著者
吉田 健史
出版者
メディカル・サイエンス・インターナショナル
巻号頁・発行日
pp.46-50, 2015-01-01

急性呼吸窮迫症候群acute respiratory distress syndrome(ARDS)に対する人工呼吸器管理は,ガス交換を改善し呼吸仕事量を軽減させる最も重要な治療手段である。人工呼吸器管理はARDSの治療において必要不可欠である一方,それ自体が,肺傷害を悪化させ,死亡率を増加させる一因になることが示されている〔人工呼吸器関連肺傷害ventilator-induced lung injury(VILI)〕1)。そのVILIを規定する因子は,stressとstrainである2)。stressとは肺実質にかかる圧のことであり,strainとは(機能的残気量から変化する)肺実質の歪みのことである。これらstressとstrainを制限するために,我々はプラトー圧と1回換気量を制限する肺保護換気戦略を行ってきた3)。 この肺保護換気をさらに促進させるため,人工呼吸器管理中に自発呼吸を温存するかどうか長年議論されている。人工呼吸器管理中の自発呼吸の役割に関しては,酸素化能の改善,ICU滞在日数および挿管日数の減少など,自発呼吸の有用性を報告する研究4〜6)がある一方で,severe ARDS患者に対する早期の筋弛緩によるfull supportが予後を改善させる7〜9)という,従来の自発呼吸の研究結果に相反する臨床結果が近年示された。さらに,人工呼吸器管理中に自発呼吸を温存すると,肺保護換気戦略に従ってプラトー圧と1回換気量を制限していたとしても,実はstressとstrainを制限できていない10〜12)ことが明らかになってきた。したがって,このコラムでは人工呼吸器管理中の自発呼吸を残すpartial ventilatory supportと筋弛緩によるfull supportの役割を論じる。Summary●人工呼吸器管理中に自発呼吸を温存した場合,プラトー圧と1回換気量はstressとstrainのよい指標にはならない。●人工呼吸器管理中の自発呼吸は,肺保護換気戦略に従ってプラトー圧を制限したとしても,経肺圧を増加させている危険性がある。●人工呼吸器管理中の自発呼吸は,肺保護換気戦略に従って1回換気量を制限したとしても,pendelluft現象のために肺局所の過伸展を引き起こしている危険性がある。●筋弛緩によるfull supportにより,経肺圧の厳格な管理が可能となり,pendelluft現象を防ぐことができる。●自発呼吸を残すpartial ventilatory supportと筋弛緩によるfull supportはARDSに対する人工呼吸器管理において相反するものではなく,ARDSの重症度と肺保護換気戦略を念頭において,むしろ一連の治療のなかで同時に行われる管理方法である。
著者
柴谷 涼子 乾 妙子
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.1199-1202, 2005-12-01

リンクナースを支える看護部門の働き 柴谷涼子 リンクナース活動内容の変化 当院でリンクナースシステムが稼動し,本格的な感染管理チームが活動を始めると同時に,リンクナース全員が感染管理担当看護師(以下,ICN)の専門的な指導のもと,ターゲットサーベイランスに取り組み始めた.1998年当時日本でサーベイランスを実施している施設はほとんどなく,サーベイランスが何かもわからない状態でのスタートだった. そのため,当時リンクナースとして活動していた筆者も含め,サーベイランスをICNの研究の一部として捉えていた印象が強い.サーベイランスが効果的な感染対策を推進していくうえで重要な要素として認識できるまで,時間を要した.その後約5年間でいずれのサーベイランスでも年々感染率は減少し,感染対策マニュアルも定着してきた.筆者が感染管理認定看護師資格を取得し専任として活動を開始した際に,当院の状況をアセスメントし,サーベイランスの対象部署や対象とする処置の見直しと整理をした.その後サーベイランス中心の活動から内容は広がりを見せ,年間活動目標を毎年立案し活動している(表1).
著者
村中 峯子 中板 育美
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
2013-12-10

はじめに 日本看護協会では,2013年7月,事務局組織を改編し,事業局健康政策部に「保健師課」を設けた。国際的な保健師ネットワークの構築については,中板育美常任理事を担当理事とし,本会内国際部との連携のもと,健康政策部(保健師課)が事務局を所掌している。 日本看護協会は,これまでも積極的に国際的な保健師ネットワークの構築に取り組んできた(表)。その目的や意義を,本年8月にアイルランドで開催された第3回国際公衆衛生看護会議の結果を踏まえて概観する。 日本看護協会(会員約67万人:以下,JNA)は,国際看護師協会(以下,ICN)のネットワークに,新たに国際的な保健師ネットワークを設立することをめざして,各国に呼びかけ,ICN2009年南アフリカ大会,2011年マルタ大会で保健師のネットワーク化のためのセッションを開催してきた。さらに昨2012年8月27~29日には,東京と仙台で「国際保健師ネットワークPre Conference」を開催(本誌2013年1月号参照)し,本2013年5月に開催されたICNのメルボルン大会でも,ネットワーク設立賛同国関係者らと意見交換をするなど,積極的に取り組んできた。 このたび,第3回国際公衆衛生看護会議が2013年8月25~27日の3日間,アイルランドのゴールウェイ大学で開催されるにあたり,JNAから国際担当で保健師関連の担当である中板育美常任理事と健康政策部担当の筆者が参加した。
著者
堀内 圭輔 千葉 一裕
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.362-367, 2020-04-25

Figureをデジタル画像として扱うようになってから,さまざまな画像処理が容易にできるようになりました.その恩恵によって,以前は困難だった高度で複雑なFigureを,誰でも作れるようになりましたが,データを美しく提示しようとするあまり,つい過剰に画像処理をしがちではないでしょうか.また,時折ニュースを賑わしているように,論文画像の捏造や改竄が,昨今大きな問題となっています.あらぬ誤解を受けないようにするためにも,適切な画像処理を理解しておくことは重要です. 今回は,論文を準備するうえで必要と考えられる,画像処理についてお話しします.
著者
亀井 克彦
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.1620-1622, 2009-12-15

スエヒロタケ(Schizophyllum commune)は文字通りキノコ(真正担子菌)の一種である.キノコは真菌の仲間であるが,ヒトに感染あるいは定着するキノコは大変少ない.これまでにスエヒロタケやCoprinus cinereus(和名:ヒトヨタケ)など数種類が知られているに過ぎず1),大部分の症例はスエヒロタケによって占められている.スエヒロタケは決して珍しいキノコではなく,全国各地の朽ち木などで頻繁に見ることができる(図1)が,わが国では食用には用いない. 本菌による感染は,わが国では大部分がアレルギー性気管支肺真菌症(allergic bronchopulmonary mycosis;ABPM)であり,拡張した気管支内に本菌が定着して,Ⅰ型あるいはⅢ型のアレルギー反応により気管支粘液栓子(図2)を形成したり,無気肺,好酸球性肺炎,気管支喘息などを引き起こす(図3).気管支喘息の合併はアレルギー性気管支肺アスペルギルス症(allergic bronchopulmonary aspergillosis;ABPA)に比べると比較的少ない.欧米ではアレルギー性副鼻腔真菌症(allergic fungal rhinosinusitis;AFRS)の報告が多く2),また稀に侵襲性の感染を起こすこともある3).組織内の本菌の菌糸はアスペルギルス症に酷似しており,鑑別は容易でない(図4).本菌によるABPMは1989年に初めて報告されて以来4),急速に増加し,数多く報告されており5),臨床検査において遭遇する機会も多くなってきた.
著者
加納 和彦
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.58-63, 2018-01-15

はじめに わが国の感染症サーベイランスはNational Epidemiological Surveillance of Infectious Disease(NESID)と呼ばれる電子システムを介して行われている.「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」(感染症法)に基づいて,感染症を診断した医療機関は所定の届出様式1)にしたがって保健所へ感染症の発生報告を行う.保健所は届出データをNESIDシステムに登録し,中央および地方の感染症情報センターは登録データの確認と集計,および情報の還元を行っている.1999年以降,感染症法に基づいて報告された全数把握対象疾患の症例報告数は,2016年までで51万件以上に達している(図1)2). 症例報告の個票データにはさまざまな項目があり,年齢・性別などの患者に関する情報や,診断した医療機関,診断日,推定感染地域のように全疾患に共通した項目の他,後天性免疫不全症候群の届出におけるAIDS診断の指標疾患や,麻しん・風しんにおける予防接種歴の情報など疾患固有の項目が含まれる.また,データ形式には選択肢から選ぶものや,推定感染源欄や備考欄のように自由にテキストを入力するものがある.これらの膨大で多様なデータが一元的にデータベースに登録されていることと,さらに近年はコンピューターによるデータ処理技術が向上していることから,収集されたデータを機械的に分析し,公衆衛生の向上に役立つ情報へと変換する手法・ツールの開発の必要性が増してきている. 本稿では,①届出の自由記述テキストデータを活用した解析の試み,②現在,開発中の感染症サーベイランスのための新しいツール,さらに③海外の進んだサーベイランスシステムや関連ツールについて述べる.
著者
岡田 俊
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.1385-1391, 2019-12-15

抄録 神経発達症は,幼少期から認められる認知と行動の偏りであり,そのために日常生活に支障を来すものをいう。いずれの神経発達症特性も,それ自身は病理的ではなく,質的,量的な差異に過ぎず,むしろ当事者には社会における不適応感として認知されやすい。神経発達症の診断においては,このような生きづらさと特性との関係を伝えるとともに,その切り分けについても明確化するなど,心理的な配慮が求められる。近年では「発達障害」概念が広く認知されるようになったが,同時に多くのスティグマを伴っている。神経発達症は,まだ明確な輪郭を持たない障害概念であり,この輪郭を生物学的に明確にする試みを継続する一方,現状においては生きづらさの原因となり得る特性として,支援の対象として位置付け,当事者および周囲の人々に特性の理解を進めていくべきである。

1 0 0 0 弛緩性麻痺

著者
大友 英一
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.6-7, 1977-01-01

運動麻痺は麻痺に伴う筋肉のトーヌスの異常状態から痙性麻痺spastic paralysisと弛緩性麻痺flaccid para—lysisに分けられる。痙性麻痺は筋トーヌスの亢進したもので上位運動neuronの障害が原因であり,必ず脳または脊髄の病変によるものであり,下位運動neuron障害または筋疾患ではみられない。弛緩性麻痺は筋トーヌスの減弱したもので下位運動neuron障害によることが多いが,上位運動neuronの障害時にも出現する。即ち,脳,脊髄の急激な病変による場合,初期は弛緩性麻痺を示すことが多い。この最もよい例は脳卒中による片麻痺の急性期の場合である。 弛緩性麻痺では筋肉のトーヌスは減弱し筋肉は柔く触れ,伸展性がより大となり,通常の運動範囲を越え,反対の方向にも動き得る様になる。
著者
田村 高志
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.650-651, 2002-07-01

性染色質とは 1949年,BarrとBertramは雄ネコの神経細胞休止核には見られないが,雌ネコの細胞核周辺部に塩基性色素に濃染する小体を発見した1).また,ヒト女性口腔粘膜細胞などにもこの小体がみられ,これを性染色質(sex chromatin)あるいは発見者の名にちなんでバー小体(Barr body)とも呼んでいる.性染色質は,後に蛍光色素による男性休止核にみられるYクロマチンが発見されたため,Xクロマチンと呼ぶように改められ,XクロマチンとYクロマチンとを総称したものになった.性染色質検査は性染色体異常のスクリーニング検査として行われている. 現在,性別の確認はSRY遺伝子やXとY染色体上に座位するアメロゲニン遺伝子をPCR(polymerase chain reaction)法によって検出することで正確な鑑別が可能である.これらは法医学領域,異性間骨髄移植後の生着の確認やオリンピックなどのスポーツ大会でのセックスチェックに応用されている.
著者
渡邊 清綱
出版者
医学書院
雑誌
保健婦雑誌 (ISSN:00471844)
巻号頁・発行日
vol.1, no.1, pp.2-4, 1950-12-15

〔左〕お届が保健断に 來ると保健婦は直 ちに開業醫の先生 をたずねました。〔右〕醫師の指示をうけてから家庭 訪問をいたします。
著者
永尾 暢夫
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.1072-1073, 2000-07-01

はじめに Kidd系の血液型は抗Jkaと抗Jkbを用いて,Jk(a+b-),Jk(a+b+),Jk(a-b+),Jk(a-b-)型の4通りに分けられる(表).そのうちJk(a-b-)型はKidd系のまれな血液型で,amorphic allele Jkのホモ個体によるものと,優性タイプの抑制遺伝子In(Jk)によるものとが知られている.Jkのホモ接合体によって発現されるJk(a-b-)型(図11))はポリネシア人に多く見られ,尿素溶液の溶血に対して抵抗性を示す.ちなみに日本人の頻度は0.002%で,50,000人に1人である2).そのほとんどはJk遺伝子のホモ個体である.In(Jk)によるものは後述のOkuboら3)の例と,他に片岡ら4),村田ら5)の報告があるのみで,諸外国でもその報告は極めて少ない.
著者
荒木 菊次 平川 政元
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.79-81, 1966-11-01

最近,国内においては学校造園,鉄道造園,工場造園,病院造園,墓園などそれぞれ各分野においての造園計画が,積極的に推進されているが,造園管理費の問題については,造園を企画,維持管理するうえに,まことに重要な問題であると思われるが,遺憾ながら現在のところ,これという資料も見当たらないので,われわれは今回,官,公,法人立の100床以上の病院を対象に調査を行ない,その結果を考察することにした。まず,病院の造園管理に要した経費を調査するために,第1表のような内容の調査表を作成し,これを対象施設に送り,回答をいただいたところ,次のような結果を得た。 調査の内容は病院の敷地総面積,最近1か年間の経営費,同じく造園管理費支出額とその支出額が労務費造園費にどのように使途されているかを計数的に分析することにした。その他収容病床数,病院の種別などである。
著者
阿志賀 大和 水野 智仁 山村 千絵
出版者
日本言語聴覚士協会
巻号頁・発行日
pp.301-309, 2013-12-15

座位安定性が咬合機能に及ぼす影響を明らかにするために,咬合バランス,咬合面積,咬合力,平均圧,最大圧を測定し検討した.対象は健常若年者10名とした.姿勢は安定座位と不安定座位の2種類とし,安定座位時の咬合バランスから咬合良好群と咬合やや不良群に分け,咬合良好群-安定,咬合良好群-不安定,咬合やや不良群-安定,咬合やや不良群-不安定の4群間で比較した. 咬合バランスは咬合やや不良群で不安定座位時に悪くなりやすく,咬合面積は咬合良好群-不安定が咬合やや不良群-安定や,咬合やや不良群-不安定より有意に大きく(p<0.05),咬合力は咬合良好群-不安定が咬合やや不良群-安定より有意に大きかった(p<0.05).平均圧,最大圧は有意差がなかった. 咬合・咀嚼機能を有効に発揮させるために,座位の安定性を高める必要があると考えられた.
著者
萩野 昇
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.1007-1010, 1968-08-10

症例1M.K.44歳,農家主婦(会社員の家族,兼農業) 家族歴 同胞6名,2名健在,4名は戦死,肺炎その他で死亡,実母は昭和14年イタイイタイ病にて死亡,姑も昭和19年イタイイタイ病にて死亡している.
著者
宮本 忠雄
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.657-658, 1975-06-15

春もまだ浅い3月17日の夕刻,周囲の人たちの祈りも空しく,先生はついに永眠された。「春は人が淋しく秋は自然が淋しい」とはいうものの,華やいだ陽光をふたたび眼にすることもなく逝かれた先生は,私どもの心に人の世のもっとも深い淋しさを遺されたことになる。元来,先生はそうお弱いほうではなく,むしろ壮健な日々を送っておられたし,だから,昨年9月にお体の不調を訴えられ,お顔の色が冴えなくなってからも,それはたまたま発見された高血圧のせいで,まさか当時すでに死の病がひそかに進行しはじめていたなどとは,夢にも思われなかった。 およそ死というものは,不条理なかたちでやってくることが多いものだが,島崎先生の場合にもそれは例外ではなかった。よく知られているように,先生は昭和42年,50代のちょうど半ばで,多忙な大学教授の職を辞め,同時にあらゆる世間的な役職からも身をひいて,それ以後は「もう一回の人生」を志ざし,ご自身のことばによれば「一兵卒」として出なおされた。たしかに,その後,数年間のうちに『孤独の世界』や『生きるとは何か』といった力篇を発表され,これらは「第二の人生」の豊饒な実りを私どもに告げるかのようだった。還暦の祝賀(昭和47年11月25日)の折にも,ご夫妻で来られたうえ,当時検討をすすめておられた造型心理学の一端を門下に講義されるなど,意欲に満ちたそのお姿には世の常の衰退のきざしや前兆は微塵も感じられなかった。けれども,お仕事の内容からみると,それら晩年の思索は,ほのかな春のかおりを漂わせていたあの『感情の世界』からはあまりに遠く,いわば冬の思想とでもいってよいものだった。事実,先生はなぜか,孤独や老年や不治の病や死など人間の逃れられぬ宿命の問題に,まるで魅入られでもしたかのように,ひたすら専念され,それを講演でもエッセイでも執拗に追求された。生前最後のご本となった『生きるとは何か』はとりわけ人間の臨終の場面を鬼気せまるタッチで描き,また,これも生前最後のご講演と思われる第12回日本病院管理学会総会での特別講演「患者の心理」(昭和49年10月17日)も癌患者の心理を迫真的に説いて,参加者につよい感銘をあたえられたと聞く。そのうえ,最後のご本は,先生によれば「遺書がわりに書いた」といわれ,しかも,いつになくそれを,親しい方々はもちろん,門下の全員に署名入りで贈られた。
著者
千野 直一
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.577-578, 1987-08-10

Ⅰ.運動療法と疲労 リハビリテーション(以下リハビリと略)医学では運動療法という言葉とおなじように“疲労”ということばをよく聞く.しかしながら,疲労という言葉は,日常広く用いられているにもかかわらず,これほど定義しにくい言葉も少ない.たとえば,“ああ,死ぬほど疲れた.”と疲労困ぱいしているものが,危急の場面にぶちあたると,いわゆる,“火事場の馬鹿力”といわれるように,思わぬ力を発揮したりする.すなわち,疲労という現象は,一般的には筋力が無くなった状態であるにもかかわらず,おそらく精神的とおもわれる要素によって,疲労=筋力低下という概念はもろくも崩れてしまう. そして,このようにあいまいな言葉が,リハビリ医療の場において日常茶飯事に使われていることを知って少なからず驚かされる.すなわち,神経筋疾患患者のリハビリ・プログラムを施行するにさいして,その運動量を規定するばあいに,ただなんとなく,“疲れない程度”とか,もう少し具体的に運動量を測定するとしても“疲労が翌日まで残らないように”とか,その基準とするものが客観的なものではなく,患者自身の主観的な訴えによるものであるからである.さらに,患者が“疲れた”と訴えるなかみは必ずしも,“筋疲労”を意味するものではなく,筋肉痛,息切れ,動悸など漠然としたものがおおい.
著者
金沢 梢
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.585-587, 2005-07-01

前回までの連載では,私たちのゼミナールで訪問した,バンコクの株式会社立病院や国立マヒドン大学附属熱帯病病院等について紹介してきました.今月号では,タイの公衆衛生省 (MoPH:Ministry of Public Health) について,ご報告させていただきます.MoPH は日本の「厚生労働省」の厚生部門に該当する官庁です. タイ公衆衛生省 MoPH を訪ねて バンコク中心部のホテルからタクシーで高速道路を北へ走ることおよそ30分,左手に真っ白な建物群がみえてきました.高速道路から降りて少し行くと,大きなゲートが立ちはだかり,それをくぐると,市内の喧騒とはかけ離れた,広大な大学キャンパスのような景色が広がっていました.美しい緑の芝生の中に,高速道路から見えた白亜の大きな建物が点在しており,そのすべてが MoPH の建物です. 私たちはその中の一つ,疾病管理局(Department of Disease Control)の建物の前で車を降りました.8階建ての建物は北館が疾病管理部,南館が非疾病管理部だけで使われており,前者はマラリア,デング熱,フィラリアの感染症を中心に,後者は心臓発作,タバコ問題,ガン予防,ドラッグ防止,交通事故などを担当しています. 建物の中に入ると,玄関ホールに掲げられた国王の写真が目に留まります.建物の中は,外の暑さとは一変して,開放的な建築構造のため心地良い風が通り抜けていきます.中庭に出ると各階すべてのテラス一面にブーゲンビリアの花が美しく咲いているのがみえます. 1階のエレベーターホールには,マラリアの原虫を運ぶハマダラ蚊(Anopheles)の巨大な模型が二体置かれていました.白黒のボディに毛がボソボソと生えており,長い口針がニョキッとみえます.コイツがマラリアを運んでくるのかと思うとゾッとします.守衛のお兄さんは,突然ドヤドヤと入ってきて,代わるがわるに蚊の模型の前で記念撮影をする騒がしい外国人グループの乱入には何もいわずに,モゾモゾとはにかんでいました.
著者
久部 高司 松井 敏幸 二宮 風夫 佐藤 祐邦 大門 裕貴 武田 輝之 長浜 孝 高木 靖寛 平井 郁仁 八尾 建史 東 大二郎 二見 喜太郎 岩下 明德
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.471-478, 2013-04-25

要旨 潰瘍性大腸炎(ulcerative colitis ; UC)にも小腸病変が存在することが明らかとなってきたが,その病態については不明である.今回,小腸用カプセル内視鏡を施行した活動期UC 30例,大腸全摘出後11例の内視鏡所見および臨床所見について検討した.小腸病変(浮腫,潰瘍)は41例中15例(36.6%)に認められ,このうち小腸の広範囲に多数存在する潰瘍は6例だった.小腸の広範囲に多数存在する潰瘍6例と,それ以外の35例の臨床背景の比較検討では,潰瘍を有する群では検査時平均年齢24.8±10.8歳,発症時平均年齢20.8±8.7歳と有意に若く(p<0.05),病型は6例とも全大腸炎型または回腸囊炎であり,有意に高い頻度だった(p<0.05).経過観察できた3例は全例小腸病変が消失し,うち2例はプレドニゾロンによる治療で比較的速やかに病変が消失した.さらに,6例のうち4例に上部消化管病変を伴っていたことはUCとの関連を示唆する所見と考えられた.今後,さらにUCにおける小腸病変の臨床的意義について詳細に検討する必要がある.
著者
近藤 健
出版者
三輪書店
巻号頁・発行日
pp.496-497, 2016-05-15

はじめに 半側空間無視(以下,USN)の治療として視覚走査練習1)があるが,より効果的に治療を行うために,対象者が自発的に無視側を探索することが必要と思われる.今回,自発的な探索を促すために,手の形をモチーフにしたUSNに対する治療器具を作製したので報告する.
著者
棚橋 雄平 河本 道次 川名 洋美 橘川 真弓 大岡 良子
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.541-547, 1975-05-15

緒言 気象の人体に与える影響については,紀元前より気付かれており古くはヒポクラテスも季節や天候が健康や疾病に影響をおよぼすことをのべている。その後も多くの気象学的考察がなされたが,真に科学的な気象と人間の関係の追究は19世紀の終り頃から始まり,とくに前線と特定疾患との関係を大規模に調査し近代気象医学研究の先駆をなしたのは,1929年De-Rudder B.1〜2)であつた。彼は多くの気象病が不連続線の通過に関連して誘発されることを示して注目され,リュウマチ,疼痛,心臓循環器障害,急性緑内障等を分類している。また最近の研究では,気管支喘息,蕁麻疹,腸重積症,ベーシエット病等が,その発症増悪と前線通過との関連において気象病としての性格をもつことが立証されている。一方,多発性硬化症(以下MSとす)については,本邦では3)1951年桑島により急性球後視神経炎とMSとの関連が追究され,また内科的には1954年冲中4)〜5)により本症の存在が確認されたが,いまだその原因の不明な点において,今後の研究の余地を残している。 先にわれわれ6)は,MSの眼症状を中心とした統計的観察を行ない,その臨床像の一端をあきらかにしたが,今回MSの再発因子の追究の一つとして特に気象病にもつとも関係があるとみなされている前線の通過との関連を検討し,MSが気象病的要素を持つと思われる若干の知見をえたので報告する。