著者
山田 佳代子 園田 茂
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.329, 2011-04-15

●概要 ミラーセラピー(mirror therapy)とは,鏡を使用して運動の視覚フィードバックを与える治療法である.ほぼ矢状面で両肢間に鏡を設置し,鏡に映された一側肢が鏡に隠れた反対側肢の位置と重なるようにする(図).切断や麻痺などの患側肢の遠位部に健側肢の映った鏡像がつながって見えることで,患側肢が健常な実像であるかのように感じさせながら運動を行う.1995年にRamachandran1)が上肢切断者の幻肢痛の軽減に有効であると初めて報告した.その後,脳卒中患者の麻痺改善や下肢幻肢痛,複合性局所性疼痛症候群,腕神経叢引き抜き損傷患者の疼痛軽減効果などが報告されている2).
著者
清水 道生
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.577-579, 2019-05-01

はじめに 病理解剖とは,病院内で病気のため不幸にして死亡した患者の遺体を遺族の承諾を得て解剖し,その臓器,組織を観察,詳細に医学的検討を行うことを指し,病理医によって実施される.病理解剖は“剖検”と略されることもあり,英語ではautopsyといい,ギリシア語のautopsiaが語源で,auto(自分で)とopsis(見ること)からなり,“自分の目で見ること”を意味する. 病理解剖の起源は不明であるが,病理解剖の記録としては1286年にイタリアでペストが流行した際に,クレモナ出身の医師が病因解明のため胸部の部分解剖を行い,心臓を調べたものが最初であるとされている.そして,現在行われているような病理解剖が始まったのは18世紀中頃で,19世紀に入りオーストリアのウイーン総合病院の病理医長であったカール・フォン・ロキタンスキー(Carl von Rokitansky,後のウイーン大学病理解剖学の教授)とドイツのベルリン大学の病理学教授であったルドルフ・ルートヴィヒ・カール・フィルヒョウ(Rudolf Ludwig Karl Virchow)によって系統的な病理解剖が確立された.現在,病理解剖手技として主に使用されているRokitansky法(頸部臓器を含め,体腔内の臓器を一塊として取り出し観察する方法)とVirchow法(一つ一つの臓器を別々に取り出し観察する方法)はこの偉大な2人によって考案されたものである. また,この間に顕微鏡の性能が向上し,パラフィン包埋法やミクロトームも発明された.その後,固定液としてホルマリンの使用,ヘマトキシリン・エオジン染色法が発明され,20世紀の初めには今日行われている病理解剖の基本的技術が確立されるに至った1,2).
著者
臼井 嘉彦
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.1551-1554, 2019-12-15

Q 白内障手術後3か月目に囊胞様黄斑浮腫(cystoid macular edema:CME)が生じました(図1)。このような場合は,どのように対処したらよいでしょうか?
著者
山崎 亮
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.929-935, 2016-12-15

生業とボランティアの環のなかで展開される「地域まるごとケア」 滋賀県東近江市は、鈴鹿山脈を望む森里川湖といった自然豊かなまち。この地域では、職種・分野を超え、さまざまな人・団体がつながることで、地域が抱える課題を、地域のもつ資源を活かしながら解決するしくみがある。そうした地域の在り方は、地域に点在する“人的資源”を図示した「東近江 魅知普請 曼荼羅」にも垣間見ることができよう。住民それぞれの思いや願い、取り組みは、地域の緩やかなつながりによって紡がれ、ひとつのかたちになっている。 そんな地域で生老病死をささえる1人が、永源寺診療所の花戸貴司医師。しかし、ここでも診療所の医師や看護師といった専門職が“中心”になることはなく、近隣住民や寺、警察までも含んだ「チーム永源寺」の“一端”を担うにすぎない。住み慣れた場所で最期まで暮らし続けたいと願う人々の思いは、「専門職で」ではなく、あくまで地域ぐるみで叶えている。

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著者
『看護研究』編集室
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.1, 2018-02-15

2017年11月5日(日),聖路加国際大学にて「質的研究論文のための査読者向けセミナー」が開催されました。このセミナーは,萱間真美先生(聖路加国際大学)を研究代表者とする文部科研費による研究「看護学の質的研究論文査読ガイドラインと査読者教育プログラムの開発」*の一環で行なわれました。本特集では,萱間先生をはじめとする研究班の先生方のご協力を得て,このセミナーを収録する形で取り上げることとしました。特集は,基本的にセミナーの流れに基づきつつ,セミナー後に寄稿いただいた論文等も含めて,再構成しています。 今回のセミナーでは,模擬査読が行なわれました。セミナーに先立ち,参加者の方々にはモデル用原稿が送付され,個別に査読を行なう課題が与えられていました。当日はその課題をベースに,本特集でもご紹介する「査読ガイドライン」に基づいてグループごとに査読が行なわれ,各グループからの査読結果の発表とともに,ディスカッションが行なわれました。なお,モデル用原稿には,グレッグ美鈴先生(神戸市看護大学)が『日本看護学教育学会誌』に投稿された初回の論文が用いられました。この論文は査読を経て採択され,同学会誌27巻1号(2017年)に掲載されています。特集を組むにあたっては,査読者/投稿者の学びの促進と看護学の発展につながることを期し,グレッグ先生より上述のモデル用論文と『日本看護学教育学会誌』所収の論文の本誌掲載について快諾を得るとともに,『日本看護学教育学会誌』編集委員会からも転載の許諾をいただきました。グレッグ先生には,実際の査読プロセスについてもご紹介いただいています。
著者
長岡 文
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.60, 1983-01-01

元来文学的感覚に恵まれない私は日頃から文学書特に詩にはとかく縁遠く,手のとどかない高尚なものとして敬遠していました.そんな私がある時,細川宏の遺稿詩集が出版されたから是非読むようにとのすすめを受けたので,気が重いながら本を開いたのです.ところが文字を追って行く私の目は次第にスピードを増し,一頁一頁にすい込まれるような気持ちで,いつの間にか重い気持ちなど消え去り夢中になって読んでいました.そこに書かれている詩は気どったものでもなく飾ったものでもなく,まさに病める人の心からほとばしり出た"言葉をこえた心の声"なのです.その一言一句,一節がじんじんと胸にひびいてくるのです.日頃私は口ぐせのように,若い技師や技師を志す人に向かって,"検査技師は患者の立場になって考えるような暖かい心を持たなければ真に患者のための検査はできない"と言っているのですが,この本を読んであらためて病者の心の葛藤をひしひしと感じました. 細川宏は,ここで紹介するまでもなく周知のことと思いますが,東大解剖学教授在任中に癌にたおれ惜しまれつつ昭和42年世を去られた方で,その病床でつづられた遺稿が出版されたものです.最初の「病者―ペイシェント―」には,長い病との戦いに身をまかせひたすら医学の要塞陣地からの援護射撃によって救われるのを待ちつづけ,見舞う人のいたわりと励ましによってやすらぎと勇気を与えられつつじっと耐え忍ぶさまが如実にうたわれています.また誰でもが心の底に持っている不治の病への不安を死者との問答の形で淡々と書かれており心をうたれます.健康な人が病者の心のうちを察しているつもりでも,それはさらにさらに大きく無限に広がって行く苦しみなのだということが感じられます.
著者
山形 拓 平澤 大 大平 哲也 原田 喜博 前田 有紀 野田 裕
出版者
日本メディカルセンター
巻号頁・発行日
pp.583-588, 2015-04-20

近年,内視鏡鎮静に関してプロポフォールの有用性,安全性が報告されている.プロポフォールは,半減期がきわめて短いため持続投与が可能であり,それゆえ鎮静深度を一定に保つことが容易である.この特性は長時間の安全で安定した鎮静を要するESDには非常に有用である.本稿では,当センターにおけるプロポフォール鎮静方法を紹介する.また,プロポフォール鎮静時の問題点を述べる.第一に,鎮静時の代表的偶発症である呼吸循環抑制の頻度をミダゾラムと比較した.第二に,プロポフォールでも鎮静困難となる場合があり,その要因についても検討した.
著者
山本 舜悟
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.14-19, 2021-01-15

CaseCOVID-19における二峰性の悪化患者:41歳、女性現病歴:発症3日前に、パーティに参加した。X日(発症日)に、38℃の発熱がありA医院を受診し、対症療法で帰宅した。翌日には解熱したが、軽い咳と喉の違和感は続いた。X+3日目に再度発熱し、パーティ参加者のなかに、のちにCOVID-19と判明した人がいたことがわかり、帰国者・接触者相談センターへ相談した。 X+4日目に新型コロナウイルスPCR検体が採取され陽性になり、X+5日目に当院に入院した。入院時は微熱と乾性咳嗽、軽度の呼吸困難があり、胸部X線では肺炎像は明らかではなかったが、胸部CTでは胸膜直下のすりガラス陰影がみられた。
著者
丸山 太郎
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.494-500, 2006-05-15

食後血糖は炭水化物摂取量だけで決定されるわけではないので,カーボハイドレートカウンティングは食前のインスリン量決定法としては不完全である.むしろ,肥満や動脈硬化をもたらしやすいなど問題が大きい.
著者
宮部 雅幸
出版者
メディカル・サイエンス・インターナショナル
巻号頁・発行日
pp.1180-1182, 2013-12-01

三重大学麻酔科医の大量退職に伴い, 2004年に麻酔管理と臨床実習に業務を特化した臨床麻酔部が作られた。その後, 2009年秋に大学の講座となり,筆者が新教授として選出された。赴任時は,外科医や外勤麻酔科医が麻酔を担当していたが,4年が経過し,全身麻酔および,区域麻酔のすべてを臨床麻酔部が担当している。2012年度の手術件数は5743件で,麻酔部管理は4200件程度であった。これを,筆者を含め8人の麻酔科医(後期研修医も含む),3~4人の初期研修医,2人の専属麻酔支援看護師で担当している。 このマンパワーで,臨床麻酔部は臨床実習に関しても,学生から高い評価を得ている。2012年度の5年生からは,調査項目すべてにわたって高得点が得られ(図1),診療科別総合評価で麻酔科が第1位であった。 本稿では,筆者がどのように学生教育に携わっているかを述べる。
著者
宮野 佐年
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.235-240, 1988-03-10

はじめに 立つことにより両上肢が自由に使えるようになって,人間が現在のように進歩したといっても過言ではない.しかし,一旦,下肢に障害をきたし,歩けなくなってしまうと,上肢を犠牲にしてもなんとか歩きたいという願いがつよくなる. 歩行を補助するものとして,杖,松葉杖,歩行器などがあるが,これらは,いずれも上肢で操作しなければならず,歩行するためには,上肢の自由を失ってしまう. しかし,上肢の自由を犠牲にしても,立って歩くことは移動能力を高め,本人のQOLを向上させるために,非常に執着を持つことは自然の理であろう.杖の起源は不明であるが,有史以前にすでに,闘いや,食物を取るための棒が疲れたときの身体の支えや下肢の怪我や痛みのあるときに歩行の補助具として使われていたと考えられる.歴史的には,BC2830年に上端が二またに分かれた木片に寄り掛かっている人の絵が見られたものが最初である. 古代エジプトでは,権力の象徴として,杖を使っていたことが,古墳からうかがうことができる.中世において,羊飼いや巡礼者は長い杖を持って歩き,身体の支えや武器として使った.また,フランスの貴婦人が杖を愛用したのは11世紀頃であったが,18世紀には,紳士が杖を使うようになり,特に医師のシンボルに近いものにまでなった.今回は,歩行の補助具としての杖・松葉杖を中心に述べる.
著者
居倉 博彦 児玉 光司 池田 俊太郎 橋田 英俊 桑原 大志 岡山 英樹 原 裕二 重松 裕二 小原 克彦 濱田 希臣 日和田 邦男 藤原 康史
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.619-622, 1997-06-15

症例は47歳,男性.1995年4月22日午前7時頃,くしゃみをした直後に前胸部圧迫感が出現した.痛みは約15分続いた.さらに,同年5月16日午前7時頃,くしゃみをした直後に前胸部圧迫感が生じた.その際,便意も催し,排便後に失神したが,意識は10分弱で同復し,胸痛も消失した.近医の紹介により同年5月29日に当院に入院した.6月1日に冠動脈造影検査を施行,コントロール造影では両側冠動脈に器質的狭窄を認めなかったためアセチルコリン冠攣縮誘発試験を行った.その結果,右冠動脈,および左回旋枝は完全閉塞し,それに伴って胸部圧迫感と心電図上ST上昇を認めた.以上より異型狭心症と診断した.以後,抗狭心症薬の投与により狭心症発作は一度も起きていない.本症例は狭心症発作の前駆症状にくしゃみを認めた稀な症例である.
著者
木田 圭亮 土井 駿一 鈴木 規雄
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.54-57, 2021-01-10

Question 1心不全に高カリウム血症の合併が多いのはどうしてですか?
著者
加藤 恵理
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.25-31, 2021-01-10

Question 1SGLT2阻害薬ってどのような薬ですか?
著者
秋葉 龍太朗 万代 道子 高橋 政代
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.29-38, 2021-01-10

眼球の構造 人が得る情報の8割は視覚に由来しているといわれている1).眼球をカメラに例えると,外界からの光は眼球の表面にある透明な組織である角膜,レンズである水晶体を通して眼球内へと入り,フィルムにあたる網膜に到達する(図1a).光はまず網膜の最も外層にある視細胞にて電気信号に変換され,視細胞は双極細胞などの介在ニューロンに信号を伝達し,情報処理が行われる.この情報は最終的に神経節細胞へと伝達され,中枢神経へと送り出される(図1b).
著者
小林 茂 吉沢 英造 蜂谷 裕道 鵜飼 高弘 中川 雅人 森田 知史 中井 定明
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.357-366, 1992-04-25

抄録:腰痛や坐骨神経痛などの腰仙部神経根症状を呈する疾患の病態は,機械的圧迫に伴う血流障害や脳脊髄液の停滞が長期存在し,根内環境の恒常性が破壊されることによって生ずると考えられる.特に圧迫に伴う血管透過性の亢進は,根内浮腫,強いては線維化の形成に深く関与し,この過程を解明することが今後の腰痛疾患の治療を行っていくうえで有用であると考えられる.今回はイヌの神経根における血液―神経関門の機能をトレーサーを用いて形態学的に検討した.その結果,神経根に見られる血液―神経関門を有する連続型毛細血管には,脳脊髄液をドレナージする選択的透過機構が存在した.しかし,急性圧迫障害時には,血管内皮細胞間での密着帯の開大による透過性亢進や飲小胞による細胞内輸送の増加により関門は破綻し,根内浮腫が生じることを証明した.
著者
猪俣 孟
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.570-571, 1995-04-15

角膜後面沈着keratic precipitates (K.P.)は,虹彩炎や毛様体炎の炎症細胞,または組織の残滓や病原物質などを貪食したマクロファージが前房内に遊出し,それらが角膜後面に付着した状態をいう。前房内の温度は虹彩付近で高く,体表に近い角膜付近で比較的低い。そのために前房水は虹彩付近で上流し,角膜付近で下流する流れがある。これを温流thermal currentという。温流の関係で,前房内に遊出した細胞や物質は角膜後面下方に沈着する傾向がある。前房内の炎症細胞が角膜内皮細胞に付着する際には,眼内免疫反応が最も強い時期に細胞間接着因子intercellular adhe—sion molecule−1(ICAM−1)が角膜内皮細胞に強く発現し,炎症細胞が角膜後面に付着しやすい状態にある。 臨床的に,角膜後面沈着は豚脂様角膜後面沈着Inutton fat K.P.微塵状角膜後面沈着fine K.P.,色素性角膜後面沈着pigmented K.P.の3種が識別される。
著者
細野 昇 向井 克容 坂浦 博伸 牧野 孝洋 武中 章太 三輪 俊格 冨士 武史
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.843-847, 2010-09-25

いわゆるmyelopathy handは頚髄症に特徴的な手指麻痺とされているが,神経根症には認められないのであろうか.頚部神経根症を呈する30例(C4,C5;各3例,C6;15例,C7;9例)に最大努力での握り開き運動を左右別に行わせて15秒間録画し,この動画を3人が評価し解析した.C7根症において疼痛側の握り開き回数は非疼痛側より有意に少なかった.またC6根症疼痛側においては各指が同調して動かず,乱れが生じていた.従来,頚髄症に特異的とされてきたmyelopathy handの一部の症候は神経根症にも認められる.
著者
船山 道隆 三村 將
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.845-853, 2008-07-01

はじめに 作話(confabulation)とは,記憶障害を背景に,だまそうとする意図はないが,自己や世界に関する記憶や出来事を作り上げたり,ゆがめたり,誤って解釈して,外界に向けて話をすることである。作話の概念は,Kahlbaum1)が1874年の緊張病論のなかで,意味も脈略もない会話である語唱(Verbigeration)と対比して,空想的かつ生産的な内容である作話(Konfabulation)という語を用いたのに端を発し,Korsakoff2,3)によるコルサコフ症候群の確立によって大きな発展を遂げた。作話にはさまざまな分類があるが,最もよく用いられる作話の生成機転による区分として,促さなくても現れる自発作話(spontaneous confabulation)と,質問に対してのみ受動的に誘発される誘発作話(provoked confabulation)とに大別される。作話は意味記憶領域のもの(例えば「キリンとは何か」に関する作話)もあるが,そのほとんどは自己の生活史と関連した自伝的記憶ないしエピソード記憶領域のものである。 作話の原因疾患は,アルコール性コルサコフ症候群などの中毒性・代謝性疾患,前交通動脈瘤破裂に代表されるくも膜下出血,脳出血,硬膜下血腫,脳腫瘍,脳炎などの感染症,頭部外傷,アルツハイマー病や血管性認知症などの認知症性疾患,低酸素脳症など多岐にわたる。 作話は,妄想や記憶錯誤と類似点があるが,これらとは区別することができる。記憶錯誤は,過去に体験していないのに実際にあったかのように追想することであり,一部の作話は記憶錯誤といえる。妄想は,「主に自己に関する病的な誤った確信であり,訂正不能」であると定義され,基本的には記憶障害に基づくものではない。一方で,作話は背景に記憶障害があり,その確信の程度は低い。作話に基づいて実際に行動してしまう場合も少なくない4,5)が,一般的には妄想に基づく犯罪のような重大な事件に至ることはない。 統合失調症の妄想においては,その形成以前にしばしば離人症が出現し,世界全体の知覚自体にも変化が生じているという考え方6)がある。一方で,作話の場合は,妄想のような世界全体の変容ではなく,記憶障害や現実監視能力の低下といった部分的な欠損から生じているといえる7)。また,嫉妬妄想に代表されるように,妄想性障害は性格や感情の影響が大きいことが知られている。フランスでは恋愛妄想,嫉妬妄想,復権妄想をまとめて熱情精神病と呼んでいる。病的な熱情の上に,強固な信念に支えられ妄想が構築されていき,闘争的で興奮しやすいといわれる。嫉妬妄想の背景には,器質疾患に伴う嫉妬妄想も含めて8),プライドが高い性格や失われたものを取り戻そうとする機制が強く働いている。一方で,作話には性格による影響は少なく,情動的色彩も乏しいと考えられる9)。
著者
長 徹二 根來 秀樹 猪野 亜朗 井川 大輔 坂 保寛 原田 雅典 岸本 年史
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.1115-1120, 2010-11-15

はじめに アルコール依存症患者は自ら治療を受けることは少なく,家族などの勧めで医療機関を訪れることが多い。これはアルコール依存症に特徴的であり,「自分がアルコールに関連した困難を抱いていること」をなかなか認めることができないことに起因する。そのためか,わが国には治療を必要とするアルコール依存症者だけでも約80万人存在する23)と推定されているが,実際に治療機関を受診している患者数は約4.3万人16)しかいない。 アルコール依存症はさまざまな疾病とのかかわりも多く,一般病院に入院していた患者のうち17.8%(男性患者では21.4%)もの人がアルコールに関連した問題を抱えている可能性があった27)と報告されているように,医療機関を受診する患者の中に占めるアルコール関連の臓器障害や機能障害の割合は想像を はるかに上回るものであると予測される。また,総合病院において,他科から精神科への紹介患者におけるアルコール・薬物関連疾患の割合は30%前後2,18)と報告されており,連携医療の必要性が示唆されている。 アルコール依存症を一般病院でスクリーニングし,専門治療機関に紹介する連携医療を展開するために,1996年3月に,三重県立こころの医療センター(以下,当院)が中心となって三重県アルコール関連疾患研究会(以下,当研究会)を発足させた。当研究会はアルコールに関連する問題を抱えている患者を対象とした研修や研究発表に加え,断酒会員やその家族の体験発表などを中心とした内容で構成されている。三重県内の100床以上の総合病院の中で,当研究会を開催した病院は8割を超えており,参加者総数は2,000人に達している。当研究会発足前の1996年の三重県の報告では,アルコール関連疾患により一般病院に入院してからアルコール専門医療機関受診するまでの期間は平均7.4年もの月日を要しており14),アルコール関連疾患にて一般病院で治療を受けてもアルコール依存症の治療が始まるまでに長い月日を要してきた。そのため,治療介入後の最初の10年間の死亡率が最も高い26)と報告されており,早期診断・早期介入が急務の課題であるといえる。 一般病院でアルコール依存症の教育,啓発そして連携を進めてきた当研究会の成果を調べるため,今回はアルコール専門医療機関である当院に受診するまでの経緯に関する調査を行った。