著者
佐藤 政之
出版者
駒澤大学
雑誌
北海道駒澤大學研究紀要 (ISSN:02866978)
巻号頁・発行日
vol.13, pp.A13-A25, 1978-02
著者
趙 慶喜
出版者
一般社団法人 社会情報学会
雑誌
社会情報学 (ISSN:21872775)
巻号頁・発行日
vol.6, no.3, pp.35-47, 2018

<p>本稿はここ数年韓国で熾烈な論争を引き起こしている女性嫌悪言説を追跡したものである。「嫌悪(혐오)」という語には,憎悪(hate)と嫌悪(disgust),そして恐怖(phobia)が混在している。嫌悪は新自由主義時代のグローバルな現象であると同時に,韓国社会を強力に規定してきた分断イデオロギーや敵対性の記憶によって増幅される情動である。本稿では,2015年以後に起きたいくつかの出来事を通して,「女嫌」という情動の増幅と転換の過程を考察した。</p><p>江南駅女性殺害事件とともに触発された韓国の「女嫌」論争は,メガリアンという新たなフェミニスト集団を誕生させた。メガリアンは女性嫌悪に反対するという消極的な立場にとどまらず,「女嫌嫌」を目指すミラーリング戦略をとった。ミラーリングは単に原本のコピーに止まらず,原本がいかに差別と嫌悪にまみれたものであるのかを反射を通して知らしめる戦略であった。彼女たちは,男性たちの女性への快楽的な嫌悪表現や日常的なポルノグラフィをそっくりそのまま転覆することで男女の規範を撹乱した。メガリアが爆発的な波及力を持ちえたのは,女性たちの共感と解放感という同時代的な情動が共振した結果であった。</p><p>しかし,女嫌をめぐる葛藤は単なる男女の利害関係をこえたより複雑な分断にさらされた。とりわけLGBTへの反応は,右派/左派あるいは世代や宗教のあいだの様々な対立構図を生み出した。たとえばキリスト教保守陣営による「従北ゲイ」という言葉は,反共と反同性愛を結合させることで韓国社会の内なる敵への憎悪と嫌悪を凝縮させ,フェミニストやLGBTなど既存の境界を撹乱する存在に対する過剰な情動の政治を作動させた。本稿は「女嫌」言説の増幅過程を通して,それが韓国社会に蓄積された様々なイデオロギー的葛藤のひとつの兆候であることを明らかにした。</p>
著者
橋本 行洋
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.3, no.4, pp.33-48, 2007-10-01

<夕食>を意味する「よるごはん」は、現在若年層を中心に使用される新語と見なされているが、その成立は少なくとも第二次大戦前後にまで遡ると見られる。当初は児童が用いる稚拙な印象の語であったため、文字資料に残されることが少なかったが、近年では夕食時間帯の遅延や朝食の欠食という食環境の変化に伴い、これが妥当な表現という意識が生じて使用が拡大し、新聞記事や国会発言および小学校教材等でも使用されるという、《気づかない新語》としての性格をも有するに至っている。「よるごはん」の成立要因としては、<夕食>時間帯表現における「よる」の使用があげられるが、さらにその遠因に、二食時代の「あさ」-「ゆう」の対応に「ひる」が加わった結果、「ひる」-「よる」という対応意識の生じたことが存すると考えられる。「よるごはん」の出現は、食事時間帯語彙に「よる」が加わった点で新しいものであるが、旧くは存在しなかった「よる」を前項要素とする複合語という点においても特筆すべき存在で、語彙史・語構成史の両面から注目すべき語と言える。
著者
松尾 英輔
出版者
鹿児島大学
雑誌
鹿兒島大學農學部學術報告 (ISSN:04530845)
巻号頁・発行日
vol.28, pp.229-241, 1978-03-19

植木鉢の原点を探ってみると, 1)植物を植えるための土を保持できること, 2)水によってこわれないこと, の2点があげられる.ここでは, この原点にたって植物が植えられている容器のうち, 植物を植える目的をもって開発された容器類以外のすべてを"アイディア鉢(Idea Pot)"と称する.本調査では, 鹿児島市内の1333戸を対象として, 1)アイディア鉢の保有状態, 2)アイディア鉢として使われた素材, 3)アイディア鉢に植えられている植物を明らかにすることを目的とした.アイディア鉢の保有率は調査戸数の約30%であった.また, 屋敷内の緑が少ないほどアイディア鉢の保有率は高い傾向がみられた.アイディア鉢の種類は70種以上, その延べ総数は1423個であった.このなかには, 数こそ少なかったが, 電燈のかさ, 切り株, タイヤ, 浴用椅子, ブロックの穴, ビニール袋, 石臼など, 園芸専門家の常識では考えつきそうにないものが含まれていた.アイディア鉢の材料についてみると, 種類としては合成樹脂製品, 金属製品が多く, 数のうえでは木製品の比率が高かった.アイディア鉢への転用の仕方をみると, 種類, 保有戸数, 総数のいずれについても, 使い古したもの, 欠損したもの, あるいは, 魚箱, リンゴ箱のような, 本来の目的を達したものが多かった.アイディア鉢となったものがもともと使われていた場所の面からみると, 種類および保有率では台所用品が多く, 数のうえからは, 普通の家庭ではあまり使われないもの(たとえば, 魚箱, リンゴ箱など)が多かった.アイディア鉢の植物は260種以上に及び, 観賞植物は約70%でもっとも多かった.個々の植物の出現率についてみると, ネギがもっとも多く, ついで, ニラ, ゼラニウム, キク, シソの順であった.野菜は植木鉢にはあまり植えられていなかったが, アイディア鉢ではきわめて多かった.
著者
市川 正人
出版者
立命館大学法学会
雑誌
立命館法學 (ISSN:04831330)
巻号頁・発行日
vol.2015, no.2, pp.516-528, 2015
著者
森本 岩太郎
出版者
The Anthropological Society of Nippon
雑誌
人類學雜誌 (ISSN:00035505)
巻号頁・発行日
vol.95, no.4, pp.477-486, 1987
被引用文献数
11

打ち首(斬首)の所見が認められる古人首例は比較的少なく,偶然に発見されたとしても,頭蓋の刀創などから斬首を間接的に想定した場合が大部分を占めると思われる.著者が最近経験した鎌倉市今小路西遺跡出土の南北朝期(14世紀後半)に属する斬首された2個体分の中世頭蓋の場合は,切られた上位頸椎が一緒に残っていたので打ち首の技法がよく分かる.当時の屋敷の門付近に,A•B2個体分の頭蓋と上位頸椎だけが一緒に埋められていた.首実験後に首だけが遺族に返されず,そこに仮埋葬されたものであるらしい.2体とも男性で,年齢は A が壮年期前半,B が壮年期後半と推定される.頭蓋は無傷で,それぞれの頸椎が日本刀のような鋭利な刃物により切断されている.頭蓋と第1~3頸椎からなる男性 A の場合,切断面は第3頸椎体の前下部を右後下方から左前上方へ走って椎体の途中で止まり,その先の椎体部分は刀の衝撃によって破壊され失われている.切断面の走向からみて,第4頸椎(残存せず)を右後下方から切断した刃先が第3頸椎体に達して止まったと思われる.頭蓋と第1~4頸椎からなる男性 B の場合,主切断面は第4頸椎の中央を右からほぼ水平に走っている.切断面より上方にある右横突起と右上関節突起の上半部だけが残存し,それ以外の第4頸椎の大部分は失われている.A の場合と同様に,刃先が第4頸椎の椎体の途中で止まって,その先の部分が破壊されたものと推定される.別に第3頸椎の左下関節突起先端部から右椎弓根基部上面へ向けて椎体を左下方から右上方へ斜めに走る副切断面があり,この副切断面によって改めて首が切り離されている.失われた第3頸椎の椎弓板もこのとき壊されたと思われる.切断面の走向からみて,両個体とも,垂直に立てた頸部を横切りにされたというよりは,むしろ正座のような低い姿勢をとって前方に差し伸べた頸部を,左側やや後方に立った右利きの執刀者により切り下ろす形で右背後から鋭く切断され,絶命したと推定される.この際,首は一気に切り落とされていない.これは俗に「打ち首はクビの前皮一枚を残すのが定法」と言われるところに近似の所見であり,この技法の確立が中世までさかのぼり得るものであることが分かる.2体とも最初に第4頸椎部を正確に切断され,頭蓋には刀創の見られないところから,同一の練達者によって斬首されたと推測されるが,切られたほうも死を覚悟した武士であったかも知れない.英国のSutton Walls 出土の鉄器時代人骨における斬首例のように,首を刀で一気に切り離すのが昔のヨーロッパ流のやり方とすれば,中世における日本の打ち首では頸部を後方から半切して処刑する点にその特徴があると思われる.
著者
牧野 智和
出版者
東洋館出版社
雑誌
教育社会学研究 (ISSN:03873145)
巻号頁・発行日
vol.78, pp.129-146, 2006

The purpose of this study is to examine the feelings of "uneasiness" that have become the dominant image where we consider the issue of juvenile crime, and which became the driving force for the enactment of various ordinances. The material used for this examination is reports of the juvenile crimes in the pseudo-environment that mediates the holding of this image, that is, in the mass media. Concretely, the analysis and consideration were done based on reports on juvenile homicides in "Asahi Shimbun" in the postwar period. As a result, the following tendencies in recent years have been extracted as a symptom that people have come to feel uneasiness. 1) The number of juveniles arrested on charges of homicide in recent years is low compared with the peak in the 1950s and 1960s. However, newspaper reports on homicides have become much more numerous since 1997. This made people widely aware of crimes by "ordinary children," and it appears that this is related to the uneasiness people feel that they or their children might be victims of juvenile crime or that their child might become an assailant. 2) In recent years, the malicious nature and cruelty of assailants is often reported along with the tendency to focus on "psychological problems" (kokoro no yami) in the articles. As a result, assailants and their parents and teachers have been subjected to criticism that did not exist in the past. 3) From the same focus on "psychology," references to "child-rearing" and "educational methods" have been made from a professional viewpoint by specialists in psychology. As a result, everyday life, which was once self-evident, has come under questioning. Moreover, the usage of psychological terms in recent years has been used not only to label assailants as abnormal, but also to make parents and teachers reflexively think, "Is your child OK?" It was thought that the rise of uneasiness is related to these psychological references that destroy the self-evidence of everyday life of parents and teachers.
著者
渡辺 健太郎 Watanabe Kentaro ワタナベ ケンタロウ
出版者
大阪大学大学院人間科学研究科 社会学・人間学・人類学研究室
雑誌
年報人間科学 (ISSN:02865149)
巻号頁・発行日
no.38, pp.139-157, 2017-03-31

社会学 : 論文本稿では、「なぜ若年層の権威主義化が生じたのか」を明らかにするため、「大学進学率」と「専攻分野」を用いた説明を試みた。先行研究では、若年・高学歴層の権威主義化が指摘されていたが、高学歴層のうち、どのような人たちが権威主義化しているのかについては明らかにされてこなかった。そこで、SSM1995データとSSP2015データの比較を行った結果、若年層における権威主義化は高学歴男性において生じていたことが確認された。そして、高学歴層の権威主義化についてより詳細に検討するために、SSP2015データを用いた構造方程式モデリングにより、「大学進学率」と「専攻分野」の交互作用効果を検討した。その結果、大学進学率の高まりにともなって、文系学部卒の男性が権威主義傾向を示すことが明らかとなった。大学進学率と権威主義的態度に関連が見られたのは、相対的権威主義層の高等教育への流入と学生同士の相互作用によると考えられる。以上より、高等教育の拡大に伴う文系学部卒男性の権威主義化によって、若年層の権威主義化がもたらされたことが示唆された。
著者
十津 守宏
出版者
鈴鹿大学短期大学部
雑誌
鈴鹿短期大学紀要 (ISSN:13450085)
巻号頁・発行日
vol.30, pp.19-24, 2010

This article is an analysis of the popular,`Gundam Seed Destiny',focusing on Apocalyptism.It is certain that these descriotions of the `end'of history insinuate the contemporary setback of the idea of the ever progressing World.However such Apocalyptism is difficult in taking deep root in Japan,where human life has been imbued with Orientel pantheism and the evernally returning time.In this respect,`Gundam Seed Destiny'calls our serious attention,as it clearly shows the Japanese Eschatology.
著者
水野 しげ子
出版者
堺女子短期大学
雑誌
愛泉女子短期大学紀要 (ISSN:03892352)
巻号頁・発行日
vol.5, pp.34-50, 1970-03
著者
木村 友祐
出版者
文藝春秋
雑誌
文學界 (ISSN:05251877)
巻号頁・発行日
vol.66, no.10, pp.98-156, 2012-10