おいでよ山口@民俗 (@minzokunokai1)

投稿一覧(最新100件)

RT @zasetsushirazu: 明治33年1月5日、秋月悌次郎が死去。幕末の会津藩出身で、文久3年8月18日政変の立役者の1人。明治期に熊本で教師となり、同僚の小泉八雲から敬愛された。中西達治「会津藩降伏と秋月悌次郎」(『金城学院大学論集 人文科学編』16-1)は、戊辰…
RT @tanakaru99: あと薩摩藩は江戸藩邸で豚を飼育していたようですし…他にも #徳川斉昭、#徳川慶喜 も肉好きですし、#桂小五郎 も牛肉を食してたり…おもしろエピソード多いですよね〰️
RT @tanakaru99: あと薩摩藩は江戸藩邸で豚を飼育していたようですし…他にも #徳川斉昭、#徳川慶喜 も肉好きですし、#桂小五郎 も牛肉を食してたり…おもしろエピソード多いですよね〰️
RT @yamaguchi2sin: やまつーが観たいのは 大内氏始祖と言われている琳聖太子が 多々良の浜辺に上陸したり 氷上山に妙見信仰を降松から勧請してきたり 二月会や僧坊のお坊さん、楽人や 色んな人のストーリーかな〜 ↓この論文を読むとわくわくするよ。 https://…
RT @zasetsushirazu: 『青森県史 資料編 近世6 幕末維新期の北奥』の、工藤威氏による書評(『弘前大学国史研究』139、2015年)。県域が、旧盛岡藩、八戸藩、弘前藩にまたがっているがゆえの掲載資料を選択する苦心に言及。工藤氏は、『奥羽列藩同盟の基礎的研究』(…

1705 2 0 0 OA さんたくろう

RT @moshimofukiwo: クリスマス萬歳! https://t.co/kPpT0tLgDz https://t.co/b8C6WG1zjC
RT @zasetsushirazu: 明治25年12月20日、幕末の宇和島藩主だった伊達宗城が死去。明治期にも日清修好条規を調印するなど活躍したが、三好昌文「幕末期宇和島藩の動向(13)」(『松山大学論集』12-6)曰く、宗城の解任で宇和島出身の政府官僚の多くが帰郷し、藩閥は…
RT @minato_i_: 資料が公開されたのでフォロワさんの好きそうな所を。 #大木喬任 の日記(https://t.co/GdiZzWyQk6) #石黒忠悳 の日記(https://t.co/ssch4QuIrk) #榎本武揚 の日記 (https://t.co/Bbp…
RT @minato_i_: 資料が公開されたのでフォロワさんの好きそうな所を。 #大木喬任 の日記(https://t.co/GdiZzWyQk6) #石黒忠悳 の日記(https://t.co/ssch4QuIrk) #榎本武揚 の日記 (https://t.co/Bbp…

11 0 0 0 OA 〔洋行日記〕

RT @minato_i_: 資料が公開されたのでフォロワさんの好きそうな所を。 #大木喬任 の日記(https://t.co/GdiZzWyQk6) #石黒忠悳 の日記(https://t.co/ssch4QuIrk) #榎本武揚 の日記 (https://t.co/Bbp…
RT @minato_i_: 資料が公開されたのでフォロワさんの好きそうな所を。 #大木喬任 の日記(https://t.co/GdiZzWyQk6) #石黒忠悳 の日記(https://t.co/ssch4QuIrk) #榎本武揚 の日記 (https://t.co/Bbp…
RT @minato_i_: 資料が公開されたのでフォロワさんの好きそうな所を。 #大木喬任 の日記(https://t.co/GdiZzWyQk6) #石黒忠悳 の日記(https://t.co/ssch4QuIrk) #榎本武揚 の日記 (https://t.co/Bbp…
RT @wadakogorou: 国デジを検索していたらこんなものが! 西村天囚 (時彦) 「無頼漢 木戸僕甚助伝」(『維新豪傑談 : 天囚聞書』春陽堂 明治24年8月 ) https://t.co/OVIJkkOPnm 明治24年の時点で広戸甚助の伝記があったことに驚き。…
RT @zasetsushirazu: 昭和15年11月24日、最後の元老・西園寺公望が死去。十河和貴「元老西園寺公望と「憲政の常道」」(『立命館 史資料センター紀要』3、2020年)が分析の主軸に据えた中川小十郎(公望の秘書)は、公望が戊辰戦争で山陰道鎮撫総督として配下に迎え…
RT @wadakogorou: 伊藤痴遊「木戸孝允の任侠」(『維新回顧巨人伝』登美屋書店 大正15年) https://t.co/82ZVPQbzbw https://t.co/Rk9qUNULy6 https://t.co/TRgLuj9CeC
RT @torikameinu: 毎年柿の季節に言ってるんですけど、柿を食べすぎて胃に「柿胃石」が出来た爺さんが、コカコーラ飲んで溶かす治療を受けたけど、炭酸キツくて炭酸抜けたの飲んでたのが医者にバレて怒られた話を置いておきます。https://t.co/yuSI6ZQjWy…
RT @zasetsushirazu: 田中悟「戦後会津における「観光史学」の軌跡」(『国際協力論集』17-1、2009年)は、同氏の著書『会津という神話』(ミネルヴァ書房、2010年)第5章の元になった論文。会津における「戊辰戦争の語り」や観光資源としての白虎隊などを巡って、…
RT @NICHIBUNKENkoho: 『日文研』65号は、「パンデミックに思うこと」をテーマとしたエッセイ小特集です。100年に一度ともいわれる未曾有の体験をどのように記憶し生かしていくか。国籍も生活環境も異なる6名の研究者が各々の視点から、発想を前向きに転換させるヒントを…
RT @kojima_sakura: このザビエル像、現在は額装になっていますが、「発見」された当時は掛軸装だったことが、当時の報告書の写真を見ると分かります。茨木市の現地に残る遺物を、私共も調査させていただいたことがあり、その報告にも転載しています。 https://t.co…

4 0 0 0 OA 英雄を語る

RT @minato_i_: 久坂さんは昭和17年の『愛国詩文二千六百年』(https://t.co/U8IZkbHv1Q)に詩が載っていたり #頭山満 さんの『英雄を語る』(https://t.co/XnYBNZXq0O)にも出てきたりだったので #久坂玄瑞 の名は実は今より…
RT @minato_i_: 久坂さんは昭和17年の『愛国詩文二千六百年』(https://t.co/U8IZkbHv1Q)に詩が載っていたり #頭山満 さんの『英雄を語る』(https://t.co/XnYBNZXq0O)にも出てきたりだったので #久坂玄瑞 の名は実は今より…

7 0 0 0 OA 後狩詞記

RT @kyubunken: 「御狩詞記」はこちらから読むことができます・:*+.\(( °ω° ))/.:+ 柳田國男「御狩詞記」(国立国会図書館デジタルコレクション) https://t.co/jNKeo0F8J2 この本は宮崎県椎葉村の村長の口授を書写したものであると…

9 0 0 0 OA 維新史蹟図説

RT @T_urade1987: 『維新史蹟図説』より平野国臣遺影。全く見たことがありませんでした。本物なんでしょうか。 https://t.co/DcPTEgq9xn
RT @Yoshisukekusaka: @09Kumano ②は馬屋原二郎の『元治甲子禁門事変実歴談』はどうでしょうか? https://t.co/nUunEVz74a

9 0 0 0 OA 華族大系

RT @kishimoto_yoshi: 明治2(1869)年に華族制度が始まったときは427家。同17(1884)年に公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵の爵位が定められた時には509家まで増加。昭和22(1947)年の制度廃止までに1011家の華族が誕生した。  この華族のルーツを…

90 0 0 0 OA 震災美談

RT @itaru_ohyama: 『震災美談』 https://t.co/Y4oPumficS 朝鮮人を虐殺から守った"美談"を集めたもの。たしかに美談なんだけど、裏返せば虐殺が行われていた事実をも伝えている。
RT @09Kumano: 根本みなみさんの「官位昇進時における家臣団統制ーー毛利慶親を事例にーー」は、以下リンクからPDFにて閲覧可能です。 https://t.co/fM0cujrAQJ https://t.co/FrvWKwRYi7
RT @zasetsushirazu: 1929年8月26日、アーネスト・サトウが死去。幕末・明治の日本で通訳や公使として活躍した英国人で、神道や国学を研究するぐらい日本語が堪能。兪三善「日本語の教材としてのアーネスト・サトウ『会話篇』」(『實踐國文學』96)は、サトウの著作を…
RT @09Kumano: ➡長井雅楽党と目されて首を斬られた常栄寺の住職・祖溟西堂の首の晒し場が明治期、タバコ屋になっていた場所にあったと天野御民『維新前後名士叢談』に載っているが(https://t.co/U8w2BkCoo9)、先ほどリツイートの地図に載っていたりするのだ…
RT @templeple: RT: 聖ザビエル上陸地。鹿児島の前に種子島へ上陸した説もあり、種子島では日本で最初にキリスト教が伝えられた地と説明があったり、帰路寄港説を取っていたり。 この問題はフロイスの時代から議論されていてヴァリニャーノは種子島派。パチェコ神父様の論文が面…

81 2 0 0 OA 豆腐百珍

RT @nagisanoyuki: 朝食ブッフェに江戸時代の豆腐料理本に載っている「雪消飯」がありました。優しいお味でとても美味しかったので、おうちでも作りたい。 豆腐百珍 https://t.co/AqBureV9EK https://t.co/jXOUca0qDz
RT @09Kumano: 『維新前後名士叢談』(https://t.co/U8w2BkCoo9)見ながら笑っている。なかなか面白いエピソード集。伊藤博文殺そうとした大田市之進(御堀耕助)とか。馬上の大久保利通がわざわざ降りて毛利敬親に平伏した話とか。隊の規約を破ろうとして門番…
RT @nihon_kenkyusya: 「博士課程修了者の大学教員ポスト採用率」という資料をみつけたのだけど、これは茶柱たつ確率より低い https://t.co/XG77sCe8XX https://t.co/DNJB3SedB0
RT @zasetsushirazu: 上田純子「萩藩文久改革期の政治組織-政事堂の創設と両職制の改編-」(『史学雑誌』109-11、2000年)は、いわゆる長州藩の本藩である萩藩の文久改革期を分析。それによれば、文久期の藩権力中枢は、「自藩士に限らず「有志」を優遇」し、言路洞…

4 0 0 0 OA 井上馨論

RT @minato_i_: 法政大学名誉教授・安岡昭男先生の『井上馨論』(https://t.co/3Ao1W2r8lN)馨の外務卿としての活動を追った論文ですが「大隈重信が伊藤と井上を比較して論じ、伊藤は八方美人主義で井上は一方美人主義と評した(が外交では違うという先生の結…
RT @shibawankok2: 詳しくはこちらの論文を読んでみてください(^^) CiNii 論文 -  <論説>箱館戦争に荷担した10人のフランス人(人文科学編) https://t.co/qVEeiASimk #CiNii

3 0 0 0 OA 杷山遺稿

RT @kunihiroza: 松陰の文書の中には口羽徳祐の『胡盧痢』の詩が良いと褒めている。 『杷山遺稿』で読めた。 https://t.co/kiVpp8n7Zg 胡盧痢 礟聲貫耳城内外 国家下令駆悪沴 神輿巡幸誡儀衛 三十六街效誠幣 皇天后土南所済 踣僵相踵勢転鋭 朝…
RT @nekonoizumi: CiNii 論文 -  近世における一人称代名詞「僕」の使用をめぐって : 江戸中期の徂徠学派 〈山県周南〉 から幕末の <吉田松陰> へ https://t.co/NtQdg4bfZp
RT @NDLJP: 立法調査資料『#調査と情報-ISSUE BRIEF-』No.1099「新型コロナウイルス感染症の状況―感染拡大防止に向けた経緯と課題―」(PDF:577KB)を掲載しました https://t.co/jEZn9CF3N5
RT @shibawankok2: 七卿、吉川経幹公関連で氷上真光院について検索してたら見つけた論文。 ええの見つけた(*´ω`) CiNii 論文 -  周防国氷上山興隆寺の旧境内とその堂舎配置 https://t.co/xMLvqNF09v #CiNii

5 0 0 0 OA 維新史談

RT @nagisanoyuki: 「維新史談」によると、容堂公は口を漱ぐのにポン酢を用い、蚊を燻すときには蒼朮を焚いていたようですが、容堂公を気に入らない人は「公は口を漱ぐのに味醂を使い、蚊を燻すのに沈香を使う」と言ったとか。それを聞いた容堂公の言葉が、いかにも酒好きのら容堂…
RT @tanonaka2: 「各守護家または国別の守護発給・受給データベースを収録したCD-ROMを添付した報告書を作成する。報告書には、守護職の変遷や各データベース作成の方針、データベースから読み取れる特徴、考察や研究の手引きなどを盛り込んだ解説(解題)を掲げ」るとのこと(…

6 0 0 0 OA 防長回天史

RT @3103_ky: 防長回天史 第4編下 http://t.co/kuAz1tHhak (P.62: 近デジ36コマ) 元治元年八月六日 禁門の変の後、周布さんと清水清太郎さんが岩国に行って周旋お願いするあたり。 周布政之助伝に載っていた吉富さんの談話が収録されていました…
RT @zasetsushirazu: 明治43年4月26日、木梨精一郎が死去。幕末の長州藩出身で、戊辰戦争で各地を転戦。真栄平房昭「琉球処分と軍隊・歴代宝案のゆくえ」(『沖縄史料編集紀要』41)は、戊辰戦争で「江戸城接収」を担った木梨が、琉球処分においても「首里城接収」の役目…
RT @UJIYASUKYOU: @1059kanri そういえば、小田原に小西薬局という古い薬局がありまして どうもそこは小西行長の弟が開いたと伝えられてるのですが、つまりは普通の薬屋ではなくそういうことなのでしょうか? https://t.co/oPJx1AIWid

5 0 0 0 OA 浮沈日記

RT @T_urade1987: @ho7na 立石の日記によれば九日の五更(午前三時~午前五時)頃とのことですね。当時の感覚だと九日襲撃と言った方が良いかも知れません。 https://t.co/AcA7kKGBRh
RT @yaduki_bm: 私は英語が壊滅的なのでありがたいことに研究者の方が訳してくれた記者の記述がこの論文で読めます https://t.co/MZ2uU2LzCC
RT @IaKoy13: あまびこ系はだいたい豊年+流行病を予言したあとに自分の姿を貼らせることで災難や疫病を除けられるから同じと思って「疫病除け」と書いちゃったんだけど アマビエに限っては豊年+流行病を予言した後にそれはともかく自分の姿を写して人々に見せろって言ったのか。詐欺…
国立国会図書館のデジタルで「山口史蹟概覧 皇政復古七十年記念」を見つけて、かぶりつきで読んでる。山口市役所発行 そうとう、面白い。各支藩のあった場所とか、諸隊会議所の場所とか まだ、あのころの記憶を持った人たちが生きている時代だからくわしい https://t.co/g6EWjdAmE5
RT @zasetsushirazu: 明治4年1月9日(1871年2月27日)、広沢真臣が死去(暗殺)。慶応期に木戸孝允と共に長州藩政府の中核を担い、慶応3年には京都で討幕の密勅を受け取った。明治政府で参議などを務めた。笠原英彦「広沢参議横死事件と安藤則命」(『法学研究』63…

672 1 0 0 OA ジャムシード王

RT @fushunia: この論文凄いな。これが無ければ、弥生文化を象徴する「鹿」の神話は、ユーラシア大陸において「牛」の神話にあたり、弥生時代に牛が渡来しなかった(考古学で確認)ことから、中央ユーラシア神話の「牛」は、日本列島では「鹿」として受容されたってことまでたどり着け…
RT @tikougouitu: 秋田の戊辰戦争…。 是非とも研究が進んでほしいな…。 この史料群が役立つはず❗ https://t.co/EaWZR0ce7L
RT @merontomikan: なんかバズっている!300いいねを超えそう!Twitter始めて以来初めて
RT @zasetsushirazu: 大正15年1月28日、三浦梧楼が死去。幕末の長州藩出身で、奇兵隊に所属した。明治14年政変の際に谷干城らと共に政府批判の意見書を提出。李修京・朴仁植「朝鮮王妃殺害事件の再考」(『東京学芸大学紀要 人文社会科学系』58)は、朝鮮公使時代の三…
RT @zasetsushirazu: 山本志乃「旅日記にみる近世末期の女性の旅」(『国立歴史民俗博物館研究報告』155)は、清河八郎の母親や松尾多勢子など、女性たちの旅行を分析。幕末期にはすでに一般化していた無手形による違法の関所抜けが、流動人口の増加や宿場への経済効果をもた…
RT @kotosakikotoko: 津軽石の後藤又兵衛伝説ならこれが一番まとまってるかなぁ。各伝説の比較も行っていて、時代ごとに伝説がどう変化してきたかもわかって面白い。 祭祀伝承の正統性--岩手県宮古市の事例から https://t.co/SITbLD7PxW
RT @zasetsushirazu: 明治2年10月20日(1869年11月23日)、大村益次郎襲撃犯の神代直人について、斬首が決定された。処刑が執行された正確な日付は不明。下記リンクの論文、伊藤一晴「神代直人の捕縛-大村益次郎襲撃犯に対する山口藩の対応-」(『山口県文書館研…

2 0 0 0 近来年代記

「近来年代記」はまだ国立国会図書館のデジタルでは公開されてないんだねえ。尼崎の残念さんや、長州屋敷跡の残念柳や、ええじゃないかについて記述されている幕末の町人史料なんだけど。あと、物価がよくわかる。 https://t.co/1L8izro0Kw
RT @haneko_tweet: もういっちょ。 忍者携帯食・兵糧丸を活用した機能性保存食の検討:名古屋経済大学機関リポジトリ https://t.co/uXoGDEJ7SG
RT @haneko_tweet: なんか公開されとった。面白い。 忍者の食生活と栄養評価:名古屋経済大学機関リポジトリ https://t.co/EMaK10WFQ1
RT @animemitarou: 卒論やレポートに取り組んでいる学生の皆さん。「背景」の先行研究のまとめの部分、苦労してませんか? 「先行研究探せったって、調べても無いもの!!」という方、以下の「資料のえじき」という文章を読んで、探してみてください。きっといい先行研究、見つ…
RT @tikutaku: 信玄堤はすごいテクニカルに作られていて、単純に堤防じゃなく、水の流れを考えてつくられている(水の流れをぶつけて威力殺すとか)という話はしっていたんだけど、今調べたら、そんなものじゃなかった 卓上水理模型を用いた信玄堤の流水 コン トロール技術検証の…

10 0 0 0 OA 防長回天史

RT @fakedneilsen: https://t.co/2fqEc2z3X7 国会図書館オンライン『防長回天史』第1篇へのリンクを貼っておきます。毛利氏が大江広元の末裔であることを高らかに宣言している辺りに、明治以降も「鎌倉以来」の家系は誇りに出来る事だったのだと改めて気…

34 0 0 0 OA 源為朝

RT @mousou_roku: 先日、甲冑師の佐藤誠孝さんが紹介なさっていた、講談社の絵本「源為朝」、読んでみたらとても良かった。兜の響穴まで描いている絵が凄すぎる。国会図書館オンラインでデジタル閲覧できる↓ https://t.co/Gnbxv4PTFB
RT @kuwashihoko2019: #島津義弘 のピンチを幾度となく救ったと言われるお稲荷さんは今日まで東京 #玉里島津家 邸内でお祀りされておりましたが #島津義弘公 #没後四百年 を機に #精矛神社 内に遷座されることになりました。その造営工事が着々と進んでおります。…
RT @quiriu_pino: 中世日本の「古代から逸脱するも、古代以上のモデルがあるわけでもなく、古代の規範性がダラダラ続く」状態を、今のポストモダン的な状況と似ているとするエッセイ。ちょっとおもしろい。 佐藤 雄基「日本中世史は何の役に立つのか : 史学史的考察と個人的…
RT @chiyocooooo73: ❤️大正時代のおまじないの本を読んでいたら『恋のおまじない』コーナーを見つけたのでワクワクしてページを開いた。 しかしなんか想像してたのと・・・・大分違ったで・・・ござる・・・・呪術・・・? (引用; 神霊まじない秘密奥伝 大正6年 ht…
RT @washou3956: メモ。中島圭一「戦国時代の大名・国衆にとっての室町幕府的規範」(『発掘調査成果でみる16世紀大名居館の諸相:シンポジウム報告書』2016年3月)https://t.co/bAe65xmewT
RT @zasetsushirazu: 吉岡誠也「慶応四年の長崎における佐賀藩」(『佐賀大学地域学歴史文化研究センター研究紀要』13、2018年)曰く、慶応4年の長崎における大隈重信らの活動は、新政府中枢に食い込みたい佐賀藩と、開港地を安定化させるため佐賀藩を取り込みたい新政府…
RT @zasetsushirazu: 井上泰至「文禄・慶長の役を記憶する-「復古」/「維新」の前提としての武家説話-」(『日本文学』59-10、2010年)は、同氏の著書『秀吉の対外戦争』(笠間書院、2015年)第9章の元論文。幕末期に洋学者や幕府の外交担当者を含めて、秀吉を…
RT @OfficeISHIN: 【田辺三菱製薬と島津家】 田辺三菱製薬のスタートには関ヶ原の時代まで遡ります。 島津義弘公が敵中突破を果たした後に、大阪で「たなべや」に匿われました。 その時の礼として、島津家陣中薬の処方を授けたとされています。 https://t.co…
RT @oretatami: あと幕末土佐モノではピカイチの面白さ!な回顧録 『勤王秘史 佐佐木老侯昔日談』が国会図書館デジタルコレクションで読めるようになった時も、飛び上がって喜びました。 https://t.co/boeDNflPAK
RT @kemono_niku: さっきの佐倉歴博の輝元書状、時期的にいつ頃のだろう?忍山合戦?と思って調べてたら当合戦についての興味深い論文が。 これまで天正七年とされてきた忍山合戦は全く別の場所で行われたものではないか、そして忍山で合戦が行われたのは天正九年ではないか、と…
RT @zasetsushirazu: 明治33年2月26日、品川弥二郎が死去。長州藩出身で、慶応2〜3年、京都の薩摩藩邸内に長く滞在し、薩長提携の象徴のような役割を担った。齋藤伸郎「品川弥二郎 明治十四年懐中日記」(『獨協学園資料センター研究年報』8・9)曰く、明治14年の日…
RT @nekonoizumi: ナイジェリアの忍者論文。PDFあり。 ⇒中村博一「忍者表象のグローカリゼーション : ナリウッドにおけるソッコト忍者」 『言語と文化』23(2010) https://t.co/CWIybpXhxN  https://t.co/yZVGJLqs…
RT @rekinavi: 【その他】1月11日に、小松和彦氏(国際日本文化研究センター所長)が天皇陛下に御進講した原稿が日文研オープンアクセスに掲載されました。pdfで11pあります >日本妖怪文化再考 https://t.co/YLM4pBZWqC
RT @zasetsushirazu: 慶応3年12月25日(1868年1月19日)、三田の薩摩藩邸焼き討ち事件があった。奈倉哲三「『復古記』不採録の諸記録から探る江戸情勢(三)」(『跡見学園女子大学文学部紀要』50、2015年)は、諸史料から事件の実態解明を試み、益満休之助が…
@maaatatabiiiii1 そうです。コマ番号9の所に「安政己未四月 塾 長州須佐 役(?) 復(?)姓大野 戸倉修蔵」とあります。旧姓かな?すみません画像が良く読み取れなくて。 https://t.co/NW1eOyp0xQ 最終ページには赤禰武人の義弟の赤根篤太郎の名前もありますね。

19 0 0 0 OA 口絵

RT @NICHIBUNKENkoho: 【基幹研究プロジェクト】 #日本関係欧文史料の世界 を更新しました 《図版紹介》にティチング『日本風俗図説』(1819)を追加しました。当時の婚礼や儀式の様子が色彩豊かに描かれています。 図:https://t.co/KMm2xBkfh…
RT @akaiosorani: CiNii 図書 - 雲谷等顔と桃山時代 https://t.co/BQXLcIgkbx 大学だとちょっと所蔵が増える、、、
RT @kojima_sakura: 承前)「マリア十五玄義図「原田家本」(京都大学所蔵)について https://t.co/AlB2cGoMnZ 同「東家本」について https://t.co/SQRcNVjfmm
RT @kojima_sakura: 承前)「マリア十五玄義図「原田家本」(京都大学所蔵)について https://t.co/AlB2cGoMnZ 同「東家本」について https://t.co/SQRcNVjfmm
科研で詳細目録作っている→歴博資料目録6『平田篤胤関係資料』「平田篤胤関係目録」。科研の報告はこちら https://t.co/ONBZxgazSe
RT @bibliophilism: 小寺玉晁(1800-1878)の著作の全貌をまとめた研究はないのだろうか。幕末明治初期の芸能史・見世物史研究にとどまらず文化史全般や書誌学、社会史その他いろんな研究の役に立つと思うんだけど。 https://t.co/lGn6ie9zKo

8 0 0 0 OA 九州道の記

RT @tikuzennnokami: #隠居熊本旅 このタグホント良いなぁ。ご隠居は「九州道之記」っていう和歌紀行文を書いてらして、なんかそれを彷彿とさせる。 デジタル国立国会図書館で読めます。 https://t.co/AtZ7aZAklt
RT @machi82175302: 続き)このあたり、拙稿「第一次長州征伐における薩摩藩―西郷吉之助の動向を中心に― 」を参照ください。以下、ダウンロードも可能です。https://t.co/in1GB6YkW2
RT @machi82175302: 拙稿「第一次長州征伐における薩摩藩―西郷吉之助の動向を中心に―」(『日本研究所紀要』8号、2016年)は、以下からダウンロード可能です。https://t.co/in1GB6YkW2
RT @tohyaofficial: 今書いてるものの関係で、幕末維新の京都~江戸間の「旅費」(大名とかではなく庶民・藩士レベルの)がいったいいくらかかるのか知りたかったところ、こんなすばらしい論文がネットにころがってました。谷釜尋徳「近世後期における江戸庶民の旅の費用」htt…

16 0 0 0 OA 防長近世史談

RT @busyo3: 村田峯次郎による新選組評のひどいこと。「将軍家茂が久し振りで上洛しましたが、新選組の壬生浪士は警衛を忘れ、市中で乱暴狼藉のみやって、人々を困らしたのであった」『防長近世史談』(1927年)。これが戦前の理解。実証の姿勢に欠ける。https://t.co/…
RT @tukaohtsu: 白河戦線にて、新政府軍だけではなく、同盟軍も盛んに野戦築城をしたとの史料を見つけました。 https://t.co/EXw6yCZcjN の393コマ目 今までは会津藩や仙台藩の史料だけでしたが、半ば傍観者の熊本藩の記録だけにありがたい。ありがとう…
こういう論文も発見。殿のお弁当でインバウンドツアーかあ。世の中、インバウンドだもんなあ。 山口県立大学 園田純子「地域資源としての歴史・食文化を活用したインバウンドツアーの検討」https://t.co/JBZdiMpKOl
RT @morita11: "CiNii 論文 -  死と向き合う民俗信仰 : 流行神とぽっくり信仰 (現代社会における宗教の力 死に向き合う宗教文化) -- (死者儀礼をめぐる民俗)" https://t.co/TPGyu0WGhx ※本文リンクあり
RT @zasetsushirazu: 明治43年4月26日、木梨精一郎が死去。長州藩出身で、戊辰戦争の際に英国公使パークスと会談して、江戸開城に尽力。斉藤理・渡部史之「地域文化財からみた木梨精一郎」(『山口県立大学学術情報』10、2017年)は、米沢藩出身の宮島誠一郎との交友…
RT @marenostrum2: >RT これはいい! 古代模様広益紋帳大全. 下 大正7年 リンク→ https://t.co/B8ntyxGDgA https://t.co/t3lJbe537B

お気に入り一覧(最新100件)

この中で、明治政府による「皇室財産設定」にあたっての「御料局」の設置は、長州毛利家の組織「撫育方」(当主直属による特別会計管理組織)の発想がモデルだったという、星原大輔さんのご指摘(同氏「御料局と長州撫育方」)は興味深い。 https://t.co/u5O8qnSZmL https://t.co/HTjoXKOxFa https://t.co/t06lNOQaEz
根本みなみさんの「官位昇進時における家臣団統制ーー毛利慶親を事例にーー」は、以下リンクからPDFにて閲覧可能です。 https://t.co/fM0cujrAQJ https://t.co/FrvWKwRYi7
➡長井雅楽党と目されて首を斬られた常栄寺の住職・祖溟西堂の首の晒し場が明治期、タバコ屋になっていた場所にあったと天野御民『維新前後名士叢談』に載っているが(https://t.co/U8w2BkCoo9)、先ほどリツイートの地図に載っていたりするのだろうか
『維新前後名士叢談』(https://t.co/U8w2BkCoo9)見ながら笑っている。なかなか面白いエピソード集。伊藤博文殺そうとした大田市之進(御堀耕助)とか。馬上の大久保利通がわざわざ降りて毛利敬親に平伏した話とか。隊の規約を破ろうとして門番から銃撃されかけた赤禰武人とか。

4 0 0 0 OA 井上馨論

法政大学名誉教授・安岡昭男先生の『井上馨論』(https://t.co/3Ao1W2r8lN)馨の外務卿としての活動を追った論文ですが「大隈重信が伊藤と井上を比較して論じ、伊藤は八方美人主義で井上は一方美人主義と評した(が外交では違うという先生の結論)」が好きです(*ノωノ)(他の部分も読んでるよ!)

16 0 0 0 OA 防長近世史談

昨今、桐野作人さんや町田明広さんが使用されている「廃幕」という用語であるが、1927年刊行の村田峯次郎『防長近世史談』に「排幕」が使用されていることを確認(大小社、261頁)。以下➡https://t.co/9kaiO3OciR

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RT @quiriu_pino: この論文のタイトル、好きだな 「鎌倉時代に入ると荘園の増加がとまる」 https://t.co/BXs3vAz8hf
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◆「歴史的音源」新規インターネット公開音源◆ 『管絃樂 ウヰリアム・テル-行進曲-』 近衛秀麿指揮による演奏です。軽やかなファンファーレから始まるメロディは、あなたも一度は聴いたことがあるのではないでしょうか? #ndldigital 視聴はこちらから↓ https://t.co/6rzavO376a https://t.co/BkmFeFqOpc
◆「歴史的音源」新規インターネット公開音源◆ 『歌謡曲:ゴンドラの唄』 「いのち短し恋せよ少女(おとめ)」のフレーズが有名な大正時代の流行歌。この音源では伊藤久男の歌声を聴くことができます。#ndldigital 視聴はこちらから↓ https://t.co/urYwUcvmBX https://t.co/uISKRQqCat

8 8 8 8 OA あかがり

◆「歴史的音源」新規インターネット公開音源◆ 『あかがり』 神楽歌の一節をもとにした合唱曲。日本の古謡や古典文学を主題にした作品を多数生んだ、信時潔による作曲です。 #ndldigital 視聴はこちらから↓ https://t.co/ALlOnVNrZT https://t.co/F59qkxQYpv

28 18 18 16 OA 警視庁史編纂資料

RT @jir026: 藤田五郎沼各位 警視隊の装備については書籍、スケッチや写真、その他メディア媒体を参考にするのが良いかと思いますが 細かい装飾については『警視庁史編纂資料. 警察官及消防官ノ服制徽章 他』が参考になるかもしれないのでブン投げときます みんなの藤田五郎が見た…

28 18 18 16 OA 警視庁史編纂資料

RT @jir026: 藤田五郎沼各位 警視隊の装備については書籍、スケッチや写真、その他メディア媒体を参考にするのが良いかと思いますが 細かい装飾については『警視庁史編纂資料. 警察官及消防官ノ服制徽章 他』が参考になるかもしれないのでブン投げときます みんなの藤田五郎が見た…
RT @zasetsushirazu: 大正5年1月25日、佐々木権六(佐々木長淳)が死去。越前福井藩出身で、幕末期には鉄砲製造など軍事の分野で働き、明治期は養蚕技術者になった。長野栄俊「佐々木権六(長淳)に関する履歴・伝記史料の紹介」(『若越郷土研究』52-2)は、研究の少な…
RT @zasetsushirazu: 大正5年1月25日、佐々木権六(佐々木長淳)が死去。越前福井藩出身で、幕末期には鉄砲製造など軍事の分野で働き、明治期は養蚕技術者になった。長野栄俊「佐々木権六(長淳)に関する履歴・伝記史料の紹介」(『若越郷土研究』52-2)は、研究の少な…
立法調査資料『#調査と情報-ISSUE BRIEF-』No.1131「令和3年度税制改正案の概要」(PDF:471KB)を掲載しました https://t.co/R7FCiQvsQG
立法調査資料『#調査と情報-ISSUE BRIEF-』No.1130「建設業の担い手確保に関する現状と課題」(PDF:463KB)を掲載しました https://t.co/uidOwO341I
RT @zasetsushirazu: 大正5年1月25日、佐々木権六(佐々木長淳)が死去。越前福井藩出身で、幕末期には鉄砲製造など軍事の分野で働き、明治期は養蚕技術者になった。長野栄俊「佐々木権六(長淳)に関する履歴・伝記史料の紹介」(『若越郷土研究』52-2)は、研究の少な…
大正5年1月25日、佐々木権六(佐々木長淳)が死去。越前福井藩出身で、幕末期には鉄砲製造など軍事の分野で働き、明治期は養蚕技術者になった。長野栄俊「佐々木権六(長淳)に関する履歴・伝記史料の紹介」(『若越郷土研究』52-2)は、研究の少ない幕末期の史料を紹介。 https://t.co/nT4g2bSAGj
先ほどリンクでご紹介した、佐原真さんの石井進さんを送る言葉、PDFがうまく表示されないことがあるようで、その場合は、下記の歴博佐倉のリポジトリをご利用ください。他にも、過去の研究報告収載記事がだいたい見られます。 https://t.co/A9duuSHcPU
RT @shigekzishihara: 入眠時心像ですね.なぜこれが見えるのかメカニズムについては,未だよくわかっていないと思います.人によって様々で研究が難しいのですが,論文は 嵩原・田中・岩城 (2018) 入眠時心像を用いた入眠過程における感情効果に関する心理生理学的研…
RT @zasetsushirazu: 平成18年(2006年)1月22日、高橋秀直が死去。大著『日清戦争への道』(東京創元社)の著者。井上勝生氏は、高橋氏の幕末研究をまとめた遺稿集『幕末維新の政治と天皇』(吉川弘文館)の書評(『史林』91-2)で、「比肩することができない、大…
【お知らせ】関野樹教授が「じんもんこん2020」にて行ったポスター発表「HuTime を使った年表・時系列グラフの共有」が、この度じんもんこん2020最優秀論文賞を受賞しましたhttps://t.co/8CGda6Hisd 論文は情報処理学会電子図書館サイトで閲覧できます(2021年12月5日まで有料)https://t.co/vfBWZRqba6
RT @zasetsushirazu: 平成18年(2006年)1月22日、高橋秀直が死去。大著『日清戦争への道』(東京創元社)の著者。井上勝生氏は、高橋氏の幕末研究をまとめた遺稿集『幕末維新の政治と天皇』(吉川弘文館)の書評(『史林』91-2)で、「比肩することができない、大…
平成18年(2006年)1月22日、高橋秀直が死去。大著『日清戦争への道』(東京創元社)の著者。井上勝生氏は、高橋氏の幕末研究をまとめた遺稿集『幕末維新の政治と天皇』(吉川弘文館)の書評(『史林』91-2)で、「比肩することができない、大きな業績をあげた著者」と呼ぶ。 https://t.co/7cyckFO5zs

11 1 1 0 OA 生きている歴史

@monaco1853 この本に江藤さんに関する回想が載っています✨ https://t.co/wC2AEO2a2W

1 1 1 0 OA 伊藤痴遊全集

@monaco1853 あ、国立国会図書館デジタル見るとき、良かったら、伊藤痴遊全集第10巻(https://t.co/65n5fOtk8D)363ページも―。 https://t.co/AGLuNzCCWb

3 1 1 0 OA 江藤新平

@monaco1853 もなこさんこれはー。 鹿島桜巷の『江藤新平』(https://t.co/5UuTNxLRjv)。 「裁判長、私は……!」とか「唯、皇天后土の我心知れるあるのみ」とか司馬遼太郎さんの『歳月』の元となってるお話が色々とーだからご存じかもですが。 https://t.co/h8sLPY6J1P

1 1 1 0 江藤南白

@monaco1853 江藤南白とかいかがでしょう。 https://t.co/becKMQ0Rdp と言おうとしたのですが、これ、図書館送信ぽいですね。
RT @zasetsushirazu: 昭和47年(1972年)1月21日、『帰ってきたウルトラマン』第41話「バルタン星人Jrの復讐」が放送。花岡敬太郎「「帰ってきたウルトラマン」制作過程から読み解く1970年代の変容の兆し」(『明治大学大学院文学研究論集』49)は、郷秀樹と…
昭和47年(1972年)1月21日、『帰ってきたウルトラマン』第41話「バルタン星人Jrの復讐」が放送。花岡敬太郎「「帰ってきたウルトラマン」制作過程から読み解く1970年代の変容の兆し」(『明治大学大学院文学研究論集』49)は、郷秀樹と坂田次郎との関係性を中心に言及。 https://t.co/Kkj6NYIMnH
RT @zasetsushirazu: 明治43年1月20日、清水卯三郎が死去。慶応3年のパリ万博に、唯一の日本人商人として出品。薩英戦争後に五代友厚と寺島宗則を匿った。白山映子「清水卯三郎の政治観」(『東京大学大学院教育学研究科紀要』49)は、「海外からの啓蒙思想を移入した人…

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RT @quiriu_pino: この論文のタイトル、好きだな 「鎌倉時代に入ると荘園の増加がとまる」 https://t.co/BXs3vAz8hf
RT @negadaikon: #論文をいただきました 岡野さん。コロナ禍でのデジタル環境の現状を整理するとともに、今後につなぐために文学研究者が図書館員のレファレンスの想定を覆す善き「敵」となることを大胆提言。 CiNii 論文 -  敵を見て矢を矧ぐ/矢を矧ぐための敵 ht…

28 18 18 16 OA 警視庁史編纂資料

RT @jir026: 藤田五郎沼各位 警視隊の装備については書籍、スケッチや写真、その他メディア媒体を参考にするのが良いかと思いますが 細かい装飾については『警視庁史編纂資料. 警察官及消防官ノ服制徽章 他』が参考になるかもしれないのでブン投げときます みんなの藤田五郎が見た…

28 18 18 16 OA 警視庁史編纂資料

RT @jir026: 藤田五郎沼各位 警視隊の装備については書籍、スケッチや写真、その他メディア媒体を参考にするのが良いかと思いますが 細かい装飾については『警視庁史編纂資料. 警察官及消防官ノ服制徽章 他』が参考になるかもしれないのでブン投げときます みんなの藤田五郎が見た…
RT @eboli_ef: 食ったというより水揚げ時に刺さって入り込んだんやろなあ、イカで刺さるといえばこれで、わたしは怖くてイカは完全にわた抜いた身しか食えない。CiNii 論文 -  スルメイカの精莢による口腔内刺傷の1例 https://t.co/DxrM3qmt5u
RT @zasetsushirazu: 大正5年1月25日、佐々木権六(佐々木長淳)が死去。越前福井藩出身で、幕末期には鉄砲製造など軍事の分野で働き、明治期は養蚕技術者になった。長野栄俊「佐々木権六(長淳)に関する履歴・伝記史料の紹介」(『若越郷土研究』52-2)は、研究の少な…
RT @zasetsushirazu: 大正5年1月25日、佐々木権六(佐々木長淳)が死去。越前福井藩出身で、幕末期には鉄砲製造など軍事の分野で働き、明治期は養蚕技術者になった。長野栄俊「佐々木権六(長淳)に関する履歴・伝記史料の紹介」(『若越郷土研究』52-2)は、研究の少な…
RT @zasetsushirazu: 大正5年1月25日、佐々木権六(佐々木長淳)が死去。越前福井藩出身で、幕末期には鉄砲製造など軍事の分野で働き、明治期は養蚕技術者になった。長野栄俊「佐々木権六(長淳)に関する履歴・伝記史料の紹介」(『若越郷土研究』52-2)は、研究の少な…
大正5年1月25日、佐々木権六(佐々木長淳)が死去。越前福井藩出身で、幕末期には鉄砲製造など軍事の分野で働き、明治期は養蚕技術者になった。長野栄俊「佐々木権六(長淳)に関する履歴・伝記史料の紹介」(『若越郷土研究』52-2)は、研究の少ない幕末期の史料を紹介。 https://t.co/nT4g2bSAGj
レファ協事例より「下級武士の日記を読んでいて、「甘酒」と「懐中甘酒」という言葉が出てきたのでその二つに違いがあるのか気になった。…」 https://t.co/zLznyTnpBd NDLデジコレ:和洋銘酒醸造秘法 : 附・除害法 懐中甘酒製法 https://t.co/JWNaKkuof0
RT @NahokoTokuyama: 絶対何かありそうだったけど、ミネラルも別に他のとこより高いわけでもなく、「誰かが食べたとこから食べたい」ということから「土はここから食べる」という習慣が始まったようでした。https://t.co/3UlPFnEsIo そういうこともある…
@Terada_Onmyou 何でしょうね… 偶然ネットで拾った論文ですが、特に書き分けについて説明は無かったと思います https://t.co/0gWmFw8L3k
@kous37 その講筵から広まったので、まだ若い学問ですが、近世史とかあるいは逆にグローバルヒストリー系とかでやる人はいる印象はありますけどね。https://t.co/kwl2rB92YC
RT @shigekzishihara: 入眠時心像ですね.なぜこれが見えるのかメカニズムについては,未だよくわかっていないと思います.人によって様々で研究が難しいのですが,論文は 嵩原・田中・岩城 (2018) 入眠時心像を用いた入眠過程における感情効果に関する心理生理学的研…

5 1 1 0 OA 吉田松陰全集

レファ協事例より「吉田松陰の辞世の漢詩の一部の語句の意味が知りたい。」 https://t.co/ffUXX6OR0J NDLデジコレ:『吉田松陰全集』(12巻本)第7巻 辞世 https://t.co/4XK8d8OxSF
RT @zasetsushirazu: 平成18年(2006年)1月22日、高橋秀直が死去。大著『日清戦争への道』(東京創元社)の著者。井上勝生氏は、高橋氏の幕末研究をまとめた遺稿集『幕末維新の政治と天皇』(吉川弘文館)の書評(『史林』91-2)で、「比肩することができない、大…
RT @zasetsushirazu: 平成18年(2006年)1月22日、高橋秀直が死去。大著『日清戦争への道』(東京創元社)の著者。井上勝生氏は、高橋氏の幕末研究をまとめた遺稿集『幕末維新の政治と天皇』(吉川弘文館)の書評(『史林』91-2)で、「比肩することができない、大…

23 12 12 0 OA 戦争史概観

RT @DlKtKXJ1hq5dbgC: @May_Roma 陸軍大学校で教鞭をとっていた四手井綱正陸軍中将が書いた「戦争史概観」ナカナカ分かりやすく、おススメ本! ただで読める! https://t.co/hibTB0MCuy
RT @zasetsushirazu: 平成18年(2006年)1月22日、高橋秀直が死去。大著『日清戦争への道』(東京創元社)の著者。井上勝生氏は、高橋氏の幕末研究をまとめた遺稿集『幕末維新の政治と天皇』(吉川弘文館)の書評(『史林』91-2)で、「比肩することができない、大…
平成18年(2006年)1月22日、高橋秀直が死去。大著『日清戦争への道』(東京創元社)の著者。井上勝生氏は、高橋氏の幕末研究をまとめた遺稿集『幕末維新の政治と天皇』(吉川弘文館)の書評(『史林』91-2)で、「比肩することができない、大きな業績をあげた著者」と呼ぶ。 https://t.co/7cyckFO5zs
RT @paramilipic: 模型についての興味深い論文見つけた 模型に潜むメッセージ性や批評性に関する論考 当然ながら不謹慎だから悪影響があるから規制すべきという話にはなってない 模型は果たしてそういう批判に耐えうるのか、という https://t.co/DQ8b4Us…

11 1 1 0 OA 生きている歴史

@monaco1853 この本に江藤さんに関する回想が載っています✨ https://t.co/wC2AEO2a2W

1 1 1 0 OA 伊藤痴遊全集

@monaco1853 あ、国立国会図書館デジタル見るとき、良かったら、伊藤痴遊全集第10巻(https://t.co/65n5fOtk8D)363ページも―。 https://t.co/AGLuNzCCWb

3 1 1 0 OA 江藤新平

@monaco1853 もなこさんこれはー。 鹿島桜巷の『江藤新平』(https://t.co/5UuTNxLRjv)。 「裁判長、私は……!」とか「唯、皇天后土の我心知れるあるのみ」とか司馬遼太郎さんの『歳月』の元となってるお話が色々とーだからご存じかもですが。 https://t.co/h8sLPY6J1P

1 1 1 0 江藤南白

@monaco1853 江藤南白とかいかがでしょう。 https://t.co/becKMQ0Rdp と言おうとしたのですが、これ、図書館送信ぽいですね。
RT @zasetsushirazu: 昭和47年(1972年)1月21日、『帰ってきたウルトラマン』第41話「バルタン星人Jrの復讐」が放送。花岡敬太郎「「帰ってきたウルトラマン」制作過程から読み解く1970年代の変容の兆し」(『明治大学大学院文学研究論集』49)は、郷秀樹と…
RT @fake__nws: J-STAGE Articles - 郊外社会におけるライフスタイル選好と情報環境の活用 https://t.co/syNwCZqpc9
RT @shigekzishihara: 入眠時心像ですね.なぜこれが見えるのかメカニズムについては,未だよくわかっていないと思います.人によって様々で研究が難しいのですが,論文は 嵩原・田中・岩城 (2018) 入眠時心像を用いた入眠過程における感情効果に関する心理生理学的研…
昭和47年(1972年)1月21日、『帰ってきたウルトラマン』第41話「バルタン星人Jrの復讐」が放送。花岡敬太郎「「帰ってきたウルトラマン」制作過程から読み解く1970年代の変容の兆し」(『明治大学大学院文学研究論集』49)は、郷秀樹と坂田次郎との関係性を中心に言及。 https://t.co/Kkj6NYIMnH
RT @zasetsushirazu: 明治43年1月20日、清水卯三郎が死去。慶応3年のパリ万博に、唯一の日本人商人として出品。薩英戦争後に五代友厚と寺島宗則を匿った。白山映子「清水卯三郎の政治観」(『東京大学大学院教育学研究科紀要』49)は、「海外からの啓蒙思想を移入した人…
RT @zasetsushirazu: 明治43年1月20日、清水卯三郎が死去。慶応3年のパリ万博に、唯一の日本人商人として出品。薩英戦争後に五代友厚と寺島宗則を匿った。白山映子「清水卯三郎の政治観」(『東京大学大学院教育学研究科紀要』49)は、「海外からの啓蒙思想を移入した人…