大きな政治力を発揮してきたのは,歴史の古い旧中心商店街である甲州街道沿いの地区を地盤とする,「旦那衆」と呼ばれる実力者達である.彼らは商工会議所や商店会連合会等の中枢を占めたり,政治家や市の幹部等との豊富な人脈を駆使したりして,旧中心商店街の開発が優先的に行われるように積極的に活動した.また,自地区以外での事業には消極的な態度をとり,旧中心商店街の活性化を重視する政策の形成に大きく寄与してきた,しかし,大型店が駅周辺地区や郊外を志向するようになる中で,旧中心商店街の商業は衰退を続け,そこでの都市開発事業の多くは採算の目途が立たずに実現できなかった.また,旧中心商店街以外の地区や,旦那衆以外の商業者の反対意見により,八王子市における旧中心商店街優先政策は再検討を迫られつつある.
著者
斎藤 久美
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.78, no.11, pp.710-723, 2005-10-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
26

本研究は,韓国の地方中心都市である清州市を対象とし,都市における血縁組織の形成とその変容を,村落から都市への人口移動との関連から明らかにすることを目的とした.韓国の都市における血縁組織の形成は,1960年代以降,首都ソウルに人口が集中するとともに同族集落からの転入者によって,ソウルなどの大都市に形成される動きがみられるようになった.清州市の血縁組織は,清州市への人口集中が著しくなった1970年代以降活発に形成されたという.一方,清州市の血縁組織は,1970年代に忠清北道内の同族集落から清州市に転入した経済的・社会的成功者たちを中心に,同族集落との連絡を補うために形成された.その後,都市の血縁組織は,各同族集落からの転入者を会員に迎え入れ成長したが,その中で,就職の斡旋や住居地の紹介など,転入者の都市定着支援などの役割も補う例もあった.都市の血縁組織は都市居住者が増大するにしたがって,都市住民のニーズに応じ,血縁組織が細分化されるなど,社会状況に応じて変容し続けている.
著者
谷津 栄寿
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.38, no.1, pp.43-46, 1965-01-01 (Released:2008-12-24)
被引用文献数
2

誰かがある問題を指摘すると,それを一体どのようにして解決するのか,どのように取りくむべきかなど質問し,自分みずから考えようとしない大学院め学生達があることには驚愕した.ロックコントロールの問題が,等閑にされていないだろうかと発言したため,筆者は返答に多くの時間をさかねばならなかった.思想はみずから育てあげるべきである.本稿では世界的にあまりにも有名な人々に対して反論を試み,彼等の研究方法において到達できるであろう限界を示し,ロックコントロール理論の一つの研究方法を述べた.要は,地形をつくっている地表物質の物性の理解の仕方なのである.多くの読者からの,非難と批判とを覚悟して,筆者の意見をのべることにした.
著者
井戸 庄三
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.49, no.5, pp.285-299, 1976-05-01 (Released:2008-12-24)
参考文献数
35

明治22年 (1889) の町村合併で誕生した新町村の名称について,茨城・埼玉など15府県の4,041町村を対象に検討を加えた.新町村名を, A (歴史的広域名称), B (中心地名称), C (合成名称), D (並列名称), E (自然名称), F (社寺名称), G (歴史遺跡名称), H (地形名称), I (狭域名称), J (人為名称)などに類型区分すると, Aが1,277町村で全体の31.6%を占めて第1位であり, Bが1,089町村でこれにっいでいる.以下, J・C・Eの順となり,これら5類型で3,567町村を数え,全体の88.3%に達する.これを府県別にこまかくみると,かなり多彩な特色が認められる.滋賀県は郷・庄名の継承を優先したためAの比率がきわめて高く,福岡県もAおよびBに重点をおいたので,この両県では歴史と伝統に恵まれた新町村名が選定された.これに対して, Cが高率である広島県とJが異常に多い千葉県は,新町村名の選定に関するかぎり,問題の多いケースといえる.
著者
柚洞 一央
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.79, no.13, pp.809-832, 2006-11-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
33
被引用文献数
2 1 3

家畜であるミッバチの生態を利用した養蜂業は,植生や気候などの自然環境の変化に大きく左右される産業である.花を求めて全国を移動するという日本の養蜂業の形態は,明治期において確立されたが,戦後の蜜源環:境の劣化に伴い,近年ではその経営形態も大きく変化してきた.本稿は,日本の養蜂業が,今日どのような経営を行っているのか,各種の統計資料と全国131の養蜂業者に対する聞取り調査をもとに,その地域的特色と近年の変化を明らかにし,それらの変化が持っ意味にっいて考察する.今日の養蜂業者は,経営者の高齢化や中部地方以西における著しい蜜源植物の減少に伴って,廃業や移動空間の「狭域化」を余儀なくされている.その一方で,ハチミツ生産のみでなく,ローヤルゼリー生産や,花粉交配用にミツバチを貸し出すポリネーションなどの新しい生産形態を取り入れて,経営の多様化・安定化を模索してきた.こうした点にっいて,養蜂業の持っ特質,つまり「移動性」と「間接性」という観点から,近年の養蜂業の経営動向にっいて考察を行った.その結果,蜜源分布の変化に合わせた移動空間の変更や,ミッバチを媒体とした資源利用の方法という点では,柔軟な対応を行ってきたと評価できる一方,蜜源環境の維持や,業界内部における資源配分という点においては,さまざまな問題を残しているという現状が明らかになった.
著者
申 英根
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.81, no.6, pp.491-505, 2008-07-01 (Released:2010-03-12)
参考文献数
27
被引用文献数
1

本稿では, 大韓民国江原道春川市で行われている春川マイム祭りを事例として, 新たに創られた祭りによる地域おこしをめぐって, 春川マイム祭りが地域社会に及ぼした影響を経済的側面と社会的側面から考察した. 経済的側面では, これまで祭りに無関心であった春川市は, 春川マイム祭りが中央政府の「文化観光祝祭」に選ばれるなど評価が上がるにつれて, 財政支援の拡大とともに「観光商品化」を目指したが, 地域経済に及んだ影響は大きくないことが明らかとなった. 社会的側面では, 主催団体の活動と春川市の支援によって春川マイム祭りの地域社会への定着が図られ地域住民の認知度は高まったが, 住民が積極的に参加する段階にはまだ至っていないことが明らかになった.
著者
中澤 高志 神谷 浩夫
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.78, no.9, pp.560-585, 2005-08-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
71
被引用文献数
6 2

本稿は,金沢市と横浜市の高校を卒業した女性のライフコースについて,高校卒業時および最終学歴修了時の進路決定のプロセスとそれ以降の就業にみられる差異を把握し,そうした差異をもたらすメカニズムを明らかにする.金沢対象者は,学校側の積極的な介入の下で進学先を決定していた.そのことは,自分が学んだ分野と就職したい分野の葛藤に悩む学生を生んだ反面,教員や看護士の職に就く者を増やし,結婚後の就業率を高める一因となっていた.さらに金沢対象者では,結婚・出産後も女性が働きやすい環境にも比較的恵まれている.横浜対象者が通った高校では,進路について教師からの働きかけはほとんどなかった.そのため生徒は就職時の有利不利はあまり考慮せずに,進学先を決定していた.就職についても,民間企業を中心にイメージを重視した就職活動を行った.こうした進路決定は,現実との齟齬による離職を生んだ.これに加え,横浜対象者は家事や育児と両立しながら就業を継続することが難しい環境にある.このように,個人のライフコースは,地域が付与する固有の可能性と制約の中で,過去に規定されつつ,形成されてゆくのである.
著者
片岡 博美
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.78, no.6, pp.387-412, 2005-05-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
44
被引用文献数
5 3

本稿では,静岡県浜松市におけるブラジル人のエスニックな連帯の様態を,エスニック・ビジネスの利用状況に注目することにより分析した.エスニック・ビジネス事業所は,財・サービスの提供のほか,同胞間の情報の結節点,ネットワークの構築,同胞援助,受入国との接点といった社会的機能や,母国文化の保持・発信,母国との紐帯,アイデンティティの保持・育成などの文化的機能を持ち,浜松市のブラジル人にとり「特別な場所」となっている.これら機能の発達は,「市場媒介型移住システム」をはじめとしたブラジル人の国際移動形態と密接に関連する.浜松市のエスニック・ビジネス事業所は,「開かれた」,「弾力性を持つ」エスニック・コミュニティの拠点として機能しており,ブラジル人の滞日が長期化する中,今後,一層その必要性は高まると考えられる.