著者
中澤 高志 荒井 良雄
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.77, no.10, pp.675-692, 2004-09-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
32
被引用文献数
1

本稿では,九州と北海道・東北を対象地域とし,情報技術者の移動と技術水準という二っの側面から,地方圏における情報サービス産業の労働市場の特徴を明らかにする.地方圏において,広域中心都市の周辺地域から広域中心都市へと向かう情報技術者の移動は,進学や就職に伴うものか,大都市圏での勤務を経験した後の還流移動が中心である.転職に伴う移動は,県内で行われるローカルなものが中心であり,これに大都市圏一地方圏間移動といったナショナルな空間スケールの移動が続き,その中間に位置する地域ブロックレベルでの県間移動は,活発ではない.大都市圏と地方圏を比較した場合,情報技術者の技術水準は大都市圏の方が高い.しかし大都市圏での勤務経験を有する情報技術者は,大都市圏の高度な技術を地方圏にトランスファーする媒体となり得ていない.むしろ高い技術水準を持った情報技術者は,大都市圏にとどまったままである可能性が強い.つまり技術水準に基づく選択的な人口移動の存在によって,大都市圏と地方圏の情報サービス産業の間に存在する技術水準の格差が維持・拡大されていると考えられる.
著者
中澤 高志
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.75, no.14, pp.837-857, 2002-12-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
79
被引用文献数
1

本稿では,アンケート調査に基づき,九州各県に立地する情報サービス企業の従業員の地域間・企業間移動,キャリアパスおよび年収に関する分析を行った.対象者の約6割は転職経験を持ち,約3分の1は還流移動を経験しており,特に35歳以上では還流移動者が過半数に達している.地方圏の情報技術者の典型的なキャリアは,プログラマーからシステムエンジニアを経て管理職へと至るものである.しかし情報サービス関連以外の職から情報サービス産業に職を得る者もみられ,彼らの中には還流移動を経験した者が多いことから,情報技術者の職に就いていなかった還流移動者にとっても,情報サービス産業が雇用の受皿となっているといえる.また,本稿では転職経験を中心に,個人属性や職業キャリアのパターンが年収に与える影響を分析した.九州内で転職を行った者についていえば,転職が年収に与える影響は少ないが,九州外からの転職の経験した者は,年収がやや低い傾向がある.
著者
青井 新之介 中澤 高志
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.9, no.2, pp.12-32, 2014 (Released:2014-09-17)
参考文献数
35
被引用文献数
2

本稿の目的は,社会・経済的地位が家族的地位への規定性を強めているとの認識の下で,方位角による展開法の適用によって同心円構造とセクター構造を分離し,東京圏の居住地域構造の変容を客観的に把握することである.社会・経済的地位の指標としてはブルーカラー従事者率を,家族的地位の指標としては世帯内単身者率を用いた.対象者は30∼34歳の男性で,単位地区は市区町村である.両指標は,外縁部に向かうほど上昇する同心円構造を強めており,ブルーカラー従事者では1980年からその傾向が現れていた.展開法を適用したところ,ブルーカラー従事者率については,セクター構造はパターンとしては安定しているが説明力を弱めていた.一方,世帯内単身者では,元来不明瞭であったセクター構造が2000年以降に検出されるようになった.都心を頂点とする同心円構造の強まりは,地代を基準とする市場原理の下で,居住地域構造が再編成されつつあることを示唆する.
著者
中澤 高志
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.93, no.3, pp.149-172, 2020-05-01 (Released:2023-02-19)
参考文献数
60
被引用文献数
7

本稿では,長野県上田の若手創業者の実践を通じて,地方都市における雇われない働き方・暮らし方の可能性について検討する.自営業の減少という一般的傾向は,規模の大きなコーホートの引退によるところが大きく,青壮年層には「新しい自営業」と呼ばれる人々が一定程度存在する.上田の若手創業者の活動は,学校縁や場所が育むつながり,自然発生的な創業者同士のつながりなど,多様な契機によるマルチスケールの関係性に支えられており,利潤動機のみには回収しえない多面性を持つ.そうした活動は大きな経済的価値をもたらすものではないが,地域社会をより包摂的にし,芸術や文化,社会関係資本を涵養している点で,その意義は大きい.本稿の後半では,ポランニーの統合の諸形態とJ. K. Gibson-Grahamの多様な経済の概念に基づき,上田の創業者の諸活動が市場での交換以外の多様な経済に彩られていることを示し,その理論的・実践的意味について考察する.
著者
中澤 高志
出版者
The Japan Association of Economic Geography
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.64, no.3, pp.165-180, 2018-09-30 (Released:2019-09-30)
参考文献数
48
被引用文献数
1

低出生力や高齢化といった現代日本の人口学的諸問題は,東京一極集中や限界集落化といった地理学的諸問題と不可分である.つまり,最重要の政策課題は,人口と地理が結びつく領域にこそ存在する.人口地理学は,これまでも現状分析の面から人口政策に寄与してきたが,人口政策にまつわる理念やイデオロギーに関する議論とは距離を置いてきた.本稿では,欧米における新たな人口地理学の潮流を意識しながら,新書『縮小ニッポンの衝撃』の批判的検討を手掛かりに,政治経済学的人口地理学の可能性について模索する.地図は,住民の主体的意思決定に役立つツールである反面,客観性を装い,政策主体の意図に沿うように住民を説得するメディアとしても使われる.このことは,GIS論争やスマートシティに関する議論とも関連する.そもそも,データを収集する営み自体が客観的ではありえず,何らかの理想状態を想定して行われている.日本において人口減少への対策が論じられる場合,移民の受け入れ拡大が検討されない場合が多い.そのことは,日本人とは誰かという問いや,エスノセントリズムに関する議論などと結びつく.『縮小ニッポンの衝撃』からは,著者らが低所得の地方圏出身者を他者化していることが垣間見える.このことは,経済や財政への貢献度という一次元において,人々を序列化しようとするポリティクスの表れである.価値中立な地理的量としての人口概念こそ,再検討されるべきである.
著者
中澤 高志
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2020年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.59, 2020 (Released:2020-03-30)

1.多様な働き方の存在感雇用機会の創出は,「地方創生」の潮流においても枢要の政策課題と位置付けられている.こうした文脈で「雇用機会」と聞く時,われわれが想起しがちなのは,誘致工場などの資本主義的企業との賃労働関係の下にある典型的雇用である.しかし,2014年経済センサスによると,資本主義的企業とみなせる法人(会社)の従業者は,全国の従業者の69.8%であり,非大都市圏ではこの割合が60%以下である地域が広がっている.「会社勤め」ではない多様な働き方の存在感は,非大都市圏ほど強いのである.報告者は,政策や学問の領域に根強い典型的雇用を暗黙の前提とする思考を相対化し,地方都市における多様な働き方・生き方の可能性を探求したいと考えている.長野県上田市では,自らなりわいを創り出している若手創業者に焦点を当て,創業者同士のつながりが「なりわい」を存立させる条件となっていること,そうした「なりわい」が利潤追求に還元されない互酬的性格を持ち,地域に社会的包摂や文化的な底上げをもたらしていることを報告してきた(中澤2018,2019).報告者は,上田市と比べて人口規模が小さく,大都市圏へのアクセスがより困難な大分県佐伯市においても,同様の問題意識に立脚した調査を続けている.本報告では,佐伯市への移住に焦点を当てて,多様な働き方をしている人たちの特徴を描き出す.2.対象地域ならびに調査概要現在の佐伯市は,2005年に南海部郡8町村と旧佐伯市の合併によって誕生した.人口70,708人(2019年12月末)の小都市であるが,その面積は九州の市町村で最大である.造船業や水産加工業が盛んであるほか,高齢化した地方都市の例にもれず,女性では医療・介護の従業者割合が高い.市域の人口は最大期から約4万人減少し,同時に旧佐伯市への集中を強めてきた.佐伯市において多様な働き方をしている人に対する調査に筆者が本格的に着手したのは2019年3月からであるが,それ以外にまちづくりに熱心な有志が企画・実行しているイベントなどにたびたび参加してきたほか,毎年学生を佐伯市に引率している.そのため,1時間程度のまとまったインタビューを実施したのは15人ほどであるが,それ以外の人との会話やフィールドワークからも多くの情報を得ている.本報告では,20〜40歳台の自営業者と地域おこし協力隊員の事例を中心に取り上げる.3.佐伯市の取り組み佐伯市の取り組みにおいて,多様な働き方ととりわけ関連するのは,地域おこし協力隊と創業支援事業である.佐伯市は,地域おこし協力隊を積極的に採用している.任期満了後も佐伯市に住み続けるための「なりわい」を確保してほしいとの思いから,協力隊員に対してかなり柔軟な働き方を認めている.それが功を奏し,協力隊員のかたわらドミトリーの経営やカキ養殖に携わっている事例のほか,佐伯市議会議員に転じた人もいる.創業支援事業は,市の創業セミナーか商工会の経営指導を受けることを条件に,創業資金の一部を補助するものである.佐伯市『総合戦略』のKPIでは,起業・創業支援施策による創業者数を2019年度までの累計で25人としていたが,創業資金の受給者は2019年12月時点ですでに143人に達した.創業者は30〜40歳台が約2/3を占め,市外での生活を経験した人が多いという.4.多様な働き方をする人々と移住対象者のほとんどは自分か配偶者が佐伯市の出身であり,Iターン者だったのは地域おこし協力隊員のみであった.また,出身地に関わらず,ほぼすべての人が進学や就職に際して出身地外に他出した経験を持っていた.女性の場合,他出の意思決定の背景に「都会」での生活への憧れが見て取れ,従事していた仕事にもこだわりが感じられる.一方男性には,現業職を転々とした事例や,ミュージシャンや映像制作を目指して大都市で生活していた事例なども見られる.女性の場合,大都市圏での生活の中で「素の自分」と現実の働き方・暮らし方との乖離が次第に大きくなり,転職に踏み切ったり,地元に帰還したりする傾向にある.結婚や子どもの誕生が,夫婦どちらかにゆかりのある佐伯市に移住する契機となっていることは男女に共通するが,男性の場合,生活の拠点を落ち着ける意味合いがより強い.また,佐伯市出身で実家が自営業をしていた人の場合では,そのまま次ぐ形ではないにせよ,多かれ少なかれ,それを「なりわい」の基礎に据える形でUターンしていた.文献中澤高志2018.地方都市の若手創業者が生み出すもの—長野県上田市での調査から—.2018年人文地理学会大会.中澤高志2019.若手創業者を支える内と外のネットワーク—長野県上田市での調査から—.2019年日本地理学会春季学術大会.
著者
中澤 高志
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.88, no.1, pp.49-70, 2015

<p>本稿では,高度成長期の勝山産地において,「集団就職」が導入され終焉に至るまでの経緯を分析する.進学率の上昇や大都市との競合により,労働力不足に直面した勝山産地の機屋は,新規中卒女性の調達範囲を広域化させ,1960年代に入ると産炭地や縁辺地域から「集団就職者」を受け入れ始める.勝山産地の機屋は,自治体や職業安定所とも協力しながらさまざまな手段を講じ,「集団就職者」の確保に努めた.「集団就職者」の出身家族の家計は概して厳しく,それが移動のプッシュ要因であった.勝山産地の機屋が就職先として選択された背景としては,採用を通じて信頼関係が構築されていたことが重要である.数年すると出身地に帰還する人も多かったとはいえ,結婚を契機として勝山産地に定着した「集団就職者」もいたのである.高度成長期における勝山産地の新規学卒労働市場は,国,県,産地といった重層的な空間スケールにおける制度の下で,社会的に調整されていた.</p>
著者
中澤 高志
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.52, no.1, pp.1-18, 2006
被引用文献数
2

公営住宅,公団住宅,および住宅金融公庫は,戦後日本の住宅政策の根幹をなしてきたが,1990年代後半以降にいずれも大きな変容をとげた.本稿の目的は,一連の住宅政策改革の内容を整理し,東京大都市圏を対象地域としてその影響について予察的考察を行うことである.公営住宅では,量的不足に加えて需要と供給の地域的不均衡が発生している.公営住宅法の改正は,公営住宅用地を都市再生に利用する道を拓くものであり,需給の地域的ミスマッチを拡大させる恐れがある.遠・高・狭との揶揄はあったものの,公団は比較的良好な住宅を供給してきたといえ,その住宅経営は良績を収めてきた.公団が実質的に解体されたことにより,住宅供給は基本的に民間に委ねられることになった.しかしファミリー向けの賃貸住宅の供給は依然として不十分であり,定期借家権の導入も期待されたほどの効力を発揮していない.制度金融である住宅金融公庫の廃止により,住宅金融も民間に委ねられた.これは持家を購入できる層とできない層の二極化を招く可能性がある.また,公庫廃止後も,大都市圏では依然としてマンションの大量供給が続いており,供給過剰の懸念もある.民間による住宅供給と住宅金融を基本とする住宅政策への転換は,居住に対する経済原理の支配を強めるものであり,新たな住宅階層を発生させる可能性がある.
著者
中澤 高志 川口 太郎
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.74, no.12, pp.685-708, 2001-12-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
61
被引用文献数
2 4

本稿では長野県出身の東京大都市圏居住世帯に対して行ったアンケート調査に基づき,ライフコース概念を取り入れて,地方出身者世帯の大都市圏内での住居経歴を分析する.住居経歴は40歳世代, 50歳世代, 60歳世代の三つの世代について収集し,住居経歴の終点が特定の地域に収敏することのない発地分散的データであるという特徴を持つ.大都市圏内の住居移動に関する一般的特徴の多くは世代を超えて安定しており,結婚後の住居移動回数はおおむね1~2回で, 20歳代後半から30歳代前半の時期に住居移動の頻度がピークに達する.世帯が持家の取得を目標とすることは世代を通じて揺るぎないが,持家を取得する時期は住宅市場の動向に左右され,取得する持家の形態も戸建住宅から集合住宅へと世代を追って急速に変化した.住居移動の空間的特徴は,短距離移動,セクター移動,外向移動が卓越していることであり,これらは郊外に向かう跳躍的移動と従前の居住地の周辺で行われる短距離の移動に大別される.世帯の持家取得欲求は大都市圏の同心円的な地価水準の下で実現されるため,外向移動はとりわけ持家を取得する移動に典型的にみられ,結果として居住の郊外化が大きく進展する.すなわち家族段階の発達とそれに伴う住居形態の変化という住居経歴の時間的軌跡は,住宅市場の動向に代表される社会経済的背景と大都市圏の同心円構造を反映した空間的軌跡として現出するのであり,それ自身が大都市圏を外延化させる原動力となっていた.
著者
佐藤 英人 中澤 高志
出版者
人文地理学会
雑誌
人文地理学会大会 研究発表要旨 2013年人文地理学会大会
巻号頁・発行日
pp.110-111, 2013 (Released:2014-02-24)

本研究の目的は人口減少や格差より生じる郊外住宅地の選別化を、裁判所の公告に基づく競売物件情報から分析することである。
著者
中澤 高志
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2004, pp.50, 2004

1.目的<br>ある地域における女性労働のあり方は,その地域が持つジェンダー文化を如実に反映し,その地域の空間分業への組み込まれ方と密接に関連する(マッシー,2000).また,ある人が辿るライフコースは,どのようなジェンダー文化を持つ地域に生まれ,育ったかによって異なってくるだろう.膨大な蓄積を持つ女性労働の研究の中で,その地域差に目を向けた研究は必ずしも多くないが,戦後についてはKamiya and Ikeya(1994)や禾(1997)などがある.本研究では,大正期の日本における女性労働がどのような地域差を持って展開していたのかを明らかにするとともに,そうした地域差をもたらす要因を探ることを目的とする.本研究の成果は,現代日本の女性労働の地域的パターンが歴史的にみて連続性を持つものか否かを検討する基礎ともなるものでもある.<br><br>2.資料と時代背景<br>本発表では,第一回国勢調査をもとに女性労働の地域差を把握し,いくつかの資料を使いながらそれを説明してゆく.第一回国勢調査が行われた大正9年は,第一次世界大戦の終結直後に当たる.当時日本では,第一次大戦時のドイツやイギリスにおいて,男性が戦場に赴くことによる労働市場の逼迫を,女性労働力の動員によって対処したことに国家的な関心が向けられていた.もとより大正期は,近代化の進展による新しい職業の誕生と,大正デモクラシーを背景に,「職業婦人」が登場し始めた時代である.その一方で紡績工場などにおける「女工哀史」的な状況は,いっこうに改善していなかった.第一回国勢調査の結果概要を記した『国勢調査記述編』でも女性労働に関する記述は多く,当時の女性労働に対する関心の高さが伺える.<br><br>3.分析<br>女性の年齢5歳階級別の本業者割合をもとに,クラスター分析によって都道府県をグルーピングすると,都道府県は3_から_7つのグループに分けられる.ただし労働力化率のカーブは,大都市に位置する都道府県を除くと基本的にどれも台形で,台の高さがグループの違いとなっている感が強い. <br>女性労働力化率を規定すると思われる変数を説明変数とし,年齢5歳階級別の労働力化率を被説明変数とする重回帰分析を行ったところ,全年齢層について農家世帯率の高い地域ほど労働力化率が高かった.労働力化率が大都市とその周辺で低く,農村部で高い傾向は,戦後の研究の知見と一致する.20歳未満の若年層については,大規模工場に勤める者が多く,女学校卒業者割合が小さく,染織工場出荷額が高い地域で労働力化率が高くなっており,若年女性労働力と繊維工業地域との関係が示唆される.<br>当時,大都市における職業婦人の登場が社会現象となっていたにもかかわらず,大都市における女性労働力化率はどの年齢層でもきわめて低い.大都市の労働力化率の示すカーブは,丈の低いM字型か,現代の高学歴女性にみられる「きりん型」に近いものといえる.東京市について,年齢階級別の労働力化率を配偶関係別に分けてみたのが図1である.これをみると,30歳代以降では,女性労働力のかなりの部分が離別・死別者によって担われていたことがわかる.東京市では,死別・離別の女性の実数も多く,こうした女性達が生活の糧を得る為に他地域から流入していた可能性もある.当時は結婚規範および結婚適齢期規範が強く,30歳代以上で未婚の女性者は少ない.しかしこうした女性の労働力化率は高く,公務・自由業を職業とする者が多い点が特徴的である.労働力化率の高いグループに入る茨城県では,既婚者の労働力化率も15-19歳から50-54歳までのすべての年齢階級で60%を上回っている.ところが東京市における有配偶女性の労働力化率は,最も高い40-44歳でも10.2%でしかなかった.当時の大都市圏における女性労働は,生活の為にやむを得ず働くという性格が強かったと考えられる. <br>〈文献〉<br>禾 佳典1997.東京の世界都市化に伴う性別職種分業の変化.人文地理49:63-78.<br>マッシー,D.著,富樫幸一・松橋公治訳2000.『空間的分業』古今書院.<br>Kamiya, H., Ikeya, 1994. Women's participation in the labour force in Japan: trends and regional patterns. Geographical Review of Japan Ser.B 67: 15-35.<br>
著者
中澤 高志
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.59, no.4, pp.468-488, 2013-12-30 (Released:2017-05-19)

本稿では,経済地理学における関係論的視点重視の潮流を生態学的認識論の高まりと捉えた.ブラーシュは生態学を範に採り,科学としての人文地理学の樹立を目指したが,対象を自然的・物的関係に自己限定し,主体と社会環境との相互作用や一般的・普遍的な関係の探求を他分野にゆだねる結果となった.地域構造論は,ブラーシュの「地的有機体」と同様の認識論に立脚しながらも,地域的分業体系の骨格をなす産業配置の側から,経済循環の空間的まとまりである経済地域の生成を説明する枠組みを示した.しかし,現代の経済地理を分析するうえでは限界があり,空間的組織化論の発展によってそれを乗り越えることが期待される.「埋め込み」の概念的な検討に際しては,「グラノベッター的埋め込み」と「ポランニー的埋め込み」を峻別すべきである.前者の浸透によって,主体の行為を社会的文脈の中で関係論的に捉える研究は蓄積されたが,一般的・普遍的関係を把握するための方法論的探究が置き去りにされている感がある.その難点を克服するためには,「ポランニー的埋め込み」の議論を摂取して,一般的・普遍的関係に迫りうる分析視角の確立を目指すべきである.以上を踏まえ,労働市場のマクロな分析視角として,労働力需給の空間的ミスマッチ,時間的ミスマッチ,スキルミスマッチの地理的・歴史的変化の把握と,これらミスマッチの制度的克服の解明を提起し,若干の実証的検討を行った.