- 著者
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山田 歩
- 出版者
- 学習院大学大学院
- 巻号頁・発行日
- 2013-05-16
自分の選好や感情がどんなことに左右される傾向があるのか,また実際にどんなことから影響をうけているのか正確に把握することは,人びとが社会生活に適応するうえで欠かせない。対象への好みや評価が望まざる影響を受けていることがわかれば,そうした影響を取り除くことができるし,自分の喜びや満足にとって何が重要なのかを知ることで,よりよい決定を行うことができる。しかしながら,選好や感情はしばしば自覚することが困難な要因によって左右される。これらを正確に理解あるいは予測することは容易とはいえない仕事として意思決定者にふりかかる。本論文では,意思決定場面を中心に,意思決定者がどのように自身の感情を予測したり選好の原因を帰属したりするのか,その推論を方向づける要因を明らかにすることを目的に四つの研究(計 6 件の実験)を実施した。\ 第 2 章では,選択肢の属性の言語化の容易さが選好の推論に与える影響を検討した。思考や感情を表現する言葉が容易に利用できるほど,自身の選好や態度を明確に表現することができる,あるいは正確に分析することができるという暗黙の想定に反して,研究から得られた結果からは,言語化の容易な性質が多く含まれる選択肢については,たしかに好みの理由を記述することが促進されるが,それは表面的な理由が案出されているにすぎないことが確認された(研究 1 ・研究 2 )。つまり,人びとが自身の選好を意識的に推論するとき,言葉にすることが容易な特徴があると,それらは,正確であるかないかにかかわらず,何かしらの理由を作り上げることを“助けてしまう”。分析者の好みを的確に反映しているわけではないため,これらの理由に基づいて行われる決定や選択は当人にとって最適あるいは最善ではない帰結をもたらす可能性があることが示唆された。また,研究 1 で用いた具象画が好きな理由と嫌いな理由のどちらを記述することも容易であったのと対照的に,研究 2 で用いた Pepsi が好きな理由についてのみ記述が容易であったことを考慮に入れると,言語化のしやすい目立った特徴はどんな理由の記述も促進するではなく,その特徴が選好にどのように影響するのかについて分析者がもつ素朴理論や生理的な嗜好に沿って,理由の記述に利用されることも示唆された。\ 第3 章では,もっともらしい理由の利用可能性が選好の推論に与える影響を検討した。意思決定者が,選択肢に対する評価や好みがどんな要因からどのような影響を受けていると考えるかは,自身の置かれた環境の中で利用できるもっともらしい理由の存在に影響を受けると予想した。研究 3 では,洗剤のロゴの魅力を高める実験操作を受けた後,実験参加者は二つの家庭用洗濯洗剤を受け取り,購入したい方を選んだ。その結果,実際にはロゴに魅力を感じているにもかかわらず,洗剤の効能に関する情報が利用できる状況におかれた参加者は,それらの効能が洗剤の魅力の源泉となっていると考えた。そして,そうした効能に基づいて購入する洗剤を決めているという(誤った)認知をもつことで,自身の決定が正当化され,実際にはロゴに魅力を感じているはずの洗剤を選ぶ傾向が強まった。こうした知見は,自身の選好をいかにも左右するように見える要因の利用可能性が高いとき,人びとは選好の原因を取り違えやすいこと,また,そうした取り違えによって,決定や選択に新たな意味づけが与えられ,正確に源泉を特定できていた場合とは異なる決定や選択を行うことになることを示している。\ 第4 章では,自身の主観的感覚を手がかりに判断を行うさいに素朴理論が果たす役割を検討した。情動的感覚から認知的感覚まで,対象と接したときに喚起される主観的感覚は,様々な判断の手がかりとして利用される。主観的感覚がある刺激属性に帰属され,判断の手がかりとして利用されるには,その属性が主観的感覚をもっともらしく説明するラベルとしての役割を果たす必要がある。こうした過程においては,どのような主観的感覚に対して,どのような説明がふさわしく感じられるかについて査定する知覚者の素朴理論が関わるはずである。研究 4 では,繰り返し呈示された人物刺激はポジティブな印象を与えることが確認されたが,性別ステレオタイプと結びつく性格の印象については,その性格をあてはめやすい性別の人物刺激のみに印象の変化が生じることが見出された。こうした知見は,繰り返し呈示されたことで感じられるようになった熟知感のような感覚に対してどのようなラベルをはりつけるのがふさわしいと感じられるかは,そのラべルを適用する対象の種類によって異なること,そして,熟知感を説明するラベルとしてのふさわしさが,判断対象について判断者が事前に持っているステレオタイプ的な信念によって媒介されることを示したといえる。\ このように,本論文では,自身の選好を帰属あるいは理解したり,喜びを予測したりするとき,人びとは,いかにも原因のように見え,言葉にするのが容易で,また,利用可能性の高い属性に注目する傾向があることが確かめられた。こうした要件を満たさなければ,実際に選好や感情を左右していても(あるいは左右することになるとしても),その要因は人びとが原因と考える候補から漏れやすくなる。逆に,実際に選好や態度を左右していなくても(あるいは左右することにならないとしても),このような要件を満たす要因が利用できる環境では,真の規定因は見落とされ,実際とは異なる要因が原因とみなされやすくなる。意思決定者は,自身の好みや態度がどのように左右されるのかについて内省によって直接的にたどることはできず,そのかわりに,これらの要件を満たす情報を用いて推論を行うことを通して,どんな要因が好みや喜びを左右し,またそれらがどんな結果をもたらすのかについて,理解そして予測するといえる。